6月, 2011年

早川勝メール【574号】幸せの引き出しを開ける「こころのエステ」

2011-06-25

皆様

こんにちは。

ご縁があって名刺(アドレス)交換させていただきました1,494名の方々へ
一斉配信しています。

3週間前に配信しました【571号】の『ある中間管理職の「悲劇」』につきまして、
多くの方々より様々な反響が寄せられました。

ありがとうございます。

「あのA支店長の話って、もしかして早川さんご本人のことですか?」
というようなご質問や、激励、賞賛のお言葉をいただきました。

ふふふっ、まあ、それが事実かどうかは別として…、

とにかく、インティグリティー(高潔さ)の重要性を皆さんにご理解いただけたことは、
とても嬉しいことです。

さらに、私が嬉しかったことは、
ある方からの返信メールでした。

実は、5000名以上の経営者に対して人事・管理の指導を行い組織の生産性を上げてこられた実績を持つある有名な先生より、
私のメルマガについてのご意見をいただけたのです。
メールメンバーに登録後、返信をいただけたのは初めてのことでしたが…、

内容は以下の通りです。

『流石ですね。
正しくデータをものにしていらっしゃるし、「エシックスの視点」から彼らの行く末をしっかりと予測しておられる。
これは人事のエキスパートの観点です。
世の中の人事が無能である根本の原因はエシックスの観点を知らないからなんですよ。
ですから、早川さんは流石です。』

というお褒めの言葉をいただきました。

エシックスというのは「倫理」という意味で、
皆さんにも分かりやすいように言うと、
私たちの心の中に持っている…
本当はすでに知っている生存的な「善の意識」や「正義」のことです。

そのあたりの理論については、また追ってお伝えしていきたいと思いますが、
そのことは、次の私の本のテーマにもなっています。

実は今、出版準備を進めている私の3冊目の本が、
いよいよ10月に発売されるということが決定いたしました。

テーマは、「直観力」。

私が言いたいのは、たった一行だけです。

“あなたがあなただと思っているあなたはあなたではありません”

ということです。

ははっ、
なんのこっちゃ、と思っている方(笑)
大丈夫です、私の本でわかりやすく解説してあげますから。

「偽りのあなた」が決定するから、間違うのです。
失敗するのです。後悔するのです。

「本当のあなた」が決定すれば、正しい道へと導いてくれます。

まさに、自分の思った通りの道へ…。

私がよく「捨てる」をテーマに講演をさせていただくときに、
皆さんから毎回お決まりのように聞かれるのが、
「どのタイミングで捨てればいいんですか」
とか、
「捨てるかどうかは、どうやって決めるんですか」

という質問。

実は、その答えは簡単なんですよ。

いつも言っていることですが、

「直観」で決めてしまえばいいんです。

えっ?!
「自分はそれでいつも失敗している」、ですって?!

そうですか(笑)
わかりました。

それでは…、

「直観力」…、それを磨くための「心のあり方」について、
私流の分かりやすい解説で一冊の本にまとめてあげましょう。

どうぞお楽しみに!

う〜ん、
なんだか大ヒットの予感がします。

 

あくまで、私の「直観」ですけど(笑)

 

…と、
宣伝と前置きはこれくらいにして、
本日は、
Web上には公開していない過去の「私の本よりためになるお薦め書籍シリーズ・全400冊」の中から
好評だったバックナンバーをお届けいたします。

テーマは
【感動との距離】
です。
お役に立てれば幸いです。
↓↓↓↓↓↓↓↓
私の本よりためになる「お薦め書籍」シリーズ No.356
『幸せの引き出しを開ける「こころのエステ」』
心理カウンセラー衛藤信之著
ゴマブックス

 

「今日生きている」ことの奇跡

 

今日生きていること。それも奇跡なのです。

今は元気なわたしの息子が、1歳で小児ガンの宣告を受け、死と戦う息子と向き合った日々。
小児ガンの病室では、「明日この小さな手が自分の手の中から消えてしまうかもしれない」
「母を見上げるこのつぶらな瞳が、いつまで自分に微笑んでくれるのだろう」
といった襲いくる不安と闘いながら、せめて楽しい思い出作りをと、
祈るように子供の前で笑いを作る同室の母親たち。
「悲しいときに泣けるのは幸せなことだ」と思い知らされた瞬間でした。

