3月, 2014年

早川勝メール【700号】自力と他力 真の絶望から発する思想 今を生き抜く指針を問う

2014-03-30

皆様

こんにちは。
ご縁があって名刺交換させていただいた方々へ
一斉配信しています。

本日は「700回記念号」です。

これまでの約10年を振り返ってみると、
「我ながら、よくぞ続けてこられたものだ」
と、感慨深い思いになります。

皆さんからの…
「毎週楽しみに読んでますよ」
「言葉に元気をもらってます」
「ときどき朝礼で引用してます」
「マメさに頭が下がります」
というメッセージを励みにして
700号まで続けてくることができました。

毎回の4000文字にも及ぶ長文メールにお付き合いいただきまして
誠にありがとうございます。

バックナンバーを読んでみると
懐かしい思いにかられます

http://tsuitel.in/back-number

ちょうど明日をもって、
国民的バラエティ番組「笑っていいとも」が
32年間の歴史に幕を下ろすこととなり、
話題になっていますが、
私も「笑っていいとも」の8054回を目指して
まだまだ続けていく覚悟でございます!

タモリさんが長寿の秘訣として
テレビでこんな面白い話をされていました。

生放送にはハプニングがつきもの。
そのハプニングが生放送の魅力であり
遅刻はその最たるものだ。
だから遅刻してくるゲストがいると嬉しくて仕方ない。
もっと出演者に遅刻してほしいと思っていた。

でも、プライベートでゴルフへ行った時には、
“遅刻”してきた仲間に対して怒ったことがある。
頭にきて思い切り怒鳴ってやった。

「遅刻してくるとはなんだ!
仕事じゃないんだぞ!」
と。(笑)

なるほど。
逆説的で笑えますよね。

それにしても、
「笑っていいとも」の32年間というのは、
私が大学2年生のとき以来続いてきたわけですから、
途方もない歳月です。

学生時代の集合写真などを見てみると、
みんなが頭の上に両手を丸く掲げて
「いいとも〜!」
とポーズをとっているシーンがたくさんあります。
当時は、大ブームでしたからねぇ。
懐かしい思い出です。

それからずっと長い間支持され続けてきたというのは
ギネス以上に価値のあることだと思います。

17年も続いてきたTBS「はなまるマーケット」が終了、
という話題がまったく目立ちませんからね(笑)

私の「メルマガもどき」は国民的番組の価値には遠く及びませんが、
少しでも皆さんのお役に立てればという思いから始めて10年、
新たな出会いを積み重ねてきた配信先の数も3千2百名を超え、
そのご縁のおかけで5冊の書籍を世に送り出すことができました。

その最新刊も、発売が開始されて1か月、
おかげさまで、またまた大増刷(3刷)が決まりました!

「死ぬ気で働くリーダーにだけ人はついてくる」
http://tsuitel.in/books/new_bo……index.html
(書籍用・新ホームページ↑)

本当に応援ありがとうございます。
心から御礼申し上げます。

これからもさらに「死ぬ気で」、
皆さんのお役に立つ情報を発信してまいりますので、
ご愛顧のほど宜しくお願い申し上げます。

と、前置きはこれくらいにして。
メインコンテンツに入ります。

本日も、新たに「574冊目」のオススメ書籍から
抜粋した「なるほど!」という一節をご紹介します。

本日のテーマは、
【宿命と運命】
です。

お役に立てれば幸いです。
↓↓↓
私の本よりためになる「お薦め書籍」シリーズ No.574
「自力と他力」
真の絶望から発する思想 今を生き抜く指針を問う
五木寛之著
ちくま文庫

十二歳のとき平壌で迎えた敗戦の体験は、
私の価値観を一変させました。

それまで世界に優越し、
絶対負けることがないと信じてきた大日本帝国が
あっさり負けてしまったのです。

十二歳の少年にとっては、大きな転機でした。

あのときは、日本人の誰もが敗戦に大きなショックを受けていました。
当時、師範学校の教師だった父親は、皇道哲学を信奉していました。
彼の場合は敗戦によって思想的根拠が崩れただけでなく、
職場も、出世の野望も、最愛の妻もすべて失ってしまったのです。

そして、それまで外地で特権階級だった日本人は、
一夜にしてパスポートをもたない難民と化しました。

それからは、生き延びるために必死です。
誰もが、自分が助かるためには他人を踏みつけにしてもかまわない
と考えるようになったのです。

朝鮮人が日本人の子どもにサツマイモをくれると、
横で見ていた大人が子どもを殴ってそれを取りあげ、
自分で食べてしまう。

それくらい、大人も子どもも飢えていました。

私は日本人女性に自分の子どもを売ってくれと頼まれて、
赤ん坊を手渡す手伝いをしたことさえあります。

苛酷な日々のなか、
さまざまな人間のすがたを目の当たりにして、
私の感受性や人間観は一変したと言っていいでしょう。

そのとき以来、私のものの見かたはずっと一貫しています。
それは、世の中に確かなもの、絶対と言えるものは何もない、
ということです。

生き残っている人は自分を含めてみな悪人である
――ほかの心やさしい人を蹴落とすことによって、
自分が生き延びてきたのですから。

まして、自分の力が一〇〇パーセントだとは信じない。
自分の力ではどうしようもないことがあるのだ。
このことを私は、肉体的な感覚として受けとめてきました。

人生とは、矛盾だらけの不条理なものです。
運、不運というものもある。

人の容貌や体型もさまざまです。
才能のある人もいれば、才能のない人も現実にいるのです。
どの時代に、どの家に生まれてくるか。
そして、親から受け継いだ体型、皮膚や髪の色など、
人間にはどれほど努力しても変わらない部分があります。

もちろん、筋力トレーニングをすれば、
ある程度たくましい体つきになれるでしょう。
でも、ある年齢に達してしまうと、身長は変わらない。
日本人が生まれつきの黒髪を金髪に染めることはできるけど、
だからといって白人になれるわけではありません。

ずっと昔に、あるパーティーで
三島由紀夫さんにお会いしたことがあります。
三島さんは半袖のポロシャツをめくって、腕に力こぶをつくって
「五木君、見ろよ。どうだい。触ってみろよ」と言われました。
二の腕はかちかちで、すごい筋肉だった。
「三島さん、すごいですね」と感心したら、
「すごいだろう。鍛えればここまでになるんだよ」と、
うれしそうにおっしゃった。

