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【820号】より少ない生き方 ものを手放して豊かになる THE MORE OF LESS

2017-02-05

 

かつて私とビジネスで苦楽を共にした盟友であり、

今や悠々自適な独身生活を謳歌している1人のマダムが、

虎ノ門のオフィスを訪ねてきてくれました。

 

その夜は、久しぶりの再会ということもあったので、

近所の虎ノ門ヒルズで食事をしました。

東京タワーの夜景を横目に、

香港スイーツを味わいながら昔話に興じることとなったのですが…

 

実は、その席において彼女は、

ごく親しい人にしか話していないという「秘密」を

そっと私に打ち明けてくれたのです。

 

それは半年前のこと。

「乳がん」の手術をして患部を切除したのだと…。

 

直前の人間ドックでは発見できなかったものの、

自分でしこりに気づいて精密検査を受けたことが

早期発見につながったのだと教えてくれました。

 

すぐ命に関わるような深刻な状況でなかったとはいえ、

「死」を意識したことは想像に難くありません。

 

それほど生への執着などないと思っていた彼女は、

意外にも「生きたい」という思いを強くした自分に

改めて驚いたと言います。

 

手術を決意したときの心境たるや、

女性としての様々な葛藤があったことでしょう。

 

告知があった季節は、夏真っ盛り。

数か月前から予約していた海外旅行を控えていた時期でした。

手術前というタイミングではありましたが、

まだ体は元気だし、せっかくの夏休みなので、

彼女はバカンスを楽しむことにしました。

 

海外旅行での一番のお楽しみ…、

それは毎年恒例の「ショッピング」。

 

しかし、いつもならばワクワク気分が高揚するお買い物を

まったく楽しむことができませんでした。

 

単に、がんのことが彼女を憂鬱にしていただけではありません。

 

明らかに人生の価値観が変化したのだと言うのです。

 

モノを所有することは

大した意味を持たないということに

気づかされたらしいのです。

 

人生と正面から真剣に向き合うと、

本当に大切なものが見えてくるのでしょうか。

 

 

彼女の話を聞いていて

私もつくづく考えさせられました。

 

たしかに、モノを手に入れるよりも

人生、もっと大切なことがあります。

 

モノへの執着を手放せば手放すほど、

「幸せ度」は増してくる気がします。

 

私の周囲にいる元外資系生保の仲間たちは、

ベンツを乗り回し、ロレックスを腕にはめ、

高級ブランドに身を包んで、

贅沢な暮らしをしている人たちも少なくありませんが、

(そのような優雅な生活を否定するつもりは毛頭ありません)

決して幸せとは限りません。

 

浪費することと、幸せになることは、

まったく別ものです。

 

 

ちなみに私自身は、

昔から「物欲がないよね」とよく言われてきました。

(それが良いか悪いかは別にして…)

 

たとえば、車は、庶民的な国産車にもう13 年も乗り続けています。

(走行距離はわずか6万キロですが…)

 

腕時計は、着けない主義です。

スマホや腹時計でことが足りてしまいます。

 

ゴルフクラブは、かれこれ10年以上も握っていません。

 

私服なども、ほとんど買いません。

というか、そもそも休日に外出しないもので、

スーツと部屋着(パジャマ)以外の私服は必要ないのです。

 

夜のネオン街を豪遊した時代は

遥か遠い昔のことのようです。

 

書斎に籠る、ここ数年来のライフスタイルに変わってからというもの、

幸福度が著しく向上したことは間違いありません。

 

 

そんなことを考えながら、

虎ノ門ヒルズを後にしました。

 

そうして自宅へ帰ると、

「恵方巻」が待っていました。

 

〆で五目チャーハンとマンゴープリンを食べたことを

若干後悔しつつ、

北北西に向かって恵方巻を頬張りました。

 

世界平和と無病息災を祈りながら…。

 

 

 

以上、前置きはここまでといたしまして、

メインコンテンツに入ります。

 

本号も、お薦め書籍(679冊目)の中から、

ためになる一節を抜粋し、ご紹介いたします。

 

本日のテーマは、

【手放す】

です。

お役に立ちましたら幸いです。

それでは、どうぞ!

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私の本よりためになる「お薦め書籍」シリーズ  No.679

『より少ない生き方』 

ものを手放して豊かになる THE MORE OF LESS 

「新ミニマリズム」旋風を巻き起こした全米ベストセラー、日本上陸!

誰でも簡単に始められて一生続く!

