6月, 2014年

早川勝メール【713号】 続・一日一生  人生に迷い悩む、すべ ての人へ

2014-06-29

皆様

こんにちは。
ご縁があって名刺交換させていただいた方々へ
一斉配信しています。

久しぶりに、
映画を観ました。

「渇き。」

主演は役所広司。
「告白」の中島哲也監督の最新作です。

“このミステリーがすごい!大賞”受賞作の
「果てしなき渇き」が原作、
という駅の広告ポスターを見て
映画館へ足を運んでみましたが・・・、

予想をはるかに上回るショッキングな内容でした。

この監督は本当に「鬼才」ですね!

いや〜、とにかく、すごい。

鑑賞後はしばらく、
腰が抜けて立ち上がれないほど…。
ぐったり疲れました。

超バイオレンスな役所広司の暴走が止まらなくて…。
目を背けたくなるような血みどろの暴力シーンが
延々と続きます。

R15指定のようですが、
あまりにも刺激が強すぎるので、
R18、いや、R40くらいにしておいたほうが
いいのではないかと思いましたよ。

決して残虐な暴力シーンだけの映画ではないのですが、
「ひと言で、どんな映画なの?」
と聞かれたら、

「悪魔のような映画」

だと、答えるでしょう。

いじめ、裏切り、ドラッグ、欲望、変態、暴行、殺人、
などなど、
人間の醜い描写が繰り返し続くからです。

みんな歪んでて、狂ってて…。
異常な世界。

「学生は1000円で鑑賞できます!」と、
盛んにCMで謳ってますけど、
高校生には見てほしくありませんね。

我が家の娘たちも見たがっていたので、
必至で説得して止めました。

「大人になってから、DVDで見なさい」と。
どうしても映画が見たいのなら、
「せめて “呪怨”か“女子―ズ”にしておきなさい」と(笑)

それにしても、
未だかつて、こんな日本映画があったでしょうか。

まともな人が一人も登場してこないんですよ。

皆、狂ってるんです。

でも、そこには、
私たち人間社会の縮図みたいなものが描かれていて、
深く考えさせられました。

役所広司演じる元刑事の父・藤島が
失踪した高校生の娘・加奈子を追う、
というストーリー。

悪魔のような娘・加奈子の正体が見え隠れするたびに
父・藤島は錯乱し、
やがて大暴走が止まらなくなっていきます。

この父親は、とんもないロクデナシ親父で、
ホントにどうしようもない奴。

この父・藤島だけでなく、
愚かな登場人物たちには
始めから終りまで共感できないことはもちろん、
むしろ怒りを覚えました。

ほぼ全編、絶望的です。

広告のキャッチコピーは、
「愛する娘は、バケモノでした。」
ですからね!

悲し過ぎます。

「アイツは俺だ」
という父親のセリフに象徴されるように、
娘というのは、父親である自分の分身。

不幸と孤独の連鎖。

行方不明の娘・加奈子を見つけ出したら
自分の手で「ぶっ殺す」と
父・藤島は何度も叫ぶのですが、

そこに、愛情表現のわからない…、
それでいて、愛に飢えている男の「愛情」が伝わってきます。

「ぶっ殺す」と「アイシテル」が
同じ意味に重なっていくという悲しい物語。

人の心の「渇き」というものは、
「愛情」でしか潤わない、
ということを学びました。

謎解きのどんでん返しについては、
ここでは触れないことにしますが…、

スコップで雪山の穴を掘り起こすラストシーンは
大切な捜し物が永遠に見つからない地獄を
描写しているようでした。

ラストのどんよりとした曇り空も
印象的でしたね。

娘役の新人・小松菜奈の妖艶で天才的な表現力はもちろん、
脇を固めた役者さんたちの演技もまた秀逸でした。
オダギリジョー、中谷美紀、國村隼、橋本愛、二階堂ふみ…。

その中でも特にクオリティの高いキャスティングは、
妻・桐子役の「黒沢あすか」。

ある意味、夫と同罪でありながらも被害者でもあり、
複雑で難しい役を抑え気味に演じ切っていました。
お見事でした。

それから、
後輩刑事役の「妻夫木聡」のニヤケ顔も
映画の中での重要なアクセントになっていました。

コイツが一番悪い奴なんじゃないかと腹は立ちながらも、
彼が登場してくるとホッと一息つけるような、
残虐なシーンの連続だからこそ、そんな救いがありました。

名優・役所広司のイメージも変わりましたね。

役柄は、相当カッコ悪い。
笑ってしまうくらいセンスの悪い白いスーツが
汗と血にまみれてボロボロになっていきます。
もう泥々のぐしゃぐしゃです。

なぜ、白いスーツにしたのか、
うまい演出だなぁ、と思いました。

役所広司の藤島役は、
あまりに愚かすぎて滑稽でもあり、
主役なのに「最悪中の最悪」の男。

しかし、その凄まじい迫力の熱演ぶりに、
感情移入してしまう部分もあるから流石です。

これをエンターテインメントと呼ぶのでしょうね。

まあ、とにかく、
映画の中の父親は、
最高の「反面教師」になります。

“娘をほったらかしにしてはいけない”

…ということだけは、
強く再認識できました。

家庭をかえりみない世のお父さんたちには、
ぜひ、ご覧いただきたいですね。

 

と、前置きはこれくらいにして。

メインコンテンツに入ります。

本日も、新たに「587冊目」のオススメ書籍から
抜粋した「なるほど!」という一節をご紹介します。

本日のテーマは、
【使命】
です。

それでは、どうぞ!
お役に立てれば幸いです。
↓↓↓
私の本よりためになる「お薦め書籍」シリーズ No.587
「続・一日一生」
人生に迷い悩む、すべての人へ
酒井雄哉著
朝日新書
「お前は、何のために生まれてきたのか」

初めてそう問われたのは、

ほっつき歩いていたぼくが、
家出同然で比叡山を訪ねてきて、
一カ月ほど住み込ませてもらって坊さんのまねごとをして、
家に帰るときだった。

帰り際、お世話になった小林先生が、
ぼくに一枚の半紙を渡したんだ。

「お前に宿題を出すから、
この意味がわかるまで、山へ上がって来るな」
と言われてね。

その紙には、中央に「日」とあって、
四方に「東」「西」「南」「北」と書いてある。

ヒントは聖徳太子が昔言った言葉だ、と。

それからしばらくは山に上がらずに考えたよ。

聖徳太子といえば、
「日出ずる国」。

東から太陽が昇り、

「な(南)にし(西)に来た(北)」。

「お前はこの日出ずる国、日本に生まれた。
何しに来た」、

何のために生まれてきたのか、
何をすべきかを問いなさい、

ということじゃないか――。

しばらくは、山に上がらなかったんだけど、
小林先生の方から連絡が来て、
「何してる、今度、山の輪番が変わるから、
お前に紹介したい先生がいるから上がって来い」と。

それから、自然の流れっていうか、
ご縁をいただいてね。
比叡山にやっかいになるんだよ。

小寺先生のところに小僧として入り、
いわばまだそのころは雑用係みたいなもんだな。

先生からは教学を教えていただいてね。
比叡山の中にある学校で勉強もさせてもらってね。

先生たちはぼくをずうっと見て来て、
つかみどころもなく、
何を考えているのか心配をしてくれたんだな。

「ただ叡山に来て
ほっつき歩いているだけでは何もならないよ」
って。

もっと自分の人生を大局的に見なさい
と教えてくれたんだよ。

「何しにここ(この世)に来たの?」
と自分の心に問い続けなさい、
と言いたかったのじゃないかな。

ありがたいことですな。

いろいろな行をさせてもらうなかで、
苦しくて逃げ出してしまいたいと思うことも考えたけど、
自分にはもう行き場がなくて、
みずから志願してここに居させていただいているんだからね。