でも、じつは、そのとき私が何を感じたかと言えば
「そうか、筋肉は増強できても、背は高くならないんだな」
ということでした。
私は背があまり高くありませんから、
相手を見上げるような格好で話をすることが多いのです。
けれどそのときは、私が三島さんを見下ろしていました。
人間にはできることとできないことが厳然とあるのだということを、
悟りました。

人間はみな、変えられない宿命を背負って生まれ、
そして生きていかなければならない存在なのです。

しかし、そこにはもうひとつ、
今度は人間の運命というものがかかわりあってきます。

運命というものは、宿命に働きかけてくるものであり、
偶然が働く余地があるものです。

私たちは必然を背負って生まれ、運命と出会う。

運命はミスをする可能性もあるし、変化する可能性もあるから、
人間の運命は変わりうるのです。

つまり、どんな両親のもとに生まれてくるかは変えられないけど、
両親とどのような関係を築いていくかは変えられるということです。

親鸞は「運命が自分を育ててくれている」と言いました。
生を途中で投げ出してしまったら、
変わるはずの運命と出会うこともできない。

人間の運命というのは
偶然でもってとんでもない変わりかたをするのだから、
どんなにつらくても、生きつづけることが大事なのです。

そうすれば、運命と偶然出会うことがある。
私はそう考えているのです。

ものごとは二つの要素の対立と調和です。

昼があり、夜がある。
女性がいて、男性がいる。
母親がいて、父親がいる。
笑いがあり、涙がある。
その両方を振子のように揺れうごきながら
世界は成り立ち、動いている。

ですから宿命と運命というものも、
対極にありながら、相互に働きあっていると考えるべきでしょう。

できることとできないこと、
変えられることと変えられないことがある。

変えられないことは諦める。

諦めるとは、「明らかに究める」ということです。

ものごとを明らかにし、その本質を究めること。

勇気をもって真実を見きわめ、
それを認めることが、
本当の〈諦める〉ということです。

〈諦める〉ことで、
はじめて生まれてくるものがあります。

2014年3月30日(日)

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早川勝
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「死ぬ気で働くリーダーにだけ 人はついてくる」
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早川勝メール【699号】脳には妙なクセがある 楽しくごきげんに生き るために

2014-03-23

皆様

こんにちは。
ご縁があって名刺交換させていただいた方々へ
一斉配信しています。

いよいよ「春」到来ですね!
ポカポカ陽気に、胸が躍ります。

さあ、
春といえば、
プロ野球シーズンの開幕です。

今週末から熱戦の火ぶたが切って落とされます。
いや〜、
この時がやってくるのを待ちに待っていました!

仕事以外、これといった趣味のない私にとって、
唯一のお楽しみがプロ野球観戦。

今年は四年に一度のサッカーW杯もあり、
そちらも大変興味深いですが、
やっぱり私は根っからのプロ野球ファン、
この季節はワクワク感が抑えきれません。

思わず、最新刊の原稿にも
( 「死ぬ気で働くリーダーにだけ人はついてくる」
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「野球の例え話」を随所に盛り込み過ぎて
編集者の人に怒られたほどです(笑)

そこで今回は、プロ野球ファンを代表し、
勝手に“順位予想”をしてみました。

ぜひ、皆さんの予想と比較してみてください。

まずは、セ・リーグから。

優勝 巨人
2位 広島
3位 DeNA
4位 阪神
5位 ヤクルト
6位 中日

次に、パ・リーグの順位予想です。

優勝 オリックス
2位 ソフトバンク
3位 日本ハム
4位 楽天
5位 ロッテ
6位 西武

そして、日本シリーズは、
CSを勝ち抜いてきた巨人とオリックスの対戦。

死闘の末、ジャイアンツが日本一を奪回する、
というシナリオです。

えっー!
と、反論のある野球ファンの方もいるでしょうね。

しかし、
プロ野球界を半世紀近くも研究し尽くしてきた私だからこその
確かな「根拠」があります。

もちろん、
個人的な「願望」も入ってますけど…(笑)

シーズン終了後には、
このメルマガ上にて
予想と結果を「総括」したいと思います。

お楽しみに。

と、前置きはこれくらいにして。
メインコンテンツに入ります。

本日も、新たに「573冊目」のオススメ書籍から
抜粋した「なるほど!」という一節をご紹介します。

本日のテーマは、
【やる気】
です。

お役に立てれば幸いです。
↓↓↓
私の本よりためになる「お薦め書籍」シリーズ No.573
「脳には妙なクセがある」
楽しくごきげんに生きるために
池谷裕二著
扶桑社新書

「プライド」と「Pride」の違い

広辞苑で「プライド」という言葉を調べてみました。
「誇り・自尊心」とあります。

「自尊心」とは何でしょうか。
孫引きしてみます。

「自分の尊厳を意識・主張して、
他人の干渉を受けないで品位を保とうとする心理・態度」

と書かれています。

品位を保とうとする“意図”がポイントのようです。

一方、英語の辞書で「Pride」を調べてみると
少しばかりニュアンスが違います。
コンサイスオックスフォード英英辞典によれば、

「名誉に値する何かを達成したり、仕事や物の質、あるいは
そうしたものを所有していることから得られる深い歓喜や満足の感情」

とあります。

日本語と英語に見られる「プライド」の差は、
興味深いと思います。

当人の立ち位置が正反対だからです。

日本語の場合は「品位を保つ」という行為そのもの、
あるいはそこに至る主眼が置かれています。

他人の視線を意識しつつ、自己主張し、面目を保ったり、
あるいはすでに持っている体面を保守したりします。
つまり、プライドは他者の存在によって相対的に規定されているもの、
いわば、他社に勝るプロセスこそがプライドなのです。

一方、英語では、あくまでも本人の「感情」が主体です。

自分に尊厳を感じる、あるいは尊厳を集めることで、
“喜びを味わう”ことがプライドです。

つまり、英語のプライドは愉悦感が伴うのに対し、
日本語のプライドにはそうした感情が伴うとは限りません。

むしろ体面を保つことに苦労するぶん、
つらい思いをすることもあるでしょう。

(中略)

つまり、(少なくとも日本人にとっては)
「誇り」と「喜び」は別の感情であることが見て取れます。

この実験を日本人と欧米人で比較したら、
きっと面白いデータが得られるでしょうが、
これについては今後の進展を待つことにして、
今回のデータでは
「プライドを感じるときに社会性を感知する脳回路が活動する」
という事実に注目しておくべきでしょう。

やはり、プライドは他人を意識することで
初めて生まれる人間関係に起因した感情のようです。

「プライドは美徳の源泉である」
とは、フランスの思想家セベスチャン・シャンフォールの言葉です。

もちろんプライドが高すぎれば社交性に欠けるでしょうが、
一般には、互いのプライドを尊重し合うことで、
しなやかな有機的な社会が生まれるのだと思います。

(中略)

恋をすると脳の処理能力が上がる!?

