7月, 2011年

早川勝メール【579号】あなたの話はなぜ「通じない」のか

2011-07-30

皆様
こんにちは。

ご縁があって名刺交換させていただきました1,523名の方々へ一斉配信しています。

先週、配信いたしました衝撃的な「悪魔Bとの直接対決」、
大きな反響をいただきありがとうございました。

「大変興味深く読みました」
「話に引き込まれ凄く面白かった」
「早川さん、すごいことしますね」
「続きが待ちきれませんでした」
というようなお褒めの言葉の数々、励みになります。

さらに数名の方から、
「どうやって大昔の同級生の連絡先をつきとめたの?」
と聞かれましたので、
本日はその疑問にお答えしましょう。

まず、航空地図で厚木市旭町付近を探してみました。
「たしか、このへんだったよなぁ」と、
一軒一軒追って見ていくと…、
4丁目に見つけました。Bという名字の家を発見!
今でもちゃんと当時の実家が残っていたのです。
そして、NTT104の案内で電話番号を調べて、実家に電話をかけてみました。
するとその電話には、Bのお母さんらしき人が出てくれました。
最初は「オレオレ詐欺」じゃないかと怪しんでいたようでしたが、
「中学校の同窓会の連絡です」と説明して、
私の携帯番号をB本人へ伝えてもらえるようお願いしました。
そうしたら、2日後に電話がかかってきたんですよ、Bから…。

私は電話でBにこう言いました。

「まあ、同窓会と言っても、二人だけの同窓会なんだけどね!」と(笑)

ははっ、
悪魔Bの話題はもうやめましょう。

それはそうと、
ここんところ、私の生い立ち系の話題が続いていますねぇ。
なんだか自分のことばっかりで恐縮です。

でも本日もこのままの勢いで、
高校〜大学のときの話を付け加えておきますね。

実は私、17歳から21歳の誕生日までの間、
毎日毎日、一日もかかさず、大学ノートに日記をつけていました。
今でいうところの「ブログ」ですね(笑)
まだパソコンが普及していない30年前、
すでに私は「1460日連続更新」の記録を持っていたんです。

毎日、学校が楽しくて楽しくて、
「青春の自己改革」に成功したバラ色の人生が、その日記に書き連ねられています。
今では、私の財産です。

あなたは、30年前の今日、7月30日に何をしていたか具体的に言えますか?
または、18歳のときの7月30日に何が起こったか詳細に覚えていますか?

そんなこと、普通の人はわかりませんよね。
でも、日記を保存している私は、事細かに語ることができます。

ちなみに、
私が30年前の今日、何をしていたか?

その「日記」によれば…、

大学1年生だった私は、
町田の大丸ビアガーデンにて呼び込みとホール係のアルバイトをしていました。
さらにその日は、バイト終了後、私が密かに思いを寄せていたチケット売り場の一歳年上の女子大生に「愛の告白」をしています。
日記を確認しながら、自分でも「おお〜、なんと、そんなことが…」という、お恥ずかしい展開です。

えっ?!
告白の結果?ですか?

う〜ん、実はイイところまでいったんですけどねぇ。
三角関係がもつれにもつれて、最後には現彼氏の「慶応ボーイ」が出てきて修羅場になり、
結局、見事にフラれました(笑)

私の「思い」は、生ビールの泡のように(ビアガーデンの恋だけに…笑)一瞬で消えていきました。
「恋のチケット」は、売り切れていた(チケットの売り子さんだけに…笑)みたいです。

数日後、大丸ビアガーデンのチケット売り場には、別の女子大生が座っていました。
アントニオ猪木にそっくりの女の子だった、と日記には書いてあります。
私にとっては、まさにあの時の…「アントキの猪木」ですね(笑)

そう…です、いとしの彼女はバイトを辞めてしまったのです。
私にとっては、あまりにも新旧受付嬢のギャップが大き過ぎて、
一気に働く意欲を失ってしまいました。
「それまで一度に12個の大ジョッキを運べていたのに、
やる気がダウンして大ジョッキ8個しか持てなくなってしまった」、
と、日記には書いてありました(笑)

それ以上のことは日記に書いてありませんでしたが、
もしかすると、新しいチケット売り場の女子大生は、
失恋した私に対して、こう言って励ましてくれたかもしれません…、

「元気があれば、何でもできる!」と(笑)

切ない思い出ですが…、
今となっては、楽しかった青春の「1ページ」(日記だけに…笑)です。

…と、
前置きはこれくらいにして、
本日は、
「私の本よりためになるオススメ書籍シリーズ・全468冊」の中から
好評だったバックナンバーをお届けします。

本日のテーマは
【SkillよりもWill】です。

お役に立てれば幸いです。
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『あなたの話はなぜ「通じない」のか』
山田ズーニー著
筑摩書房

自分のことをまったく知らない人に、
自分をどう説明し、信頼してもらうか?

基礎はあとでお話しするとして、
いきなりこんな「離れ技」から見てほしい。

アルピニストの野口健さんが、一芸入試で、みごと合格をつかんだ技だ。

自分を何で証明するか?