そんな緊張した笑いの中にも、未来という恐怖が押し寄せてきます。

同じ病室には「しゅんしゅん」と呼ばれていた男の子がいました。

ある見舞い客が「しゅんしゅんは大人になったらなんになるの?」と聞きました。

瞬間、病室が凍りつきます。
誰もが、彼が大人になることを心から祈っているからです。

「しゅんしゅん」はすなおに答えました。
「お巡りさん」と。

きっと彼なら立派なお巡りさんになるだろう。誰もがそう思いました。

でも、その彼も、大人になりたいという夢を残したまま、旅立ってしまいました。

亡くなる前日、いつも聞き分けのよい「しゅんしゅん」が、お母さんに何度も
「ぼくの病気は治るの?ぼく、大人になってお巡りさんになりたいよ。
なれるよね。ぼく、大人になりたい」
とたずねたそうです。

きっと、自分の命の終わりを感じていたのでしょう。

「しゅんしゅん」が夢にまで描いた大人の世界。
わたしたちは彼の夢に見た憧れの世界に、
なんの努力もしないではいっているのではないでしょうか。

今日生きていられることは、本当に「奇跡」であり、感謝すべきことなのです。

幸いなことに、わたしの子供は現在元気に過ごしています。ときどき生意気なことも言います。
でも、家に帰ったとき、「お帰りなさい!」と抱きついてくるわが子を見ると、
「今日も生きててくれてよかった」と、幸せな気持ちでいっぱいになり、
子供を思いきり抱きしめます。

当然のごとく子供を抱く親と、いつくしみながら抱く親では、
同じ行為でも味わうものが違うのではないでしょうか。

この子供を抱くときの、なんとも言えない気持ちは、
子供の「小児ガン」という不幸な出来事があったからこそ、味わえるものなのかもしれません。

このように、人の人生は幸福の中にも不幸があって、不幸の中にも幸福が隠れているものなのです。

そのどちらに焦点を当てるかで、人は幸せにも不幸にもなれるのです。

「不幸続きだ」と嘆いていれば、自分自身は不幸なままです。
けっして、周囲の人たちや環境が、あなたを幸せにしてくれるわけではありません。

あなた自身の中に、ちゃんと「幸せ」があるのですから、
幸せになることは、そこに焦点を当てられるかどうにかかっています。

自分の「欠けているところ」ばかりに焦点が当たっている人は、どうか今一度見直してください。

「今日生きていられることだけでも奇跡である」と感じられれば、
十分に自分の中にも「足りているところ」があるはずです。そこに焦点を当てられれば、
「自分の幸せは、ほんの身近なところにたくさんあるんだ」ということに気づくのではないですか?

感動を味わうために必要なこと

「今日生きていられることが奇跡だ」と感じられたあなたは、
今まで「同じ毎日の繰り返し」と思っていた日々の生活が、
じつは「奇跡」の連続であり、「今日という日は二度とない」と感じ、
1つひとつの出来事が新鮮に見えてきたのではないでしょうか?

でも、悩んでいる人からは、「今の生活が単調で、同じ毎日の繰り返しでつまらない」
「何かいいことないかな」という声をよく耳にします。

毎日、刺激があって、感動して過ごせれば、こんなに楽しいことはないですよね。

でも、感動を味わえるか、退屈なままで過ごすかも、じつは自分次第なのです。

今の日本は、不景気という3文字に踊らされて、
多くの人の心から笑顔と余裕が失われているようです。

若者たちは口をそろえて、「毎日が退屈だ」と言います。

大人たちは、「感動のない時代だ」と吐き捨てています。

でも本当にそうなのでしょうか。

わたしは今の時代に感動できない人たちは、いつの時代に生まれても感動できないと思います。

そのように嘆く人たちは、常に受け身だからです。

退屈だと言う人たちは、晴れの天気を心待ちにする子供のように空ばかり見つめていて、
自分から感動を探す旅には出ないのです。

退屈だと愚痴ってばかりいる人々の前には、感動は現れません。

 

 

2011年6月25日(土)

 

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生きてるだけで「ツイてる!」

感謝感謝の「早川 勝」でした。

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早川勝メール【573号】幼い娘がトラックの下で血まみれに…そのとき、あなたは?

