2月, 2015年

早川勝メール【740号】河合隼雄の幸福論 養老孟司氏推薦!心の奥底にしみこむ話がたくさん載っています

2015-02-22

皆様

こんにちは。
ご縁があって名刺交換させていただいた方々へ
一斉配信しています。

実は私、
女優「井川遥さん」のファンでございまして。

特に、ここ最近になってからは、
年をとるごとに
ますます美しさが磨かれているようで、
ファン度も高まっております。

きっと皆さんの中にも、
そのように感じている方が
多いのではないでしょうか。

歴代の「ハイボール女優」の中でも
井川遥さんの魅力は、
群を抜いていますよね。

もし、あのCMのような「バー」が
近所にあったとしたなら、
毎晩のように通ってしまうかも。

ハイボールを何杯もおかわりし、
メンチカツを口にくわえたまま酔いつぶれ(笑)、
茫然自失な日々に堕ちてしまうことでしょう。

そんな輝いている井川遥さんも、
自宅へ帰れば、二児の母とのことですが、

とてもとても6歳の女の子と3歳の男の子がいるような
「38歳のお母さん」は見えません。

今、日本で最も美しい「お母さん女優」である、
と言っても過言ではないでしょう。

となると、井川遥さんのご主人の存在って…、
いったいどんな人物なのだろうか、
と、気になるところですよね。

そのご主人というのは、
「パイオニアの創業者の孫」にあたる、
ファッションデザイナーのM本氏。

やっぱり、
エリート、イケメン、資産家、
なのでしょうか。

私早川と同い年の「52才」だというのですから、
本当に羨ましい限りです。

しかし、ここ数年、
アパレル業界市場全体としては
業績が伸びている一方、
特定のデザイナーによる国内ブランドは、
買収されたり、売り場面積が縮小。

大量生産が主流の「しまむら」「ユニクロ」などが店舗数を増やし、
「H&M」「ZARA」などの海外ファストファッションブランドも
売り場面積を拡大しています。

デザイナーにとっては、
やはり厳しい時代のようで…。

ゴシップ通の情報によれば、
ご主人のM本さんも例外ではないというのです。

そんなご主人のピンチを救うため、
井川遥さんは、
ドラマ、CM、バラエティに出ずっぱりの
“仕事しますモード”で、
「私が家族を支えるしかない!」
と頑張っているとかいないとか。

女優の商品力は「美しさ」。

井川遥さんの美貌が磨かれていった裏側には、
肝っ玉母さん的な「家族愛」が隠されていたのですね。

夫のピンチに、
妻が…、
一家を支えていく。
母が…、
一家を支えていく。

それもまた、
素晴らしいことではありませんか!

頑張れ!
井川遥さん!

頑張れ!
全国の働く女性たち!

 

と、本日の前置きはこれくらいにして、
メインコンテンツに入ります。

今週も新たに613冊目の「お薦め書籍」から
ためになる一節を抜粋し、ご紹介いたします。

本日のテーマは、
【満ち足りた人生】
です。

お役に立ちましたら幸いです。
それでは、どうぞ!
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私の本よりためになる「お薦め書籍」シリーズ No.613
「河合隼雄の幸福論」
養老孟司氏推薦!
心の奥底にしみこむ話がたくさん載っています。
河合隼雄著
PHP研究所

 

「満ち足りた人生」というのは、
人間にとっての一つの理想像であろう。

何も不自由はない、
いつも満ち足りた気持ちで一生を過ごせたら、
それは幸福そのものなのではないだろうか。

といっても、
実際にはそんな生活はあるのだろうか。
あるいは、
どうすればそれを手に入れられるだろう。

このようなことを考えるとき、
私は昔話のなかに適当なものがないか、
と探してみる。

昔話は長い間にわたって
人々が口伝えにして保持してきたものだけあって、
一見荒唐無稽に見えても、
なかなかの「民衆の知恵」のようなものを
内包していることが多い。

そんなわけで、
いろいろと昔話を読んでいると、
いいのが見つかった。

イタロ・カルビーノ『イタリア民話集』(岩波文庫)のなかに
「満ち足りた男のシャツ」というのがあった。

その話をまず紹介しよう。

ある王様の一粒種の王子は、
いつも満たされる心をかかえて、
一日中ぼんやりと遠くを見つめていた。

王様は息子のために
いろんなことをしてみたが駄目だった。

王様は学者たちに相談した。
学者たちは
「完全に満ち足りた心の男を探し出して、
その男のシャツと王子様のシャツを取りかえるとよろしい」
と忠告してくれた。

王様はお触れを出して、
「心の満ち足りた男」を探させた。

そこへ一人の神父が連れて来られ、
「心が満ち足りている」と言った。

王様は「そういうことなら大司教にしてやろう」
と言うと、
神父は「ああ、願ってもないことです」
と喜んだので、
王様は「今よりもよくなりたがるような人間は満ち足りていない」
と、追い払ってしまった。

王様もなかなかの知恵ものである。

つぎに近くの国の王様が
「まったく満ち足りた」生活をしている、
というので、使節を送った。

ところがその王様は
「わたしの身に欠けているものは何一つない。
それなのにすべてのものを残して死なねばならぬとは
残念で夜も眠れない」
と言うので、これも駄目ということになる。

王様はある日、狩りに出かけ、
野原で歌を歌っている男の声が
あまりにも満ち足りていたので、
話しかけてみる。

王様が都会へ来ると厚くもとなすぞ、
などと言うが、
若者は「今のままで結構です」と言う。

王様は大喜びだ。

ついに目指す男を見つけたので、
これで王子も助かると思い、

若者のシャツを脱がそうとしたが、
「王様の手が止まって、
力なく両腕を垂れた。

男はシャツを着ていなかった」。

これでお話は終わりである。
皆さんはこの話をどう思われますか?

