Archive for the ‘561号~580号’ Category

早川勝メール【580号】仕事ができない人は話も長い

2011-08-07

皆様

こんにちは。

ご縁があって名刺交換させていただきました1,526名の方々へ一斉配信しています。

昨日8月6日は広島平和記念日。
そう、「原爆の日」ですね。

広島にとって特別なその「8月6日」に…、
なんと53年ぶりに広島でプロ野球公式戦が開催されました。
(今までは条例により開催できなかったそうです)
戦後、原爆で廃墟と化した広島復興の象徴として誕生した広島カープ。
その広島対巨人戦を、私はCSテレビで試合前のセレモニーから観戦しました。

試合結果は、ジャイアンツの打線が連日の大爆発で対広島戦6連勝、
カープをBクラスに引きずり落としてしまいました。
ジャイアンツファンの私としては嬉しいのですが、
記念の日であるということを考えると、空気の読めない展開で、
ホントすいません(笑)

でも、「鳴り物の応援自粛」、
というのも静かでいいですね。

その試合前の慰霊セレモニーでは、全員で黙とう、
「被爆したピアノ」を使ってピアニストの萩原麻未さんがレクイエムを演奏し、
女優の斉藤とも子さん(なつかしい!)が詩を朗読しました。
「8月6日」という高木いさおさんの詩だったのですが、
「忘れてはいけない」という言葉が何度も繰り返されていて、とても印象的でした。

この「高木いさお」さんの作品には、そのほかにもたくさんの素晴らしい詩があります。
ご存知の方も多いと思いますが、
そのほかの詩の中の一節に次のような言葉を見つけましたので、
少しご紹介します。

↓↓↓

愛することと優しさについて

人間は
苦労したから優しくなる、ということはない
優しくされたから優しくなる、ということもない
愛されたから優しくなる、ということでもない

人間は
誰かを愛したことによって優しくなるようだ

愛する人への愛(かな)しみが
その愛しみの深さだけ人間を優しくするのだと思う

だから
優しくない人に接すると
誰も愛さなかったその人の人生が見える気がする

↑↑↑
なるほど。
深いですね。

平和に感謝しながら、
優しい気持ちで大好きなプロ野球を観戦できた…、
そんな一日となりました。

…と、
前置きはこれくらいにして、
本日は、
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好評だったバックナンバーをお届けします。

本日のテーマは
【努力しない自由】です。
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「仕事ができない人は話も長い」
宋文州著
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日本に来たばかりの頃、びっくりした日本の挨拶がある。
それは別れ際の「頑張ってくださいね」だった。
今は確かに深い意味はないと分かるが、
当時はなぜ初対面の人に「努力しなさい」と言われなくてはならないのか、
と真面目に考えたものである。

今となれば自分もたまに使ってしまうが、やっぱりどこか不自然だと思う。
伊藤忠商事の丹羽宇一郎会長は「頑張ります」と挨拶した社員に、
「君は頑張らなくていいから仕事をしなさい」と答えたと言う。
頑張ることと仕事で成果を出すことは、意外と無関係である。
「成果が出ない=頑張らない」という暗黙の方程式に基づく上司の指導には、
極めて重大な問題が隠れている。
まず、部下の成果が出ないのはいろいろな理由がある。
その大きな原因は、管理者にある場合も多い。
また、管理者に原因がなくても、管理者がその原因を取り除ける場合が多い。
直接、あるいは間接的に管理職に原因が多いのに、
全部、部下の努力不足を理由に挙げるのは、管理職の基本責任を放棄するようなものである。

次に、頑張れば本当に成果が出るのだろうか、という質問である。
そうとは限らないことは、人生経験のある人なら誰でも分かっていることである。
努力することの重要性自体は、否定できない。
問題は、成果が出ない時の原因をいつまでも単純に努力不足とリンクすると、
成功しない本当の原因を解明できなくなる点にある。
さらに、いつまでも「努力不足」を持ち出すと、部下の心理に暗黙の誤解が生まれるのである。
それは、成功することよりも努力することが大事である、という誤解である。
この誤解は、顧客の満足よりも汗をかくことが重要、成果の量よりも仕事の量が重要、
顧客の問題解決よりも顧客訪問件数が重要、という非効率を引き起こしている。

最後に、「なぜ頑張らないんだ」と上司に言われるのは、心外である。
「なぜ頑張らないといけないのか」と聞かれたら、答えられる上司はいるだろうか。
多分、きっと、「きっ、君、何をばかなことを言うんだ」と顔を紅潮させて言葉に詰まるだろう。
そう。我々が他人に言われるから努力するケースは、ほとんどない。
努力したい時に努力しているだけである。

努力したくなるような環境を作ることが、上司や親ができるせいぜいの「努力」である。

その最も良い環境とは、努力したい人が努力できるようにすること、
その努力が成果につながりやすいようにすること、
その成果を公正に、そしてリアルタイムに評価してあげることである。

我々には、努力しない時があるから努力する時がある。
一生努力しなさいと言われたら、人生に希望がなくなる。

もし我々に努力する自由があるとすれば、
まず努力しない自由が与えられよう。

 

 

2011年8月7日(日)

 

 

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早川勝メール【579号】あなたの話はなぜ「通じない」のか

2011-07-30

皆様
こんにちは。

ご縁があって名刺交換させていただきました1,523名の方々へ一斉配信しています。

先週、配信いたしました衝撃的な「悪魔Bとの直接対決」、
大きな反響をいただきありがとうございました。

「大変興味深く読みました」
「話に引き込まれ凄く面白かった」
「早川さん、すごいことしますね」
「続きが待ちきれませんでした」
というようなお褒めの言葉の数々、励みになります。

さらに数名の方から、
「どうやって大昔の同級生の連絡先をつきとめたの?」
と聞かれましたので、
本日はその疑問にお答えしましょう。

まず、航空地図で厚木市旭町付近を探してみました。
「たしか、このへんだったよなぁ」と、
一軒一軒追って見ていくと…、
4丁目に見つけました。Bという名字の家を発見!
今でもちゃんと当時の実家が残っていたのです。
そして、NTT104の案内で電話番号を調べて、実家に電話をかけてみました。
するとその電話には、Bのお母さんらしき人が出てくれました。
最初は「オレオレ詐欺」じゃないかと怪しんでいたようでしたが、
「中学校の同窓会の連絡です」と説明して、
私の携帯番号をB本人へ伝えてもらえるようお願いしました。
そうしたら、2日後に電話がかかってきたんですよ、Bから…。

私は電話でBにこう言いました。

「まあ、同窓会と言っても、二人だけの同窓会なんだけどね!」と(笑)

ははっ、
悪魔Bの話題はもうやめましょう。

それはそうと、
ここんところ、私の生い立ち系の話題が続いていますねぇ。
なんだか自分のことばっかりで恐縮です。

でも本日もこのままの勢いで、
高校〜大学のときの話を付け加えておきますね。

実は私、17歳から21歳の誕生日までの間、
毎日毎日、一日もかかさず、大学ノートに日記をつけていました。
今でいうところの「ブログ」ですね(笑)
まだパソコンが普及していない30年前、
すでに私は「1460日連続更新」の記録を持っていたんです。

毎日、学校が楽しくて楽しくて、
「青春の自己改革」に成功したバラ色の人生が、その日記に書き連ねられています。
今では、私の財産です。

あなたは、30年前の今日、7月30日に何をしていたか具体的に言えますか?
または、18歳のときの7月30日に何が起こったか詳細に覚えていますか?

そんなこと、普通の人はわかりませんよね。
でも、日記を保存している私は、事細かに語ることができます。

ちなみに、
私が30年前の今日、何をしていたか?

その「日記」によれば…、

大学1年生だった私は、
町田の大丸ビアガーデンにて呼び込みとホール係のアルバイトをしていました。
さらにその日は、バイト終了後、私が密かに思いを寄せていたチケット売り場の一歳年上の女子大生に「愛の告白」をしています。
日記を確認しながら、自分でも「おお〜、なんと、そんなことが…」という、お恥ずかしい展開です。

えっ?!
告白の結果?ですか?

う〜ん、実はイイところまでいったんですけどねぇ。
三角関係がもつれにもつれて、最後には現彼氏の「慶応ボーイ」が出てきて修羅場になり、
結局、見事にフラれました(笑)

私の「思い」は、生ビールの泡のように(ビアガーデンの恋だけに…笑)一瞬で消えていきました。
「恋のチケット」は、売り切れていた(チケットの売り子さんだけに…笑)みたいです。

数日後、大丸ビアガーデンのチケット売り場には、別の女子大生が座っていました。
アントニオ猪木にそっくりの女の子だった、と日記には書いてあります。
私にとっては、まさにあの時の…「アントキの猪木」ですね(笑)

そう…です、いとしの彼女はバイトを辞めてしまったのです。
私にとっては、あまりにも新旧受付嬢のギャップが大き過ぎて、
一気に働く意欲を失ってしまいました。
「それまで一度に12個の大ジョッキを運べていたのに、
やる気がダウンして大ジョッキ8個しか持てなくなってしまった」、
と、日記には書いてありました(笑)

それ以上のことは日記に書いてありませんでしたが、
もしかすると、新しいチケット売り場の女子大生は、
失恋した私に対して、こう言って励ましてくれたかもしれません…、

「元気があれば、何でもできる!」と(笑)

切ない思い出ですが…、
今となっては、楽しかった青春の「1ページ」(日記だけに…笑)です。

…と、
前置きはこれくらいにして、
本日は、
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本日のテーマは
【SkillよりもWill】です。

お役に立てれば幸いです。
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『あなたの話はなぜ「通じない」のか』
山田ズーニー著
筑摩書房

自分のことをまったく知らない人に、
自分をどう説明し、信頼してもらうか?

基礎はあとでお話しするとして、
いきなりこんな「離れ技」から見てほしい。

アルピニストの野口健さんが、一芸入試で、みごと合格をつかんだ技だ。

自分を何で証明するか?