2011-06-19

皆様
こんにちは。

 

ご縁があって名刺交換(アドレス交換)させていただきました1,491名の方々へ
一斉自動配信しています。

 

本日の「書籍紹介」はお休み。
小学校で保護者に配布された「風見しんごさんの講話」をお届けします。

辛すぎる話に胸が締め付けられ……泣けてきますよ。
ハンカチのご用意を。

 

お役にたてれば幸いです。
↓↓↓
「飲酒運転根絶会議・特別講話」ダイジェスト

3年前、突然襲われた交通事故についてお話します。
毎日のニュースで、交通事故という言葉を耳にしない日はありません。
これだけ交通事故が続いていると、その言葉に慣れてきてしまいがちですよね。
私もそうでした。
自分の家族に死亡事故が起こるまでは…。
やはりテレビのニュースを見れば、悲惨だなぁ、と思いますが、
一件一件の死亡事故の現場で実際にどれだけのことが起きているのか、
ということまでは目を向けてきませんでした。
そんな私の家族に起こった交通事故のことを聞いてください。

恐ろしい交通事故、それは突然やってきます。
被害者の中に「私は今日、交通事故に遭うな」と思っている人は一人もいないでしょう。

そして、交通事故というのは人を選んでくれません。
その人がどんなにまじめな人であろうが、どんなに幼い命であろうが、
人を選んではくれません。

僕にも子供が二人いました。
一人は7歳に成長しましたが、
長女の方は、3年前のあの日以来ずっと10歳で止まったままです。

その日、娘はいつもと変わらない朝を迎えました。
いつものように眠い目をこすりながら起きてきて、
いつものようにお母さんの作った大好きなツナサンドをほお張って、
いつものように「おじいちゃん、寒いよ〜」と言いながら白いジャンパーを着せてもらい、
そして、いつもと変わらない笑顔で「いってきまーす」と言って家を出ました。

「いってきまーす」と言って家を出た娘が、その5分後にはトラックの下にいたのです。

娘を送り出したあと、私と家族は自宅にいたのですが、
そこに近所の人が飛び込んできました。
「えみるちゃんが事故!えみるちゃんが事故!」、
ただそれだけでしたから、まさか自分の子供が死亡事故に遭っているとは考えもしませんでした。
「きっと車に接触して、すりむいて血を流して、たぶん道路脇にへたり込んで大きな声で泣いているんだろうな」
とにかく早く行って「大丈夫だから」と言葉をかけて慰めてやらなきゃと思いながら
妻と一緒に自宅を飛び出しました。
自宅から100m先の角を右へ50m行ったところに横断歩道があります。
「早く抱きしめてやらなきゃいけない、大丈夫だからと落ち着かせてあげなきゃいけない」とそんなことを考えていました。
そして、家の先の角を右に曲がりさらにその先にある横断歩道を見ましたが、娘の姿はどこにもありません。
道路脇に泣きながらへたり込んでいる娘の姿を想像していた僕の胸に嫌な予感が走りました。
トラックに近づくと周りの人たちからは「見ないほうがいい、見ないほうがいい!」と言ってくれましたが、
トラックの下から最初に見えたのは、ありえない形にひしゃげた娘の足でした。

周りでは多くの人たちが助け出そうと動いてくださいました。
ある人は「何で早く救急車を呼ばないんだ!」、
またある人は「そんなジャッキしか積んでいないのか!」、
さらに別の人は「なんでエンジンを切らないんだ!」と、そんな騒ぎの中、
今でも忘れられないのは、エンジンのかかったままのトラックの下にもぐり込んでいる娘を救い出そうとしている妻の姿です。
僕はその3トントラックを持ち上げようとしたのですが、ビクともしません。
しかし、近所の人やたくさんの人たちの力でトラックが浮いたんです。
そしてトラックの下から、大事な大事な娘がやっと出てきたのですが、
全身血だらけでした。

そのとき残念だと思うことは、
事故を起こしたときの運転手の人が一番先に連絡を取ったのは、
救急車を呼ぶことではなく、会社への報告であったということです。
辛いです。

今となっては親としていろいろと後悔することがあります。
あの朝、あと5分早く学校へ行かせていたら助かったんじゃないか。
「いってきまーす」のあと、孫の「ランドセルを背負った姿」を最後まで見ていたおじいちゃんも、
何であと50mついて行ってやらなかったのか、と悔やし涙を流しました。
家族は皆それぞれがいろんな後悔をしました。

