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早川勝メール【740号】河合隼雄の幸福論 養老孟司氏推薦!心の奥底にしみこむ話がたくさん載っています

2015-02-22

皆様

こんにちは。
ご縁があって名刺交換させていただいた方々へ
一斉配信しています。

実は私、
女優「井川遥さん」のファンでございまして。

特に、ここ最近になってからは、
年をとるごとに
ますます美しさが磨かれているようで、
ファン度も高まっております。

きっと皆さんの中にも、
そのように感じている方が
多いのではないでしょうか。

歴代の「ハイボール女優」の中でも
井川遥さんの魅力は、
群を抜いていますよね。

もし、あのCMのような「バー」が
近所にあったとしたなら、
毎晩のように通ってしまうかも。

ハイボールを何杯もおかわりし、
メンチカツを口にくわえたまま酔いつぶれ(笑)、
茫然自失な日々に堕ちてしまうことでしょう。

そんな輝いている井川遥さんも、
自宅へ帰れば、二児の母とのことですが、

とてもとても6歳の女の子と3歳の男の子がいるような
「38歳のお母さん」は見えません。

今、日本で最も美しい「お母さん女優」である、
と言っても過言ではないでしょう。

となると、井川遥さんのご主人の存在って…、
いったいどんな人物なのだろうか、
と、気になるところですよね。

そのご主人というのは、
「パイオニアの創業者の孫」にあたる、
ファッションデザイナーのM本氏。

やっぱり、
エリート、イケメン、資産家、
なのでしょうか。

私早川と同い年の「52才」だというのですから、
本当に羨ましい限りです。

しかし、ここ数年、
アパレル業界市場全体としては
業績が伸びている一方、
特定のデザイナーによる国内ブランドは、
買収されたり、売り場面積が縮小。

大量生産が主流の「しまむら」「ユニクロ」などが店舗数を増やし、
「H&M」「ZARA」などの海外ファストファッションブランドも
売り場面積を拡大しています。

デザイナーにとっては、
やはり厳しい時代のようで…。

ゴシップ通の情報によれば、
ご主人のM本さんも例外ではないというのです。

そんなご主人のピンチを救うため、
井川遥さんは、
ドラマ、CM、バラエティに出ずっぱりの
“仕事しますモード”で、
「私が家族を支えるしかない!」
と頑張っているとかいないとか。

女優の商品力は「美しさ」。

井川遥さんの美貌が磨かれていった裏側には、
肝っ玉母さん的な「家族愛」が隠されていたのですね。

夫のピンチに、
妻が…、
一家を支えていく。
母が…、
一家を支えていく。

それもまた、
素晴らしいことではありませんか!

頑張れ!
井川遥さん!

頑張れ!
全国の働く女性たち!

 

と、本日の前置きはこれくらいにして、
メインコンテンツに入ります。

今週も新たに613冊目の「お薦め書籍」から
ためになる一節を抜粋し、ご紹介いたします。

本日のテーマは、
【満ち足りた人生】
です。

お役に立ちましたら幸いです。
それでは、どうぞ!
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私の本よりためになる「お薦め書籍」シリーズ No.613
「河合隼雄の幸福論」
養老孟司氏推薦!
心の奥底にしみこむ話がたくさん載っています。
河合隼雄著
PHP研究所

 

「満ち足りた人生」というのは、
人間にとっての一つの理想像であろう。

何も不自由はない、
いつも満ち足りた気持ちで一生を過ごせたら、
それは幸福そのものなのではないだろうか。

といっても、
実際にはそんな生活はあるのだろうか。
あるいは、
どうすればそれを手に入れられるだろう。

このようなことを考えるとき、
私は昔話のなかに適当なものがないか、
と探してみる。

昔話は長い間にわたって
人々が口伝えにして保持してきたものだけあって、
一見荒唐無稽に見えても、
なかなかの「民衆の知恵」のようなものを
内包していることが多い。

そんなわけで、
いろいろと昔話を読んでいると、
いいのが見つかった。

イタロ・カルビーノ『イタリア民話集』(岩波文庫)のなかに
「満ち足りた男のシャツ」というのがあった。

その話をまず紹介しよう。

ある王様の一粒種の王子は、
いつも満たされる心をかかえて、
一日中ぼんやりと遠くを見つめていた。

王様は息子のために
いろんなことをしてみたが駄目だった。

王様は学者たちに相談した。
学者たちは
「完全に満ち足りた心の男を探し出して、
その男のシャツと王子様のシャツを取りかえるとよろしい」
と忠告してくれた。

王様はお触れを出して、
「心の満ち足りた男」を探させた。

そこへ一人の神父が連れて来られ、
「心が満ち足りている」と言った。

王様は「そういうことなら大司教にしてやろう」
と言うと、
神父は「ああ、願ってもないことです」
と喜んだので、
王様は「今よりもよくなりたがるような人間は満ち足りていない」
と、追い払ってしまった。

王様もなかなかの知恵ものである。

つぎに近くの国の王様が
「まったく満ち足りた」生活をしている、
というので、使節を送った。

ところがその王様は
「わたしの身に欠けているものは何一つない。
それなのにすべてのものを残して死なねばならぬとは
残念で夜も眠れない」
と言うので、これも駄目ということになる。

王様はある日、狩りに出かけ、
野原で歌を歌っている男の声が
あまりにも満ち足りていたので、
話しかけてみる。

王様が都会へ来ると厚くもとなすぞ、
などと言うが、
若者は「今のままで結構です」と言う。

王様は大喜びだ。

ついに目指す男を見つけたので、
これで王子も助かると思い、

若者のシャツを脱がそうとしたが、
「王様の手が止まって、
力なく両腕を垂れた。

男はシャツを着ていなかった」。

これでお話は終わりである。
皆さんはこの話をどう思われますか?

昔話は読んだ人がそれぞれ好きなことを考えればいいので、
別にそこに「正しい答え」があったりするわけではない。

つまらないと思う人は、ほうっておけばいい。

この話は、私には結構面白かった。

満ち足りた男というので、まず聖職者が現れ、
それも結構世俗的な出世欲をもっていることがばれてしまう。

つぎに、何でもかでも持っている王様が候補者になるが、
「死」を恐れているために「満ち足りた」気持ちになれない。

最後のところで、
何も持たない、シャツさえ着ていない男が
「満ち足りた男」として登場する。

「満ち足りる」というときに、
すぐわれわれが考えるのは、
何か手に入れることの方だが、
むしろ、何も持たない者こそ
満ち足りていることを示す点が心憎い。

人生には面白いパラドックスがあって、
昔話はそのようなことを語るのに向いているようだ。

男のシャツを譲り受けようとしても駄目だったことは、
ほんとうに「満ち足りた生き方」などというのは
他人からの借りもので、できるはずがないことを
示していると思われる。

これさえあれば、息子は幸福になると喜んだ王様が、
相手が裸と知って落胆するところが印象的である。

考えてみると、
息子に満ち足りた生活をさせようと
父親がやたらに熱心になる、
という出発点から違っていたのかもしれない。

満ち足りた生き方をするためには、
ものを持たない方がいいとばかり、
持っているものをどんどん捨てていくのも
一つの生き方だが、

最初から「満ち足りた人生」など狙わず、
少しずつ手に入ったものを楽しむ、
という生き方もあるだろう。

(中略)

おかあさん

NHKテレビに「クイズ日本人の質問」という番組がある。
視聴者の応募した質問に答えるのだが、
何といっても質問も答えも奇想天外なのがあって面白い。

先日は
「コウモリは高周波で交信し合っており、
それは人間には聞こえない、
しかし、それを人間が聞こえる程度の周波に変えてくると、
日本語に非常に近いのがある。それはどんなのか」
などという、驚くべき質問があった。

確かに、コウモリは高周波の音波
(と言っても人間の可聴範囲をこえる)
を出して交信し合っていることは知っていたが、
それを人間の聞ける範囲に波長を変えると、
「日本語」になるというのだから、
うそのような話である。

そしてテレビをみていると、
赤ちゃんのコウモリが母親を呼んでいる「声」が
「おかあさん」とはっきり聞こえてくるのだ。

これにはまったく驚いた。

母親はその呼びかけに応じて飛んでくる。

「おかあさん」という音の響きのもつ
底知れない力をあらためて感じさせられた。

「ママ」というのも発音しやすいし、甘い感じもするので、
外国語では「ママ」「マミ」などが多く、
日本人も取り入れている家が多いが、
「おかあさん」は、
コウモリも使っているのだから凄いものである。

次にあげるのは、小学三年生の、
すがいゆり子さんの作った詩である。

「かあちゃん」「かあちゃん」
なんべんいうても
ええ なまえや
わたしも
かあちゃんになるんやで
ねー
わたし
かあちゃんみたいにふとらんね

コウモリの赤ちゃんも詩をつくったら、
こんなのをつくるかもしれない。

「なんべんいうても ええ なまえや」
というところは、まったく同感だろう。

当世は「マザコン」「教育ママ」などの多くの造語が示すように、
母親の評判はあまりよくない。

確かに母性の押しつけは、
母親にとっても、子どもにとっても嫌なことである。

昔の日本は、絶対肯定の母親像があまりにも強すぎたので、
今ではそれに対する反発が強いのも当然である。

しかし、コウモリの赤ちゃんの
「おかあさん」という声を聞くと、
ジンと応えてくるのも事実である。

実は先に引用した詩は、
日本童詩研究会議『おかあさん』(理論社)からの引用である。

最近出版されたものだが、
昭和三十四年(一九五九年)から三十七年まで
児童詩誌「きりん」に掲載された作品から
「おかあさん」にまつわるものを
まとめて出版されたものである。

子どもたちの目は温かく鋭く、
今読んでも実に素晴らしい。

おしろい
内田ひろ子(五年)

お母さんの顔にあざがある。
やけどだ。
でも、おしろいを
つけると
すこしはきえる。
私は、やっぱり
おしろいをつけない
お母さんのほうがいい。

「おしろいをつけない お母さんの方がいい」
というところに、
内田さんのお母さんに対するおもいがよく出ている。

「やけど」のところを、
親の欠点として読みかえてもいいではないか、と思う。

欠点がどれほどあっても、
「そのまま」のお母さんが好きなのである。

子どもに会うのに厚化粧をすることはない。

最後にもうひとつだけ引用しよう。

しりたいねん
谷口のり子(三年)

あたし
おとうちゃんと
おかあちゃんが
どうしてすきになったか
しりたいねん

それから
みあいか れんあいか
しりたいねん

それから
どうして すきになったのに
けんかばっかりしてんのか
しりたいねん

 

 

2015年2月22日(日)

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早川勝
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最新刊
「死ぬ気で働く営業マンだけがお客様に選ばれる」
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早川勝メール【739号】善の根拠 私にも、私の生にも根拠はない。では、なぜ生きるのか。

2015-02-15

皆様

こんにちは。
ご縁があって名刺交換させていただいた方々へ
一斉配信しています。

先日、「丹波の黒豆」を贈っていただいたばかりの
京都のKさんより、
今度は、日本一美味しい「しらす」が
我が家に届きました。

お店を出せるくらい大量に、
箱いっぱいの「しらす」をいただきました。

バレンタインデーに「しらす」の贈り物とは、
粋な大人の心遣いですよね。

「しらす」にはカルシウムや
ビタミンが豊富に含まれていて、
コレステロールを下げる効果もあり、
健康にもいい。

甘いお菓子よりも、
「中高年向き」です。

Kさん、ありがとうございます。

「丹波の黒豆」も絶品の味わいでしたが、
今回の「しらす」も……、
これがもう最高に旨い!

さらに、
Kさんの「しらす丼レシピ」によると、
(1)「ゴマ油」と(2)「卵かけご飯用のお醤油」
をほかほかご飯に混ぜ合わせ、
その上に(3)「大葉」と「しらす」をどっさりとかけて、
食べるというのがオススメとのこと。

たしかに、そうして食べると、
絶妙な味わいになります。
本当に「旨かった!」。

私はその究極の「しらす丼」を
「GTO丼」と名付けました。

ゴマ油のG、卵かけ醤油のT、大葉のO、
それぞれの頭文字をとって、GTO。

銀座に一号店をオープンしたら、
きっと大繁盛するでしょう。

皆さんも、どうぞお試しあれ!

おかげさまで、
最近、私の身の回りには、
ささやかな「喜びごと」が
増えてきたような気がします。

「喜べば、喜びごとが、喜んで、喜び集めて、喜びにくる」

“作者不詳”のこの言葉を思い起こし、
心の中でリズミカルに繰り返し唱える…、

そんな今日この頃です。

 

と、本日の前置きは短めにして、
メインコンテンツに入ります。

今週も新たに612冊目の「お薦め書籍」から
ためになる一節を抜粋し、ご紹介いたします。

本日のテーマは、
【不瞋恚(ふしんに)。怒ってはならない】
です。

お役に立ちましたら幸いです。
それでは、どうぞ!
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私の本よりためになる「お薦め書籍」シリーズ No.612
「善の根拠」
私にも、私の生にも根拠はない。では、なぜ生きるのか。
南直哉著
講談社現代新書

 

怒りという感情や行為は、
それが発現する不可欠な条件として、
怒りの当事者が、自分の考えが正しいと
確信していなければならない。

さらに、その確信によって、
怒りの対象である「間違っている他者」の在り方を、
「自己」のアイデアどおりに変えようとする。

これは、「自己」と「他者」を
厳しく峻別する態度である。

なぜそうなるのか。

「正しさ」という、
むしろ理性的あるいは論理的態度から帰結する観念が、
どうして「怒り」という感情の爆発を生むのか。

それは、ある考え方や行動の
「正しさ」の根拠が、
同時にそのように考え振る舞う「自己」の在り方を
肯定する根拠として、機能しているからである。

つまり、
自ら「正しい」と確信する考えや行動を否定されることは、
「自己」の存在を否定されることなのだ。

したがって、
「自己」を否定する「他者」を否定しない限り、
「自己」を肯定することができない。

これが「怒り」の発現である。

すでに述べたとおり、「無常」の考え方から言えば、
「正しさ」を確実に根拠づけるものは何もない。

だからこそ、
「正しさ」の主張は、
「他者」の否定を根拠として
代用するしかないのである。

実際には、
「他者に課せられた自己」
という存在の構造においては、
すべてが「他者」に媒介されて
「自己」へともたらされる。

そうである以上、「正しさ」も、
「自己」あるには「他者」のどちらかに
一方的に帰属しうる観念ではない。

「正しさ」とは、
特定の共同体において
妥当あるいは好適とされる
「自己」と「他者」の関係様式のことであり、
その共同体の構造を規定する手続きによって、
「正しさ」が決まる。

ということは、
「自己」と「他者」の関係において、
ある矛盾や相克が発生した場合、
その問題の解決は、
関係性の調節にあるのであって、
怒る「自己」が一方的に
「他者」に屈服や従属を強いることではない。

「盗人にも三分の理」
とはこの意味である。

たとえば、
「オレは何も聞いていない」
と上司が激怒する場合、

彼は「報告されるべき立場にある自己」
を部下に無視されたり否定されたりしたと
感じているのだろう
(「ブライドを傷つけられた」状態)。

すると、
単に「報告されることの当然性・正当性」
を脅迫交じりに主張することは、
「他者」との関係性を度外視した、
錯覚的で無意味な「自己」主張にしかならない。

なぜなら、
この問題の解決は、
上司が「報告されるべき立場の正当性」
を部下に強引に認めさせるようなことではなく、
第一に「報告が無かった、できなかった」状況を分析して、
その理由を除去することにあるからだ。