亜細亜大学の一芸入試は、その名のとおり、自分の「一芸」を試験官にプレゼンテーションして選抜される。
学力入試はいっさいない。全国各地から、一芸に光る受験生がやってくる。

試験当日、会場に集まった輝かしい受験生たちが、順に一芸をアピールしていった。

「私は、インターハイで優勝しました! 」
「私は国際コンクールで入賞しました!」
という具合に、まばゆいばかりの経歴が、次々と披露される。

野口さんは、はじめ、びびった。
野口さんいわく、高校まで勉強で落ちこぼれ、不良のレッテルを貼られていた。
一芸入試も、学科試験がないという、なしくずしの理由で受けた。

停学をくらったときに「登山」に出会ったものの、このときまだ大きな山を2つ登っただけ。
登山家として誇れるような実績も腕もなかった。

「こんなすごい受験生の中で、自分の何をアピールしろというのか?」

コンテストでの受賞、試合での勝歴、免許とか、級とか段とか、IQとか、自分を客観的に証明するものがないとき、
どうやって自分のことを信じてもらえればいいのだろう?

野口さんは追いつめられた。

しかし、自分の番がくるまで、他の受験生の輝かしい一芸をさんざん聴かされているうちに、うんざりしてくる。

「これは自慢だな」

「過去」は確かにすごい。
でも、だからどうだというのだろう?受験生たちは、輝かしい過去を自慢しているだけだ。

自慢もえんえんと聞かされるとあきる。
「試験官は?」と見ると、やっぱり、自慢のオンパレードにあきている。

野口さんの番が来た!

野口さんは、視野を過去ではなく、「未来」に向けた。

入学後自分がどうなるかを書き出して伝えた。

1990年 8月 ヨーロッパ大陸 モンブラン登頂
1990年12月 アフリカ大陸 キリマンジャロ登頂
1992年 9月 オーストラリア大陸 コジアスコ登頂
1992年12月 南米 アコンカグア登頂
1993年 6月 北米 マッキンリー登頂
1994年12月 南極 ヴィンソンマッシーフ登頂
1996年 1月 ロシア エルブルース登頂
1997年 5月 アジア チョモランマ登頂

私を大学に入れてくれたらこうなります。

野口さんは7大陸の最高峰制覇を期限入りで予告した。

自慢できる経歴がないから、それしかしようがなかったというが、
他の受験生とまったくちがうプレゼンテーションに、試験官たちは、身をのりだした!

拍手喝采。

WILLとSKILL

野口さんは、見事合格した。

入学後、予告どおり、史上最年少で7大陸の最高峰を制覇した。

大学は、未知の若者を信頼して機会をひらき、若者は、信頼に応えて大学の名誉を上げた。

野口さんの話だと「自慢組」は落ちたそうだ。
試験管は、受験生たちの輝かしい「スキル」より、野口さんの「ウィル」に賭けた。

SKILL= 熟練、技量、腕

WILL = 意志

経験も実績も、それゆえまだ実力も、何一つ持たない若者が、
自分を「意志」で証明し、
輝かしい経歴の持ち主より人の心をつかんだ。
これは事実だ。

僕のWILLを買ってください!!!

これが、「僕の夢をきいてくれ」でなかったところがミソだ。

いかにでっかい夢を語ったとしても、
単なる夢物語ととられてしまったら、うさんくさがられるだけだ。

「ぼくの夢は、7大陸の最高峰ぜーんぶ登ることです」

「へぇー、すごいね」
で終わってしまう。

野口さんのプレゼンテーションには、夢とWILLを分けたポイントがある。

それは、「時間」を入れたことだ。

時間を入れるには、そこに絡むさまざまな事柄への判断が求められる。
期限を入れた以上、果たせなかったときも明らかだ。
だからこそ、時間を刻んだ野口さんのWILLは、潔く、説得力がある。

失敗のリスクをとるからこそ信頼されるのだ。

 

 

2011年7月30日(土)

 

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早川勝メール【578号】悪魔の正体とは… “タイムマシンの奇跡”

2011-07-24

皆様
こんにちは。

ご縁があって名刺交換させていただきました1,522名の方々へ一斉配信しています。

“To be continued.”から一週間、
大変お待たせいたしました〜!
先週号の続きです。

「早く続きが読みた〜い」というメールやご感想をたくさんいただきました。
ありがとうございます。

さーて、いよいよ、
悪魔Bとの直接対決、です。

34年前へ「バック・トゥ・ザ・フューチャー」、
私はタイムマシンを「1977年」の過去にセッティングしました。
時代は、ピンクレディー、キャンディーズ、山口百恵、全盛の頃、
その頃は松山千春の頭髪もフサフサのロングヘアーでしたし(笑)、
レコード大賞は沢田研二の「勝手にしやがれ」…でしたから、
その頃の私は悪魔に向かって「♪出ていってくれぇ〜〜♪あ〜あ〜♪♪」と、
切実な心境でその曲を聴いていました。
ちなみに、その時の新人賞は、
まだ一度も逮捕されていない時の清水健太郎(失恋レストラン)でした(笑)

ヤングな方には、かなり古過ぎますね…(笑)

そんな…時の流れを感じながら、
私を乗せた新宿発のタイムマシンは、
たった41分で34年前の過去まで私を運んでくれました。
爆睡状態のロマンスカーでは、まさに夢の中。

あっ、という間に「過去」に到着です。

待ち合わせは、小田急線本厚木駅の改札口。
私が生まれ育った地元です。

先に着いたのは私。

しばらくすると、真正面からBがこちらに向かって歩いてきました。
来る来る来る…、近づいて来る、
たしかに、34年前の悪魔・B本人です。
面影があってBだということはすぐにわかったのですが…、
私は唖然…、
ビックリしてしまいました。

その変わり果てた外見に…。

まあ、たしかに、34年振りですからねぇ、歳をとった風貌になっているのは当たり前なんですけど…。
いや〜、それにしても…、
驚きました。

まさに浦島太郎が玉手箱を開けた瞬間におじいちゃんに変身してしまったように、
彼の頭の毛はすっかりハゲあがってしまい、わずかに残された後頭部と側頭部の髪の毛は真っ白な白髪頭。
当時、ロン毛の前髪をかき上げていたBの印象は微塵も見られません。
暴力的で威勢のよかった姿は影をひそめ、
悪魔が悪魔に呪われて精気を吸い取られてしまったような…そんな不気味ささえ感じました。

中学時代のBというのは、いわゆる不良というカテゴリーではなく、
お勉強もスポーツもできて活発なタイプでしたから、
周囲から見たらいじめっ子どころか、「良い生徒」に見えていたに違いありません。
私自身の心理状態も、良い生徒から攻撃を受けている私は「ダメな生徒」である、という自己評価でした。
究極の「自己卑下」。
そこまで私の自尊心をズタズタに引き裂いた恐怖の悪魔…、
その悪魔からはすっかり攻撃的なエネルギーが失われ…衰えていたのです。

さあ、居酒屋に異動して、静かに二人の直接対決が始まります。

すでに、事前に電話とメールで情報交換は済んでいました。
最初の反応は意外にもスムーズで、
私が電話で伝えた趣旨に対して、Bはよく理解してくれましたし、
その後、メールでのやり取りの中で、
たったひと言だけでしたが、彼からの謝罪もありました。
「申し訳ありませんでした」と。

「あまりよく覚えてないけど、たぶん受験勉強でイライラしていたんだと思う」
というのが、彼の言い訳でした。

でも、覚えていない、というのは半分ウソでしょう。
覚えてないことにしておきたい、という気持ちになってしまうのも無理はありません。
本当はちゃんと覚えていたからこそ、Bはわざわざ私の誘いに乗って会いに来たのでしょう。
罪悪感がBを動かしたに違いありません。

私の記憶にあるのは、「恐怖感」だけです。
でも、当たり前かもしれませんが、今目の前にいるオッサンには何の恐怖も感じませんでした。
消え入るように覇気のない声でボソボソと話をしているこの人物は、
34年の時を経て、「悪魔」から、今度は害のない単なる「妖怪」に変身したんだ、と。
そんな摩訶不思議な感覚でした。

Bの近況を聞いてみると、
大学を卒業後、厚木市の郊外にある電機メーカーの子会社にて二十年以上も設計の仕事をしていたらしいのですが、
今は「従業員の不満や悩み事を聴いてあげる部門」に課長職のまま異動になったとのこと。
Bが部下からパワハラの相談を受けている、だなんて、
なんという皮肉でしょう(笑)

そのBは会社近くのアパートに一人暮らし。
5年前に離婚して、今では家族とまったく音信不通。
二人の子供は本来なら大学1年生と高校2年生のはずらしいのですが、
どこの学校に通っているのかさえも知らされることなく、会うことも許されていないのだとか。
家族との間に、何があったのかは聞けませんでしたが、
家族の話をしているときのBの寂しそうな横顔に、人間らしい孤独な一面を見ました。

もはや、私はBを許しているのだな、と実感しました。
不思議なほど、憎しみも恨みも感じることはありませんでした。

ただ、一つ思ったことは、
このたびの再会で救われたのは、私だけでなく「B」本人だったのではないか、
ということです。

なるほど、
そうですよね。

きっとBも罪悪感を背負って生きてきたに違いありません。
Bも苦しんできたからこそ、今回の私の呼びかけに応じたのでしょう。
おそらく、この再会で一番救われたのはBだったのではないでしょうか。
お互い直接に「謝罪」や「許し」の言葉を交わしたわけではありませんが、
ホッとした安堵感に救われたのは、実はBのほうだったのです。
過去と直面できたのですから…。

もっと早く、Bが過去の犯罪行為と直面し、自分で自分を許してあげることができていたなら、
Bはもっと違う人生……もっとイキイキとした幸せな人生を歩んでいたのではないかと思います。
もしかすると、愛する子供たちと離れて暮らすような事態には陥らなかったかもしれません。
こびりついた罪悪感が、愛する家族との間にも壁を作り、
正しいコミュニケーションをも奪ってしまったのです。
Bは自分が犯した不正行為によって「自分は悪人である」というメッセージをずっと心の底の底に抑圧してきました。
そしてついに、私と再会することで、
幸せにブレーキをかけてきた「邪悪な心」から解放されたのです。

白髪のおじいちゃんになってしまった浦島太郎は…、
結局、自分で虐待したカメに乗せられて現代にもどってきた、
というオチですね(笑えない…笑)。

罪悪感を抱えたBを私が救った、だなんて、
皮肉な結果になったものだ…と、
そんなことを考えながら、
私は再びタイムマシンに飛び乗り、現代に戻ってきた次第です。

34年前に帰ってチャルネルを変えた瞬間、
私の過去も未来もすべて劇的に変化しました。

直面する勇気。
私は決して「弱虫」なんかじゃなかったってことに気づきました。

さらに、今回のイジメ問題について、
実は、「私自身が私に対して行った不正行為」だったということにも気づきました。
「やめろよ」と言えず、直面できないまま自分自身をいけにえにし、
現実から逃げてしまったのですから。
それは私が私に対して犯罪行為を行ったことと同じだったんだな、
と、つくづく感じました。

自分自身をもっともっと大切にすべきでした。

ということは、
次に私が直面するのは、逆に私自身がしてしまった「不正行為」について、です。

皆さんもたくさんしてきましたよね。
悪いこと。

えっ?!
自分はそんなこと何もしていない、ですって?!