恋愛の魔力――「愛さえあれば何でもできる」などとは、
私もこの歳になっては気恥ずかしくて口にするのも勇気がいります。
ただ、10代後半の若者にとっては、きっと疑いようもない真理なのでしょう。

街で耳に聴こえるヒットソングも、よくよく歌詞を聞けば、
思わず赤面してしまうような、迷いのない愛の言葉に溢れています。
そんな恋の歌に若者たちは酔いしれます。

それにしても「愛の力」とは一体何なのでしょうか。

『三省堂国語辞典』には、「恋愛」の定義として、
一番に「損得抜きで相手に尽くそうとする気持ち」とあります。

つまり、愛の力は対人的だということなのでしょう。
計算抜きで相手に尽くす勇気を与えてくれるパワー。
特定の異性に対して「すべてを犠牲にしても後悔しない」という熱い思い。
それが愛の力というわけです。

私の乏しい恋愛経験からいっても、これは確かに納得できます。
恋愛は盲目性を生み、この盲目性が原動力となって、
普段ならば思いもよらない行動を取ることさえあります。

そんな「意外な勇気(あるには無謀)」を与えてくれるのです。

ところが最近の脳研究から、
「愛」はもっと異なった能力も
同時に私たちにもたらしてくれることが明らかになっています。

恋をすると、脳の処理能力も上昇するのです。

これを示したのは、
カリフォルニア大学サンタバーバラ校の心理学者グラフトン博士らです。
グラフトン博士らの行った実験はシンブルです。
20歳前後の女性36名に、
画面に表示された単語が英語かどうかを見分けてもらうというものです。
といっても、単語の表示時間は1000分の26秒という一瞬。
これはサブリミナル刺激のレベルで、
本人には何も表示されたようには感じられません。
そこで、いつ単語が表示されるかは、合図によって知らせておきます。
そして、合図が示されたらできるだけ速く、
それが英語だったかどうかを判断し、手
元のボタンで報告してもらいます。

もちろん意識に上がらない刺激ですので正答率は高くありません。
しかし、「判断するまでの時間」を測定すると、
「愛の力」の面白い側面が見えてきます。

この実験では、グラフトン博士らは、
単語を表示する直前(0.15秒前)に、
その女性が恋をしている男性の名前を
1000秒の26秒だけ表示してみせたのです。
やはり一瞬なので、
恋人の名前が表示されたことには気づきません。

にもかかわらず、恋人の名前が出たときには
単語判断に要する時間が0.03秒ほど速くなったのです。
わずかな時間のように思えますが、これは統計学的には有意な差です。

ちなみに、友人の名前を使った場合には効果がなかったといいますから、
反応速度の上昇は、恋人だけが持つ特別な力だということになります。

興味深いことに、恋人の名前が画面にサブリミナル表示されると
「紡錘状回」や「角回」といった大脳皮質領域に加えて、
やる気やモチベーションに関わる脳深部が活性化します。

愛情が強いほど強く活性化しました。
どうやら「恋愛」は計り知れないパワーを秘めているようです。

こう考えると、恋人たちがお互いの写真を
携帯電話の待ち受け画面や財布に忍ばせているというお約束の行為も、
それなりに意味のあることなのかもしれません。

フランスの小説家プレヴォ・アベは、
「恋の力は、身をもって恋を経験しているときでなければ理解できない」
と言います。

「恋愛の魔力」を忘れかけているということは、
それだけ老けたということなのでしょうか。

気をつけなくては。

(中略)

コミュニケーションの最強の武器とは

We shall never know all the good that a simple smile can do
単なる笑顔であっても想像できないほどの可能性があるのよ(著者訳)

これはマザー・テレサの言葉です。

笑顔の効果は古くから心理学的に調べられています。

楽しい感情には、問題解決を容易にしたり、記憶力を高めたり、
集中力を高めたりする効果があることが報告されています。

笑う門には福来る――笑顔を積極的に利用することは、
よりよい生き方に繋がりそうです。

笑顔の効果として、まず社会的影響が強いことが挙げられます。
「笑顔を見るのは心地よい」のは共通した心理でしょう。
楽しそうに笑っている人を見るのは、
よほど偏屈な気分でないかぎり、嫌な気にはならないものです。

そしてもう一つ。笑顔は感染します。
こんな奇妙な実験が行われています。
平生からあまり笑わない、
どちらかといえば仏頂面で近寄りがたいタイプの人を
笑わせるにはどうしたらよいのかという実験です。

どんなに冴えたギャグでも100%の確率で笑わせることはできません。
かえって不機嫌にさせてしまうこともあるでしょう。

こんなときは隣に座って、
ただ根拠もなくケラケラと笑い続けるというのが、
もっとも確実な方法です。

「怒れる拳、笑顔に当たらず」という諺があります。
怒って拳を振り上げても、相手が笑っていると殴れない、という意味です。
これこそが笑顔の力。

笑顔はコミュニケーションにおける最強の武器です。

(中略)

脳科学にみる「気合い」「根性」の有用性

ところで、近年の合理化や効率化が冷徹なまでに押し進められた結果、
「気合い」や「根性」といった精神論は
古くさい大和魂として軽視されつつあります。

逆に、対費用効果の高いスマートな勝利法こそが
美しいスタイルとして賞賛されます。

そんな中、最先端の脳科学では、
むしろ、精神論の重要性が再燃しています。

中でもサブリミナル映像を使った実験が面白いので紹介しましょう。
ここでいうサブリミナル映像とは、
動画の一コマに文字や写真を入れ込むという映像テクニックです。

やった実験はきわめて簡単。
目の前のモニターに「握れ」と表示が出たら、
手元のグリップを軽く握るという実験です。

そして、時々、「握れ」の合図の前に、
サブリミナル映像で「ガンバレ」「ナイス」などと
ポジティブな単語を一瞬だけ表示するのです。
あまりに一瞬ですので、どんな文字が出たのかはわかりません。

ところが、握る力が二倍に上昇しました。

励ましとは関係のない文字を表示しても効果はありませんでした。

つまり、応援は本当に効果があるというわけです。

しかも、かりに励ましが意識に上らなくても、
励まされれば確かにやる気が出るのです。

もちろん、「やる気があれば何でもできる」
と言ってしまってはあまりに楽天的すぎますが、
ポジティブな心構えが重要であることは、古くから言われていることです。

それが、科学的にも証明されつつあることは興味深いことです。

(中略)

「老ける」とは夢を持てなくなること?

