3月, 2015年

早川勝メール【745号】何もかも憂鬱な夜に 生と死、そして希望と真摯に向き合った長編小説

2015-03-29

 

大塚家具の“お家騒動”が話題だ。

前代未聞の父娘バトル。

経営権をめぐり、
創業者の父親とその長女が
骨肉の争いを繰り広げている。

株主総会の結果は、
父の退任を求めていた娘・久美子社長の「会社提案」が
過半数の賛成を得て可決し、
娘の退任を求めていた父・勝久会長の「株主提案」は否決された。

世の中には様々な父娘関係があるものだと
つくづく思う。

そこまでに至るには、
当人たちしかわからない、
父娘の「思い」があるに違いない。

株主でも、会社でもない、
父としての、娘としての「思い」が…。

私にも3人の娘がいるが、
何があっても
骨肉の争いをする気などさらさらない。

欲しいものはすべてあげてしまっていいし、
好きなことはなんでもやればいいと思う。

たとえ、娘の身代わりとなって
死んだってかまわない。

 

大甘な父親、日本代表である。

 

と、本日の前置きはこれくらいにして、
メインコンテンツに入ります。

今週も新たに618冊目の「お薦め書籍」から
ためになる一節を抜粋し、ご紹介いたします。

人気お笑いコンビ「ピース」の又吉直樹さんが、
純文学小説「火花」を書き下ろし、
出版界の風雲児として話題を集めていますね。

堂々のベストセラーランキング第1位を続けています。

発売前からすでに35万部もの大増刷だというのですから、
もの凄い人気です。

その又吉直樹さんが、
2年前に出版された芥川賞作家の文庫本の巻末に、
「解説」(あとがき)を書いていたのを思い出し、
ここで抜粋文をご紹介することにしました。

さすが「人気作家」と思わせる、
又吉流の奥深い解説となっています。

本日のテーマは、
【命】
です。

お役に立ちましたら幸いです。
それでは、どうぞ!
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私の本よりためになる「お薦め書籍」シリーズ No.618
「何もかも憂鬱な夜に」
生と死、そして希望と真摯に向き合った長編小説
中村文則 著
集英社文庫

 

解 説
又 吉 直 樹

門外漢である自分が
優れた作品の巻末に文章を寄せることなど
恥じ知らずの極みである。

せめて上手く書いたように取り繕うしかない
と思ってみても凡人の限界など知れている。

不器用な装飾が却って公になり
失態を晒すだけだ。

だから、今回は覚悟を決め、
恐れず正直に書きたいと思う。

(中略)

『何もかも憂鬱な夜に』を
僕は何度も何度も繰り返し読んだ。

決して軽く読み進められる代物ではない。

そんな深刻な物語のなかで、
主人公が育った養護学校の恩師、
そして過去の天才達が残した鑑賞可能な芸術、
これらが錯乱した世界に強い光をあてている。

影があれば必ずどこかに光はある。

この小説は闇からも光からも
「命」という根源的なテーマに繋がっていて、
その陰影によって
「命」が立体的に浮かび上がってくる。

命は尊いと誰もが理屈では理解しているのだが
語ると忽ち陳腐に聞こえてくることがある。

この小説がそこに陥らないのは
闇と光の両面から対象に肉薄しているからだろう。

主人公が児童施設で
施設長の恩師から言われた言葉がある。

「これは、凄まじい奇跡だ。
アメーバとお前を繋ぐ何億年の線、
その間には、無数の生き物と人間がいる。
どこかでその線が途切れていたら、
何かでその連続が切れていたら、
今のお前はいない。
いいか、よく聞け」

そう言うと、小さく息を吸った。
「現在というのは、どんな過去にも勝る。
そのアメーバとお前を繋ぐ無数の生き物の連続は、
その何億年の線という、途方もない奇跡の連続は、
いいか?
全て、今のお前のためだけにあった、と考えていい」

この言葉は強力なリアリティーをもって
僕の心に差し迫ってきた。

更に成長し刑務官になった主人公が
死刑囚の山井に言った言葉である。

「人間と、その人間の命は、別のように思うから。
……殺したお前に全部責任はあるけど、
そのお前の命には、責任はないと思ってるから。
お前の命というのは、
本当は、お前とは別のものだから。……」

どうだろう。

命について考えた時、
僕はこれしかないと思った。

これこそが真理だと思った。

太古から続く生命の連なりの一端に
自分が存在していると考えれば、
それだけで生きる意味はある。

己という存在を越えて
「命」そのものに価値があると言って貰えると
随分心強く感じた。

(中略)

生きていると
フラストレーションの固まりのようなものに
全身を覆われて
身動きが取れなくなる時がある。

そんな時に
叫びたい衝動に駆られたことはないか。

急に叫んだら変な奴だと思われるから
我慢するのだけど、
大声で叫び自分の周囲にある鬱陶しい膜のようなものを
破り裂きたいと思ったことはないか。

あれは何だろうと考えたことがある。

生まれようとしているのかな
と思ったことがある。

人間が叫びたい時、
それは自暴自棄になっているのではなく、
生まれようとしているんじゃないか
と思ったことがある。

そうだったら良いなと思った。

人間の人生最初の咆哮は産声である。

生きていると苦しいことはある。
今後も何もかも憂鬱な夜はやってくるかもしれない。

だが、必ず目覚めよと呼ぶ声が聞こえる朝が
やって来ると信じたい。

この小説は僕にとって特別な作品になった。

中村文則さんの作品が読める限り生きて行こうと思う。

 

2015年3月29日(日)

