5月, 2010年

早川勝メール【520号】お金でなく、人のご縁ででっかく生きろ! ②[出会い編]

2010-05-30

こんにちは。

ご縁があって名刺交換(アドレス交換)させていただきました1,117名の方々へ
一斉自動配信しています。

いよいよ来月は南アフリカでのワールドカップですね。
サッカーファンだけでなく、このときばかりは日本中…いやいや、世界中が熱狂するW杯。
ですが…、今回、日本ではイマイチ盛り上がっていません。
日本代表チームの下馬評もびっくりするくらい低く、
1勝もできずに惨敗間違いなし、って雰囲気。
応援しようっていうよりも、批判的な言葉を多く耳にします。
マスコミの論調も「ダメだ、ダメだ」のオンパレード。
でも、ここまで叩かれると、サッカーファンじゃない私の場合、
思い入れがない分、楽しめそうな気がします。
興味津々、1次予選の3試合中、1点でも取れたら「すごい!」、
…と喜べそうです。
もしも、勝ったら狂喜乱舞でしょうか。
期待しない、って楽ですね。

いやいや、それにしても、岡田監督の評判の悪さには納得しちゃいます。
先日の韓国戦に完敗して、「進退伺い」的な発言をして、
大会直前に無責任だと、大ひんしゅく。
…と思ったら、選手には、あれは冗談だったと言って、さらに非難ごうごう。
そもそも、岡田監督って、代表監督になるくらいだから、
サッカーの経験も知識も豊富で、人望も責任感もあり、
本当はすばらしい人物なんでしょうけど…。
トップとしての「センス」がない。
だいたい選手を「ハエ」にたとえてしまうなんて…。
「ハエがたかるような粘り強い攻撃」ってなんなんですか(笑)
もっと、選手をもちあげるような気の効いた表現があると思うんですが…。
どうなんでしょう?
選手を尊敬していないんですね、きっと。
そうかと思えば、ケガから復帰したばかりで戦力としては疑問符がつくベテラン川口をキャプテンに指名して、
選手たちに対して「言いにくいことは、すべて川口に言ってくれ」と、「丸投げ」発言。
チームをまとめるトップとして、それはマズいでしょ???
自信を喪失しているのか、面倒くさいことから指揮官が「逃げてる」ような気がします。
さらに、大会直前のここにきて、「前半戦は守備重視でいく」と、戦術の方向転換発言をし、
方針が「ブレてる」とFW本田に批判される始末。
なんだか、チーム内がバラバラですよね。
弱いのも、納得です。

今夜のイングランドとの親善試合、いろんな意味で見ものですね。

私自身も組織を預かるトップとして、岡田監督を「反面教師」にしつつ(笑)
勉強していきたいと思います。

岡ちゃんファンの方々、すいません。
私も日本を愛するがゆえの苦言です。
大きな心でお許しください。

 

と、前置きはこれくらいにして…、

本日も、
「私の本よりためになるお薦め書籍シリーズ・全400冊」の中から
好評だったバックナンバーをお届けいたします。

ここのところ、「痴呆」とか「末期医療」とか…、暗い話が続いていましたので、
今回はもっと前向きになれるテーマでイキます!

それでは、
ためになる抜粋文章をどうぞ。
本日のテーマは…、
【試練は人生のネタづくり】
です。

お役に立てれば幸いです。
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私の本よりためになる「お薦め書籍」シリーズ No.19
「お金でなく、人のご縁ででっかく生きろ! ②[出会い編]」
中村文昭 著
サンマーク出版