想像力のメカニズムに関して面白い事実は、
記憶を司る脳部位「海馬」が関係していることです。

ハーバード大学のアディアス博士らは、
未来を“活き活き”と想像する時に
右脳半球の海馬が活動することを報告しています。

また、ロンドン大学のマグワイア博士らは、
海馬に障害がある患者は
未来を鮮明に思い描くことができないことを報告しています。

海馬が関与するとなると、やはり気になるのが老化です。
認知症でとりわけ障害を受けているのが海馬です。

海馬が衰えると、鮮やかに未来像を描くことができません。

ひょっとしたら、脳が「老ける」とは
“夢を持てなくなること”
と似ているのかもしれません。

たしかに夢に目を輝かせている人はいつまでも若々しいものです。

夢を持つことの大切さ――最後の脳研究成果を眺めてみると、
そんなことが改めて新鮮に感じられます。

(中略)

何事も始めたら半分は終了!?

もっと考察を進めましょう。
脳には入力と出力があります。
いや、身体感覚(入力)と身体運動(出力)の二点こそが、
脳にとって外部接点のすべてです。
ですから、入力と出力はともに重要です。

しかし、入力と出力、あえてどちらが重要かと問われれば、
私は躊躇なく「出力」と答えます。

感覚ではなく、運動が重要ということです。

(中略)

似たような例はたくさんあります。
「眠いから寝る」という一見当たり前に思える行動も、
通常はまちがった表現です。

もちろん、寝不足だったり、酒や睡眠薬を飲んだりすれば、
「眠くなったから寝る」ことはありえます。

しかし、それはごく一部の状況でしょう。
毎晩どのように寝るか想像してください。
たいていは「就寝時間になったから寝る」のではないでしょうか。

あるいは「あら、もうこんな時間だ。明日も仕事だし」
と寝ることもあるかもしれません。

いずれのケースも、眠いから寝るのではなく、
むしろ眠くもないのに寝るわけです。

では、どう睡魔を呼び込むかといえば、身体を使うわけです。
寝室に入って、電気を消して、布団をかぶって、横になる。
すると自然に睡魔が訪れます。

身体をそれにふさわしい状況に置くから「眠くなる」わけです。

身体が先で眠気が後です。
就寝の姿勢(出力=行動)を作ることで、
それに見合った内面(感情や感覚)が形成されるわけです。

ときに会議中や授業中に眠くなるのも、
静かに座っている姿勢が休息の姿勢でもあるからだといえます。
あくまでも身体がトリガーです。

「やる気」も同様です。
やる気が出たからやるというより、
やり始めるとやる気が出るというケースが多くあります。

年末の大掃除などはよい例で、
乗り気がしないまま始めたかもしれませんが、
いざ作業を開始すると、次第に気分が乗ってきて、
部屋をすっかりきれいにしてしまった
という経験は誰にでもあるはずです。

「何事も始めた時点で、もう半分終わったようなもの」
とはよく言ったものです。

私たちの脳が「出力を重要視する」ように設計されている以上、
出力を心がけた生き方を、私は大切にしたいと思っています。
それがコオプトを基盤とする脳との自然な付き合い方だからです。

すでに述べたように、ローマの詩人ユウェナリスは
「健全なる精神は健全なる身体に宿る」
という名言を残しています。

この言葉が象徴するように、
昔の人は“身体を脳の上位においていた”にちがいありません。

ところが、後年にデカルトやフロイトなどのように
精神の重要性に気づく人が現れ(そして、精神を強調しすぎたがゆえに)、
現在では、脳を身体よりも上位においてしまう奇妙な錯覚に至ったのでしょう。

そんな今だからこそ、
心は身体から派生することを、
あえて念頭に入れておくことが大切だと私は思うのです。

人間の肉体は一つの大きな理性である    ニーチェ

2014年3月23日(日)

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早川勝
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早川勝メール【698号】「“ありのまま”の自分に気づく 素の自分に 戻り、肩の力を抜いて ホッとひと息つく」

2014-03-17

皆様

こんにちは。
ご縁があって名刺交換させていただいた方々へ
一斉配信しています。

一昨日、土曜日(3月15日)の日本経済新聞、
ご覧になりましたか?

すでにお気づきの方も多いと存じますが、
2面にデカデカと、
「死ぬ気で働くリーダーにだけ人はついてくる」
http://tsuitel.in/books/new_bo……index.html
最新刊の広告が掲載されました。

しかも、「死ぬ気でシリーズ」ということで、
前作「死ぬ気で働いたあとの世界を君は見たくないか」も、
http://tsuitel.in/books/book_l……index.html
2冊同時にドーンと天下の日経から宣伝していだたきました。
ホントに有り難いですね。
ツイてました!

やっぱり日経新聞の反響は凄いですよ!

おかげさまで、
掲載された当日はネット上の売り上げランキングも
各社ともに軒並み急上昇。

Amazonのリーダーシップ部門ランキングでも、
「第1位」に跳ね上がりました。
ライフネット生命の社長やスターバックスのCEOの書籍と並び、
上位にランクインしている様子は
とても現実とは思えません。

ありがとうございます。

そしてさらに、
日経新聞の1面に目をやると、
なんと業界の関連記事が出ているではありませんか!

いや〜、驚きました!