嘘はやめましょう。
ごまかさないでください。
あるはずですよ、よくよく思い出してみれば…。
アレ、ですよ、アレとアレとアレ。
思い出したくない、あの時のあの行為。
できれば、忘れたままにしておきたい、あの出来事。
「あーーー!」と、声をあげて抹殺したくなるような、
誰にも言えないあのこと。

ありますよね?!

反道徳的な行為、意地悪な行為、迷惑な行為、自己中心的な行為、裏切り行為、
または見て見ぬふりをしてきた不作為、など、
そのような行為で周囲の人のモチベーションを落としてきませんでしたか?

エネルギーを奪ってきませんでしたか?

家族に対して、

仲間に対して、

社会全体に対して、

そして、自分自身に対して…も。

これから私は、今回のこと以外の過去とも向き合っていきます。
抑圧しているすべての罪悪感から解放されたとき、
その安堵感とともに、未来に向かって本当の自分が生き生きと「大活躍」できる、
そんな気がしています。

皆さんの未来もきっと変えられるのではないでしょうか。

過去と直面する勇気さえあれば…。

 

 

以上、
前置きが長くなりすぎてしまいましたので、

本題は来週にさせてください。

すいません。

 

また次号をお楽しみに!

 

 

2011年7月24日(日)

 

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早川勝メール【577号】千円札は拾うな。

2011-07-18

皆様
こんにちは。

ご縁があって名刺交換させていただきました1,518名の方々へ一斉配信しています。

本日は、私が今だかつて誰一人として語ることなく封印してきた中学生時代の忌まわしい体験を公開いたします。

悩める方々の参考に…
いや、勇気になれば、幸いです。

幼少のころから世界平和を祈り、
「人類のために」という夢を志した少年時代、
突如として悪魔のような「敵」が私の前に立ちはだかることとなります。
人類の敵に立ち向かうどころか、私一人を攻撃してきた『たった一人の敵』に負けて、
正義の心は粉々に打ち砕かれてしまいました。

今現在の私をよく知る人にとっては、私が中学3年生のときにいじめに遭っていたとは、
誰も想像できないのではないでしょうか。
おそらく皆さんが想像する私早川のイメージというのは、
“明るく自由奔放にわがままいっぱい自己主張をし、何事にも動じないような図々しさでいつも楽しそうに「人生という宴会」を仕切っている”
という活動的なナンパキャラですよねぇ?
「いつも楽しそうでイイですね」というようなことを、皆さん言ってくれます。
たしかに私は、積極的かつ行動的に振舞い、様々な方々と広い人脈を築いてきました。
そして、その素晴らしいご縁によって救われ生きてきました。
ところが、そんな私にも「暗黒の一年間」があったのです。

私は、中学校3年生のとき、Bという同級生から執拗な嫌がらせを受けていました。
ほぼ毎日のように、卑劣な犯罪行為は続きました。
とにかく、陰湿で酷いイジメでした。
私はその悪魔に対して反抗することも拒否することもできませんでした。
何倍もの報復が恐ろしかったのか、金縛りにあったような恐怖感から何も抵抗できなかったのです。
『恐怖』
この言葉がしっくりきます。
日々、恐怖との戦いでした。
学校に行くのが嫌で嫌で仕方ありませんでしたが、
中学卒業までの辛抱だと自分に言い聞かせ、耐えに耐える日々を過ごしました。
その一年間は悪魔からの攻撃に常に脅えながら「早く卒業して自由になりたい」と神様に祈っていました。

明日がやってくるのが恐怖でした。
夜眠る前には「もう明日の朝はやって来なくてもいい」と願ったほどです。
それくらい数えきれないほどの攻撃をBから受けてきました。
なぜ、ひと言「やめろよ」と言えなかったのか、
今思えば、不思議でなりません。

そのような酷い仕打ちを受けても、親兄弟や先生など周囲の人に相談するどころか、
誰一人としてその事実を話すことはしませんでした。
私にとっての「精一杯のプライド」です。
卒業後、悪魔から解放されたあとになっても、その事実は誰にも言えませんでした。
親友にも、家族にも、どんな親しい仲間にも語ることなく、
「封印」してきました。
私の人生においては「存在しなかったこと」にしてきた一年間。
Bへの憎しみよりも、自分自身への「嫌悪感」のほうが強かったのでしょう。
私はその当時の弱い自分が大嫌いでした。
そうして「暗黒の一年間」は、自分の人生から抹殺してしまいたい過去となりました。

その結果、私の価値観は歪んでしまいました。
『この世の中、無抵抗な「平和主義」では、恐ろしい敵から攻撃を受けてしまう、
「まじめな自分」のままでは、この世の中は生き残っていけない』
そのような歪んた解釈に変わってしまったのです。
悪魔から攻撃されないよう「強くならなければ!」と、
中学卒業と同時に「恐怖からの脱出」を誓いました。
「負け犬のみじめな人生はイヤだ!勝つんだ!」と。
しかし、どう強がってみても暴力に暴力で立ち向かう性格にはなれませんでした。
根っこが「平和主義」と「人類愛」ですから(笑)
そこで私は弱虫の仮面をかぶったまま「まじめでないキャラ」を作り上げたのです。

それが今の私です。
このナンパキャラで生きてきました。
面白おかしく、楽観的に。

そして、その後の人生においては、思い通りに私の人生から「まじめ」を抹消することに成功しました。
ついに「バラ色の人生」が始まったのです。
人生とは、なんでこんなに楽しいのか、『快楽的』な日々が続いていきます。
そして、勝者の「自信」が生まれました。
私は人生の大改革に成功したのです。
いや、成功したと思い込んでいた、という表現が正しいのかもしれません。
たしかに、私は「勝者」になりました。ある程度の成功は手に入れたのかもしれません。
しかし、所詮それは周囲の人と比較したときの私が、勝っているか負けているか、ただそれだけのことです。

「まじめ」という言葉を辞書で引くと…、
真剣、本気、誠実、など、素晴らしい意味がたくさん出てきます。
また「使命感に燃えて行動し自らも節度を守ること」とも書いてあります。
私は大人になってからずっと、この言葉を本能的に「拒否」してきました。

私はずっと目の前の「真実」と向き合うことなく「ニセポジティブ」で逃げてきたのです。
直面してきませんでした。
本当の自分に気づいていないのですから、本当のゴールが見えるわけもありません。

今までの私は、偽者の仮面をかぶって生きてきたことに気づきました。
「敗者の仮面」をかぶったその上に「勝者の仮面」を二重にかぶって生きてきたのです。
ただひたすら、懸命に…。

そこで、私はついに「ある決意」をしました。
本来のクソ真面目な自分自身として高潔に生きていくことを。

そして、
まずは、あの忌まわしい過去を受け入れなければと考え…、
34年前の悪魔・B本人と直接アポイントを取り、
地元本厚木まで会いに行ってきました。

ロマンスカーという名の「タイムマシン」に乗って。

凄いでしょ?

34年振りの再会が実現してしまいました。

その場面で私は、
驚くほど「変わり果てた悪魔B」と対面することとなります…

To be continued.

…と、
前置きはこれくらいにして、
本日は、「私の本よりためになるオススメ書籍シリーズ・全468冊」の中から
好評だったバックナンバーをお届けいたします。

本日のテーマは
【過去の自分を捨てる勇気】です。

お役に立てれば幸いです。
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私の本よりためになる「お薦め書籍」シリーズ No.12
「千円札は拾うな。」
安田佳生著
サンマーク出版

「本郷猛」を鍛えてはいけない

私がいつも言うのが、「本郷猛(ほんごうたけし)を鍛えてはいけない」ということだ。
本郷猛とは、あの仮面ライダーが変身する前の姿である。 本郷猛は、どう必死に鍛えても、仮面ライダーになることはない。
それと同じように、仕事において、「スキルを身につける」というのは、
いわば本郷猛がバイクの乗り方を覚えたり、空手を習ったりして、以前より強い本郷猛に鍛えているようなものである。
これも確かに「成長」ではあるが、鍛えられた本郷猛では、ショッカーの戦闘員には勝てても「怪人」を倒すことはできない。
怪人を倒すためには、仮面ライダーに変身すること、つまり劇的な変化が必要なのだ。
(中略)
成長とは「自分を捨てる勇気」と言っていい。
本来、人は誰でも成長することができる。
成長できないとしたら、それは今まで積み上げてきた「自分」を捨てることができないのだ。
成長というのは、目的地に向かって階段を上がっていくようなものだ。
だが、その階段は無数にあり、どれが成長へと続く階段なのか上がるときにはわからないようになっている。
そのため、一生懸命上っても、途中で「しまった、選択を間違えた」ということが生じてしまう。
成長するためには、別の階段を探して、またゼロから上がらなければならない。
しかし、別の階段をゼロから上がるためには、今まで上がってきた階段を下りなければならない。
時間をかけ、せっかくここまで上がってきた階段を下りなければならないなんて、考えただけでもゾッとするだろう。
当然、そういう事態に直面すると、人は誰でも「今までの努力は何だったんだ」「せっかく上がったんだから下りたくない」と感じる。
だが、ここで下りられるかどうかで、成長できるかできないかが決まる。
成長できる人は、間違った階段を上がらなかった人ではない。
間違えたと気づいた瞬間に、躊躇せずに今いる階段から飛び下りることができる人なのだ。
多くの人は成長するということは、知識や経験や、いろいろなものを身につけていくことだと思っている。
だから、なかなか手放すことができないのだ。
だが本当は、身につけているものを捨てたときに初めて成長するのである。
(中略)
それをなんとか今までの積み重ねでやろうとするから、成長できなくなってしまうのだ。
スキルアップと成長とは違う。スキルは身につけていくものだが、成長とは変化することだ。
劇的に成長するというのは、ヤゴがそれまでの自分を捨ててトンボになるように、
また本郷猛が仮面ライダーになるように、まったく別のものに変身するということ。
鍛えられた本郷猛になることではない。
成長というのはそういうものだ。

過去の自分を捨てることによって、
人は初めて新しい自分を得ることができるのである。

 

 

2011年7月18日(月・祝)

 

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生きてるだけで「ツイてる!」

感謝感謝の「早川 勝」でした。
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早川勝メール【576号】人を動かすための 手っ取り早くて 確実な方法

2011-07-10

皆様
こんにちは。

ご縁があって名刺(アドレス)交換させていただきました1,515名の方々へ
一斉配信しています。

先週号では、
私の幼いころの話にお付き合いいただきましてありがとうございました。

好評につき?今週は幼稚園時代より少し年を重ねて…、

小学校の卒業アルバムについて。

大人になってくると、同窓会でもないかぎり小学校の卒業アルバムを読み返す機会というのは、
まずないのではないかと思います。

その卒業アルバムに必ず載っているのが、
「将来の夢」や「大人になったらなりたい職業」といったコーナー。
ありましたよね?