その後、救急車が来て、娘が乗せられ私たちも一緒に病院へ向かいました。
頭蓋骨骨折、顔の骨が砕け、肋骨が折れ、腰の骨が砕け、足の骨折、など、
即死状態といわれましたが、実は違うんです。
午前8時8分に事故が発生してから1時間半、10歳の幼い命は生きていたんです。
若い命、夢を持った命は生きようとしていたんです。
病院の控え室で待機している僕たち家族の所にお医者さんは来て言いました。
「娘さん生きようとされていますよ。一生懸命生きようとされてますよ」と。
天国へ旅立った9時33分までの1時間半の間、10歳の命は生きようとしていたのです。
即死状態と言われた交通事故で体がどんなにボロボロでグチャグチャになっていても生きようとしていたのです。
娘が頑張った1時間半、どれだけ痛かったか、どれだけ辛かったか、どれだけ怖かったか、
事故から3年が経ちますが、親としてそれを考えない日は一日たりともありません。

9時33分に天国へ旅立ってから娘が病院を出ることができたのは、検視が終わった6時を回る頃でした。
その長い時間、妻は娘の手をずっと握り続けていました。
握っている間に手がどんどん硬くなっていくのが分かったそうです。
病院を出るときに抱き上げた娘の体は丸太のように硬くなっていました。
それから葬儀社の人が来られて死に化粧をするのですが、
娘の姿は化粧をするにもあまりにも変わり果てていましたから、5時間かけてどうにか、ぎりぎりお友達に見てもらえる状態に化粧していただきました。

「いってきまーす」と言って家を出た娘が、我が家に無言で帰ってきたのは深夜1時をまわっていました。
玄関には、娘がその日に行くはずであった新体操教室の体操着などが入ったブルーのバッグが置かれていました。
娘はきっと学校から「ただいまー」と帰ってきたらすぐに新体操のバックを持って出かけようと思い、玄関に置いていたんでしょう。
そのバッグを娘が手に取れなかったのかと思うと、胸が張り裂けんばかりの気持ちになりました。
妻はそのバッグを1年間そのままその場所に置き続けていました。
娘がいつか取りに帰ってくるかもしれない。
そんな思いで…。

その後、通夜があり、お葬式がありましたが、私は現実を受入れられませんでした。
突然すぎて、何をやってるんだろう、何をこんなに長い夢を見ているんだろう、と、そう思いました。
葬儀が終わって娘は小さな壷の中に入り、変わり果てた姿になってしまいましたが、
それでもまだ、交通事故は終わらないんです。

一ヶ月後が経ち、遺品を返還してもらうため、妻と二人で警察署へ向かいました。
警察官の方がダンボール箱を抱え、丁寧にたたまれた娘の服やハンカチ、そして鞄や傘などを持ってきてくれました。
傘はグチヤグチャに折れ曲がっていました。
皮で頑丈にできているはずの赤いランドセルもズタズタに引き裂かれた状態になっていました。
どうやったら一瞬でこんな悲惨な形にランドセルを変えることができるんだろうと思うくらい、引きちぎれていました。
それを見たとき、改めて交通事故の怖さを感じずにはいられませんでした。
何より私が驚いたのは、ランドセルの中に入っていた筆箱と鉛筆です。
もちろん筆箱もつぶれていましたが、中の鉛筆は折れているのでなく、まっ平らなんです。
鉛筆が平らになってしまうなんて、いったいどれだけの圧力を受けたのだろうか、と、
それを見たときは、警察署の中で泣き崩れてしまいました。

やがて、どうにか気持ちが落ち着きだし、なんとか普通に息が吸えるようになった頃、今度は裁判が始まります。
その裁判でまた事故の現実、悲惨な状況を一からすべてを思い出さなければなりません。
しかも裁判は、一日や数時間で終わるものではなく、本当に重たい時間が何ヶ月も続きます。
加害者の家族にとっても、重たい時間がずっと続くのだと思います。
辛くなるからそう考えるのはよそうと思っても「娘は死んだんじゃない、殺されたんだ」、と、やはり親としてはそう思ってしまいます。
被害者と加害者だけでなく、たくさんの人たちも多くの悲しみを抱えています。
娘の親友だった子は拒食症になってしまいました。