六本目の指が教えてくれる
体の障害も人生の難関も、なんらかのメッセージ

生きてるうちには、思いどおりにいかなかったり、
思いもかけない問題にぶちあたったりすることがあるものです。
そんなとき、パニック状態に陥ったり、「大変だ」と悩みを抱え込んでしまう人もいるでしょう。
僕は若いころから、目の前で何か起こっても、むしろそれはメッセージと受け止めてきました。
「よし、メッセージがきたぞ。これを乗り越えれば、今よりもっとかっこいい男になれる。
悩むことなんかない。乗り越えるのみ」
悩みや愚痴を十人に話したところで、解決しません。
逃げても逃げても、その問題からは逃げ切れません。
だったら、一やってダメなら五やる。五やってダメなら十やって乗り越えることです。
そうすれば、もっとかっこよくなれるのだと、僕は受け止めています。
この僕の姿勢も、じつは、師匠から学んだことです。
師匠には六人の子どもがいます。
そのうちの一人の息子さんは、生まれながらにして足の指が六本あります。
その子が生まれたとき、お医者さんが言いました。
「現在ではこんなことはいくらでもあることです。
生まれたばかりの今、本人もわからないうちに、ちゃんと手術できますから」
普通の親なら、ほっとして、「では、お願いします」と言うところでしょう。
でも、師匠は違いました。お医者さんに向かって、
「この子は意味があって六本指で生まれてきたのだから、六本指のまま育てる」
ときっぱり言ったのだそうです。
その息子さんは、十歳を越えた今、足の指が六本だからといって、
いじめられることもなければ、自分自身、気にすることもないといいます。
それは「子どもが六本指で生まれてきた」という事実に対して、
親である師匠が、じたばた騒ぐどころか、
「これはこの子と自分たちに与えられたメッセージだ」
と受け止め前向きに生きたことに起因するのでしょう。
僕も、そういう師匠の背中を見てきたから、何か難題にぶちあたっても
「何かを教えてくれるメッセージなのだ」と思えるようになったのだと思っています。
ものごとは、すべて受け止め方によって、百八十度、変わるものです。
難題を「悩み」と受け止めるか、「メッセージが来た」と受け止めるかで、
気持ちも対処法もまるっきり変わります。
考え方、とらえ方一つで、ものごとはいいようにも悪いようにも転がるのです。
ですから、僕は、失敗も恐れません。
失敗しても、そこからドラマチックに這い上がればいいのです。
子どもや孫にも、「おれはこうやって大成功したんだ」という話より、
「俺はこんなに失敗をした。でも、あきらめずに、こんなふうに這い上がったんだ」
という話のほうが何倍も勇気づけることができると思います。
いわば人生のネタづくりです。
生きざまを語るのなら、「石橋を叩いて、失敗しないようにやってきた」と言うより、
失敗から這い上がったストーリーのほうが、むしろいいと思っています。
「神は、その人に越えられない試練は与えない」とよく言います。
何か問題が起こっても、それは自分に与えられたメッセージだから、ただ乗り越えるのみ・・・。
そう思うと勇気が湧いてくるのです

 

 

2010年5月30日(日)

 

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生きてるだけで「ツイてる!」
感謝感謝の「早川 勝」でした。

E-mail:hayakawa@tsuitel.in

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早川勝メール【519号】死ぬときに後悔しない医療

2010-05-23

こんにちは
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笑えるサラリーマン川柳を紹介します

「離さない」 10年経つと 話さない

 

「先を読め」 読めるわけない 先がない

 

以上
今回の前置きは短くこれくらいにして
本日は…
新たに「429冊目」のオススメ書籍から抜粋した「なるほど!」という文章をご紹介します
今回のテーマは
【尊厳ある死】です
お役に立てれば幸いです