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早川勝
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「死ぬ気で働く営業マンだけがお客様に選ばれる」
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早川勝メール【744号】神様が書いた4つの詩 世界中で愛されているのに、誰も作者を知らない、不思議な詩たち

2015-03-22

皆様

こんにちは。
ご縁があって名刺交換させていただいた方々へ
一斉配信しています。

「次の新作はまだですか?」

と、最近、読者ファンの方々に
尋ねられる機会が増えました。

なんとういう有り難いお言葉なのでしょう。

そのたびに、胸が熱くなり、
著者としての使命感に駆られる今日この頃…。

…なのですが、
ごめんなさい。

もうしばらくの間、お待ち下さい。

ただ今、
読者の人生が劇的に変化してしまうような、
深いテーマの作品を執筆中でございまして…。

しかしながら、
深く深く掘り過ぎてしまい…、
なかなか前に進みません(笑)

本来であれば、
昨年や一昨年同様、このサクラの季節に
今年も「8冊目の新刊を!」
と斬新な企画を温めていたのですが・・・、
まだまだ「つぼみ」のまま。

どうやらこの春の出版は難しそうです。

幸運なことに、
今、3つの出版社からのオファーに恵まれ、
順番待ちしてくれている状況にもかかわらず、
この期に及んで集中力を発揮できていません。

週末にのんびりと映画を観ている場合ではありませんね。

そろそろ休日のすべての時間を執筆に費やさなければ…、
と心に誓うとともに、

しばらくは、このメルマガも、
「長文バージョン」から
やや短めに“濃縮”したメッセージとさせていただき、
休刊せずに乗り切ろうと思っています。

新バージョンも、どうぞお楽しみに!

 

と、本日の前置きはこれくらいにして、
メインコンテンツに入ります。

今週も新たに617冊目の「お薦め書籍」から
ためになる一節を抜粋し、ご紹介いたします。

本日のテーマは、
【親子とは】
です。

お役に立ちましたら幸いです。
それでは、どうぞ!
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私の本よりためになる「お薦め書籍」シリーズ No.617
「神様が書いた4つの詩」
世界中で愛されているのに、誰も作者を知らない、不思議な詩たち。
星加海[絵]
おかのきんや[翻訳]
きこ書房

 

さんばんめの詩

手紙
〜愛する子どもたちへ〜

 

あなたに、お願いがあります。

年老いた私が、ある日、
昨日までの私と違っていたとしても、

驚かないで、
そのままの私を受け入れてほしいのです。

私が食事をしているとき、
服や床に食べ物をこぼしても、

出かけるときに
左右バラバラの靴を履いても、

あなたが歩けるようになったころ、
私が色々なことを教え、
いつも見守っていたことを
思い出してほしいのです。

あなたと話すとき、
同じ話を、何度も、何度も繰り返しても、
どうか、うんざりせずに
うなずいてほしいのです。

幼いあなたを寝かせるために
その小さな瞳が閉じるまで、私が同じ絵本を
何度も、何度も、繰り返して読んであげたように。

物語の結末は
いつも、いつも、同じでしたが、
あなたの笑顔を見るたびに、
私の心は、
いつも、いつも、幸せで満たされました。

たった今話したことを忘れてしまっても、
辛抱強く、思い出すのを見守ってほしいのです。

たぶん、そのとき私にいちばん大切なことは、
話の内容ではなく、
ただあなたがそばにいてくれることかもしれません。

楽しいひと時に、
私がうっかり下着を濡らしてしまっても、

お風呂にはいるのを
嫌がっても、

そんなときは、
どうか思い出してください。

幼稚園に入ったころ、
嫌がるあなたを追い回し、
何度も着替えさせたことを。

なだめすかして
お風呂に入れた、
あの懐かしい日々のことを。

やがて、旅立ちの日を迎える私のために、
どうか祈ってください。

ずいぶん歯も弱ってきました。
いずれ、食事を飲み込むことさえ、
できなくなるかもしれません。

足も衰えてきました。
やがて、立ち上がることすら、
できなくなるかもしれません。

そんなときは、

かよわい足でよちよち歩きはじめた
あなたに私がしたように、
やさしく手をのばして
私を支えてほしいのです。

よろめく私に、
あなたを抱きしめる力がないのを
知ることは、
とても、辛いことです。

でも、そんな私を受け入れ、
支えてくれる心を、
どうか持ってほしいのです。

きっとそれだけで、
たったそれだけで、
私には勇気があふれてくるのです。

あなたの人生の始まりに、
私が付き添ったように、

私の人生の終わりに、
少しだけ、
付き合ってほしいのです。

あなたが生まれてくれたことで、
私が知った多くの喜びと、

あなたへの変わらぬ愛を持って、
笑顔で答えたいのです。

私の愛する子どもたちへ。

 

 

2015年3月22日(日)

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早川勝メール【743号】それでもなお生きる 運命を引き受ける。しかし運命は変えられる

2015-03-15

皆様

こんにちは。
ご縁があって名刺交換させていただいた方々へ
一斉配信しています。

 

どれだけの年月を重ねても、

どれだけの季節を乗り越えても、

癒えない「傷」があります。

どれだけの年月を重ねても、

どれだけの季節を乗り越えても、

忘れてはいけない「思い」があります。

3月11日、
未曾有の被害をもたらした
あの東日本大震災の発生から、
4年を迎えました。

犠牲になられたすべての方々へ
改めて哀悼の意を表しますとともに、
依然として避難を余儀なくされている被災者の皆様には、
心からお見舞いを申し上げます。

あの震災により、
数多くの「尊い命」が奪われました。

愛するご家族、
かけがえのないご友人たちを
亡くされた方々の気持ちを思うと、
今もなお深い悲しみで、
胸が押しつぶされそうになります。

今年もまた、
「3月11日午後2時46分」
を迎えるにあたり、
日本人である私たち一人ひとりは、
様々な思いを込めて「黙祷」を捧げ、
ご冥福をお祈りされたのではないでしょうか。