亜細亜大学の一芸入試は、その名のとおり、自分の「一芸」を試験官にプレゼンテーションして選抜される。
学力入試はいっさいない。全国各地から、一芸に光る受験生がやってくる。

試験当日、会場に集まった輝かしい受験生たちが、順に一芸をアピールしていった。

「私は、インターハイで優勝しました! 」
「私は国際コンクールで入賞しました!」
という具合に、まばゆいばかりの経歴が、次々と披露される。

野口さんは、はじめ、びびった。
野口さんいわく、高校まで勉強で落ちこぼれ、不良のレッテルを貼られていた。
一芸入試も、学科試験がないという、なしくずしの理由で受けた。

停学をくらったときに「登山」に出会ったものの、このときまだ大きな山を2つ登っただけ。
登山家として誇れるような実績も腕もなかった。

「こんなすごい受験生の中で、自分の何をアピールしろというのか?」

コンテストでの受賞、試合での勝歴、免許とか、級とか段とか、IQとか、自分を客観的に証明するものがないとき、
どうやって自分のことを信じてもらえればいいのだろう?

野口さんは追いつめられた。

しかし、自分の番がくるまで、他の受験生の輝かしい一芸をさんざん聴かされているうちに、うんざりしてくる。

「これは自慢だな」

「過去」は確かにすごい。
でも、だからどうだというのだろう?受験生たちは、輝かしい過去を自慢しているだけだ。

自慢もえんえんと聞かされるとあきる。
「試験官は?」と見ると、やっぱり、自慢のオンパレードにあきている。

野口さんの番が来た!

野口さんは、視野を過去ではなく、「未来」に向けた。

入学後自分がどうなるかを書き出して伝えた。

1990年 8月 ヨーロッパ大陸 モンブラン登頂
1990年12月 アフリカ大陸 キリマンジャロ登頂
1992年 9月 オーストラリア大陸 コジアスコ登頂
1992年12月 南米 アコンカグア登頂
1993年 6月 北米 マッキンリー登頂
1994年12月 南極 ヴィンソンマッシーフ登頂
1996年 1月 ロシア エルブルース登頂
1997年 5月 アジア チョモランマ登頂

私を大学に入れてくれたらこうなります。

野口さんは7大陸の最高峰制覇を期限入りで予告した。

自慢できる経歴がないから、それしかしようがなかったというが、
他の受験生とまったくちがうプレゼンテーションに、試験官たちは、身をのりだした!

拍手喝采。

WILLとSKILL

野口さんは、見事合格した。

入学後、予告どおり、史上最年少で7大陸の最高峰を制覇した。

大学は、未知の若者を信頼して機会をひらき、若者は、信頼に応えて大学の名誉を上げた。

野口さんの話だと「自慢組」は落ちたそうだ。
試験管は、受験生たちの輝かしい「スキル」より、野口さんの「ウィル」に賭けた。

SKILL= 熟練、技量、腕

WILL = 意志

経験も実績も、それゆえまだ実力も、何一つ持たない若者が、
自分を「意志」で証明し、
輝かしい経歴の持ち主より人の心をつかんだ。
これは事実だ。

僕のWILLを買ってください!!!

これが、「僕の夢をきいてくれ」でなかったところがミソだ。

いかにでっかい夢を語ったとしても、
単なる夢物語ととられてしまったら、うさんくさがられるだけだ。

「ぼくの夢は、7大陸の最高峰ぜーんぶ登ることです」

「へぇー、すごいね」
で終わってしまう。

野口さんのプレゼンテーションには、夢とWILLを分けたポイントがある。

それは、「時間」を入れたことだ。

時間を入れるには、そこに絡むさまざまな事柄への判断が求められる。
期限を入れた以上、果たせなかったときも明らかだ。
だからこそ、時間を刻んだ野口さんのWILLは、潔く、説得力がある。

失敗のリスクをとるからこそ信頼されるのだ。

 

 

2011年7月30日(土)

 

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生きてるだけで「ツイてる!」

感謝感謝の「早川 勝」でした。
E-mail:hayakawa@tsuitel.in

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早川勝メール【578号】悪魔の正体とは… “タイムマシンの奇跡”

2011-07-24

皆様
こんにちは。

ご縁があって名刺交換させていただきました1,522名の方々へ一斉配信しています。

“To be continued.”から一週間、
大変お待たせいたしました〜!
先週号の続きです。

「早く続きが読みた〜い」というメールやご感想をたくさんいただきました。
ありがとうございます。

さーて、いよいよ、
悪魔Bとの直接対決、です。

34年前へ「バック・トゥ・ザ・フューチャー」、
私はタイムマシンを「1977年」の過去にセッティングしました。
時代は、ピンクレディー、キャンディーズ、山口百恵、全盛の頃、
その頃は松山千春の頭髪もフサフサのロングヘアーでしたし(笑)、
レコード大賞は沢田研二の「勝手にしやがれ」…でしたから、
その頃の私は悪魔に向かって「♪出ていってくれぇ〜〜♪あ〜あ〜♪♪」と、
切実な心境でその曲を聴いていました。
ちなみに、その時の新人賞は、
まだ一度も逮捕されていない時の清水健太郎(失恋レストラン)でした(笑)

ヤングな方には、かなり古過ぎますね…(笑)

そんな…時の流れを感じながら、
私を乗せた新宿発のタイムマシンは、
たった41分で34年前の過去まで私を運んでくれました。
爆睡状態のロマンスカーでは、まさに夢の中。

あっ、という間に「過去」に到着です。

待ち合わせは、小田急線本厚木駅の改札口。
私が生まれ育った地元です。

先に着いたのは私。

しばらくすると、真正面からBがこちらに向かって歩いてきました。
来る来る来る…、近づいて来る、
たしかに、34年前の悪魔・B本人です。
面影があってBだということはすぐにわかったのですが…、
私は唖然…、
ビックリしてしまいました。

