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早川勝メール【520号】お金でなく、人のご縁ででっかく生きろ! ②[出会い編]

2010-05-30

こんにちは。

ご縁があって名刺交換(アドレス交換)させていただきました1,117名の方々へ
一斉自動配信しています。

いよいよ来月は南アフリカでのワールドカップですね。
サッカーファンだけでなく、このときばかりは日本中…いやいや、世界中が熱狂するW杯。
ですが…、今回、日本ではイマイチ盛り上がっていません。
日本代表チームの下馬評もびっくりするくらい低く、
1勝もできずに惨敗間違いなし、って雰囲気。
応援しようっていうよりも、批判的な言葉を多く耳にします。
マスコミの論調も「ダメだ、ダメだ」のオンパレード。
でも、ここまで叩かれると、サッカーファンじゃない私の場合、
思い入れがない分、楽しめそうな気がします。
興味津々、1次予選の3試合中、1点でも取れたら「すごい!」、
…と喜べそうです。
もしも、勝ったら狂喜乱舞でしょうか。
期待しない、って楽ですね。

いやいや、それにしても、岡田監督の評判の悪さには納得しちゃいます。
先日の韓国戦に完敗して、「進退伺い」的な発言をして、
大会直前に無責任だと、大ひんしゅく。
…と思ったら、選手には、あれは冗談だったと言って、さらに非難ごうごう。
そもそも、岡田監督って、代表監督になるくらいだから、
サッカーの経験も知識も豊富で、人望も責任感もあり、
本当はすばらしい人物なんでしょうけど…。
トップとしての「センス」がない。
だいたい選手を「ハエ」にたとえてしまうなんて…。
「ハエがたかるような粘り強い攻撃」ってなんなんですか(笑)
もっと、選手をもちあげるような気の効いた表現があると思うんですが…。
どうなんでしょう?
選手を尊敬していないんですね、きっと。
そうかと思えば、ケガから復帰したばかりで戦力としては疑問符がつくベテラン川口をキャプテンに指名して、
選手たちに対して「言いにくいことは、すべて川口に言ってくれ」と、「丸投げ」発言。
チームをまとめるトップとして、それはマズいでしょ???
自信を喪失しているのか、面倒くさいことから指揮官が「逃げてる」ような気がします。
さらに、大会直前のここにきて、「前半戦は守備重視でいく」と、戦術の方向転換発言をし、
方針が「ブレてる」とFW本田に批判される始末。
なんだか、チーム内がバラバラですよね。
弱いのも、納得です。

今夜のイングランドとの親善試合、いろんな意味で見ものですね。

私自身も組織を預かるトップとして、岡田監督を「反面教師」にしつつ(笑)
勉強していきたいと思います。

岡ちゃんファンの方々、すいません。
私も日本を愛するがゆえの苦言です。
大きな心でお許しください。

 

と、前置きはこれくらいにして…、

本日も、
「私の本よりためになるお薦め書籍シリーズ・全400冊」の中から
好評だったバックナンバーをお届けいたします。

ここのところ、「痴呆」とか「末期医療」とか…、暗い話が続いていましたので、
今回はもっと前向きになれるテーマでイキます!

それでは、
ためになる抜粋文章をどうぞ。
本日のテーマは…、
【試練は人生のネタづくり】
です。

お役に立てれば幸いです。
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私の本よりためになる「お薦め書籍」シリーズ No.19
「お金でなく、人のご縁ででっかく生きろ! ②[出会い編]」
中村文昭 著
サンマーク出版

六本目の指が教えてくれる
体の障害も人生の難関も、なんらかのメッセージ

生きてるうちには、思いどおりにいかなかったり、
思いもかけない問題にぶちあたったりすることがあるものです。
そんなとき、パニック状態に陥ったり、「大変だ」と悩みを抱え込んでしまう人もいるでしょう。
僕は若いころから、目の前で何か起こっても、むしろそれはメッセージと受け止めてきました。
「よし、メッセージがきたぞ。これを乗り越えれば、今よりもっとかっこいい男になれる。
悩むことなんかない。乗り越えるのみ」
悩みや愚痴を十人に話したところで、解決しません。
逃げても逃げても、その問題からは逃げ切れません。
だったら、一やってダメなら五やる。五やってダメなら十やって乗り越えることです。
そうすれば、もっとかっこよくなれるのだと、僕は受け止めています。
この僕の姿勢も、じつは、師匠から学んだことです。
師匠には六人の子どもがいます。
そのうちの一人の息子さんは、生まれながらにして足の指が六本あります。
その子が生まれたとき、お医者さんが言いました。
「現在ではこんなことはいくらでもあることです。
生まれたばかりの今、本人もわからないうちに、ちゃんと手術できますから」
普通の親なら、ほっとして、「では、お願いします」と言うところでしょう。
でも、師匠は違いました。お医者さんに向かって、
「この子は意味があって六本指で生まれてきたのだから、六本指のまま育てる」
ときっぱり言ったのだそうです。
その息子さんは、十歳を越えた今、足の指が六本だからといって、
いじめられることもなければ、自分自身、気にすることもないといいます。
それは「子どもが六本指で生まれてきた」という事実に対して、
親である師匠が、じたばた騒ぐどころか、
「これはこの子と自分たちに与えられたメッセージだ」
と受け止め前向きに生きたことに起因するのでしょう。
僕も、そういう師匠の背中を見てきたから、何か難題にぶちあたっても
「何かを教えてくれるメッセージなのだ」と思えるようになったのだと思っています。
ものごとは、すべて受け止め方によって、百八十度、変わるものです。
難題を「悩み」と受け止めるか、「メッセージが来た」と受け止めるかで、
気持ちも対処法もまるっきり変わります。
考え方、とらえ方一つで、ものごとはいいようにも悪いようにも転がるのです。
ですから、僕は、失敗も恐れません。
失敗しても、そこからドラマチックに這い上がればいいのです。
子どもや孫にも、「おれはこうやって大成功したんだ」という話より、
「俺はこんなに失敗をした。でも、あきらめずに、こんなふうに這い上がったんだ」
という話のほうが何倍も勇気づけることができると思います。
いわば人生のネタづくりです。
生きざまを語るのなら、「石橋を叩いて、失敗しないようにやってきた」と言うより、
失敗から這い上がったストーリーのほうが、むしろいいと思っています。
「神は、その人に越えられない試練は与えない」とよく言います。
何か問題が起こっても、それは自分に与えられたメッセージだから、ただ乗り越えるのみ・・・。
そう思うと勇気が湧いてくるのです

 

 

2010年5月30日(日)

 

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生きてるだけで「ツイてる!」
感謝感謝の「早川 勝」でした。

E-mail:hayakawa@tsuitel.in

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早川勝メール【519号】死ぬときに後悔しない医療

2010-05-23

こんにちは
ご縁があって名刺交換(アドレス交換)させていただきました1,114名の方々へ
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笑えるサラリーマン川柳を紹介します

「離さない」 10年経つと 話さない

 

「先を読め」 読めるわけない 先がない

 

以上
今回の前置きは短くこれくらいにして
本日は…
新たに「429冊目」のオススメ書籍から抜粋した「なるほど!」という文章をご紹介します
今回のテーマは
【尊厳ある死】です
お役に立てれば幸いです