昔話は読んだ人がそれぞれ好きなことを考えればいいので、
別にそこに「正しい答え」があったりするわけではない。

つまらないと思う人は、ほうっておけばいい。

この話は、私には結構面白かった。

満ち足りた男というので、まず聖職者が現れ、
それも結構世俗的な出世欲をもっていることがばれてしまう。

つぎに、何でもかでも持っている王様が候補者になるが、
「死」を恐れているために「満ち足りた」気持ちになれない。

最後のところで、
何も持たない、シャツさえ着ていない男が
「満ち足りた男」として登場する。

「満ち足りる」というときに、
すぐわれわれが考えるのは、
何か手に入れることの方だが、
むしろ、何も持たない者こそ
満ち足りていることを示す点が心憎い。

人生には面白いパラドックスがあって、
昔話はそのようなことを語るのに向いているようだ。

男のシャツを譲り受けようとしても駄目だったことは、
ほんとうに「満ち足りた生き方」などというのは
他人からの借りもので、できるはずがないことを
示していると思われる。

これさえあれば、息子は幸福になると喜んだ王様が、
相手が裸と知って落胆するところが印象的である。

考えてみると、
息子に満ち足りた生活をさせようと
父親がやたらに熱心になる、
という出発点から違っていたのかもしれない。

満ち足りた生き方をするためには、
ものを持たない方がいいとばかり、
持っているものをどんどん捨てていくのも
一つの生き方だが、

最初から「満ち足りた人生」など狙わず、
少しずつ手に入ったものを楽しむ、
という生き方もあるだろう。

(中略)

おかあさん

NHKテレビに「クイズ日本人の質問」という番組がある。
視聴者の応募した質問に答えるのだが、
何といっても質問も答えも奇想天外なのがあって面白い。

先日は
「コウモリは高周波で交信し合っており、
それは人間には聞こえない、
しかし、それを人間が聞こえる程度の周波に変えてくると、
日本語に非常に近いのがある。それはどんなのか」
などという、驚くべき質問があった。

確かに、コウモリは高周波の音波
(と言っても人間の可聴範囲をこえる)
を出して交信し合っていることは知っていたが、
それを人間の聞ける範囲に波長を変えると、
「日本語」になるというのだから、
うそのような話である。

そしてテレビをみていると、
赤ちゃんのコウモリが母親を呼んでいる「声」が
「おかあさん」とはっきり聞こえてくるのだ。

これにはまったく驚いた。

母親はその呼びかけに応じて飛んでくる。

「おかあさん」という音の響きのもつ
底知れない力をあらためて感じさせられた。

「ママ」というのも発音しやすいし、甘い感じもするので、
外国語では「ママ」「マミ」などが多く、
日本人も取り入れている家が多いが、
「おかあさん」は、
コウモリも使っているのだから凄いものである。

次にあげるのは、小学三年生の、
すがいゆり子さんの作った詩である。

「かあちゃん」「かあちゃん」
なんべんいうても
ええ なまえや
わたしも
かあちゃんになるんやで
ねー
わたし
かあちゃんみたいにふとらんね

コウモリの赤ちゃんも詩をつくったら、
こんなのをつくるかもしれない。

「なんべんいうても ええ なまえや」
というところは、まったく同感だろう。

当世は「マザコン」「教育ママ」などの多くの造語が示すように、
母親の評判はあまりよくない。

確かに母性の押しつけは、
母親にとっても、子どもにとっても嫌なことである。

昔の日本は、絶対肯定の母親像があまりにも強すぎたので、
今ではそれに対する反発が強いのも当然である。

しかし、コウモリの赤ちゃんの
「おかあさん」という声を聞くと、
ジンと応えてくるのも事実である。

実は先に引用した詩は、
日本童詩研究会議『おかあさん』(理論社)からの引用である。

最近出版されたものだが、
昭和三十四年(一九五九年)から三十七年まで
児童詩誌「きりん」に掲載された作品から
「おかあさん」にまつわるものを
まとめて出版されたものである。

子どもたちの目は温かく鋭く、
今読んでも実に素晴らしい。

おしろい
内田ひろ子(五年)

お母さんの顔にあざがある。
やけどだ。
でも、おしろいを
つけると
すこしはきえる。
私は、やっぱり
おしろいをつけない
お母さんのほうがいい。

「おしろいをつけない お母さんの方がいい」
というところに、
内田さんのお母さんに対するおもいがよく出ている。

「やけど」のところを、
親の欠点として読みかえてもいいではないか、と思う。

欠点がどれほどあっても、
「そのまま」のお母さんが好きなのである。

子どもに会うのに厚化粧をすることはない。

最後にもうひとつだけ引用しよう。

しりたいねん
谷口のり子(三年)

あたし
おとうちゃんと
おかあちゃんが
どうしてすきになったか
しりたいねん

それから
みあいか れんあいか
しりたいねん

それから
どうして すきになったのに
けんかばっかりしてんのか
しりたいねん

 

 

2015年2月22日(日)

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早川勝
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最新刊
「死ぬ気で働く営業マンだけがお客様に選ばれる」
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早川勝メール【739号】善の根拠 私にも、私の生にも根拠はない。では、なぜ生きるのか。

2015-02-15

皆様

こんにちは。
ご縁があって名刺交換させていただいた方々へ
一斉配信しています。

先日、「丹波の黒豆」を贈っていただいたばかりの
京都のKさんより、
今度は、日本一美味しい「しらす」が
我が家に届きました。

お店を出せるくらい大量に、
箱いっぱいの「しらす」をいただきました。

バレンタインデーに「しらす」の贈り物とは、
粋な大人の心遣いですよね。

「しらす」にはカルシウムや
ビタミンが豊富に含まれていて、
コレステロールを下げる効果もあり、
健康にもいい。

甘いお菓子よりも、
「中高年向き」です。

Kさん、ありがとうございます。

「丹波の黒豆」も絶品の味わいでしたが、
今回の「しらす」も……、
これがもう最高に旨い!

