7月, 2013年

早川勝メール【665号】すべては今のためにあったこと 「いいふうに 」生きよう。

2013-07-21

皆様
こんにちは。
ご縁があって名刺交換させていただいた方々へ一斉配信しています。

先週、たまたまNHKの情報番組を見ていたら、
最近、お決まりの「猛暑」のニュースが注意を呼びかけていて…。

「ああ、もう熱中症の話題は、
わかったから、もういいよ」
と思っていたところ、

その番組から「冷房」についての耳よりな情報が流れてきて…、

私は「なるほど!」と、
膝を叩いてしまいました。

知っている人はすでに知っている常識なのかもしれませんが、
私はやっと大きな「勘違い」に気づきました。

それはどんな話かと言いますと、

やはり、いくら猛暑とはいえ、
部屋の「冷え過ぎ」には注意したいですし、
「節電」にも心がけなければいけませんよね。

そうすると、普通の人は、
冷房の風速を「強」ではなく、
「弱」や「静」に設定してしまいがちです。

しかし、
実はですねぇ、
意外や意外。

逆に、「弱」よりも「強」にしたほうが、
部屋は冷え過ぎないらしいのです。

弱風だと、部屋全体に風が行き渡らず、
冷気が下へ下へと滞留してしまうからなんだとか。

さらにさらに、
「弱」よりも「強」に設定したほうが、
電気代も安くすむらしいのです。

「強」のほうが、部屋全体に風が循環して行き渡るので、
「弱」よりも節電になるんだとか。

いや〜、
意外ですよね。

中途半端なことが嫌いな私は常に「強」派でしたから。
ちょっと嬉しくなってしまいました。
私は正しかった!
「私は勝った!」と思わずガッツポーズ!(笑)

そう、
気持ちはいつも「最強」ですから!

やっぱり、人生も同じで、
中途半端な「弱」では、ダメですね。
常に「強」な生き方でいかないと!

ちんたらやってないで、一気にドーンと!
強烈に動いていったほうが、
「モチベーション」も「エネルギー」も、
無駄なくほどよく調整されて、
「心地よい温度」で暮らせるような気がします。

言われてみれば、
山道や階段だって、ちんたら登っているよりも、
一気に駆け登ったほうが、むしろ疲れません。

整理整頓ものんびりやっているより、
一気に片付けてしまったほうが、やる気がアップします。

皆さん!
この夏の「生き方」スイッチは、
「弱」よりも「強」でイキましょう!

えっ?
なんですって??

「そんなお前が、暑苦しいよっ!」
ですって??

はい、ごもっとも(笑)

失礼しました…(#^.^#)

暑中お見舞い申し上げます。

と、前置きはこれくらいにして、

本日は、新たに「540冊目」のオススメ書籍から
抜粋した「なるほど!」という一節をご紹介します。

本日のテーマは
【喜ばせる喜び】
です。

お役に立てれば幸いです。
↓↓↓
私の本よりためになる「お薦め書籍」シリーズ No.540
『すべては今のためにあったこと』
「いいふうに」生きよう。
40万人が涙した伊勢の父 初の著作
中山靖雄著  
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[やさしい誤解]

新入社員の方々にお話をさせていただく時にはいつも、
「初任給だけは、親のために使おうね」
と、そんな話をしています。

これは、信用金庫に勤めているみどりさんという女性が、
初任給をもらった時のお話です。

初任給は、お父さんとお母さんに
ホテルで晩ご飯をごちそうすることにしました。

食事をするホテルで、両親を待っていると、
セメント工場で働いていていつもは作業服姿のお父さんが、
初めてブレザーを着てきてくれました。

嬉しい気持ちで座席について、メニューを見せながら
「お父さん、今日は、初任給でごちそうするんだから、好きなものを食べてね」
と言うと、
「晩ご飯一回くらいじゃ、十八年分は取り返せないからな」
と言うのだそうです。

初任給でごちそうするというのに、
そんないじわるなこと言うなんてひどい、
と若いお嬢さんにはお父さんの言葉を受け流すことができない。

できれば今すぐ帰りたいけど、
せっかくだから我慢して食べるだけ食べて帰ろう、
となんとか思い直したのだそうです。

最初にビールが出てくると、
お父さんはみどりさんに
「お前、ビールくらい注いでくれないのか」
と言いました。

みどりさんはビールを注ぐのにも腹が立って、
コップにあふれるほどついでやれと、憎らしく思った時に、
コップを持っているお父さんの手がふと目に入りました。

それは手の筋目にセメントの砂がめり込んだ荒くれだった手でした。

綺麗に洗っても、それでも落とせないセメントの
染み込んだ父のその手を見た瞬間、
「しかたがない親父だな」
という思いでいっぱいだったけれど、
ふっとお父さんの話が素直に聞けるようになりました。