私の本よりためになる「オススメ書籍」シリーズ【No.428】
「死ぬときに後悔しない医療」
緩和医療医 大津秀一著
小学館文庫

「緩和医療が行われていない病院」では人はどのように亡くなっていくのか、
その現状をご覧ください。

四十八歳男性のAさんはある朝、顔が黄色いことに気がついてB病院を受診。
内科の医師は「黄疸の原因を調べてみましょう」
そう言ってAさんに即日入院を指示しました。
「入院して血液検査とお腹のCTという検査を受けるように」と。
医師は肝臓や膵臓などいろいろな場所の異常が原因で黄疸が出るので、
その原因はCTの検査をしてみないと分からないと告げました。
入院後も黄疸は変わりませんでした。Aさんは四日目の昼のCT検査を受けました。
同日夕、Aさんのフィルムを見た放射線科の医師は内科の医師を呼びました。
二人の前にかかったCTのフィルムには、
膵臓にある大きな腫瘍と肝臓に存在する無数の転移がはっきり写っていました。
膵がんとその肝転移であり、末期的状態と考えられました。
内科医師はAさんに内緒で家族を呼びました。
Aさんの家族は四十六歳の妻と二十歳の娘、十七歳の息子です。内科医師は告げます。
「残念ながら、Aさんは膵臓がんです。肝臓にも転移していて末期がんです。
外科的に取り去ることはもう不可能ですので、治療は化学療法、すなわち抗がん剤の適応です。
しかし抗がん剤で根治させるのは不可能ですし、
副作用ばかりで効果を認めない可能性も十分あります。
また、化学療法を行って万が一効いても、余命の延長は二、三ヶ月程度でしょうか。
ただし、化学療法で症状が軽くなる可能性は残されています。
いずれにせよ余命は数ヶ月程度と考えられます。本人にこのことを告知しますか?」
突然の事態に家族は驚きを禁じえません。
特に夫が数ヶ月で死んでしまうという事実を突然つきつけられた妻の動揺は激しいようでした。
妻はただ泣くばかり。代わって娘が答えます。
「私たちは伝えるべきかどうかとても判断できません……。先生にお任せします」
医師は困りました。
「それを判断するのは私ではありません。ご本人の希望やご家族の希望で判断したいのですが……」
息子が口を開きます。
「先生、もうちょっと時間をください。突然の話なんでどうしたらいいのか全く分かりません。
家族みんなで話し合って決めたいと思います」
「そうですか……。ではご本人に何と説明しますか?」
妻は涙ながらに答えました。
「先生、何かいい病名はないのですか?
あの人は心配症で、きっとがんだなんて言われたら落ち込んでやり場のない苦しみを感じると思います。
どうしたらいいのでしょうか?」
最後は消え入るようでした。医師は答えました。
「では……慢性膵炎ということにしましょう」

翌日、Aさんに医師から説明がありました。何でも「慢性膵炎」という病気で黄疸が出ているとのこと。
慢性膵炎は食事が大事なので、基本的には食事療法のみで無治療で経過を見るといいます。
「私は病気のことは何も分からないので……。全部先生にお任せしますよ」とAさん。

はたして「治療」が始まったAさん。点滴も始まりました。
食欲も今一つないのでそれを補うためとのことでした。
内科医師はやむをえず点滴のみで経過観察をしていました。
告知をしていないのに、副作用の出る可能性がある抗がん剤を投与するわけにもいかないからです。
……こうしてあっという間に一ヶ月が過ぎました。
最初の症状は腹部の膨らみでした。
それは瞬く間に大きくなり、Aさんのお腹はパンパンになってしまいました。
黄疸も引かず、全身のだるさは日に日に進み、食欲も全くなく、
そしてそのころから腹部が張っていることによる痛みの他に、
胃のあたりや背中に鈍痛が現れるようになりました。痛みは時折激痛になります。
そんなときAさんは額に脂汗を流して、うずくまりながら痛みが引くのをずっと待つのでした。

「Aさん。具合はいかがですか?」
医師が回診に来ます。よく見ると医師の表情はすぐれません。
「時折……ですね、お腹の……そう、このあたりと背中が痛むんです」
声にも力が入りません。医師を見る目にも力がこもりません。
医師の表情が一瞬歪んだようにAさんには見えました。
「そうですか……。膵炎は痛いですからね。痛みを取るようにします。
ちょっとずつは良くなっていると思うんですけどね……。だから頑張っていきましょうね」
そう早口で告げると、医師はさっと踵を返しました。

Aさんが医師の姿をはっきり見ることができたのはその日が最後でした。
Aさんはその夜から昏睡状態に陥ったからです。
家族ら全員が呼ばれました。
医師が家族全員と会うのは、家族への告知以来初めてでした。
「がんが進行し、全身衰弱も顕著です。
がんのせいで腹水といってお腹に水がたまっていてパンパンです。
悪液質というがん末期の症状の一つなのですが、栄養状態も極めて不良で、
食事もできなくなってしまったので、股にある太い静脈からカテーテルという管を入れて、
そこから水分と栄養を補っています。余命はもはや幾ばくもないとい考えられます」
病室に案内された家族は驚きます。
Aさんは半眼で目の焦点は合わず、顔も……というより全身が黄土色で、
お腹はやせ衰えた体に不釣合いなほど大きく盛り上がっています。
全身もむくみがひどく、もう一度顔に目をやると、いつもの一・五倍はあるかというくらいに膨らんでいます。
股から入っている点滴の管にはいくつもの点滴のボトルがつながっています。
何がどういう目的の点滴か分かりませんが、
一つの点滴の管に何種類ものボトルからの管がつながっている光景は、
娘の目にはくもの糸のように映りました。
他にも尿の管、よくよく見ると鼻からも管が出ています。
黒いものを吐いたから、という理由で付いているとのことです。
息子は吐き気を催してきました。
やや暗い病室はモニターやポンプの光がせわしなく点滅し、時折がなりたてるようにブザーが鳴ります。
ピピピピとかポーンとか、その音を聞くたびに何がAさんに起こっているのか、
家族はただただ不安で音が鳴った方とAさんの顔を交互に見るのでした。

しばらくして、Aさんの呼吸が荒くなってきました。苦しそうです。
家族は再度医師から説明がありました。
もう尿も出ておらず、要体は時間の問題であること、
心臓や呼吸が止まっても積極的な蘇生は行わないことなどが決まりました。
午前二時、娘と息子はいったん帰宅します。
午前四時、うとうとしていた妻はあわただしい足音で目が覚めました。
気がつくと医師がAさんの脇に仁王立ちになっています。
Aさんに目をやると先ほどまであんなに苦しそうだった呼吸がゆっくりになっています……
いやむしろ今にも止まりそうな……。
我に返った妻は呼びかけます。
「あなた?あなたっ!先生、死ぬんですか?夫は死ぬんですか!?」
医師は黙ってうなずくのみでした。
傍らにあるモニターの心拍数と考えられる数が少しずつ減っていきます。
六十……四十……十五……。
「先生、待ってください!娘と息子がまだ!」
医師は黙って心臓マッサージを始めます。
看護師が手押しの酸素マスクを運び込み、Aさんの口にあてました。
心臓マッサージで医師が胸をドスン、ドスンと圧迫するたびに、
Aさんの体はベッドの上で大きく揺れ動きます。
医師は汗だくで、何かに取りつかれたように一心不乱に心臓マッサージを続けています。
ゴリッ、突然鈍い音が病室に響き、医師は一瞬その手を止めました。
「しまった、肋骨をやっちまったか……」
小さな声で医師がつぶやくのを妻は聞き逃しませんでした。
それでも医師は手を休めずまたドスン、ドスンと心臓マッサージを続けます。

そしてそれは三十分後、娘と息子が到着するまで続けられたのでした。
娘と息子が到着した後、医師はAさんの死を家族に告げました。
ベッド上のAさんには多くの管が絡み合い、
Aさんの姿はつい何ヶ月前とは似ても似つかぬ異形の姿と鳴っていました。
息子は吐き気の原因が、まさに父の姿によるものだったと後に気がつきます。
焦点が合わない目を半眼にした父の目、口をだらしなく開いた父の姿、
そしてゴムまりのように膨らんだ父の全身……。
こうして家族へのがん告知から二ヶ月後、Aさんは亡くなりました。

さて、皆さんはどんな感想を持たれたでしょうか?

残念ながらこのようにしてお亡くなりになる方も少なくないのが一面の真実です。
これが死の現実なのです。

善良なAさんに、別の死に方はなかったのでしょうか?

 

 

2010年5月23日(日)

 

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生きてるだけで「ツイてる!」
感謝感謝の「早川 勝」でした。

E-mail:hayakawa@tsuitel.in

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早川勝メール【518号】がんばらない

2010-05-16

こんにちは。

ご縁があって名刺交換(アドレス交換)させていただきました1,106名の方々へ
一斉自動配信しています。

最近のわたくし、仕事面がちょっと不調気味。
あの手この手でいろいろと試行錯誤を繰り返してきたのですが、
それでもなかなか成果に結びつかないため、
どんどんストイックになっている自分を発見いたしまして、
「あれっ、これはなんか違うぞ」と、
あらゆる決め事を一気に全部やめてしまいました。

楽しくないことや盛り上がらないことはやめました(笑)
毎日やってた早朝会議とか…、ぜーんぶ、やめました。

えっ?それで解決するのかって??