そして次には、
部下が「報告の必要性を納得する」
ことによって意思疎通が円滑になり、
業務が改善されることであるはずである。

それはすなわち、
会社の運営体制における、
情報流通をめぐる「自他」関係の調整なのだ。

重要なのは上司の主張の「正しさ」ではなく、
「職場」の共同体の関係の妥当性なのである。

すると、
そもそも「怒り」は多くの場合、
問題の解決には無益だということになる。

「怒り」の極めて限定的な有効性は、
問題の所在を刺激的な方法で
一挙に明らかにすることだけである。

ただし、この方法では、
問題の具体的な様態を知ることはできないし、
むしろこの感情は状況の冷静な把握を阻害する。

したがって、
問題の解決には「怒り」は不要であり、
無い方がよいのである。

 

 

2015年2月15日(日)

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早川勝
【ホームページ】
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最新刊
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E-mail:hayakawa@tsuitel.in
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早川勝メール【738号】フランス人は10着しか服を持たない パリで学んだ“暮らしの質”を高める秘訣

2015-02-08

皆様

こんにちは。
ご縁があって名刺交換させていただいた方々へ
一斉配信しています。

このたび、僭越ながら、
「IT media エグゼクティブ」
からのご指名をいただきまして、
「ビジネス著者が語るリーダーの仕事術」
というWEBページの連載に、
私早川勝の原稿記事が掲載されました。

ぜひ、ご覧ください。

http://mag.executive.itmedia.c……ws015.html

「IT media エグゼクティブ」とは、
上場相当企業の課長職以上のエグゼクティブを対象とし、
多角的な経営戦略を議論する会員制コミュニティーです。
“ 企業の変革をつかさどるリーダーとしての役割 ”など、
経営者やリーダー層向けにさまざまな情報を発信しています。

最近の記事一覧には、
下記のような著名な方々の「ビジネス書とメッセージ」が
掲載されていて、ものすごく勉強になります。

http://www.itmedia.co.jp/keywo……hosha.html

ドリームズカムトゥルー:中村正人氏、
ライフネット生命代表取締役会長兼CEO: 出口治明氏、
ギネスブック級作家:中谷彰宏氏、
フランクリン・コヴィー・ジャパン副社長:竹村富士徳氏、
元サイバーエージェント常務取締役:坂本幸蔵氏、
ショーケース・ティービー取締役COO:永田豊志氏、
経済アナリスト:中原圭介氏、
エリートコメンテーター:荘司雅彦氏、
人気放送作家:野呂エイシロウ氏、
クラウドファンディング:板越ジョージ氏、
行動科学マネジメント研究所所長:石田淳氏、
など多数。

このような素晴らしい著名な方々と、
原稿を並べていただき大変“光栄”に感じるとともに、
それ以上に“恐縮”しております。

一昨年、
憧れだったあの高尚な月刊誌「致知」出版から取材を受け、
4ページもの特集記事を載せてもらったとき以来の感動ですね。
(「致知」2013年7月号)

それでは、
「IT media エグゼクティブ」より、
私の記事全文を以下の通りご紹介します。
(原稿のコピーを貼り付け、
読みやすく改行を入れました)

ビジネス著者が語る、リーダーの仕事術:

リーダーは「孤独」を楽しめ
――死ぬ気で働くリーダーにだけ人はついてくる

リーダーは決して群れてはいけないのだ。
厳しいビジネスの世界で生きているかぎり
孤独になることを恐れず、
チームを統率しなければならない。

今でこそ私は、数多くの部下を率いて、
社外のパートナーたちとタフに仕事をこなしているが、
かつてはどうしようもない軽薄なリーダーだった。

部下との距離感に戸惑いながら、
悩み多き境遇で働いていた。

当時の自分が、どんな姿だったかというと、

「“部下を育てること”に責任と重圧を感じ、
日々のルーチンワークに逃げ込んでいた」

「待望の管理職になったものの、
目先の成果に追われる一方で、
チームを活性化させるような未来像を示せなかった」

「部下からの反発や軋轢を恐れて、
踏み込んだ指導ができていなかった」

などなど、数え上げればきりがない。

そんな私がマネジメントの袋小路から脱出するきっかけになったのは、
リーダーとして「死ぬ気で働く」ことだった。
私自身の覚悟と行動が変わっていったことで、
チームメンバーたちの行動も明らかに変わっていった。

ここでは、拙著
「死ぬ気で働くリーダーにだけ人はついてくる」
(かんき出版)
の中で、最も多くの人に響いたエッセンスを紹介したい。

リーダーは孤独を楽しめ。

仲良しチームは始末に負えない。
一見、和気あいあいとチームワークが良さそうにも思えるが、
業績を見れば一目瞭然。
たいていは散々な結果だ。

単なる仲良しクラブではいずれ統率が取れなくなり、
バラバラになる運命が待っている。

やはり馴れ合いにならずに、
悪い結果は厳しく受け入れ、
互いに「悪いものは悪い」と指摘し合えるような
緊張感のあるチームが理想的だ。

いったい誰がリーダーなのか分からないのが、
仲良しチームの特徴だ。

リーダーを中心に取り組んでいることは何かといえば、
主に「傷の舐め合い」である。

お互いに励まし合うのではなく、
慰め合うことが習慣になっている。

部下たちの本性はといえば、
勝手気ままに、拘束されることなくマイペースで働きたい。
とやかく指示されたり強制されたくないのだ。

だから、仲良し第一のリーダーは、
つい「事なかれ主義」になり、
部下の行動を黙認し、放任してしまう。

部下たちの自主性に任せることも、
たしかに重要ではある。

しかし、リーダーが部下からの反発や衝突を恐れ、
管理・指導をすることを避けていては、
チームとしての統率は取れなくなる。

気を引き締めなければ、
低きに流されていくのが大半のビジネスパーソンだ。

リーダーたるもの、いざというときには
命令を下すことから逃げてはいけないのだ。

部下の拒絶反応からリーダーが逃げてさえいれば、
チームの羊たちはおとなしくしているのかもしれない。

しかし、それではチームがバラバラになっていくだけだ。

彼らを守っていくには、
リーダーの踏み込んだ指導が必要不可欠なのである。

「羊たちの沈黙」ほど、恐ろしいものはない。
いざとなれば抵抗してストやクーデターも辞さないケースがある。
しかし、リーダーはサボっている集会の場に
「踏み込んで」でも、彼らの行動を正さなければならない。

従順さという「羊の皮を被った狼の群れ」ほど、
やっかいな集団はない。
リーダーは決して、羊たちと共に群れてはいけないのだ。

厳しいビジネスの世界で生きているリーダーの仕事は、
孤独になることを恐れず、
チームを統率することである。

リーダーとは、「孤独」と運命を共にすることを代償にして、
高い給料をもらっているようなものだ。

理不尽大魔王の上役から無理難題を押し付けられ
困った状況であるのに、笛吹けど踊らず。
部下の羊たちは様子を窺いながらピクリとも動こうとしない。
そんなときには、
「自分は地球上でたった一人なのではないか」
と思えるくらい孤独な気持ちに追い込まれるのではないだろうか。

リーダーが孤独を避け、部下たちへ迎合し始めたら危険だ。

はじめは「いいリーダーである」と歓迎されるかもしれない。

しかし、部下からの評価が「いいリーダー」から
「無能なリーダー」に変わっていくのに、
たいして時間はかからない。

あなたは、同好会のリーダーでもなければ、
クラス会のリーダーでもない。

ビジネスでは、「成果を出す」という明確な目標がある。

そのターゲットから目をそらして、
仲良しチームを束ねようとしても、
やがて、荒廃していくだけだ。

リーダーシップの欠如したチームに待っているのは、
リーダーの「孤立」、
すなわち、大黒柱を失ったチームの崩壊である。

いずれ「孤立」してしまうくらいなら、
はじめから「孤独」を楽しめばいい。

リーダーは「孤独」を恐れてはいけない。
「孤独」を楽しむのだ。

「孤独会議」なども楽しみたい。
誰の意見にも惑わされず、
たった一人でああでもないこうでもないと戦略を練る。
最高の時間である。
できれば、誰にも邪魔されない早朝のカフェなどがお勧めだ。

「孤読書」もかかせない。
最低でも週に一冊くらいは書物と向き合いたい。
読書は、孤独な自分自身と向き合える大切な時間だ。
私の場合は、本が師匠であり、メンターだった。
直面している問題の答えはすべて本が教えてくれた。

「孤独ランニング」もテンションが上がる。
ランニングハイ状態になったとき、
前向きなアイデアが閃いたりするものだ。

「孤独映画鑑賞」も意味が深い。
映画はペアで見てはいけない。一人ぼっちで見ること。
できれば、感動を呼ぶ人間ドラマを選びたい。
ときには、大粒の涙を流し、
心の澱(おり)を洗い流す時間も必要だ。

「孤独な二次会」というのもいい。
チームみんなで徒党を組み、打ち上げの二次会へなだれ込むのもいいが、
リーダーの役目は一次会でもう十分果たしたはずだ。
感動を呼ぶ中締めに余韻を残しつつ、
あとはとっとと家に帰って風呂に入り、
“瞑想”でもしたほうがいい。

どうしても、もう一軒という人は、
「孤独バー」の静かなカウンターで
一杯のお酒を少しずつ飲む。
自分を褒めてあげながら、
「人生のワンショット」を楽しむのだ。

心から「孤独の意味」を理解できたとき、
「部下への愛情」が生まれる。

孤独なリーダーがチームの中心となったときこそ、
「手に手をとりあい、支え合うチームワーク」
が生まれるのだ。

以上、

“ IT media エグゼクティブ ”
「ビジネス著者が語るリーダーの仕事術」
より抜粋

http://mag.executive.itmedia.c……ws015.html

参考書籍*「死ぬ気で働くリーダーにだけ人はついてくる」
(かんき出版)
http://tsuitel.in/books/new_bo……index.html

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と、前置きはこれくらいにして、

メインコンテンツに入ります。

今週も新たに611冊目の「お薦め書籍」から
ためになる一節を抜粋し、ご紹介いたします。

今最も売れているランキング第1位の本です。

親しい大和書房の担当者の方から
一冊献本していただきました。

タイトルが絶妙ですよね。

出版社の方も、
まさかこんなに大ヒットするとは、
予想されていなかったそうです。

さて、
本日のテーマは、
【教養とささやかな喜び】
です。

お役に立ちましたら幸いです。
それでは、どうぞ!
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私の本よりためになる「お薦め書籍」シリーズ No.611
「フランス人は10着しか服を持たない」
パリで学んだ“暮らしの質”を高める秘訣
心からの満足を感じられないあなたへ
ジェニファー・L・スコット著
神崎朗子=訳
大和書房

 

フランスでは知性が高く評価される。
人びとはあなた自身の意見を聞きたがる――
そして、あなたの意見が有意義で興味深く
ウィットに富んでいるほど尊敬される。

パリで留学生活を送っていたわたしは、
生まれて初めて、大好きなテレビ番組や、
やみつきになってしまうゴシップ雑誌などの、
くだらない娯楽から遠ざかった生活をしていた。

そんなことに時間を使うよりも、
わたしは美術館に行ったり、
本を読んだり、
留学生仲間たちと人生について語り合ったりした。

パリに来るまで、
あれほどたくさんの文化的なイベントに
参加したことはなかった。

まるで心のデトックスみたいな感じで、
とても充実した気分だった。

そして、留学生仲間たちも
同じ充実感を味わっていた。

わたしたちはいろいろな場所へ出かけて、
さまざまなことを学び、
人生を謳歌して忙しく過ごしていた。

そんなふうに生活がすっかり変わったせいで、
ふと気がつくと、
わたしたちの会話の内容にも
変化があらわれていた。

みんなでただ集まって
セレブのうわさ話をしたり、
前回のリアリティ番組で敗退した人のネタで
盛り上がったりなんかするより、
もっとほかに中身のある話題が
いくらでもあったから。

そのうち気がついたのだけれど、
わたしたちが知的な生活に目覚めたのは、
たんに学生だったからではない。

だってわたしたちはカリフォルニアでも
学生生活を送っていたのだから。

でもアメリカにいると、
テレビとかゴシップ雑誌とかつまらないポップソングとか、
とにかくやたらと誘惑が多すぎるのだ。

パリに来てわたしたちの生活が
知的な刺激でいっぱいになったのは、
わたしたちがフランスの文化に
どっぷり浸かっていたせいにちがいない。

アメリカでは
セレブ大好きの消費主義のカルチャーのせいで、
薄っぺらな娯楽が巷にあふれ、
もてはやされているけど、
フランスではまったくちがう。

たとえばマダム・シックがアームチェアに座ってだらだらと
「カーダシアン家のお騒がせセレブライフ」を観ながら、
「USウィークリー」をめくったりするなんて、
絶対にあり得ない。

マダム・シックがテレビを観ていた姿すら記憶にないほどだし、
まちがってもゴシップ雑誌なんて読むわけがない。

魅力的な自分になれば、
人生でいいことはいろいろあるけど、
一般的に言ってフランスでは、
ただ顔がきれいなだけでは通用しない。

実際、美人とはいえなくても
知性の優れた女性は高く評価されるし、
そのほうが知性の感じられない美人よりも、
ずっと魅力的だと思われる。

ところがアメリカでは、
哲学とかクラシック音楽とか詩とか、
知的な話題や芸術的な趣味の話題を持ち出したりすると
「気取っている」と取られかねない。

いっぽうフランスでは、
相手も当然そのような話題に詳しいと思って会話をする。

こうして書いていると、
マダム・ボヘミアンの家で開かれた数多くのディナーパーティーで
出会った人たちとの会話が思い出される。

みんな、「どこの出身ですか?」
なんて聞くよりも、

まず「いまどんな本を読んでるんですか?」
と訊くような人たちだった。

(中略)

ささやかなことに喜びを見出すのは、
幸せな暮らしを送るための秘訣。

ゆったりとした気分で、
ささやかなことに喜びを感じることができれば、
満ち足りてバランスの取れた生活を送れるようになる。

そうすれば、ムダ遣いをしたり、
やたらと物を買いこんだり、
食べ過ぎたりといった、
不健康な習慣に陥ったりしなくてすむ。

もちろん、前向きな姿勢は重要
(すぐ思い浮かぶのは、親友のロミのこと。
どんなときも前向きで明るい性格の持ち主だ)。

けれどもわたしが言いたいのは、
たんに前向きでいようとするだけでなく、
さらに一歩踏み込んでみることなのだ。

ささやかな喜びを味わうというのは、

人生にわくわくすること。

今という瞬間を精一杯に生きて、
どんな小さなことにも目をとめること。

ユーモアのセンスをもって、
上を向いて、人生で何が起きても
しっかりと受けとめる覚悟ができていること。

そんなあなたはうきうきとファーマーズマーケットに出かけ、
甘いみかんを口に含んでほっぺたが落ちそうになる。

エレベーターに乗ったらハンサムな男性と隣り合わせて、
ドキドキしてしまう――そっと目を閉じて、
その人のコロンの匂いを吸い込んだりして。

歩いていたら、
たおやかで優美なピンクのバラの花が咲いていて、
あなたは思わず足をとめ、
うっとりと見とれてしまう
(もちろん顔を近づけて香りも楽しむ)

――他人の目にどう映るかなんて、

まったく気にもとめずに。

 