同日の新聞の裏表に掲載されるとは…、
何か因縁のような…、
運命的なものを感じましたね。
(広告と記事の写真はFacebookにアップしました!)
http://www.facebook.com/masaru.hayakawa2

ただし、
記事についての問い合わせを私にいただいても、
何もお答えできません。ノーコメントです(笑)
私はまったく関っておりませんので、
くれぐれも誤解のなきよう、宜しくお願いします。
(当たり前ですが…笑)

と、本日の前置きはこれくらいにして。
メインコンテンツに入ります。

本日も、新たに「572冊目」のオススメ書籍から
抜粋した「なるほど!」という一節をご紹介します。

前号のクイズに答えますね。

本日のテーマは、
【自分は自分】
です。

お役に立てれば幸いです。
↓↓↓
私の本よりためになる「お薦め書籍」シリーズ No.572
「“ありのまま”の自分に気づく」
素の自分に戻り、肩の力を抜いて ホッとひと息つく
小池龍之介 著
角川SSC新書

ここで、クイズを出したいと思います。

「他の人よりも、他の動物よりも、
自分のほうが大切、自分のほうが大事、
ないし自分のほうが価値あるというふうに
私たちが思っている理由はなんでしょうか?」

数秒間で構いませんので考えて、
答えを自分なりに出してみてほしいのですが、
皆さんいかがでしょうか?

答えは、

「自分が自分だから」

ただそれだけです。

ある意味、答えになっていないように思われるかもしれませんが、
実は、これが答えなんですね。

「自分が自分だから」という同語反復で、
何を言っているのだと聞こえるかもしれません。

でも、私たちは「自分が自分だから」という、
ただそれだけの、とっても不条理な理由で、
自分を優先しているのだと、私には思われます。

ここから、その解説をしてまいりましょう。
私たちの世界においては、
世の中というのは自分の眼球を通じてしか見えません。
他の人の目を通じて見えている世界は、認識できません。

私たちの世界は、自分の耳を通じてしか認識できません。
自分の耳に聞こえたことしか認識できません。

同じように、自分の鼻に匂ったことしか認識できませんし、
自分の舌に味わったものにしか認識できませんし、
自分の身体に触れたものにしか身体感覚として認識できません。

そして、自分の頭の中での思考しか認識できません。

それ以外のことは、
「他の人はたぶんこんな感覚なのだろうな」
「他の人はこのように考えているのだろうな」としか、
私たちの頭は感じることができません。

それゆえ結局、自分の中で起きている感覚しか私たちは認識できなくて、
私たちの脳は他者そのものが実際に何を感じているかには、
アクセスできないようになっているんですね。

(中略)

この認識というシステムがこの自分の身体においてしか起きない、
ということをひとつの条件として、
「自分というものは何よりも圧倒的に大事であり、
他のものはどうでもいいのだ」
ということになるのだと思われます。

ですから、すこぶる不条理なんです。
そんなたったそれだけのメチャクチャな理由で、
自分を優先しているのです。

別の言い方をすれば、
「自分が認識の中心である」
という認識論的な事実と、
「だから自分が大事な存在である」
という存在論的な錯覚をすり替える詐術がこっそり行われている、
と申すこともできそうです。

もし、自分一人だけがまるでイエス・キリストのごとく神様の子だとしたら、
そして、ものすごく心清らかな素晴らしい存在だとしたら、
もしかしたら、他の人より自分を優先する権利というようなものが
特別に得られるかもしれないですけれど……。

ところが、そういった特殊な理由はなく、
単に誰もが一般的に持っている理由、
単に「自分が認識するから、
自分の身体と心を通じてしか認識しないから、
この自分が大事」
という、かなりめちゃくちゃな理由を通して、
「私たちは自分が大好きなんだ」
と最優先してしいるのです。

私たちは何を認識するにしても、
「私にとって」
というメガネを通じてでしか認識できません。

自分にとって関係ない人とか、
関係者ない物とか、
関係ない情景というのを、認識できないのです。

(中略)

ということは「私にとって」というメガネを取ってしまうと、
好ましい存在だけでなく、嫌な存在も実在しない。
「好ましい」とか「嫌」というのは、
ありのままの世界には存在しない、
脳内でつくられる妄想なのです。

(中略)

自分が苦しみに対して
「嫌だなぁ」とか、
「嫌いな人からうっとうしいことを言われて腹が立つ」
とか思っているとする。

そこで、「怒っているのはよくないから止めよう」
というふうに力を加えるのでなくて、
「あっ、自分の心は怒っているらしい」
と、気づきを向ける。

もしくは、後でもう少し詳しくお伝えすることですが、
自分の心の中にある苦しみに対して
「あぁ、怒りが湧いているんだなあ」
「怒りさん、こんにちは」という程度に、
それを抑えようともせず、
怒りにのめり込むこともせずに、
ただ受けとめる。

受けとめて「ほ〜っ、そうなのか、自分は怒っているのだなぁ」
という感じの態度を取っているときこそ、
自分の心のことを一番深く理解することができて、
そうして受けとめられたときに、
怒りというのは和らいでいくのです。

怒りはダメなものだと退けると、
怒りを消すことはできます、一時的には。

ただし、それは癒えたわけではありません。
一定の条件下で何らかのことを他人からされると、
「無礼な!」とか、「生意気な!」
と思って怒る自分の心が、
治ったわけではないのです。

ただ、押しのけただけなのです。

「ああ、『失礼なことをされた』なんて怒っているせいで、
私は苦しくなっているんだなぁ」
と、ただ気づいてみる。

もしくは、怒っている背景に自分が傷ついているのがわかるなら、
「傷つきよ、こんにちは」「ハロー、傷つきよ」
というくらいに話しかけてやって、
その苦しんでいる感覚に対して気づきを向け、耳を傾けてやる。

そうすれば、そうやって気づきを向けられ、
「傷」の情報が脳にありのままに送信されることにより、
「傷」を癒す指令が出され、癒えてゆくのです。

そのためには、自分が傷ついていることを認めなければならず、
自らの弱さを知らねばなりません。

(中略)

無常であり苦であり無我である、
というありのままを私たちが認めようとしなければ、
私たちは相変わらず、「好む者」になったり「憎む者」になったり、
輪廻転生を繰り返します。

かくして、苦しみを増やす方向へと行き着き、
そして騙されることへと行き着くというふうに、
なかなか強い言葉でブッダダーサは述べていますね。

では、どう騙されているのでしょうか?
目の前の事実が、
「好き」「嫌い」という脳内幻覚へと変換されている以上、
それは現実ではなくひとつの詐術なのです。

騙されていない状態というのは中立的であり、
ありのままに、現実を「良い」とか「悪い」とか変形せずに
そのまま受けとめているということです。

けれども、私たちは、
現象そのものには「良い」も「悪い」もないということは無視して、
自分の心を通じてしかものを認識できません。

ゆえに、「私にとって好ましい」「私にとって好ましくない」という、
現実そのものには属していない属性を、
勝手に対象の中に付け加えてしまっています。

そして、その「付け加え」を「事実」だと思い込んでしまう。

たとえば、私がある服を見て
「あ、可愛いな」と思い、誰かにそれを伝えるときに、
ちょっと回りくどく言えば、
「この服は、自分は可愛いと思うよ」とか、
ちょっとふざけて言えば
「自分にとっては可愛いように見える服だよ」とか、
そういう言い方をするなら、正確な言葉づかいとなります。