うーん、

とにかく、何かが変化したことだけは間違いありません。
それを証拠に私の周りの空気が変わりました。

今、あらたな気づきのヒントをつかみつつあります。

 

と、前置きはこれくらいにして…、

本日も、
「私の本よりためになるお薦め書籍シリーズ・全400冊」の中から
好評だったバックナンバーをお届けいたします。

それでは、
ためになる抜粋文章をどうぞ。
本日のテーマは…、
【命】
です。

お役に立てれば幸いです。
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私の本よりためになる「お薦め書籍」シリーズ No.172
「がんばらない」
鎌田實
集英社文庫

揺れる命

今から四千年前、人間の平均寿命は十八歳くらいだったと推定される。
そして紀元元年、今から二千年前の平均寿命は、二十二歳といわれている。
二千年かかって、四歳長生きできるようになった。
人間は文化を少しずつ推し進めて、五百年で、寿命をたった一歳延ばすのが精いっぱいだった。
地球が誕生したのが五十億年前、生物が誕生してから約三十億年、
単細胞の生命体から、ゆっくりと多様な物体が生まれ、
生まれてきたものが進化・進歩し、哺乳類が生まれたのが一億年前といわれている。
明治時代の初め、日本人の平均寿命は三十三歳だった。
約千九百年かけて、十一歳寿命を延ばしたことになる。
ということは、百七十三年で一歳、寿命を延ばしたわけだ。
アクセルペダルが少し踏み込まれたが、まだまだゆっくりとした変化だった。
産業革命後、「命」にも急激な変化が起きた。
今、日本の女性の平均寿命は八十三歳。
日本ではこの百年で、五十歳もの寿命を延ばしてしまった。
二年で一歳の寿命を延ばしたことになる。

家族の心の変容

人類が長生きできるようになった結果として、
当然、痴呆の問題が大きくクローズアップされるようになってきた。
八十五歳から八十九歳の老人では、
二十一・六パーセントの方が痴呆になっているデータが報告されている。
長生きのオリンピックに勝ち抜いて得た勝利が、痴呆だったのかもしれない。
アルツハイマー病の患者は、世界に千五百万人以上いるといわれている。
日本では、三十万人のアルツハイマー病の患者を含めて、百万人の痴呆老人がいる。
痴呆とは、一度獲得された知的な能力が、器質的な脳の障害により、
日常生活に支障をきたすような状態といわれている。
痴呆の初期段階は象徴的な症状として、昔のことはよく覚えているのに、
新しいできごとを覚えられないという短期記憶障害がよく現れる。
ぼくが治療していたアルツハイマー病のおばあちゃんも、同じような症状が出ていた。
病気が徐々に重くなっていく。朝食に何を食べたかもまったくいえなくなってしまった。
もともと俳句を趣味にしていた方だったので、痴呆が軽いうちは、
作った俳句を外来診察にきたときに見せてもらいながら、社会性を失わないように指導していた。
しかし次第に俳句が作れなくなっていった。
つぎに家族の誰かに見てもらって、日記を書いてもらうと、当初は大変よい効果を生んだ。
痴呆の進行を少し止められるかと楽しみにしていたが、この日記が問題を起こし始めた。
友人の葬式に行った日に、忘れないように日記を書いてくれたが、
日記帳を開いたときには昼間のことはすでに忘れており、
「友人の見舞いに行ってきた」と書かれていることに、息子さんは気がついた。
翌日、死んだはずの友人のところへ遊びに行くと言い張り家族は困ってしまった。
別の日、水道局の人が来て、一人で留守番をしていたおばあちゃんが自分で払ったが、日記には
「嫁に一万円渡して、自分の好物を買ってきてくれるように命じた。
でも嫁はだまして何も買ってきてくれなかった」と、うらみの言葉が書かれている。錯話だ。
事実無根の作り話も、一度文字に書かれてしまうと、何度説明しても、
かえって誤りを認めづらくなってしまった。書かせた日記が足を引っ張った。
家族も疲れてきた。こんなとき現代の医療は無力だ。痴呆を治すことはなかなかできない。
ぼくたちの仕事は、家族を支えることにシフトしていく。
「神奈川県ぼけ老人をかかえる家族の会」の田中まさ子さんとお会いしたとき、
第一ステップ「とまどい、否定」、第二ステップ「混乱、怒り、拒絶」、
第三ステップ「あきらめ」、第四ステップ「受容」と、揺れる家族の心の内を体験談として教えてくれた。
ぼけた実母を看ていた田中まさ子さんは、混乱して疲れきり、あきらめ、すべてを投げ出そうと思ったとき、
京都で活躍しておられる、ぼけ老人のよき理解者の早川一光先生にお会いし、
肩を抱かれ、ひと言「よくがんばってきたね」といわれた。
このひと言が彼女を絶望から救い出してくれた。
田中さんは自らの経験から、このようなよき理解者がどうしても必要だと力説している。
痴呆性老人を支える家族の、良き理解者を地域で育てていく必要があるように思う。

痴呆性老人を在宅で看取る

明け方の五時、ぼくの家の電話が鳴る。お嫁さんのあわてた声が聞こえてきた。
「おばあちゃんの息がおかしいんです。先生すぐに来てください」
エンドステージになると、家族の安心のために自宅の電話番号を教えておく。
二十四時間体制の当番の保健婦に連絡をとって、患者宅にそれぞれが直行する。
呼吸は停止していた。しかしぼくらは心臓マッサージもしない。もちろん点滴などもしない。
心臓が動いていないこと、瞳孔に対光反射がないことを確認し、死亡を認定する。
すでに家族だけではなく親類や近所の人たちが大勢、おばあちゃんの床の周りを囲んでいる。
お嫁さんの名前を呼ぶ。後ろのほうに小さくなって座っていた彼女が、おずおずと前に出てくる。
「ほんとによく看てあげたね。ぼけてから七年、おばあちゃんも大変だったけど、
床ずれひとつなく、こんなにいい顔であの世に行けて、ばあちゃんは幸せってもんだな。長い間ごくろうさま」
徘徊の時期には、このお嫁さんは何度も村じゅうを探しまわり、疲れ果てていた。
ぼくが往診に行くと家じゅうに鍵がかかり、
目もうつろなお嫁さんが痴呆のあばあちゃんと部屋の片隅に座っていた。
あの光景が今も忘れられない。
見かねて、精神科の先生に、お嫁さんをバックアップしてもらったこともある。
また東京にお嫁にいったおばあちゃんの娘が里帰りしてきたとき、
「嫁はわたしにご飯をくれない」と訴えたので、娘は誤解して手厳しく嫁さんに嫌味をいったらしい。
たび重なる気苦労で、ストレス性胃潰瘍になってしまったお嫁さんが、
それでも必死におばあちゃんを支えていたのをぼくは知っていたので、
みんなの前で彼女に「ありがとう、ご苦労さま」と伝えたかった。
医者の役目というのは、生きるか死ぬかのときに助けることが第一の仕事だと思っているが、
命が途切れるときに臨終を確認する役でもあり、故人と関係のある人々が、
その死を境にみんながどう生きていくのかいっしょに考えていくことも、
医者の仕事かもしれないと最近考えている。医療の仕事は、「生」を支えると同時に、
「死」をどのように支えるかということも問われているように思えてならない。

 

 

2010年5月16日(日)

 

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生きてるだけで「ツイてる!」
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早川勝メール【517号】プロフェッショナルマネジャー

2010-05-09

こんにちは。

ご縁があって名刺交換(アドレス交換)させていただきました1,099名の方々へ
一斉自動配信しています。

お久しぶりです。
2週間ぶりの「早川勝メール」となりました。

GW中はいかがお過ごしでしたか???
明日月曜日からいよいよ本格的に「社会復帰」という方も多いと思います。
日常に戻りますが、頑張っていきましょう。

本日はそんな前向きな方々に耳寄りな情報を一つシェアしますね。

実は知人の中谷さんという方から、
皆さんにお知らせしてほしいと依頼がありまして。
突然なのですが、10日月曜日の夜、新宿にて、
メダリスト・池谷幸雄さんの講演&懇親会があるそうなのですが、
参加枠を数十名分増やしてくれましたので、
もし、参加ご希望の方がいらっしゃいましたら、
直接申し込んでみてください。
(応募者多数の場合は先着順で打ち切りになります)

一緒にオリンピックメダルを触らせてもらいましょう(笑)

 

と、前置きはこれくらいにして…、

本日も、
「私の本よりためになるお薦め書籍シリーズ・全400冊」の中から
好評だったバックナンバーをお届けいたします。

それでは、
ためになる抜粋文章をどうぞ。
本日のテーマは…、
【参加型リーダーシップの質】
です。

お役に立てれば幸いです。
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私の本よりためになる「お薦め書籍」シリーズ     No.267
「プロフェッショナルマネジャー」
58四半期連続増益の男 ハロルド・ジェニーン
アルヴィン・モスコー共著 田中融二訳
プレジデント社