 

2015年2月8日(日)

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早川勝
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早川勝メール【737号】ゼロと無限 今の常識を超えた所にある未来 我欲をゼロにした時人間のエネルギーは無限大となる

2015-02-01

皆様
こんにちは。
ご縁があって名刺交換させていただいた方々へ
一斉配信しています。

久しぶりに大学時代の先輩と再会するため、
小田急ロマンスカーという名の「タイムマシン」に乗って
生まれ育った故郷「本厚木」へ。

そのタイムマシンは、
30年前の古き良き時代へと
瞬間移動させてくれました。

懐かしい昔話というのは、
特別な「快楽物質」を放出させるらしく、
再会の“差し飲み”は大いに盛り上がり…。
現実を忘れてしまうほどの楽しいひと時となりました。

先輩・後輩というのは、
時代が変わってもいいものですね。

美味しいフグまで
ごちそうになってしまいました。
感謝・感謝です。

さて、せっかくの故郷。

ふらっと、駅ビル・ミロードを覗いてみると、
33年前にアルバイトしていた風景がそのままでした。
リフォームはされているのでしょうが、
レイアウトは青春時代の自分が目にしていたままの景色。

大学2年生のときにアルバイトをしていた6階の
イタリアンレストラン「ボッテガ・デ・ルッソ」は、
「スパゲティ五右衛門」に変わっていて、
かろうじて「パスタ」でつながっているところに、
微笑ましい“郷愁”を感じました。

そういえば、
高校生の時には、
本厚木の「ミラノ座・スバル座」という
映画館でもアルバイトをしていました。

なんと、時給が「370円」だったという、
当時であってもあり得ない薄給。
(ボッテガ・デ・ルッソは時給600円)

なぜ私が、そんな安い時給で働いていたかというと、
「映画をタダで鑑賞できたから」なんです。

チケット切りと
パンフレット・ポップコーンの販売が主な仕事。
高校生だった私の役目は、
超簡単な業務だけでした。

映画の上映中は暇を持て余していましたから、
ひたすらパンフレットとチラシを貪り読み、
(それを許してくれた支配人も良い人でした)
俳優のプロフィールから作品制作の裏側まで
どんどん「映画通」になっていきました。

田舎だった当時の厚木では、
都会で封切られてから半年落ちした映画を
それぞれ「3本立て」で上映していました。
ミラノ座が洋画で、スバル座が邦画。

ミラノ座もスバル座も月に2回転しますから、
私は月間12本の映画をタダで観ることができたのです。

年間150本もの映画を観ていた計算になります。

そうして私は、
「映画少年」になっていったのです。

あれから35年。

多忙な今となっては、
年に数本程度の映画鑑賞しかできません。
ですから、
年間100本以上もの映画を観ることなど…、
それは夢のまた夢。

ところが、
その「夢」を今も実現させている人物が、
私の身近にいるのです。

自宅からママチャリで約15分。
自由が丘の住宅街に、
私の「映画の師匠」が住んでいて、
家族ぐるみのお付き合いをしています。

その師匠は、
劇場で鑑賞する年間100本以上の映画の中から、
私に合ったお薦めの作品をセレクトしてくれます。

ときどき、このメルマガにも登場する、
私の親友の美人妻である白石美加さんがその人です。

“映画コンシェルジュ”である白石美加さんが、
独自の視点で感想を綴っているブログ、
「映画なな眺め」もセレブな映画ファンに人気沸騰中。

映画を愛する方は、
ブログ記事を参考にされるとよいかもしれません。

「最新の記事一覧」はこんな感じです↓
http://ameblo.jp/tea-and-short……ylist.html

年間に映画100本以上を劇場で鑑賞するという
私の夢を実現している白石美加さん。

その美加さんのブログのプロフィールに
紹介されていた「始めたいこと」が
“映画館のアルバイト”だったのを見て、
「運命の皮肉」に思わず笑ってしまいました。

白石美加さんは『自由が丘FM&インターネットTV』にて、
自分の番組も担当しているのですよ。

1月のお正月番組では、
私早川との映画の感想メールでのやり取りを、
それとなく紹介してくれていました。

いきさつを簡単にお話すると…。

美加さん推薦の「ゴーン・ガール」を年末に観た私は、
次のような感想メールを送ったのです。

『たしかに、「面白い」のひと言。
妻エイミー役のロザムンド・パイクの鬼気迫る演技が凄すぎます。
そして、美しい。
まさに「完璧(アメージング)」です!
特にテレビで夫のインタビューを見るシーンが好きです。
恐い、どころか、かわいい。
大ファンになりました。
もはや、ロザムンド・パイクは、
オスカー間違いなし、なのではないでしょうか。
2時間半があっという間に感じるほどのエンターテーメント。
しかし、私にとってこの映画は、
サイペンスでもなければ、サイコミステリーでもなく、
コメディを超えたファンタジーでした!
彼女が劇中で叫ぶように、
「That’s mariage」な映画です。』

「ゴーン・ガール」で解け明かされる謎、
それは「結婚」そのもの――でした。

(参考)映画「ゴーン・ガール」予告編↓
http://www.foxmovies-jp.com/gone-girl/

同じような感想をFacebookにもアップしました。
http://www.facebook.com/masaru.hayakawa2

すると後日、美加さんより、
こんな返信メールが届きました。

『今回、早川さんの感想を読み、
エイミーという人物をもう少し掘り下げ、
この作品全体を再考してみることにしました。

子供の頃から、両親が創作した
“アメージング・エイミー”と比べられ、
自分がアメージング・エイミーより劣っていると
コンプレックスを持ち続けていたエイミー。
そんなエイミーが、ニックと出会う。
ニックは二人のエイミーの違いを知らず、
アメージング・エイミーそのものであると信じ、
エイミーに恋をする。
一方、エイミーはニックに愛されることにより、
初めて“アメージング・エイミー”と同化することが出来た。
それはエイミーが、自身の存在価値を
初めて認識出来たということでもあった。
そして結婚、幸せな生活が数年続いたが、
ニックの心が自分から離れて行くような不安が
だんだんと大きくなり、
ついにその事実を目の当たりにしたエイミー。
それは、自身の存在価値の再喪失を意味することでもあった。
ニックの心を自分に向けることだけが、
自分の存在価値を取り戻す手段であると信じるエイミーは、
手段を選ばず、無我夢中で進んでいく。
我を忘れたエイミーが全神経を集中させるのは、
ニックの言動のみ。
テレビに映るニックを見つめるエイミー
(それを完璧に演じていたパイク)
の純粋無垢な心が早川さんの目に映り、
可愛らしさを感じたのではと思いました。
ニックが以前のように
自分だけを見つめるようになったとわかり、
ニックの元に戻ったエイミー。
夫婦に戻ったように見える二人ですが、
ニックの破滅=エイミー自身の破滅という構図が変わらない限り、
私達にも観てとれたように、
このいびつな関係は続いていくのでしょう。
真の人間関係を築くのに必要なのは、
各人の’人間性の確立’だと改めて感じました。』

さすが、
映画コンシェルジュの考察は深いですね。

『自由が丘 FM』の中でも、
随所に私早川と思われる人物が出てきて、
作品を“再考”したという話が放送されていました。

私早川ごときの意見で、
プロの映画コンシェルジュが「観方」を変えてくれたという
“くだり”が登場し、
なんだか嬉しくなりましたね。

ぜひ一度、
『自由が丘FMインターネットTV』
の映像をご覧下さい。
(ゴーンガールについての解説は、開始50分後へ早送りを!)

http://www.ustream.tv/recorded/57269832

さてさて、
映画といえば、
2月はアカデミー賞の季節です。

アカデミー賞・作品賞は、
「6才のボクが、大人になるまで」
だと私は予想します。

少なくとも、
リチャード・リンクレーター監督には、
監督賞をあげてほしいですね。

少年が大人になるまで
12年もかけて撮影するなんて、
ホント「ご苦労様!」、
凄い作品です。

参考までに、
美加さんのブログ(11/20)より。
「6才のボクが、大人になるまで」↓
http://ameblo.jp/tea-and-short……89339.html

といっても私は最近、忙しくて、
映画コンシェルジュの美加さんのように、
年間100本以上の映画を観ることはできませんので、
他の作品との比較はできませんけど。

クリント・イーストウッド監督の
作品賞候補「アメリカン・スナイパー」は、
封切り後、すぐに観に行きたいと思います。

感想は、いずれまた!

 

と、前置きはこれくらいにして、

メインコンテンツに入ります。

今週も新たに610冊目の「お薦め書籍」から
ためになる一節を抜粋し、ご紹介いたします。

本日のテーマは、
【心を映す】
です。

お役に立ちましたら幸いです。
それでは、どうぞ!
↓↓↓↓↓↓↓
私の本よりためになる「お薦め書籍」シリーズ No.610
「ゼロと無限」
今の常識を超えた所にある未来
我欲をゼロにした時 人間のエネルギーは 無限大となる
宇城憲治著
どう出版

ミラーニューロンの真実
――目に見えないものを映し取る――

次の事例は、
インターネットで公開されている
「我が子の病気から学んだ人生の教訓」
という感動的な映像の話です。

ダンジェロ&フェデリ夫妻の赤ちゃん、マリオ君は、
生まれつき脳の右側を欠損する障害に見舞われ、
そのままでは左半身付随になる運命でした。

その事を知った夫妻は、
当初そんな障害を持った子を生んでしまった事を
「失敗」
と捉えて落ち込み苦悩します。

そういう苦悩の中、
わらにもすがる気持ちで治療として取り入れたのが、
最先端のリハビリ法としての
「ミラーニューロン」
(自分たちの行動を真似させて脳機能を回復させる手法)
でした。

そのリハビリを繰り返すうちに、
夫妻はある事に気づくのです。

それはマリオ君が
「自分たちの手の動きや行為だけを見ているわけではないこと」、
それ以上に
「親である自分たち全体を見ているという事」に。

「子供は 親の全てを見ている――」

この衝撃的な気づきは、
その後の両親のあり方を一変させます。

まずは全ては親である自分たちの行為が
そのまま息子に映っていく事の責任感です。

ミラーニューロンとは
動作だけを見て映すものだと思っていた事が

実はそうではなく、
両親の心を大きく映していく事に気づくのです。

落ち込んでなどいられない。

心も行為も全て我が子に映っていくからです。

そして、それまで「足らないもの」ばかりに
目を向けて嘆いていた事を改め、
授からなかった事を感謝と捉えて
挑戦していくあり方へ変わっていくのです。

映像の最後の場面では、
2歳のマリオ君が、障害など全く感じさせる事なく、
元気に歩いている様子が映し出されました。

まさに、その姿は、
マリオ君の脳障害の事実をしっかり受け止め
息子のために勇気ある生き方に変えた
ご両親のあり方を映すものでした。

マリオ君が両親に気づかせたこと――
それは子供が
「部分ではなく全体を見ている」
という真実です。

この事はすなわち、
目で見えるものの裏にある、
目に見えないものを感じ取る力が
人間にある事を教えています。

まさにマリオ君のこの事例は、
小さい時から知識を次々と詰め込む今の教育のあり方に
警鐘を鳴らすと同時に、
現代科学や医学のあり方にも、
さらなる謙虚さを求めるものであると思います。
なぜならば、ここにも科学の後追いがあるからです。

このミラーニューロン(共感細胞)は、
「相手を映す」
という最先端の科学ではありますが、
すでに日本では江戸時代に、
この事を剣の極意書『天狗芸術論』の
「水月」の章の中に示しているのです。

「月は水に映るともなく
水は月を映そうとも思わぬ
広沢の池」

すなわち師の技を身につけようと思うなら、
師の全てを無心になって、
すなわち、さざ波の立っていない水面の如く映せよ
という教えです。

まさにマリオ君のミラーニューロンと同じです。

映像「我が子の病気から学んだ人生の教訓」
(日本語 字幕 6分)

http://www.ted-ja.com/2013/09/……esson.html

(中略)

私たちは「過去」ではなく、
「今」に身を置かねばなりません。

過去や未来には味や香り、熱い寒いはありませんが、
「今」にはそれがあるからです。

常に今を広げた「未知」の世界に身を置かねばなりません。

それはすなわち、今の自分の「常識」としている事が、
ある意味では「非常識」ともなるということです。

すなわち、変化するということは、
自らを未知の世界に置くということです。

そのために大切なのが、心の存在です。

マザーテレサの有名な言葉に
「愛は言葉ではなく行動である」
があります。

まさに行動こそ、
人間の本質、愛があるということです。

また、ヘレン・ケラーは、
「愛の反対は憎しみではなく無関心である」
と言いましたが、
まさにその愛の反対にある無関心こそ、
多くの人が行動につながらないゆえんであり、
これはエントロピー増大の法則の通り、
人間エネルギーの低下の証とも言えます。

政治家や知識人の多くが、
「未来の成長」について語ります。
しかし、人間のエネルギーを抜きにした「成長」が
本当に希望ある未来につながっていくでしょうか。

今の常識の延長戦上ではなく、
今の常識を熟考し、
変えるべきは変え、
勇気をもって今を広げた未来でなければ、
未来に破壊を招きかねません。

本来の成長とは、
誰もが平和、幸せに向かう成長でなければならないはずです。

 

 

2015年2月1日(日)

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早川勝
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「死ぬ気で働く営業マンだけがお客様に選ばれる」
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早川勝メール【736号】世界最高位のトップセールスマンが教える営業でいちばん大切なこと なぜ、シァイで口べた、人見知りの私がトップセールス マンになれたのか?