皆さんは何と書いたのでしょうか?
覚えていますか?

たとえば…、
「パイロットになりたい」
「プロ野球の選手になりたい」
「お医者さんになりたい」
「歌手になりたい」
「マンガ家になりたい」
「ケーキ屋さんになりたい」
など、子供らしくてステキな夢ばかりならんでいます。
なかには、「お嫁さんになりたい」
というような可愛い夢もありました。

さて、
私早川はなんて書いたと思いますか?

これまた私の場合、かなり変わった子供でして…。

恥ずかしながら私が卒業アルバムに書いた「夢」は、

「人類をのっとる」
でした(笑)

おいおい…。
「のっとる」って表現は、
ちょっとウルトラマンの見すぎだろー、って感じですが…、
小学校のときから「人類」という言葉を使っているところが、変人ですよね(笑)

「人類」ですよ!「人類」。

照れ臭さから「のっとる」という言葉を使っていますが、
実は、小学生のときから「人類の幸せのために働く」
という夢を描いていました。
「野心」よりも『愛と感動』を語る子供でした。

我ながら凄い使命感であった、と驚きます。

私は、5歳(幼稚園生)で「世界平和」を祈り、
12歳(小学生)で「人類」を思い、
さらに、中学生時代に何を思ったか。

厳しい現実の中で起こった「悪魔との苦闘」。
そこで大きく変化する私自身の人生観については、
来週の前置きにてお伝えします。

…と、
前置きはこれくらいにして、
本日は、
「私の本よりためになるお薦め書籍シリーズ・全400冊」の中から
好評だったバックナンバーをお届けいたします。

本日のテーマは 【不満足の原因】 ・・・です。
お役に立てれば幸いです。
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私の本よりためになる「お薦め書籍」シリーズ No.87
「人を動かすための手っ取り早くて確実な方法」
加藤諦三(早稲田大学教授)
E・ランガー(ハーバード大学教授)
C・ドウェック(コロンビア大学教授)
PHP研究所

 

●どうしてあなたは不満足なのか

状況を変えようと頑張っても不満足の状態が続く原因は何なのか? それを考えてみよう。

その原因は基本的に次の四つのカテゴリーにまとめられる。
?不満足のわけをうまく説明できない。
?自分の主張のよさを他人にわかってもらえない。
?不満足な状況について別の見方がとれない。
?コントロールの基本原理をうまく使えない。
さらにこの四つのカテゴリーを一つずつ検討するが、

あとで詳しく説明する変化のための原則と戦略のいくつかを定式化しよう。

 

●不満足の本当の理由がわかりにくいのはなぜか

目についた特徴を不満足の原因にするケース
たいていの人は自分が不愉快な気分でいる原因を探そうとする。
その気分が憂鬱、退屈、怒りといった否定的なものである場合はとくにそうだ。
ある説明が思い浮かぶこともある。
その説明でその気分を解消するにはどうすればいいかわかることもある。

だが残念ながら、選ばれる原因はおおむねひどく曖昧ないし包括的である。
そこで、そこから導かれる行動は、仮にあっても、実りがないか逆効果である。
個人のライフスタイルで目につく特徴が不満足の原因にされることがよくある。
結婚生活がそんなスケープゴートの一つだ。
たとえば、ある人が不満足でしかも結婚していたら、 不満足なのは自分が結婚しているからだと結論するかもしれない。
すると離婚するのが適切な解決策に思えるだろう。
だが彼は、この不満足に導いた結婚生活の内外の具体的状況を認識してはいないのだ。
離婚を実行してしまってもそれは早すぎた結論で、おそらくは間違っている。
そのうえ、彼はそう結論したために、もっと有効な説明を探そうとしなくなるかもしれない。

「ラベル」を貼って、すべての不満足の原因にするケース

同じように、よくあるのは、あるラベルを自分に貼って、 不満足の原因がそれで〔説明〕されたと考えてしまうことである。
例えば、自分の気分を表現する形容詞を〔人間〕とか〔性格〕という言葉にくっつける。

「どうして私は気持ちが沈んでいるのか?」という問いに
〔私はそういう性格だから〕〔私は気持ちの沈んだ人間だから〕と答える。
「なぜ僕はやる気がないのか?」という問いに
〔僕は活動的な性格でないから〕〔僕はやる気のない人間だから〕と答えるのである。

あるいは、自分が成功しなかったと感じる特定の分野を抜き出して、

〔私は非社交的である〕とか〔私はスポーツ音痴である〕とか 〔私は芸術音痴である〕といったラベルを貼り付ける。
例えば日本で離婚のときによく使われる言葉に〔性格の不一致〕という言葉がある。 これで全ての不幸を説明してしまう。
(中略)
人は自分にラベルを貼ることもあるが、同時に相手にもラベルを貼る。
人間関係に不満があるとき、相手のほうにラベルを貼る。
〔面白みがない〕〔冷たい〕〔自分勝手〕などのラベルを貼りつけて その理由を〔説明〕しようとすることがある。
こうすれば、人間関係に欠けているものについて自分は責任を負わなくてすむかもしれない。
だがその結果、その人は状況をコントロールするチャンスをもなくす。
さらに、その相手よりは自分自身が相手に貼ったラベルに対して反応するようになるかもしれない。
例えば、ある男性が友達のことを〔思いやりがない〕と言う。
理由は〔私が夢中になっている車について、てんで無知だし、気にもかけない〕からだ。
彼がその言葉を何度も繰り返しているうちに、友達に対して、そのラベルが不要な場合にも、
思いやりがないと反応するかもしれない。

そうなると二人の人間関係には余計な波紋がきっと生まれるだろう。
(中略)
また初めて会う人についてもこのラベルが障害になる。
会う前から噂で「あの人ケチよ」というラベルを貼ってしまうことがある。
あらかじめ噂や推測で「あの人はケチだ」というラベルを貼ることで、 実際に会ったときにはすでにその人を色眼鏡で見てしまう。

その結果相手が鷹揚な人でも、その実際の姿が見えない。

そしてお互いの間には誤解が生じて人間関係はこじれていく。
ラベルを貼ると全体が見えなくなる。
そして心理的に問題を抱えている人ほど、自分にも相手にもラベルを貼ってしまう。
心理的に健康な人は噂のラベルを信用しないし、実際に相手に会うときには事前にラベルを貼らないで、 自分の目で確かめようとする。また噂をあまり信じない。
「皆はあの人をひどい人だと言うけれども、 あの人には皆が知らない別の事情があるからかもしれない」と考える。
実際に自分が確かめる前に、相手をどんな人だと決めつけないで相手の可能性を残しておく。
もっともらしい理由づけや悪口のラベルは、 問題のないところに問題を作ったり、解決策を見えにくくすることが多い。
〔過度の一般化〕は「人間がもっとも陥りやすい心のトリックである」 と『偏見の心理』を書いたオルポートは言っている。

 

●なぜあなたの考え方が、他人に理解されないのか

自分の考えを他人に納得してもらうために
(中略)
「人があなたの意見に納得しないのは、 あなたの言い分に説得力がないからか、それとも相手がまともに聞いてくれないからか?」
そのどちらの答えにしても、不満足や自己非難、あるいは恨みの気持ちにつながりやすい。
自分の理屈に説得力がないと思えば、自分をだめな人間と感じるとしても無理はない。

そして惨めな気持ちになる。
逆に自分の理屈は正しいのにまともに受けとられていないと信じれば、
相手のほうが愚かなのか頑固なのだと感じるだろう。
そして何よりも、相手が自分の言うとおりにならないことでいらいらする。
「まちがっていたのは(愚かだった)のは自分か? それともあいつのほうか? 」と考えるかわりに、
もっと生産的で、コントロールの働きを重視するアプローチはないか?
それは次のように自問することである。
「人が反対するのは、こちらの言い分が十分効果的に伝わらなかったからだろうか?」
心理的に健康な人はこのような場合に解決の方法を考える。
つまり自分の今までのやり方を変えることを考える。
心理的に問題を抱えている人はただ相手を非難したり、自分に失望したりするだけで、

自分の今までのやり方を反省して変えることを考えない。

相手を非難していても事態は改善されない。

非難しているときだけ自分の気が済むだけである。

 

 

2011年7月10日(日)

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早川勝メール【575号】ココロでわかると必ず人は伸びる

2011-07-03

皆様
こんにちは。

ご縁があって名刺(アドレス)交換させていただきました1,513名の方々へ
一斉配信しています。

皆さんは、自分が幼稚園児の頃の記憶の中で、
何か覚えていること…、ありますか?

私はほとんど記憶がありません。
まったくと言っていいほど覚えていないのですが、
その少ない記憶に中で、かすかに蘇ってくる記憶が二つだけあります。

私は幼稚園から帰ってくると、母親からもらう30円のお小遣いを握り締め、
全力疾走で近所の駄菓子屋まで走って行くのが日課でした。

1本5円の「ちびっこコーラ」を飲みながら…、
近所の悪ガキたちと駄菓子屋でたむろしていました。
絵にかいたような古き良き昭和の世界…(笑)
まさに、映画「ALWAYS三丁目の夕日」の世界ですね。

そんなある日…、
幼稚園の先生が家庭訪問にやって来たことがありまして…。
その光景だけは今でも鮮明に覚えています。
なぜならば、
私は担任の先生に対して「小さな怒り」を覚えたからです!

