6月, 2009年

早川勝メール【475号】人生はかなりピクニック

2009-06-27

こんにちは。

ご縁があって名刺(アドレス)交換させていただきました871名の方々へ
一斉配信しています。

来週に予定されていましたハワイへの表彰旅行が10月に延期になってしまいました。
理由は皆さんお察しの通り…、
新型インフルエンザの影響です。

私自身は海外旅行自体あまり好きというわけでもなく、
むしろ面倒くさいので「旅行より仕事しているほうが楽」
というタイプなのですが、
ハワイコンベンションを楽しみにしていた社員たちとそのご家族の気持ちを思うと
残念でなりません。

それにしても、
そのインフルちゃん問題。
ちょっと「騒ぎ過ぎ」ですよねぇ…。

今回のハワイ旅行延期については、
組織として適切な判断なのではないかということで、
まあ、仕方ないとしても、
世間では、やれ「学校閉鎖」だの、
「防災グッズ買い占め」だのと大変な騒ぎようだし、
会社によっては、「海外渡航禁止」だとか、
「全社員仕事中マスク着用」だとか、
「家族が1人でも発熱したら出社厳禁」だとか、
過剰にエスカレートしてますよねぇ…。

でも、その「マスク」について…、
テレビで専門家の人が
「マスクをしてもインフルエンザの感染を防ぐ効果はない」、
って断言していましたけど…。
本当でしょうか???

きっとそのうち、
日本人全員「ガスマスク着用」しないと外出しちゃいけない法案が国会で可決…、
なんてことになるかもしれませんね(笑)

…と、
前置きはこれくらいにして、
それでは
「私の本よりためになるお薦め書籍シリーズ・全400冊」の中から
好評だったバックナンバーをお届けいたします。

本日のテーマは
【本当のやさしさ】です。
お役に立てれば幸いです。
↓↓↓↓↓↓↓↓
私の本よりためになる「お薦め書籍」シリーズ  No.46
「人生はかなりピクニック」
山﨑拓巳 著
サンクチュアリ出版

Hope every friends around you will be happy
あなたと出逢った人にいいことが起きますように

こんな力があなたにあると想像してみて下さい。

「あなたと出逢った人にいいことが起きる」

「何をしてあげればいいの?」

特別なことをする必要はありません。

「その人にいいことが起きている様子」をあなたの心に描く。

その人にはあなたの中にある力と同じだけの力が存在します。

その人のことを心配してはいけません。

心配すると凄い力を眠らせてしまいます。

その人の力を信じてあげて下さい。

あなたとその人の心の底で行われるコミュニケーションの仕業。

あなたと出逢った人にいいことが起きますように。

(中略)

GENTLE 「やさしさ」

>>>それは

「その人をプロデュースしていくこと」

から生まれる。

「支配」するのではなく、その人に対して「どう在る」か・・・を考えよう。

親は子供の、上司は部下の、僕は友達の・・・「プロデューサー」だ。

「仕事」という、時として厳しさを求められるシーンでも、

「この人を世に出してゆくのが自分の役目だ!」という気持ちを持って接する。

その人をプロデュースする!

そんな時、本当の意味の「やさしさ」というオーラが出始める。

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早川勝メール【474号】 壁

2009-06-20

こんにちは。

ご縁があって名刺(アドレス)交換させていただきました869名の方々へ
一斉配信しています。

昨年の配信メールの中で紹介した「町内対抗運動会綱引き事件」、
覚えておいででしょうか???
競技中に綱引き用のぶっとい綱が真っ二つにちぎれてしまい、
パニック状態になったという話…、しましたよね???