私の本よりためになる「オススメ書籍」シリーズ【No.428】
「死ぬときに後悔しない医療」
緩和医療医 大津秀一著
小学館文庫

「緩和医療が行われていない病院」では人はどのように亡くなっていくのか、
その現状をご覧ください。

四十八歳男性のAさんはある朝、顔が黄色いことに気がついてB病院を受診。
内科の医師は「黄疸の原因を調べてみましょう」
そう言ってAさんに即日入院を指示しました。
「入院して血液検査とお腹のCTという検査を受けるように」と。
医師は肝臓や膵臓などいろいろな場所の異常が原因で黄疸が出るので、
その原因はCTの検査をしてみないと分からないと告げました。
入院後も黄疸は変わりませんでした。Aさんは四日目の昼のCT検査を受けました。
同日夕、Aさんのフィルムを見た放射線科の医師は内科の医師を呼びました。
二人の前にかかったCTのフィルムには、
膵臓にある大きな腫瘍と肝臓に存在する無数の転移がはっきり写っていました。
膵がんとその肝転移であり、末期的状態と考えられました。
内科医師はAさんに内緒で家族を呼びました。
Aさんの家族は四十六歳の妻と二十歳の娘、十七歳の息子です。内科医師は告げます。
「残念ながら、Aさんは膵臓がんです。肝臓にも転移していて末期がんです。
外科的に取り去ることはもう不可能ですので、治療は化学療法、すなわち抗がん剤の適応です。
しかし抗がん剤で根治させるのは不可能ですし、
副作用ばかりで効果を認めない可能性も十分あります。
また、化学療法を行って万が一効いても、余命の延長は二、三ヶ月程度でしょうか。
ただし、化学療法で症状が軽くなる可能性は残されています。
いずれにせよ余命は数ヶ月程度と考えられます。本人にこのことを告知しますか?」
突然の事態に家族は驚きを禁じえません。
特に夫が数ヶ月で死んでしまうという事実を突然つきつけられた妻の動揺は激しいようでした。
妻はただ泣くばかり。代わって娘が答えます。
「私たちは伝えるべきかどうかとても判断できません……。先生にお任せします」
医師は困りました。
「それを判断するのは私ではありません。ご本人の希望やご家族の希望で判断したいのですが……」
息子が口を開きます。
「先生、もうちょっと時間をください。突然の話なんでどうしたらいいのか全く分かりません。
家族みんなで話し合って決めたいと思います」
「そうですか……。ではご本人に何と説明しますか?」
妻は涙ながらに答えました。
「先生、何かいい病名はないのですか?
あの人は心配症で、きっとがんだなんて言われたら落ち込んでやり場のない苦しみを感じると思います。
どうしたらいいのでしょうか?」
最後は消え入るようでした。医師は答えました。
「では……慢性膵炎ということにしましょう」

翌日、Aさんに医師から説明がありました。何でも「慢性膵炎」という病気で黄疸が出ているとのこと。
慢性膵炎は食事が大事なので、基本的には食事療法のみで無治療で経過を見るといいます。
「私は病気のことは何も分からないので……。全部先生にお任せしますよ」とAさん。

はたして「治療」が始まったAさん。点滴も始まりました。
食欲も今一つないのでそれを補うためとのことでした。
内科医師はやむをえず点滴のみで経過観察をしていました。
告知をしていないのに、副作用の出る可能性がある抗がん剤を投与するわけにもいかないからです。
……こうしてあっという間に一ヶ月が過ぎました。
最初の症状は腹部の膨らみでした。
それは瞬く間に大きくなり、Aさんのお腹はパンパンになってしまいました。
黄疸も引かず、全身のだるさは日に日に進み、食欲も全くなく、
そしてそのころから腹部が張っていることによる痛みの他に、
胃のあたりや背中に鈍痛が現れるようになりました。痛みは時折激痛になります。
そんなときAさんは額に脂汗を流して、うずくまりながら痛みが引くのをずっと待つのでした。

「Aさん。具合はいかがですか?」
医師が回診に来ます。よく見ると医師の表情はすぐれません。
「時折……ですね、お腹の……そう、このあたりと背中が痛むんです」
声にも力が入りません。医師を見る目にも力がこもりません。
医師の表情が一瞬歪んだようにAさんには見えました。
「そうですか……。膵炎は痛いですからね。痛みを取るようにします。
ちょっとずつは良くなっていると思うんですけどね……。だから頑張っていきましょうね」
そう早口で告げると、医師はさっと踵を返しました。

Aさんが医師の姿をはっきり見ることができたのはその日が最後でした。
Aさんはその夜から昏睡状態に陥ったからです。
家族ら全員が呼ばれました。
医師が家族全員と会うのは、家族への告知以来初めてでした。
「がんが進行し、全身衰弱も顕著です。
がんのせいで腹水といってお腹に水がたまっていてパンパンです。
悪液質というがん末期の症状の一つなのですが、栄養状態も極めて不良で、
食事もできなくなってしまったので、股にある太い静脈からカテーテルという管を入れて、
そこから水分と栄養を補っています。余命はもはや幾ばくもないとい考えられます」
病室に案内された家族は驚きます。
Aさんは半眼で目の焦点は合わず、顔も……というより全身が黄土色で、
お腹はやせ衰えた体に不釣合いなほど大きく盛り上がっています。
全身もむくみがひどく、もう一度顔に目をやると、いつもの一・五倍はあるかというくらいに膨らんでいます。
股から入っている点滴の管にはいくつもの点滴のボトルがつながっています。
何がどういう目的の点滴か分かりませんが、
一つの点滴の管に何種類ものボトルからの管がつながっている光景は、
娘の目にはくもの糸のように映りました。
他にも尿の管、よくよく見ると鼻からも管が出ています。
黒いものを吐いたから、という理由で付いているとのことです。
息子は吐き気を催してきました。
やや暗い病室はモニターやポンプの光がせわしなく点滅し、時折がなりたてるようにブザーが鳴ります。
ピピピピとかポーンとか、その音を聞くたびに何がAさんに起こっているのか、
家族はただただ不安で音が鳴った方とAさんの顔を交互に見るのでした。