2015-01-25

皆様
こんにちは。
ご縁があって名刺交換させていただいた方々へ
一斉配信しています。

 

今日は、「世界ハンセン病の日」です。

新聞広告のコピーには、

“ ハンセン病を考えることは、人間を考えること。”

“ 治療法が確立された今も、
私たちの社会で差別は続いています。

ハンセン病の本当の問題。
それは、「知らない」ということ。

ハンセン病は、私の、あなたの、みんなの問題です。”

と、ありました。

差別や偏見について、
そして、
「人間」について、
みんなで考える日になるといいですね。

 

私自身、曖昧な知識のまま、
「知らない」では、いけないと、
ハンセン病の歴史的背景を調べてみました。

現在では治療法も確立されていて、
感染者はゼロに等しいハンセン病ですが、
隔離された生活、偏見、差別など、
患者がたどってきた辛い歴史を知る人は、
私を含めて、まだまだ少ないようです。

「世界ハンセン病の日」は、
1954年、ハンセン病の啓発を目的に、
フランスの活動家ラウル・ホレロー氏により設けられた記念日。

ホレロー氏の財団が世界各国に呼びかけ、
ハンセン病に理解があったマハトマ・ガンジーが殺害された
1月30日に近い毎年1月の最終日曜日に設定されました。

エチオピアなどアフリカの国々をはじめ世界各国で、
ハンセン病についての正しい知識の普及と、
患者・回復者の人権の回復、
平等な権利に対する理解促進を目的とした活動が行われています。


https://www.youtube.com/watch?……kgGnWt5TZo
(YouTube)

ハンセン病というのは、
らい菌による感染症で、
感染力は極めて弱く、
戦後になると、特効薬で完治するようになりました。

にもかかわらず、今もなお、
世界中で「差別」「偏見」はなくなっていません。

かつての日本においても、
ハンセン病(癩病)は、遺伝性のものと考えられ、
「業病」や「天刑病」などと呼ばれていました。

「業病」というのは、
「不治の病」とは、まったく意味が違います。

前世の罪の報い、
または、悪しき血筋による病、
という迷信があり、
酷い差別や偏見に苦しめられてきました。

ハンセン病を発病することというのは、
それ自体が「罪悪」だとされていたのです。

患者迫害が最も激しかった時代…。

もしも、たった一人でも親族縁者に発病者が出ようものなら、
その家族らは、村落との関係を断絶されて村八分となり、
ときには一家離散に追い込まれました。

前世の罪を背負った「罪人」であるからと
永久に追放されてしまうのです。

先祖の親兄弟、前世で誰かが犯した殺人などの深い罪が、
廻り回って伝染病となり現れるという輪廻転生の思想。

ハンセン病は、戦前の日本人にとっては「国恥病」であり、
その存在自体が「国辱」とされていました。

県警察の主導において、
“民族浄化”を旗印に
「患者狩り」が行われた時代もありました。

それが、昭和十年代の「無癩県運動」です。

ハンセン病は「業病」であると同時に、
凶悪な伝染病であるという極めて理不尽な偏見。
誤った伝染力の認識から、
国家を挙げての「隔離・撲滅」運動が展開されました。

1907年に制定された「らい予防に関する法律」から、
1996年に「らい予防没」が廃止されるまで、
約90年もの長きにわたり隔離政策は続けられ、
ハンセン病患者の人権は著しく侵害されてきたのです。

厚生労働省の発表によると、
今もなお(2014年現在)、
全国13の国立療養所に1840人の方々が入所されています。

 

これまで、
ハンセン病に向けられた「差別」と「偏見」が、
どれだけ“ 人間の尊厳 ”を奪い続けてきたのでしょうか。

無知というものがいかに愚かなことなのか、
歴史を知るたびに思い知らされます。

 

私たちは、ハンセン病に限らず、
「私は絶対に差別なんてしていない」
と、決めつけて考えるのではなく、

「もしかすると、知らないうちに差別しているのかもしれない」
と、謙虚に考えてみる必要があります。

私自身の心の中にも、
ときに、差別や偏見の気持ちがあることは
否定し切れません。

まずは正しく「知ること」から、ですね。

 

たとえば、
癩病を題材にした小説でいえば
松本清張の「砂の器」が有名ですが、
何度も映画化やドラマ化されるたびに、
癩病についての題材がぼやかされていきます。

それほど、難しいテーマなのでしょうね。

 

最近の映画製作のニュースの中でも、
ハンセン病を題材にした映画「あん」が
話題になっていました。

カンヌ映画祭受賞の河瀬直美監督作品で、
元ハンセン病患者の主人公を演じるのが樹木希林、
というだけでも興味をそそられます。

映画「あん」の全国公開は6月とのことですが、
クランクインを前に、原作者のドリトン助川氏、
河瀬監督、樹木希林さんがハンセン病療養所を訪れ、
病気の後遺症と向き合う元患者さんや
療養所のスタッフと面会をし、
施設での生活やこれまでの苦労などを聞いた上で、
映画の撮影に臨んだとのこと。

原作者の助川氏は、
作品に込めた思いを次のように語っています。

「重い運命と闘いながら、
人間の可能性をどこまでも
追求しようとした人たちがいる。

ハンセン病の元患者さんたちの
言葉や笑顔に触れるのは、
『人間とはなにか』
という古くからの命題に、
ひとつの答えをいただくことです。

栄光や喝采のない場所にこそ、
本当のヒーローやヒロインがいる。

私が小説『あん』を書き上げたのは、
元患者のみなさんから教わることが
あまりにも多かったからです。

ただ感謝の念があるのみです」

 

うーん、なるほど。

“ 栄光や喝采のない場所にこそ、
本当のヒーローやヒロインがいる ”

素晴らしい言葉ですね。

 

明日1月26日から、
東京駅北口の「丸の内オアゾ」にて、

“ ハンセン病を考えることは 人間を考えること ”

と題した写真展が開催されるそうです。

この機会に足を運び、
「人間とは何か」
を考えてみるのもよいかもしれませんね。

 

 

と、前置きはこれくらいにして、

メインコンテンツに入ります。

 

今週も新たに609冊目の「お薦め書籍」から
ためになる一節を抜粋し、ご紹介いたします。

著者の小林一光さんは、
私が外資系生保の品川支社長を務めていた時代の生保協会仲間。

先日、独立し活躍されている一光さんの会社オフィスを訪ね、
とても有意義なひと時を過ごしました。

サイン入りの書籍も2冊ずつ交換して、
パチリと記念撮影(1/8 Facebookに投稿しています)。
http://www.facebook.com/masaru.hayakawa2

これからの協力を固く誓い合いました。

小林一光さんは、
「MDRT(Million Dollar Round Table)」
の会員資格を11年連続でクリア(終身会員)し、
全世界のわずか0.1%に満たない保険業界最高位、
「TOT(Top of the Table)」
にまで登りつめた「超すごい人」なんですよ。

 

本日のテーマは、
【想像力と引き寄せ】
です。

お役に立ちましたら幸いです。
それでは、どうぞ!
↓↓↓↓↓↓↓
私の本よりためになる「お薦め書籍」シリーズ No.609
「世界最高位のトップセールスマンが教える営業でいちばん大切なこと」
なぜ、シァイで口べた、人見知りの私がトップセールスマンになれたのか?
小林一光著
ソフトバンククリエイティブ

 

名刺を眺めているだけで
ワクワク、ニヤニヤできる
営業マンになりなさい。

 

名刺を整理して、ターゲットの取捨選択をする

 

みなさんはお客様からいただいた名刺を、
どのように扱っていますか?

名刺フォルダにしまい、
そりっきりになっていませんか?

私は「名刺を眺める時間」をつくっていました。

名刺は営業マンにとって
「宝の山」です。

私は名刺を眺めているだけで、
すごくワクワクしてきます。

今後の自分の方向性を考えるにあたって、
名刺を見ながらいろいろな想像を膨らませるのは、
とても大切な時間です。

「この人がお客様になってくれたら、
すごいことかもしれない」

「あんな大会社の社長と契約できたら、
見込み客がどんどん広がるかもしれない」

もちろん、逆のことを考えるときもあります。

「あのときは、この人のことを魅力的に感じていたのだけれど、
今になって考えてみたら、
見込み客になってくれる可能性は低いかもしれない」

「あれ? この人だれだっけ?
顔が思い出せないということは、
自分にとって重要な人ではないのだろう」

手元にある名刺を整理しながら、
次のターゲットを絞っていく。

自分にとって必要な人、
そうでない人を取捨選択していく。

そして自分の人脈をどのように使って、
ターゲットにアプローチしていくかをイメージしてみます。

「この人はまだ年齢が若いから、高額契約は獲得できそうもないな。
けれど、この人のお父さんはどうだろう?
うん、可能性はある。
では、どうやってお父さんを紹介してもらおうかな……」

「この人はゴルフをはじめたばかりだと言っていたから、
ゴルフ部出身の後輩を誘って一緒にラウンドしてみようかな」

いろいろ情景や人物を想像しながら、
「最終的に、この人たちをどうやって交渉のテーブルに乗せていくか」
を考える。

これがすごく楽しい。

ストーリーを描いて、
どう仕掛けて、仕留めていくか。

そのストーリーを実現するために、
自分の人脈を洗い出してみる。

名刺を見ながらニヤニヤしてしまうくらい、
ストーリーをイメージすることが大切です。

名刺整理は、言い換えれば
「人脈の棚卸し」といえるでしょう。

ターゲットの名刺を持ち歩き、
一日一度は必ず目にする。

「この人は、いつか自分にとってのキーパーソンになるな」
と思える人物に出会えることがあります。

旅行会社時代に、
名刺交換をさせていただいたある経営者は、
カリスマ性も、人間的な魅力も、
ビジネスの才覚も持ち合わせた人徳者。

私は「いつか、この人と親交を深めたい」と思い、
プルデンシャル生命に移ってからも、
その人の名刺を毎日持ち歩いていました。

とはいえ、その後はお目にかかる機会はない。

「どうすればこのカリスマ社長とお近づきになれるのか」
というイメージを膨らませ、
名刺を見てニヤニヤしつつも、
実際にそのときはなかなかおとずれませんでした。

ところが転職して1年ほどたったころ、
ある忘年会の席でカリスマ社長とばったり出会ったんです。

「普段はこうした酒席にはあまり出席しない。
今日はたまたま」
だったそうですが、
私にとっては大きなチャンスとなりました。

「おまえ、旅行会社を辞めたって聞いたけど、
今は何をやっているのか」と問われ、
「実は、保険会社に勤めているんです」と答えた。

すると、「保険?
じゃあ今度、うちの会社に来てもらおうかな」
と言われたのです。

それから2カ月後、
その社長から突然「○月○日に会社に来てほしい」
とお呼びがかかりました。

その社長が会長をつとめる経営者の会で、
優秀な生保の営業マンを探していたようでした。

喜び勇んで行ってみたところ、
私は5人の人物(その社長の知人で、全員が経営者)を前に、
いきなりプレゼンテーションをすることになりました。

事前に聞いていなかったため、
何の準備もできていませんでした。
とにかく精いっぱいできるかぎりの
プレゼンテーションをさせてもらいました。

その結果、幸いにも「いいじゃないか」
と私の話に関心を持っていただけたようで、
それを機に私は、彼らのメンバーシップ
「経営者2世&3世の会」
に入会させていただくことになりました。

「経営者2世&3世の会」において、
私は保険の勉強会を任されることになり、
その結果、次から次へと保険契約者が増えていったのです。

まずは個人で、それから法人で契約となり、
結局、その会の7割くらいの方が私のお客様になりました。

私には、「この人が話を理解してくれれば、
一気に見込み客が広がるだろう」
という漠然とした予感があり、そんな気持ちから、
カリスマ社長の名刺を持ち歩いていたのです。

そしてそのとおりになり、
今ではその社長は「人生の師」と呼べる存在です。

「○○さんが早くお客様になっていただけないかな」とか
「どこに行ったら会えるかな」と、常に意識する。

そのための手段として名刺を持ち歩く。

そうすれば、やがて思いが具現化するときがくると思います。

 

 

2015年1月25日(日)

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早川勝
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早川勝メール【735号】夢をかなえるゾウ 3 ブラックガネーシャの教え 今回の教えは、めっちゃスパイシーやで

2015-01-18

皆様
こんにちは。
ご縁があって名刺交換させていただいた方々へ
一斉配信しています。

 

友人の柏木がガンで死んだ。
享年52歳。

柏木は、神奈川県立伊志田高校時代の同級生。

男女共学校であったにもかかわらず、
何の因果か、
1年生からずっと女子のいない「男子クラス」で、
3年間の高校生活を共に過ごした“戦友”だ。

大きなリーゼントヘアーがトレードマーク、
一本気で義理堅いナイスガイだった。

そのキャラは、年をとっても
ずっと変わらなかった。

 

高校時代の大イベント「陸上競技大会」でのこと。

悪友・柏木に誘われて一緒に「女子の高跳び」を
食い入るように“見学”していた私は、
せっかくクラス代表として勝ち進んだ100m競争の決勝戦を
棄権するという大失態を犯してしまった。

呼び出しの放送も聞こえないほど“熱中”していたため…、
あっ、と気づいたときには、
「バーン」というスタートの号砲がとどろいた後だったのだ。

クラス中の大ブーイングを浴びている私を、
柏木は、大きな声でかばってくれた。

「だって、しょうがねぇだろー!
女子の高跳びだぜっ!女子のっ!」

妙な説得力と迫力あるその言葉に対し、
男子クラスの仲間たちの間には、
「うーん、まあ、それじゃ、仕方がないか…」
という不思議な “ 納得感 ” が漂っていた。

遠い記憶の片隅に残っている、
柏木との思い出の一つである。

 

高校卒業後は、付き合いも疎遠になっていたのだが、
40歳になった時の同窓会で再会。

それから、毎週のように交流するようになった。
その交流というのは、
互いの趣味であった「競馬の予想」である。

マメな私は、柏木ら数名に、
数千文字にも及ぶ「魔法の競馬予想」を配信していたのだ。

このメルマガのように、ほぼ毎週。

彼からも、予想の返信が届き、
結果に「一喜一憂」した。

競馬で友情を育む “ 戦友 ” となった。

 

競馬のほかにも、彼との共通点は多かった。

私には、娘が3人いるのだが、
柏木には、娘が4人いる。

私の誕生日は10月20日なのだが、
柏木は1日違いの10月19日生まれ。

そして共に、
“熱い系”の営業管理職でもあった。

 

その柏木が「胃がん」で亡くなったという訃報が届いたときは、
「えっ、まさか…」
と、愕然となり、

絶句した。

 

闘病していたことさえ、
まったく知らなかった。

競馬をやめてからのここ数年間は
音信が途絶えていたからだ。

生きている柏木と最後に会ったのは、
もう7年前になる。

土曜日の夜、2人きりで酒を飲んだ。

大崎駅前の焼鳥屋だった。
後にも先にも、彼との「差し飲み」は、
あの晩だけ。

忘れもしない2007年12月22日だ。

なぜ、よく覚えているのかというと、
その晩、飲みながら「有馬記念」の馬券予想をし合い、
翌日のレースでは、
ものの見事に十万馬券の大穴を的中させたからである。

焼鳥屋のカウンターにスポーツ新聞を広げ、
柏木との激論は4時間にも及んだ。

その白熱した大予想のおかげで、
本番のレースでは、
“ 私たちの予想 ” がズバリ的中。

大穴の「3番・マツリダゴッホ」を本命◎にした私は、
1着2着3着をすべて着順通りに当てる “ 3連単 ” 馬券で、
「80万馬券」という超高配当をゲットしたのだ。

なんとなんと、100円玉1枚が、
「80万円」という大金に化けたのだから驚きである。

有馬記念史上、最高配当のレースとなった。

2着ダイワスカーレトと3着ダイワメジャーは、
特に柏木が推奨していた馬だった。

レース後、
すぐに柏木からメールが届いた。

「俺も当たったぞ!」
という報告かと思いきや、

どうやら馬券を買う寸前になって、
人気のメイショウサムソンやウオッカに心移りしたらしく、
当たり馬券を買っていなかったようなのだ。

「やっぱり、お前を信じて3番を買っておけばよかったよ!」
と、柏木は相当悔しがっていた。

一晩寝て心変わりしてしまうところもまた、
柏木らしい。

柏木は前夜の焼鳥屋で私に言っていた。
「百万馬券を的中させたことのある早川が
そこまで言うなら、俺もマツリダゴッホを買うよ!」と。

私も言った。
「そうそう、123万円の馬券を取ったチューリップ賞も“3番”の馬だった。
今回はあの時と同じ匂いがする」と。

「よし、決まった!」と、
2人で固い「握手」を交わし、
笑顔で前祝いの「乾杯」をした…
はずだったのに。

思い返してみれば、
高配当をゲットできたのは、
あの時に柏木が背中を押してくれたおかげだと、
心から感謝している。

そんな思い出に浸りながら、
久しぶりに「3番」の追悼馬券を買ってみようかと、
ふとそんな思いにもなった。

そのときは、彼の分の馬券も買ってあげよう。

 

実は、有馬記念で大穴を当てた一年後、
私は思うところあって、
競馬をすっぱりとやめてしまった。
(「捨てる成功法則」にのっとり)