 

ニュースでご覧になった方も多いと思いますが、
東日本大震災4周年追悼式にて遺族を代表し、
当時15歳だった菅原彩加さんがスピーチをされましたね。

私もまた、心を打たれ、
涙した一人です。

ここで、そのスピーチをご紹介させていただきます↓

『 私は東日本大震災で甚大な被害を受けた
宮城県石巻市大川地区で生まれ育ちました。

小さな集落でしたが、
朝学校へ行く際すれ違う人皆が
「彩加ちゃん! 元気にいってらっしゃい」
と声をかけてくれるような、
温かい大川がとても大好きでした。

あの日、中学の卒業式が終わり
家に帰ると大きな地震が起き、
地鳴りのような音と共に
津波が一瞬にして
私たち家族5人をのみ込みました。

しばらく流された後、
私は運良く瓦礫(がれき)の山の上に
流れ着きました。

その時、足下から私の名前を呼ぶ声が聞こえ、
かき分けて見てみると
釘や木が刺さり足は折れ
変わり果てた母の姿がありました。

右足が挟まって抜けず、
瓦礫をよけようと頑張りましたが
私一人にはどうにもならないほどの
重さ、大きさでした。

母のことを助けたいけれど、
ここに居たら私も流されて死んでしまう。

「行かないで」という母に
私は「ありがとう、大好きだよ」と伝え、
近くにあった小学校へと泳いで渡り、
一夜を明かしました。

そんな体験から今日で4年。

あっという間で、
そしてとても長い4年間でした。

家族を思って泣いた日は数えきれないほどあったし、
15歳だった私には受け入れられないような
悲しみがたくさんありました。

全てが、今もまだ夢の様です。

しかし私は震災後、
たくさんの「諦めない、人々の姿」を見てきました。

震災で甚大な被害を受けたのにもかかわらず、
東北にはたくさんの人々の笑顔があります。

「皆でがんばっぺな」
と声を掛け合い
復興へ向かって頑張る人たちがいます。

日本中、世界中から
東北復興のために
助けの手を差し伸べてくださる人たちがいます。

そんなふるさと東北の人々の姿を見ていると
「私も震災に負けてないで頑張らなきゃ」
という気持ちにいつもなることが出来ます。

震災で失った物はもう戻ってくることはありません。

被災した方々の心から震災の悲しみが
消えることも無いと思います。

しかしながらこれから得ていく物は
自分の行動や気持ち次第で
いくらにでも増やしていける物だと私は思います。

前向きに頑張って生きていくことこそが、
亡くなった家族への恩返しだと思い、

震災で失った物と同じくらいの物を
私の人生を通して得ていけるように、
しっかり前を向いて生きていきたいと思います。

最後に、東日本大震災に伴い
被災地にたくさんの支援をしてくださった皆様、
本当にどうもありがとうございました。

また、お亡くなりになったたくさんの方々に
ご冥福をお祈りし
追悼の言葉とさせていただきます。 』

以上。

 

私たちもここで改めて、
深く心に刻まなければいけない「思い」があります。

生かされている「普通」の日常に
感謝の気持ちを忘れず、

明日の死を覚悟して、
悔いのない「今」を精一杯に生き切ること。

その生き方こそが、
生きたくても生きることの出来なかった方たちへの
何よりの供養になるのではないでしょうか。

 

さて、
震災関連のニュースといえば…、

もう一つ、今もなお解決していない
「原発」の問題があります。

このタイミングで、
ドイツのメルケル首相が来日しました。

メルケル首相は、
いわずと知れた「脱原発」派です。

ドイツでは、あと7年もすれば、
原発は終息する計画だといいます。

素晴らしい実行力ですよね。

日本も脱原発に向かうべきだと、
メルケル首相ははっきりと表明していますが、

対照的に日本の安倍首相は
原発の「再稼働」を進めています。

メルケル首相は、福島の原発事故を“教訓”にして、
エネルギー政策を転換させたというのですから
なんだか「皮肉」なものですね。

メルケル首相は次のように言っています。

「福島の事故の経験から言えることは、
安全性が最も重要だということです」

「私は日本も同じ道を取るべきだと思っています」

「私たちドイツと日本は協力していけるはずです」

この発言というのは、
私たち日本人一人ひとりへのメッセージであると、
深く心に受けとめるべきでしょう!

 

と、本日の前置きはこれくらいにして、
メインコンテンツに入ります。

今週も新たに616冊目の「お薦め書籍」から
ためになる一節を抜粋し、ご紹介いたします。

3月から4月にかけては、
皆さんの組織におかれましても、
「異動」「転勤」の季節なのではないでしょうか。

 

本日のテーマは、
【不遇でも腐らない】
です。

お役に立ちましたら幸いです。
それでは、どうぞ!
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私の本よりためになる「お薦め書籍」シリーズ No.616
「それでもなお生きる」
運命を引き受ける。しかし運命は変えられる。
佐々木常夫著
河出書房新社

 