そして、食事を済ませて家に帰ってきました。
お風呂に入ろうとお父さんとお母さんがいる居間の前を通ったら、
お母さんが一生懸命お父さんに、
「お父さん、今日はおいしかったね」
と何度も言っているのが聞こえてきます。

お母さんからしてみれば、
お父さんからみどりさんに
「ありがとう」と言わせたいのです。

すると、「わかったような口聞くな」
とお父さんが言いました。

本当にしょうがないお父さんだな、
とみどりさんがあきれていると、
お母さんが言い返しました。

「だって、そうでしょう。
おいしかったって一言でも言ってやれば、
あの子もせいがあったのに。
何よ!食事中もずっと腕組んで天井向いて、
何が面白いんだ、って顔して、そんな態度ってないでしょう」

「何も知らんとわかったようなこと言うな。
男の気持ちなんかわからんやろ!」

と喧嘩が始まった。

これは、大変なことになるなとハラハラしていると、
お父さんがこう言ったのです。

「腕を組んで、天井を向いていたのは、
下を向いたら、涙が落ちてしまうからじゃないか。
お前らに、男の気持ちがわかるか。バカが」

そう言ったあと、
ぽつんとお父さんが、
「俺も、今までにあんなおいしいご飯食べたことなかったな」
と言ったのだそうです。

それを聞いて、みどりさんはもうたまらなくなって、
自分の部屋に戻って布団をかぶって泣きました、

と私に話してくれました。

私たちは、最初のみどりさんのように、
起こった出来事や、言葉を自分なりの受け取り方をすることで、
知らず知らずの誤解をしながら生きていることも多いと思うのです。

でも、こんなふうに、何かちょっとしたきっかけで
本当の思いや、言葉が伝わった時、
その時に起きた誤解が溶けて、それが大きな風になって、
みんなが優しくなれることがある。

誤解があったからこそ、
もっと深くお互いを理解させることもあります。

これも天が与えてくれたかけがえのない出来事なのです。

(中略)

[日本の中の私]

東日本大震災の時に、天皇陛下が被災地の方に
「助かってくださってありがとうございます」
とおっしゃいました。

「助かって良かったですね」
ではないのです。

このように、「私」と「あなた」の区別がない世界を生きていたのが日本です。

川端康成さんがノーベル賞を受賞した講演の際の演題は、
『美しい日本と私』だったといいます。
しかし、途中でそうではなかったと思い直し、
『美しい日本の私』に変更したそうです。

私たちは、向かい合っているのではなくて、
お互いが自分の中に存在している。

つまり、「私の中のあなた、あなたの中の私」
という感覚で生きてきたのですね。

「日本を変える」「世の中を変える」と、相手を設定して作り出し、
自分が変えるべき問題として向き合うとやる気になるし、
力も出やすいと思います。

しかし、日本と向き合うのではなく、
自分が日本なのだと思う。
これが大事なのです。

「日本を変える」としたとたん、
「日本と私」と別物になってしまいます。

自分が日本だと思って生きていく。
そのほうが本当に深くて難しいことなのです。

(中略)

人様が幸せになってくれたら自分は嬉しいという思いは、
自己犠牲ではなく、「喜び」が根幹を成しているのです。

ここが大切なのですが、
根っこに喜びがないと、永遠には栄えることができません。

なぜなら、喜んで生きてほしいというのが天の願いだからです。

みんなそれぞれ自分のままで、自分どおりの役割があります。
役割は違っても、みたまの値打ちはみんな一緒で、
天から見たらみな大切なわが子です。

だから「今しかない、ここしかない、今こそすべてなのだ」
と喜んで生きてほしい。

そのことを教えるために、
天はいろいろなことを起こしているのです。

「喜べば、喜びごとが、喜んで、喜び集めて、喜びにくる」

という言葉どおり、
天を知り、喜んで生きる時、
喜び上手のところに喜びごとは集まってきます。

2013年7月21日(日)