それからは、柏木との音信も途絶えがちになり、
ここ最近に至っては、
まさか柏木が「死と背中合わせ」の闘病生活を
送っていたことなど知る由もなかった。

だから見舞いにも行っていない。

でも、このメルマガは “ 柏木宛て ” にも配信し続けていたので、
きっと毎週読んでくれていたと思う。

柏木は、熱心な読者ファンの一人だった。
私が10年前に出版したデビュー作、
「どん底営業チームを全国トップに変えた魔法のひと言」も、
多くの人たちへ広めてくれていた。

彼は自動車ディーラーの店長をしていたので、
拙著やメルマガを営業マンたちの指導にも役立ててくれたらしい。

 

今日のこのメルマガも、
天国で読んでくれているだろうか。

これからもアドレスを削除せずに、
天国の柏木宛てに送り続けてあげよう。

 

そういえば、
柏木と最後に会った7年前…。

別れ際に彼が手を振りながら
私に叫んだ言葉を思い出した。

「じゃあな、早川!
また、同窓会やろうぜっ!」

きっと明日は、同級生がたくさん集まるだろう。

あれほど柏木の望んでいた “ 同窓会 ” が、
まさか、彼の葬式になってしまうとは…。
思いも寄らなかった。

運命とは、なんと残酷なのか。

彼の笑顔を思い出すと、
涙が止まらない。

 

彼が集めてくれた「同窓会」で、
私たちはいったい何を語り合うのだろうか。

柏木が生きたくても生きることでできなかった52歳からの人生を、
私たちは悔いなく生きていくことができるのか。

「いつ死んでも悔いはない」
という生き方ができる人は稀だろう。

柏木はどうだったのか。
52年という短い生涯を
悔いなく生き切ってくれたのだろうか。

亡くなってしまった今となっては、
それを柏木本人に聞くことはできないが、

もし仮に、死ぬ間際の彼に私がそれを問うとしたなら、
きっと彼は “ 強がり ” と冗談を交えてこう言うだろう。

「後悔ばかりの人生だったけど、
その中でも一番の後悔は、
あの有馬記念の80万馬券だよ」と。

 

戦友・柏木の冥福を心から祈る。

 

合掌。

 

 

※訃報
柏木の親しい友人たちへ

通夜  19日(月)19時〜
告別式 20日(火)10時〜11時30分
葬儀場 カルチャーBONS平塚(旧平塚平安閣)
神奈川県平塚市平塚5丁目23−12

 

 

と、
個人的な前置きはこれくらいにして、
メインコンテンツに入ります。

今週も新たに608冊目の「お薦め書籍」から
ためになる一節を抜粋し、ご紹介いたします。

本日のテーマは、
【感動を売る】
です。

お役に立ちましたら幸いです。
それでは、どうぞ!
↓↓↓↓↓↓↓
私の本よりためになる「お薦め書籍」シリーズ No.608
「夢をかなえるゾウ 3」
ブラックガネーシャの教え
今回の教えは、めっちゃスパイシーやで
水野敬也編
飛鳥新社
ガネーシャは言った。
「モノを売る上で一番基本的なこと――
いや、これはモノを売るだけやのうて、
商売の一番の基本かもしれへんな。
それは何かわかるか?」

(商売の一番の基本……)

それはたとえば、黒ガネーシャの言っていたような、
お客さんに「価値が高い」
と思わせることだったりするのだろうか。

思いついたことを色々ガネーシャにぶつけてみたが、
ガネーシャは首を横に振った。

そしてガネーシャは言った。
「商売の一番の基本はな――
まず自分が『一番良いお客さん』になることやねん」

「一番良いお客さん?」

「そうや。もし自分がお客さんとして
欲しない商品をお客さんに勧めたとしたら、
それはウソついてるちゅうことやん。

そういうウソはお客さんに伝わってしまうし、
何より自分がその商品を本気で売ることはできへんやろ」

「それはそうかもしれないけど……」

私はガネーシャに言った。
「でも、仕事だったらその商品が好きじゃなくても
売らなきゃいけないときだってあるでしょ」

私は今の職場で少しだけ営業の経験をしたことがあった。
自分で(この商品が売れるとは思えないな……)
そんなことを考えながら売っていたのを思い出した。

ガネーシャは言った。
「もちろん自分が好きやない商品を扱うこともあるやろ。
せやけど、そういう商品も詳しく見てったら、
好きになれる部分が見えてくるもんやで」

私は、ガネーシャの言葉をそのまま受け入れることはできなかった。
「どんな商品にも魅力がある」
――これは仕事の世界ではよく言われることだ。

私はガネーシャにたずねた。
「じゃあ……商品の良いところを頑張って探してみて、
それでも見つからなかったら?」

すると、ガネーシャは言った。
「そんなもん、売ったらあかんに決まってるやろ」

そしてガネーシャは言った。
「『仕事』は『お客さんを喜ばせる』ためのもんや。
自分がええと思てへん物売っても
お客さんは喜ばせられへんで」

「でも、世の中には、良い商品だと思ってないのに
売ってる人ばかりだと思うけど」

するとガネーシャはため息をついて言った。
「まあそのとおりやな。
ほんなら何でその人らがそういう商売してるかっちゅうと――
お金がほしいからや。

『お金がほしい』ちゅう目的があって、
そのためには『何かを売らなあかん』
ちゅう順番で仕事をしてんねん」

そしてガネーシャは続けた。
「せやけど、その仕事の選び方は間違ってんねん。
会社の名前とか、初任給とか、この業界が伸びるとかな、
そういう条件で仕事を選ぶんは結局
『お金が欲しい』からやろ?

つまり『自分のため』やねん。
そういう人らは仕事でもお客さんより自分を優先してしまうから、
お客さんを喜ばせられへん。
せやから結局、自分のお金を増やすこともできへんねんな」

「じゃあ、仕事はどうやって選べばいいの?」

するとガネーシャは、しばらく考えて言った。

「『感動』や」

「感動……」

「そうや。仕事を選ぶとき一番にせなあかんのは、
これまでの人生で自分が何に感動したかちゅうことや。

そんで自分が受けた感動を、
今度は人に伝えたい、
伝える側に回りたい、
そう思たとき人は自然な形で仕事ができるんやで。

せやから最初は『お客さん』なんや。

お客さんとして感動したことを仕事にして、
自分と同じようなお客さん一杯作んねん」

そしてガネーシャは続けた。
「あとな、感動言うても
それは別に映画やスポーツの世界だけちゃうで。

たとえばお店の店員からうれしい一言もろて感動したら、
自分が店員になったときお客さんを感動させられるやろ。

それに、お客さんを直接感動させるんやなくても、
自分が感動したことを支える仕事やったら、
他の仕事より喜びを感じられるはずや」

ガネーシャは言った。
「でっかい仕事をする人間はな、
みんなこのやり方で自分の仕事見つけてるで。

スターバックスのCEOのハワード・シュルツくんは、
もともと家庭雑貨会社の副社長やったんや。

せやけど、豆からドリップされたコーヒーを
試飲したとき感動してもうて、
副社長辞めてスターバックスに入社したんやで。

キンコーズ創業者のポール・オーファラくんかてな、
大学時代に勉強が苦手やって、
いつもレポートをコピーする役を買って出とってん。
そんときコピー機の生み出すサービスに感動して
起業の着想得たんやで」

「そうなんだ……」

確かにガネーシャの言うやり方で仕事を選んだら、
自然にお客さんを喜ばせられる気がした。

そして、そういう視点で今の仕事を選んだかと聞かれたら、
私は自信を持って首を縦に振ることはできなかった。

ガネーシャは言った。
「ただな、人生で感動するには、
いつも心を開いとかなあかんねん。

心が閉じてると何に対しても
『どうせつまらない』
『くだらない』
てなってしまうからな。

せやから自分は、まず、
目の前の仕事に心開いてみい。

もし自分が今の会社のお客さんやったら
感動できるとこ見つけるんや」

 

 

2015年1月18日(日)

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早川勝
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早川勝メール【734号】書き出し小説 読むのは一瞬。しかしその余韻は長く、深い。あなたのイマジネーションを容赦なく刺激する

2015-01-12

皆様

こんにちは。
ご縁があって名刺交換させていただいた方々へ
一斉配信しています。

東京の雪谷に城を構える我が家は「大家族」。
一つ屋根の下に、7人で暮らしています。

本日83歳の誕生日を迎える父と81歳の母は、
ともに元気いっぱいで、
絵に描いたような健康寿命を
日々まっとうしています。

そして、
専業主婦一筋二十年、48歳になった妻と、
21歳になる長女を筆頭に、
18歳、14歳の3人娘たちは大の仲良し。
いつも「きゃっきゃ」と楽しそうに、
3人一緒にお風呂で入浴ミーティングしています。

こうして今年も、
そんな家族たちと笑顔で年を越せた幸せに、
心の底から感謝している今日この頃でございます。

特に母は、炊事・洗濯から風呂掃除までも
バンバンこなす「スーパーおばあちゃん」。

やや耳が遠いのですが、いまだ頭脳は明晰、
以心伝心の父が「通訳」としてフォローしてくれています。

その父は一日中、
政治・経済・スポーツ・芸能などの世界中のニュースを
新聞・テレビから集めているため、
とても83歳とは思えない「情報通」ぶりを発揮しています。

時々繰り出す寒い「ダジャレ」も、
孫たちには人気です。
ボケ切れないところが、
ボケ防止につながっているのかもしれません(笑)

一昨晩は、そんな7人家族とともに、
私の姉(53歳)とその娘である姪っ子(29歳)も一緒になり、
身内の新年会&誕生会を開催。
横浜にて中華料理を堪能しました。

父とともに、1月生まれの姪っ子が、ダブル主役。

姪っ子は、弁護士を目指す慶應大の先輩である彼氏との
十年に及ぶ長い春について、
「どーなってるんだっ!」と、
寄ってたかってつつかれながら…、
この日の新年会は「結婚」を一つのテーマに進行していきます。

幼かった私の娘たちも、最近では
「大人の会話」を理解できる年頃となって、
酒宴での“すべらない話”の連続にはツッコみも入り、
場は大いに盛り上がりました。

たくさんの“すべらない話”の中でも
とりわけて孫たちの興味を引いたのは、
独身時代のおじいちゃんが、いかにして
おばあちゃんを「口説いたのか」という裏話。

昭和30年代前半、半世紀以上も前の話です。
映画「三丁目の夕日」の時代背景を
想像してもらうといいでしょう。

私の母が若かりし頃は、
街でも評判の「美人過ぎる理容師」として
一世を風靡していたらしく(ホントかいっ!!笑)、
父はその床屋さんに足しげく通っていました。

そのとき、
父には強力な「恋のライバル」が3人いたのだとか。

金持ち。
秀才。
イケメン。

ちなみに、
父は、どれにも該当しない「ただの短足な日本人」です。
普通なら勝ち目はありません。

さて、その“強敵”に勝つために、
いったい父はどうしたのか。

どんな戦略で母のハートを射止めたのか。

孫たちは興味津々に耳を傾けています。
(映画「タイタニック」での回想するシーンのように…)

しかし残念ながら、
父は「無策」でした。
(デカプリオのような勇敢さも積極性もなく…)

やはり、典型的な昭和一桁生まれの男です。
愚直にも、ただひたすら床屋に通い詰めただけ。

消極策の極みですね…。

毎週のように、父は髪を切りに行くものですから、
当然のごとく、どんどん短髪になっていき、
最後にはもう「頭をまるめる」しかなかったようです(笑)

結局、その「マメな想い」が通じたおかげで、
この世に誕生できた私が、
今こうして「マメに」メルマガを書いているわけです。

いや〜、
あぶないところでしたね。

この世に生まれてこられたのも、
まさに、「紙一重」ならぬ、
「髪一重」(笑)

といっても、ただマメに通ったというだけでは、
「結婚」という重大な決断には至らなかったはずです。

最終的に母が結婚を決めた要因とは
いったい何だったのでしょうか。

孫たちのそんな疑問に対し、
母はこう答えました。

元々、母が育った家庭というのは、
厳格といえば聞こえはいいのですが、
いわゆる男尊女卑の思想を持つ母の父(私の祖父)による
独裁的な一家でした。

まあ、明治生まれの無骨な祖父でしたからね。
「ちゃぶ台返しの星一徹」のような日常。
その時代では珍しくはなかったのかもしれません。

それに対して、父の家庭というのは、
女性中心(姉が2人に、妹が3人)の
明るい雰囲気に包まれていました。

母はその温かな光景を目の当たりにして、
強烈なカルチャーショックを受けたといいます。

父の妹たち(私の叔母たち)が、
冗談を言いながら居間で寝そべっている姿など、
母の実家では「あり得ない」ことだったらしく、
それはもう、びっくりしたそうです。

母が結婚を決めた理由、
それは、父の魅力ではなく、
「家庭」の温かさだったのです。

図らずもデートコースを「家」に選んだ
素朴な父の“無策”が功を奏したのですから、
人生とは、わからないものですね。

しかしながら、結婚後の母は、苦労の連続。
嫁姑、小姑、介護、不況、など、
様々な問題やトラブルが絶えなかったことを考えると、
「苦難のデパート」だった母にとって、
果たしてそのときの「決断」がよかったのかどうか…。

ふと、そんなことを考えながら
何度も鼻から噴き出しそうになった餃子の肉汁を、
紹興酒とともにぐぐっと飲み込んだ…、
そんな一家団欒の夜となりました。

 

 

と、プライベートな前置きはこれくらいにして、
メインコンテンツに入ります。

今週も新たに607冊目の「お薦め書籍」から
ためになる一節を抜粋し、ご紹介いたします。

本日のテーマは、
【余韻とイマジネーション】
です。

一節一節を噛みしめながら
読み込んでください。

どれもシュールで深いですよ。

お役に立ちましたら幸いです。
それでは、どうぞ!
↓↓↓↓↓↓↓
私の本よりためになる「お薦め書籍」シリーズ No.607
「書き出し小説」
読むのは一瞬。しかしその余韻は長く、深い。
あなたのイマジネーションを容赦なく刺激する
天久聖一編
新潮社

 

メールではじまった恋は
最高裁で幕を閉じた。

 

虹の付け根が、
吉田の家に刺さっている。

 

「魂の話をしよう」
真面目くさった顔でそう言った後、
先生は黒板に塊と書いた。

 

席をつめたがカップルは座ろうとせず、
私はただ横の老婆にすり寄っただけの人間になってしまった。

 

伸ばされた手を掴むか、掴まないか。
一瞬の迷いに彼女は気付いた。
彼女に気付かれた事に僕は気付いた。

 

父の七回忌に、
私そっくりな女が焼香に来た。

 

部屋の蛍光灯を取り換えようとしている父が一瞬、
天使に見えた。

 

「皮が肉を包んでいるという点では、
人間も餃子も同じようなものよね」
モトコはそう言いながら一口頬張った。

 

財布を拾った私の前に、
天使と悪魔と
落とし主が現れた。

 

部長のあだ名を「景気」にしたら、
堂々と悪口が言えるようになった。

 

通過列車の窓が
8㎜フィルムのように僕を映した。

 

草臥れた三浪目の男が自動ドアに映り、
スッと真ん中から割れた。

 

読経のさなか、
坊主は口角に流れ落ちてきた汗を舐め、
昨日届いた地ビールに思いを馳せた。

 

むせかえった父は、
大量に舞い上げた粉薬を残し、
忽然と消えた。

 