たった一つの死亡事故で、そこに起きる悲しみはあまりにも多すぎます。
一件の死亡事故が減ると当然の一つの命が助かります。
それだけでなく、一件減るだけで多くの人たちの悲しみもなくなっていき、
一件増えれば、また何十、何百という悲しみが増えています。

ぜひ、これからも飲酒運転がなくなりますように、
そして死亡事故がゼロになりますように、祈っています。

 

 

2011年6月19日(日)

 

 

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『「捨てる」成功法則』
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早川勝メール【572号】四つ話のクローバー

2011-06-12

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先日のこと。
野球観戦のため東京ドームへ向かっていた水道橋駅にて、
ふと、友人N君から聞いた笑い話を思い出しました。
記憶というは、面白いものですね…、
数年前に聞いてからずっと忘れていた話が突然よみがえってくるなんて。

記憶の奥に眠っていた…思わず吹き出してしまう話とは…、

N君が新宿駅から千葉方面に向かって総武線に乗っていたときのことです。

飯田橋駅の手前にさしかかった電車内のアナウンス。
いつもの独特のイントネーションとリズムで、
車掌さんの声が耳に飛び込んできます。
次は「飯田橋」駅なのにもかかわらず、
車掌さんは疑いもなく自信満々に…、

「つぎは~、すいどうばし~、すいどうばし~!」

と言っているではありませんか。

「あれっ?おかしいなぁ…」
次は飯田橋のはずだけど…。
と首をひねっていたところ、
電車はやっぱり飯田橋駅に停車しました。

車掌さんったら、駅名をひとつ先の水道橋と間違えてしまったんですね。
まあ、車掌さんも人間ですからこういうミスもありますよね。
と、ここまでは、単なる車掌さんのうっかりミスに過ぎないので、
面白くもなんともないのですが…。
そして、次の駅…、
正真正銘の水道橋駅に到着することになりますよね。

さてさて、駅に到着する直前の車内アナウンスを聞いてみると…、
その車掌さん、

「つぎも~すいどうばし~、つぎも~すいどうばし~」

電車内の乗客はそろって大爆笑。

ははっ、
次「も」って、笑えますよね。

その開き直った車内放送、
最高だと思いませんか???(笑)

これ、もしかして、誰かが考えたネタかもしれませんけど…?