人が人に対して行う評価は、
あまりあてになりません。

だからもし誰かから低い評価を受けたとしても、
「この人は自分のことをこんなふうに見ているのだ」
という程度に受け止めればいいのです。

高い評価をもらえるように
努力することは大事ですが、
必要以上に落ち込んだり、
気に病んだりすることはありません。

新しい部署に赴任したときには、
前任者からの引き継ぎがありますが、
その人たちの部下に対する評価は
おおむね主観的なものが多いので
気を付けたほうがいいです。

前任者から「彼は仕事ができるよ」
と評価されていた部下が、
一緒に働いてみると
指示に対する返事はいいのですが、
仕事の進め方がお粗末だったり、

「彼はうちの課のお荷物だ」
と低い評価をされていた部下が、
少し仕事のスピードは遅いのですが、
的確に業務を遂行したりすることがあります。

だから、前任者による部下への評価については、
それなりに参考にしたとしても、
自分の目で確かめるべきです。

人の評価にはその人の価値観や好みが反映されますが、
そうしたことは仕方がありません。

人間という不完全な生き物が
人を評価するわけだから、
そこに主観や好き嫌いが入ってくることを
排除することはできません。

「自分はきちんと評価されていない」
という悩みを持つ人は多くいますが、
そもそも評価なんて
不公平なものだと思ったほうがいいです。

組織の中で働いていると、
上司が自分のことを評価してくれなかった場合、
左遷されるということが起こります。

後に大きな業績を挙げることになる人の中にも、
若いころに上司との折り合いが悪くて、
左遷の憂き目に遭った人は少なくないでしょう。

私の友人にも、上司との衝突が原因で子会社に飛ばされ、
1年間その悔しさでろくに寝られなかったという人がいました。

私自身、わずか2年間で取締役を外されるという
左遷を経験しているので、
自分を適正に評価してくれなかったことへの
無念さと口惜しさはよくわかります。

しかし人に対して行う評価は、
所詮、限界があるのです。

だから自分に低い評価しか与えてくれない人がいる一方で、
自分のことを高く評価してくれる人もいるということもあります。

大切なのは、人からどう思われるかということより、
「真摯に自分の仕事をする」
ということです。

やがてそうした姿を
評価してくれる人が必ず現れます。

そして不遇の時期には、
「長い人生、こういうこともあるさ。
まあ腐らずにがんばろう」
と、どっしりと構えておくことが大事です。

私の好きなリーダーのひとりに
広田弘毅がいます。
城山三郎が『落日燃ゆ』という小説で
主人公にした宰相です。

広田は外交官でしたが、
当時外務官を牛耳っていた幣原喜重郎とソリが合わず、
省内で冷や飯を食わされていました。

そして1926年には、
外交官にとってはけっして花形とはいえない仕事場である
小国のオランダに左遷されます。

そのときに詠んだのが、
「風車 風が吹くまで 昼寝かな」
です。

肩に入った力がふっと抜けるような、
何とも味わい深い句です。

左遷をされたときは、
そのときはそのとき、
のんびりしようという気持ちでいたほうがいい、
ということでしょう。

ただし広田はオランダで、
本当に昼寝をしていたわけではありません。

オランダは当時、
既にヨーロッパの主役ではなくなっていましたが、
かつてはオランダ海洋帝国を築き、
世界の海を支配したこともありました。

そこで広田は、
なぜこの国が小国ながらも世界を制覇できたのか
その理由を探ったり、
列強ひしめく中で小国として
生き残っていくためのヒントは何かを、
オランダの歴史から学びとろうとしたりしました。

オランダにいる機会を利用して、
小国という立場から世界を見る視点を身につけ
日本の外交政策の参考にしようとしたのです。

これはアメリカやイギリスといった
外交の表舞台にいる人間にはできないことです。

彼は左遷を左遷で終わらせずに、
外交官としての自分の見識を
高めるチャンスに変えたのです。

そういう広田を、
世の中がそのまま見捨てておくわけがありません。

満州事変や国際連盟からの脱退などによって
日本が国際的に孤立する中で、
「外交を舵取りできるのはやはり広田しかいない」
という周囲の期待のもとに、
彼は再び表舞台に返り咲き、外務大臣へ、
やがては内閣総理大臣に任じられることになりました。

そしてオランダで「昼寝」をしている間に
培った見識を活かして、
日本を窮地から救おうとします。
残念ながら彼の努力は実を結ばず、
日本は戦争への道を突き進むことになったのですが……。

大切なのは広田のように、
何があっても腐らないことです。

見てくれる人は、必ず見てくれています。

焦らずあきらめず、
きちんと仕事をして自分を磨き続けることです。

(中略)

 

若い人の中には、
大病を患っている方を除けば、
いずれ自分も死ぬときがくることを
なかなか実感できない人もいると思います。

しかし、私の友人で
30代で突然交通事故で亡くなった人も、
40代のとき病気で急死した人もいます。

死はいつでも近くにいる
と考えていたほうがいいです。

年をとってくると、
身近なところで亡くなる人か増えるし、
次第に自分の死を意識するようになります。

先日、中学校から高校、大学時代にかけて、
とても仲の良かった友人が亡くなりました。
本当にショックでした。

死はすぐ身近なものでした。

後で話を聞くと、
彼は何度か入退院を繰り返していたそうです。

だから少なくとも本人は、
自分が重い病気に罹っている
という自覚はあったわけです。

それならひと言ぐらい話してくれてもよかったのに、
と悲しくなりました。

その一方で、
私が会社員時代にお世話になったある取引先の社長は、
あるとき私に
「今度東京に出て行くので佐々木さんに会いたい」
と連絡をくれました。

お会いしてみると、
「自分はガンで、もう余命がそれほど長くないので、
死ぬ前に佐々木さんに会いたかった」
と言いました。

その社長は亡くなる前に、
どうしてもお世話になった京都の昔からの知り合いと、
東北の釜石に住んでいる仕事仲間、
そして私の3人に会って
お別れをしたいと思ったそうです。