考え事をしたときに、
「何しにきた」
と自分に問うたんだ。

「自分は何だろう」
「何のためにここにいるんだろう」
って。

信じた道を進んでいるつもりでいても、
その道は、苦しくなったり
迷ったりすることもあるじゃない。

「何しにきた」と、
絶えず自分に問い続けないといけないんだな。

2014年6月29日(日)

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早川勝
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早川勝メール【712号】がんばっているのに愛されない人 ナルシズム と依存心の心理学 マザコンは絶対幸せになれない

2014-06-22

皆様

こんにちは。
ご縁があって名刺交換させていただいた方々へ
一斉配信しています。

FIFAワールドカップ日本代表が
絶体絶命のピンチに陥っていますね。

コートジボワール戦の逆転負け、
そして、
ギリシャ戦での痛恨のドロー、

日本中が「絶句ジャパン」となりました!(泣)

自力での決勝トーナメント進出は消滅し、
最終戦で強豪コロンビアに勝ったとしても、
ギリシャ対コートジボワール戦の結果次第で、
日本代表の決勝進出への道は断たれてしまいます。

これまでの戦術において
ザッケローニ監督への采配批判もあるようですね。

日本チームらしからぬ終盤でのパワープレー、
香川、岡崎、大久保、遠藤などの起用法、
交代枠を使い切れない、
攻撃力不足…決定力不足、
などなど、すべてが精彩を欠いて見えます。

このままでは25日のコロンビア戦も
厳しい戦いになることは
今さらここで私が語るまでもないでしょう。

マスコミや世間のサッカー通からは
「悲観論」ばかりが聞こえてきます。
しかし、
私自身は極めて「楽観的」です。

予選突破に大きな期待を持っています。
あくまでも希望的観測ですが…。

初戦のコートジボワール戦もギリシャ戦も、
選手たちが口々に言っている「自分たちのサッカー」が
存分に発揮できなかったばかりに
チグハグな攻撃となってしまったことは否めません。

8年前のドイツ大会、
ジーコ監督・中田英寿のチームが
予選落ちしたときとの違いは何かを考えたとき、
私はそこに「希望」を見ることができました。

それは何かといえば、
今大会はチームに内紛や亀裂などの心配はなく、
選手たちが「自分たちのサッカー」を目指して
信頼関係でひとつにまとまっているという点です。

ですから、
もはや決勝進出が厳しいミッションであることは承知の上で、
私はあえて「楽観論」を唱えたいと思います。

「日本は勝つ」と。

ちなみに、過去のデータによると、
出場国が32チームによる現行制度となってから
初戦で敗れながら決勝トーナメントへ進んだのは、
46チーム中で、わずか4チームのみ。

日本同様「負け」→「引き分け」から決勝に進んだのは
日韓大会のトルコただ1チームだけです。

日本が決勝トーナメントへ進出する可能性は、
なんと、たったの「2.04%」なんです。

残念ながら、98%の確率で、
日本代表は決勝に進出できません。

今大会でも初戦で負けた強豪国が
続々と予選敗退し姿を消しています。

いったいどうすれば、
ザックジャパンに「奇跡」が起きるのでしょうか。

2%という確率は、
トランプゲームのポーカーで、
「スリーカード」の出る確率(2.1%)と
ほぼ同じだそうです。

さあ、
日本のスリーカードは何なのか!

それは、
1トップ、
左MF、
ボランチ、

この3枚です!

このカードを誰で切るのか!
そして、
「交代枠3枚のカード」(スリーカード)を
どの局面で切るのか!

ザッケローニ監督がポーカーのように
敵の手の内を読み、
流れを引き寄せる采配を振るうことができれば、
“2%の奇跡”が起きるはずです。

選手たちは「自分たちのサッカー」を、
悔いのないように「自分らしく」、

“死ぬ気で”プレーしてほしいものです。

そうすれば、きっと奇跡は起きます。
ベスト8進出も…、
いや、優勝だって夢ではありません。

もし、スリーカードで2%の奇跡が起きたら

次のステージからは、

鮮やかに、

「ロイヤルストレートフラッシュ」

を期待したいですね。

 

さて、
「死ぬ気で」といえば、
拙著の「死ぬ気シリーズ」ですが…。

(強引な展開で、すいません……笑)

おかげさまで先週のリーダー本に引き続きまして
前々作の4男坊(紙の書籍・4冊目)、
「死ぬ気で働いたあとの世界を君は見たくないか」
http://kanki-pub.co.jp/pub/boo……4761268985
も、電子書籍版として配信スタートいたしました。

サボテン印の出版社「かんき出版のtwitter」、
略して「さぼったー」でも紹介されています!
https://twitter.com/kankipub/s……5190639616

先週一足先に電子書籍版が発売された5男坊(紙の書籍・5冊目)の
『死ぬ気で働くリーダーにだけ人はついてくる』
http://kanki-pub.co.jp/pub/boo……4761269791
は、おかげさまで好調な売り上げスタートとなっているようです。

これもひとえに皆様の応援の賜物でございます。
誠にありがとうございます。

皆様のご愛顧にお応えして、
[Kindle版] では、
今なら472円引き(31%OFF)の1,040円と、
お手頃価格になっています。
チャンスですね!
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6男坊(最新刊)の
『「最高の結果」はすべてを「捨てた」後にやってくる』
はまだ、電子書籍化されておりません。
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すいません。
ぜひ、書店にてお買い求めくださいませ。

 

そうそう、
その最新刊で紹介している「43の名言」の中に
ザッケローニ監督の言葉があります。
(45ページ)

「成功は必ずしも約束されていないが、
成長は必ず約束されている」

 

私はこのフレーズに何度も
励まされてきました。

私はザックジャパンの“奇跡の成長”を
心から祈っています!

 

「成長した姿を見せてくれ!
ザックジャパン!」

 

 

と、前置きはこれくらいにして。

メインコンテンツに入ります。

本日も、新たに「586冊目」のオススメ書籍から
抜粋した「なるほど!」という一節をご紹介します。

本日のテーマは、
【無駄な忍耐力】
です。

それでは、どうぞ!
お役に立てれば幸いです。
↓↓↓
私の本よりためになる「お薦め書籍」シリーズ No.586
「がんばっているのに愛されない人」
ナルシズムと依存心の心理学
マザコンは絶対幸せになれない
加藤諦三著
PHP新書
無条件の愛を求める自分から、
他人を愛せる自分に脱皮していくのが
大人への辛く長い道のりである。

別れが成長させる愛もある。

彼女の場合、彼とはやがて別れた。
それはそれでよいことだろう。

彼がいつまでも無条件な愛や称賛を求めるナルシストから
脱皮しようとしない限り、
別れる以外に解決はあるまい。

現実の自分を変革し成長していく努力をしないで、
いつまでも「報復的正義感」でギャップを埋めている限り、
いかなる人間関係であろうと
平等な人間関係は無理に決まっているからである。