100万人を幸せにした時間とお金から自由になる方法

ジョシュア・ベッカー=著 桜田直美=訳

かんき出版 

 

 

イエスがまだ教えを始めたばかりのころ、

若い役人がやってきてある究極の質問をした。

「良き師よ」と、彼はイエスに尋ねた。

 

「永遠の命を授かるには何をすればいいのですか?」

 

イエスの答えは、そこにいるすべての人を驚かせた。

 

「持っているものをすべて売り、

そのお金をすべて貧しい人に与えなさい。

そうすれば天に宝を積むことになるでしょう。

そのうえで、私についてきなさい」

 

この場面を記録した人は、こんな言葉を残している。

 

「この役人は、まさかこんな答えが返ってくるとは思ってもいなかった。

彼はとてもお金持ちだったので、心から悲しくなった。

多くのものを持ち、ものに執着していたので、

手放すつもりなどまったくなかったのだ」

 

前の章でも述べたように、私のミニマリズム哲学は、

イエスの教えから大きな影響を受けている。

とはいえ、ミニマリズムに興味を持つようになったおかげで、

前から知っていたイエスの教えを、

新しい角度から眺められるようになったのも事実だ。

 

このイエスと役人の物語は、その典型的な例だろう。

昔の私は、イエスと役人の物語を読むたびにこう考えた。

 

「自分の持ち物とお金をすべてあげてしまったら、

惨めな人生になるに決まっている。

イエスは本当にそういう意味で言ったのだろうか?」

 

持っているものの数で幸せを測るような世界で暮らしていると、

イエスの言葉はまるでピンとこない。

 

機嫌のいい日だったら、こんなふうに考えて

自分を納得させていたものだ。

 

「たぶん現世で物質欲を手放せば、

天国へ行ったときに報われるのだろう。

きっとイエスは、そういう取引のことを言っていたのだ」

 

ところがこの理屈では、他のイエスの言葉とかみ合わなくなる。

 

たとえばイエスは、別のところで、

「私が来たのは、あなたが本物の人生を手に入れるためだ。

それは、あなたが夢に見たよりも豊かですばらしい人生だ」

ということも言っている。

 

イエスの教えはいつだってそうだった。

天国に行ってからだけでなく、

この地球上での日常生活を最大限に生きる方法を説いている。

 

ミニマリスト生活を実際に始めて、

これまで紹介したような利点をすべて経験すると、

イエスがお金持ちの若い役人にかけた言葉が、

新しい意味を持つようになった。

 

イエスが本当に言いたかったのは、

「持ち物をすべて売り、そのお金を貧しい人に与えれば、

自分も不要な重荷から解放されるだろう」

ということだったのだ。

 

ものに執着していると、

本当に豊かな人生からはむしろ遠ざかる。

 

ものを減らしなさい。

物質欲の重荷から解放されれば、

目指しているものには何でもなれるだろう。

 

これが、イエスの答えの本当の意味だ。

 

イエスの答えは、若い役人の信仰心を試しているのではない。

信仰が真実であることを証明するために、

究極の犠牲を払うことを求めているのでもない。

 

むしろ、より豊かな人生への招待状だったのだ。

 

あの若い役人は、自分の所有物のせいで、

真の意味では生きていなかったのだ。

 

このイエスの教えは、

どんな宗教を信じる人も共感できるだろう。

 

 

(中略)

 

 

世間は成功者を賞賛する。

もちろんそうあるべきだ。

自分の才能を磨き、努力を重ね、困難を乗り越えた人は、

世間から認められて当然だろう。

 

しかし残念ながら、私たちの社会は、

過剰なライフスタイルをもてはやす傾向もある。

 

もちろん派手な消費を崇拝することは以前からあったが、

ここまで極端になったのは現代になってからだろう。

 

雑誌を開けば、裕福な有名人の日常が

ことこまかに紹介されている。

長者番付も毎年発表される。

テレビのリアリティ番組も、

派手な浪費をくり返すライフスタイルを賞賛する。

インターネットも、贅沢な生活をしている人たちの物語で

あふれている状態だ。

 

私たち自身も同じことをしている。

 

近所に大きな家ができれば、

その大きさを賞賛する。

運転中に近くを高級車が通れば、

必ず気づいて何らかのコメントをする。

高級ブランドの服やバッグを持っている人をうらやましく思う。

お金持ちと結婚したいと冗談交じりに言ったりする。

お金を湯水のように使う生活を夢想する。

 