実は今年も運動会で大事件が発生しました。
先日、娘が通うY中学校の運動会を見学に行ったときのことです。
運動会はとても盛り上がり、
クライマックスでは優勝した組の先生が生徒たちに胴上げされるシーンに立ち会うことができました。
やっぱり青春って素晴らしいなぁ…、
と、感動に浸っている間もなく、
その先生…、
胴上げの最後にそのままおもいきり落下してしまい、
救急車が出動する騒ぎになってしまいました。

幸い大事には至らなかったのですが…、
怖いですよねぇ…胴上げ。

聴くところによるとその先生…、
胴上げしてもらえるくらいですから、
さぞかし人気者の先生なんだろうと思っていましたら、
どちらかというと生徒に「嫌われていた」らしく…。
えっ?
ということは、
これは事故だったのか…、
それともまさか故意だったのか…。

なんて、考えすぎでしょうか???

考えすぎですよね…、すいません。

でも皆さん、
胴上げされる際はくれぐれも気をつけてくださいね(笑)

…と、
前置きはこれくらいにして、
それでは今回も
419冊目のオススメ書籍からの抜粋文章をご紹介します。
テーマは…
【ネガティブな感情の正体】
です。
お役立てれば幸いです。
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私の本よりためになる「オススメ書籍」シリーズ【No.419】
『壁』
あなたの「壁」をぶち壊す すごい心理セラピー
石井裕之著
フォレスト出版

**すべてのネガティブにはポジティブへの信頼がある

ちょっと、考えてください。

たとえば、私がなにか卑怯な行為をしてしまって、大好きな女性から

「あんたなんか男じゃない ! 」

と怒られたとします。あくまでも、たとえばの話ですが。
そうすると、当然、私は傷つくわけです。
「男らしくない」となじられたわけですから。
しかし、こういう文脈で「男じゃない」とか「男らしくない」と言われたということは、
つまり、それでもやっぱり私は男だと認めてもらえているということです。
だって、男でなかったら、そもそも「男らしくない」などというお叱りの言葉自体が成立しません。

当たり前の理屈ですが、どうかうんざりしないで、もう少しだけこの話に付き合ってください。

たとえば、ご家族の夕飯を毎晩あなたが作っているとします。
ある日の夕食で、新しいレシピにトライしてみました。しかし、ご家族は、顔を曇らせて、
「これはあまりおいしくないなあ」と言います。
あなたはがっかりするでしょう。
せっかくチャレンジして作った料理を「おいしくない」と言われたのですから。
それは落胆もするでしょう。
しかし、これも同じように考えてみますと、
いつもおいしいからこそ、「おいしくない」という言葉が成立するのです。
そうでなければ、「おいしくない」などと言われるはずはありません。
毎晩毎晩いつもおいしくないのだとしたら、わざわざ取り立てて言う必要もないのですから。

こんなふうに、すこしだけ掘り下げて考えみれば、

どんなネガティブなものも、なんらかのポジティブなものへの信頼がある

ということがわかります。
「男らしくない」と女性に罵倒されても、
それはつまり男らしくあれる私を彼女が信じてくれているからこそなのです。
「おいしくない」と言われたということは、
ほんとうはもっとおいしいものを作れるのだと信頼してもらっているからこそです。
このように、すべてのネガティブには、ポジティブへの信頼があります。
まず、そういうふうにとらえられるメンタリティーがほしいのです。

**すべてのネガティブにはポジティブを土台にしている

さらに屁理屈をこねさせてください。

ネガティブな概念には、実体がありません。

たとえば、「鯨は存在する」ということを証明することは、方法としては可能です。
ただ鯨を見つけてもってくるなり撮影するなりすれば、誰も文句を言わずに認めてくれるはずですから。
「存在する」というのがポジティブな命題なら、「存在しない」というのはネガティブな命題ですが、
それでは、「鯨を存在しない」ということを証明する方法があるでしょうか?
存在しないものは見つけることももってくることもできません。
だって、「ない」のですから。
したがって、「鯨は存在しない」ということを証明することは、現実的にはできないはずです。

何が言いたいかというと、「~がない」というのは、あくまでも概念の遊びに過ぎない、ということです。
その意味で、「~がない」というネガティブな概念には実体がないと言えます。
ネガティブな概念には実体がないのだとすれば、
それは、実体のあるポジティブな概念を土台にしてはじめて成立します。ですから、