さらに、
Kさんの「しらす丼レシピ」によると、
(1)「ゴマ油」と(2)「卵かけご飯用のお醤油」
をほかほかご飯に混ぜ合わせ、
その上に(3)「大葉」と「しらす」をどっさりとかけて、
食べるというのがオススメとのこと。

たしかに、そうして食べると、
絶妙な味わいになります。
本当に「旨かった!」。

私はその究極の「しらす丼」を
「GTO丼」と名付けました。

ゴマ油のG、卵かけ醤油のT、大葉のO、
それぞれの頭文字をとって、GTO。

銀座に一号店をオープンしたら、
きっと大繁盛するでしょう。

皆さんも、どうぞお試しあれ!

おかげさまで、
最近、私の身の回りには、
ささやかな「喜びごと」が
増えてきたような気がします。

「喜べば、喜びごとが、喜んで、喜び集めて、喜びにくる」

“作者不詳”のこの言葉を思い起こし、
心の中でリズミカルに繰り返し唱える…、

そんな今日この頃です。

 

と、本日の前置きは短めにして、
メインコンテンツに入ります。

今週も新たに612冊目の「お薦め書籍」から
ためになる一節を抜粋し、ご紹介いたします。

本日のテーマは、
【不瞋恚(ふしんに)。怒ってはならない】
です。

お役に立ちましたら幸いです。
それでは、どうぞ!
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私の本よりためになる「お薦め書籍」シリーズ No.612
「善の根拠」
私にも、私の生にも根拠はない。では、なぜ生きるのか。
南直哉著
講談社現代新書

 

怒りという感情や行為は、
それが発現する不可欠な条件として、
怒りの当事者が、自分の考えが正しいと
確信していなければならない。

さらに、その確信によって、
怒りの対象である「間違っている他者」の在り方を、
「自己」のアイデアどおりに変えようとする。

これは、「自己」と「他者」を
厳しく峻別する態度である。

なぜそうなるのか。

「正しさ」という、
むしろ理性的あるいは論理的態度から帰結する観念が、
どうして「怒り」という感情の爆発を生むのか。

それは、ある考え方や行動の
「正しさ」の根拠が、
同時にそのように考え振る舞う「自己」の在り方を
肯定する根拠として、機能しているからである。

つまり、
自ら「正しい」と確信する考えや行動を否定されることは、
「自己」の存在を否定されることなのだ。

したがって、
「自己」を否定する「他者」を否定しない限り、
「自己」を肯定することができない。

これが「怒り」の発現である。

すでに述べたとおり、「無常」の考え方から言えば、
「正しさ」を確実に根拠づけるものは何もない。

だからこそ、
「正しさ」の主張は、
「他者」の否定を根拠として
代用するしかないのである。

実際には、
「他者に課せられた自己」
という存在の構造においては、
すべてが「他者」に媒介されて
「自己」へともたらされる。

そうである以上、「正しさ」も、
「自己」あるには「他者」のどちらかに
一方的に帰属しうる観念ではない。

「正しさ」とは、
特定の共同体において
妥当あるいは好適とされる
「自己」と「他者」の関係様式のことであり、
その共同体の構造を規定する手続きによって、
「正しさ」が決まる。

ということは、
「自己」と「他者」の関係において、
ある矛盾や相克が発生した場合、
その問題の解決は、
関係性の調節にあるのであって、
怒る「自己」が一方的に
「他者」に屈服や従属を強いることではない。

「盗人にも三分の理」
とはこの意味である。

たとえば、
「オレは何も聞いていない」
と上司が激怒する場合、

彼は「報告されるべき立場にある自己」
を部下に無視されたり否定されたりしたと
感じているのだろう
(「ブライドを傷つけられた」状態)。

すると、
単に「報告されることの当然性・正当性」
を脅迫交じりに主張することは、
「他者」との関係性を度外視した、
錯覚的で無意味な「自己」主張にしかならない。

なぜなら、
この問題の解決は、
上司が「報告されるべき立場の正当性」
を部下に強引に認めさせるようなことではなく、
第一に「報告が無かった、できなかった」状況を分析して、
その理由を除去することにあるからだ。

そして次には、
部下が「報告の必要性を納得する」
ことによって意思疎通が円滑になり、
業務が改善されることであるはずである。

それはすなわち、
会社の運営体制における、
情報流通をめぐる「自他」関係の調整なのだ。

重要なのは上司の主張の「正しさ」ではなく、
「職場」の共同体の関係の妥当性なのである。

すると、
そもそも「怒り」は多くの場合、
問題の解決には無益だということになる。

「怒り」の極めて限定的な有効性は、
問題の所在を刺激的な方法で
一挙に明らかにすることだけである。

ただし、この方法では、
問題の具体的な様態を知ることはできないし、
むしろこの感情は状況の冷静な把握を阻害する。

したがって、
問題の解決には「怒り」は不要であり、
無い方がよいのである。

 

 

2015年2月15日(日)

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早川勝
【ホームページ】
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E-mail:hayakawa@tsuitel.in
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早川勝メール【738号】フランス人は10着しか服を持たない パリで学んだ“暮らしの質”を高める秘訣