そして私と会った2カ月後、
その方は息を引き取られました。

私と再会したことで、
その方の気持ちが少しでも安らいだのならうれしいし、
私もまた最後にお別れの言葉を伝えられました。

死は、自分だけのものではありません。

できれば大切な人や親しい人には、
きちんとお別れのあいさつをしてから
死にたいと思います。

もちろん急な事故などで死ぬこともありますから、
そのときは難しいでしょうが、
そうでなければお世話になった方への
お礼とお別れのあいさつをしたい、
直接会うのが難しいのなら、
少なくとも手紙で気持ちを伝えたい。

そうしないと、
何より自分自身が心残りです。

死にゆく者が、
遺される人に別れのあいさつをすることは、
相手に対するマナーでもあります。

遺された人は、
先に死んでいった人とのつながりが
深いものであればあるほど、
深い喪失感に襲われます。

心の中にぽっかりと穴が空きます。

もし自分にとって大切な人が何も告げず、
こちらの心の準備もないままに亡くなってしまったら、
いつまで経ってもその穴は埋まらなくなります。

私は以前、日本尊厳死協会の存在を知って、
すぐ入会しました。

病気で倒れたら、
私の面倒を看てくれる人がいるでしょうが、
その人たちにせめて
精神的負担はかけたくないものです。

また家族に対しては、
急に自分がいなくなったからといって
困ることのないように、
十分準備してから死にたいものです。

私は、数年前、
正式な公正証書の形で
遺言書を作成しました。

いつ訪れるか知れない死の準備をしておくことは、
人としての義務ではないでしょうか。

こうしたことを話しても、
若い人にはぴんとこないかもしれません。
しかし40代や50代で亡くなる方もいます。

死がいつ自分に訪れるかは、
誰にもわかりません。

死は自分のすぐそばにあると考えて、
いつ死んでも悔いのないように、
その最小限の準備をしておきたいものです。

 

 

2015年3月15日(日)

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早川勝メール【742号】絶対に目標達成できる人の営業のワザ 7年連続トップセールスになれた秘密を公開

2015-03-08

皆様

こんにちは。
ご縁があって名刺交換させていただいた方々へ
一斉配信しています。

残業も出張もアポもない週末の夜は、
レイトショーやナイトショーを観て帰ります。

孤独な「一人映画鑑賞」。

今までもこのメルマガで紹介してきたように、
年末の「インターステラー」「ゴーンガール」に続いて
「6歳のボクが大人になるまで」
「紙の月」
「アメリカンスナイパー」
「フォックスキャッチャー」
「はじまりのうた」
「グランドブタペストホテル」
と、今年は続けざまに「不朽の名作」に恵まれました。

皆さんは、何かご覧になりましたか?

特にその作品の中で私の印象に残っているのは、
「フォックスキャッチャー」と「はじまりのうた」です。

「フォックスキャッチャー」は、
極端にセリフが少なく無駄のない演出で、
すべてにおいて衝撃的でした。

さすが、カンヌ国際映画祭監督賞のベネット・ミラー監督、
孤独、嫉妬、虚栄、支配、悲哀、運命、そして悲劇、
一場面たりとも目が離せない、
完成度の高いヒューマン・ミステリーでした。

そして、
音楽にまったく興味のない私が、
「はじまりのうた BEGIN AGAIN」の全編に流れる
“ミュージック”に、
腰が抜けるほど感動してしまいました。

その劇中で描かれていたのは、
「希望」の2文字。

私の心の中にも、
何かが「はじまる」ハッピーな予感が!

それぞれ対照的な映画でしたが、
両作品とも超オススメです。

エンドロールで気づいたのですが、
「フォックスキャッチャー」で
レスリング五輪金メダリスト兄弟の兄役を演じ、
「はじまりのうた」で
落ちぶれた音楽プロデューサー役を演じていたのは、
双方ともに“マーク・ラファロ”だったとは…。
驚かされました。

まったくタイプの違う役を、
見事に演じきっていて…。

マーク・ラファロの包容力豊かな演技に脱帽です。

 

そんな 映画の感動に余韻に浸りながら、
鼻歌交じりの帰り道、

「やっぱりビールが好き!」
という大きな看板に引き寄せられ、
ひとりで近所の餃子屋さんに入りました。

カウンター10席程度の狭い店内は、
ほぼ満席。

はじめて入ったそのお店は常連客ばかりで、
アウェー感いっぱいでした。

私が腰かけた席の隣には
30代の母親と小学校低学年くらいの男の子、
親子らしき常連客が座っていました。

その母親は、
コショウ入りレッドビールをグビグビ飲みながら、
タバコをパカパカふかしています。

私の近くに置かれた灰皿からは、
副流煙がもくもくと私の顔めがけて飛んできて
嫌煙家の私にとっては
不快極まりない時間となり…。

「餃子を一皿食べたらさっさと帰ろう」
と思っていると、

母親が私に向かって言いました。
「その餃子、中身がとろっとしてて熱いから
やけどしないように気をつけたほうがいいよ!」
と意外にも優しいひと言。

たしかに、油断をして頬張ったら
危ない熱さでした。

私が「ありがとうございます」
とお礼を言うや否や、
母親は、「マスター、お勘定して!」と、
私が帰るよりも先に
帰り支度をはじめました。

すると、となりの男の子が、
「まだ帰りたくないよ〜」
とぐずりはじめたのです。

母親は鬼のような形相で
男の子に向かって言いました。

「ダメ!
早く帰らないとパパに怒られちゃう!」

きっと怒りっぽいご主人なのでしょう。
(だから子供は家に帰りたくないのかも…)