あくまで、自分がそのように「良い」と歪めているだけ、
ということを自覚しているからです。

また、「ねぇねぇ、ここに自分にとって可愛いと見える服があるけどどうかな」
みたいに言ったりすることもあります。

ただ、通常は「ねぇねぇ、可愛い服があるよ」と言いますよね。
「ねぇねぇ、可愛い服があるけど、これどう?」と言う際に、
その服に対して「可愛い」という属性がくっついているかのように、
そのときは半ば思っているでしょう。

けれども、その「可愛い」というのは、
その際に、服そのものに宿っている属性なのではなくて、
あくまでもこの特定の文化の中に生きている、
特定の主観を持っているこの自分の脳の内で我がまま勝手に
「可愛い」という印象が生じていて、
その印象を服に対して付け加えているだけなのです。

ところが、これが「可愛いから良いものだ」
というふうに思い込んでしまうと、
事実は服そのものが、「良い」も「悪い」もなく、
物体としてあるだけのことなので、
その事実そのものから離れていってしまいます。

事実から離れていってしまうという意味で、
騙されていくことになるわけですね。

2014年3月17日(月)

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早川勝
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早川勝メール【697号】「話す力」を「お金」に変える習慣 話し方一 つで人生が変わる!

2014-03-09

皆様

こんにちは。
ご縁があって名刺交換させていただいた方々へ
一斉配信しています。

鎌倉・月読寺の小池龍之介住職の著書、
「“ありのまま”の自分に気づく」(角川SSC新書)
の中に次のような一節があります。

ここで、クイズを出したいと思います。

「他の人よりも、他の動物よりも、
自分のほうが大切、自分のほうが大事、
ないし自分のほうが価値あるというふうに
私たちが思っている理由はなんでしょうか?」

数秒間で構いませんので考えて、
答えを自分なりに出してみてほしいのですが、
皆さんいかがでしょうか?

答えは、


この抜粋文章の続きは、
次号のメインコンテンツの「お薦め書籍」コーナーにて
お伝えいたします。

数秒間といわず、一週間、
自分自身と「禅問答」してみましょう。

さて、話は変わりますが、
「自分が大切な早川」の最近の悩みは何かと言いますと、
“体重増”なんです。

おととし、決死のダイエットにて
なんと70キロ近かった体重を58キロまで落とし、
30年振りに学生時代の体型に戻った〜、
と喜んでいたのも束の間、
ここ最近は、私の体重は増減を繰り返しながら、
徐々に徐々にリバウンドしていき、
今では64〜65キロあたりをキープしている状態です。

先月、入社前の健康診断を受けたところ、
「中性脂肪」の数値に黄色ランプが!

これは人生初のことです。
ショックでした。

さらに最近は、
外に出てカロリーの高そうなランチを摂ったり、
スイーツを大量に食べたり、
飲む機会も増えて、夜中のラーメンも復活したり、
と、そんな生活に危機感を覚えています。

かといって、以前のように
ジムに通って運動する時間も気力もありません。

そこで、私は決めました。
徹底して「糖質制限」をすると。

炭水化物ダイエットです。

とりあえず、自分自身を洗脳するために、
「炭水化物が人類を滅ぼす」(夏井睦著 光文社新書)
という本も買いました。

ダイエットに成功したら、
いずれこのメルマガでも抜粋文を紹介しますね。

お楽しみに!

と、本日の前置きはこれくらいにして。

今週号のメインコンテンツに入ります。

本日も、新たに「571冊目」のオススメ書籍から
抜粋した「なるほど!」という一節をご紹介します。

今週は「かんき出版」つながりで
美人アドバイザーの西澤史子さんの著書をご紹介します。

エグゼクティブが実践している、
人とお金がついてくる話し方の共通点とはなんでしょうか?

本日のテーマは、
【断り方】
です。

お役に立てれば幸いです。
↓↓↓
私の本よりためになる「お薦め書籍」シリーズ No.571
『「話す力」を「お金」に変える習慣』
話し方一つで人生が変わる!
西澤史子 著
かんき出版

12 断り方で相手を不快にさせない

厳しい条件
定時間際の仕事の依頼
気乗りがしない飲み会への誘い

仕事でもプライベートでも、
本当は断りたいのに断りきれない、
「断る」ということに苦労している人が多いのではないでしょうか?

「断る」ことは「拒否」の意思表示となりますから、
それは相手に多少なりとも不安を抱かせたり、
不快をもたらすリアクションです。

しかし、エグゼクティブは
常に限られた時間を上手にマネジメントすることで
成果をあげています。

彼らは断ることで
仕事とプライベートのタイムマネジメントをしているのです。

安請け合いをすることで、
後でかえって相手に迷惑をかけたり、
不快な思いをさせてしまうこともあることを心得ているからです。

気持ちよく断ることは
半ば贈り物することである。
ブーテルヴェク(哲学者)

上手に断る二つの方法をお教えします。

一つ目は、
相手の誘いを予測して、
「事実」と「相談」を組み合わせて
防御線を張る方法です。

たとえば、今週末の金曜日は大切な恋人とのデートがあり、
飲みに誘われても応じられないという場合。

しかし、職場には金曜日になると、
けっこうな頻度で飲みに誘う上司がいます。

上司には嫌われたくないけど断りたい……。

そんなときは、ランチや休憩などのちょっとした雑談の際に、
「今日、実は彼女とデートなんですけど、
何かプレゼントをもっていきたいんですが、
どんなものがいいと思いますか?」

と相談をしながら、さりげなく
「今日は予定がある」
ということを伝えます。

「今日、彼女とデートなんですよ」
とだけ告げると、
先方は「それで?」と疑問に思うか、
勘が優れている人であれば、
「それって遠回しに予定あるから誘うなってこと?」
と気づきます。