2015-02-08

皆様

こんにちは。
ご縁があって名刺交換させていただいた方々へ
一斉配信しています。

このたび、僭越ながら、
「IT media エグゼクティブ」
からのご指名をいただきまして、
「ビジネス著者が語るリーダーの仕事術」
というWEBページの連載に、
私早川勝の原稿記事が掲載されました。

ぜひ、ご覧ください。

http://mag.executive.itmedia.c……ws015.html

「IT media エグゼクティブ」とは、
上場相当企業の課長職以上のエグゼクティブを対象とし、
多角的な経営戦略を議論する会員制コミュニティーです。
“ 企業の変革をつかさどるリーダーとしての役割 ”など、
経営者やリーダー層向けにさまざまな情報を発信しています。

最近の記事一覧には、
下記のような著名な方々の「ビジネス書とメッセージ」が
掲載されていて、ものすごく勉強になります。

http://www.itmedia.co.jp/keywo……hosha.html

ドリームズカムトゥルー:中村正人氏、
ライフネット生命代表取締役会長兼CEO: 出口治明氏、
ギネスブック級作家:中谷彰宏氏、
フランクリン・コヴィー・ジャパン副社長:竹村富士徳氏、
元サイバーエージェント常務取締役:坂本幸蔵氏、
ショーケース・ティービー取締役COO:永田豊志氏、
経済アナリスト:中原圭介氏、
エリートコメンテーター:荘司雅彦氏、
人気放送作家:野呂エイシロウ氏、
クラウドファンディング:板越ジョージ氏、
行動科学マネジメント研究所所長:石田淳氏、
など多数。

このような素晴らしい著名な方々と、
原稿を並べていただき大変“光栄”に感じるとともに、
それ以上に“恐縮”しております。

一昨年、
憧れだったあの高尚な月刊誌「致知」出版から取材を受け、
4ページもの特集記事を載せてもらったとき以来の感動ですね。
(「致知」2013年7月号)

それでは、
「IT media エグゼクティブ」より、
私の記事全文を以下の通りご紹介します。
(原稿のコピーを貼り付け、
読みやすく改行を入れました)

ビジネス著者が語る、リーダーの仕事術:

リーダーは「孤独」を楽しめ
――死ぬ気で働くリーダーにだけ人はついてくる

リーダーは決して群れてはいけないのだ。
厳しいビジネスの世界で生きているかぎり
孤独になることを恐れず、
チームを統率しなければならない。

今でこそ私は、数多くの部下を率いて、
社外のパートナーたちとタフに仕事をこなしているが、
かつてはどうしようもない軽薄なリーダーだった。

部下との距離感に戸惑いながら、
悩み多き境遇で働いていた。

当時の自分が、どんな姿だったかというと、

「“部下を育てること”に責任と重圧を感じ、
日々のルーチンワークに逃げ込んでいた」

「待望の管理職になったものの、
目先の成果に追われる一方で、
チームを活性化させるような未来像を示せなかった」

「部下からの反発や軋轢を恐れて、
踏み込んだ指導ができていなかった」

などなど、数え上げればきりがない。

そんな私がマネジメントの袋小路から脱出するきっかけになったのは、
リーダーとして「死ぬ気で働く」ことだった。
私自身の覚悟と行動が変わっていったことで、
チームメンバーたちの行動も明らかに変わっていった。

ここでは、拙著
「死ぬ気で働くリーダーにだけ人はついてくる」
(かんき出版)
の中で、最も多くの人に響いたエッセンスを紹介したい。

リーダーは孤独を楽しめ。

仲良しチームは始末に負えない。
一見、和気あいあいとチームワークが良さそうにも思えるが、
業績を見れば一目瞭然。
たいていは散々な結果だ。

単なる仲良しクラブではいずれ統率が取れなくなり、
バラバラになる運命が待っている。

やはり馴れ合いにならずに、
悪い結果は厳しく受け入れ、
互いに「悪いものは悪い」と指摘し合えるような
緊張感のあるチームが理想的だ。

いったい誰がリーダーなのか分からないのが、
仲良しチームの特徴だ。

リーダーを中心に取り組んでいることは何かといえば、
主に「傷の舐め合い」である。

お互いに励まし合うのではなく、
慰め合うことが習慣になっている。

部下たちの本性はといえば、
勝手気ままに、拘束されることなくマイペースで働きたい。
とやかく指示されたり強制されたくないのだ。

だから、仲良し第一のリーダーは、
つい「事なかれ主義」になり、
部下の行動を黙認し、放任してしまう。

部下たちの自主性に任せることも、
たしかに重要ではある。

しかし、リーダーが部下からの反発や衝突を恐れ、
管理・指導をすることを避けていては、
チームとしての統率は取れなくなる。

気を引き締めなければ、
低きに流されていくのが大半のビジネスパーソンだ。

リーダーたるもの、いざというときには
命令を下すことから逃げてはいけないのだ。

部下の拒絶反応からリーダーが逃げてさえいれば、
チームの羊たちはおとなしくしているのかもしれない。

しかし、それではチームがバラバラになっていくだけだ。

彼らを守っていくには、
リーダーの踏み込んだ指導が必要不可欠なのである。

「羊たちの沈黙」ほど、恐ろしいものはない。
いざとなれば抵抗してストやクーデターも辞さないケースがある。
しかし、リーダーはサボっている集会の場に
「踏み込んで」でも、彼らの行動を正さなければならない。