「これが私の最高の教科書だ」
株式会社ファーストリテイリングCEO柳井正 解説

リーダーシップ――現場と「緊張感ある対等関係」をつくれ

僕は、小売業では、お客さまとの接点の最前線である現場が重要だと考える。
店で働く人々の「気づき」がどんどん本部に伝わってこないと、商品の品質向上もできない。
店で働く人が、「この商品のここはもっとああしてほしい」
「こうしないと売れない」と感じたのであれば、
お客さまはもっと強く感じているはずだ。それを直ちに本部に伝えてもらう。
そうなるには、商品を売らされているのではなく、
自ら商品にコミットし、自分で売る感覚を日常化することが必要だ。
そこで大切な前提は、社長でも社員でもパートでも「対等」であることを、
働く人々が現実に実感できることだ。
お互いに努力して一つの目標を実現したいと思えるのは、全員が対等だと信じられるからだ。
これがあって初めて、経営や店舗運営におけるリーダーシップが発揮できる。ジェニーン氏は言う。
「(リーダーシップは)最高経営者と彼を中心としたトップ・マネジメント・チームの性格の反映として、
どんな企業の中にもあって、それぞれの会社の個性をつくり出している。
私の考えでは、リーダーシップの質こそ、
企業の成功をもたらす処方に含まれる最も重要な成分である」
僕は、「リーダーシップの質」とは、全員が対等で、現場の人が自分で考え、
本当の自分の意見を出し合えるようにすることだと考える。ジェニーン氏は、
「私の考えでは、楽しい繁栄の雰囲気をつくるのに最も重要な要素は、経営組織の上下を通じて、
開放的で自由で率直なコミュニケーションを定着させることである」
とも書いているが、これは人を動かすための大原則である。
僕は、事業はスポーツに似ていると思う。
例えば、サッカーでいえば、監督はゴールの所在を告げ、ゴールにたどり着くためのルールと戦略を示し、
選手の適性に合うポジションを割り振り、厳しい練習を重ねる。
しかし、状況が変化し続ける試合の最中に、「ここでキックしろ」と命令することはできない。
選手個々人が、与えられた戦略的知識を活かし、
自分のポジションを考え、状況を把握して臨機応変に動く。
そこでは、自分は命令する人、僕は命令通りにやる人と言う関係は成立しない。
それでは、試合に負ける。
事業も同じだ。目標と戦略、方法論は示すが、
「あとは個々に考えて、一緒にやりましょう」と社員に言う。
僕は普段、「お客さまが考えずに買える売り場、単純明快な売り場をつくってください」
と舌足らずな断言口調の言い方しかできない。
だから、僕の考えをかみくだいて、実現可能な道筋をつけてくれるパートナーを常に求めている。
ジェニーン氏も同じだったと思う。彼は書く。
「私に固有のリーダーシップの感覚の傾向として、それをなし遂げる最善のやりかたとして選んだのは、
ほかの人びとと一緒にボートに飛び乗り、オールをつかんで漕ぎ始めることだった。
仮に名づけるなら、参加型リーダーシップと呼んでもよかろう」

一番いい会社とは、「社長の言っていることがその通り行われない会社」ではないかと僕は思う。

社長の言ったことをすべて真に受けて実行していたら、会社は間違いなく潰れる。
社長の意見が間違っていることや、もっといいやり方があるかもしれない。
社長の言いたいことの本質を理解し、現場では自分なりにその本質を見極め、
どう具体化するか考え、そして実行する。もちろん、実行した結果については報告を求める。
スーパースター店長という仕組みをつくったのも、
会社全体をそういう方向に持っていきたいと考えたからだ。
店長の仕事で最も重要なことは、人を動かすことだ。店舗には三〇人から四〇人の従業員がいる。
従業員を動かしてお客さまのために買っていただける売り場環境にしておくことが第一である。
従業員がきびきびとした元気な態度で接客できるようにする。
当然、店長は部下よりも断然、気を使わなければならない。
店舗の従業員が活性化すれば、事業が伸びる。
店長が、自分の役割を果たし、
お客さまと従業員に支持される店になっているかどうかは業績に表れる。
業績が上がれば、報酬で報いる。
店長個人の人柄や努力も二割は評価するが、基本は成果主義である。
僕は、成果以外に給料をもらう理由はないと思う。

 

 

2010年5月9日(日)

 

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早川勝メール【516号】できる人の3秒ルール

2010-04-25

こんにちは。

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異常気象です。
4月だというのに、この寒さ。
58年ぶりだっていうじゃないですか。

三寒四温、などと言いますが、
これでは「三寒一温」って感じですかね(笑)
いつまでたってもコートをクリーニングに出せません。

でもまあ、寒い寒いとはいっても、4月にしては…、ってことですからね。
真冬と比べれば暖かいワケで、
そんなに騒ぐほどのことではないのかもしれません。

実は、我が家でも異常気象が起きています。
なんと、1階では暖房をつけているのに、
日当たりのよい3階では「冷房」をつけている…(笑)
という有り得ない現象が起こっています。

我が家の空調も「異常気象」です(笑)

本物の「春の陽気」…、
待ち遠しいですね。

 

と、前置きはこれくらいにして…、

本日も、
「私の本よりためになるお薦め書籍シリーズ・全400冊」の中から
好評だったバックナンバーをお届けいたします。

それでは、
ためになる抜粋文章をどうぞ。
本日のテーマは…、
【肯定的な脳】
です。

お役に立てれば幸いです。
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No.1メンタルトレーナーが教える
「できる人の3秒ルール」
西田文郎 著
インデックスコミュニケーションズ

できる人の頭の中

ここで、できる人の頭の中はどんな風になっているのか、ご説明しましょう。

できる人(成功者)たちは、人間の脳がものすごい速度で働いていることをよく知っています。
そして、頭の中ではひっきりなしに「ひらめき」が起こっていて、
うっかりしているとそれらはすぐに次の「ひらめき」に追いやられ、
記憶の底に沈んでしまうことも。
だから、彼らは忘れないようにひらめいたことをメモし記憶します。

「ひらめき」というのは、できる人(成功者)だけに起こるものではなくどんな人にも起こっています。
ただ少し違うのは、
できる人は自ら質がよい「ひらめき」が起こる環境を
常に作っているということです。

先ほど私は、日本人の95%の人が病的に悩んでいるといいました。
5%の成功者(できる人)と95%の人は何が違うのか?
それは、脳の使い方(何を考えているか)が違うだけなのです。

できる人は、自分自身を肯定的な自己暗示にかけるのが、
とても上手。
例えば「俺は、人と違う」「俺は、できる」などと常に思っています。
また、この上に自分以外の他の人からも肯定的な暗示をかけられると、
これはもう脳が最高の状態になります。
実は脳は、体験したことと想像したことの区別ができません。
実際には行動していないことも、
頭の中で想像しただけで記憶の貯蔵庫には事実として収納されます。
ですから、これをうまく使えばいいのです。
反対に95%であるほとんどの人は、
自分に否定的な自己暗示をかけていることが多い。
さらにこの上に、他の人からの否定的な暗示がかかると脳が最悪な状態に陥ります。

脳は記憶する際に、人称(誰が)や時間(いつ)は問わず、
すべてを「単なる記憶」として、ただひたすらに蓄積します。
また脳の中では、過去に感じたことと今感じていることの区別もありません。
それと同時に、人からいわれた言葉も自分がいった言葉のように記憶されてしまいます。

では、どうやったら肯定的な自己暗示をかけられるのか?
先ほどから、できる人には明確な目標があると私はいっていますよね。
まずは、明確な目標を持つこと。やはりこれが一番なんです。
具体的な目標を掲げた成功者は、
どんなときでも頭のどこかで目標を意識して、
その上でさらに目標に向かうための肯定的な記憶のフラッシュバックを
常に起こしているのです。

つまり、成功できていない人のほとんどが明確な目標を持たずに、
否定的な記憶のフラッシュバックを繰り返していることになります。
否定的な記憶を思い出し、言葉にして、そして考え込む。
否定的なデータを何層も上塗りすることによって、
成功とはどんどんかけ離れた人生を歩んでいるのです。
5%に入る成功者としての人生を歩むのか、
そうではなく凡人として人生に甘んじなくてはならないのか。
頭の中で考えていることが違うだけなのに、ここに大きな差が生まれるのです。

ここまで話すと、
「あっ、そうだ。俺はネガティブなことばかり考えて、その言葉を発しているじゃないか」
と気が付いた人がいるのではないでしょうか?
そんな人は、できる人(成功者)になれる可能性が大いにあります。
なぜならあなたは優秀な脳を持っているために、
否定的なことばかり考えているだけだからです。

成功者たちは脳内で肯定的な記憶のフラッシュバックを起こすために、
神経細胞のネットワークから肯定的な記憶データをどんどん掘り起こしています。
しかし、ほとんどの人が反対に、否定的なデータばかりを掘り起こしているのです。

できる人になるには、肯定的な情報を脳にインプットすること。
これだけです。
たとえば、否定的な情報であっても、
肯定的な情報に切り替えてインプットし直せばいいのです。

簡単なことではありませんか?