あくまでも「事実+相談」の組み合わせにすることで、
「相談された」という自己承認欲求を満たし、
相手に不快な感情を抱かせずに防御線を張ることができます。

二つ目は、
「断り」と「提案」で代替案を提示する方法です。

「今日はどうしても外せない用事があるのですが、
明日か明後日はいかがですか?」
と、「断り+提案」にして返します。

そうすることで、
相手に断られたという感覚を少なくさせることができます。

また、「本当に残念ですが」「大変申し訳ないのですが」
という枕詞に気持ちを込めること。
それだけでも誠実さが伝わるものです。

断った後には、さらに
「先ほどはせっかくのご提案に対し、
ご要望に沿えず申し訳ありませんでした」
「次回は私からお誘いしますね」
などのフォローを忘れないようにしましょう。

この場合メールなどを上手に使って
「本当に行きたかったので残念です。
次回またお声かけいただけると嬉しいです!」
とフォローしてもいいでしょう。

本当は参加したかったのに
やむを得ず欠席したというような場合でも、
こうした断り方とフォローがあれば、
相手に不快感を抱かせずに再び声をかけてもらえるはずです。

次は本当に参加したいと思っているのに、
断り方が下手だと
「参加したくなさそうだったから、次は誘うのをやめよう」
「自分のことは嫌いなのかな」
と相手へ願わない印象を与えることにもなりかねませんから要注意です。

2014年3月9日(日)

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早川勝
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早川勝メール【696号】部下はあなたの覚悟を見ている 死ぬ気で働く リーダーにだけ人はついてくる 

2014-03-03

皆様

こんにちは。
ご縁があって名刺交換させていただいた方々へ
一斉配信しています。

3月1日付にて再就職先が決まりました。
本日より出社しております。
詳しくお知りになりたい方は、
「編集後記」にて、ご挨拶させていただきます。

さて、読者ファンの皆さま!
最新刊の「死ぬ気で働くリーダーにだけ人はついてくる」
http://amzn.to/1kWAkkK
発売後、わずか一週間で「重版」が決まりました!
ただ今、大増刷中でございます。

それにしても、
いきなり増刷とは…、驚きましたよ!

皆さんのおかげで、
早くも前作の売上を凌ぐ勢いです。

応援ありがとうございます。

実は、その新刊の発売に伴いまして、
書籍紹介のスペシャルサイトを追加し、
ホームページの一部もリニューアルしました。

一度、ご覧になってみてください。
なかなかステキな出来栄えですよ。

http://tsuitel.in/books/
(↑スマホからも開けるようになりました)

オフィシャルサイトも新バージョンに工事中!
すでにトップの看板は架け替えました。
ぜひ、こちらも、ご覧ください。

http://tsuitel.in

と、前置きはこれくらいにして。

メインコンテンツに入ります。

本日も、新たに「570冊目」のオススメ書籍から
抜粋した「なるほど!」という一節をご紹介します。

先週に引き続きまして、
私の最新刊から抜粋させてください。

今週も、いったいどのページをご紹介しようか
本当に迷いに迷いましたが、
(紹介は今回が最後です…続きは買って読んでください!笑)
ユニークかつ深いメッセージを2つ選んでみました。

先週同様、オリジナル原稿に“改行”の味付けを加え、
メルマガ風に読みやすいテイストに仕上げました。

メルマガ読者限定版の無料大公開ということで
出血サービスいたしましたので、
ぜひ、最後まで読んでみてください。

本日のテーマは、
【リーダーの責任】
です。

お役に立てれば幸いです。
↓↓↓
私の本よりためになる「お薦め書籍」シリーズ No.570
「死ぬ気で働くリーダーにだけ人はついてくる」
部下はあなたの覚悟を見ている
早川勝著
かんき出版

3  新商品はリーダーが真っ先に売ってみせろ

神風特攻を描いたベストセラー小説
『永遠のゼロ』(百田尚樹著、太田出版)など、
太平洋戦争が描かれた書物を読むとき、
一リーダーとして、つくづく思うことがある。

日本軍を敗戦に追い込んだ凄惨な戦いは、
あまりにも無謀な作戦が多かった。
どんなに不利な戦況でも、兵士に対しては作戦を敢行させるが、
ほとんどの指揮官は“後方待機”し、
自分自身は死ぬ恐れのない安全な作戦を立てている。

海戦で空母四隻を失った長官も、
稚拙な作戦を立案して三万人を餓死させた中将も、
愚かな突撃作戦で味方に大量の戦死者を招いた高級参謀も、
自分は安全地帯にいながら、数多くの兵士を前線で犠牲にした。

また、勝ち戦であったにもかかわらず、
先頭に立つ指揮官自らに危険が迫ってくると、
敵の反撃を恐れ退却し、
せっかくの勝機を逃してしまうことも少なくなかった。

それでも、彼らエリート将校は、
責任を問われることなく出世し続けた。

「お前たちだけを死なせはしない。自分も必ず後を追う」
と言っていた神風特攻作戦の指揮官にも、
後を追う者はほとんどいなかったという。

人を駒としてしか見ず、
無茶な命令を下した人がいる一方で、
祖国の家族を思い懸命に戦い、尊い命を犠牲にした兵士もいる。

そんな歴史に触れるたびに、
やるせない思いにかられる。

チームで成果を出すビジネスの世界も、
ある意味では戦場だ。

現代のビジネスにおける指揮官(リーダー)たちはどうだろうか。

戦場での弱気な指揮官と現代のリーダーとの姿がダブってしまうのは、
私だけではないはずだ。

プロジェクト失敗の責任を部下に擦りつけ、
一方的に左遷や降格をさせる後方待機型のリーダー。

業績低迷の戦犯をまつりあげては叱責・恫喝し、
部下を辞めさせていくだけの封建主義的なリーダー。

目先の結果と自分の評価だけのために、
無茶な命令をひたすら下し続ける無知無策なリーダー。

失敗の責任を取るのは、
いつも現場で働いている社員たちである。

後方待機で命令するだけなら誰でもできる。

戦争中ならともかく、現代のビジネスにおいて、
そんな卑怯者リーダーに従う部下はいないだろう。

気がついて“振り返ったら誰もいなかった”
ということが起きても不思議ではない。

後方待機はチームを潰す。
リーダーが安全地帯にいて、
真のマネジメントをすることはできない。

リーダーとしてチームを成功に導きたいのなら、
一日も早く安全地帯から抜け出し、
常にチームの先頭を突っ走ることだ。

幸いにも、職場では命を取られる心配はない。

すべてにおいて、リーダーはリスクを取り、
先頭に立ってほしい。

部下の失敗は極限までフォローする。
リーダー自身の失敗は潔く認める。
トラブルやクレームは、リーダー自身が矢面に立って対処する。
何が起こっても行動に移せる準備を、常に整えておく。
チームの低迷はリーダー自身が責任を取る。
リーダーが汚れ役に徹する覚悟を持つ。