その変わり果てた外見に…。

まあ、たしかに、34年振りですからねぇ、歳をとった風貌になっているのは当たり前なんですけど…。
いや〜、それにしても…、
驚きました。

まさに浦島太郎が玉手箱を開けた瞬間におじいちゃんに変身してしまったように、
彼の頭の毛はすっかりハゲあがってしまい、わずかに残された後頭部と側頭部の髪の毛は真っ白な白髪頭。
当時、ロン毛の前髪をかき上げていたBの印象は微塵も見られません。
暴力的で威勢のよかった姿は影をひそめ、
悪魔が悪魔に呪われて精気を吸い取られてしまったような…そんな不気味ささえ感じました。

中学時代のBというのは、いわゆる不良というカテゴリーではなく、
お勉強もスポーツもできて活発なタイプでしたから、
周囲から見たらいじめっ子どころか、「良い生徒」に見えていたに違いありません。
私自身の心理状態も、良い生徒から攻撃を受けている私は「ダメな生徒」である、という自己評価でした。
究極の「自己卑下」。
そこまで私の自尊心をズタズタに引き裂いた恐怖の悪魔…、
その悪魔からはすっかり攻撃的なエネルギーが失われ…衰えていたのです。

さあ、居酒屋に異動して、静かに二人の直接対決が始まります。

すでに、事前に電話とメールで情報交換は済んでいました。
最初の反応は意外にもスムーズで、
私が電話で伝えた趣旨に対して、Bはよく理解してくれましたし、
その後、メールでのやり取りの中で、
たったひと言だけでしたが、彼からの謝罪もありました。
「申し訳ありませんでした」と。

「あまりよく覚えてないけど、たぶん受験勉強でイライラしていたんだと思う」
というのが、彼の言い訳でした。

でも、覚えていない、というのは半分ウソでしょう。
覚えてないことにしておきたい、という気持ちになってしまうのも無理はありません。
本当はちゃんと覚えていたからこそ、Bはわざわざ私の誘いに乗って会いに来たのでしょう。
罪悪感がBを動かしたに違いありません。

私の記憶にあるのは、「恐怖感」だけです。
でも、当たり前かもしれませんが、今目の前にいるオッサンには何の恐怖も感じませんでした。
消え入るように覇気のない声でボソボソと話をしているこの人物は、
34年の時を経て、「悪魔」から、今度は害のない単なる「妖怪」に変身したんだ、と。
そんな摩訶不思議な感覚でした。

Bの近況を聞いてみると、
大学を卒業後、厚木市の郊外にある電機メーカーの子会社にて二十年以上も設計の仕事をしていたらしいのですが、
今は「従業員の不満や悩み事を聴いてあげる部門」に課長職のまま異動になったとのこと。
Bが部下からパワハラの相談を受けている、だなんて、
なんという皮肉でしょう(笑)

そのBは会社近くのアパートに一人暮らし。
5年前に離婚して、今では家族とまったく音信不通。
二人の子供は本来なら大学1年生と高校2年生のはずらしいのですが、
どこの学校に通っているのかさえも知らされることなく、会うことも許されていないのだとか。
家族との間に、何があったのかは聞けませんでしたが、
家族の話をしているときのBの寂しそうな横顔に、人間らしい孤独な一面を見ました。

もはや、私はBを許しているのだな、と実感しました。
不思議なほど、憎しみも恨みも感じることはありませんでした。

ただ、一つ思ったことは、
このたびの再会で救われたのは、私だけでなく「B」本人だったのではないか、
ということです。

なるほど、
そうですよね。

きっとBも罪悪感を背負って生きてきたに違いありません。
Bも苦しんできたからこそ、今回の私の呼びかけに応じたのでしょう。
おそらく、この再会で一番救われたのはBだったのではないでしょうか。
お互い直接に「謝罪」や「許し」の言葉を交わしたわけではありませんが、
ホッとした安堵感に救われたのは、実はBのほうだったのです。
過去と直面できたのですから…。

もっと早く、Bが過去の犯罪行為と直面し、自分で自分を許してあげることができていたなら、
Bはもっと違う人生……もっとイキイキとした幸せな人生を歩んでいたのではないかと思います。
もしかすると、愛する子供たちと離れて暮らすような事態には陥らなかったかもしれません。
こびりついた罪悪感が、愛する家族との間にも壁を作り、
正しいコミュニケーションをも奪ってしまったのです。
Bは自分が犯した不正行為によって「自分は悪人である」というメッセージをずっと心の底の底に抑圧してきました。
そしてついに、私と再会することで、
幸せにブレーキをかけてきた「邪悪な心」から解放されたのです。

白髪のおじいちゃんになってしまった浦島太郎は…、
結局、自分で虐待したカメに乗せられて現代にもどってきた、
というオチですね(笑えない…笑)。

罪悪感を抱えたBを私が救った、だなんて、
皮肉な結果になったものだ…と、
そんなことを考えながら、
私は再びタイムマシンに飛び乗り、現代に戻ってきた次第です。

34年前に帰ってチャルネルを変えた瞬間、
私の過去も未来もすべて劇的に変化しました。

直面する勇気。
私は決して「弱虫」なんかじゃなかったってことに気づきました。

さらに、今回のイジメ問題について、
実は、「私自身が私に対して行った不正行為」だったということにも気づきました。
「やめろよ」と言えず、直面できないまま自分自身をいけにえにし、
現実から逃げてしまったのですから。
それは私が私に対して犯罪行為を行ったことと同じだったんだな、
と、つくづく感じました。

自分自身をもっともっと大切にすべきでした。

ということは、
次に私が直面するのは、逆に私自身がしてしまった「不正行為」について、です。

皆さんもたくさんしてきましたよね。
悪いこと。

えっ?!
自分はそんなこと何もしていない、ですって?!