そう、だから、3秒ルールでこの肯定的なフラッシュバックを起こして、
前に向かう。それが3秒ルールの基本なのです。

肯定的なインプットばかりをしていれば、どんどん脳の中の肯定的な記憶データは増えていく。
成功するためのツキや運も付いてきて、もうとどまることを知りません。
社会的成功も、人間的な成功も、あなたの思うままに手に入れることができるのです。

 

 

2010年4月25日(日)

 

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生きてるだけで「ツイてる!」
感謝感謝の「早川 勝」でした。

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早川勝メール【515号】生きて死ぬ私

2010-04-18

こんにちは。

ご縁があって名刺交換(アドレス交換)させていただきました1,090名の方々へ
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本日も、
「私の本よりためになるお薦め書籍シリーズ・全400冊」の中から
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今回の著者は、2年ほど前にも一度この一斉配信メール上でご紹介させていただいていますが…、
東大出の脳科学者として度々テレビに登場されている「茂木健一郎さん」です。
実は…、
茂木さんは私早川と年齢も同じで、生年月日(10月20日)もまったく同じなんです。
同じ日にこの世に誕生しているわけなんですよ。
なんとなく、運命感じますよね。そういうのって。
その事実を新聞紙上で知って以来、
「うーん、…ということは、同じ運勢ってことか?!?!」
と、親近感が湧いたので本を数冊買って読んでみたら、
なんと考え方もそっくり…というとおこがましいのですが、
共感に次ぐ共感の連続で、ホント驚きました。

でも、頭脳の中身には格段の差がありますけどね・・・(笑)

もしかすると、私も一生懸命勉強していたら、
茂木さんのように東大に入れていたのかも…
なんて、
無理ですか(笑)…やっぱり。

以前、ご紹介させていだいた当時のテーマは、
「幸運は準備の出来た精神に訪れる」でしたね。
(「脳の中の人生」中公新書ラクレ)
覚えている方、いますか???

今回のテーマはまたそれと違って…さらに深いですよ。

そうそう、
同じ誕生日といえば、
かなり昔の話ですが、東京から名古屋へ新幹線で移動中、
となりの席で同じお弁当を食べている女性に話しかけてみましたら、
なんと、同じ誕生日だったという偶然がありましたけど…。
あれは、驚きましたねぇ。

あっと、そうそう…、
同じ誕生日でもう一つ思い出しましたけど、
そういえば、私が小学生のとき、
同じクラスに転校してきた同級生の「石鍋くん」も同じ誕生日でした。
もうかれこれ30年以上会っていませんが…、
彼は今、どこでどうしているのでしょうか???
まだ生きているかな???
今はどこかで歯科医師をやっているという噂を聞いたことがありますけど…。

私が最後に彼を見たのは、中学3年当時の休み時間。
となりのクラスで「ピンクレディー」の新曲を完璧な振り付けで踊っている石鍋くんの姿でした(笑)
クラス中が拍手喝采。人気者だった彼。
曲は「UFO」だったか、「渚のシンドバッド」だったか…???
忘れましたが、なつかしいですね。

現在の彼…、もしかすると、
「歌って踊れるデンタルクリニック」を開業しているような(笑)
そんな歯医者さんとして活躍してくれていたら、
嬉しいのですが…。

やっぱり同じ運勢ですからねぇ…。
お互いに生きてきた道は違っても、
「芸風」は似ているような…(笑)
果たして彼はオヤジになっても踊っているのでしょうか。
職場の若い歯科衛生士さんを無理矢理カラオケボックスへ連れて行き、
ピンクレディーを披露して「どん引き」されていないか、
心配です(笑)

なんだか、久しぶりに彼に会って語り合いたくなってきました。
そして、
あの時の「曲」はなんだったのか?
聞いてみたいです。

どなたか石鍋くんの消息を知っていたら教えてください。

宜しくお願いします。

 

と、前置きはこれくらいにして…、

それでは、
ためになる抜粋文章をどうぞ。
本日のテーマは…、
【生まれてこなかったもの】
です。

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私の本よりためになる「お薦め書籍」シリーズ  No.385
「生きて死ぬ私」
茂木健一郎
ちくま文庫

すべり台

人生は、いつ地面に着くかわからないすべり台を滑っていくようなものではないだろうか?

すべり台を滑りながら、まわりにいろいろな風景が見えてくる。

その風景を眺めながら、私たちは、いろいろなことを考える。

そのまま滑ってしまえば、いつかは地面に着いてしまう。

地面に着けば、衝撃とともに、人生の終わり=「死」が待っている。

だけど、私たちには、自分が滑り落ちていくのを止めることができない。

時間の経過とともに、私たちはすべり台の終わりに近づいていく。

滑っている間、じっとしていてもつまらないので、私たちはいろいろなポーズをとってみる。

ポーズをとりながらも、すべり台を滑っていくことには変わりがない。

すべり台の終わりがどこにあるか知っているもの(=神?)にとっては、
そのことも知らずに懸命にポーズをとっている私たちは、滑稽な存在に見えることだろう。

私たちは、毎日、どのようなポーズをとろうか苦心している。

だが、どのようなポーズをとるかということよりも、すべり台を滑っていくという事実のほうが、
人生にとっては重要なのかもしれない。

哲学者の口にする、「人生とは、死に対する準備のようなものである」という言い方は、
このようなことを意味しているのであろう。

(中略)

生まれてこなかったもの

時間の哲学をやっている私の親友と私は、同じ時期に、同じ名前の女の子とつきあっていたことがあった。

久しぶりに会い、お互いに自分のガールフレンドについて告白し終わった後で、
私たちは隅田川のほとりに寝転がって、自動販売機で買った缶ビールを飲んだ。

夏の夜で、川風がとても気持ちよかった。

カップルがたくさん歩いていて、男同士でくだを巻いて寝転がっている私たちを避けて通っていった。

夜空に低くたれた雲に、近くにあるビール会社の屋上からの光がぼんやりと反射していた。

彼も私も、その後いきさつがあって、それぞれがつきあっていた同じ名前の女の子と別れてしまった。

それから大分時間が経って、私は彼と彼の妻になった人と一緒に
東京の西の郊外にあるスペイン料理屋に座っていたことがある。

食事も終わり、コーヒーを飲みながらのんびりしている時に、彼はこんなことを言った。

この世界は、死んでいった可能性で満ちあふれている。

あの人と一緒になっていたら、あの時のあの学校に行っていたら、
あの会社に入っていたら、自分の人生はどうなっていただろう。
そんなことを、私たちはときどき考えてみる。

私たち人間は、ずいぶん自由を持っているように思っているけれども、
実際に生きる人生の経路は、結果として一つしかない。

この世には同時に複数の世界への枝分かれが存在するという
「他世界解釈」というのもあることはあるのだけれども、
とりあえず目の前の生を生きている人たちにとって、そんな抽象的な概念は関係がない。

実現される人生の経路が一つである以上、他のすべての可能性は、
生まれることなく、死んでいく運命にある。

この文章を書いている私は今、東京にいる。

この瞬間に、南アフリカの草原の中で花が咲いているのを眺めているという可能性は、
私が東京にいるということで死んでいる。

私たちは、毎日、ある特定の人生の経路を通ることによって、
他の無限に存在する可能性を殺している。

毎朝乗る電車で今日も学校や会社に行くことによって、
他のありえたかもしれない、そのすべての可能性を殺している。

私たちの生のまわりには、
そのようにして生まれることなく死んでいった夥しい可能性の屍が積み上げられている。

生まれることなく死んでいった可能性たちの流す血の中を、私たちは歩いている。

生きている実感とは、
常にそのような可能性たちを切り捨てているという実感のことだという気がするほどだ。

私たちの意識は、一度に一つのものしか選択できないし、
一度に一つのものしか認識できない。

だが、私たちの無意識は、ひょっとしたら生まれることなく死んでいく夥しい可能性たちに、
どこかでかすかにつながっているかもしれない。

だから、人は、ときには癒されるために無意識へと降りていかなければならない。

人格の全体性を取り戻すためには、意識の明るみを離れて、
無意識の暗闇の中に降りていかなければならない。

無意識は、生まれてこなかったものたちの住まう世界なのである。

 

 

2010年4月18日(日)

 

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早川勝メール【514号】あなたに起こることはすべて正しい

2010-04-11

こんにちは。

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先週、この配信メール上でも回復を祈っていたジャンアンツの木村拓也コーチ、
亡くなってしまいましたね。
ショックです(泣)
そのニュースにふれるたびに何度も涙がこぼれました。
テレビ画面の原監督と一緒に号泣しましたよ(涙)
特に、遺された3人の幼い子供たちの話題はツラいですね。