しばらくして、Aさんの呼吸が荒くなってきました。苦しそうです。
家族は再度医師から説明がありました。
もう尿も出ておらず、要体は時間の問題であること、
心臓や呼吸が止まっても積極的な蘇生は行わないことなどが決まりました。
午前二時、娘と息子はいったん帰宅します。
午前四時、うとうとしていた妻はあわただしい足音で目が覚めました。
気がつくと医師がAさんの脇に仁王立ちになっています。
Aさんに目をやると先ほどまであんなに苦しそうだった呼吸がゆっくりになっています……
いやむしろ今にも止まりそうな……。
我に返った妻は呼びかけます。
「あなた?あなたっ!先生、死ぬんですか?夫は死ぬんですか!?」
医師は黙ってうなずくのみでした。
傍らにあるモニターの心拍数と考えられる数が少しずつ減っていきます。
六十……四十……十五……。
「先生、待ってください!娘と息子がまだ!」
医師は黙って心臓マッサージを始めます。
看護師が手押しの酸素マスクを運び込み、Aさんの口にあてました。
心臓マッサージで医師が胸をドスン、ドスンと圧迫するたびに、
Aさんの体はベッドの上で大きく揺れ動きます。
医師は汗だくで、何かに取りつかれたように一心不乱に心臓マッサージを続けています。
ゴリッ、突然鈍い音が病室に響き、医師は一瞬その手を止めました。
「しまった、肋骨をやっちまったか……」
小さな声で医師がつぶやくのを妻は聞き逃しませんでした。
それでも医師は手を休めずまたドスン、ドスンと心臓マッサージを続けます。

そしてそれは三十分後、娘と息子が到着するまで続けられたのでした。
娘と息子が到着した後、医師はAさんの死を家族に告げました。
ベッド上のAさんには多くの管が絡み合い、
Aさんの姿はつい何ヶ月前とは似ても似つかぬ異形の姿と鳴っていました。
息子は吐き気の原因が、まさに父の姿によるものだったと後に気がつきます。
焦点が合わない目を半眼にした父の目、口をだらしなく開いた父の姿、
そしてゴムまりのように膨らんだ父の全身……。
こうして家族へのがん告知から二ヶ月後、Aさんは亡くなりました。

さて、皆さんはどんな感想を持たれたでしょうか?

残念ながらこのようにしてお亡くなりになる方も少なくないのが一面の真実です。
これが死の現実なのです。

善良なAさんに、別の死に方はなかったのでしょうか?

 

 

2010年5月23日(日)

 

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生きてるだけで「ツイてる!」
感謝感謝の「早川 勝」でした。

E-mail:hayakawa@tsuitel.in

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早川勝メール【518号】がんばらない

2010-05-16

こんにちは。

ご縁があって名刺交換(アドレス交換)させていただきました1,106名の方々へ
一斉自動配信しています。

最近のわたくし、仕事面がちょっと不調気味。
あの手この手でいろいろと試行錯誤を繰り返してきたのですが、
それでもなかなか成果に結びつかないため、
どんどんストイックになっている自分を発見いたしまして、
「あれっ、これはなんか違うぞ」と、
あらゆる決め事を一気に全部やめてしまいました。

楽しくないことや盛り上がらないことはやめました(笑)
毎日やってた早朝会議とか…、ぜーんぶ、やめました。

えっ?それで解決するのかって??