私たちは平等といえば他人に要求するものとばかり思っている。
しかし平等とは自らの成長も要求する概念なのである。

ナルシズムを克服しない限り、
恋愛関係を含めて
人間関係は母と幼児の関係以外の関係とはなりえない。

人は愛というとバラ色の楽園を思いうかべる。

しかし愛とは厳しい試練の園なのである。

一つひとつ自分の心を束縛している絆を
断ち切っていくことである。

女性専門の週刊誌、雑誌などに、
いかにうまく恋人や夫と付き合っていくかが
書かれていることがある。

書かれていることはかまわない。
しかし多くのその内容は、
いかに彼のナルシシスティックな願望を挫折させないか
という技術的観点なのである。

自分の父親の自慢話をしてはいけないとか、
たとえ兄であっても、兄が優秀な人である
といってはいけないとかいう類である。

こうした話はナルシストにとっては
きわめて不愉快である。

したがってこうしたことを常に話題にしていれば
付き合いがうまく楽しくいくはずがない。

これらのアドバイスは
「相手のナルシズムを受け入れろ」
ということである。

相手のナルシズムを受け入れるということは、
2人の間の健康な人間関係の否定にしかすぎない。

それなのにそれらの雑誌は、
いかにして彼のナルシシスティックな感情を
傷つけないようにするか
ということを説いている。

ナルシストと心理的に健康な人間関係を
樹立することは無理である。

無条件の愛を求めている男性を愛することは、
人間の女性にはできないことであろう。

神ならぬ身の人間にできることは、
相手の成長を願って別れることである。

あるいは「私は彼の母親になる」
と本気で決断することである。

ナルシストというのは決定的な場面にくるまでは、
「たか」をくくってきれいごとをいい続ける。

しかし、決定的な場面では
もはやあらゆる醜悪さをさらけだして
相手につがみつく。

人形の家を出ていくとき、
それは情緒的に成熟した女が愛を決断するときである。

(中略)

世界一人気のあるフレーズ
「誰も私のことをわかってくれない」

ジョージ・ウエインバーグは
「誰も私のことをわかってくれない」
が、世界で最も一般的なフレーズだというが、
そのフレーズは、それをいう人が
ナルシストであることを表していることが多い。

そのフレーズは
「私がこんなにがんばっているのに」
という不満である。

「私がこんなにがんばっているのに、
あなたはわからないの」
という怒りである。

それは親子の場合もあるし、
夫と妻の場合もあるし、
恋人同士の場合もあるし、
上司と部下の場合もあるし、
いろいろとある。

しかしいずれの場合も
そのがんばっているのが、
ナルシストのがんばりなのである。

相手の現実は自分の現実と違う。

ナルシストはそれがわかっていない。

このように怒っている人は
要するに相手が「いない」。

難しくいえば
「他者の自己化」
とでもいうべきことである。

他者は他者ではなく、
自分の延長でしかない。

共生関係といっても良いのかもしれない。

寄生虫である。

彼らはお互いに自律性をもった人間同士の付き合いができない。

「私がこんなにがんばっているのに」
というがんばりは
相手にとってありがた迷惑ながんばりかもしれない。

夫は家族のためにと必死で働く。
飲みたい酒さえ我慢して飲まずに必死で働く。
家族のためということで夫は何もかも我慢する。
そして会社でも真面目に勤勉に働いてきた。

それでも定年とともに妻から離婚を申し込まれる。
男は唖然とする。
彼は一体何が起きたのか理解できない。
「そんな、馬鹿な」と思っても妻の決意は固い。

こうした人間関係の悲劇を避けるためには
どうしたらいいのだろうか。

それには、どうしても人の現実は
それぞれ、天と地ほど違うということを
心底知らなければならない。

努力するとか、
耐えるとかいうことを
無条件に望ましいとしてきたことが
間違っているのである。

無理をしても
「その種のことをすることは望ましい」
としてきた価値観が間違っているのである。

ロロ・メイのいうごとく、
意志は自己破滅的に働く。

判断が悪ければ、意志は自己破滅的に働く。

「愛と意志は相互に関係し合っている。
つまり一方を助けることは他方を強化することである」
(註:Rollo May,Dell Pubishing Co.,INC.,
『愛と意志』小野泰博、誠心書房、1969,p.186)。

彼らは意志はあったけれども愛がなかった。

愛のない意志は自己破滅的に働く。

ロロ・メイは
地獄への道は良い意図(good intentions)によって
舗装されているという(註:前掲書、p.328)。

もちろん、人はそれぞれこれほど違う
ということに気がついたからといって、
これらの人間関係の悲劇を
すべて避けられるというわけではない。

しかしそれを知っていれば
避けられた悲劇も多い。

人は相手を知らなければ、
自分の人生のすべてをその人にかけても
その人を幸せにすることはできない。

自分の人生のすべてをかけても、
その人のためにならないことも多い。
逆に相手にとって迷惑なことにさえなる。

人はなんと無駄な努力をしているのかと思う。

お互いの違いを知らないで
延々と無駄な努力をしているのである。

このことはもちろん
何も親子や夫婦のような人間関係のケースばかりに
当てはまるわけではない。

仕事についても同じである。

間違った選択をした上で、
忍耐力でがんばると
いよいよ泥沼に陥る。

忍耐力はいいことでも悪いことでもない。

望ましい選択をしたときには望ましく、
間違った選択をしたときには
忍耐力は傷を深くするだけである。

努力とか忍耐力は
それだけに危険なものである。

2014年6月22日(日)

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早川勝
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早川勝メール【711号】明日が見えないとき 君に力をくれる言 葉 あります!絶望に効く特効薬

2014-06-15

皆様
こんにちは。
ご縁があって名刺交換させていただいた方々へ
一斉配信しています。

この季節になると
商店街で目立ち始めるものといえば…、

日本の初夏の風物詩、
「冷し中華 始めました」
の看板メニュー。

さて、
あなたは最近、
何か「新しく始めた」ことはありますか?

私は、人生52年目にして
新しく2つのことを始めました。

それは、
「電子書籍」

「グルジアワイン」
です。

まずは、ひとつ目の
「電子書籍、始めました」
ですが…。

読者としてだけでなく、
おかげさまで、著者としても、
電子書籍の世界と関わることができました。

『死ぬ気で働くリーダーにだけ人はついてくる [Kindle版]』
電子書籍版が配信スタートです。

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『死ぬ気で働いたあとの世界を君は見たくないか!?』
の電子書籍版も、
20日金曜日より配信スタートの予定です。

ぜひ、お試しくださいませ。

そして、もう一つ、
「グルジアワイン、始めました」

ワイン通の間では知る人ぞ知るグルジア産のワインですが…、

これが、実にうまい!

私は今、糖質制限中でご飯・パン・麺類を控えているため、
替わりにアルコールを口にする機会が多くなりがちです。
(炭水化物を控えたおかげでどんどん痩せ、50キロ台に突入)

「家飲み」での基本パターンは、
糖質ゼロの発泡酒→芋焼酎、
というのがお決まりだったのですが、
最近はグルジアワインにハマっています。

知人からプレゼントしていただいたのをきっかけに、
悠久の歴史を探求しながら味わっております。

グルジアワインをよく知らない方のために、
本日は「グルジア講座」を開催することといたしましょう!