先生は母に聞きました。
「まさる君へのお小遣いはどれくらいあげているんですか?」
と。
母は正直に答えます。
「はい、毎日、30円渡しています」
と。
すると、先生は言います。
「30円ですか。ちょっと多すぎませんかぁ…」
と。
まあ、たしかに1960年代の貨幣価値を考えると、
だいたい今の10分の1ってところでしょう…。
ってことは、一日のお小遣いは300円位ってことになりますから、
ひと月あたり約1万円の計算ですよね。
ははっ、そりゃあ、幼稚園児の分際で1万円は多すぎますよね。
先生の言い分もわかります。

いや〜、でも、私の立場からすると死活問題です(笑)

家庭訪問での先生のお言葉は続きます。
「お母さん、30円は多すぎますから、せめて一日20円に減らしてください」
と。
おいおい、先生様…、それはないでしょ〜、と私は心の中で叫びました。
だって、30円から20円に減らされるということは、
30万円の月給をいきなり20万円に減らされるようなもんですよー(笑)
皆さんだって、抵抗しますよねぇ。

しかし、今思うと、
贅沢なガキでした(笑)

そんなバブリーで傲慢な幼稚園児だった私にも、
胸を張れる記憶が一つだけあります。

それは、初詣でのお参りで行った「厚木神社」でお祈りした内容…。

皆さんは覚えていますか?
神様に何を祈ったか?

普通は覚えていませんよねぇ?
5歳の頃、初詣で何を祈ったかなんて…。

でも、私ははっきり覚えています。
しかもそれは、普通の子供ならばまず祈らないような「高潔な願い」だったのです。

実は私、当時は、戦争を体験している祖父と同居しておりましたので、
ことあるたびに祖父から戦争ネタで脅かされ続けてきました。
私がちょっとでもわがままを言うと…、
「戦争が始まったら、毎日毎日、配給のさつまいもしか食べられないなんだぞー」とか、
「戦争が始まって軍隊に入ったら、毎日上官から往復ビンタされるんだぞー」とか、
「毎晩、爆弾が空から落ちてくるから、電気を消して防空壕で暮らすんだぞー」とか、
それはもう子供にとっては、恐ろしいたとえ話ばかりでした。

素直な私は、それを信じきって「戦争だけはイヤだ」と心底おびえていました。

はい、そうなんです。
私が幼稚園生のときに神社で心から祈ったのは、

 

「世界平和」でした(笑)

 

5歳の私は、手を合わせて祈りました。

「神さま〜、どうかお願いですから、戦争だけは起こりませんように!」
と。

なんという、素晴らしい子供なんでしょう(笑)

 

それにしても、
天国のおじいちゃん!!!
ちょっとちょっと〜、
小さい子供を脅かし過ぎなんだよー(笑)

でも、おかげで、
今でも「世界平和」を心から祈っている大人に成長いたしました。

 

亡き祖父のおかげです。

 

…と、
前置きはこれくらいにして、
本日は、
「私の本よりためになるお薦め書籍シリーズ・全400冊」の中から
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テーマは
【心のど真ん中をつかむ】
です。
お役に立てれば幸いです。
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「ココロでわかると必ず人は伸びる」

感動の数だけ力に変える6つの“教え方”

木下晴弘 著

総合法令
人の気持ちは最初にグッと引き寄せろ!

 

「コラアッ!」 大声を放った私は、自分の前の机を思い切り蹴倒した。
そこは地域でもワルの多いことで知られる男子校の教室である。
初対面の生徒たちのオシャベリがピタッと止まり、静まりかえったなかで私はこう切り出した。
「お前ら、好きな女はおれへんのか?」
このセリフでおわかりのとおり、私は大阪生まれの大阪育ちである。 話し方も穏やかなほうだと思う。
こんな荒っぽいどなり方なんてふだんは決してしない。

ましてや机にキックを入れるなんて、「なんだコワモテが売りか」などとはどうか思ないでほしい。
私は学生のときから学習塾で講師をしてきた。

以来、兵庫県西宮市にある関西屈指の進学塾で若い生徒たちの学力を伸ばし、

そして彼らのやる気をいかに引き出すかに心血を注いできた。
そして、二〇〇一年からは塾を離れ、 これまで培ってきた独自の学習指導ノウハウを今度は先生たちに伝えるため、

講習や研修会などいろいろな活動をしている。
ところがどうしたことか、 「木下さんから生徒たちに直接、学習意欲の湧くお話をしてください」という依頼も多い。
その役こそ私が先生たちに期待していることなんだけどなあ、と言いたいところもあるがそれはそれ。
冒頭のシーンも男子校の先生から「ぜひに」ということでお引き受けした際のことなのである。
ワルぶりは想像以上にひどかった。
「あんまり失礼な態度だったらお話の途中で打ち切られてもけっこうですから」

事前に先生たちが気を遣いこうおっしゃってくださったのだが、

実際に話を始めたところ、 生徒たちは私を無視し、半数が後ろ向きになって勝手なオシャベリをしている。

残りの半数はその相手だから、つまり誰もこっちの話を聞いていない。
そこで思わず、私らしくない乱暴な「ご挨拶」となった。
「好きな女」という言葉の効果はテキメンだった。
「彼女がいるなら手を挙げてみい」と言うと何人かの手が挙がった。
反応があれば最初の「つかみ」は成功だ。
「オー」と、冷やかしとも賛嘆ともつかない声が湧いて急に盛り上がり、彼らは話題に乗ってきた。
あまりの変化にむしろこちらが驚いた。
そこで私は続けた。
「お前ら、その女の子とエッチしたらどうなる?」。
同席していた先生たちの顔色が気になったが仕方がない。
すると
「子どもができる」

「そうや、なら、できた子どもをその辺に捨てるか?」。
このあたりから教室がシーンとしてきた。
「そんなことでけへんよな」 「・・・・・・・」
「お前らな、男というのは好きな女ができて、はらませて子どもを産ませたら、 愛する者を守っていかなアカンのや。

ではどうやったら守れる?
今日はその話をしに来とるんや」
もちろん男女関係なく、家族を守るには仕事をしてお金をしっかり稼ぐ必要がある。
「そのためには今の勉強が大事なのだ」という意味のことを私は丁寧に説いた。
結局、最後までよく聞いてくれたのであるが、
私には塾での長い体験から、こちらが熱意を持って、そして少しの工夫を加えて語りかければ、

どんな生徒でも心を動かし勉強に興味を持ってくれると固く信じていたからである。
だから私は少しばかり「非教育的」な話題から入った。
聞き手にとって関心のあることを入り口にすることこそ私の工夫の一つであるのだが、 案外、学校のほうもさばけていた。
「その手があったか。あんなふうに言えば彼らも勉強について考えるんだな」
と喜んでくれた。 よほどふだんから学習指導に手を焼いていたりだろう。
このときつくづく思い知ったのだが「自分は、過去どんなに良い環境で仕事をしてきたのか」ということだ。
長年お世話になった学習塾では、みな少なくともこの高校の生徒たちのように耳を閉じることはなかった。

仮に心は閉ざしても、顔だけは私に向けてくれた。
そこで私はさまざまなことを学び、考え、そして実践してきたのである。

 

 

2011年7月3日(日)

 

 

【早川勝の書籍案内】
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『「捨てる」成功法則』
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(総合法令出版)
http://www.horei.com/book_978-……220-0.html

『どん底営業チームを全国トップに変えた魔法のひと言』

(日本能率協会マネジメントセンター)
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早川勝メール【574号】幸せの引き出しを開ける「こころのエステ」

2011-06-25

皆様

こんにちは。

ご縁があって名刺(アドレス)交換させていただきました1,494名の方々へ
一斉配信しています。

3週間前に配信しました【571号】の『ある中間管理職の「悲劇」』につきまして、
多くの方々より様々な反響が寄せられました。

ありがとうございます。

「あのA支店長の話って、もしかして早川さんご本人のことですか?」
というようなご質問や、激励、賞賛のお言葉をいただきました。

ふふふっ、まあ、それが事実かどうかは別として…、

とにかく、インティグリティー(高潔さ)の重要性を皆さんにご理解いただけたことは、
とても嬉しいことです。

さらに、私が嬉しかったことは、
ある方からの返信メールでした。

実は、5000名以上の経営者に対して人事・管理の指導を行い組織の生産性を上げてこられた実績を持つある有名な先生より、
私のメルマガについてのご意見をいただけたのです。
メールメンバーに登録後、返信をいただけたのは初めてのことでしたが…、

内容は以下の通りです。

『流石ですね。
正しくデータをものにしていらっしゃるし、「エシックスの視点」から彼らの行く末をしっかりと予測しておられる。
これは人事のエキスパートの観点です。
世の中の人事が無能である根本の原因はエシックスの観点を知らないからなんですよ。
ですから、早川さんは流石です。』

というお褒めの言葉をいただきました。

エシックスというのは「倫理」という意味で、
皆さんにも分かりやすいように言うと、
私たちの心の中に持っている…
本当はすでに知っている生存的な「善の意識」や「正義」のことです。

そのあたりの理論については、また追ってお伝えしていきたいと思いますが、
そのことは、次の私の本のテーマにもなっています。

実は今、出版準備を進めている私の3冊目の本が、
いよいよ10月に発売されるということが決定いたしました。

テーマは、「直観力」。

私が言いたいのは、たった一行だけです。

“あなたがあなただと思っているあなたはあなたではありません”

ということです。

ははっ、
なんのこっちゃ、と思っている方(笑)
大丈夫です、私の本でわかりやすく解説してあげますから。

「偽りのあなた」が決定するから、間違うのです。
失敗するのです。後悔するのです。

「本当のあなた」が決定すれば、正しい道へと導いてくれます。

まさに、自分の思った通りの道へ…。

私がよく「捨てる」をテーマに講演をさせていただくときに、
皆さんから毎回お決まりのように聞かれるのが、
「どのタイミングで捨てればいいんですか」
とか、
「捨てるかどうかは、どうやって決めるんですか」

という質問。

実は、その答えは簡単なんですよ。

いつも言っていることですが、

「直観」で決めてしまえばいいんです。

えっ?!
「自分はそれでいつも失敗している」、ですって?!