従順さという「羊の皮を被った狼の群れ」ほど、
やっかいな集団はない。
リーダーは決して、羊たちと共に群れてはいけないのだ。

厳しいビジネスの世界で生きているリーダーの仕事は、
孤独になることを恐れず、
チームを統率することである。

リーダーとは、「孤独」と運命を共にすることを代償にして、
高い給料をもらっているようなものだ。

理不尽大魔王の上役から無理難題を押し付けられ
困った状況であるのに、笛吹けど踊らず。
部下の羊たちは様子を窺いながらピクリとも動こうとしない。
そんなときには、
「自分は地球上でたった一人なのではないか」
と思えるくらい孤独な気持ちに追い込まれるのではないだろうか。

リーダーが孤独を避け、部下たちへ迎合し始めたら危険だ。

はじめは「いいリーダーである」と歓迎されるかもしれない。

しかし、部下からの評価が「いいリーダー」から
「無能なリーダー」に変わっていくのに、
たいして時間はかからない。

あなたは、同好会のリーダーでもなければ、
クラス会のリーダーでもない。

ビジネスでは、「成果を出す」という明確な目標がある。

そのターゲットから目をそらして、
仲良しチームを束ねようとしても、
やがて、荒廃していくだけだ。

リーダーシップの欠如したチームに待っているのは、
リーダーの「孤立」、
すなわち、大黒柱を失ったチームの崩壊である。

いずれ「孤立」してしまうくらいなら、
はじめから「孤独」を楽しめばいい。

リーダーは「孤独」を恐れてはいけない。
「孤独」を楽しむのだ。

「孤独会議」なども楽しみたい。
誰の意見にも惑わされず、
たった一人でああでもないこうでもないと戦略を練る。
最高の時間である。
できれば、誰にも邪魔されない早朝のカフェなどがお勧めだ。

「孤読書」もかかせない。
最低でも週に一冊くらいは書物と向き合いたい。
読書は、孤独な自分自身と向き合える大切な時間だ。
私の場合は、本が師匠であり、メンターだった。
直面している問題の答えはすべて本が教えてくれた。

「孤独ランニング」もテンションが上がる。
ランニングハイ状態になったとき、
前向きなアイデアが閃いたりするものだ。

「孤独映画鑑賞」も意味が深い。
映画はペアで見てはいけない。一人ぼっちで見ること。
できれば、感動を呼ぶ人間ドラマを選びたい。
ときには、大粒の涙を流し、
心の澱(おり)を洗い流す時間も必要だ。

「孤独な二次会」というのもいい。
チームみんなで徒党を組み、打ち上げの二次会へなだれ込むのもいいが、
リーダーの役目は一次会でもう十分果たしたはずだ。
感動を呼ぶ中締めに余韻を残しつつ、
あとはとっとと家に帰って風呂に入り、
“瞑想”でもしたほうがいい。

どうしても、もう一軒という人は、
「孤独バー」の静かなカウンターで
一杯のお酒を少しずつ飲む。
自分を褒めてあげながら、
「人生のワンショット」を楽しむのだ。

心から「孤独の意味」を理解できたとき、
「部下への愛情」が生まれる。

孤独なリーダーがチームの中心となったときこそ、
「手に手をとりあい、支え合うチームワーク」
が生まれるのだ。

以上、

“ IT media エグゼクティブ ”
「ビジネス著者が語るリーダーの仕事術」
より抜粋

http://mag.executive.itmedia.c……ws015.html

参考書籍*「死ぬ気で働くリーダーにだけ人はついてくる」
(かんき出版)
http://tsuitel.in/books/new_bo……index.html

http://amzn.to/1kWAkkK

 

 

と、前置きはこれくらいにして、

メインコンテンツに入ります。

今週も新たに611冊目の「お薦め書籍」から
ためになる一節を抜粋し、ご紹介いたします。

今最も売れているランキング第1位の本です。

親しい大和書房の担当者の方から
一冊献本していただきました。

タイトルが絶妙ですよね。

出版社の方も、
まさかこんなに大ヒットするとは、
予想されていなかったそうです。

さて、
本日のテーマは、
【教養とささやかな喜び】
です。

お役に立ちましたら幸いです。
それでは、どうぞ!
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私の本よりためになる「お薦め書籍」シリーズ No.611
「フランス人は10着しか服を持たない」
パリで学んだ“暮らしの質”を高める秘訣
心からの満足を感じられないあなたへ
ジェニファー・L・スコット著
神崎朗子=訳
大和書房

 

フランスでは知性が高く評価される。
人びとはあなた自身の意見を聞きたがる――
そして、あなたの意見が有意義で興味深く
ウィットに富んでいるほど尊敬される。

パリで留学生活を送っていたわたしは、
生まれて初めて、大好きなテレビ番組や、
やみつきになってしまうゴシップ雑誌などの、
くだらない娯楽から遠ざかった生活をしていた。

そんなことに時間を使うよりも、
わたしは美術館に行ったり、
本を読んだり、
留学生仲間たちと人生について語り合ったりした。

パリに来るまで、
あれほどたくさんの文化的なイベントに
参加したことはなかった。

まるで心のデトックスみたいな感じで、
とても充実した気分だった。

そして、留学生仲間たちも
同じ充実感を味わっていた。

わたしたちはいろいろな場所へ出かけて、
さまざまなことを学び、
人生を謳歌して忙しく過ごしていた。

そんなふうに生活がすっかり変わったせいで、
ふと気がつくと、
わたしたちの会話の内容にも
変化があらわれていた。

みんなでただ集まって
セレブのうわさ話をしたり、
前回のリアリティ番組で敗退した人のネタで
盛り上がったりなんかするより、
もっとほかに中身のある話題が
いくらでもあったから。