グルジアは、
西アジア北端、黒海の東岸にあり、
北側にロシア、南側にトルコ、
アルメニア、アゼルバイジャンと隣接。

ソビエト連邦の独裁者、
ヨシフ・スターリンの出身地としても有名です。

1991年のソ連崩壊で独立した15の国々のうちの一つが
グルジアです。

旧ソビエト連邦の構成国のひとつですが、
東ヨーロッパに含められることもあります。

「黒海」周辺の4カ国、
グルジア、ウクライナ、アゼルバイジャン、モルドバの頭文字をとって
「GUAM(グアム)」という地域機構を形成しています。

ロシアと距離を置き、
欧州連合(EU)入りを目指す国々の一つでもあります。

実は「グルジア」という呼び方はロシア語の読みで、
グルジアの人々は自分たちの国を
「ジョージア」と発音しています。

この地域の温暖な気候を利用し、
ワイン生産の盛んな国としても知られています。

氷河期の末期、約1万年前、
現在の「ぶどうの原種」のヴィティス・ヴィニフェラが
カスピ海、コーカサス地方に出現。

人類が食用に貯蔵していたという「ぶどう」が発酵し
偶然ワインのようなものが出来上がったのが
今から約2000万年前と推定されています。

そして5000年前、シルクロードの西の端、
コーカサスの山から湧き出るミネラルウォーターで育った
世界最古のブドウの原種から
グルジアワインが生まれました。

そのワインはメソポタミア文明の源、
チグリス・ユーフラテス川を下り
エジプトに渡りました。

クレオパトラも、
この芳醇なグルジアワインをこよなく愛しました。

人前では強権を誇ったあのクレオパトラが、
ときに一人グルジアワインを傾け
涙したと伝えられています。

それから世の人々はグルジアワインのことを
「クレオパトラの涙」
と呼ぶようになったそうです。

グルジアの原種のブドウは、
アレキサンドリ種など他の国ではみられない固有種として
今に伝えられています。

フランス、ドイツ、イタリアといった現代ワインとは
まったく異なった「悠久のワイン」を楽しめるわけです。

ところが、2008年、
グルジア領の南オセチアを巡りロシアと軍事衝突して以来、
政府間の外交関係は断絶。

ロシア政府はグルジアワインの輸入を禁止しました。

政府間の紛争のあおりで
国内のワイン産業は最大のワイン市場を失い
大きな打撃を受けました。

2013年にようやく禁輸が解かれ、
ロシアへの輸入が再開しましたが、
グルジアワインの高騰が始まり
全国的に品薄状態とのこと。

そうして以前までは
ロシア人の好みに合わせた甘口のワインが
多く生産されていましたが、
最近では国際市場向けに研究を重ね、
高品質なワインが造られるようになったようです。

グルジアを訪れる外国人観光客は年間約280万人。

隣国トルコを訪れる日本人観光客は年々増えていますが、
トルコから飛行機で2時間、
おいしいワインを味わえるグルジアにも
ぜひ、足を伸ばしてみたいですね。

美味しいワインと美しい大自然が織り成す絶景。

歴史的な建造物を愛でながら
充実した休暇を過ごせたら最高です。

2012年1月には、
グルジア初の「ワイン庁」が設置されたんだとか。

官民一体となり世界中にグルジアワインを広めていこうという
懸命さが伝わってきますよね。

「古くて新しいグルジアワイン」の魅力、
私も伝えていきたいと思っています。

あなたも、蒸し暑い今宵に…

空調のきいた静かな部屋で
左手にワイングラスを傾けながら、
右手に電子書籍を抱えて「知恵」も味わう、

そんな素敵な時間を過ごされてみては
いかがでしょうか?

 

と、前置きはこれくらいにして。

メインコンテンツに入ります。

本日も、新たに「585冊目」のオススメ書籍から
抜粋した「なるほど!」という一節をご紹介します。

本日のテーマは、
【努力と情熱】
です。

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私の本よりためになる「お薦め書籍」シリーズ No.585
「明日が見えないとき 君に力をくれる言葉」
あります!絶望に効く特効薬
ひすいこうたろう著
SB文庫

 
長嶋茂雄さん、
あなたは最初いつも負ける。

それはもう、面白いくらい負ける。

小学校4年、初めてやった三角ベースで初打席は三振。
佐倉中学での第一打席も三振。
佐倉一高での初打席も三振。
そして甲子園には出場できず、
六大学では1年目は散々な成績。
プロのデビュー戦では4三振です。

最初から結果は出ない。
だから誰よりも練習してきた。

シーズン中もあなたは関係者にわからないところで
バットを振り続けた。

陰での練習が本当の練習であるとさえ思っていたあなた。

試合が終わると、
洋服に着替えて銀座の街に繰り出していく選手がいる中、
でも、あなたは違った。

後楽園球場で試合が終わると、
シャワーも浴びずにまっすぐに家に帰った。

それも自宅で素振りをするために。

着替えもせずに戻ってくるのは
体に残った試合の記憶を消さないため。

奥様は、台所にあなたの大好きな白身魚や麺類を
用意してくれているにもかかわらず、
あなたは振り向きもせず庭に出て、
その日のバッティングを反芻するかのように
スイングを繰り返した――。

「バットが風を切る音がある。
素振りをする音のちょっとした変化でわかる。
早く聞こえたということは、体が開いて、
バットが遅れてポイントが後ろに残ったということ。
正常な打点を風の音で聞き分ける。
バッティングで悩むというのは
人から見れば軽度のノイローゼのようなもの」

さらにあなたは言った。

「我々はグランドで最高の演技を見せる義務があるんだ」

そのために、あなたは試合で、
三塁からホームへすさまじいスライディングをしたこともありました。
……ホームには誰もいなかったにもかかわらず(笑)

特別に大リーガー用のヘルメットを使っていたあなた。
日本製と違い、かぶると前後1センチの遊びができる。
だから思い切り空振りすると、
ヘルメットがすっ飛んでくれる。

空振りでもファンを喜ばせようとしていたあなたの工夫には
頭が下がります。

キャッチしたボールをファーストへ投げる際、
手をひらひらさせていたのは、
歌舞伎の団十郎が花道で見得を切るときの所作を
取り入れたものだと知ったときは本当に驚きました。

ファンの前に出たら、
「ハーイ、今日はイッツ・ファイン・ツデイ!」
と明るく振る舞い、
ファンサービスも忘れない。

シーズン前のキャンプをアメリカベロビーチで行った際、
「アメリカは外車が多いね」と驚き、

クリーニング屋と洋服を勘違いしたときは
「アイ・アム・失礼」と謝っていたあなた。

「ソックスがひとつない」と騒いでいたら、
片方の足に二重に履いていたあなた。

鏡の前でバットを振るうちに夢中になり、
ついに納得のいくスイングができたとほっとして
肝心の試合を忘れてロッカーで帰り支度をはじめたあなた。

僕は、そんなキュートなあなたが大好きです。

そして、最高の演技を見せるために、
誰も見ていないところで
死ぬほど練習していたあなた。

カウンターでお寿司を食べている最中でも、
「ちょっとここでバットを振りたいんだ」
とお店の人に頼み込み、
二階の座敷を借りてスイングしていたということも知りました。
お店の人も、「えっ!?よりによってここで?」
と、きっと困っていたことでしょう(笑)。

何のためにそんなことを?

見てくれる人を楽しませたい。

その一心でした。

同じく、巨人軍には、
あなたくらい練習する男が
もうひとりいたそうですね。
後に世界のホームラン王となる王貞治さん。

あなたと王さんが、暇さえあれば練習するので、
いつの間にかチーム全員のレベルが上がり、
昭和40年から9年連続でジャイアンツは日本一になり、
やがて「黄金時代」と呼ばれる時代に突入していきます。

感染するのは風邪だけじゃないんだ。

情熱だって感染する。

スーパースター長嶋茂雄。
あなたの秘密はシンプルでした。

ひたすら練習。
「ダブルハッスル」
(2倍にハッスルするという本人の造語)で練習。

それは、監督になってからも……。

逆指名制が導入されるまでのドラフトは、
1位指名が競合した場合、くじ引きで決めていました。

1992年。この年のドラフト会議は
後に不動の4番となる超高校級スラッガー
松井秀喜選手の交渉権を獲れるかどうか、
巨人軍の運命を分けるドラフトになりました。

競合は必至。
最後はくじ引き勝負となることが予想されました。

そこであなたがまじめに行った秘策に
僕は心から感動しました。

何と、事前に自宅でくじ引きの練習をしていたとは!