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早川勝

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早川勝メール【664号】覚悟の生き方 時代のすべての異端児たちへ  不安と生きるか。理想に死ぬか。

2013-07-14

皆様

暑中お見舞い申し上げます。

ご縁があって名刺交換させていただいた方々へ一斉配信しています。

猛暑の中、日本列島を西へ東へ、南へ北へ…と奔走していたため、
2週間振りの配信となってしまいました。

その間、いろんな出来事がありました。

先々週の移動中のこと。

名古屋から福岡へ飛んだのですが、
私を乗せた飛行機が空港でアクシデントに見舞われまして…。

福岡空港にて一旦は着陸態勢に入っていたはずの機体が、
なぜか、ふたたびぐんぐんと急上昇をしはじめ…。

街並みがすぐ近くに見えるほど、もう着陸寸前だっただけに、
「あれっ、おかしいなぁ…」
と首をひねっていると、

機体は上空を旋回しはじめました。

機内には緊迫した空気が漂いはじめ…。

するとCAさんから、

「着陸態勢に入りましたが、機体はふたたび上昇しています。
詳しいことは後ほどご案内いたします」

というアナウンスが…。

「おいおい、その伝え方じゃ、
ますます不安になるじゃないか…。
詳しい事情をちゃんと説明してくれ〜」

と思った乗客は私だけじゃないはずです。

最近、私のセミナーや研修などで
飛行機が墜落する例え話ばかりして、
「大切な人へ遺書を書こう」
と何十回も口に出してきたので、
ついに「言霊」が現実になってしまったかと…、
一瞬、覚悟を決めましたよ…。

実際、つい先日も、
アシアナ航空機が着陸に失敗するという悲惨な事故が起こったばかり。
(被害に遭われた乗客の方々やご遺族には、
心からお悔やみとお見舞いを申し上げます)

あまりにもリアル過ぎます。

こういうときはやっぱり、
乗客が安心できるようなアナウンスをしてほしいですよね。

しばらくして、
離陸できなかった飛行機が滑走路を塞いでいたために着陸できなかった
というアナウンスが流れました。

まあ、なにはともあれ、
結局は、なんとか再チャレンジで無事着陸に成功…。

「ああ、生きているって素晴らしいなぁ」、
と改めて実感し、
生かされていることに「感謝」しつつ、
「とんこつラーメン」を完食した博多の夜となりました。

と、前置きはこれくらいにして、

本日は、新たに「539冊目」のオススメ書籍から
抜粋した「なるほど!」という一節をご紹介します。

本日のテーマは
【後悔しない生き方】
です。

お役に立てれば幸いです。
↓↓↓
私の本よりためになる「お薦め書籍」シリーズ No.539
「時代のすべての異端児たちへ 覚悟の生き方」
 不安と生きるか。理想に死ぬか。
幕末の天才思想家、胸に迫るその熱い言葉
超訳 吉田松陰  
編訳 池田貴将  
サンクチュアリ出版     
 

かつて吉田松陰ほど型破りな日本人はいただろうか。

時代は、鎖国のまっただなか。

(中略)

日本にも転機がやってくる。
一八五三年、ペリーが黒船を連れてやってきたときのことである。

(中略)

松陰の頭の切り替えは早かった。

いくら敵意を燃やしたって、
日本を守ることはできないのだから、
むしろ外国のやり方を学んだほうがいい。

発想を逆にしてしまったのだ。

鎖国である。
海外渡航などすれば、もちろん死刑である。

だが松陰はそんなことは気にしない。

翌年、再び黒船がやってくると、
「日本にとって今何が一番大事なのか」
を明らかにし、すぐさま思い切った行動に出た。

松陰はこう言い残している。

今ここで海を渡ることが禁じられているのは、
たかだか江戸の二五〇年の常識に過ぎない。
今回の事件は、日本の今後三〇〇〇年の歴史にかかわることだ。
くだらない常識に縛られ、
日本が沈むのを傍観することは我慢ならなかった。

(中略)

密航で捕まった後の松陰は、
江戸から故郷の長州藩(山口県)萩へ送られた。

(中略)

仮釈放されると、松下村という小さな村で塾をはじめることになる。
これが後に伝説となったかの「松下村塾」である。

(中略)

そんな松下村塾が、
かの高杉晋作や伊藤博文(初代総理)をはじめとして、
品川弥二郎(内務大臣)、山縣有明(第三代/第九代総理)、
山田顕義(國學院大學と日本大学の創設者)を送り出した。