そのうち気がついたのだけれど、
わたしたちが知的な生活に目覚めたのは、
たんに学生だったからではない。

だってわたしたちはカリフォルニアでも
学生生活を送っていたのだから。

でもアメリカにいると、
テレビとかゴシップ雑誌とかつまらないポップソングとか、
とにかくやたらと誘惑が多すぎるのだ。

パリに来てわたしたちの生活が
知的な刺激でいっぱいになったのは、
わたしたちがフランスの文化に
どっぷり浸かっていたせいにちがいない。

アメリカでは
セレブ大好きの消費主義のカルチャーのせいで、
薄っぺらな娯楽が巷にあふれ、
もてはやされているけど、
フランスではまったくちがう。

たとえばマダム・シックがアームチェアに座ってだらだらと
「カーダシアン家のお騒がせセレブライフ」を観ながら、
「USウィークリー」をめくったりするなんて、
絶対にあり得ない。

マダム・シックがテレビを観ていた姿すら記憶にないほどだし、
まちがってもゴシップ雑誌なんて読むわけがない。

魅力的な自分になれば、
人生でいいことはいろいろあるけど、
一般的に言ってフランスでは、
ただ顔がきれいなだけでは通用しない。

実際、美人とはいえなくても
知性の優れた女性は高く評価されるし、
そのほうが知性の感じられない美人よりも、
ずっと魅力的だと思われる。

ところがアメリカでは、
哲学とかクラシック音楽とか詩とか、
知的な話題や芸術的な趣味の話題を持ち出したりすると
「気取っている」と取られかねない。

いっぽうフランスでは、
相手も当然そのような話題に詳しいと思って会話をする。

こうして書いていると、
マダム・ボヘミアンの家で開かれた数多くのディナーパーティーで
出会った人たちとの会話が思い出される。

みんな、「どこの出身ですか?」
なんて聞くよりも、

まず「いまどんな本を読んでるんですか?」
と訊くような人たちだった。

(中略)

ささやかなことに喜びを見出すのは、
幸せな暮らしを送るための秘訣。

ゆったりとした気分で、
ささやかなことに喜びを感じることができれば、
満ち足りてバランスの取れた生活を送れるようになる。

そうすれば、ムダ遣いをしたり、
やたらと物を買いこんだり、
食べ過ぎたりといった、
不健康な習慣に陥ったりしなくてすむ。

もちろん、前向きな姿勢は重要
(すぐ思い浮かぶのは、親友のロミのこと。
どんなときも前向きで明るい性格の持ち主だ)。

けれどもわたしが言いたいのは、
たんに前向きでいようとするだけでなく、
さらに一歩踏み込んでみることなのだ。

ささやかな喜びを味わうというのは、

人生にわくわくすること。

今という瞬間を精一杯に生きて、
どんな小さなことにも目をとめること。

ユーモアのセンスをもって、
上を向いて、人生で何が起きても
しっかりと受けとめる覚悟ができていること。

そんなあなたはうきうきとファーマーズマーケットに出かけ、
甘いみかんを口に含んでほっぺたが落ちそうになる。

エレベーターに乗ったらハンサムな男性と隣り合わせて、
ドキドキしてしまう――そっと目を閉じて、
その人のコロンの匂いを吸い込んだりして。

歩いていたら、
たおやかで優美なピンクのバラの花が咲いていて、
あなたは思わず足をとめ、
うっとりと見とれてしまう
(もちろん顔を近づけて香りも楽しむ)

――他人の目にどう映るかなんて、

まったく気にもとめずに。

 

 

2015年2月8日(日)

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早川勝
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早川勝メール【737号】ゼロと無限 今の常識を超えた所にある未来 我欲をゼロにした時人間のエネルギーは無限大となる

2015-02-01

皆様
こんにちは。
ご縁があって名刺交換させていただいた方々へ
一斉配信しています。

久しぶりに大学時代の先輩と再会するため、
小田急ロマンスカーという名の「タイムマシン」に乗って
生まれ育った故郷「本厚木」へ。

そのタイムマシンは、
30年前の古き良き時代へと
瞬間移動させてくれました。

懐かしい昔話というのは、
特別な「快楽物質」を放出させるらしく、
再会の“差し飲み”は大いに盛り上がり…。
現実を忘れてしまうほどの楽しいひと時となりました。

先輩・後輩というのは、
時代が変わってもいいものですね。

美味しいフグまで
ごちそうになってしまいました。
感謝・感謝です。

さて、せっかくの故郷。

ふらっと、駅ビル・ミロードを覗いてみると、
33年前にアルバイトしていた風景がそのままでした。
リフォームはされているのでしょうが、
レイアウトは青春時代の自分が目にしていたままの景色。

大学2年生のときにアルバイトをしていた6階の
イタリアンレストラン「ボッテガ・デ・ルッソ」は、
「スパゲティ五右衛門」に変わっていて、
かろうじて「パスタ」でつながっているところに、
微笑ましい“郷愁”を感じました。

そういえば、
高校生の時には、
本厚木の「ミラノ座・スバル座」という
映画館でもアルバイトをしていました。

なんと、時給が「370円」だったという、
当時であってもあり得ない薄給。
(ボッテガ・デ・ルッソは時給600円)

なぜ私が、そんな安い時給で働いていたかというと、
「映画をタダで鑑賞できたから」なんです。

チケット切りと
パンフレット・ポップコーンの販売が主な仕事。
高校生だった私の役目は、
超簡単な業務だけでした。

映画の上映中は暇を持て余していましたから、
ひたすらパンフレットとチラシを貪り読み、
(それを許してくれた支配人も良い人でした)
俳優のプロフィールから作品制作の裏側まで
どんどん「映画通」になっていきました。