そうですか(笑)
わかりました。

それでは…、

「直観力」…、それを磨くための「心のあり方」について、
私流の分かりやすい解説で一冊の本にまとめてあげましょう。

どうぞお楽しみに!

う〜ん、
なんだか大ヒットの予感がします。

 

あくまで、私の「直観」ですけど(笑)

 

…と、
宣伝と前置きはこれくらいにして、
本日は、
Web上には公開していない過去の「私の本よりためになるお薦め書籍シリーズ・全400冊」の中から
好評だったバックナンバーをお届けいたします。

テーマは
【感動との距離】
です。
お役に立てれば幸いです。
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私の本よりためになる「お薦め書籍」シリーズ No.356
『幸せの引き出しを開ける「こころのエステ」』
心理カウンセラー衛藤信之著
ゴマブックス

 

「今日生きている」ことの奇跡

 

今日生きていること。それも奇跡なのです。

今は元気なわたしの息子が、1歳で小児ガンの宣告を受け、死と戦う息子と向き合った日々。
小児ガンの病室では、「明日この小さな手が自分の手の中から消えてしまうかもしれない」
「母を見上げるこのつぶらな瞳が、いつまで自分に微笑んでくれるのだろう」
といった襲いくる不安と闘いながら、せめて楽しい思い出作りをと、
祈るように子供の前で笑いを作る同室の母親たち。
「悲しいときに泣けるのは幸せなことだ」と思い知らされた瞬間でした。

そんな緊張した笑いの中にも、未来という恐怖が押し寄せてきます。

同じ病室には「しゅんしゅん」と呼ばれていた男の子がいました。

ある見舞い客が「しゅんしゅんは大人になったらなんになるの?」と聞きました。

瞬間、病室が凍りつきます。
誰もが、彼が大人になることを心から祈っているからです。

「しゅんしゅん」はすなおに答えました。
「お巡りさん」と。

きっと彼なら立派なお巡りさんになるだろう。誰もがそう思いました。

でも、その彼も、大人になりたいという夢を残したまま、旅立ってしまいました。

亡くなる前日、いつも聞き分けのよい「しゅんしゅん」が、お母さんに何度も
「ぼくの病気は治るの?ぼく、大人になってお巡りさんになりたいよ。
なれるよね。ぼく、大人になりたい」
とたずねたそうです。

きっと、自分の命の終わりを感じていたのでしょう。

「しゅんしゅん」が夢にまで描いた大人の世界。
わたしたちは彼の夢に見た憧れの世界に、
なんの努力もしないではいっているのではないでしょうか。

今日生きていられることは、本当に「奇跡」であり、感謝すべきことなのです。

幸いなことに、わたしの子供は現在元気に過ごしています。ときどき生意気なことも言います。
でも、家に帰ったとき、「お帰りなさい!」と抱きついてくるわが子を見ると、
「今日も生きててくれてよかった」と、幸せな気持ちでいっぱいになり、
子供を思いきり抱きしめます。

当然のごとく子供を抱く親と、いつくしみながら抱く親では、
同じ行為でも味わうものが違うのではないでしょうか。

この子供を抱くときの、なんとも言えない気持ちは、
子供の「小児ガン」という不幸な出来事があったからこそ、味わえるものなのかもしれません。

このように、人の人生は幸福の中にも不幸があって、不幸の中にも幸福が隠れているものなのです。

そのどちらに焦点を当てるかで、人は幸せにも不幸にもなれるのです。

「不幸続きだ」と嘆いていれば、自分自身は不幸なままです。
けっして、周囲の人たちや環境が、あなたを幸せにしてくれるわけではありません。

あなた自身の中に、ちゃんと「幸せ」があるのですから、
幸せになることは、そこに焦点を当てられるかどうにかかっています。

自分の「欠けているところ」ばかりに焦点が当たっている人は、どうか今一度見直してください。

「今日生きていられることだけでも奇跡である」と感じられれば、
十分に自分の中にも「足りているところ」があるはずです。そこに焦点を当てられれば、
「自分の幸せは、ほんの身近なところにたくさんあるんだ」ということに気づくのではないですか?

感動を味わうために必要なこと

「今日生きていられることが奇跡だ」と感じられたあなたは、
今まで「同じ毎日の繰り返し」と思っていた日々の生活が、
じつは「奇跡」の連続であり、「今日という日は二度とない」と感じ、
1つひとつの出来事が新鮮に見えてきたのではないでしょうか?

でも、悩んでいる人からは、「今の生活が単調で、同じ毎日の繰り返しでつまらない」
「何かいいことないかな」という声をよく耳にします。

毎日、刺激があって、感動して過ごせれば、こんなに楽しいことはないですよね。

でも、感動を味わえるか、退屈なままで過ごすかも、じつは自分次第なのです。

今の日本は、不景気という3文字に踊らされて、
多くの人の心から笑顔と余裕が失われているようです。

若者たちは口をそろえて、「毎日が退屈だ」と言います。

大人たちは、「感動のない時代だ」と吐き捨てています。

でも本当にそうなのでしょうか。

わたしは今の時代に感動できない人たちは、いつの時代に生まれても感動できないと思います。

そのように嘆く人たちは、常に受け身だからです。

退屈だと言う人たちは、晴れの天気を心待ちにする子供のように空ばかり見つめていて、
自分から感動を探す旅には出ないのです。

退屈だと愚痴ってばかりいる人々の前には、感動は現れません。

 

 

2011年6月25日(土)

 

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早川勝メール【573号】幼い娘がトラックの下で血まみれに…そのとき、あなたは?

2011-06-19

皆様
こんにちは。

 

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本日の「書籍紹介」はお休み。
小学校で保護者に配布された「風見しんごさんの講話」をお届けします。

辛すぎる話に胸が締め付けられ……泣けてきますよ。
ハンカチのご用意を。

 

お役にたてれば幸いです。
↓↓↓
「飲酒運転根絶会議・特別講話」ダイジェスト

3年前、突然襲われた交通事故についてお話します。
毎日のニュースで、交通事故という言葉を耳にしない日はありません。
これだけ交通事故が続いていると、その言葉に慣れてきてしまいがちですよね。
私もそうでした。
自分の家族に死亡事故が起こるまでは…。
やはりテレビのニュースを見れば、悲惨だなぁ、と思いますが、
一件一件の死亡事故の現場で実際にどれだけのことが起きているのか、
ということまでは目を向けてきませんでした。
そんな私の家族に起こった交通事故のことを聞いてください。

恐ろしい交通事故、それは突然やってきます。
被害者の中に「私は今日、交通事故に遭うな」と思っている人は一人もいないでしょう。

そして、交通事故というのは人を選んでくれません。
その人がどんなにまじめな人であろうが、どんなに幼い命であろうが、
人を選んではくれません。

僕にも子供が二人いました。
一人は7歳に成長しましたが、
長女の方は、3年前のあの日以来ずっと10歳で止まったままです。

その日、娘はいつもと変わらない朝を迎えました。
いつものように眠い目をこすりながら起きてきて、
いつものようにお母さんの作った大好きなツナサンドをほお張って、
いつものように「おじいちゃん、寒いよ〜」と言いながら白いジャンパーを着せてもらい、
そして、いつもと変わらない笑顔で「いってきまーす」と言って家を出ました。

「いってきまーす」と言って家を出た娘が、その5分後にはトラックの下にいたのです。

娘を送り出したあと、私と家族は自宅にいたのですが、
そこに近所の人が飛び込んできました。
「えみるちゃんが事故!えみるちゃんが事故!」、
ただそれだけでしたから、まさか自分の子供が死亡事故に遭っているとは考えもしませんでした。
「きっと車に接触して、すりむいて血を流して、たぶん道路脇にへたり込んで大きな声で泣いているんだろうな」
とにかく早く行って「大丈夫だから」と言葉をかけて慰めてやらなきゃと思いながら
妻と一緒に自宅を飛び出しました。
自宅から100m先の角を右へ50m行ったところに横断歩道があります。
「早く抱きしめてやらなきゃいけない、大丈夫だからと落ち着かせてあげなきゃいけない」とそんなことを考えていました。
そして、家の先の角を右に曲がりさらにその先にある横断歩道を見ましたが、娘の姿はどこにもありません。
道路脇に泣きながらへたり込んでいる娘の姿を想像していた僕の胸に嫌な予感が走りました。
トラックに近づくと周りの人たちからは「見ないほうがいい、見ないほうがいい!」と言ってくれましたが、
トラックの下から最初に見えたのは、ありえない形にひしゃげた娘の足でした。

周りでは多くの人たちが助け出そうと動いてくださいました。
ある人は「何で早く救急車を呼ばないんだ!」、
またある人は「そんなジャッキしか積んでいないのか!」、
さらに別の人は「なんでエンジンを切らないんだ!」と、そんな騒ぎの中、
今でも忘れられないのは、エンジンのかかったままのトラックの下にもぐり込んでいる娘を救い出そうとしている妻の姿です。
僕はその3トントラックを持ち上げようとしたのですが、ビクともしません。
しかし、近所の人やたくさんの人たちの力でトラックが浮いたんです。
そしてトラックの下から、大事な大事な娘がやっと出てきたのですが、
全身血だらけでした。

そのとき残念だと思うことは、
事故を起こしたときの運転手の人が一番先に連絡を取ったのは、
救急車を呼ぶことではなく、会社への報告であったということです。
辛いです。

今となっては親としていろいろと後悔することがあります。
あの朝、あと5分早く学校へ行かせていたら助かったんじゃないか。
「いってきまーす」のあと、孫の「ランドセルを背負った姿」を最後まで見ていたおじいちゃんも、
何であと50mついて行ってやらなかったのか、と悔やし涙を流しました。
家族は皆それぞれがいろんな後悔をしました。

その後、救急車が来て、娘が乗せられ私たちも一緒に病院へ向かいました。
頭蓋骨骨折、顔の骨が砕け、肋骨が折れ、腰の骨が砕け、足の骨折、など、
即死状態といわれましたが、実は違うんです。
午前8時8分に事故が発生してから1時間半、10歳の幼い命は生きていたんです。
若い命、夢を持った命は生きようとしていたんです。
病院の控え室で待機している僕たち家族の所にお医者さんは来て言いました。
「娘さん生きようとされていますよ。一生懸命生きようとされてますよ」と。
天国へ旅立った9時33分までの1時間半の間、10歳の命は生きようとしていたのです。
即死状態と言われた交通事故で体がどんなにボロボロでグチャグチャになっていても生きようとしていたのです。
娘が頑張った1時間半、どれだけ痛かったか、どれだけ辛かったか、どれだけ怖かったか、
事故から3年が経ちますが、親としてそれを考えない日は一日たりともありません。