どんなネガティブも、なんらかのポジティブを土台にしている。

と言えると思うのです。
もうすこしわかりやすい例として、使い古されたたとえを使いましょう。

「猿のことは考えるな」

と言われたとします。「~するな」というのですから、これはネガティブな命令です。
しかし、この命令を理解するためには、やっぱり猿のことを考えなくてはなりません。
どうしても「いったん猿のことを考える」というポジティブな行為があって、
それから「あ、これ考えちゃいけないんだ」とそれを否定するネガティブな行為をするという順序を踏まなくては、
「猿のことを考えるな」という言葉を理解することができません。
ネガティブというのは、「何か」を否定することですから、
その「何か」が存在しなければネガティブそのものも存在しえない、ということです。
ポジティブを土台にしなければネガティブも成立しない、というのは理屈っぽく説明すればそういう意味です。

**ネガティブな感情の正体

そうすると、これは概念だけにとどまらず、たとえば、
「私には到底できっこない」「そんなにうまくいくはずがない」というような、
ネガティブな感情や考えについても同じことが言えるのではないでしょうか。
否定的な感情があなたの中に出てきたときにも、
「このネガティブな感情は、やっぱりポジティブな何かを土台にしているはずだ」
と考えることができるはずです。
つまり、

ネガティブな感情や考えの正体は、実はポジティブな何かである

と言ってもいいと思うのです。

先ほどの鯨の例と同じように、「できる」ということを証明するには、やってみせればいいのです。
だから、「できる」というポジティブなことは、すくなくとも方法としては、証明することが可能です。
でも、「できない」ということはどうやって証明できるのでしょう ?
やってみてできなくても、もう一回やればできるかもしれない。
それでできたらやっぱりできたということです。
二回目でダメでも、あと十回やればできるかもしれない。
あるいは、千回目にできるかもしれない。

千回ずっとダメだったとしても、それは、千一回目にもできないということの証明には決してならない

のです。だから、どこまでいっても、「できない」ということは証明できないはずです。

その意味において、「できる」と思えるあなたの自信は、その自信がどれほど根拠のない自信だったとしても、
妥当だと言えます。実体があると言えます。
しかし、「できない」というあなたの自己不信は、実体のない不信です。
どこまでも証明不可能です。
だから、

「私にはできない」ということを信じこんでいる人というのは、まったく盲信的な人。

だと私は思うのです。

別の角度から言えば、できる可能性を信じているからこそ「できっこない」という考えも出てくる。
ほんとうにゼッタイできないことなら、「できっこない」などとわざわざ考える必要もないのです。

同じように、「ひょっとすると、あるいはうまくいくかもしれない」という期待があるからこそ、
「うまくいくはずがない」という発想も出てくる。
私たちはよく、大切な場面で緊張してしまうことがあります。
しかし、それは、「失敗するかもしれないから緊張する」のではありません。むしろ、

成功するかもしれないから緊張する

のです。
だって、絶対に間違いなく失敗するとわかっているシチュエーションだったら、
そもそもどうして緊張する必要なんかあるのでしょう ?
それと同じことです。
ネガティブな感情や考えも、
やっぱりその正体はポジティブな何かなのです。

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早川勝メール【473号】話を聞かない男、地図が読めない女

2009-06-13

こんにちは。

ご縁があって名刺(アドレス)交換させていただきました868名の方々へ
一斉配信しています。

先週末の夕方、
大きくて色鮮やかな「虹」を見ました。
皆さんの中にも、「あー、見た見た!」という方も多いのではないでしょうか?
いや~、キレイでしたねー!
感動しましたよ。
人生初の体験だったかもしれません。