そして本当に松井秀喜選手の交渉権を獲得したあなた。

くじ引きでさえも練習なんですね。

「俺みたいな野球の虫はいない」
by長嶋茂雄

僕は、あなたが生まれついての天才バッターだと
勝手に思っていました。

でも、そうじゃなかったんですね。

情熱が人生をメイクドラマにする。

そんなあなたのカッコよさを伝えたくて、
僕は勝手にあなたへのラブレターのつもりで
本項を書かせてもらいました。

この原稿を書いているとき、
あなたは僕のすぐ近くにいてくれるようで楽しかったです。

いま、朝5時50分。
窓から朝日が差しこんで部屋が黄金に輝いています。

まるで、あなたの生み出したメイクドラマのように。

長嶋茂雄さん、
日本に生まれてくれて
本当にありがとう。

 

 

2014年6月15日(日)

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早川勝
【ホームページ】
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『「最高の結果」はすべてを「捨てた」後にやってくる』
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早川勝メール【710号】なみだのラブレター あの人に、あの子に「ありがとう」ただひたすら、涙を流したい夜のために。

2014-06-08

皆様

こんにちは。
ご縁があって名刺交換させていただいた方々へ
一斉配信しています。

先日、AKB48の握手会場にて
メンバーがのこぎりで襲われるという、
衝撃的な事件が発生しました。

事件の影響でその後のイベントが中止になったり、
アイドルとファンとの触れ合いの是非が議論にもなりました。

しかし、そんなピンチを乗り越え、
昨日、恒例のAKB総選挙が開催されました。
大雨&厳戒態勢の中、
味の素スタジアムは凄い盛り上がりでしたね。

といっても私は決して
アイドルに興味があるわけではありません。

ただ、今回のアイドル襲撃事件には、
無関心でいられないだけなんです。

なぜかって?

実はですねぇ、
我が家の20歳になる「長女」が
このたび芸能界デビューいたしまして…(驚)

親としては、
AKB事件も他人事ではないわけです。

まあ、アイドルデビューといっても、
まだまだマイナーな活動を始めたばかり。

さあ、どうなることやら、という段階です。

売れたら奇跡ですね。

デビューをきっかけに
今年の目標にしていた「留学」を取りやめ、
来年は「音大」に進学して、
芸能活動との両立を目指しているんだとか。

何を思ったか、
幼いころ6年間習っていたクラシックバレエも
最近になってレッスンを再開し始めました。

親の気苦労などはどこ吹く風、
もう、やりたい放題です(笑)

ただ、「趣味・引きこもり」だった長女の成長ぶりに
親としては感動している今日この頃。

珍しく娘が「やる気」になっているので、
陰ながら応援してあげようと思っています。

 

万が一、テレビに出るような売れっ子になったら、
私も一緒に「徹子の部屋」に出演する計画です(笑)

夢が実現するその時まで、
徹子さんには元気でいてもらいたいものですね。

 

と、親バカな前置きはこれくらいにして。

メインコンテンツに入ります。

本日も、新たに「584冊目」のオススメ書籍から
抜粋した「なるほど!」という一節をご紹介します。

本日のテーマは、
【家族愛】
です。

 

それでは、どうぞ!
お役に立てれば幸いです。
↓↓↓
私の本よりためになる「お薦め書籍」シリーズ No.584
『なみだのラブレター』
あの人に、あの子に「ありがとう」
ただひたすら、涙を流したい夜のために。
橋本昌人著
ヨシモトブックス
母の明日

 

お母さんへ

父が早くに亡くなったので、
母一人子一人で、
私たちは本当に仲の良い親子だったよね。

でも、認知症になってしまってからのお母さんは、
あんなに愛してくれた私のことが、
娘だとはわからなくなってしまって、
それどころか「おばちゃん」と呼ぶようになりました。

私は、もう、とことん情けなくって、
時には腹が立ってしようがなかった。

夫や娘の協力もあって、なんとか介護は続けていたけど、
日に日に、ストレスがたまっていきました。

一日中、ぬいぐるみを抱いたまま、
幼児番組やアニメを見て、
子供に返ってしまって、

もう、頭痛がするくらい、同じことを何回も言う。

いるはずのないものが見えるという。

私はホトホト疲れ果てて、
いつしか、「いっそ、死にたいなぁ」
というのが口癖になっていましたね。

そして、ある夜のこと、
「もう本当に死のうかな……」
と思いつめた顔でつぶやいた私に、
あの口ベタの主人が、

「死ぬも生きるもお前の自由や。
でもな、おまえが『死にたい』
って言いながら暗い顔して生きた今日は、
心を病んでしまったお母さんが娘のおまえに頼りにされながら
精一杯生きたいと願った明日とちゃうやろか。
お母さんが二度と取り戻せない、
大事な大事な一日とちゃうやろか」

と、怒るでもなく、ゆっくり話してくれたんです。

その言葉で、忘れてたことを思い出しました。

私を女手一つで育てるために、
ムチャクチャがんばってくれたのは、お母さん。

認知症と付き合いながら、
一番がんばっているのも、お母さん。

一番、苦しいのも、お母さん。

私もがんばってる! 私も苦しい!

でも、二番目やから、まだまだやれるでぇ!!

先日、お母さんが亡くなった日の夜に、
私、こんな自分勝手な夢を見たよ。

お母さんがニコニコ笑いながら小走りで近づいてきて、
チョコンと座って、私に、
「リツコ。あんた、ようがんばってくれたなぁ。
ありがとうやで。
あんた、私があんたのこと『おばちゃん』って言うのがイヤやったやろ。
ゴメンな。
でもな、あの『おばちゃん』というのは、
母親のいない私の親代わりやった『寝屋川の叔母』のことやねんで。
そうでも思わな、娘のあんたに何もかも世話させてしまうのは
身を切られるようにつらいもん。
でも、あんたを悲しませてしまったわなぁ。
ゴメンやで。ゴメンやで」

と言いながら、ペコペコペコペコ、頭を下げる夢です。

「お母さん、ええよ。もう、そんなに頭下げんといて。
今、お母さんが『リツコ』って呼んでくれたから、
もうそれでええよ」と言って、
その自分の声で、私は目を覚ましました。

お母さんの告別式の時にね、
もう中学生になった私の娘、
そう、あなたの愛した孫のユリナが、
こんなことを言ったのよ。

天気が悪かったので、
みんなは『涙雨』なんて言ってたけど、
ユリナは、
ザーーーーーッと雨が降りしきる音を聞いて、

「拍手の音に聞こえる」
……やて。

あなたへの、神様からの拍手の音に聞こえたそうですよ、お母さん。

私も心の中で、おもいっきり、
ありがとうの拍手を贈ります。

お母さん、もし生まれ変われたら、
また、あなたの娘にさせてくださいね。

……きっとよ。

(中略)

 

遊園地で

 

娘・ミサトへ

いよいよ来月、結婚するんやね。
おめでとう。

ジューン・ブライドに憧れてたはずやのに、
きみは結局、お母さんの旅立った八月を、式の日に選びました。

お母さんも天国で喜んでいるでしょう。

あなたの母親であり、私の妻であった、我々の最愛の女性は、
ある、小さな記事として新聞にも掲載された交通事故により、
きみがまだ6歳の時に亡くなりました。

突然すぎて、
悲しみ抜いて、
途方に暮れて、
精神的に参ってしまった私は、
死のうとしたんです。

バカなことに、
きみを連れてお母さんを追いかけようとした。

その日、最後の思い出にと、
家族でよく出かけた遊園地に2人で行きました。

きみは嬉しそうに、はしゃぎ回った。

いつも家族で乗ったメリーゴーランドにひとりで乗るきみを、
私は精いっぱいの笑顔を作って、
だけど力なく手を振って、
きみが「お父さーん!」と呼ぶ声に必死で応えていました。