9時33分に天国へ旅立ってから娘が病院を出ることができたのは、検視が終わった6時を回る頃でした。
その長い時間、妻は娘の手をずっと握り続けていました。
握っている間に手がどんどん硬くなっていくのが分かったそうです。
病院を出るときに抱き上げた娘の体は丸太のように硬くなっていました。
それから葬儀社の人が来られて死に化粧をするのですが、
娘の姿は化粧をするにもあまりにも変わり果てていましたから、5時間かけてどうにか、ぎりぎりお友達に見てもらえる状態に化粧していただきました。

「いってきまーす」と言って家を出た娘が、我が家に無言で帰ってきたのは深夜1時をまわっていました。
玄関には、娘がその日に行くはずであった新体操教室の体操着などが入ったブルーのバッグが置かれていました。
娘はきっと学校から「ただいまー」と帰ってきたらすぐに新体操のバックを持って出かけようと思い、玄関に置いていたんでしょう。
そのバッグを娘が手に取れなかったのかと思うと、胸が張り裂けんばかりの気持ちになりました。
妻はそのバッグを1年間そのままその場所に置き続けていました。
娘がいつか取りに帰ってくるかもしれない。
そんな思いで…。

その後、通夜があり、お葬式がありましたが、私は現実を受入れられませんでした。
突然すぎて、何をやってるんだろう、何をこんなに長い夢を見ているんだろう、と、そう思いました。
葬儀が終わって娘は小さな壷の中に入り、変わり果てた姿になってしまいましたが、
それでもまだ、交通事故は終わらないんです。

一ヶ月後が経ち、遺品を返還してもらうため、妻と二人で警察署へ向かいました。
警察官の方がダンボール箱を抱え、丁寧にたたまれた娘の服やハンカチ、そして鞄や傘などを持ってきてくれました。
傘はグチヤグチャに折れ曲がっていました。
皮で頑丈にできているはずの赤いランドセルもズタズタに引き裂かれた状態になっていました。
どうやったら一瞬でこんな悲惨な形にランドセルを変えることができるんだろうと思うくらい、引きちぎれていました。
それを見たとき、改めて交通事故の怖さを感じずにはいられませんでした。
何より私が驚いたのは、ランドセルの中に入っていた筆箱と鉛筆です。
もちろん筆箱もつぶれていましたが、中の鉛筆は折れているのでなく、まっ平らなんです。
鉛筆が平らになってしまうなんて、いったいどれだけの圧力を受けたのだろうか、と、
それを見たときは、警察署の中で泣き崩れてしまいました。

やがて、どうにか気持ちが落ち着きだし、なんとか普通に息が吸えるようになった頃、今度は裁判が始まります。
その裁判でまた事故の現実、悲惨な状況を一からすべてを思い出さなければなりません。
しかも裁判は、一日や数時間で終わるものではなく、本当に重たい時間が何ヶ月も続きます。
加害者の家族にとっても、重たい時間がずっと続くのだと思います。
辛くなるからそう考えるのはよそうと思っても「娘は死んだんじゃない、殺されたんだ」、と、やはり親としてはそう思ってしまいます。
被害者と加害者だけでなく、たくさんの人たちも多くの悲しみを抱えています。
娘の親友だった子は拒食症になってしまいました。

たった一つの死亡事故で、そこに起きる悲しみはあまりにも多すぎます。
一件の死亡事故が減ると当然の一つの命が助かります。
それだけでなく、一件減るだけで多くの人たちの悲しみもなくなっていき、
一件増えれば、また何十、何百という悲しみが増えています。

ぜひ、これからも飲酒運転がなくなりますように、
そして死亡事故がゼロになりますように、祈っています。

 

 

2011年6月19日(日)

 

 

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早川勝メール【572号】四つ話のクローバー

2011-06-12

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先日のこと。
野球観戦のため東京ドームへ向かっていた水道橋駅にて、
ふと、友人N君から聞いた笑い話を思い出しました。
記憶というは、面白いものですね…、
数年前に聞いてからずっと忘れていた話が突然よみがえってくるなんて。

記憶の奥に眠っていた…思わず吹き出してしまう話とは…、

N君が新宿駅から千葉方面に向かって総武線に乗っていたときのことです。

飯田橋駅の手前にさしかかった電車内のアナウンス。
いつもの独特のイントネーションとリズムで、
車掌さんの声が耳に飛び込んできます。
次は「飯田橋」駅なのにもかかわらず、
車掌さんは疑いもなく自信満々に…、

「つぎは~、すいどうばし~、すいどうばし~!」

と言っているではありませんか。

「あれっ?おかしいなぁ…」
次は飯田橋のはずだけど…。
と首をひねっていたところ、
電車はやっぱり飯田橋駅に停車しました。

車掌さんったら、駅名をひとつ先の水道橋と間違えてしまったんですね。
まあ、車掌さんも人間ですからこういうミスもありますよね。
と、ここまでは、単なる車掌さんのうっかりミスに過ぎないので、
面白くもなんともないのですが…。
そして、次の駅…、
正真正銘の水道橋駅に到着することになりますよね。

さてさて、駅に到着する直前の車内アナウンスを聞いてみると…、
その車掌さん、

「つぎも~すいどうばし~、つぎも~すいどうばし~」

電車内の乗客はそろって大爆笑。

ははっ、
次「も」って、笑えますよね。

その開き直った車内放送、
最高だと思いませんか???(笑)

これ、もしかして、誰かが考えたネタかもしれませんけど…?

どちらにしても、
その光景を想像すると微笑ましくなります。

私たちも、この車掌さんのように、
ミスしても余裕しゃくしゃくに軽~いジョークですり抜けてしまう…、
そんな生き方をしたいものです。

と、本日の前置きはこれくらいにして。

新たに「468冊目」のオススメ書籍から抜粋した「なるほど!」という一節をご紹介します。

本日のテーマは…、
【願望を育てる】です。

それでは、
ためになる抜粋文章をどうぞ。

お役に立てれば幸いです。
↓↓↓
私の本よりためになる「オススメ書籍」シリーズ【No.468】
『四つ話のクローバー』
水野敬也著
文響社

「私が言っているのは、頑張らずに成功しようとするのではなく、
『どうしたら頑張れるか』に目を向けなさいということなのだ」
「しかし……」
私はうつむいたまま答えた。
「私は生まれてこのかた、何かを頑張ったことなどないのです」
すると馬は私のそばにやってきて、私の肩に蹄をポンと置いて言った。
「だから私がその方法を教えようと言っているんじゃないか」
私は顔を上げてたずねた。
「そんな方法があるんですか?」
「ある」
馬は鋭い視線を私に向けた。
「というより、頑張るにはこの方法以外にないのだ。
だから私は最初に言っただろう?『成功の法則はたった一つに集約される』と」
私は急いでメモ帳を開いた。馬は話を続けた。
「なぜ世の中の多くの人が、思ったように頑張ることができないのか。
その理由を一言で言えば、『一人の人間の中で二つの願望がぶつかり合っている』からだ」
「二つの願望がぶつかり合っている?」
「そうだ。たとえば君が仕事を頑張りたいと思い、
いつもより一時間早く会社へ行くことを考えたとしよう」
「はい」
「しかし普段より早く起きてみたものの、かなり眠かった。すこぶる眠かった。
すこぶる眠くて会社へ行くどころではなかった。
そして君は目にもとまらぬ速さで目覚まし時計を止め再び布団にもぐった。
いわゆる――二度寝だな。
このとき、君の中で二つの願望がぶつかりあっていると言えないかね?
『早く会社へ行って仕事がしたい』という願望と『寝ていたい』という願望が。
そしてみんなの心の中でも同じようなことが起きている。
『痩せたい』という願望と『食べたい』という願望。
『お金を貯めたい』という願望と『買いたい』という願望……」
「なるほど……」
言われてみれば確かに馬の言うとおりだった。
私たちが何か目標を立てるとき、たいがいそれとは逆の願望に引っ張られたりする。
「そして君たちは、痩せたいと思ったときは甘い物を我慢しようとし、貯金を増やしたいと思ったらお金を使わないようにしようとするだろう?」
「はい、その通りです」
「それが大きな間違いなのだ」
「どういうことですか?」
「このことを覚えておきなさい。『人間は何かを我慢することはできない』。
私たち生物は、嫌なことからは逃げて、
気持ち良いことに向かうようにプロブラミングされている。
私たちは『したいことしかできない』のだ」
「でも、それだと結局二度寝してしまったり、
お金を使ってしまったりすることになってしまいませんか……?」
「そのとおり。だから多くの者たちは頑張ることに挫折してしまう。
しかしそれを防ぐ方法が一つだけあるのだ。
そしてこれこそが自分の行動を支配する唯一の方法なのだが――
それは『大きな願望で小さな願望を従わせる』ということなのだ」
「大きな願望で小さな願望を従わせる?」
「そうだ。君が自分で決めたことを実行できないのは、
意志が弱くて誘惑に負けてしまうからではない。
君が、自分の願望をきちんと育てていないからだ。
もし君が、心から望む一つの願望を大きく育てれば、
他の誘惑(小さな願望)に負けることは無くなるだろう」
「でも……願望を育てるなんて、そんなことができるんですか?」
私がたずねると、馬はゆっくりとうなずき、前足を広げて言った。
「『想像』だよ」
「想像……」
「たとえば君に、仕事なんてしないでハワイでのんびり暮らしたいという願望があるとしよう。
だとしたら、もう、ハワイのことをず―――――――っと考えていなさい。
寝ても覚めても、君は頭の中で、美しい女性たちが踊るフラダンスに奪われ続け、
エメラルドブルーの海を見ながらピニャコラーダを飲み続けるのだ」
「でも、そんなことをしていたら、
どんどんダメな人間になっていくような気がするのですが……」
「安心しなさい。すこぶる安心しなさい。なぜなら――みんなこの方法を使っている。
コロンブスは新大陸を発見する想像をしながらワクワクしていたし、
ビル・ゲイツは世界中の家にパソコンを置くという想像に興奮して夜も眠れなかっただろう。
重要なのは想像を楽しんで願望を大きくすることなのだ。そんなことより……」
馬は眉間にしわを寄せて言った。
「絶対してはならないのは、自分の願望にウソをつくことだ。
本当はそんなことを望んでいないのに、周りから言われたとか、
誰かに期待されたとかで目標を立ててはならない。
繰り返すが、生物は『したいことしかできない』のだ。
結局のところ、本心が望んでいないウソの願望は、
他の小さな願望とぶつかりあって負けてしまうことになる」
馬の話を聞きながら、私は仕事をしていたときのことを思い出した。
確かに、上司から言われて無理やり立てた目標は、
他の誘惑に取って代わられてしまうことが多かった。
馬は言った。
「願望を大きく育てることができれば、今まで面倒くさかったり嫌だと思っていたことも、
その願望をかなえるための『やりたい』ことに変わる。
単に『痩せたい』と思っているだけでは『甘い物を食べたい』という願望に負けてしまうが、
『痩せることで美しくなれば自分に自信が持てるし、人と会うのが楽しくなる。
そうなれば、好きになった異性に振り向いてもらえたり、
仕事も今まで以上にうまくいくかもしれない』
――このように、『願望』に『想像」という栄養を与え続ければ、
甘い物はいつしか『食べたい』ではなく『食べたくない』ものに変わっているはずだ」
そして馬は、その大きな瞳で私を見つめた。
「つまり、頑張るための方法は、