私の場合、ちょうど東京湾クルーズを楽しもうと、
まさに船に乗る直前の出来事でした。
レインボーブリッジに「レインボー」がかかっている景色って、
なかなかオシャレでしたよ。
めったに見られるものではありませんよね。
ホント、ツイてました。
実はその日は、
船上パーティーだったんです、
ルーキー・コンベンションの表彰式をシンフォニー号で…、
という会社のイベントでした。
虹だけでなく、船から眺める東京の夜景や、
遠くにはディズニーランドの花火まで楽しむことができました。

もちろん、表彰パーティーも最高でした。
恵比寿GLADからは全国最多の入賞者数ということで
私としても鼻高々、テンションは上がりっぱなしでした(笑)
そして、その夜はインターコンチで二次会⇒さらに会社負担で宿泊も…。
いや~、いろいろと贅沢をさせていただきました。

来年もぜひ参加したいです。

今年は「天からのお祝い」として『虹』が届けられましたが、
来年は虹よりも豪華な自然界からの祝福を期待しちゃいます。
たとえば、
そうですねぇ…、
皆既日食とか(笑)
または日本では普通見られない「オーロラ」なんて素敵です!!!

皆さん、ご一緒にいかがですか?

私がふたたび「奇跡」を起こします(笑)

…と、
前置きはこれくらいにして、
それでは
「私の本よりためになるお薦め書籍シリーズ・全400冊」の中から
好評だったバックナンバーをお届けいたします。

本日のテーマは
【答えを言わないコミュニケーション】です。
お役に立てれば幸いです。
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私の本よりためになる「お薦め書籍」シリーズ  No.79
「話を聞かない男、地図が読めない女」
男脳・女脳が「謎」を解く
アラン・ピーズ+バーバラ・ピーズ
藤井留美=訳

話すこと、聞くこと

バーバラとアランは、これからカクテルパーティーに出かけるところだ。

ドレスを新調したバーバラは、服装にことのほか神経を使っている。

ブルーの靴とゴールドの靴を両手に掲げた彼女は、

世のすべての男を震撼させる質問をアランに放った。

「ねえ、このドレスにはどっちの靴が合うと思う?」

さあ、面倒なことになったぞ。アランの背筋を冷や汗が流れる。

「うーん、そうだね・・・君が好きなほうでいいんじゃないか」。

はっきりしない答えに、バーバラはいらだつ。「お願いよ、アラン。ブルーとゴール
ドのどっちがいいの?」。

アランはたまらず、「ゴールド !」と口からでまかせに言った。

でもバーバラは容赦ない。「あら、どうしてブルーじゃいけないの?こっちの靴じゃ
いやなのね?