どちらにしても、
その光景を想像すると微笑ましくなります。

私たちも、この車掌さんのように、
ミスしても余裕しゃくしゃくに軽~いジョークですり抜けてしまう…、
そんな生き方をしたいものです。

と、本日の前置きはこれくらいにして。

新たに「468冊目」のオススメ書籍から抜粋した「なるほど!」という一節をご紹介します。

本日のテーマは…、
【願望を育てる】です。

それでは、
ためになる抜粋文章をどうぞ。

お役に立てれば幸いです。
↓↓↓
私の本よりためになる「オススメ書籍」シリーズ【No.468】
『四つ話のクローバー』
水野敬也著
文響社

「私が言っているのは、頑張らずに成功しようとするのではなく、
『どうしたら頑張れるか』に目を向けなさいということなのだ」
「しかし……」
私はうつむいたまま答えた。
「私は生まれてこのかた、何かを頑張ったことなどないのです」
すると馬は私のそばにやってきて、私の肩に蹄をポンと置いて言った。
「だから私がその方法を教えようと言っているんじゃないか」
私は顔を上げてたずねた。
「そんな方法があるんですか?」
「ある」
馬は鋭い視線を私に向けた。
「というより、頑張るにはこの方法以外にないのだ。
だから私は最初に言っただろう?『成功の法則はたった一つに集約される』と」
私は急いでメモ帳を開いた。馬は話を続けた。
「なぜ世の中の多くの人が、思ったように頑張ることができないのか。
その理由を一言で言えば、『一人の人間の中で二つの願望がぶつかり合っている』からだ」
「二つの願望がぶつかり合っている?」
「そうだ。たとえば君が仕事を頑張りたいと思い、
いつもより一時間早く会社へ行くことを考えたとしよう」
「はい」
「しかし普段より早く起きてみたものの、かなり眠かった。すこぶる眠かった。
すこぶる眠くて会社へ行くどころではなかった。
そして君は目にもとまらぬ速さで目覚まし時計を止め再び布団にもぐった。
いわゆる――二度寝だな。
このとき、君の中で二つの願望がぶつかりあっていると言えないかね?
『早く会社へ行って仕事がしたい』という願望と『寝ていたい』という願望が。
そしてみんなの心の中でも同じようなことが起きている。
『痩せたい』という願望と『食べたい』という願望。
『お金を貯めたい』という願望と『買いたい』という願望……」
「なるほど……」
言われてみれば確かに馬の言うとおりだった。
私たちが何か目標を立てるとき、たいがいそれとは逆の願望に引っ張られたりする。
「そして君たちは、痩せたいと思ったときは甘い物を我慢しようとし、貯金を増やしたいと思ったらお金を使わないようにしようとするだろう?」
「はい、その通りです」
「それが大きな間違いなのだ」
「どういうことですか?」
「このことを覚えておきなさい。『人間は何かを我慢することはできない』。
私たち生物は、嫌なことからは逃げて、
気持ち良いことに向かうようにプロブラミングされている。
私たちは『したいことしかできない』のだ」
「でも、それだと結局二度寝してしまったり、
お金を使ってしまったりすることになってしまいませんか……?」
「そのとおり。だから多くの者たちは頑張ることに挫折してしまう。
しかしそれを防ぐ方法が一つだけあるのだ。
そしてこれこそが自分の行動を支配する唯一の方法なのだが――
それは『大きな願望で小さな願望を従わせる』ということなのだ」
「大きな願望で小さな願望を従わせる?」
「そうだ。君が自分で決めたことを実行できないのは、
意志が弱くて誘惑に負けてしまうからではない。
君が、自分の願望をきちんと育てていないからだ。
もし君が、心から望む一つの願望を大きく育てれば、
他の誘惑(小さな願望)に負けることは無くなるだろう」
「でも……願望を育てるなんて、そんなことができるんですか?」
私がたずねると、馬はゆっくりとうなずき、前足を広げて言った。
「『想像』だよ」
「想像……」
「たとえば君に、仕事なんてしないでハワイでのんびり暮らしたいという願望があるとしよう。
だとしたら、もう、ハワイのことをず―――――――っと考えていなさい。
寝ても覚めても、君は頭の中で、美しい女性たちが踊るフラダンスに奪われ続け、
エメラルドブルーの海を見ながらピニャコラーダを飲み続けるのだ」
「でも、そんなことをしていたら、
どんどんダメな人間になっていくような気がするのですが……」
「安心しなさい。すこぶる安心しなさい。なぜなら――みんなこの方法を使っている。
コロンブスは新大陸を発見する想像をしながらワクワクしていたし、
ビル・ゲイツは世界中の家にパソコンを置くという想像に興奮して夜も眠れなかっただろう。
重要なのは想像を楽しんで願望を大きくすることなのだ。そんなことより……」
馬は眉間にしわを寄せて言った。
「絶対してはならないのは、自分の願望にウソをつくことだ。
本当はそんなことを望んでいないのに、周りから言われたとか、
誰かに期待されたとかで目標を立ててはならない。
繰り返すが、生物は『したいことしかできない』のだ。
結局のところ、本心が望んでいないウソの願望は、
他の小さな願望とぶつかりあって負けてしまうことになる」
馬の話を聞きながら、私は仕事をしていたときのことを思い出した。
確かに、上司から言われて無理やり立てた目標は、
他の誘惑に取って代わられてしまうことが多かった。
馬は言った。
「願望を大きく育てることができれば、今まで面倒くさかったり嫌だと思っていたことも、
その願望をかなえるための『やりたい』ことに変わる。
単に『痩せたい』と思っているだけでは『甘い物を食べたい』という願望に負けてしまうが、
『痩せることで美しくなれば自分に自信が持てるし、人と会うのが楽しくなる。
そうなれば、好きになった異性に振り向いてもらえたり、
仕事も今まで以上にうまくいくかもしれない』
――このように、『願望』に『想像」という栄養を与え続ければ、
甘い物はいつしか『食べたい』ではなく『食べたくない』ものに変わっているはずだ」
そして馬は、その大きな瞳で私を見つめた。
「つまり、頑張るための方法は、

『頑張らなければならない』

『頑張りたい』
この状態を自然に導くことなのだ」

2011年6月12日(日)

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早川勝メール【571号】 ある中間管理職の「悲劇」

2011-06-05

皆様
こんにちは。

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私の知っている…ある生命保険会社の支店長(Aさん)の実話です。