結果的には、総理大臣二名、国務大臣七名、大学の創設者二名、
というとんでもない数のエリートが、「松下村塾出身」となった。

こんな塾は世界でも類を見ない。

松陰はなぜこんな教育ができたのだろうか。

松陰は
「いかに生きるかという志さえ立たせることができれば、
人生そのものが学問に変わり、
あとは生徒が勝手に学んでくれる」
と信じていた。

だから一人ひとりを弟子ではなく友人として扱い、
お互いの目標について同じ目線で真剣に語り合い、
入塾を希望する少年たちには、
「教える、というようなことはできませんが、ともに勉強しましょう」
と話したという。

教育は、知識だけを伝えても意味はない。

教える者の生き方が、
学ぶ者を感化して、はじめてその成果が得られる。

そんな松陰の姿勢が、日本を変える人材を生んだ。

松陰はただの教育者では終わらない。

(中略)

松陰は捕まり、
かの「安政の大獄」の犠牲者になった。

吉田松陰はこうして三〇歳でその生涯を閉じる。

若すぎる死。

一方で、松陰の志は生き続けた。

松下村塾の弟子たち、そしてその意志を継いだ志士たちが、
史上最大の改革である明治維新をおこし、
今にいたる豊かな近代国家を創り上げたのだ。

英雄たちを感化した、松陰の教えはシンプルで力強い。

学者でありながら、てらいや見栄、観念的なことをとことん嫌ったからだろう。

逆境にあるときほど、そんな思想が大きな力になることもある。

本当に後悔しない生き方とは一体なにか。

(中略)

018
死ぬ気とは何か

「死ぬ気でやる」
口にするのは簡単ですが、意味はとても深いです。

この言葉の意味を、人生の中で何度も反芻しているうちに、
「我慢するべき時」と「勇気を出してやるべき時」
「動くべきではない時」と「すぐに動くべき時」

この違いがだんだんわかってくることでしょう。

035
恥ずかしいこと

凡人はまわりから浮いていることを恥じ、
賢人は細かいことを気にする自分を恥じます。

凡人は外見が地味であることを恥じ、
賢人は中身が伴っていないことを恥じます。

凡人は自分の評価が低いことを恥じ、
賢人は自分の才能が使いきれていないことを恥じます。

本当の恥を知らない人が私は苦手です。

045
「他人事」の空気に呑まれない

「これからどうなっていくんだろう?」
そういう主体性のない言い方をする人とは、
かかわりあう価値がありません。
自分たちの運命を、
まるで世間話かなにかと勘違いしているようですから。

「自分にできることはなんだろう?」
自分が属しているものはすべて、
自分自身の問題として向き合うべきです。

ただ、むやみに「他人事のように語ってはだめだ」
と非難するのはやめましょう。
それも世間話をしているのと、あまり変わりませんから。

049
人物

私が尊敬するのはその人の
能力ではなく、生き方であって、
知識ではなく、行動なんです。

052
いつでも死ねる生き方

あなたはあなた。
私は私です。

他人にはなんとでも言わせておきましょう。

私はできることなら、
権力に屈したり、お金に心を動かされたりせず、
ただ、あなたたちと一緒に一つのことをきわめながら、
そのすばらしい技術と真心をもって、
士として恥ずかしくないよう、生き抜きたいと思います。

それさえ実現できるなら、
いつ命を落とすことになっても、いっこうにかまいません。

「そんなの現実的に無理だ」とあなたが言うのなら
「無理ではなく、まだ実現していないだけだ」
と私は答えましょう。

私の考え方に反対でしょうか。賛成でしょうか。

095
空は見ている

できることは本当にちっぽけなことかもしれませんが、
どうしても新しい歴史の一端を担いたいのです。

この燃えるような熱い気持ちを、
たとえ一人もわかってくれなかったとしても、
この空だけはしっかり見てくれていると信じて、進みます。

169
命の重さ

士の命は、山よりも重い。
ときには、羽根よりも軽い。

私が言いたいのは、死は問題じゃないということです。

なんのためにその命を使っているか
ただそれだけが問題なんです。

173
大切な人のために今日できること

今日という日は二度ときません。
死ねば、再びこの世に生まれることはありません。

だから大切な人を喜ばせるために、
少しの時間も無駄にしちゃいけないんです。

2013年7月14日(日)

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早川勝

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