うーん、

とにかく、何かが変化したことだけは間違いありません。
それを証拠に私の周りの空気が変わりました。

今、あらたな気づきのヒントをつかみつつあります。

 

と、前置きはこれくらいにして…、

本日も、
「私の本よりためになるお薦め書籍シリーズ・全400冊」の中から
好評だったバックナンバーをお届けいたします。

それでは、
ためになる抜粋文章をどうぞ。
本日のテーマは…、
【命】
です。

お役に立てれば幸いです。
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私の本よりためになる「お薦め書籍」シリーズ No.172
「がんばらない」
鎌田實
集英社文庫

揺れる命

今から四千年前、人間の平均寿命は十八歳くらいだったと推定される。
そして紀元元年、今から二千年前の平均寿命は、二十二歳といわれている。
二千年かかって、四歳長生きできるようになった。
人間は文化を少しずつ推し進めて、五百年で、寿命をたった一歳延ばすのが精いっぱいだった。
地球が誕生したのが五十億年前、生物が誕生してから約三十億年、
単細胞の生命体から、ゆっくりと多様な物体が生まれ、
生まれてきたものが進化・進歩し、哺乳類が生まれたのが一億年前といわれている。
明治時代の初め、日本人の平均寿命は三十三歳だった。
約千九百年かけて、十一歳寿命を延ばしたことになる。
ということは、百七十三年で一歳、寿命を延ばしたわけだ。
アクセルペダルが少し踏み込まれたが、まだまだゆっくりとした変化だった。
産業革命後、「命」にも急激な変化が起きた。
今、日本の女性の平均寿命は八十三歳。
日本ではこの百年で、五十歳もの寿命を延ばしてしまった。
二年で一歳の寿命を延ばしたことになる。

家族の心の変容

人類が長生きできるようになった結果として、
当然、痴呆の問題が大きくクローズアップされるようになってきた。
八十五歳から八十九歳の老人では、
二十一・六パーセントの方が痴呆になっているデータが報告されている。
長生きのオリンピックに勝ち抜いて得た勝利が、痴呆だったのかもしれない。
アルツハイマー病の患者は、世界に千五百万人以上いるといわれている。
日本では、三十万人のアルツハイマー病の患者を含めて、百万人の痴呆老人がいる。
痴呆とは、一度獲得された知的な能力が、器質的な脳の障害により、
日常生活に支障をきたすような状態といわれている。
痴呆の初期段階は象徴的な症状として、昔のことはよく覚えているのに、
新しいできごとを覚えられないという短期記憶障害がよく現れる。
ぼくが治療していたアルツハイマー病のおばあちゃんも、同じような症状が出ていた。
病気が徐々に重くなっていく。朝食に何を食べたかもまったくいえなくなってしまった。
もともと俳句を趣味にしていた方だったので、痴呆が軽いうちは、
作った俳句を外来診察にきたときに見せてもらいながら、社会性を失わないように指導していた。
しかし次第に俳句が作れなくなっていった。
つぎに家族の誰かに見てもらって、日記を書いてもらうと、当初は大変よい効果を生んだ。
痴呆の進行を少し止められるかと楽しみにしていたが、この日記が問題を起こし始めた。
友人の葬式に行った日に、忘れないように日記を書いてくれたが、
日記帳を開いたときには昼間のことはすでに忘れており、
「友人の見舞いに行ってきた」と書かれていることに、息子さんは気がついた。
翌日、死んだはずの友人のところへ遊びに行くと言い張り家族は困ってしまった。
別の日、水道局の人が来て、一人で留守番をしていたおばあちゃんが自分で払ったが、日記には
「嫁に一万円渡して、自分の好物を買ってきてくれるように命じた。
でも嫁はだまして何も買ってきてくれなかった」と、うらみの言葉が書かれている。錯話だ。
事実無根の作り話も、一度文字に書かれてしまうと、何度説明しても、
かえって誤りを認めづらくなってしまった。書かせた日記が足を引っ張った。
家族も疲れてきた。こんなとき現代の医療は無力だ。痴呆を治すことはなかなかできない。
ぼくたちの仕事は、家族を支えることにシフトしていく。
「神奈川県ぼけ老人をかかえる家族の会」の田中まさ子さんとお会いしたとき、
第一ステップ「とまどい、否定」、第二ステップ「混乱、怒り、拒絶」、
第三ステップ「あきらめ」、第四ステップ「受容」と、揺れる家族の心の内を体験談として教えてくれた。
ぼけた実母を看ていた田中まさ子さんは、混乱して疲れきり、あきらめ、すべてを投げ出そうと思ったとき、
京都で活躍しておられる、ぼけ老人のよき理解者の早川一光先生にお会いし、
肩を抱かれ、ひと言「よくがんばってきたね」といわれた。
このひと言が彼女を絶望から救い出してくれた。
田中さんは自らの経験から、このようなよき理解者がどうしても必要だと力説している。
痴呆性老人を支える家族の、良き理解者を地域で育てていく必要があるように思う。