とにかくきみは楽しそうで、
これが最後の遊園地になることも知らずに、

いや、今日が最後の日であることも知らずに、

元気いっぱいに走っては、
乗り物をハシゴしてた。

きみが楽しげであればあるほど心は痛んで、
でも、心が痛めば痛むほど、
必死で笑顔を作るようにしました。

やがて急流すべりを乗り終わって、
こちらに駆けてきたきみは、
満足げな表情で見上げつつ、
私と手をつないで、
ニコニコしながらこう言いました。

「もういいよ。お父さん。

もう、お母さんのところに行こ」

きみは気づいていたんやね。

きみを抱いたまま、ムリヤリ、
父親の私がこの世を去ろうとしていたことを、

なぜか知っていたんやね。

この言葉で、私はハッと目が覚めました。

私はこんなことを言った。

「あほ! お母さんに怒られるぞ、ミサト!
いつか、お母さんがゴハン作って待ってるのに、
迎えに来てくれたオマエと駅前の焼き鳥屋に寄り道した時みたいに、
『そんな勝手なことするんやったら、二人で出て行きなさい!』
って、お母さんスネるぞ! スネたらひつこいぞ〜!」

こう言うときみは……、
お葬式の日以来、
お母さんのことでは全く泣かなかったミサトは、
セキを切ったように大きな声で泣きだしたね。

二十四年前のあの日のことを、
きみは覚えていないと言います。

でも、きみに子供が、
そう、私とお母さんにとっての孫ができて成長したら、
あの遊園地にみんなで行こう。

お母さんの分も入園券をちゃんと買って、
みんなでメリーゴーランドに乗ろう。

そしてみんなで、思いっきり笑おな。

ミサト、本当におめでとう。

(中略)

 

ドロボーネズミ

 

シンちゃん

僕のこと、覚えてますか?

70年前に、
小学校の同級生だったマサシです。

シンちゃんはまだ、小学校3年生のままですか。

もう、おなか一杯になったかな。

先月、ニュース番組である事件を振り返っていました。
それは、平成22年6月に起こった事件。

大阪市の西区で、3歳と1歳の幼い姉と弟が、
実の母親によりマンションの一室に監禁・放置され、
水や食料も与えられないまま亡くなりました。

2人の胃や腸には
「食べ物」が全く残っていなかったとのこと。

亡くなる前の数日間は
食べ物を口にしていなかったのでしょう。

空腹のあまり、
ティッシュを食べていた痕跡もあったといいます。

誰の記憶にもまだ新しい、悲惨な出来事です。

想像を絶する苦しみから解き放たれて、
2人は今、美味しいご飯を天国でホオばって、
おなか一杯なったかな。

この、あってはならない事件の報道を見て、
シンちゃん、キミのことを思い出しました。

おなかが空くことの辛さ。

現代の世の日本に何不自由なく住む子供たちは、
普通なら、その地獄をもはや知る術もありません。

戦時中、食糧難になり、
それは終戦が近付くにつれて
非常に深刻なものとなっていったのです。

昭和19年。
大阪市内の阿倍野に住んでいた小学3年生の僕は、
空襲を逃れるために大阪郊外のある地区へ疎開しました。

小学校では、粗末ながら、
みんな弁当を持ってきていました。

そしてある日、それは発覚したんでしたね。
みんなの弁当が食べられるという事件。

食べられるといっても、
ほんの少し、ほんの隅っこだけ、
ご飯が食べられていたのです。

オカズには手をつけていません。
みんなの弁当から、
ご飯を少しだけ。
ほんの少しだけ。

やがて、それに気づいた男子生徒数名が
騒ぎたてました。

「この組に一人、泥棒がおる。
泥棒ネズミがいて、弁当をかじってる」

「もうわかっとるわ。
貧乏人のあいつしかおらん」

「疎開じゃないのに、弁当を持ってきてないのは、
あいつだけやからな」

都会から疎開してきている子供らは、
弁当ではなく、家に昼メシを食べに帰っていたのですが、
シンちゃんは疎開組じゃなくても、
弁当を持ってきたことはありませんでした。

キミのお父さんは兵隊へ行って戦死し、
母ひとり子ひとりだったけど、
お母さんは病弱で働けなかったんですね。

息子に弁当を持たせたくても、
持たすことができなかったんです。

さぞかし、おなかが空いていたことでしょう。

辛かったでしょう。

思い余って、みんなの弁当を、
でも、みんなに迷惑がかからないように
全員の弁当から少し、ほんの少しずつ、
拝むような気持ちで隅っこの米だけを食べていた。

そして、食べてはまた、
キッチリと弁当箱を包み直していたんですね。

「この泥棒が!」
「このネズミが!」
と、罵られ、こづかれ、

シンちゃんは学校に来なくなりました。

やがて、シンちゃんが亡くなったとの知らせが入り、
葬儀が営まれたのは、
そんなことがあってから3カ月後のことでした。

餓死だったんですね。

お母さんもその後、
あとを追うように亡くなったと聞きました。

僕は無力で、何の力にもなれなかった。

ゴメン。
本当にゴメン。

僕は戦争が終わって間もなく、ある農家で、
生卵を落として醤油をたらした温かい銀シャリを食べさせてもらい、
この世にこんな美味しいものがあるのかと思いました。

その時に、シンちゃんの顔が頭に浮かんだよ。

シンちゃん、白いホカホカのご飯を天国でホオばって、
おなか一杯なったかな。

お父さんとお母さんと食卓を囲んで、
大きな声で「おかわり」するシンちゃんのお茶碗に、
お母さんが笑顔でご飯をよそって、
おなか一杯なったかな。

今の世でも、
世界の各地で飢餓に苦しむ人々がいます。

そんな人たちがいつか、
おなか一杯食べられるように、
決して悲しい結末を迎えないように、

そんな時代が確かにあったんだと、
僕は語り継ぐことしかできません。

そして命ある限り、
友達として、
ずっとシンちゃんに手紙を書き続けるでしょう。

シンちゃん……、
おなか一杯なったかな。

2014年6月8日(日)

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早川勝
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早川勝メール【709号】「どう生きたらいいのか…」 アドラー 心理学が教えてくれる幸福へのヒント

2014-06-01

皆様

こんにちは。
ご縁があって名刺交換させていただいた方々へ
一斉配信しています。

 

巨人軍の原辰徳監督の父・原貢氏が心筋梗塞で亡くなりました。
享年七十九歳。

せめて、孫の菅野智之投手が巨人の大エースとして
スーパー大活躍できるようになるそのときまで、
元気でいてほしかったですね。
残念でなりません。

実は、私早川は、
原監督親子に、個人的な思い入れがございます。

思い起こせば、
保険業界に挑戦する以前の若かりし頃、
神奈川県相模原市のワンルームマンションで
一人暮らしをしておりました。

当時、その近所には原監督の実家がありまして、
(東林間駅と小田急相模原駅の間あたり)
私のマンションのすぐそばには「サムビル」という、
原家所有の大きなビルもそびえたっておりました。
(「サム」というのは愛犬の名前)