もうここには誰もいません、
という声がして、
足音が次第に遠ざかっていった。

 

父さんは妹をかばって死んだ。
母さんは弟をかばって死んだ。
そうして、誰にも愛されなかった私だけが生き延びた。

 

激しい夕立が過ぎると、
風船を配っていたピエロが、
交番の掲示板で見た男に変わっていた。

 

けさ、我が家に牛五十頭が届けられた。
あした妹は異国へ嫁ぐ。

 

何作目かを聞きたかったのだろう妹が、
私に尋ねて来た。
「今やってるの、なん丁目の夕日?」

 

夢もない。希望もない。
家族もない。仕事もない。
ただ一生かけても使い切れないほどの預金が
銀行口座にあるだけだった。

 

そのバラバラ死体を組み合わせると、
どうやっても腕が一本余る。

 

名探偵十人の推理が
きれいに割れた。

 

それはあまりにも完璧な殺人計画で、
誰かに話さずにはいられなかった。

 

母が、十五年の時を経て、
いよいよあの「かたたたき券」を使うらしい。

 

田舎の母からみかんの段ボール箱が下宿に届いた。
中を開けると大量のりんごにサバ缶、
タッパーに入った漬物、
そして緩衝材のつもりなのか
親父の穿いていたブリーフ10枚が丸められていた。

 

母は新しい母とハイタッチを交わして、
去って行った。

 

あの娘が一日署長になるという記事は、
僕に自首を決意させた。

 

小さい頃、
夜明け前にお兄ちゃんと
裏山にカブト虫を採りに行ったら、
大きな木の下で
軍服を着たお爺ちゃんが首を吊って
死んでいたんですよ。
というスタジオトークは、
オンエアでは全てカットになってました。

 

「私の夢はね、このコンビニ丸ごと、
国に持って帰ることよ」
そう言って微笑むジャネットの後ろに、
夕焼けに染まるサバンナが見えたような気がした。

 

不毛な社内会議に出るたびに、
「バケツのどこまで水を入れるか」
でもめた中学のホームルームを思い出す。

 

闇金融の男は
夕焼けの匂いがした。

 

久しぶりに嗅ぎに行こうかと
寄ったそば屋の排気ダクト下には
既に先客がいた。

 

もしもし婆ちゃん?
オレだよ、オレ。まずいことになっちゃった。
車でぶつけちゃって相手に慰謝料が必要なんだ。
今から言う口座に振り込んでもらえる?
オレは死んじゃって何もできないから。

 

もう会えない人にあやまりたいときは、
どうしたらいいんだろう。

 

普段着で来ていたのは私だけだった。

 

 

 

2015年1月12日(祝・月)

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早川勝メール【733号】逆転スイッチ 絶体絶命の“ピンチ”を一瞬で “チャンス”に変える33の方法

2015-01-04

皆様

こんにちは。
ご縁があって名刺交換させていただいた方々へ
一斉配信しています。

謹んで新春のお喜びを申し上げます。

「2015年」といえば、
1985年に公開されたSF映画、
「バック・トゥ・ザ・フューチャー」
で描かれていた30年後の未来、
なんと、それが2015年なんですね。

私が1985年に大学を卒業・就職して、
あれからちょうど30年。
ついに“あの未来”にやって来たのかと思うと、
不思議な気持ちになります。
(CMで淀川長治さんも語っていました)

「人生のタイムトラベル」
をしみじみ実感している、
そんな2015年の年明けとなりました。

旧年中は一方ならぬ
お引き立てを賜りまして、
誠にありがとうございました。

本年も、相変わらぬメルマガのご愛読、
宜しくお願い申し上げます。

毎号、長文にて大変恐縮ではございますが、
皆さまの人生がより豊かになるような名著の紹介と
勝手な私事(前置き文)を配信してまいる所存です。

2015年も、
皆様、ご家族様のご健勝とご多幸を
心よりお祈り申し上げます。

今年はより一層、
読者ファンの皆さまとのご縁を
深めていけるような年にしたいですね。

次なる出版オファーは、現在執筆中の原稿も含めて、
さらに新作を3冊(紙書籍累計10冊)、
そして、韓国語翻訳版に続き、
今年は中国語翻訳版の出版も予定しています。

一方、昨年は「FA宣言中」のまま越年となりましたが、
今年は新組織の営業本部長として明確なミッションを背負い、
一企業人としてもパッションみなぎる新年を迎えています。

保険業界にイノベーションを起こす一年となることでしょう。
乞うご期待、です。

今年も「死ぬ気」で邁進いたします。
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さて、お正月といえば、
やっぱり、
「箱根駅伝」ですよね。

現地へ出身校の応援に駆けつけた方、
また、テレビの前で声援を送った方も、
数多くいらっしゃったと思います。

今年は、見事に「青山学院大学」が悲願の初優勝。
優勝候補だった駒大・東洋大に大差をつけて、
ぶっちぎりの完全優勝でした。

それにしても、
一時は廃部の危機に直面するほど弱かった青学大の駅伝チームが、
なぜ、ここまで強くなったのでしょうか。

この10年、様々な強化策に取り組んだようですが、
一番の功績は、誰が何と言おうと、
「原監督」であったと、私は思います。

原晋(はらすすむ)さんは以前、
10年のサラリーマン生活において
「営業部」に配属され、
伝説の営業マンと呼ばれたほどの
活躍をされていたことがあるそうです。

駅伝チームの監督としても、
その「営業力」を大いに発揮されました。

営業同様に、
「高い目標を掲げ、それを実行・達成することが大切だ」と、
「目標達成」のためのマインドや
スキルを磨き上げる指導を強化徹底。

さらには、
「商品を売るためには、まずその魅力を伝えることが必要だ」と、
多くの選手にエース級選手並みのタイム、
「5000m、14分10秒以内」などの目標設定をさせ、
徹底して自覚を促しモチベーションを高めたそうです。

そして何よりも、
有望な高校生を「スカウト」するために、
今まで相手にされなかった高校へも頻繁に通いました。

営業で鍛え抜かれた巧みな話術と熱いハートで、
全国から優秀な選手を集めたのです。

スカウトする選手の地元にまで直接足を運び、
ご両親までをも口説き落として勧誘したといいいます。
その情熱と信念に惚れ込んだ多くの親子たちが
「その指」にとまったのでしょう。

記録的な走りを見せた神野大地選手ら主力組は、
ほぼスカウトの成果だったというのですから、
まさに原監督が創り上げたチームといえますよね。

そして、個々の能力を結集させ、
チームワークをつくるのも監督の役目。

監督の奥様も一緒に、
選手たちと寮で同居するなど、
家族のような駅伝チームを創ったわけです。

原晋監督の人間力(営業力)に、
心から感服いたしました。

青学大優勝、本当におめでとうございます。

やはり、「営業は人生の縮図」ですね。

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と、前置きはこれくらいにして。

メインコンテンツに入ります。

今週も新たに606冊目の「お薦め書籍」から
ためになる一節を抜粋し、ご紹介いたします。

著者の西沢泰生さんは、私と同い年の52歳。
アメリカ横断ウルトラクイズで準優勝、
「アタック25」や「クイズタイムショック」などで優勝、
という経歴をお持ちのクイズ王。

本田宗一郎、松下幸之助、ケネディ、
カーネギー、黒澤明、赤塚不二夫、
イチロー、三谷幸喜、etc。
一流の著名人が体験してきた最悪のピンチを
一瞬にして最高のチャンスに変える法則、
それをクイズ形式で学べる「ケース・スタディ・ブック」です。

本日のテーマは、
【ピンチのときの「よすが」】
です。

実は、私早川は1985年に伊藤園へ入社し、
サラリーマンをやっていた時代がありまして、
ちょうどその頃の「伊藤園」の事例が
本の中で紹介されていましたので、
つい嬉しくなって抜粋してみました。

その組織の中で実際に経験をした私自身が、
正真正銘の「実話」であることを証明いたします。

お役に立ちましたら幸いです。
それでは、どうぞ!
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私の本よりためになる「お薦め書籍」シリーズ No.606
「逆転スイッチ」
絶体絶命の“ピンチ”を一瞬で“チャンス”に変える33の方法
西沢泰生著
角川フォレスタ

 

初級編 Chapter1

ピンチ04

ピンチを消し去る魔法の言葉

私が好きな、
「NASAのボールペン」
というジョークです。

旧ソ連とアメリカが、
宇宙への進出で激しい競争をしていた時の事。

NASAで1つの重要な課題が浮上した。

それは、宇宙飛行士たちが宇宙空間で使用するボールペン。
無重力状態だと、インクがうまくでないのだ。

NASAの科学者たちは、その頭脳を結集し、
莫大な予算をかけて
「宇宙でも円滑に使用できるボールペン」
の開発にのぞんだが、なかなか完成には至らなかった。

一方、その頃ソ連の宇宙飛行士たちは……。

エンピツを使っていた。

このジョーク、
お金と時間があると、
人間、ついにモノゴトを難しく考えてしまい、
結局、とん挫してしまう事を皮肉っています。

世の中、そんなに堅苦しく考える必要はありません。

これはあるカステラ工場の社長さんの話。

その社長さん、こだわりで、
一流のカステラ店にも負けない
立派なカステラを作っていましたが、
値段がはってなかなか売れず、
工場は倒産寸前になってしまいました。

Question
問題

倒産寸前の大ピンチに陥ったカステラ工場。

社長があるアイデアを出して危機を脱します。

さて、工場を救った社長のアイデアとは
どんなものだったでしょう?

ヒント
ノーヒント。

Answer
答え

【 くずれたカテスラを格安で販売した。 】

「名店に負けない立派なカステラ」なんて、
言ってしまえば、ただの社長のこだわりでしかありません。

倒産寸前にまで追い込まれた社長は、
「まあ、いっか!」と、
立派どころか「くずれたカステラ」を
ネットで販売してみました。

そうしたら、これが大当たり。

安くて美味しいカステラとして人気が出て、
たったの1か月で売上は10倍になり、
あっという間に倒産のピンチを脱することができたのです。

「まあ、いっか」

これ、ちょっとしたピンチを脱するための
「魔法の言葉」です。

(中略)

ピンチ08

激マズジュースを売った貼り紙

「遊べる本屋」をコンセプトに、
全国に店舗を持つチェーン店、
『ヴィレッジヴァンガード』。

そのコンセプトの通り、
本屋さんと言いながら、
お菓子や生活雑貨、
ちょっとユニークな小物なども売っていて、
それをワザと雑然と陳列するなど、
その店内は遊び心に満ちています。

これは、そんな『ヴィレッジヴァンガード』のある店舗での話。

ある時、仕入れた輸入品のジュース。

これがもう、笑ってしまうくらいに「激マズ」で、
店に出したもののぜんぜん売れない。

このままでは大量に在庫品になってしまうのは必至。

ピンチ到来です。

ところが、このピンチを、
ある店員のアイデアが救ったのです。

そのアイデアとは、
このジュースが陳列されている横に、
たったひと言の宣伝コピーを書いた貼り紙をしただけ。

それだけで、
この劇マズジュースが売れ始めたのです。

Question
問題

そのマズさのために、
誰にも買われなかったジュースを
売る事に成功した宣伝コピーとは、

どんなひと言だったでしょう?

ヒント
このお店は若い人たちに人気です。

Answer
答え

【 罰ゲームにどうぞ。 】

「とんでもなくマズイ」
という欠点を逆手に取ったコピーですね。

この貼り紙をしてから、
冗談好きなお客様が面白がって
このジュースを買ってくださり、
大量在庫の危機は回避されたのです。

「モノが売れない」
「このままでは大量在庫になってしまう」
というピンチの時。

モノそのものに改良を加えなくても、
その「宣伝コピー」や「名前」を変えるだけで
ピンチを脱出できることがあります。

例えば、株式会社伊藤園のロングセラー商品
『お〜いお茶』。

あの商品、構想から商品化までに約10年をかけた、
伊藤園にとっては正に「社運をかけた」自信作でした。

しかし、1985年に発売した当時は、
まだ「お茶はタダで飲めるもの」という考えが一般的で、
いくら熱心に営業をかけても、
なかなか取扱いをしてくれる店が増えなかったそうです。

しかも、発売当初の商品名は『缶入り煎茶』。

思わず「もっとひねりなさい!」
とツッコミを入れたくなるほど地味な名前でした。

いや、地味……どころか、
発売後に伊藤園が調査してみると、
「煎茶」をちゃんと「せんちゃ」と読める人が少ないという
衝撃の事実まで明らかに……。

名前の正しい読み方もわからない商品が、
売れるはずはありません。

伊藤園では会議を重ね、
1989年、商品名を、
親しみが持てて覚えやすい
『お〜いお茶』
という名前に変更したのです。

この名前の変更によって、
知名度は飛躍的に上昇。

また、「コンビニでお弁当と共に売ってもらう」
という戦略も当たって、
『お〜いお茶』
は伊藤園を代表する商品へと成長したのです。

商品は同じでも、「名前」と「売り方」を変える事で
ピンチを脱出したわけですね。

(中略)

中級編 Chapter2

ピンチ07

生き残るために
男たちが選んだもの

あなたは「エンデュアランス号」
という船をご存知ですか?

これ、1914年に、
イギリスが人類初の「南極大陸横断」挑んだ時に
使用された船の名前です。

何しろイギリスは、
「人類初の南極点到達競争」で、
自国のスコットが、
ノルウェーのアムンゼンに敗れ去っています。

天下のイギリスが、
田舎の国ノルウェー(ノルウェーの人、失礼!)
に負けてしまったわけで、
きっと悔しかったのでしょうね、

「じゃあ、先に横断してやる!」と、
満を持して「南極横断」に挑んだのが、
この「エンデュアランス号」だったのです。

でも、この船、ぜんぜん有名じゃありませんよね。

それもそのはず。
だって、この船、
イギリスの意気込みもむなしく、
氷に閉じ込められて、
最後は沈没してしまったのですから。

英国人探検家のシャクルトン以下27人の乗組員たちは、
船から脱出し、
生き残るために、最小限の荷物を持って
氷の上を歩いて生還を目指すことになります……。

Question
問題

氷の上を命がけで移動する事になった時、
男たち全員が、金貨を捨ててまでも
船から持ち出す事を選んだ
「個人の所有物」
とはいったい何だったでしょう?

ヒント
食料は「共同財産」という事で除外してください。

Answer
答え

【 家族の写真 】

「エンデュアランス号」の乗組員たちが体験したサバイバル期間は、
合計でなんと17か月間だったそうです。

17か月といえば1年半近く。

そんなにも長い間、
「氷の世界」で生き抜き、
ただ1人の犠牲者も、
そして、発狂者も出なかったのは本当に奇跡。

苦しくて、生きる気力がなえてきた時、
「こんなところで死んでたまるか!」
と思わせてくれたのが
「家族の写真」だったのです。

これ、ピンチの時の
「よすが」
(=心の拠りどころ)です。

「ピンチの時」というわけではありませんが、
日本のある輸送サービス会社では、
ドライバーに携帯させる「安全手帳」に、
必ず「家族の写真」を貼り付けさせているそうです。

安全運転のための標語は
「安全を今日も家族が祈っている」。

こっちは、「安全運転をしよう」という、
ドライバーたちの注意を促すための
「よすが」ですね。

たとえ、ピンチになっても、
この「よすが」を持っていると、
最後の「踏ん張り」がききます。

(中略)

ピンチの時、
あなたの「よすが」になるものは、
いったい何ですか?