私たちリーダーこそが「死ぬ気で」働かなかったら、
戦場で亡くなった兵士たちに申し訳ないではないか。

リーダーが先頭に立って、最前線で弾を受け、
蜂の巣になってほしい。
それでも、倒れない。
それでも、チームのメンバーを守り抜く
――そういうリーダーに部下はついてくるのである。

私はこれまで、新商品が発売されたら、
もはや営業マンではない支社長職であっても、
真っ先に売って見せた。

優秀な営業マンを街中でスカウトしようと会議で決めたとき、
まず私がはじめに街に出て、歩いているビジネスマンに次々と声をかけ、
最も多くの名刺を集めた。

販売マニュアルが一新されたら、
まず私が一番に習熟して見本を示した。
徹夜で猛練習し、
翌日の朝礼でチームメンバーへロールプレイを披露したこともあった。

社内の大掃除は、自らも雑巾を持って号令をかけ、
積極的に参加した。

チームメンバーの理不尽な処遇や表彰規定を改善してもらうために、
クビを覚悟で役員室に乗り込み、
辞表を片手に5時間もの交渉に臨んだときは大騒ぎになった。
そのときは、事実を知った50名以上の部下たちから
次々と役員のパソコンへメールが届いた。
その内容は「早川支社長を辞めさせないでください」
という嘆願のメッセージだった。
それを読んだ私は号泣した。
今でもその場面を思い出すと涙が流れてくる。

リーダーは、常に率先垂範で最前線に立つことである。

先頭に立つリーダーシップが組織に勇気と活力を生み出してくれる。
その真実はいつの時代になっても
“永遠に”変わらない。

 

 

37 リーダーが風邪をひくとチームも風邪をひく

風邪を引く原因は、100%メンタルである。

漢方の世界では、「風邪(ふうじゃ)」という邪気が、
背中の風門というツボから体内に進入する、
と言われているらしい。

つまり風邪を引くというのは、
文字通りあなたの邪念がウイルスを引き寄せているのだ。

“邪念”はウイルスの大好物だ。

「やる気がない」「目標を失う」「職務を怠ける」「失敗に落ち込む」
「人間関係で傷つく」「お金に困る」「異性問題に悩む」など、
弱っている心が邪気を引き寄せてしまうのである。

風邪をまったく引かないという人はいないだろう。
職場に流行しているウイルスが蔓延していれば、
誰だって感染するリスクを抱えている。

しかし、感染しやすい人と感染しにくい人がいるのも事実だ。

であるならば、チーム内への感染をいかにして予防していくのか、
メンタルヘルスの管理はリーダーの大切な仕事の一つになる。

「誰でも風邪くらい引くのは当たり前」
などと安易に考えてはいけない。
部下が風邪で休んでいるのは、たまたまではない。

モチベーションの低下により免疫力が落ちたため、
ウイルスに感染したのだから、
部下のリタイア続出という緊急事態は、
リーダーの重大な責任なのだ。

心身ともに充実し「目標に向かってまっしぐら」の仕事人間にとっては、
風邪を引いてダウンしている暇はない。
毎日のワクワク感が免疫力を高めてくれるのだから。

とするならば、リーダーから部下に対して、
常に「正しい目的や目標」を与えておくことが、
何よりの予防ワクチンになるし、処方箋にもなる。

リーダーとは、目的・目標というワクチンを注射するドクターであり、
計画・行動を処方する薬剤師でもあるのだ。

率先垂範のリーダーは責任が重大だ。

リーダーが風邪を引いて大事な仕事に穴をあければ、
チームメンバーも「開店休業モード」になるのは必然だ。
士気は落ち、チームの業績にも大きな影響が出る。

リーダーが風邪を引くとチームも風邪を引くようにできている。
だから、リーダーは絶対に風邪を引いて休んではいけないのだ。

リーダー自身の健康管理こそがチームの最重要課題と位置づけてほしい。

日々ワクワク仕事をしている私の場合は、
風邪で熱を出すことはめったにない。

常に自分へ栄養と休養を考え、
サプリメントの補給も含めた3食の献立のバランス、
ジョギングなどの適度な運動、
十分な睡眠時間と休日の確保など、
完璧な健康管理を実行している。
手洗いやうがいは決して欠かさないし、
ジェル状の消毒用アルコールを持ち歩き細菌から身を守っている。

しかし、そんな私でさえも、
一年間の仕事が終わった年末休暇中に気が抜けたりすると、
発熱や下痢が襲ってくることがある。
やはり、数年に一度は、邪念を大掃除する
「カラダの断捨離」が必要なのかもしれない。

「断捨離」はチームに迷惑をかけない休暇中の
メンテナンスにとどめたいものだ。

ときどき自虐ネタのように、
どれだけ自分が不摂生しているかということを
自慢しているリーダーたちがいる。

「俺なんかさあ、飲み会続きで、昨日は3時間しか寝てないんだよ。
その前の日は、2時間だけ。もう死にそう」

「俺なんかさあ、毎日のように暴飲暴食が続いててさ、
1週間で5キロも太っちゃったよ。もうメタボが止まらない」

恥知らずなリーダーもいいところだ。

健康管理ができていないことを自慢しているとは、
あまりにも自覚がなさすぎる。

このような自己管理の欠如もまた、
元を正せば、「メンタルの弱さ」なのである。

2014年3月3日(月)

【編集後記】

2週に渡りまして、
拙著「死ぬ気で働くリーダーにだけ人はついてくる」を
ご紹介させていただきました。

いかがでしたでしょうか?

ぜひ、この続きは本の中身を読んでくださいませ。
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さて、ここで、
私の次のステージにつきまして、
ご報告申し上げます。

いろいろとご心配をおかけ致しましたが、
3月1日付にて
「カタカナ生保」に入社することとなりました。

おかげさまで、
ふたたび保険業界に戻ってくることができました。

次のミッションを果たし、新たな伝説を創るため、
営業本部長として「死ぬ気で」働きます。

お世話になっている関係各位の皆様方におかれましては、
また改めて個別にご報告をさせていただきます。

今後もご指導ご鞭撻のほど、宜しくお願い申し上げます。

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