嘘はやめましょう。
ごまかさないでください。
あるはずですよ、よくよく思い出してみれば…。
アレ、ですよ、アレとアレとアレ。
思い出したくない、あの時のあの行為。
できれば、忘れたままにしておきたい、あの出来事。
「あーーー!」と、声をあげて抹殺したくなるような、
誰にも言えないあのこと。

ありますよね?!

反道徳的な行為、意地悪な行為、迷惑な行為、自己中心的な行為、裏切り行為、
または見て見ぬふりをしてきた不作為、など、
そのような行為で周囲の人のモチベーションを落としてきませんでしたか?

エネルギーを奪ってきませんでしたか?

家族に対して、

仲間に対して、

社会全体に対して、

そして、自分自身に対して…も。

これから私は、今回のこと以外の過去とも向き合っていきます。
抑圧しているすべての罪悪感から解放されたとき、
その安堵感とともに、未来に向かって本当の自分が生き生きと「大活躍」できる、
そんな気がしています。

皆さんの未来もきっと変えられるのではないでしょうか。

過去と直面する勇気さえあれば…。

 

 

以上、
前置きが長くなりすぎてしまいましたので、

本題は来週にさせてください。

すいません。

 

また次号をお楽しみに!

 

 

2011年7月24日(日)

 

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早川勝メール【577号】千円札は拾うな。

2011-07-18

皆様
こんにちは。

ご縁があって名刺交換させていただきました1,518名の方々へ一斉配信しています。

本日は、私が今だかつて誰一人として語ることなく封印してきた中学生時代の忌まわしい体験を公開いたします。

悩める方々の参考に…
いや、勇気になれば、幸いです。

幼少のころから世界平和を祈り、
「人類のために」という夢を志した少年時代、
突如として悪魔のような「敵」が私の前に立ちはだかることとなります。
人類の敵に立ち向かうどころか、私一人を攻撃してきた『たった一人の敵』に負けて、
正義の心は粉々に打ち砕かれてしまいました。

今現在の私をよく知る人にとっては、私が中学3年生のときにいじめに遭っていたとは、
誰も想像できないのではないでしょうか。
おそらく皆さんが想像する私早川のイメージというのは、
“明るく自由奔放にわがままいっぱい自己主張をし、何事にも動じないような図々しさでいつも楽しそうに「人生という宴会」を仕切っている”
という活動的なナンパキャラですよねぇ?
「いつも楽しそうでイイですね」というようなことを、皆さん言ってくれます。
たしかに私は、積極的かつ行動的に振舞い、様々な方々と広い人脈を築いてきました。
そして、その素晴らしいご縁によって救われ生きてきました。
ところが、そんな私にも「暗黒の一年間」があったのです。

私は、中学校3年生のとき、Bという同級生から執拗な嫌がらせを受けていました。
ほぼ毎日のように、卑劣な犯罪行為は続きました。
とにかく、陰湿で酷いイジメでした。
私はその悪魔に対して反抗することも拒否することもできませんでした。
何倍もの報復が恐ろしかったのか、金縛りにあったような恐怖感から何も抵抗できなかったのです。
『恐怖』
この言葉がしっくりきます。
日々、恐怖との戦いでした。
学校に行くのが嫌で嫌で仕方ありませんでしたが、
中学卒業までの辛抱だと自分に言い聞かせ、耐えに耐える日々を過ごしました。
その一年間は悪魔からの攻撃に常に脅えながら「早く卒業して自由になりたい」と神様に祈っていました。

明日がやってくるのが恐怖でした。
夜眠る前には「もう明日の朝はやって来なくてもいい」と願ったほどです。
それくらい数えきれないほどの攻撃をBから受けてきました。
なぜ、ひと言「やめろよ」と言えなかったのか、
今思えば、不思議でなりません。

そのような酷い仕打ちを受けても、親兄弟や先生など周囲の人に相談するどころか、
誰一人としてその事実を話すことはしませんでした。
私にとっての「精一杯のプライド」です。
卒業後、悪魔から解放されたあとになっても、その事実は誰にも言えませんでした。
親友にも、家族にも、どんな親しい仲間にも語ることなく、
「封印」してきました。
私の人生においては「存在しなかったこと」にしてきた一年間。
Bへの憎しみよりも、自分自身への「嫌悪感」のほうが強かったのでしょう。
私はその当時の弱い自分が大嫌いでした。
そうして「暗黒の一年間」は、自分の人生から抹殺してしまいたい過去となりました。

その結果、私の価値観は歪んでしまいました。
『この世の中、無抵抗な「平和主義」では、恐ろしい敵から攻撃を受けてしまう、
「まじめな自分」のままでは、この世の中は生き残っていけない』
そのような歪んた解釈に変わってしまったのです。
悪魔から攻撃されないよう「強くならなければ!」と、
中学卒業と同時に「恐怖からの脱出」を誓いました。
「負け犬のみじめな人生はイヤだ!勝つんだ!」と。
しかし、どう強がってみても暴力に暴力で立ち向かう性格にはなれませんでした。
根っこが「平和主義」と「人類愛」ですから(笑)
そこで私は弱虫の仮面をかぶったまま「まじめでないキャラ」を作り上げたのです。

それが今の私です。
このナンパキャラで生きてきました。
面白おかしく、楽観的に。

そして、その後の人生においては、思い通りに私の人生から「まじめ」を抹消することに成功しました。
ついに「バラ色の人生」が始まったのです。
人生とは、なんでこんなに楽しいのか、『快楽的』な日々が続いていきます。
そして、勝者の「自信」が生まれました。
私は人生の大改革に成功したのです。
いや、成功したと思い込んでいた、という表現が正しいのかもしれません。
たしかに、私は「勝者」になりました。ある程度の成功は手に入れたのかもしれません。
しかし、所詮それは周囲の人と比較したときの私が、勝っているか負けているか、ただそれだけのことです。