 

 

2015年1月4日(日)

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早川勝
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早川勝メール【732号】小さな幸せに気づかせてくれる33の物語と90の名言 大切なことは、すべて日常の中にある!

2014-12-28

皆様

こんにちは。
ご縁があって名刺交換させていただいた方々へ
一斉配信しています。

2014年最後のメッセージです。

今年も一年間、ご愛読ありがとうございました。

まさかここまで、10年という歳月とともに、
登録数3千5百名以上の方々へ対し、
ついに700号を超える配信を続けてこられるとは…。

とてもとても感慨深い年の瀬を迎えています。

おかげさまで今年は、
かつてない最高の一年となりました。

しかし、世界中のあちこちでは、
異常気象による甚大な被害、
地震・噴火・竜巻などの大災害、
大飢饉による食糧難、
凄惨な事件・事故も相次いだ一年でした。

今もなお紛争の悲劇が繰り返されている世の中にあって、
私たちは今、平和と豊かさに恵まれた環境で暮らしています。

食べることに苦労することなく
元気で健康に「生きて」、
こうして年明けを迎えようとしていることに、
改めて感謝の気持ちで胸がいっぱいになります。

なんという「幸運」なのでしょうか。

そんな感謝の気持ちを込めて、
少しでも世の中に「貢献」しなければ、
と固く心に誓いながら、
今年も生きてまいりました。

特に今年は、「人類への貢献」「家族への貢献」、
「自分への貢献」を課題に掲げ、

すべての貢献をイコールにすること、
それを私自身の目標としてきました。

おかげさまで、
貢献活動の中心に位置づけてきた「出版」についても、
5冊目、6冊目、7冊目と、
立て続けに新刊の発売ラッシュとなり、
(電子書籍と韓国語翻訳版も含めると累計11冊目)
数万人の方々の元にメッセージを届けることができました。

そして、
長年お世話になった保険業界にも、
新たな恩返しの第一歩を踏み出すことができました。

「死ぬ気で」生き切ったワクワクの一年でしたね。

今年はじめのメルマガにて、
新井満さんの書籍から「プラトンの言葉」を
ご紹介したことを覚えているでしょうか。

「人間には三種類ある。

死んでいる人。

死んではいないが、
ただ生きているだけの人。

そして三番目は、
海に向かって旅立つ人」

この海というのは、
夢、希望、理想、ですね。

私自身の今年一年を「漢字一文字」に表すとしたら、

「海」
ということになるでしょうか。

まさに「海」へと旅立った一年だった、
という表現がぴたりと当てはまります。

英語圏では、自分が好きで選んだ仕事のことを
「Vacation」と呼ぶのだそうですが、
まさに、私の今年一年は、
“海”でバケーションを過ごした気分でした。

では、ここで、恒例の…、
そんな一年を各月ごとに振り返って
漢字一文字を「月別」に表してみることにします……。

1月は、長女が成人式を迎え、
父に成ってから“父・二十歳”を迎えたことが実感できたので、

「成」

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2月は、“死ぬ気シリーズ”第2弾の続編(リーダー編)が発売され、
後に続々とシリーズ化されていく足掛かりとなったので、

「続」

http://tsuitel.in/archives/1402

3月は、カタカナ生保へ入社し、
保険業界の新たなステージに挑戦することができたので、

「挑」

http://tsuitel.in/archives/1406

4月は、兼務出向している乗合代理店の営業本部長として、
保険業界の懐かしい仲間たちと再会する機会が増えたので、

「再」

http://tsuitel.in/archives/date/2014/04

5月は、4年前に出版した『「捨てる」成功法則』の改訂版、
『「最高の結果」はすべてを「捨てた」後にやってくる』が発売されたので、

「改」

http://tsuitel.in/archives/date/2014/05

6月は、紙書籍だけにとどまらず、
電子書籍ファン待望の“死ぬ気シリーズ・電子版”が発売になったので、

「電」

http://tsuitel.in/archives/1432

7月は、所属する生命保険会社において、“新ブロジェクト”が動き出し、
その新チームで新たなミッションを担うことになったので、

「新」

http://tsuitel.in/archives/date/2014/07

8月は、最新刊の“営業本”執筆のため、
夏休み10連休の間中ずっと書斎に“籠って”原稿を書き続けたので、

「籠」

http://tsuitel.in/archives/1443

9月は、なんと、「死ぬ気で働くリーダーにだけ人はついてくる」の
韓国語翻訳版が海外で発売されることになったので、

「韓」

http://tsuitel.in/archives/date/2014/09

10月は、「死ぬ気で働く営業マンだけがお客様に選ばれる」の発売日と、
52歳の誕生日(10月20日)とが同日となりダブルの誕生祝い、
&次女の大学受験が指定校推薦で合格となったので、

「祝」

http://tsuitel.in/archives/date/2014/10

11月は、発売早々に、最新刊の“営業本”の重版が決まると同時に、
“リーダー本”も重版、死ぬ気シリーズ10刷目の重版となったので、

「重」

http://tsuitel.in/archives/1456

12月は、SF映画鑑賞から、心は宇宙の果てへぶっ飛び、
そこから哲学の世界、ついには“愛と悟りの境地”へと辿り着いたので、

「悟」

http://tsuitel.in/archives/date/2014/12

一生かかって「ありのまま」の自分を探すことが
人生という旅であるならば、

今年はこのようにいろいろな体験を通じ、
やっと「旅立った」という実感が持てた一年でした。

皆さんの応援のおかげであると心から感謝しております。
本当にありがとうございました。

2015年も皆様のお役に立てるようなメッセージを
引き続き配信してまいりますので、
より一層のご愛顧を賜りますよう、
心よりお願い申し上げます。

よいお年をお過ごしくださいませ。
来年も皆様のご健勝とご多幸をお祈りしております。

 

 

と、前置きはこれくらいにして。

メインコンテンツに入ります。

今週も新たに605冊目の「お薦め書籍」から抜粋します。

本日のテーマは、
【シェアする幸せと生きる覚悟】
です。

今年は特にお世話になった「かんき出版」さんの新刊より、
ためになる一節をご紹介させていただきます。

お役に立ちましたら幸いです。
それでは、どうぞ!
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私の本よりためになる「お薦め書籍」シリーズ No.605
「小さな幸せに気づかせてくれる33の物語と90の名言」
大切なことは、すべて日常の中にある!
西沢泰生著
かんき出版

32 シェアする幸せ
伝説の『少年ジャンプ』

その少年の夢は、
宅配のピザを1人で全部食べることでした。

大好きなピザなのに、
いつも弟と分けなくてはなりません。
1度でいいから、
ピザ1枚を1人で思い切り食べてみたい…。

ある日、少年は両親と弟が出かけているスキに、
お小遣いをはたいて、ピザを注文しました。

夢を実現するために。

届いたピザを頬張る少年。
でも、
何かが違っていたのです。

いつもはあんなに美味しいピザが、
なぜか美味しくない…。

そこに弟が帰ってきます。
「あっ、ピザだ」
「うん、お兄ちゃんが頼んだんだ」

そして、少年は弟にこう言います。

「一緒に食べよう」

2人で食べるピザは、
いつもの美味しいピザに戻りました。

少年は、ピザが美味しい理由を初めて知ったのです。

これは、何かの本で読んだ、
その本の著者の少年時代の思い出です。

世の中にはシェアする幸せ
というものがあります。

ちなみに、「頑張ろう」というモチベーションにも2種類あって、

「生活が不安だから仕事を頑張ろう」
というプレッシャーによる動機を
「ブラックエンジン」、

「家族の幸せのために仕事を頑張ろう」
という、人のためなどを思ったプラスの動機を
「ホワイトエンジン」
と言うのだそうです。

さて。

これからお話しするのは、
「シェアする幸せ」と「ホワイトエンジン」
の持つパワーを感じさせてくれる実話です。

2011年3月11日。
東日本大震災が発生しました。

この時、仙台では、ライフラインは翌日に復旧しましたが、
本や雑誌の流通は完全にストップ。

子供たちが毎週読むのを楽しみにしている漫画雑誌も、
本屋さんに届きません。

「おじさん『コロコロコミック』届いた?」
「ごめん、届かないんだ」

そんな会話が、
あちこちの本屋さんで交わされたのです。

テレビを観ても、流れるのは恐ろしい映像ばかり。

だからこそ、子供たちに漫画本を読ませてあげたい。
本屋さんも、そう考えていたのです。

そんなある日。
1人のお客が『少年ジャンプ』を持ってきて、
ある本屋さんにこう言います。

「これ、ボクはもう読んだので、
よかったら皆に読ませてあげてください」

そのお客は、『少年ジャンプ』を読みたくて、
山形まで行って購入したとの事。

本屋の店主は、さっそく、店頭に貼り紙をします。

『少年ジャンプ 3/19日発売号 読めます!
1冊だけあります』

店主は、この『少年ジャンプ』を立ち読み自由にしました。
そう、「シェア」したのです。

それを見た子供たちが、
次々と店にやってきます。

ウワサはすぐに広がり、
翌日には、お店に長い列が…。

子供を連れて来て、
「ずっと怖がっていた子供がようやく笑ってくれました」
と涙ぐむ母親もいました。

この、1冊の『少年ジャンプ』の話は、
小さな新聞記事になりました。

すると、この本屋さんに
「この本も置いてあげて欲しい」と、
たくさんの漫画雑誌が届くようになったのです。

いつしか、店頭には募金箱が置かれていました。
無料で読むのは悪い…
と考えた子供たちが設置したのです。

店主は、募金箱に入れられたお金を、
津波で被害を受けた地域に
本を届けるプロジェクトへ寄付しました。

数百人の子供たちに回し読みされて、
ボロボロになった、この『少年ジャンプ』は現在、
発行元の集英社に、
『伝説の少年ジャンプ』
として保管されているそうです。

独り占めはツマラナイ。

でも、シェアすると、皆が幸せになる。

この『少年ジャンプ』の話は、
「シェア」が生んだ、小さな奇跡です。

83

うばい合えばにくしみ
わけ合えばよろこび
うばい合えば不満
わけ合えば感謝

うばい合えば戦争
わけ合えば平和
うばい合えば地獄
わけ合えば極楽

相田みつを(詩人)

32 「覚悟を決めている人」の強さ
黒澤 明の「恐ろしい遠足」

黒澤 明監督の映画『赤ひげ』。

私が個人的に日本映画の頂点だと思っている作品です。

この名作の中にこんなシーンがあります。

小石川診療所の頑固者の医師、
赤ひげ(三船敏郎)のもとで、
心ならずも働く事になった若者、保本(加山雄三)。

彼はある時、病でひん死の老人の臨終の場に立ち会います。

その時、やせ細り、苦しげに息をする老人の凄惨な姿に
眉をひそめる保本に対して、
赤ひげがこんな事を言うのです。

「人間の一生で、臨終ほど荘厳なものはない。
それをよく見ておけ」

赤ひげの言葉に、目をそむけまいとする保本。
だが、見ていられない。

極貧の庶民たちを相手にした診療所を舞台にしたこの物語には、
いくつかの死の瞬間が描かれています。

その「荘厳な場面」を見る事で、
保本が人間として成長していくのが、
この映画の前半です。

実は、黒澤 明は、幼い日に、
この時の保本と同じような体験をしています。

それは関東大震災のすぐあとの事。

震災による火災がおさまると、
黒澤 明の兄は、それを待っていたかのように、
「明、焼跡を見に行こう」と誘ったのだそうです。

その誘いに、はじめは遠足にでも行くような思いで
ウキウキとしてついて行った明少年。

それが、『この世の地獄』を見るための誘いだと
夢にも思っていませんでした。

はじめのうちは、
たまにしか見かけなかった焼死体。
下町に近づくにつれて
その数は増えていきました。

あまりの火の強さに、
焼跡は白茶けた赤い色の灰に覆われ、
まるで赤い砂漠。

そのあちこちに、
ありとあらゆる焼死体が転がっている。

あまりの恐ろしさに、明少年が目をそむけると、
彼の兄はこう言って叱りました。

「明、よく見るんだ」

仕方なく、歯を食いしばって地獄を見続ける明少年。

やがて、ある広場へとさしかかる2人。
そこは、震災で最も多くの死者が出た場所。

見渡すかぎりの死骸。
死骸は、なぜかところどころで
折り重なって小さな山をつくっている。

その死骸の山の1つの上に、
座禅を組んだまま黒こげになった、
まるで仏像のような死骸があったのです。

その、あまりにも荘厳な姿。

兄は、それをじっと見たまま、
しばらく動かなかったそうです。

やがて。
その兄が、ポツリとつぶやきました。

「立派だな」

明少年も、同じことを考えていました。

たぶん、火に包まれ、
覚悟を決めて座禅を組んだまま亡くなったその死骸。

その覚悟の思いが、ひしひしと伝わってくる。

この死骸を見た兄は、明少年に、「そろそろ帰ろうか」と言い、
この「世にも恐ろしい遠足」は終わったのだそうです。

「メメント・モリ」という言葉をご存知でしょうか。

ラテン語で、「死を覚悟せよ」、
つまり「自分がいつか死ぬという事を忘れるな」
という意味の言葉です。

もともとは、それほど重い意味ではなく、
「いつか死んじゃうんだから、人生を楽しもう!」
という程度の言葉だったものが、だんだんと、
「死から目をそむけず、それに向かって人生を生きよ」
という意味合いが強くなってきたのだとか。

たぶん、人間にとって、最も恐ろしいものは「死」でしょう。

でも、だからと言って、目をそむいていては、
ムダな時間を過ごしてしまいかねない。

誰にでも、いつか必ずやってくる、
「人生で最も荘厳な瞬間」。

実は、それほど恐れる必要はないのです。

「恐ろしい遠足」に出かける日の夜。

黒澤 明少年は、
「きっと、今晩は一睡もできないに違いない。
もし、眠れたとしても、とんでもない悪夢を見るだろう」
と思って床に就きました。

ところが。
枕に頭をのせたと思ったら、すぐに朝になってしまい、
悪夢もぜんぜん見なかった。

不思議に思って、兄に話すと、
彼の兄はこう言ったのだそうです。

「怖いものに目をつぶるから怖いんだ。
よく見れば、怖いものなんかあるものか」

85

世の中は  地獄の上の  花見かな

小林一茶(俳人)

88

世の中には「死ぬ事」と同じくらい、
避けられない事がある。
それは「生きる事」だ。

チャールズ・チャップリン
(映画『ライムライト』より)

 

 

2014年12月28日(日)

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早川勝
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早川勝メール【731号】責めず、比べず、思い出さず 苦しまない生き方 困難は悪魔の嫉妬 すべては必ずよくなります

2014-12-21

皆様

こんにちは。
ご縁があって名刺交換させていただいた方々へ
一斉配信しています。

本日の前置き(ひとり言)は、
「早川はついに頭がおかしくなったんじゃないか?!」
と言われそうな内容です。

まともな常識人の方は「前置き」を読み飛ばし、
メインコンテンツから読み始めるようにしてください。

実は、前々回の729号で書いた「未来の話」に対し、
意外にも数多くの“反響”が寄せられました。

なるほど、そうならばと、
にわかにSFの世界へ興味をそそられた私は、
映画「インターステラー」を鑑賞してまいりました。
(映画コンシェルジュである親友の美人妻からの推薦もあり)

いい意味で期待を裏切られましたよ。
腰が抜けるほど、凄い映画に出会いました。

いや〜、感動!!
泣きました(涙)