「NPB新人研修 木村拓コーチ講義内容」という記事、読みましたか?
http://www.giants.jp/G/gnews/n……92604.html
↑興味がある方はどうぞ。少し長いですが読んでみてください。
仕事に疲れている方…、励まされますよ。

キムタクコーチのご冥福をお祈りいたします。

くも膜下出血という病気は、年間14000人以上もの方たちが発症して、
そのうち半数の人が1年以内に亡くなってしまうという怖い病気です。
30~40代の人がその約3割だと言いますから、低い数字ではないですよね。
いつ我々にも襲ってくるかわかりません。
脳卒中は一般的に男性に多い病気だと言われていますが、
その脳卒中の中でも脳出血や脳梗塞に比べて、
くも膜下出血は女性に多い病気らしいですね。
意外です。
若い女性の方もくれぐれもお気をつけください。
といっても、くも膜下出血の場合はメタボとかにはあまり関係なく、
遺伝によるものが原因なんだとか…。
もし近親者の中に、くも膜下出血の人がいるという方は、
ときどき脳ドックを受けて動脈瘤(血液のコブ)ができていないか
チェックされたほうがいいかもしれません。

…と、2週続けて、なんだか暗い話題になってしまいましたが、
スポーツ関連の涙と言えば、
タイガーウッズ復活に沸くアメリカのマスターズで予選落ちし、号泣した石川遼くん。
18番ホール、入れば予選通過という最後のパットをわずか10センチはずして、
悔し涙を流したわけですが…。
試合後のコメント、聞きましたか???
オーガスタ(コース)に負けたのか???という質問に対して、
「オーガスタじゃなくて、自分の中の気持ちがそうさせたんだと思います。
自分の中の自分が自分を崩していったんです」
ですって。
さらに、足りない部分は?という質問に対して、
「技術です。僕は精神力で技術を支えるんじゃなく、技術で精神力を支えたいんです」
ですって。
おいおい、ホントにこれが18歳の言うセリフですかね(笑)
現在、私の周りにいる大人たちの中には、
自分のスキル向上を怠っていることは棚に上げて
クヨクヨと落ち込んでいる悲劇のビジネスマンたちを多く見かけます。
石川遼くんのツメの垢を煎じて飲ませたい、
…などと世間の大人がいかにも言いそうな「最近の若い者は…的なセリフ」が口に出そうになるのは、
やっぱり私がオヤジ化している証拠でしょうか(笑)

 

と、前置きはこれくらいにして…、
本日も、
「私の本よりためになるお薦め書籍シリーズ・全400冊」の中から
好評だったバックナンバーをお届けいたします。
本日のテーマは…、
【あの瞬間…】
です。
それでは、ためになる抜粋文章をどうぞ。
(本日は短めですが…)
お役に立てれば幸いです。
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私の本よりためになる「お薦め書籍」シリーズ No.214
「あなたに起こることはすべて正しい」
中谷彰宏 著
ダイヤモンド社

 

『人生の断崖絶壁に
立ち入り禁止の柵はない。
死亡者リストが貼られて、
「ユア・オウン・リスク」。
と書かれている』

オーストラリアのエアーズロックの断崖には、こう書かれています。

『ユア・オウン・リスク』。

立ち入り禁止の柵もなければ、登頂禁止とも書かれていません。
その横には、その地点で死亡した人の名簿のプレートがついています。
落ちて死のうが、どうしようが、いっさいがあなた自身の責任だという考えです。
人生は、すべて『ユア・オウン・リスク』なのです。

 

『あなたは一度、
夢の実現したゴールを見ている。
私たちの人生は、
ゴールからの回想なのだ』

あなたが夢を抱いた時、その夢はもう実現しているのです。
あなたの人生は、夢が実現しているゴールからの回想なのです。
人生は、スタート⇒プロセス⇒ゴール、という順序では進みません。
スタート⇒ゴール⇒プロセス⇒ゴールという順序で進むのです。
あなたは、ゴールを決めた時点で、一度ゴールに到達しているのです。
あなたの見たゴールを思い出してみて下さい。

 

『カバンの中に
1冊の本を入れておこう。
そうすると「あの瞬間」に
人生は大きく変わる』

人生は一瞬で変わります。
それが「あの瞬間」なのです。特に読むためでもなくても、カバンの中に本を1冊いれておきましょう。
なんでもいいのです。別に難しい本でなくて、簡単に読める本でもいいのです。
読むためにいれておくのではなく、「あの瞬間」のために入れておくのです。
「あの瞬間」があなたに訪れた時、あなたのカバンの中に入っている1冊の本が、
あなたの人生を変えてくれるのです。
「あの瞬間」こそが、あなたが生きている瞬間なのです。

 

 

2010年4月11日(日)

 

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早川勝メール【513号】自分にやさしく生きる心理学

2010-04-04

こんにちは。
ご縁があって名刺交換(アドレス交換)させていただきました1,082名の方々へ
一斉自動配信しています。

一昨日、ジャイアンツの木村拓也コーチが「くも膜下出血」で倒れ
意識不明の重体であるというニュースが飛び込んできました。
まだ37歳という若さで…、
しかも元気いっぱいノックバットを振っていた練習中に突然病魔が襲ってくるなんて…。
人生いつどんなときに何が起こるか…わからないものですね。
一日も早く回復してくれることを心から祈るだけです。
最近、私の友人知人の中にも、くも膜下出血で倒れてしまったり、
突然の不幸に見舞われてしまった方々が相次いでいます。
だからというわけではありませんが、
私自身も先日、生命保険の保障額をドーンと増やしました。
おかげさまで、今のところ超健康体ですから生命保険には普通に加入できますけど、
仕事柄、健康上の理由で加入をお断りしなければならない方々と接するたび、
お互いに残念無念…、健康の大切さを思い知ることになります。
私の場合、死に切れずに寝たきりや障害状態になってしまうと今のようにバリバリ働けませんから、
そんな死に切れなかった最悪のケースに備えて、
成人病などで倒れたときには数千万円が家族に支払われる保険にたっぷり加入しています。
これで安心です。
いくら私が楽観的な性格だとはいっても、やっぱり心配ですから…。
精神的なダメージだけでなく経済的な負担で家族を苦しめたくないですからね。
はい、私の「愛の証」です。
生命保険には、そんな「魔法の力」があります。

実は、
万が一、私が死んでしまったり、意識不明になってしまったら、
私の家族がこの一斉配信メールを使って、
皆さんにお知らせできるよう手配してあります。
もしも訃報が届きましたら、
「ああ。あんなヤツもいたなぁ」とたまには思い出しながら、
供養だと思ってメールを読み返してみてくださいね。

私はこれからも、明日の死を覚悟しつつ…、
今日を精一杯生きていきます。
本日のメール…、
私の「遺言」だと思って読んでください(笑)

 

と、前置きはこれくらいにして、
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本日のテーマは…、
【人生の台本を書き換える】
です。
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私の本よりためになる「お薦め書籍」シリーズ No.397
「自分にやさしく生きる心理学」
加藤諦三 著
PHP文庫

自分を素直にぶつけられる人間関係をつくる
他人といて疲れるのはエネルギーを無駄遣いしているからだ

自分で自分を軽蔑してしまった人は、
相手が今自分といることを楽しんでいる、ということに気がつかない。
自分で自分を軽蔑してしまった人は、他人といると恥ずかしがったり、恐縮したり、
他人を軽蔑することで自分を守ろうとしたり、いろいろ心のエネルギーを使う。
だから、他人と一緒にいることに疲れるのである。
相手が自分といることを楽しんでいる。という感じ方さえできれば、
恥ずかしがることもないし、恐縮することもない。
いわんや相手の低い評価に対して自分を守ろうと身構えることもない。
しかし、自分で自分を軽蔑してしまった人は、
どうしても、相手が自分と一緒にいて楽しいということが想像できない。
もともと自分が自分といて楽しくないのだから、仕方ない。
恥ずかしがりやでない人は、自分一人でいることを好むという。
自分一人でいても楽しいというのは、自分が自分を嫌っていないからである。
恥ずかしがりやの人は、自分一人でいることを好まないが、同時に他人といることも辛いのである。
自分の自分に対する感じ方が他人を通して現われる。
このことを理解すれば、私たちがまず何をしたらよいかは自然とわかってくるだろう。
自分で自分を軽蔑してしまった人は、他人とのいろいろのレベルつきあいを楽しめない。
相手が自分に好意を持ってくれていても、それを受け入れることができない。
相手が自分に好意を持っていることが、信じられないからである。
彼の心の底にある感じ方は、他人は自分に用がない、ということである。
他人は自分に用がない、なんとさびしい感じ方であろうか。しかしとにかくそう感じてしまう。
他人に対して、特別何か役に立つことをしてあげない限り、他人は自分に用がない、
そう感じるからこそ、自分を低く評価する人は、不必要に他人に献身するのである。
不必要にというのは、自分の必要を無視してということである。
素直に自分をぶつけあうつきあいが楽しい、ということが信じられないのである。
だから、何かしてあげない限り、他人は自分に用がないと感じてしまう。
他人にとって、ありのままの自分に意味がある、
この感じ方ができないから、人とのつきあいにエネルギーを使ってしまう。
虚勢を張ってみたり、恐縮したり、いろいろ心のエネルギーを使って疲れてしまう。
(中略)
自信のある人はあなたと違う台本を持っているだけだ