「まじめ」という言葉を辞書で引くと…、
真剣、本気、誠実、など、素晴らしい意味がたくさん出てきます。
また「使命感に燃えて行動し自らも節度を守ること」とも書いてあります。
私は大人になってからずっと、この言葉を本能的に「拒否」してきました。

私はずっと目の前の「真実」と向き合うことなく「ニセポジティブ」で逃げてきたのです。
直面してきませんでした。
本当の自分に気づいていないのですから、本当のゴールが見えるわけもありません。

今までの私は、偽者の仮面をかぶって生きてきたことに気づきました。
「敗者の仮面」をかぶったその上に「勝者の仮面」を二重にかぶって生きてきたのです。
ただひたすら、懸命に…。

そこで、私はついに「ある決意」をしました。
本来のクソ真面目な自分自身として高潔に生きていくことを。

そして、
まずは、あの忌まわしい過去を受け入れなければと考え…、
34年前の悪魔・B本人と直接アポイントを取り、
地元本厚木まで会いに行ってきました。

ロマンスカーという名の「タイムマシン」に乗って。

凄いでしょ?

34年振りの再会が実現してしまいました。

その場面で私は、
驚くほど「変わり果てた悪魔B」と対面することとなります…

To be continued.

…と、
前置きはこれくらいにして、
本日は、「私の本よりためになるオススメ書籍シリーズ・全468冊」の中から
好評だったバックナンバーをお届けいたします。

本日のテーマは
【過去の自分を捨てる勇気】です。

お役に立てれば幸いです。
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私の本よりためになる「お薦め書籍」シリーズ No.12
「千円札は拾うな。」
安田佳生著
サンマーク出版

「本郷猛」を鍛えてはいけない

私がいつも言うのが、「本郷猛(ほんごうたけし)を鍛えてはいけない」ということだ。
本郷猛とは、あの仮面ライダーが変身する前の姿である。 本郷猛は、どう必死に鍛えても、仮面ライダーになることはない。
それと同じように、仕事において、「スキルを身につける」というのは、
いわば本郷猛がバイクの乗り方を覚えたり、空手を習ったりして、以前より強い本郷猛に鍛えているようなものである。
これも確かに「成長」ではあるが、鍛えられた本郷猛では、ショッカーの戦闘員には勝てても「怪人」を倒すことはできない。
怪人を倒すためには、仮面ライダーに変身すること、つまり劇的な変化が必要なのだ。
(中略)
成長とは「自分を捨てる勇気」と言っていい。
本来、人は誰でも成長することができる。
成長できないとしたら、それは今まで積み上げてきた「自分」を捨てることができないのだ。
成長というのは、目的地に向かって階段を上がっていくようなものだ。
だが、その階段は無数にあり、どれが成長へと続く階段なのか上がるときにはわからないようになっている。
そのため、一生懸命上っても、途中で「しまった、選択を間違えた」ということが生じてしまう。
成長するためには、別の階段を探して、またゼロから上がらなければならない。
しかし、別の階段をゼロから上がるためには、今まで上がってきた階段を下りなければならない。
時間をかけ、せっかくここまで上がってきた階段を下りなければならないなんて、考えただけでもゾッとするだろう。
当然、そういう事態に直面すると、人は誰でも「今までの努力は何だったんだ」「せっかく上がったんだから下りたくない」と感じる。
だが、ここで下りられるかどうかで、成長できるかできないかが決まる。
成長できる人は、間違った階段を上がらなかった人ではない。
間違えたと気づいた瞬間に、躊躇せずに今いる階段から飛び下りることができる人なのだ。
多くの人は成長するということは、知識や経験や、いろいろなものを身につけていくことだと思っている。
だから、なかなか手放すことができないのだ。
だが本当は、身につけているものを捨てたときに初めて成長するのである。
(中略)
それをなんとか今までの積み重ねでやろうとするから、成長できなくなってしまうのだ。
スキルアップと成長とは違う。スキルは身につけていくものだが、成長とは変化することだ。
劇的に成長するというのは、ヤゴがそれまでの自分を捨ててトンボになるように、
また本郷猛が仮面ライダーになるように、まったく別のものに変身するということ。
鍛えられた本郷猛になることではない。
成長というのはそういうものだ。

過去の自分を捨てることによって、
人は初めて新しい自分を得ることができるのである。

 

 

2011年7月18日(月・祝)

 

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早川勝メール【576号】人を動かすための 手っ取り早くて 確実な方法

2011-07-10

皆様
こんにちは。

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先週号では、
私の幼いころの話にお付き合いいただきましてありがとうございました。

好評につき?今週は幼稚園時代より少し年を重ねて…、

小学校の卒業アルバムについて。

大人になってくると、同窓会でもないかぎり小学校の卒業アルバムを読み返す機会というのは、
まずないのではないかと思います。

その卒業アルバムに必ず載っているのが、
「将来の夢」や「大人になったらなりたい職業」といったコーナー。
ありましたよね?

皆さんは何と書いたのでしょうか?
覚えていますか?

たとえば…、
「パイロットになりたい」
「プロ野球の選手になりたい」
「お医者さんになりたい」
「歌手になりたい」
「マンガ家になりたい」
「ケーキ屋さんになりたい」
など、子供らしくてステキな夢ばかりならんでいます。
なかには、「お嫁さんになりたい」
というような可愛い夢もありました。

さて、
私早川はなんて書いたと思いますか?