その支店では、昨年度末、多くの社員が退職離脱したそうです。
辞めたメンバーの中には、2人の中間管理職、BさんとCさんがいました。
しばらく成績が低迷していたBさん、
このままの状況ではやがて降格に追い込まれることは確実…。
A支店長はなんとかBさんを再生させようと、
涙が出るほどに一生懸命に心血注いで指導を繰り返してきました。
時にはA支店長のお客様を紹介してあげたり、Bさんのチームに優秀な人材を配属させてあげたり、と、
特別にひいきしてまでもなんとかBさんを引き上げてあげたいとエネルギーを費やしてきたのです。
なぜなら、Bさんは支店の立ち上げから組織作りまでA支店長と苦労を共にしてきた仲であり、
何より、十数年前にBさんをスカウトし新人時代から育ててきたのがA支店長だったのです。ですから思いもひとしおです。
ところが、親の心子知らずとはよく言ったもので、
Bさんは目の前のピンチから逃げ出し、他の外資系生保へ転職することとなります。
甘やかしすぎの過保護戦略が裏目に出ました。
退職したい表向きの理由は、「商品のせい」、「会社のせい」です。
人は追い詰められると自己の「正当化」や「言い訳」をしたくなるのでしょう。

ただ、そういった社員が辞めてしまうことはよくあることです。
私も過去に経験がありますし、皆さんにもご経験がおありなのではないでしょうか。

問題はここからです。
Bさんの退職希望が受理されてから退職するまでの3ヶ月の間に、
Bさんから支店内の営業社員への積極的な引き抜き工作が始まります。
転職先の会社からBさんへ突きつけられた条件だったのかもしれません。
食うか食われるかの厳しいビジネスの世界ですから、
そんなことはどの世界でも日常茶飯事なのかもしれませんが、
その支店内においても、ひそかに、そして巧妙に、水面下で引き抜き工作が進行していきました。
まず、Bさんは管理職仲間のCさんを誘います。
それから、部下の中から特に成績が低迷し精神的にも経済的にも弱っている4名の営業社員に甘い言葉をかけ、引き抜きに成功します。
利用されている営業社員もいろんな意味で可哀相になりますが…。

やがてそんな行動がエスカレートしていけば、彼らを信じきって疑わないA支店長の耳にも噂が入ってくるようになりました。
当然、A支店長はBさんとCさんを部屋に呼び、真意を確かめます。
「君らが○○生命に転職するために営業社員たちを引き抜こうと誘っている、
という噂が広がっているが、それは本当なのか」と。
すると、彼らはこう答えます。
「まさか!!!それは心外ですよ。そんなことするわけがないでしょう。僕らを見損なわないでください。
転職先は決まっていませんから、それはデマです。引き抜きなんてこれからも絶対にしないとお約束します」
いけしゃあしゃあと、このようなウソをつきます。
A支店長は言いました。
「そうか。それならばいい。でも、もしも、誰か一緒に連れて行きたい社員がいて、彼らもそれを望むなら、そのときは私に正直に言ってほしい。
陰でコソコソ動いたり、ウソをついたりせずに、正々堂々と胸を張って辞めていってほしい」と。
「わかりました」と答えたBさんとCさんでしたが、
実際は心の中で舌を出して笑っていたのか、はたまた、怖くて本当のことを言い出す勇気がなかったのか、
彼らは退職するその日になっても、A支店長に本当のことを言い出すことはありませんでした。
その最終出社日には、A支店長はBさんとCさんをお寿司屋さんに連れて行きビールを酌み交わしながら最後まで彼らを労います。
A支店長は、頭を下げ、
「私の指導が行き届かなかったために、君たちを成功に導けなかった。申し訳ないと思っている。すまない。
私がもう少ししっかりと応援してあげられたら、君たちをこんな離職に追い込むようなことはなかったのに…。本当に申し訳なかった」
さらに、A支店長はこう続けます。
「君たちには、支店の立ち上げから一緒に本当によく頑張ってきてくれた。本当に心から感謝している。
君たちがいなかったら今の○○支店は存在していかっただろう。ありがとう!」
彼らは神妙な面持ちで聴いています。
「ところで、君たちの次の会社は決まったのか?」
と質問すると、
「いいえ、まだ決まっていないんです。何社か面接は受けているのですが、どうしようか迷っていて、
しばらくは無職ですが、ゆっくり考えて決めようと思っています」
と答える2人。
「ご家族も心配しているだろうし、早く決まって落ち着くといいな。頑張って」
とエールを送り、送別の儀は終了しました。
実は、このとき2人の転職先は決まっていたどころか、翌日から次の会社へ出社することになっていたのです。
引き抜いた4名の営業社員とともに…。

さて、この実話を聞いてどう感じますか?