でもそのとき、私は思いました。
せめて自分の子供に対し、
もう少し前向きな表現ができないものかと。

たとえば、
「早く帰ってパパをお迎えして
喜ばせてあげましょうね」
とか。

そういうふうに伝えてあげられれば、
男の子は「帰りたくない」などと言わないのでは…
と、余計なことを思いつつ、
背中の丸まった男の子の後ろ姿を
見送ったのでした。

いったいあの男の子の心に、
「希望」はあるのでしょうか。

とまあ、
「はじまりのうた」の劇中のメロディを
頭の中で奏でながら、
ふとそんなことを考える週末の夜となりました。

 

 

と、本日の前置きはこれくらいにして、
メインコンテンツに入ります。

今週も新たに615冊目の「お薦め書籍」から
ためになる一節を抜粋し、ご紹介いたします。

先日、著者である安部宥志さんご本人から
新刊を一冊、献本いただきました。

安部さんは営業スキルアップコーチであり、
パートナー企業の売上を倍増させる、
営業代行会社の代表取締役社長でもあります。

本日のテーマは、
【潜在意識へのすり込み】
です。

お役に立ちましたら幸いです。
それでは、どうぞ!
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「絶対に目標達成できる人の営業のワザ」
7年連続トップセールスになれた秘密を公開
安部宥志著
明日香出版社

 

Tips65
手土産は2つ用意する

遠方の取引先やはじめて企業を訪問する際に
手土産を持参することがありますが、
もし面会の相手が社長ならば、
必ず2つ用意しましょう。

一つはオフィス用、
もう一つは社長のご自宅用です。

なぜ社長のご自宅用に手土産を渡すかというと、
社長の奥さんに自分の名前を覚えてもらうため。

中小企業の場合、
社長の奥さんが会社の運営に
大きな影響を与えていることが少なくありません。

年末年始の挨拶やお中元・お歳暮をはじめとする行事など、
社長の交友関係を社交面からフォローしていることもあります。

たとえ顔を合わせることはなくても、
自分の存在を知ってもらうことに損はないでしょう。

また社長からも、
「自分の家族にまで気を配ってくれる人」
という印象を抱いてもらえます。

ちなみに手土産を紙袋に入れたまま手渡すのは、
マナーとしてNG。

必ず紙袋から出し、
相手から見て正面になるようにして渡します。

とはいえ、
手土産を自宅に持ち帰るための袋は必要でしょうから、
渡したあとに「袋はお使いになりますか?」
と柔軟に対応を。

Tips69
ロングパスワードで目標を潜在意識に刷り込む

TODOリストのように
習慣を利用するという方法は、
モチベーションの維持といった面でも
役立ちます。

特に、パソコンやウェブサイトに
ログインする際のパスワード入力は、
定期的に行う作業の一つです。

せっかく文字を打つのなら、
すぐに忘れてしまいそうな暗号にするよりも

自分の目標をパスワードにしましょう。

このとき大切なのは、
漠然としたものではなく、
より具体的な内容にすること。

例えば、
新規アポイントを20件獲得するのが目標であれば、
「shinki20ken」
といった具合です。

会社で使用しているパソコンの
ログインパスワードであれば、
パソコンを開くたびに
打ち込むことになります。

ですから
「この目標を達成するための動きを、
今の自分は実際にやれているか?」
と、習慣的に見直すこともできるのです。

これを意図的にやろうとすると、
TODOリストと同じように
「確認する行為」そのものが
目的になってしまう可能性が。

しかしパスワード入力という
文字を打つ行為を活用することで、

自分の潜在意識に働きかけ、

苦労せずして
目標を刷り込むことができるのです。

 

 

2015年3月8日(日)

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早川勝メール【741号】無頼のススメ 頼るな、倒れるな。「負けない人」の流儀とは――。

2015-03-01

皆様
こんにちは。
ご縁があって名刺交換させていただいた方々へ
一斉配信しています。

今日からもう3月ですね。
季節が移り行くのは早いもので、
すっかり春めいてまいりました。

先月下旬には、
北海道や北陸へも遠征しましたが、
雪に降られることもなく、
むしろ東京よりも暖かく感じたほどでした。

北陸では富山から金沢へと移動したのですが、
どちらも「北陸新幹線開業」に向けて、
急ピッチで工事が進められていました。

活況を呈し、好景気をも予感させる雰囲気の中、
あまりのホットな空気感に、
富山に到着するや否や、
いきなり、例のヤツが襲ってきました。

そう、あの「花粉症」が…。

ワクワク感がムズムズ感へと変化し…。

突然、はじまったのです

くしゃみと鼻水が止まらなくなり、
慌ててドラックストアを探したのですが、
なかなか見つからず…。

やがてついに、困ってたどり着いた一軒が、
昭和的なたたずまいの古びた「ザ・薬局」。

ホッとしながらも、
恐る恐るお店に入ると、
「いらっしゃいませ」
と出てきたのは、
腰のまがった怪しき老婆…、

いやいや、
なんて、違います…、
現れたのは意外にも、
20代と思われる若い女性でした。

白衣のよく似合う、
純朴そうなその女性に、
私はすがるように問いかけました。

「花粉症によく効く…、
くすりをください」と。

鼻がつまっていたので、
正しい発音は、
「ぐずりをぐだざい」
と聞こえていたかもしれません。
(山瀬まみのように…笑)

私の必死のリクエストに応えて、
女性店員さんは何種類もの薬を
カウンターの上に並べてくれました。

「うーん…どれにしようか」
と、私は迷いながら、
その中から一番高い2千円の薬を買おうとすると、

女性店員さんは、
「こちらで十分じゃないですかねぇ」
と、千円以下の最も安い薬を勧めてくれました。

次に、「マスクはありますか」と聞くと、
レジ横にあった何十種類の中から、
またもや比較的安価なマスクを勧めてくれたのです。

さらに「ポケットテッシュは売っていますか?」
と尋ねたところ、

「はい、ありますよ」
と一旦は売り場の方へ案内してくれたと思ったら、
あっ、と何かに気づいたように
クルッと引き返してバックヤードから持ち出してきたのは、
なんと、なんと、「無料」のテッシュ。