これまた私の場合、かなり変わった子供でして…。

恥ずかしながら私が卒業アルバムに書いた「夢」は、

「人類をのっとる」
でした(笑)

おいおい…。
「のっとる」って表現は、
ちょっとウルトラマンの見すぎだろー、って感じですが…、
小学校のときから「人類」という言葉を使っているところが、変人ですよね(笑)

「人類」ですよ!「人類」。

照れ臭さから「のっとる」という言葉を使っていますが、
実は、小学生のときから「人類の幸せのために働く」
という夢を描いていました。
「野心」よりも『愛と感動』を語る子供でした。

我ながら凄い使命感であった、と驚きます。

私は、5歳(幼稚園生)で「世界平和」を祈り、
12歳(小学生)で「人類」を思い、
さらに、中学生時代に何を思ったか。

厳しい現実の中で起こった「悪魔との苦闘」。
そこで大きく変化する私自身の人生観については、
来週の前置きにてお伝えします。

…と、
前置きはこれくらいにして、
本日は、
「私の本よりためになるお薦め書籍シリーズ・全400冊」の中から
好評だったバックナンバーをお届けいたします。

本日のテーマは 【不満足の原因】 ・・・です。
お役に立てれば幸いです。
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私の本よりためになる「お薦め書籍」シリーズ No.87
「人を動かすための手っ取り早くて確実な方法」
加藤諦三(早稲田大学教授)
E・ランガー(ハーバード大学教授)
C・ドウェック(コロンビア大学教授)
PHP研究所

 

●どうしてあなたは不満足なのか

状況を変えようと頑張っても不満足の状態が続く原因は何なのか? それを考えてみよう。

その原因は基本的に次の四つのカテゴリーにまとめられる。
?不満足のわけをうまく説明できない。
?自分の主張のよさを他人にわかってもらえない。
?不満足な状況について別の見方がとれない。
?コントロールの基本原理をうまく使えない。
さらにこの四つのカテゴリーを一つずつ検討するが、

あとで詳しく説明する変化のための原則と戦略のいくつかを定式化しよう。

 

●不満足の本当の理由がわかりにくいのはなぜか

目についた特徴を不満足の原因にするケース
たいていの人は自分が不愉快な気分でいる原因を探そうとする。
その気分が憂鬱、退屈、怒りといった否定的なものである場合はとくにそうだ。
ある説明が思い浮かぶこともある。
その説明でその気分を解消するにはどうすればいいかわかることもある。

だが残念ながら、選ばれる原因はおおむねひどく曖昧ないし包括的である。
そこで、そこから導かれる行動は、仮にあっても、実りがないか逆効果である。
個人のライフスタイルで目につく特徴が不満足の原因にされることがよくある。
結婚生活がそんなスケープゴートの一つだ。
たとえば、ある人が不満足でしかも結婚していたら、 不満足なのは自分が結婚しているからだと結論するかもしれない。
すると離婚するのが適切な解決策に思えるだろう。
だが彼は、この不満足に導いた結婚生活の内外の具体的状況を認識してはいないのだ。
離婚を実行してしまってもそれは早すぎた結論で、おそらくは間違っている。
そのうえ、彼はそう結論したために、もっと有効な説明を探そうとしなくなるかもしれない。

「ラベル」を貼って、すべての不満足の原因にするケース

同じように、よくあるのは、あるラベルを自分に貼って、 不満足の原因がそれで〔説明〕されたと考えてしまうことである。
例えば、自分の気分を表現する形容詞を〔人間〕とか〔性格〕という言葉にくっつける。

「どうして私は気持ちが沈んでいるのか?」という問いに
〔私はそういう性格だから〕〔私は気持ちの沈んだ人間だから〕と答える。
「なぜ僕はやる気がないのか?」という問いに
〔僕は活動的な性格でないから〕〔僕はやる気のない人間だから〕と答えるのである。

あるいは、自分が成功しなかったと感じる特定の分野を抜き出して、

〔私は非社交的である〕とか〔私はスポーツ音痴である〕とか 〔私は芸術音痴である〕といったラベルを貼り付ける。
例えば日本で離婚のときによく使われる言葉に〔性格の不一致〕という言葉がある。 これで全ての不幸を説明してしまう。
(中略)
人は自分にラベルを貼ることもあるが、同時に相手にもラベルを貼る。
人間関係に不満があるとき、相手のほうにラベルを貼る。
〔面白みがない〕〔冷たい〕〔自分勝手〕などのラベルを貼りつけて その理由を〔説明〕しようとすることがある。
こうすれば、人間関係に欠けているものについて自分は責任を負わなくてすむかもしれない。
だがその結果、その人は状況をコントロールするチャンスをもなくす。
さらに、その相手よりは自分自身が相手に貼ったラベルに対して反応するようになるかもしれない。
例えば、ある男性が友達のことを〔思いやりがない〕と言う。
理由は〔私が夢中になっている車について、てんで無知だし、気にもかけない〕からだ。
彼がその言葉を何度も繰り返しているうちに、友達に対して、そのラベルが不要な場合にも、
思いやりがないと反応するかもしれない。

そうなると二人の人間関係には余計な波紋がきっと生まれるだろう。
(中略)
また初めて会う人についてもこのラベルが障害になる。
会う前から噂で「あの人ケチよ」というラベルを貼ってしまうことがある。
あらかじめ噂や推測で「あの人はケチだ」というラベルを貼ることで、 実際に会ったときにはすでにその人を色眼鏡で見てしまう。