何も知らない間抜けな支店長があわれだと笑いますか?
踏み込んで疑うことのできないバカな男だと。

いいえ、私はそうは思いません。
きっとこれからこの支店の生産性は上がると思います。
むしろ、コソコソと嘘に嘘を塗り重ね、
後ろめたさと罪悪感を抱えたままで逃げて行ったBさんたちの将来が心配です。
これからもずっと自分で自分に「裏切り者」や「卑怯者」のレッテルを張ったまま生きて行くのですから…。
人様に「ここで新しく働くことになりましたー」と、堂々と言えない職場で働くわけですよね。
なぜ、すべての人に祝福され、「その転職いいね」、と言われるような行動が取れないのでしょう。
彼らの潜在意識の中には、誇りもなければ正義もありません。
普通であれば、長年一緒に汗水流して苦労を共にしてきた上司に対してですから…、
「次の職場は○○生命に決まりました。○○君も一緒に連れていきます。ご迷惑もおかけして申し訳ございません。いろいろとお世話になりありがとうございました。」
と、正々堂々と宣言し、正直な挨拶をすべきでしょう。
勇気を持って正直に事の次第を説明し、謝罪すべきことはちゃんと頭を下げるべきです。
自分が正しいことをしているという自信があるなら、堂々と将来のビジョンを訴えられるはずです。

彼らは、肝心なところで、人生を左右する大事な局面から逃げてしまったようです。

自分で自分の自尊心を傷つけ、人としての誇りを失ったのです。
おそらく彼らはまだそのことに気づいていないでしょう。

自尊心を失ってしまった彼らには、本当の自信が持てません。
卑怯な自分が好きになれません。
善良な人とのコミユニケーションがうまく取れなくなります。

悪いことをしてしまった自分を責めて生きていきますから、
自己評価が下がり成果が上がりません。

いつになっても本当の自分自身に自信が持てませんから、
正しい判断に迷い意思決定力が落ちます。

そして、間違った方向へ向かっていきます。
自分の思い通りに。

さて、
A支店長に話を戻しましょう。
彼らが退職してすぐにBさんらの転職先の情報が入ってくるようになります。
まさに真実をA支店長も知ることとなったのです。

それを知ったA支店長は穏やかな顔でこう語りました。
「私はまったく彼らを裏切り者だなんて思っていない。ましてや恨みもない。
彼らには感謝の気持ちと申し訳ない気持ちでいっぱいだ。
そのことは、彼らに直接、寿司屋で話した通り。正直な気持ちだ。
それなのに、彼らは『自分は裏切り者』だと決めてしまっている。
だから、本当のことが言えないのだろう。
かわいそうに。
彼らの行く末が心配だ。このまま逃げっ放しで、自分の過ちに気づかないままなら、
また失敗を繰り返し、今度はもっと大きな挫折を味わうことにもなりかねない。
B君、C君たちが、いつか謝罪する勇気を持って私に許しを得にやってきてくれることを祈るよ。
いや、正確には私に対してじゃないな。
私ははじめから許しているのだから。

彼らに必要なのは自分で自分を許してあげることだろう」と。

皆さんはどう感じますか?

この先、成功を勝ち取るのは、
どちらの生き方をしていく人だと思いますか? ??

私はどんなに人に騙されても、
自分を騙すことなく正々堂々と生きていきたいと思います。

自尊心を失わずに。

と、本日の前置きはこれくらいにして。

新たに「468冊目」のオススメ書籍から抜粋した「なるほど!」という一節をご紹介します。

・・・と、思ったのですが、
前置きが長くなりすぎてしまったようです。
すいません。
今日のところは来週の予告編だけ、ということで勘弁してください(笑)

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『四つ話のクローバー』
水野敬也著
文響社
170万部の大ベストセラー「夢をかなえるゾウ」著者の最新刊

抜粋文章はまた来週!!!

 

2011年6月4日(日)

 

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