痴呆性老人を在宅で看取る

明け方の五時、ぼくの家の電話が鳴る。お嫁さんのあわてた声が聞こえてきた。
「おばあちゃんの息がおかしいんです。先生すぐに来てください」
エンドステージになると、家族の安心のために自宅の電話番号を教えておく。
二十四時間体制の当番の保健婦に連絡をとって、患者宅にそれぞれが直行する。
呼吸は停止していた。しかしぼくらは心臓マッサージもしない。もちろん点滴などもしない。
心臓が動いていないこと、瞳孔に対光反射がないことを確認し、死亡を認定する。
すでに家族だけではなく親類や近所の人たちが大勢、おばあちゃんの床の周りを囲んでいる。
お嫁さんの名前を呼ぶ。後ろのほうに小さくなって座っていた彼女が、おずおずと前に出てくる。
「ほんとによく看てあげたね。ぼけてから七年、おばあちゃんも大変だったけど、
床ずれひとつなく、こんなにいい顔であの世に行けて、ばあちゃんは幸せってもんだな。長い間ごくろうさま」
徘徊の時期には、このお嫁さんは何度も村じゅうを探しまわり、疲れ果てていた。
ぼくが往診に行くと家じゅうに鍵がかかり、
目もうつろなお嫁さんが痴呆のあばあちゃんと部屋の片隅に座っていた。
あの光景が今も忘れられない。
見かねて、精神科の先生に、お嫁さんをバックアップしてもらったこともある。
また東京にお嫁にいったおばあちゃんの娘が里帰りしてきたとき、
「嫁はわたしにご飯をくれない」と訴えたので、娘は誤解して手厳しく嫁さんに嫌味をいったらしい。
たび重なる気苦労で、ストレス性胃潰瘍になってしまったお嫁さんが、
それでも必死におばあちゃんを支えていたのをぼくは知っていたので、
みんなの前で彼女に「ありがとう、ご苦労さま」と伝えたかった。
医者の役目というのは、生きるか死ぬかのときに助けることが第一の仕事だと思っているが、
命が途切れるときに臨終を確認する役でもあり、故人と関係のある人々が、
その死を境にみんながどう生きていくのかいっしょに考えていくことも、
医者の仕事かもしれないと最近考えている。医療の仕事は、「生」を支えると同時に、
「死」をどのように支えるかということも問われているように思えてならない。

 

 

2010年5月16日(日)

 

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生きてるだけで「ツイてる!」
感謝感謝の「早川 勝」でした。

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早川勝メール【517号】プロフェッショナルマネジャー

2010-05-09

こんにちは。

ご縁があって名刺交換(アドレス交換)させていただきました1,099名の方々へ
一斉自動配信しています。

お久しぶりです。
2週間ぶりの「早川勝メール」となりました。

GW中はいかがお過ごしでしたか???
明日月曜日からいよいよ本格的に「社会復帰」という方も多いと思います。
日常に戻りますが、頑張っていきましょう。

本日はそんな前向きな方々に耳寄りな情報を一つシェアしますね。

実は知人の中谷さんという方から、
皆さんにお知らせしてほしいと依頼がありまして。
突然なのですが、10日月曜日の夜、新宿にて、
メダリスト・池谷幸雄さんの講演&懇親会があるそうなのですが、
参加枠を数十名分増やしてくれましたので、
もし、参加ご希望の方がいらっしゃいましたら、
直接申し込んでみてください。
(応募者多数の場合は先着順で打ち切りになります)

一緒にオリンピックメダルを触らせてもらいましょう(笑)

 

と、前置きはこれくらいにして…、

本日も、
「私の本よりためになるお薦め書籍シリーズ・全400冊」の中から
好評だったバックナンバーをお届けいたします。

それでは、
ためになる抜粋文章をどうぞ。
本日のテーマは…、
【参加型リーダーシップの質】
です。

お役に立てれば幸いです。
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私の本よりためになる「お薦め書籍」シリーズ     No.267
「プロフェッショナルマネジャー」
58四半期連続増益の男 ハロルド・ジェニーン
アルヴィン・モスコー共著 田中融二訳
プレジデント社