値段が高いのに買っちゃったから、あなた、根に持っているんでしょ? 」アランは
肩をがっくり落とす。

「僕の意見を聞くつもりがないんだったら、最初から質問しなきゃいいんだ」。

せっかくアドバイスしてやったのに感謝ひとつされないなんて。

バーバラの問いかけは、女の典型的な話しかたのひとつだ。

どっちの靴をはくか、彼女の心はもう決まっていて、いまさら他人の意見など聞きい
れるつもりはない。

ただ、それでいいという最終確認がほしいだけなのだ。

この章では、そんな男と女のコミュニケーションについて見ていこう。

「ブルー、それともゴールド?」と聞かれたら

女性に「ブルー、それともゴールド?」と聞かれたら、男はぜったいにどちらかを答
えてはいけない。

代わりにこう聞きかえすのだ。「君はもう決めてるの?」

たいていの男は二者択一で答えると思っているから、意外な対応に女はどぎまぎす
る。

「えっ、ええ・・・・・私としてはゴールドがいいかなと・・・」。

不安そうな口調だが、気持ちはすでにゴールドと決まっている。

「どうしてゴールドのほうがいいと思ったんだい?」とさらに問いかけてみよう。

「だってアクセサリーもゴールドだし、ドレスにも同じ色の模様が入っているし」と
いった答えが返ってきたら、

もののわかった男ならすかさずこう言うだろう。

「それでぴったりじゃないか! いい選びかたをしたね。すてきだよ! 」

これで二人はお熱い夜を過ごせるというわけだ。

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早川勝メール【472号】仕事の報酬とは何か

2009-06-06

こんにちは。

ご縁があって名刺(アドレス)交換させていただきました866名の方々へ
一斉配信しています。

森光子さんが、「放浪記」の舞台
2000回の偉業を達成されたニュースは、
皆さん、すでにご存知のことと思います。

それにしても、
凄いですよね~!!!
89歳ですよ…89歳!!!
来年は90歳。
いくら高齢化が進んで元気なおじいちゃんおばあちゃんが増えている昨今とはいえ、
やっぱり凄すぎます。
宇宙人ですよ。

ちまたでは、
森光子さんのことを、
「一年たつと、二歳若返る魔術師」なんだという説が、
まことしやかに囁かれているんだとか…。
某スポーツ新聞に書いてありました。

いやいや、
まんざらデマではないんじゃないかと、
信じたくもなります。

もしも仮に、
私がその魔術を身につけたとすると、
50歳になったときには、38歳、
還暦を迎える頃には、18歳の身体に戻ることになります。

えっ!?
今のままでも十分に若いって!?

ありがとうございます(笑)

う~ん、

なんだか森光子になれるような気がしてきました。

まあ、少なくとも、
「気持ち」だけは若返っていたいな…と思いますけど。

これからも、
引き続き、自由気ままに、
私の人生で「放浪“気”」を演じ続けていきます(笑)

…と、
前置きはこれくらいにして、
それでは
「私の本よりためになるお薦め書籍シリーズ・全400冊」の中から
好評だったバックナンバーをお届けいたします。

本日のテーマは
【失われぬ報酬】です。
お役に立てれば幸いです。
↓↓↓↓↓↓↓↓
私の本よりためになる「お薦め書籍」シリーズ  No.78
「仕事の報酬とは何か」
田坂広志 著
PHP研究所

決して失われぬ報酬

なぜ、我々は、働くことの喜びを失ってしまったのでしょうか?