田舎だった当時の厚木では、
都会で封切られてから半年落ちした映画を
それぞれ「3本立て」で上映していました。
ミラノ座が洋画で、スバル座が邦画。

ミラノ座もスバル座も月に2回転しますから、
私は月間12本の映画をタダで観ることができたのです。

年間150本もの映画を観ていた計算になります。

そうして私は、
「映画少年」になっていったのです。

あれから35年。

多忙な今となっては、
年に数本程度の映画鑑賞しかできません。
ですから、
年間100本以上もの映画を観ることなど…、
それは夢のまた夢。

ところが、
その「夢」を今も実現させている人物が、
私の身近にいるのです。

自宅からママチャリで約15分。
自由が丘の住宅街に、
私の「映画の師匠」が住んでいて、
家族ぐるみのお付き合いをしています。

その師匠は、
劇場で鑑賞する年間100本以上の映画の中から、
私に合ったお薦めの作品をセレクトしてくれます。

ときどき、このメルマガにも登場する、
私の親友の美人妻である白石美加さんがその人です。

“映画コンシェルジュ”である白石美加さんが、
独自の視点で感想を綴っているブログ、
「映画なな眺め」もセレブな映画ファンに人気沸騰中。

映画を愛する方は、
ブログ記事を参考にされるとよいかもしれません。

「最新の記事一覧」はこんな感じです↓
http://ameblo.jp/tea-and-short……ylist.html

年間に映画100本以上を劇場で鑑賞するという
私の夢を実現している白石美加さん。

その美加さんのブログのプロフィールに
紹介されていた「始めたいこと」が
“映画館のアルバイト”だったのを見て、
「運命の皮肉」に思わず笑ってしまいました。

白石美加さんは『自由が丘FM&インターネットTV』にて、
自分の番組も担当しているのですよ。

1月のお正月番組では、
私早川との映画の感想メールでのやり取りを、
それとなく紹介してくれていました。

いきさつを簡単にお話すると…。

美加さん推薦の「ゴーン・ガール」を年末に観た私は、
次のような感想メールを送ったのです。

『たしかに、「面白い」のひと言。
妻エイミー役のロザムンド・パイクの鬼気迫る演技が凄すぎます。
そして、美しい。
まさに「完璧(アメージング)」です!
特にテレビで夫のインタビューを見るシーンが好きです。
恐い、どころか、かわいい。
大ファンになりました。
もはや、ロザムンド・パイクは、
オスカー間違いなし、なのではないでしょうか。
2時間半があっという間に感じるほどのエンターテーメント。
しかし、私にとってこの映画は、
サイペンスでもなければ、サイコミステリーでもなく、
コメディを超えたファンタジーでした!
彼女が劇中で叫ぶように、
「That’s mariage」な映画です。』

「ゴーン・ガール」で解け明かされる謎、
それは「結婚」そのもの――でした。

(参考)映画「ゴーン・ガール」予告編↓
http://www.foxmovies-jp.com/gone-girl/

同じような感想をFacebookにもアップしました。
http://www.facebook.com/masaru.hayakawa2

すると後日、美加さんより、
こんな返信メールが届きました。

『今回、早川さんの感想を読み、
エイミーという人物をもう少し掘り下げ、
この作品全体を再考してみることにしました。

子供の頃から、両親が創作した
“アメージング・エイミー”と比べられ、
自分がアメージング・エイミーより劣っていると
コンプレックスを持ち続けていたエイミー。
そんなエイミーが、ニックと出会う。
ニックは二人のエイミーの違いを知らず、
アメージング・エイミーそのものであると信じ、
エイミーに恋をする。
一方、エイミーはニックに愛されることにより、
初めて“アメージング・エイミー”と同化することが出来た。
それはエイミーが、自身の存在価値を
初めて認識出来たということでもあった。
そして結婚、幸せな生活が数年続いたが、
ニックの心が自分から離れて行くような不安が
だんだんと大きくなり、
ついにその事実を目の当たりにしたエイミー。
それは、自身の存在価値の再喪失を意味することでもあった。
ニックの心を自分に向けることだけが、
自分の存在価値を取り戻す手段であると信じるエイミーは、
手段を選ばず、無我夢中で進んでいく。
我を忘れたエイミーが全神経を集中させるのは、
ニックの言動のみ。
テレビに映るニックを見つめるエイミー
(それを完璧に演じていたパイク)
の純粋無垢な心が早川さんの目に映り、
可愛らしさを感じたのではと思いました。
ニックが以前のように
自分だけを見つめるようになったとわかり、
ニックの元に戻ったエイミー。
夫婦に戻ったように見える二人ですが、
ニックの破滅=エイミー自身の破滅という構図が変わらない限り、
私達にも観てとれたように、
このいびつな関係は続いていくのでしょう。
真の人間関係を築くのに必要なのは、
各人の’人間性の確立’だと改めて感じました。』

さすが、
映画コンシェルジュの考察は深いですね。

『自由が丘 FM』の中でも、
随所に私早川と思われる人物が出てきて、
作品を“再考”したという話が放送されていました。

私早川ごときの意見で、
プロの映画コンシェルジュが「観方」を変えてくれたという
“くだり”が登場し、
なんだか嬉しくなりましたね。

ぜひ一度、
『自由が丘FMインターネットTV』
の映像をご覧下さい。
(ゴーンガールについての解説は、開始50分後へ早送りを!)

http://www.ustream.tv/recorded/57269832

さてさて、
映画といえば、
2月はアカデミー賞の季節です。

アカデミー賞・作品賞は、
「6才のボクが、大人になるまで」
だと私は予想します。

少なくとも、
リチャード・リンクレーター監督には、
監督賞をあげてほしいですね。

少年が大人になるまで
12年もかけて撮影するなんて、
ホント「ご苦労様!」、
凄い作品です。

参考までに、
美加さんのブログ(11/20)より。
「6才のボクが、大人になるまで」↓
http://ameblo.jp/tea-and-short……89339.html

といっても私は最近、忙しくて、
映画コンシェルジュの美加さんのように、
年間100本以上の映画を観ることはできませんので、
他の作品との比較はできませんけど。

クリント・イーストウッド監督の
作品賞候補「アメリカン・スナイパー」は、
封切り後、すぐに観に行きたいと思います。

感想は、いずれまた!