甲子園大会出場の常連校だった東海大相模高校も
私のマンションからすぐ近所にありました。

東海大相模高での父・貢氏と息子・辰徳の親子鷹は、
私が中学生のときからすでに有名人。

辰徳選手は高校1年生から
強豪校のクリーンアップを打つ強打者であり、
イケメンの超アイドルでした。

私が中学1年生のとき、
クラスの隣の席に座っていた鈴木さんという女の子が
「タツノリ君」の熱狂的な大ファンで、
透明な下敷きシートに原辰徳選手の切り抜き写真を
何枚も入れていたのをよく覚えています。

そんな「タツノリ女子」がたくさんいた時代でした。

人気だけではなく実力も兼ね備えていた辰徳選手は打ちまくり、
そして、父・貢監督も名采配を振るいました。

優秀な指揮官として、
甲子園で優勝・準優勝に導いたときの原貢監督の戦術、
それは、送りバントやスクイズバントを使わない攻撃的なものでした。
さらに、1年生や2年生のレギュラーを多用するという、
実力主義も徹底していました。

今になってみて、改めて凄いと思うのは、

「バテるから練習中に水は飲むな」
というのが常識だったあの昭和の時代に、

「練習中には水をどんどん飲め」
と命じていたというのですから、

その選手への革新的な指導法には、
驚かされるばかりです。

そういう一つひとつの素晴らしい父の教えが、
今や「名将」と謳われる原辰徳監督へと
受け継がれているのでしょう。

原貢氏のご冥福を心よりお祈りいたします。

合掌。

 

あっ、
もう一つ、付け加えさせてください。

実はですね、
原選手は私の人生に勇気を与えてくれた恩人なのです。

それは、忘れもしない1989年(平成元年)10月26日、
私が外資系生保に入社する直前の最終面接の日のことです。

その当時の本社は
神田神保町の東京銀行のビルに入っていました。

約束の時間に訪問すると、
待たされたあげくに面接官のG部長が現われ、

「面接って今日だったっけ?
いや〜、うっかり忘れてて会議入れちゃって!
ごめん。しばらく、前の喫茶店で待っててくれるかな。
コーヒー代は出すから、領収書もらっておいてね」

若かった私は、ややムッとしながらも、
「わかりました」と
ビルの前にあった古びた喫茶店で待つこと1時間半以上。

「随分となめられたもんだな…」、
「もう帰ろうかな」、
とも思いました。

しかし、そんなイライラを解消してくれたのは、
喫茶店のテレビ画面で放映されていた
巨人対近鉄バファローズの日本シリーズでした。

ジャイアンツが3連敗から奇跡の4連勝を成し遂げ、
逆転日本一に輝いたあの有名なシリーズです。

「巨人は最下位のロッテより弱い」
という加藤哲選手の発言によって
巨人の選手が発奮したというのも話題になりましたね。

古びた喫茶店のテレビ画面には、
第5戦の熱戦が映し出されていました。

もちろん、巨人軍の主砲・原選手の姿も。

このシリーズの原選手は、
4番からスタートした打順を5番へ、
そして7番へと降格されるほど、
大不振を極めていました。

第4戦までの打撃成績は、
15打数で0安打。
チャンスに1本のヒットも打てず、
チームは負け続けました。

ファンや報道陣からは、
3連敗の戦犯として
酷いバッシングの嵐!

しかし、私はそこで奇跡を見ることができました。

のちに原選手自身もこんなふうに語っています。

「あれは俺の野球人生における分岐点だったんだ。
あの一本がなかったら、果たして今、
どうなっているのかな、と思うよ。
それくらいの1打席だったんだ」

阿波野からリリーフのバトンを受けたピッチャー吉井は、
前の打者クロマティを敬遠して満塁策を取ります。
主砲・原選手にとっては屈辱の打席です。

その打席までずっとノーヒットなのですから
当然の作戦でしょう。

が、しかし、
原選手は私のすぐ目の前で
かっ飛ばしてくれました。

見事な満塁ホームランを!

それまでイライラしていた私のモチベーションが
MAXに急上昇したことは言うまでもありません。

私の人生も、その時点から変わりました。

元気ハツラツ笑顔で臨んだ外資系生保の最終面接は、
見事合格。
ふてくされたまま面接に臨んでいたら
どうなっていたかわかりません。

そこから始まった私の生保人生は勇気百倍、
何度も苦境から這い上がり、
こうして25年経った今に至るわけです。

ただ一つの心残りは、
待たされた喫茶店のコーヒー代350円を
いまだに貰っていないことです(笑)

せこいぞ、G部長!
(せこいぞ、早川! 笑)

今では、その喫茶店も姿を消し、
ロイヤルホストに変わりました。

神保町へ行く用事があるときには、
ときどき立ち寄らせてもらいます。

初心に帰る思いになりますね。

 

さてさて、
そんな私ですが、
多くの人たちに感動と勇気を与えられるような…
そんな満塁ホームランを一発(一冊)打ちたい、
と思っています。
そろそろ。

前作も、最新刊も、様々なメディアで取り上げていただき、
追い風も吹いてきたようです。

たとえば、
アメブロでいつも人気上位にランキングされている
「人の心に灯をともす ブログ」に
最新刊『「最高の結果」はすべてを「捨てた」後にやってくる』
が紹介されました。

http://ameblo.jp/hiroo117/entr……25915.html

「人の心に灯をともすFacebook」では500人以上の方々から
「いいね」をいただきました。

http://www.facebook.com/hitonokokoro

ホント有り難いですね。

最新刊といえば、
『「最高の結果」はすべてを「捨てた」後にやってくる』
の裏表紙のキャッチコピーに使われている名言。
心に響くいい言葉だと思いませんか?

「人生とは面白いものです。
何かひとつを手放したら、
それよりずっといいものがやってくるものです。」
サマセット・モーム
(イギリスの小説家・劇作家)

サマセット・モームの名言には、
シニカルで印象深いものが多いので、
ほかにもいくつかご紹介しましょう。

“もっとも永くつづく愛は、報われぬ愛である”

“なぜ美人はいつもつまらぬ男と結婚するんだろう?
賢い男は美人と結婚しないからさ”

“私が確信できることがたった一つある。
それは確信できることはほとんどないということだ”

“小説を書くためのルールは三つある。
残念ながら、誰もそれを知らない”

“人間はすべて暗い森である”

うーん、なるほど。
深いですね。

 

それから、
私の最新刊の中で6番目に引用させていただいた、
ウォルター・バジョットの名言、

「人生における大きな喜びは、
君にはできないと
世間がいうことをやることである。」

ウォルター・バジョット
(イギリスの経済学者・ジャーナリスト)

“座右の銘”にしたい名言です。

ちなみに、
原文は以下の通り。

The greatest pleasure in life is doing what people say you cannot do.

あなたの心に残る名言はなんでしょうか?