これほど忙しく毎日働いても、
これほど一生懸命働いても、
なぜか、働くことの喜びを感じられない。

そう感じている方々は、決して少なくありません。

なぜ、我々は、働くことの喜びを失ってしまったのでしょうか。

それは我々が、大切なものを見失ってしまったからです。

「仕事の真の報酬」

その大切なものを見失ってしまったからです。

例えば、いま、世の中の「常識」となっている考えがあります。

「仕事の報酬は、給料や収入である」
その考えです。

しかし、この考えには大きな落とし穴があります。

なぜなら、この考えは、我々の無意識に、
ある「観念」を刷り込んでいくからです。

「仕事とは苦役であり、
その苦役の代価として、
金銭という喜びが得られる」

その「観念」を刷り込んでいくのです。

そして、その「観念」は、
我々から大切なことを忘れさせてしまいます。

「仕事そのもののなかに、
大きな喜びがある」
そのことを忘れさせてしまうのです。

例えば、我々は、しばしば、こういった言葉を耳にします。

「仕事は面白くないけど、給料がいいから我慢している」
「仕事はつらいけれど、生活のためには、仕方がない」

たしかに、我々の仕事の現実は、決して甘いものではない。
ときに、深く溜め息をつくときもある。
ときに、逃げ出したくなる瞬間もある。

しかし、溜め息をつき、逃げ出したくなる仕事の中にも、
やはり、喜びが、ある。

喜びを感じる瞬間が、ある。

例えば、上司の一言。
上司から贈られる「力をつけたな」の一言が、
大きな喜びになる瞬間が、ある。

「腕を磨く」ことの喜びを感じる瞬間が、ある。

例えば、顧客の笑顔。
顧客が笑顔でかけてくれる「ご苦労さん」の言葉が、
爽やかな喜びになる瞬間が、ある。

「良き仕事を残す」ことの喜びを感じる瞬間が、ある。

また、例えば、仲間の思い。
仕事の壁に突き当たったとき、仲間から伝わってくる温かい思いが、
深い喜びになる瞬間が、ある。

「心の世界が広がる」ことの喜びを感じる瞬間が、ある。

どのような仕事の中にも、
そうした喜びの瞬間が、あります。

「腕を磨くことの喜び」
「仕事を残すことの喜び」
「人間を高めることの喜び」

そうした喜びの瞬間が、あります。

そして、そうした喜びこそが、
素晴らしい「報酬」。

「仕事の真の報酬」なのです。

しかし、それらは「目に見えない報酬」です。

「職業人としての能力」
「作品としての仕事」
「人間としての成長」

それらは「収入」や「地位」などの
「目に見える報酬」ではなく、
「目に見えない報酬」なのです。

それゆえ、我々の中に、
その「目に見えない報酬」を見つめる力がなければ、
我々は、決して、その「真の報酬」を得ることはできません。

逆に、その「目に見えない報酬」を深く見つめ、
それを求めて歩む「心の姿勢」があるならば、
おそらく、我々は、
日々の仕事の中から、「無限の報酬」を得ることができるのでしょう。

されば、問われているのは、何か。

「目に見えない報酬」を見つめる力。
「目に見えない報酬」を求める心の姿勢。

その力であり、心の姿勢なのです。

では、その「目に見えない報酬」の中でも、
「最高の報酬」は、何か。

「人間としての成長」です。

なぜなら、それは、「決して失われぬ報酬」だからです。

例えば、「給料」や「収入」。

それは、言うまでもなく、
使い果たせば、失われてしまう報酬です。

そして、「役職」や「地位」。

それも、その職を辞すれば、失われてしまう報酬です。

では、「能力」という報酬はどうか。

一人の人間が、永年かけて身につけ、磨いてきた能力は、
それほど容易に失われることはない。

しかし、ときに、技術の革新や仕事の変化のなかで、
苦労して身につけた能力が、価値を失ってしまうときは、ある。

されば、「仕事」という報酬はどうか。

もし、その仕事の作品が、建築物や製品などの作品であるならば、
その作品は、永く失われることはない。

また、その作品が、形に残らないサービスなどの作品であったとしても、
その作品に触れた人々の心に永く残ることは、ある。

しかし、やはり
いつか、建築物は壊され、製品も壊れていく。

そして、素晴らしいサービスの記憶も、
いつか、人々の心から忘れ去られていく。

そのことを考えるならば、
「収入」や「地位」という報酬はもとより、
「能力」や「仕事」という報酬もまた、
「いつか失われる報酬」なのです。

しかし、「人間としての成長」。
それは「決して失われぬ報酬」です。

仕事を通じて、心の世界を広げていく。
心の世界を深めていく。
仕事を通じて、人間を磨いていく。人間を高めていく。

そうして得られた「成長」という報酬は、
我々が、その生涯を終える日まで、
決して失われることのない報酬です。

いや、そうではない。

それは、
我々が、その生涯を終えても、
決して失われることはない。

なぜか。

後に続く人々がいるからです。

振り返れば、我々の後には、
多くの若き世代の方々が、いる。

そして、この方々は、
我々の後ろ姿を、見つめている。

我々が、一人の人間として、
この「人間成長」という山の頂に向かって、
どのように登り続けていったか、
その後ろ姿を、見つめている。

たとえ、遅々とした拙い歩みであろうとも、
たとえ、その道の途上で、力尽きようとも、
「人間成長」をめざして登り続けていった
一人の人間の後ろ姿を、見つめている。

そして、その若き世代の方々も、
いつか、その山の頂に向かって、歩み始める。

我々の残した、その後ろ姿の記憶を、胸に。

その彼らの姿を、遠く見つめるとき、

我々は、そこに、

決して失われることのない報酬を見るのでしょう。

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