 

と、前置きはこれくらいにして、

メインコンテンツに入ります。

今週も新たに610冊目の「お薦め書籍」から
ためになる一節を抜粋し、ご紹介いたします。

本日のテーマは、
【心を映す】
です。

お役に立ちましたら幸いです。
それでは、どうぞ!
↓↓↓↓↓↓↓
私の本よりためになる「お薦め書籍」シリーズ No.610
「ゼロと無限」
今の常識を超えた所にある未来
我欲をゼロにした時 人間のエネルギーは 無限大となる
宇城憲治著
どう出版

ミラーニューロンの真実
――目に見えないものを映し取る――

次の事例は、
インターネットで公開されている
「我が子の病気から学んだ人生の教訓」
という感動的な映像の話です。

ダンジェロ&フェデリ夫妻の赤ちゃん、マリオ君は、
生まれつき脳の右側を欠損する障害に見舞われ、
そのままでは左半身付随になる運命でした。

その事を知った夫妻は、
当初そんな障害を持った子を生んでしまった事を
「失敗」
と捉えて落ち込み苦悩します。

そういう苦悩の中、
わらにもすがる気持ちで治療として取り入れたのが、
最先端のリハビリ法としての
「ミラーニューロン」
(自分たちの行動を真似させて脳機能を回復させる手法)
でした。

そのリハビリを繰り返すうちに、
夫妻はある事に気づくのです。

それはマリオ君が
「自分たちの手の動きや行為だけを見ているわけではないこと」、
それ以上に
「親である自分たち全体を見ているという事」に。

「子供は 親の全てを見ている――」

この衝撃的な気づきは、
その後の両親のあり方を一変させます。

まずは全ては親である自分たちの行為が
そのまま息子に映っていく事の責任感です。

ミラーニューロンとは
動作だけを見て映すものだと思っていた事が

実はそうではなく、
両親の心を大きく映していく事に気づくのです。

落ち込んでなどいられない。

心も行為も全て我が子に映っていくからです。

そして、それまで「足らないもの」ばかりに
目を向けて嘆いていた事を改め、
授からなかった事を感謝と捉えて
挑戦していくあり方へ変わっていくのです。

映像の最後の場面では、
2歳のマリオ君が、障害など全く感じさせる事なく、
元気に歩いている様子が映し出されました。

まさに、その姿は、
マリオ君の脳障害の事実をしっかり受け止め
息子のために勇気ある生き方に変えた
ご両親のあり方を映すものでした。

マリオ君が両親に気づかせたこと――
それは子供が
「部分ではなく全体を見ている」
という真実です。

この事はすなわち、
目で見えるものの裏にある、
目に見えないものを感じ取る力が
人間にある事を教えています。

まさにマリオ君のこの事例は、
小さい時から知識を次々と詰め込む今の教育のあり方に
警鐘を鳴らすと同時に、
現代科学や医学のあり方にも、
さらなる謙虚さを求めるものであると思います。
なぜならば、ここにも科学の後追いがあるからです。

このミラーニューロン(共感細胞)は、
「相手を映す」
という最先端の科学ではありますが、
すでに日本では江戸時代に、
この事を剣の極意書『天狗芸術論』の
「水月」の章の中に示しているのです。

「月は水に映るともなく
水は月を映そうとも思わぬ
広沢の池」

すなわち師の技を身につけようと思うなら、
師の全てを無心になって、
すなわち、さざ波の立っていない水面の如く映せよ
という教えです。

まさにマリオ君のミラーニューロンと同じです。

映像「我が子の病気から学んだ人生の教訓」
(日本語 字幕 6分)

http://www.ted-ja.com/2013/09/……esson.html

(中略)

私たちは「過去」ではなく、
「今」に身を置かねばなりません。

過去や未来には味や香り、熱い寒いはありませんが、
「今」にはそれがあるからです。

常に今を広げた「未知」の世界に身を置かねばなりません。

それはすなわち、今の自分の「常識」としている事が、
ある意味では「非常識」ともなるということです。

すなわち、変化するということは、
自らを未知の世界に置くということです。

そのために大切なのが、心の存在です。

マザーテレサの有名な言葉に
「愛は言葉ではなく行動である」
があります。

まさに行動こそ、
人間の本質、愛があるということです。

また、ヘレン・ケラーは、
「愛の反対は憎しみではなく無関心である」
と言いましたが、
まさにその愛の反対にある無関心こそ、
多くの人が行動につながらないゆえんであり、
これはエントロピー増大の法則の通り、
人間エネルギーの低下の証とも言えます。

政治家や知識人の多くが、
「未来の成長」について語ります。
しかし、人間のエネルギーを抜きにした「成長」が
本当に希望ある未来につながっていくでしょうか。

今の常識の延長戦上ではなく、
今の常識を熟考し、
変えるべきは変え、
勇気をもって今を広げた未来でなければ、
未来に破壊を招きかねません。

本来の成長とは、
誰もが平和、幸せに向かう成長でなければならないはずです。

 

 

2015年2月1日(日)

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早川勝
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