その結果相手が鷹揚な人でも、その実際の姿が見えない。

そしてお互いの間には誤解が生じて人間関係はこじれていく。
ラベルを貼ると全体が見えなくなる。
そして心理的に問題を抱えている人ほど、自分にも相手にもラベルを貼ってしまう。
心理的に健康な人は噂のラベルを信用しないし、実際に相手に会うときには事前にラベルを貼らないで、 自分の目で確かめようとする。また噂をあまり信じない。
「皆はあの人をひどい人だと言うけれども、 あの人には皆が知らない別の事情があるからかもしれない」と考える。
実際に自分が確かめる前に、相手をどんな人だと決めつけないで相手の可能性を残しておく。
もっともらしい理由づけや悪口のラベルは、 問題のないところに問題を作ったり、解決策を見えにくくすることが多い。
〔過度の一般化〕は「人間がもっとも陥りやすい心のトリックである」 と『偏見の心理』を書いたオルポートは言っている。

 

●なぜあなたの考え方が、他人に理解されないのか

自分の考えを他人に納得してもらうために
(中略)
「人があなたの意見に納得しないのは、 あなたの言い分に説得力がないからか、それとも相手がまともに聞いてくれないからか?」
そのどちらの答えにしても、不満足や自己非難、あるいは恨みの気持ちにつながりやすい。
自分の理屈に説得力がないと思えば、自分をだめな人間と感じるとしても無理はない。

そして惨めな気持ちになる。
逆に自分の理屈は正しいのにまともに受けとられていないと信じれば、
相手のほうが愚かなのか頑固なのだと感じるだろう。
そして何よりも、相手が自分の言うとおりにならないことでいらいらする。
「まちがっていたのは(愚かだった)のは自分か? それともあいつのほうか? 」と考えるかわりに、
もっと生産的で、コントロールの働きを重視するアプローチはないか?
それは次のように自問することである。
「人が反対するのは、こちらの言い分が十分効果的に伝わらなかったからだろうか?」
心理的に健康な人はこのような場合に解決の方法を考える。
つまり自分の今までのやり方を変えることを考える。
心理的に問題を抱えている人はただ相手を非難したり、自分に失望したりするだけで、

自分の今までのやり方を反省して変えることを考えない。

相手を非難していても事態は改善されない。

非難しているときだけ自分の気が済むだけである。

 

 

2011年7月10日(日)

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生きてるだけで「ツイてる!」
感謝感謝の「早川 勝」でした。
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早川勝メール【575号】ココロでわかると必ず人は伸びる

2011-07-03

皆様
こんにちは。

ご縁があって名刺(アドレス)交換させていただきました1,513名の方々へ
一斉配信しています。

皆さんは、自分が幼稚園児の頃の記憶の中で、
何か覚えていること…、ありますか?

私はほとんど記憶がありません。
まったくと言っていいほど覚えていないのですが、
その少ない記憶に中で、かすかに蘇ってくる記憶が二つだけあります。

私は幼稚園から帰ってくると、母親からもらう30円のお小遣いを握り締め、
全力疾走で近所の駄菓子屋まで走って行くのが日課でした。

1本5円の「ちびっこコーラ」を飲みながら…、
近所の悪ガキたちと駄菓子屋でたむろしていました。
絵にかいたような古き良き昭和の世界…(笑)
まさに、映画「ALWAYS三丁目の夕日」の世界ですね。

そんなある日…、
幼稚園の先生が家庭訪問にやって来たことがありまして…。
その光景だけは今でも鮮明に覚えています。
なぜならば、
私は担任の先生に対して「小さな怒り」を覚えたからです!

先生は母に聞きました。
「まさる君へのお小遣いはどれくらいあげているんですか?」
と。
母は正直に答えます。
「はい、毎日、30円渡しています」
と。
すると、先生は言います。
「30円ですか。ちょっと多すぎませんかぁ…」
と。
まあ、たしかに1960年代の貨幣価値を考えると、
だいたい今の10分の1ってところでしょう…。
ってことは、一日のお小遣いは300円位ってことになりますから、
ひと月あたり約1万円の計算ですよね。
ははっ、そりゃあ、幼稚園児の分際で1万円は多すぎますよね。
先生の言い分もわかります。

いや〜、でも、私の立場からすると死活問題です(笑)

家庭訪問での先生のお言葉は続きます。
「お母さん、30円は多すぎますから、せめて一日20円に減らしてください」
と。
おいおい、先生様…、それはないでしょ〜、と私は心の中で叫びました。
だって、30円から20円に減らされるということは、
30万円の月給をいきなり20万円に減らされるようなもんですよー(笑)
皆さんだって、抵抗しますよねぇ。

しかし、今思うと、
贅沢なガキでした(笑)

そんなバブリーで傲慢な幼稚園児だった私にも、
胸を張れる記憶が一つだけあります。

それは、初詣でのお参りで行った「厚木神社」でお祈りした内容…。

皆さんは覚えていますか?
神様に何を祈ったか?