そのテッシュにはしっかりと、
“北陸銀行”
と書かれていました。

「テッシュありましたから、こちらをどうぞ!」
と差し出してくれたのです。

しかも、保湿性の高い柔らかタイプ。

いや〜、驚きました。

都会のドラッグストアでは、
まずあり得ないことです。

なんとういう商売っ気のない店員さんなのだろうと、
私は思わず、笑ってしまいました。

「ありがとう」
とお礼を言って買い物を済ませた私は、
心に誓いました。

いつかまた、
この薬局にリピーターとしてやってきて、
中国人観光客のように「爆買」をしてあげようと!

改めて“営業の基本”に
気づかせてもらう出来事となりました。

これこそが、
「富山の薬売り」の精神なのかもしれませんね。

とまあ、そんなこんなで、
小さな「喜びごと」が多かった2月でしたが…。

こうして2月を振り返ってみると、
公私ともに凄く充実していて、
「あっ!」という間に
過ぎ去ってしまったような気がします。
(日数が短いのも事実ですが…)

かねてから準備を整えていた、
亡き祖父の三十三回忌と祖母の三十七回忌の法要を
厚木の菩提寺で執り行うこともできました。

施主は七人兄弟の長男である83歳の父ですが、
私は“施主補佐”といったポジションにて、
多少の貢献はできたようです。

親戚の叔父さん叔母さんたちにも、
とても喜んでもらえました。

元気いっぱいな高齢の叔父叔母たちと久しぶりに再会し、
早川家というのは「長生き家系」なのだなと、
改めて実感しました。

今までこうやって私が“運よく”生きてこられたのも、
「天国の祖父と祖母に守られているからに違いない」、
と、感謝の気持ちを新たにした次第です。

2月は、様々な業界から
「講師役」のオファーをいただき、
大阪での大手生保の機関長セミナーや、
都内で実施された某銀行協会の支店長研修においても、
熱いメッセージを届けることができました。

講演後には、参加された多くの管理職の方々から、
「刺激とヒントをもらって大いに役に立っている」
「書籍を毎日カバンに入れて持ち歩き読み返している」
「早速、宿題をやってみて、気づきを得た」
「学んだことを早速、営業組織の現場で生かしている」
というような嬉しいお言葉をたくさん頂戴しました。

皆さんのお役に立てて喜ばしい限りです。
本当に有り難いことですね。

あるリーダー研修では、
一括購入していただいた書籍をテキストにして
レジュメを作ってみたところ、
大変好評でした。

【参考資料】↓
http://tsuitel.in/books/new_bo……index.html

これからも、
世の中への「社会貢献」活動を、
亡き祖父祖母に見守られながら、
「死ぬ気」で続けてまいる所存です。

これからもどうぞ宜しくお願いします。

 

と、本日の前置きはこれくらいにして、
メインコンテンツに入ります。

今週も新たに614冊目の「お薦め書籍」から
ためになる一節を抜粋し、ご紹介いたします。

本日のテーマは、
【生きるとは】
です。

お役に立ちましたら幸いです。
それでは、どうぞ!
↓↓↓↓↓↓↓
私の本よりためになる「お薦め書籍」シリーズ No.614
『無頼のススメ』
頼るな、倒れるな。「負けない人」の流儀とは――。
伊集院静著
新潮新書

 

私の父は、
「人に物乞いをしたら、もう廃人と同じだ」
と徹底して言っていました。

家では年に一度、
かつて父を助けてくれた日本人漁師のお墓参りに行って、
おかげさまでこうして無事に全員生きています、
と報告するのが慣わしで、
家族全員が揃って出かけるその日は外食になるから、
子どもたちにとって楽しみな行事でした。

ところがある日、さあ出かけようという時に、
近所にいた物乞いが母親に向かって、
「奥さま、先日はありがとうございました」
と言うのです。
その瞬間、父は顔を真っ赤にして怒りだし、
その物乞いに近づいていって
肩を揺さぶりながら言いました。

「どうしたお前、
ちゃんと二本足で立ってるじゃないか、
自分で動けるじゃないか。
だったら働け!」

そして母に向かってさらに怒鳴った。

「こいつに何をやったんだ?
モノをやったのか。
自分で働こうとしないやつにモノをやるから、
いつまでたっても物乞いをし続けるんだ。
それは人間として一番卑怯なやり方なんだ。
二度とするな!」

その光景を思い出すと、
頭も身体も人並みに動かせるのに働かない若者も、
年金が少ないだの言っている老人も、
国家に物乞いをしているように見えてきます。

怠けることをよしとし、
物乞いに与え続けるような国家は
やがて潰れるしかありません。

(中略)