 

 

と、長い前置きはこれくらいにして。
(すいません)

メインコンテンツに入ります。

本日も、新たに「583冊目」のオススメ書籍から
抜粋した「なるほど!」という一節をご紹介します。

本日のテーマは、
【貢献】
です。

それでは、とうぞ!
お役に立てれば幸いです。
↓↓↓
私の本よりためになる「お薦め書籍」シリーズ No.583
『アドラー心理学入門』
「どう、生きたらいいのか…」
アドラー心理学なら明確に答えることができる!
岸見一郎著
ベスト新書
■どの条件も欠くことができない

自己受容、他者信頼、他者貢献は
どれ一つ欠くことができません。

他の人に貢献できる自分が受け入れられるのであり、
貢献するためには他の人を信頼できていなければならないからです。

育児の心理面の目標としてあげた「私は能力がある」ということは
今の自己受容に相当します。
能力があると思えば
そのような自分を受け入れることができます。

しかもこの能力は自分のためだけの能力ではなく
人に役立つ能力でなければなりません。

さらに信頼できない他者のために
役立とうとか貢献しようとは思いません。

かくて、三つの条件は、
どれ一つを欠いても人は幸福にはなれないのです。

■他の人のことが考えられるということ

健康なライフスタイルとして、
これまでのところから知ることができるように、
自分のことしか考えられないというのではなく、
他の人のことも考えられるということは
重要な要件になってきます。

赤信号で止まらなければならないのはなぜか
という質問をアメリカ人にしたところ
七〇パーセントは「警官に見つかるとつかまるから」
と答えたという報告があります。

賞罰の育児の結果である、
と考えることができます。

二五パーセントは
「私が怪我をするから」と
答えました。

これは先の答えよりましかもしれませんが
自己中心的です。

五パーセントだけが
「私も怪我をするだろうけれど、
他の人にも被害を及ぼすかもしれないから」
と答えました。

ある状況が自分にとってどういうことかをまず考えるのではなく、
皆にとってどういうことなのか、
いいことなのか、悪いことなのかを考えられるということ、
その中で自分がどう貢献できるかを考えていくことは、
健康なパーソナリティ、
幸福であることの大きな条件です。

このように常に自分のことだけではなく、
他者のことも考えられる、
他者は私を支え、
私も他者とのつながりの中で他者に貢献できていると感じられること、
私と他者とは相互依存的であるということ、

しかし、同時にそのことは
決して自己犠牲的な生き方を善しとする考え方でもなく、
自分も他者に貢献ができていると思えること……

このような意味のことをアドラーは、
アドラー派の中でも議論の多い
「共同体感覚」
という言葉で表そうとしているのだ、
と私は考えています。

人が根本的に理想として持っているのは
「所属」しているということ、
共同体に受け入れられているということである、
とアドラー心理学では考えています。

しかしこのことは何もしないで
ただ受動的に受け入れられるというのではなく、
積極的に受け入れてもらうということです。

その方法はさまざまで、
先に見た優秀であることで認めてもらおうとしたり、
まわりの人の注目を引くような行動をすることによって
受け入れてもらおうという考えは健康な考えではない、
と考えるわけです。

(中略)

■自分が人生を創っている

人は自分が意味づけした世界に生きている
ということを見てきました。

世界を不断に創造している、
ということもできます。

アドラーが次のような早期回想をあげています
(『個人心理学講義』九二頁)。

「ある日、母親が私と弟を市場に連れていってくれました。
その日、突然雨が降り出しました。
母親は最初私を抱きましたが、ふと弟を見ると、
私を降ろして弟を抱き上げました。」

このような回想が語られたのは、先にも見たように
今のこの人のライフスタイルに合致する回想を
選び出しているということです。

過去の経験が今のこの人のライフスタイルを決定する
というふうには考えません。

この人は今、
いつも他の人が自分よりも愛されるようになるのではないか、
と予想しています。

ちょうど最初は自分が抱かれていたが下に置かれたように
ライバルが出現すると、たちまちにして愛されなくなるだろう、
と考えています。

たとえ今愛されているように、
あるいは好かれているように見えても、
容易に相手を信じることはできません。

それゆえ、いつも愛や友情がうまくいかなくなるサインを
決して見逃すことはありません。
口では私のことを好きだといっていても
あなただって他の人と同じでしょう、
といいます。

相手にしてみれば、
せっかく好意を持って接していても
自分のことがそんなふうに受け止められていたら
いい思いはしないでしょう。

そして結局喧嘩にならないまでも、
嫌気がしてその人から去ったり、

また、相手が他の人に関心を移してしまうと、
私はいつもそんなふうに最後には嫌われたり、
あるいは見捨てられるのだ、と考えて
人々は私の敵だ
という信念を強化してしまうことになるのです。

嫌だと思っている人と付き合うときに、
この人のこと嫌な人だ、と思って付き合い始めると、
その人との付き合いはそういう付き合いにしかなりません。

朝起きたときにほとんど無意識といっていいくらいに
頭の中にメッセージが流れてきます。
「嫌だなあ、またあの人と今日も一緒だ」と。

まだ何も起っていないうちから、
嫌だなというように感じてしまいます。

そのように思ったらそのようになります。

たとえそうでないことが起こっても、
先の例と同じで、例外と片付けられてしまうことになります。

ですから、一度、これまでのことはすべて水に流して、
今日私はこの人と初めて会うのだ、
と思ってみるのです。

これはかなり難しいことである、といわなければなりません。

今日私はこの瞬間においてこの人と初めて会うのだ、
と思って付き合い始めます。

そうすると過去はもうないわけです。

姑との結婚以来の恨みつらみを晴らそうとカウンセリングに来た人に、
カウンセラーはこういいました。
「いいですか。この一週間の出来事を話してください。
一週間より先は存在しませんよ」と。

このカウンセラーの発言に拍子抜けしたかに最初見えたクライアントでしたが、
このような見方をカウンセラーに与えられ、
このことがすでに大きくカウンセリングを前に進めることができました。

一週間どころか昨日すら存在しないと考えてみると、
たしかにこの人は、嫌なことをいったかもしれないが、
しかし今日同じことをこの人がいう、
あるいは、するとは限らないわけです。

そう思って付き合い始めます。
そうすると、思いもかけない発見があります。

そのように思えて初めて、
その人との時間は死んだものではなく、
生きたものになります。

今日という日は、
昨日の繰り返し、延長ではないのです。

しかし今日今この瞬間から付き合い始めるというふうに考えると、
いろいろな発見があります。

そうしないとずっと過去を引きずっていってしまうことになります。

(中略)

■できることから始めよう

『シンドラーのリスト』という映画があります。

第二次世界大戦下のポーランドで
千人以上のユダヤ人を救ったドイツ人実業家、
オスカー・シンドラーの実話にもとづいた映画です。

ナチスの党員でもあるオスカー・シンドラーが自分の工場に雇い入れたユダヤ人は
収容所に行くことを免れて、命が助かりました。

シンドラーに救われたユダヤ人のことを
シンドラーのユダヤ人とかシンドラーの生き残り組といいますが、
シンドラーの工場に雇われる人の名前をリストアップしたものを
シンドラーのリストと呼びます。

したがって、そのリストに名前が載るということは
収容所に行くことを免れるということでもあるわけです。

シンドラーによって多くの人が救われました。

戦争が終わったときに、
なお自分の元に車が一台残っていました。
シンドラーがその車を見て、
この車を一台売ってさえいれば、
後はもう一人でも二人でもユダヤ人の命を救うことができたのに、
と後悔する場面があります。

そのことを知った彼に雇われていたユダヤ人の一人が
自分の金歯を加工して指輪を作り、
シンドラーにプレゼントします。

その指輪の裏に刻まれた文字、
これはユダヤ教のタルムード(聖書と並ぶユダヤ教の聖典)の教えなのですが、
「一人の生命を救う者が全世界を救う」
という意味の言葉でした。

全世界とか全人類というものはなく、
目の前にいるこの人しかいないのです。

この人との関係を離れて、
全人類という抽象的な概念を考えることは意味がありません。

全人類のために何かをするということではなく、
あるいは全人類のために何とかしようというのではなくて、

今日ここでこうして接しているこの人との関係を
少しでも変えようと努めることが、

ひいては全人類を変えることにつながる、
と考えてみたいのです。

2014年6月1日(日)

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