普通は覚えていませんよねぇ?
5歳の頃、初詣で何を祈ったかなんて…。

でも、私ははっきり覚えています。
しかもそれは、普通の子供ならばまず祈らないような「高潔な願い」だったのです。

実は私、当時は、戦争を体験している祖父と同居しておりましたので、
ことあるたびに祖父から戦争ネタで脅かされ続けてきました。
私がちょっとでもわがままを言うと…、
「戦争が始まったら、毎日毎日、配給のさつまいもしか食べられないなんだぞー」とか、
「戦争が始まって軍隊に入ったら、毎日上官から往復ビンタされるんだぞー」とか、
「毎晩、爆弾が空から落ちてくるから、電気を消して防空壕で暮らすんだぞー」とか、
それはもう子供にとっては、恐ろしいたとえ話ばかりでした。

素直な私は、それを信じきって「戦争だけはイヤだ」と心底おびえていました。

はい、そうなんです。
私が幼稚園生のときに神社で心から祈ったのは、

 

「世界平和」でした(笑)

 

5歳の私は、手を合わせて祈りました。

「神さま〜、どうかお願いですから、戦争だけは起こりませんように!」
と。

なんという、素晴らしい子供なんでしょう(笑)

 

それにしても、
天国のおじいちゃん!!!
ちょっとちょっと〜、
小さい子供を脅かし過ぎなんだよー(笑)

でも、おかげで、
今でも「世界平和」を心から祈っている大人に成長いたしました。

 

亡き祖父のおかげです。

 

…と、
前置きはこれくらいにして、
本日は、
「私の本よりためになるお薦め書籍シリーズ・全400冊」の中から
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テーマは
【心のど真ん中をつかむ】
です。
お役に立てれば幸いです。
↓↓↓↓↓↓↓ 私の本よりためになる「お薦め書籍」シリーズ No.133

「ココロでわかると必ず人は伸びる」

感動の数だけ力に変える6つの“教え方”

木下晴弘 著

総合法令
人の気持ちは最初にグッと引き寄せろ!

 

「コラアッ!」 大声を放った私は、自分の前の机を思い切り蹴倒した。
そこは地域でもワルの多いことで知られる男子校の教室である。
初対面の生徒たちのオシャベリがピタッと止まり、静まりかえったなかで私はこう切り出した。
「お前ら、好きな女はおれへんのか?」
このセリフでおわかりのとおり、私は大阪生まれの大阪育ちである。 話し方も穏やかなほうだと思う。
こんな荒っぽいどなり方なんてふだんは決してしない。

ましてや机にキックを入れるなんて、「なんだコワモテが売りか」などとはどうか思ないでほしい。
私は学生のときから学習塾で講師をしてきた。

以来、兵庫県西宮市にある関西屈指の進学塾で若い生徒たちの学力を伸ばし、

そして彼らのやる気をいかに引き出すかに心血を注いできた。
そして、二〇〇一年からは塾を離れ、 これまで培ってきた独自の学習指導ノウハウを今度は先生たちに伝えるため、

講習や研修会などいろいろな活動をしている。
ところがどうしたことか、 「木下さんから生徒たちに直接、学習意欲の湧くお話をしてください」という依頼も多い。
その役こそ私が先生たちに期待していることなんだけどなあ、と言いたいところもあるがそれはそれ。
冒頭のシーンも男子校の先生から「ぜひに」ということでお引き受けした際のことなのである。
ワルぶりは想像以上にひどかった。
「あんまり失礼な態度だったらお話の途中で打ち切られてもけっこうですから」

事前に先生たちが気を遣いこうおっしゃってくださったのだが、

実際に話を始めたところ、 生徒たちは私を無視し、半数が後ろ向きになって勝手なオシャベリをしている。

残りの半数はその相手だから、つまり誰もこっちの話を聞いていない。
そこで思わず、私らしくない乱暴な「ご挨拶」となった。
「好きな女」という言葉の効果はテキメンだった。
「彼女がいるなら手を挙げてみい」と言うと何人かの手が挙がった。
反応があれば最初の「つかみ」は成功だ。
「オー」と、冷やかしとも賛嘆ともつかない声が湧いて急に盛り上がり、彼らは話題に乗ってきた。
あまりの変化にむしろこちらが驚いた。
そこで私は続けた。
「お前ら、その女の子とエッチしたらどうなる?」。
同席していた先生たちの顔色が気になったが仕方がない。
すると
「子どもができる」

「そうや、なら、できた子どもをその辺に捨てるか?」。
このあたりから教室がシーンとしてきた。
「そんなことでけへんよな」 「・・・・・・・」
「お前らな、男というのは好きな女ができて、はらませて子どもを産ませたら、 愛する者を守っていかなアカンのや。

ではどうやったら守れる?
今日はその話をしに来とるんや」
もちろん男女関係なく、家族を守るには仕事をしてお金をしっかり稼ぐ必要がある。
「そのためには今の勉強が大事なのだ」という意味のことを私は丁寧に説いた。
結局、最後までよく聞いてくれたのであるが、
私には塾での長い体験から、こちらが熱意を持って、そして少しの工夫を加えて語りかければ、

どんな生徒でも心を動かし勉強に興味を持ってくれると固く信じていたからである。
だから私は少しばかり「非教育的」な話題から入った。
聞き手にとって関心のあることを入り口にすることこそ私の工夫の一つであるのだが、 案外、学校のほうもさばけていた。
「その手があったか。あんなふうに言えば彼らも勉強について考えるんだな」
と喜んでくれた。 よほどふだんから学習指導に手を焼いていたりだろう。
このときつくづく思い知ったのだが「自分は、過去どんなに良い環境で仕事をしてきたのか」ということだ。
長年お世話になった学習塾では、みな少なくともこの高校の生徒たちのように耳を閉じることはなかった。

仮に心は閉ざしても、顔だけは私に向けてくれた。
そこで私はさまざまなことを学び、考え、そして実践してきたのである。

 

 

2011年7月3日(日)

 

 

【早川勝の書籍案内】
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(総合法令出版)
http://www.horei.com/book_978-……220-0.html

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(日本能率協会マネジメントセンター)
http://shop.jmam.co.jp/book/11……_1453.html

※ただいま3冊目を執筆中です。10月発売予定!!!

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生きてるだけで「ツイてる!」

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