「これが私の最高の教科書だ」
株式会社ファーストリテイリングCEO柳井正 解説

リーダーシップ――現場と「緊張感ある対等関係」をつくれ

僕は、小売業では、お客さまとの接点の最前線である現場が重要だと考える。
店で働く人々の「気づき」がどんどん本部に伝わってこないと、商品の品質向上もできない。
店で働く人が、「この商品のここはもっとああしてほしい」
「こうしないと売れない」と感じたのであれば、
お客さまはもっと強く感じているはずだ。それを直ちに本部に伝えてもらう。
そうなるには、商品を売らされているのではなく、
自ら商品にコミットし、自分で売る感覚を日常化することが必要だ。
そこで大切な前提は、社長でも社員でもパートでも「対等」であることを、
働く人々が現実に実感できることだ。
お互いに努力して一つの目標を実現したいと思えるのは、全員が対等だと信じられるからだ。
これがあって初めて、経営や店舗運営におけるリーダーシップが発揮できる。ジェニーン氏は言う。
「(リーダーシップは)最高経営者と彼を中心としたトップ・マネジメント・チームの性格の反映として、
どんな企業の中にもあって、それぞれの会社の個性をつくり出している。
私の考えでは、リーダーシップの質こそ、
企業の成功をもたらす処方に含まれる最も重要な成分である」
僕は、「リーダーシップの質」とは、全員が対等で、現場の人が自分で考え、
本当の自分の意見を出し合えるようにすることだと考える。ジェニーン氏は、
「私の考えでは、楽しい繁栄の雰囲気をつくるのに最も重要な要素は、経営組織の上下を通じて、
開放的で自由で率直なコミュニケーションを定着させることである」
とも書いているが、これは人を動かすための大原則である。
僕は、事業はスポーツに似ていると思う。
例えば、サッカーでいえば、監督はゴールの所在を告げ、ゴールにたどり着くためのルールと戦略を示し、
選手の適性に合うポジションを割り振り、厳しい練習を重ねる。
しかし、状況が変化し続ける試合の最中に、「ここでキックしろ」と命令することはできない。
選手個々人が、与えられた戦略的知識を活かし、
自分のポジションを考え、状況を把握して臨機応変に動く。
そこでは、自分は命令する人、僕は命令通りにやる人と言う関係は成立しない。
それでは、試合に負ける。
事業も同じだ。目標と戦略、方法論は示すが、
「あとは個々に考えて、一緒にやりましょう」と社員に言う。
僕は普段、「お客さまが考えずに買える売り場、単純明快な売り場をつくってください」
と舌足らずな断言口調の言い方しかできない。
だから、僕の考えをかみくだいて、実現可能な道筋をつけてくれるパートナーを常に求めている。
ジェニーン氏も同じだったと思う。彼は書く。
「私に固有のリーダーシップの感覚の傾向として、それをなし遂げる最善のやりかたとして選んだのは、
ほかの人びとと一緒にボートに飛び乗り、オールをつかんで漕ぎ始めることだった。
仮に名づけるなら、参加型リーダーシップと呼んでもよかろう」

一番いい会社とは、「社長の言っていることがその通り行われない会社」ではないかと僕は思う。

社長の言ったことをすべて真に受けて実行していたら、会社は間違いなく潰れる。
社長の意見が間違っていることや、もっといいやり方があるかもしれない。
社長の言いたいことの本質を理解し、現場では自分なりにその本質を見極め、
どう具体化するか考え、そして実行する。もちろん、実行した結果については報告を求める。
スーパースター店長という仕組みをつくったのも、
会社全体をそういう方向に持っていきたいと考えたからだ。
店長の仕事で最も重要なことは、人を動かすことだ。店舗には三〇人から四〇人の従業員がいる。
従業員を動かしてお客さまのために買っていただける売り場環境にしておくことが第一である。
従業員がきびきびとした元気な態度で接客できるようにする。
当然、店長は部下よりも断然、気を使わなければならない。
店舗の従業員が活性化すれば、事業が伸びる。
店長が、自分の役割を果たし、
お客さまと従業員に支持される店になっているかどうかは業績に表れる。
業績が上がれば、報酬で報いる。
店長個人の人柄や努力も二割は評価するが、基本は成果主義である。
僕は、成果以外に給料をもらう理由はないと思う。

 

 

2010年5月9日(日)

 

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