勇気づけられ、受け入れられて育った人は、
自分の限界を受け入れ、自分に自信を持っているだろう。
そして、挑戦的に生きることができるだろう。
失敗した時も、温かく受け入れられた人は、
大人になっても自信を持ってものごとに取り組んでいけるであろう。
しかし、「こんなこともできないのか」と言われ、
拒絶されるのが怖くてものごとに取り組んだ人は、いつも怯えているだろう。
そして失敗した時、お前は駄目だなーと言われた人は、
自分は駄目な人間だと決め込んで引っ込み思案な人間になってしまっているであろう。
この二人はまったく違った大人になっていくであろう。
一方は自信を持って積極的に生きるし、他方はいつも不安で受け身である。
しかしこの二人に、いったいどのような違いがあるのか。
まずこの二人に自分についての感じ方の違いがある。
一方は、心の底に自分に対する肯定的な感情があり、
他方は、心の底に自分に対する否定的な感情がある。
二人の大切な違いはこれだけではないか。
二人は自分の人生の台本を違って書いてしまったのである。ただそれだけである。
一人は自分は駄目な人間であり、自分の人生などたいした人生であるはずがない、
あまり大きなことをしようとしたり、あまり大きな目的など持ったりしないで、
あまり人目につかず、人とあらそわず、自分の主張は引っ込めて生きたほうがよい、
こんな人生の台本を書いてしまった。
しかしもう一方の人は、自分にできることはたくさんあるし、
他人は自分のやることを温かい目で見てくれるし、人びとは信頼できるし、
生きていればいろんな面白いことはあるし、とにかくいろんなことをやってみよう、
というように自分の人生の台本を書く。
二人は自分の書いたそれぞれの台本に従って生きる。
違っているのは生きているその人ではなくて、台本のほうである。
小さい頃の他人の自分に対する反応から、人びとは自分の人生の台本を書く。
心に葛藤のある欲求不満な大人が、自分の行動に不当な反応をした。
したがって、その自分に対する反応は間違っていたなどと小さい頃にわかるはずもない。
その心に葛藤のある欲求不満な大人の反応を、自分に対する正しい評価として子供は受けとる。
そして、自分と自分の人生についての台本を書く。
そして、その否定的な台本に従って生きていれば、
いよいよ自分に対する否定的な感情は強められる。
心の底にこびりついた自分についての否定的な感情からすれば、
その否定的な台本は、いよいよ正当な台本に感じられてくる。
そして何よりも、なじみの生き方になってしまうのである。
たとえそれが否定的な台本であり、自分を不幸にする台本であったとしても、
人はその慣れ親しんだ台本を捨てようとはしないのである。
人は台本なしに生きることはできない。
だからこそ、自分を不幸にする台本であっても、それを捨てようとしないのである。

新しい台本を書くことである。とにかく新しい台本を書くことである。

自分は望ましい人間であり、自分にはできることがたくさんあり、
自分は幸福に生きるに値する人間であり、自分は信頼に値する人間であり、
自分の人生にはいろいろなエキサイトすることがたくさんある。
そのような人生の台本を書くことである。
新しい台本を書いたからといって、
明日からその新しい台本に従って自分の人生を生きていかれるというものでもない。
古い否定的な人生の台本は、繰り返し繰り返し心のなかで強化されてきているのである。
新しい台本を書いたからといって、すぐに古い台本を捨てて生きていかれないというのはわかる。
しかし、やはりその古い台本は博物館で見たほうがいい。

今まで十分に辛い思いはした。今まで十二分に恐れた。今まで十分にふるえた。
今まで十分に怖じ気づいた。今まで十分にいじけた。
拒否されることを恐れるだけ恐れて、
歓迎される自分を味わうことなしに死んでいくことはないではないか。
今まで十分に眠れぬ夜は過ごした。もうぐっすり眠れる夜を持っていいではないか。

自分を不幸にする台本を捨てる勇気を持ちなさい。

 

 

2010年4月4日(日)

 

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早川勝メール【512号】もしもウサギにコーチがいたら

2010-03-28

こんにちは。

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一斉自動配信しています。

先週末で2009年度が終わり、
新年度明けまして2010年度がスタートしました。
明けましておめでとうございます!!!(笑)
旧年度中は大変お世話になりました。
今年度も宜しくお願い申し上げます。
昨年度はゼロから立ち上げて2年目、
過去の常識では有り得ないような大きな年責指標をいただきまして、
結果、期待通り…、見事達成することができました。
ありがとうございます。
社員のメンバーはじめ関係者の方々には、心から感謝・感謝でございます。
そして、3年目、
今年度はさらに昨年度の倍近い大きな大きな年責指標をいだくことになりました。
聞き及ぶところによりますと…、この数値は組織始まって以来、前人未到のことらしく、
そのような大きな目標に立ち向かえるやり甲斐を与えていただけたことに感謝している年度初めでございます。
誰もやったことがないことに挑戦し、達成する、ってカッコイイですよね。
燃えてきます。
こうなったら、目的はお金だけじゃありませんよ。
そうすると、
私はいったい何を求めて頑張っているんでしょうか?
ちょっと考えて見ました。
あっ、そうか…、
やっぱりそうです。
私がいつも追い求めているもの……、
それは「感動」なのかもしれません。

ということで、
どんなことがあっても、
「あきらめないこと」をここに誓います。
(すいません、いつもこの場を宣言する場に使ってしまいまして…)
あきらめないことを「決意」するって、大事ですよね。
退路を断つ、っていうか。
そもそも言い訳や不満やグチなんていうものに意味がなくなるし、
人からの批判さえも素直に聞けるようになります。
ときどき私のことを「ビッグマウス」などと言ってからかう人がいますが、
気にしません(笑)
そういう人って、文句ばっかり言って成果も収入も上がっていない人ですから(笑)
可哀相な人です。
ですから私は、誰から何を言われようと絶対にあきらめません。
ということで、1年後の達成は決定いたしました。
達成すると、たくさんの人たちも一緒に「幸せ」になれます。
社員のみんなも、そのお客様方も。
素晴らしいことばかりですね。

 

と、前置きはこれくらいにして…、
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本日のテーマは…、
【人間関係の落とし穴】
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「もしもウサギにコーチがいたら」
伊藤守 著
だいわ文庫

カメとのレースに負けた、慢心のウサギ。
そんなウサギは従来型の命令・指示・お説教では動きません。
どうすればウサギのやる気を引き出し、
能力を高めることができるのでしょうか?
人の話を聞かないウサギに話を聞かせるには?
反抗的なウサギとコミュニケーションをとるには?
ぼーっとしていて何もしないウサギを育てるには?
コーチングの第一人者による、目からウロコの人材育成術!

 

ウサギはウサギの理屈でしか動かない。
動くのは自分の理屈に合ったとき。
決めたのはあくまでもウサギ

 

人は人の理屈で動きます。
ウサギはウサギの理屈で動いています。
正論で言ったら動く、自分のほうが経験があるのだから動く、なんて幻想です。
押したって、引いたって、せっついたってウサギは動かない。

「自分がしてもらってうれしいことを、他人にもしなさい」
これって、なるほどと思うけど、実際のところ使えません。
あるウサギは頭をなでてもらって、誉められるのがうれしいけど、
あるウサギにとっては迷惑なんですから。
自分がしてもらってうれしかったことをウサギにするときは、
パーミッション(許可)が要ります。

「僕は頭をなでてもらってうれしかったけど、君はどう?」

「頭はプライドが傷つくから、やめてくれ」

ウサギは自分のやりたいことをやる。私が望んだことをやるわけではない。
私が要求してウサギが行動を起こすのは、
ウサギが私の言うことを聞き入れたからではなく、
ウサギの理屈に合っているからにほかならない。
決めたのはあくまでもウサギなんです。
ウサギが行動を起こすときは、ウサギの理屈があります。
間違っても、常識や格言なんかでウサギを動かそうとしないことです。
くれぐれもこちらの理屈を押しつけないこと。