といっても、
「アルマゲドン」のような娯楽大作ではなく、
「2001年宇宙の旅」のような難解な作品でもなく…。

まるで観ている私たちも一緒に宇宙を旅しているのではないか、
と、錯覚してしまうほどの臨場感を楽しめるSF映画でした。
でありながら、
その奥には、深〜い「哲学」が描写されていて、
ある種の独特な世界観を放っていました。
(以前紹介した「ルーシー」以上の深い哲学がありました)

主人公の父親役を演じるのは、マシュー・マコノヒー。
「ダラス・バイヤーズクラブ」で
アカデミー賞主演男優賞を受賞した実力派俳優です。

マコノヒーと共に宇宙へ旅立つ女性科学者役には、
「レ・ミゼラブル」で
アカデミー賞助演女優賞を受賞したアン・ハサウェイ。

さらに脇を固めているのは、
巧演ジェシカ・チャスティン、怪優ジョン・リスゴー、
熟演エレン・バースティン、渋演マイケル・ケイン、
というオールド映画ファンにはたまらない配役です。

それぞれのキャストが、
圧倒的な存在感を放っていました。

そんな名優の中でも特に印象的だったのは、
娘マーフィー役の女の子でしたね。
(「マーフィーの法則」が名前の由来とは面白い)

父娘の強い絆を描く「愛の物語」に仕上がったのは、
彼女の存在があったからこそでしょう。

砂嵐に襲われる近未来の地球。
深刻な食料難により、
「人類は滅亡する」
という現実を突きつけられたマコノヒーは、
溺愛する娘に別れを告げ、
宇宙の果てに旅立ちます。

人類が移住できる新たな惑星を探す、
という命懸けのミッション。

地球に残していく家族と人類の未来、
マコノヒーは、その狭間で葛藤しますが、
やがて未開の新天地を目指すことを決意します。

「必ず、帰ってくる」
と愛する娘と約束し、
強く抱きしめるシーンには、
同じ父親として、ぐっと感情移入させられます。

私自身も宇宙船に乗り込んで
未知の惑星へと旅立つ、と錯覚してしまうほどに…。

遠い宇宙の果てしない孤独の中で、
その苛酷さに混乱し正気を失う姿もリアルに表現され、
人間的な「弱さ」を見事に描写していました。

と同時に、その弱さと「強さ」をも丹念に描くことで、
人間の「愛の力」が浮き彫りになっていきます。

地球と宇宙との時間のズレ。

宇宙船に届く家族からのビデオレターには、
年老いていく家族の姿が映し出されていきます。

「世界を救うんだ」という人類への思いと、
「家族のもとへ帰りたい」という利己的な願いとが、
対立していく構図を描きながらも…、

それらが、共に同じラストへと辿り着く
というストーリー展開となっていきます。

その演出からも、
「人類愛と家族愛は相反しない」
というノーラン監督からのメッセージが伝わってきます。

映画の中の一シーンに、
こんな問いかけをするセリフがあります。

「父親は死ぬ前に何を思い浮かべると思う?」

さあ、あなたはいかがでしょうか?

死ぬ前に何を思い浮かべますか?
誰を思い浮かべますか?

答えは、

「子供の姿」

であると。

なるほど、そうですよね。
私もそう思います。

もっと言えば、
死んだ後もずっと思い続け、
見守っていくのでしょう。
永遠に…。
たとえ宇宙の果てにいようとも。

そして、叶うならば、
「愛の力」によって、
遠くから救いの手を差し伸べてあげたくなるはず。

「人類最高の発明は“愛”だ」
というセリフも。

いつの時代も
人間を救ってくれるのは、
“愛”
なんですね。

映画から問いかけられた、
宇宙の果てに存在する「五次元生命体」というのは、
私たちが愛を極めて「進化」した姿、
そのものなのかもしれません。

私たちの人生という旅のゴール、
それは本当の“愛”を見つけることなのだと、
改めて気づかせてくれた映画でした。

やはり、私たち人間は、
「死ぬ気で」人生と向き合うことで、
いかにして「愛に生きるのか」
ということを学ぶのでしょう。
http://tsuitel.in/books/index.html

 

ところで、あなたは、
「宇宙の果ての果ては、どうなっているのか」
と考えたことはありませんか?

「果て」があるということは、
その先の果ての果てはないのだろうか?
無限に広がる宇宙って、いったいどういうこと?
と考えれば考えるほど、混乱してきます。

しかし、私は「インターテステラー」を観て、
今までぼんやりと思い描いていた妄想のような仮説が
ついに確信に変わりました。

人の“心の中に”宇宙が存在するのだと。

宇宙の果てと現在の私たちは“つながっている”のだと、
すっきりと腑に落ちた瞬間でした。

映画の中での宇宙の果てには、
五次元生命体が存在するというシーンがあります。

現実に、三次元の地球に生きる我々にとって、
想像を絶する宇宙が存在するであろうことは、
誰にも否定できないはずです。

「幽霊」のような五次元生命体には、
時間や距離の概念など存在しません。

未来も過去もありません。

「神の存在」「魂」「守護霊」「輪廻転生」
「シンクロニシティ」「セレンディピティ」
「引き寄せの法則」「宇宙の法則」「テレパシー」
「予言」「お告げ」「運勢」「風水」「お祓い」
私たちが時おり耳にするスピリチュアルな現象を
“信じる、信じない”は、個人差があります。

それを物理的に証明することができないからでしょう。

私たちは日常、
三次元の世界に「あるもの」しか
信じることができません。

しかし、
宇宙の果てと「私たちの心の中」はつながっている、
そう“解釈”すると、すべての疑問が解決します。

運、不運に振り回されているとき、

「見えないもの」に守られている、
「見えないもの」に動かされている、
という感覚、ありますよね?

(あっ、やっぱり、
早川は頭がおかしくなった、と思われているかも…笑)

自分たちを守ってくれているのは、
宇宙の果てからやってきた、
ほかならぬ自分自身の魂なのです。

なんのこっちゃ、
と思っている方は、
映画見れば理解できるかもしれません。

クリストファー・ノーラン監督は人間の姿をしていますが、
その「真実」に気づいている宇宙人に違いない…。

今までも天才の中の天才監督であると思っていましたが、
改めてファンになりました。

「インターステラー」が世界的な大ヒットになっているのは、
当然と言えば当然ですね。

ぜひあなたも、
年末年始には映画館へ足を運び、
「哲学の宇宙旅行」
を楽しんでみたらいかがでしょうか?

 

 

と、前置きはこれくらいにして。

メインコンテンツに入ります。

今週も新たに604冊目の「お薦め書籍」から抜粋します。

本日のテーマは、
【今を生きる】
です。

お役に立ちましたら幸いです。
それでは、どうぞ!
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私の本よりためになる「お薦め書籍」シリーズ No.604
「責めず、比べず、思い出さず」
苦しまない生き方
困難は悪魔の嫉妬 すべては必ずよくなります
高田明和著
三笠書房

 

禅でも、「今」しかない
という体験をさせようとします。

即今、というのが
悟りだといいます。

実際に過去もなく、未来もないのです。

あるのは「今」ばかりなのです。

私たちを苦しめているのは、
「過去の反省」と「未来の心配」です。

「自分はなぜ、あんなことをしてしまったのだろう。
あれさえなければ成功したのに」とか、
「あのとき、あの人は何とひどいことをしたのだ。
一生恨んでやる」などと思うのですが、
実は過去の自分や他人も今の自分、
他人ではないのです。
今の自分に過去の責任を問うことはできないのです。

同じように未来の自分、未来の社会の人々は、
今の自分、今の社会の人々と同じではありません。

似てはいるのですが、本質的に別なので、
連続的につながっているように見える未来を心配しても、
何も解決しないのです。

また未来は、
自分と関係のない人たちが決めたり、
争ったりするので、
自分に決定権のないことを考えても、
苦しいのは当然です。

ですから禅では、
「今」しかないということをどうしたら悟らせることができるか
ということに心を砕くのです。

本質的に過去の自分と今の自分は異なるのだ、
今の自分には過去の行為の責任はない、
ただ法律的、あるには社会通念の上から
責任を問われているだけなのだから、
その制度内で責任を果たせば、
それ以上の責任はないのだ、と理解することは、
生きいきと生きていく上で非常に大事なことだと思います。

諸行無常の教えは、この根本問題を解決します。

(中略)

(一) 責めず、比べず、思い出さず

私たちの悩みの元を探ると、
まず他人と比較することが原因であることが多いようです。

堀口大學さんの詩『座右銘』にあるように、
「暮らしは分が大事です。気楽が何より薬です」
という考え方以外に、私たちの心を楽にする方法はありません。

また、私たちは過去の失敗、できなかったこと、
あるには他人に批判されたり、
軽蔑されたりしたことを思い出して自分を責めます。

しかし、自分を責める心があるかぎり幸せにはなりません。

江戸時代の臨済宗の高僧、盤珪禅師も言われたように、
とにかく思い出さないことです。

「責めず、比べず、思い出さず」という言葉は、
いつも口ずさんでいれば効果があります。

常日頃から自分に言い聞かせましょう。

(二) 困ったことは起こらない

これは私の運命を変え、
私を「うつ」から救った言葉です。

今だからいえるのですが、
私の人生には「これが起こったら嫌だな」とか
「こうなったら困るな」というようなことが、
数限りなくありました。

たしかに困ったことはいくつか起きました。
しかし、この言葉を唱えていると、
その困ったことが、別にどうといったこともない、
心配するほどのことでもなかった、
ということになるのです。

読者のみなさんも
「仕事がこうなったら大変だ」とか
「家族にあんなことが起きたら困ったことになる」
などという心配をおもちでしょう。

そのときは、
この「困ったことは起こらない」
を思い出してください。

「困ったことは起こらない」
という言葉に言霊という見えない力があるのです。

私は数年前から講演の際、あるいはラジオに出演するときには、
「『困ったことは起こらない』という言葉には言霊の力がある。
道を歩いているとき、朝、顔を洗っているとき、
何か嫌なこと、心配事が起きたときには、間髪を入れずに
『困ったことは起こらない、困ったことは起こらない』
と口ずさんでごらんなさい。
必ずよい気分になり心配事も消えます」
と申し上げています。

最近、ある人が私の講演会に来られ、
その後の懇親パーティーでお会いしたときに
「先生『困ったことは起こらない』と常に口ずさんでいますが、
本当に嫌なことは起こりませんでした」
と感謝してくださっています。

ですから、みなさんもこの言葉の言霊としての力を信じて、
常に閑を見つけては、あるいは不安な気持ちが芽生えたら、
「困ったことは起こらない」と繰り返してください。

その効果が絶大であることは保証します。

(三)すべてはよくなる

これは「困ったことは起こらない」
という言葉と似ているように思われるかもしれませんが、
必ずしも同じではないのです。

「困ったことは起こらない」というのは、
過去の事件により未来が影響を受けて、
それが自分の幸せ、生きがい、
あるいは仕事を邪魔するのではないか
という意味が暗黙のうちに含まれています。

自分は以前、あんなことをしてしまったから、
困ったことが起こるだろうという具合です。

過去にやってしまったこと、失敗したことについて、
他人は自分を馬鹿にしているのではないか、
あんなことをして人々はもう自分を信頼していないのではないか。
こんな心配を打ち消すのが「困ったことは起こらない」です。

一方、「すべてはよくなる」ですが、
人は自分の力の及ばない過去、
つまり家柄、親兄弟の力、学歴、能力などについて疑問をもち、
このような自分には幸せとか成功はとても望めないのではないか、
という思いをもつことがあります。

さらに、思いもよらないトラブルが起こり、
もしこれがうまく処理できなければ、自分の未来はないなどと、
くよくよ悩んでしまうこともあります。

このようなときに
「すべてはよくなる、すべてはよくなる」
と口ずさむのです。
すると不思議と悪いようにはならないことが多いのです。

私の話で恐縮ですが、
あるときに私の息子がトラブルに巻き込まれました。
彼が悪いのではないのですが、
会社の上層部がどのように解釈するか、
あるいはどのような判断を下すかによって、
彼の未来が決まるような事件でした。

この会社の決定がなされる日のことですが、
家を出て行く息子に「高田家に不幸なし」と声をかけ、
「『すべてはよくなる』と言いながら会社に行きなさい」
と告げました。
私も「すべてはよくなる」とくり返し口ずさみ、
彼が帰ってくるのを待ちました。

彼は夜遅く帰ってきたのですが、
「どうだった」と聞くと、
「うまくいったよ」とのこと。

私は思わず、「高田家に不幸はない、は本当だっただろう」
と言ったのでした。

ですから、何か心配事があったようなときには、
「困ったことは起こらない」
という言葉と同時に
「すべてはよくなる」
という言葉もくり返してください。

本当に事態は好転し、
心配したようにはならないから不思議です。

(四)嫌な過去は思い出さない、考えない

私たちは絶え間なく何かを考えている
といってもよいでしょう。

その中には過去に起きたこと、
やったこと、人からされたことを思い出し、
考えてしまうということも多々あります。

研究によれば、
私たちが思い出すことの八十%くらいは
嫌なことだというのです。

しかもこの率は年をとるほど増え、
七十歳代、八十歳代になると
思い出すことのほとんどが嫌なことになっているとのこと。

実に多くの人が「人生をやり直したい」
「こんなはずではなかった」
「周囲の人が羨ましい」などと思っていて、
自分の過去はよくなかったと嘆いているのです。

至道無難禅師は
「考えないようにしていれば、自然と心の光は輝き、
妄想の雲は薄くなる。仏になれるのだ」
と述べています。

また、盤珪禅師は
「思い出すから苦しいのじゃ。
思い出しさえしなければ心は安泰なのじゃ」
と示され、
当時、嫁姑問題で苦しむ人たちに
「嫁は憎くないぞ。嫁が『あのときに、あんなことをした』
という記憶が憎い気持ちを起こすのじゃ。
記憶が悪いのじゃ。
思い出さなければ、嫁は憎いものではないぞ」
と諭されています。

妙心寺の管長もされた日本の代表的な禅僧、
山田無文老師はこの言葉をさらに発展させ、
「よいことも、悪いこともすべてを考えないようにしよう」
と述べています。

禅ではこのように、
考えること、思い出すことが
不幸のもとだとくり返し述べています。

(五)困難は悪魔の嫉妬―――後で大きな幸運に恵まれる

先に「困ったことは起こらない」とか「すべてはよくなる」
という言葉を紹介しましたが、
ときに、予想もしない困難が起こることがあります。

大切なときに病気をしたとか、
思わぬ事故にあった、
あるいは怪我をしたという場合です。

このような場合に私は
「困難は悪魔の嫉妬」
と自分に言い聞かせ、
これからよいことが来るのを
悪魔がさまたげようとしているのだと考えます。

つまり、このようなことが起きた後には、
必ずもっと大きな幸運に恵まれると考えるのです。

実際の私の経験でも、
そのように幸運が訪れたことが多かったと思っています。

これは仏教の因縁の法則にも当てはまります。

達磨大師の言われたように、
「私たちは何か悪いことがあると、
ぺしゃんこになってしまうが、それは間違いだ。
払わなくてはならない業の借金を払い、
これで借金なしになったと思えばよい」
のです。

ですから、思わぬ苦労、予知できぬ困難に出合ったときには
「困難は悪魔の嫉妬」
と思い続けていると、
意外に気持ちが楽になるのです。

 

 

2014年12月21日(日)

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