『頑張らなければならない』

『頑張りたい』
この状態を自然に導くことなのだ」

2011年6月12日(日)

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(日本能率協会マネジメントセンター)
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早川勝メール【571号】 ある中間管理職の「悲劇」

2011-06-05

皆様
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私の知っている…ある生命保険会社の支店長(Aさん)の実話です。

その支店では、昨年度末、多くの社員が退職離脱したそうです。
辞めたメンバーの中には、2人の中間管理職、BさんとCさんがいました。
しばらく成績が低迷していたBさん、
このままの状況ではやがて降格に追い込まれることは確実…。
A支店長はなんとかBさんを再生させようと、
涙が出るほどに一生懸命に心血注いで指導を繰り返してきました。
時にはA支店長のお客様を紹介してあげたり、Bさんのチームに優秀な人材を配属させてあげたり、と、
特別にひいきしてまでもなんとかBさんを引き上げてあげたいとエネルギーを費やしてきたのです。
なぜなら、Bさんは支店の立ち上げから組織作りまでA支店長と苦労を共にしてきた仲であり、
何より、十数年前にBさんをスカウトし新人時代から育ててきたのがA支店長だったのです。ですから思いもひとしおです。
ところが、親の心子知らずとはよく言ったもので、
Bさんは目の前のピンチから逃げ出し、他の外資系生保へ転職することとなります。
甘やかしすぎの過保護戦略が裏目に出ました。
退職したい表向きの理由は、「商品のせい」、「会社のせい」です。
人は追い詰められると自己の「正当化」や「言い訳」をしたくなるのでしょう。

ただ、そういった社員が辞めてしまうことはよくあることです。
私も過去に経験がありますし、皆さんにもご経験がおありなのではないでしょうか。

問題はここからです。
Bさんの退職希望が受理されてから退職するまでの3ヶ月の間に、
Bさんから支店内の営業社員への積極的な引き抜き工作が始まります。
転職先の会社からBさんへ突きつけられた条件だったのかもしれません。
食うか食われるかの厳しいビジネスの世界ですから、
そんなことはどの世界でも日常茶飯事なのかもしれませんが、
その支店内においても、ひそかに、そして巧妙に、水面下で引き抜き工作が進行していきました。
まず、Bさんは管理職仲間のCさんを誘います。
それから、部下の中から特に成績が低迷し精神的にも経済的にも弱っている4名の営業社員に甘い言葉をかけ、引き抜きに成功します。
利用されている営業社員もいろんな意味で可哀相になりますが…。

やがてそんな行動がエスカレートしていけば、彼らを信じきって疑わないA支店長の耳にも噂が入ってくるようになりました。
当然、A支店長はBさんとCさんを部屋に呼び、真意を確かめます。
「君らが○○生命に転職するために営業社員たちを引き抜こうと誘っている、
という噂が広がっているが、それは本当なのか」と。
すると、彼らはこう答えます。
「まさか!!!それは心外ですよ。そんなことするわけがないでしょう。僕らを見損なわないでください。
転職先は決まっていませんから、それはデマです。引き抜きなんてこれからも絶対にしないとお約束します」
いけしゃあしゃあと、このようなウソをつきます。
A支店長は言いました。
「そうか。それならばいい。でも、もしも、誰か一緒に連れて行きたい社員がいて、彼らもそれを望むなら、そのときは私に正直に言ってほしい。
陰でコソコソ動いたり、ウソをついたりせずに、正々堂々と胸を張って辞めていってほしい」と。
「わかりました」と答えたBさんとCさんでしたが、
実際は心の中で舌を出して笑っていたのか、はたまた、怖くて本当のことを言い出す勇気がなかったのか、
彼らは退職するその日になっても、A支店長に本当のことを言い出すことはありませんでした。
その最終出社日には、A支店長はBさんとCさんをお寿司屋さんに連れて行きビールを酌み交わしながら最後まで彼らを労います。
A支店長は、頭を下げ、
「私の指導が行き届かなかったために、君たちを成功に導けなかった。申し訳ないと思っている。すまない。
私がもう少ししっかりと応援してあげられたら、君たちをこんな離職に追い込むようなことはなかったのに…。本当に申し訳なかった」
さらに、A支店長はこう続けます。
「君たちには、支店の立ち上げから一緒に本当によく頑張ってきてくれた。本当に心から感謝している。
君たちがいなかったら今の○○支店は存在していかっただろう。ありがとう!」
彼らは神妙な面持ちで聴いています。
「ところで、君たちの次の会社は決まったのか?」
と質問すると、
「いいえ、まだ決まっていないんです。何社か面接は受けているのですが、どうしようか迷っていて、
しばらくは無職ですが、ゆっくり考えて決めようと思っています」
と答える2人。
「ご家族も心配しているだろうし、早く決まって落ち着くといいな。頑張って」
とエールを送り、送別の儀は終了しました。
実は、このとき2人の転職先は決まっていたどころか、翌日から次の会社へ出社することになっていたのです。
引き抜いた4名の営業社員とともに…。

さて、この実話を聞いてどう感じますか?

何も知らない間抜けな支店長があわれだと笑いますか?
踏み込んで疑うことのできないバカな男だと。

いいえ、私はそうは思いません。
きっとこれからこの支店の生産性は上がると思います。
むしろ、コソコソと嘘に嘘を塗り重ね、
後ろめたさと罪悪感を抱えたままで逃げて行ったBさんたちの将来が心配です。
これからもずっと自分で自分に「裏切り者」や「卑怯者」のレッテルを張ったまま生きて行くのですから…。
人様に「ここで新しく働くことになりましたー」と、堂々と言えない職場で働くわけですよね。
なぜ、すべての人に祝福され、「その転職いいね」、と言われるような行動が取れないのでしょう。
彼らの潜在意識の中には、誇りもなければ正義もありません。
普通であれば、長年一緒に汗水流して苦労を共にしてきた上司に対してですから…、
「次の職場は○○生命に決まりました。○○君も一緒に連れていきます。ご迷惑もおかけして申し訳ございません。いろいろとお世話になりありがとうございました。」
と、正々堂々と宣言し、正直な挨拶をすべきでしょう。
勇気を持って正直に事の次第を説明し、謝罪すべきことはちゃんと頭を下げるべきです。
自分が正しいことをしているという自信があるなら、堂々と将来のビジョンを訴えられるはずです。

彼らは、肝心なところで、人生を左右する大事な局面から逃げてしまったようです。

自分で自分の自尊心を傷つけ、人としての誇りを失ったのです。
おそらく彼らはまだそのことに気づいていないでしょう。

自尊心を失ってしまった彼らには、本当の自信が持てません。
卑怯な自分が好きになれません。
善良な人とのコミユニケーションがうまく取れなくなります。

悪いことをしてしまった自分を責めて生きていきますから、
自己評価が下がり成果が上がりません。

いつになっても本当の自分自身に自信が持てませんから、
正しい判断に迷い意思決定力が落ちます。

そして、間違った方向へ向かっていきます。
自分の思い通りに。

さて、
A支店長に話を戻しましょう。
彼らが退職してすぐにBさんらの転職先の情報が入ってくるようになります。
まさに真実をA支店長も知ることとなったのです。

それを知ったA支店長は穏やかな顔でこう語りました。
「私はまったく彼らを裏切り者だなんて思っていない。ましてや恨みもない。
彼らには感謝の気持ちと申し訳ない気持ちでいっぱいだ。
そのことは、彼らに直接、寿司屋で話した通り。正直な気持ちだ。
それなのに、彼らは『自分は裏切り者』だと決めてしまっている。
だから、本当のことが言えないのだろう。
かわいそうに。
彼らの行く末が心配だ。このまま逃げっ放しで、自分の過ちに気づかないままなら、
また失敗を繰り返し、今度はもっと大きな挫折を味わうことにもなりかねない。
B君、C君たちが、いつか謝罪する勇気を持って私に許しを得にやってきてくれることを祈るよ。
いや、正確には私に対してじゃないな。
私ははじめから許しているのだから。

彼らに必要なのは自分で自分を許してあげることだろう」と。

皆さんはどう感じますか?

この先、成功を勝ち取るのは、
どちらの生き方をしていく人だと思いますか? ??

私はどんなに人に騙されても、
自分を騙すことなく正々堂々と生きていきたいと思います。

自尊心を失わずに。

と、本日の前置きはこれくらいにして。

新たに「468冊目」のオススメ書籍から抜粋した「なるほど!」という一節をご紹介します。

・・・と、思ったのですが、
前置きが長くなりすぎてしまったようです。
すいません。
今日のところは来週の予告編だけ、ということで勘弁してください(笑)

↓↓↓

『四つ話のクローバー』
水野敬也著
文響社
170万部の大ベストセラー「夢をかなえるゾウ」著者の最新刊

抜粋文章はまた来週!!!

 

2011年6月4日(日)

 

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