「レタス好き?」
「好き」
「マヨネーズつける?」
「つけない」
「どうして?レタスにはマヨネーズだよ」

「アホが!」

ウサギはいつ安心しているんでしょうか

ウサギはニンジンからエネルギーを得ます。
人間は、よい人間関係をエネルギー源にしています。
人間関係に支えられた安心感というものがベースにあるんです。
人との深い関係があれば、
常に自分が支えられているという実感を持つことができます。

おじいちゃん、おばあちゃんに育てられた子は三文安いというけれど、
二五~二六歳になると、三文安いはずの子供は大人になって、
言われのない万能感を示すと言われています。

「そんなの無謀じゃない?」
「そうかもしれない」
「うまくいくの?」
「いくと思うよ」
「根拠は?」

「ない。そう思うんだ」

無条件に愛された経験を持つと、失敗したときや挫折したときにでも、
自分は支えられているという経験に本当に支えられているのでしょう。
明るい人と暗い人がいるとすれば、
明るい人というのは、自分は無条件に愛されていると思っている人のことですね。
暗い人とは、人に認められない限り自分には価値がないと思い込んでいる人のこと。
そういう条件づけから抜け出せないのかもしれません。
おじいちゃん、おばあちゃんと暮らさなかったら駄目だという話ではありません。
今ここで心の許せる人間関係を築くことができれば、
同じ効果をもたらすことになります。
いい人間関係を築くことは、深い安心感をもたらすことになるでしょう。
安心感は、人が行動を起こす原動力です。
仕事の九〇パーセント以上は人間関係によって作られます。
人間関係はどんなときでもコーチングのテーマになっています。
そのくらい難しい。

自慢話では、ウサギ君、モテないよ。
相手の魅力を引き出す会話をしよう

自慢話って、
結局自分がいかに立派なのかを相手に承認させるためにするわけです。
まあ、お説教なんかも背景に
「私は知っている」とか「立派な人」なんていうのがあるものです。
その昔から、デートすると、男は当然自慢話をします。
頭のよさ。
大胆な性格。
度量の大きさ。
友達からの信頼。
スパイスのように、失敗談を入れる。これももちろん自慢話。
自分の身の不幸なんかも話す。
ガールフレンドにとうとうと話して、そして最後には
「彼ってとっても頭がよくて、素晴らしい人だ」と思わせることに成功する。
それがモテることだと思っているんです。

自慢話から自由なウサギは少し違う会話を創ります。
自分が話すよりは、ガールフレンドに話してもらう。
学生のころ、子供のころ、職場のこと、それから友達のこと。
たとえたった一人しかいないとしても、人数で判断したりはしないでしょう。
きっと、その友達のことについて聞かせてほしいと思います。

「その友達のどういうところに魅力を感じている?」
「あるときね、遅刻したんです。それも二時間も」
「それで?」
「きっと怒って帰ってしまったんだと思って、でも待ち合わせ場所まで行ったんです。
そしたら友達は待っていてくれ、それもニコニコしているんです」
「怒っていなかったの?」
「そう。だから『帰ったと思ったのに』って言ったら、友達はこう言ったんです」
「なんて?」
「あなたが遅れるのにはきっと理由があるって思ったし、
あなたは遅れても来るって思ったから。そう言うんです」
「そう」
「そうなんです」
「君にはとても素晴らしい友達がいるんだね」

どんな話を聞いても、魅力を見つけ、魅力を引き出そうとするでしょう。
その結果、ガールフレンドはこう思います。
「私はとても魅力的な女性なんだ」と。
ウサギ君、いいですね。賢いふりをしてもモテません。

 

 

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生きてるだけで「ツイてる!」
感謝感謝の「早川 勝」でした。

E-mail:hayakawa@tsuitel.in

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早川勝メール【511号】小説 二宮金次郎

2010-03-21

こんにちは。

ご縁があって名刺交換(アドレス交換)させていただきました1,073名の方々へ
一斉自動配信しています。

初めて2日連続で「早川勝メール」を配信しています。
連休中、またお仕事中で忙しいところ、
失礼いたします。
なぜ、2日連続となったのかといいいますと、
どうしても早急にお知らせしたいことがありまして、
前置きを最後まで読んでいただければ、わかると思います。

昨日はプロ野球の話題でしたが、
野球だけでなくサッカーも熱いですね。
横浜Fマリノスに復帰した中村俊輔の初ゴール見ましたか?
すごいですよねぇ~。
魔球ですよ。
こぼれ落ちたクリアボールをわずかツーステップで放った28mのシュートが、
ゴール左上隅っこギリギリへすいこまれるように決まりました。
俊輔本人が「ブレ球」と呼んでいる回転しないで落ちてくるシュートなんだとか。
おみごと!!!
これぞプロっていう計算されたプレーですよね。
まるでマンガの世界でしか見られない人間技とは思えないシュートでした。
あっ、そうそうマンガの世界と言えば…、
幼い頃によく見ていたアニメ「熱き血のイレブン」を思い出してしまいました。
似たような弾道の「なんとかシュート」・・・だったか…???
シュート名…、う~ん、名付けてなんというシュートだったか、思い出せません。
知っている人がいたら教えてください。
私が小学校3年生のとき…、
友達の「タカッペ」とよくPK合戦をやりあった思い出のシーンが蘇ってきました。
私がマネして蹴っていた「魔球」のネーミングはなんだったのか…?
今、思い出せなくてモヤモヤしています(笑)
でもまあ、若い人は知らないでしょうねぇ…。
失礼しました。
もし、年配の方の中で40年前にサッカー少年だった方がいらっしゃいましたら、
返信メールお待ちしております(笑)

あっ…おっと、
今日はこんな話をするためにメールしているわけじゃないんです。

最近、日本でも地震が多いですよね。
チリの大地震も人ごととは思えません。
怖いですね。
実は、知り合いの方から、チリ大地震の募金を頼まれまして、
ドコモのユーザー限定なのですが、
よろしかったら、日本赤十字社を通してボランティアに参加してみませんか?
アンケートに答えるだけで自動的に150円募金されるらしく、
時間は1分間程度で済みます。

周囲のドコモ系の方々にも転送していただけたら、
一人でも多くの困っている人が救われるのではないでしょうか???
私も、とりあえずやってみました、昨日。

実は私、募金好きなんです。

以下、「ご案内」を皆さんにもシェアリングしますので、
心ある方はご協力宜しくお願いします。

 

と、前置きはこれくらいにして…、
本日も、
「私の本よりためになるお薦め書籍シリーズ・全400冊」の中から
好評だったバックナンバーをお届けいたします。

本日のテーマは…、
【実践する】
です。

知っていましたか???
本日紹介いたします…あの二宮金次郎さんも、
実は「バツイチ」だったんですよ。
意外ですよね!!!
なんだか励まされます(笑)

それでは、ためになる抜粋文章をどうぞ。
お役に立てれば幸いです。
↓↓↓↓↓↓↓↓
私の本よりためになる「お薦め書籍」シリーズ   No.242
「全一冊 小説 二宮金次郎」
童門冬二 著
集英社文庫

あとがきより

知事就任以来、栃木県庁の若い職員から、
「二宮金次郎のどこに惹かれるのですか」
と聞かれることが何度となくありました。
就任早々、県庁の執務指針を「自立自助」「積小為大」「他愛推譲」「共同一致」としたからか、
あるいは何かといえば「二宮尊徳」を持ち出す、県庁の常識からちょっと外れた、
それでいて大いに気になる市長として有名だったからか、
私の顔を見ると条件反射で「二宮金次郎」が出てくるようです。
「いや、私も勤労第一の二宮金次郎は好きではないんですよ。
私が好きなのは、どんなもの、どんな人にも徳を見出し、
徳を掘り起こすことを第一とした報徳思想であり、
いつも現場にしっかり腰を据えた実践家の二宮尊徳先生なんですよ」
と応えて、しばらく報徳仕法の解説をしてあげると、
「なるほど、つまり、二宮尊徳は
財政再建のエキスパートであり、
むらづくりのコーディネーターであり、
一流のエンジニアであり、
先進的な民主主義者であり、
優秀な教育者であった、
まさに江戸時代の生んだマルチタレントだったわけですね」
といった、反応が返ってきます。
(中略)

最後に、私の好きな二宮先生の言葉を一つ紹介したいと思います。

「生まれて学ばざれば生まれざると同じ、
学んで知らざれば学ばざると同じ、
知って行わざれば知らざると同じ」

この言葉は、どんなに勉強しても、どんなに良く知っていても、実践をしなければ意味がないと、
実践を何よりも重んじた先生の実感から発せられたものだと思います。

 

 

2010年3月21日

 

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生きてるだけで「ツイてる!」
感謝感謝の「早川 勝」でした。

E-mail:hayakawa@tsuitel.in

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