今までを振り返ると、
最初に好きだった子は原爆症で死にました。

二十歳前後の頃、
私は野球部でライバルだった親友と、
四歳年下の弟を半年のあいだに相次いで亡くしています。

友人は自殺で、高校生だった弟は海難事故で。
台風が接近する中、弟は一人で沖に漕ぎ出したが、
浜に流れ着いたのは空のボートでした。

冒険家になることを夢見ていた弟の命日が来るたび、
何とか助けてやれる方法はなかったかと
今でも考えてしまいます。

そして妻をがんで亡くした。

仕事を休んで入院治療に付き添いましたが、
二百九日間の入院の後、
還らぬ人となりました。

私は動揺し、しばらく何もする気が起こらず、
酒とギャンブル漬けの茫然自失したような日々を送りました。

私が小説家になることが妻の願いであったことを知ったのは、
死別して二年後のことでした。

最近では付き合いの長かった男が三人、
次から次に亡くなりました。

彼らの死を小説で描いたとき、
角田光代さんが、
「伊集院さんは死を川の流れのように書く」
とどこで書いていました。

そうかもしれない、と思います。

近親者の死というのは、
当人しかわからない苦節を残します。

それを経験した年齢が若いと、
それだけ心身をゆさぶられるものです。

なぜ死んでしまったのか、
という答えの出ない問いを繰り返したり、
時の経過や理屈とは別に
不意に記憶がよみがえったりもします。

でも一つ言えることは、
そのときは分からなくても、
どんな哀しみにも終わりはあるということ。

生き続けてさえいれば時間が解決してくれる。

時間がクスリという言葉はほんとうです。

(中略)

母が父のところへ嫁に行くとき、
祖母から言われたことがあったそうです。

その一つは、
「男の人殺しが縄をかけられて連れ回されているときに、
絶対に石を投げたりしてはいけない」

もう一つは、
「身体を売るために町に立っている女の人に、
パンパンとか夜鷹とか絶対に言ってはいけないし、
子どもの口からも言わせてはいけない」。

なぜなら、
「男三人育てれば、一人は人を殺すかもしれない。
女三人育てたら、皆いいところに嫁がせたつもりでも、
そのうち一人くらいは
身体を売らなきゃいけない立場になってしまうことがある。
それが世の中というものだから」。

そう教えられたという。

じつに三分の一の確率で、
わが子が人を殺すか、
娼婦のようになる可能性がある。
その男にも女にも必ず親というものがある。

だから決して
貶めたり蔑んだりしてはならないというのです。

私がめったなことで講演を引き受けないのは、
文章で四苦八苦しているような人間の話すことが
きちんと伝わる自信がないからですが、
講演でこの話をすると、
年配の人ほど納得してうなずいてくれます。

私の高校時代の恩師である倫理社会
(哲学といったほうが適当だったが)
のM先生にその話をしたら、
「その通りだ。
新聞に毎日これだけ人を殺したという話が出てるじゃないか。
それが自分たちの身内でないという保障などあるか」。
そう言われたものでした。

たしか武者小路実篤が言ったように、
新聞の一面を見て物語が浮かばないようなら
小説家になる資質はないだろうし、
事実関係だけが書かれたベタ記事でも、
その裏側にはとてつもなくたくさんの事情があるにちがいない。

だから山手線を二周ぐらい回って人間を観察してみて、
物語が一つも浮かばないようなら、
小説家になるのはあきらめたほうがいいと私も思います。

世の中で起きたことは自分にも起こりうる。

今日の三面記事は明日の自分かもしれない。

人は誰だって外からはうかがい知れない。

その人なりの事情を抱えながら、
それでも平然として生きている。

(中略)

前に亡くなられた久世光彦さんが、
「伊集院はいつ死んでもいいと思っている。
彼は五十歳くらいが締切りじゃないか」
ということをどこかで書かれていました。

確かに、ある程度の歳まで生きられたら
一応は自分の区切りとして、
それ以上はもうけものと考えたほうがいい。

けれど、その後は余禄の、
幸福な時間とはかぎらないのが人生というものです。

私は、床の間で家族みんなに囲まれて
安らかな死を迎えるとか
何か形のよすぎる発想はほとんど間違いだと考えているし、

病院で何本も身体にチューブをつながれながら、
「お爺ちゃん、死なないで」
とすがりつかれるのも勘弁してほしいと思います。

平穏死、尊厳死、終活とか断捨離ブームだとか
色々言い方があるようですが、

人間はほとんどが半端もので、
それが人間そのものではないのかな、
と考えています。

八十歳を超えたから大往生で、
二十代や三十代の死は夭折だと世間は言います。

でもそれは程度の問題にすぎなくて、
死というのは誰にとっても、
どんな形であっても
「そうであった」
ということでしかないのではないか。

お前は永遠に生きるだろう、
なんて言われたら
私は恐ろしくて気が狂ってしまうにちがいありません。

ある時代に生を享け、
多少の時間差はあっても
みんなその時代に生を終えるから、
安堵もあるのではないかと思うのです。

「お前の村へ帰りなさい。
もう自分の路地へと帰りなさい」

それが私の考える「死」というものです。

つまり、自分が初めて
「孤」であると知った場所へと帰っていくこと。

あくせくした都会でずっと生きていたなら、
自分の路地へ帰るからもう静かにしてくれ、
といって一人で死ぬ。

「戦場の兵士が見る夢は、
勝利の日のことでも敗北のことでもない。
それは彼の故郷の美しい山河である」

あるイギリス詩人はそう言っています。

戦場の塹壕の中にいる兵士が、
死と隣り合わせで自分の生を想うとき、
生きたいと願っても傍らにははっきりと死が存在するとき、
彼はやっぱり自分の村を思い、
路地を思うしかない。

それは間違いないことでしょう。

人が死に際して必要なのは
人間の情念を言葉にしたもの、
それは小説ではなくやはり一行の言葉、
詩なのだと私は思います。

久世さんの言われたように、
いつ死んでもいいな、
という思いは今もあります。

なぜ死なないか。

それは
自分はまだ戦っているからです。

生きているかぎり、
戦いとは「最後まで立っている」ことだから、

まだ倒れない。

それだけのことです。

 

 

2015年3月1日(日)

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早川勝
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