私たちは、すべてを持っているように見える人たちの生活にあこがれる。

そうやって、過剰なライフスタイルを賞賛しているのだ。

 

しかし、それは大きな間違いだ。

 

成功と、過剰なライフスタイルは、同じものではない。

 

金持ちになれるかどうかは、運によるところも大きい。

自分の努力と献身で富を手に入れる人もたしかにいるが、

それがすべてではない。

親から財産を相続する人もいるだろうし、

不正な手段で富を築く人もいるだろうし、

ただ単に運がよかっただけの人もいるだろう。

 

努力以外の手段でお金持ちになった人は、

実際のところ、世間から賞賛されるようなことは何もしていない。

 

どうやって裕福になったかは関係なく、

派手な浪費はそもそも賢いお金の使い方とはいえないだろう。

お金があるからといって、何に使ってもいいというわけではない。

 

それなのになぜ私たちは、

自分のためだけに浪費するお金持ちを

もてはやしてしまうのだろう?

 

それは、世の中の価値基準がおかしくなっているからだ。

 

実際のところ、派手な暮らしをしている人たちは、

必ずしも充実した人生を送っているわけではない。

 

むしろ質素で控えめな暮らしをしている人のほうが、

幸せで充実した人生を送っている。

 

私たちがお手本にすべきなのは、

この質素で幸せな人たちのほうだ。

 

しかしこういう考え方は、

まだまだ世の中の価値観と相容れないのが現状だ。

 

あなた自身も、過剰なライフスタイルを、

何か別のものと勘違いしていないだろうか?

その勘違いから、自分が消費文化に

どこまでとらわれているかがわかるだろうか?

 

成功を賞賛するのは正しい。

しかし、過剰なライフスタイルを賞賛するのは間違っている。

 

この2つの違いを知れば、

人生を変えることができるだろう。

 

正しい価値観を身につければ、

もう「もっと買え」という消費文化の戦略にだまされなくなる。

 

 

(中略)

 

 

聖書によると、イスラエルのソロモン王は、

同時代のどの王よりも莫大な富を築いたという。

 

支配下にある国王からの貢ぎ物で、

ソロモン王は年に666タレント(およそ25トン)

の金塊を手に入れていた。

 

金の価格が1オンス(約28グラム)あたり1000ドルとするなら、

毎年8億ドルの収入があったということだ。

 

しかも貢ぎ物の金塊以外にも、

税金と交易の収入まであった。

 

ソロモン王は派手に稼ぎ、

そして派手に使っていた。

 

ある意味で、ソロモン王も実験をしていたといえるだろう。

どこまで減らせるかという実験ではなく、

どこまで増やせるかという実験だ。

 

旧約聖書の「伝道の書」によると、

ソロモン王は自分に向かって

「さあ、来なさい。何がよきものであるか知るために、

快楽を使ってお前を試そう」

と言ったという。

 

ソロモン王は、この「マキシマリストの実験」の結果を

次のようにまとめている。

 

私は大きなプロジェクトを実施した。

自分のために何軒もの家を建て、ブドウ畑を開いた。

庭を造り、公園を造り、そこにあるあらゆる種類の果樹を植えた。

水路を開き、豊かに茂る木々を潤した。

男女の奴隷を買い、我が家で生まれた奴隷も所有している。

これまでエルサレムで暮らした誰よりも、

たくさんの家畜も所有している。

金銀を集め、配下の国王や領土から捧げられた宝も集めた。

男女の歌手を手に入れ、自分のためのハーレムもつくった。

男にとっての喜びだ。

私はエルサレムの歴史でもっとも偉大な男になったのだ。

 

ソロモン王は、この実験を極限まで推し進めた。

 

「目が欲しがるものは、すべて自分に与えた」

と彼は言っている。

 

この実験の結果はどうなったのか。

 

ソロモン王は人生の終わりに、

日記に心情を吐露している。

王の失望が痛いほど伝わってくる言葉だ。

 

私の手が為したすべてのこと、

達成するために努力したすべてのことをふり返ると、

すべてが無意味で、

風を追いかけるようなものだった。

 

ソロモンはこの実験で、「虚しさ」を発見したのだ。

 

私がおもしろいと思うのは、

ソロモンがやったような実験は、

実は現代人のほとんどにとって日常だということだ

(もちろんスケールはかなり小さいけれど)。

 

私たちもまた、自分のために最大限にお金を使っている。

 

そしてイスラエルでもっとも豊かな王様と同じように、

行き着く先は幻滅と虚しさだ。

 

ソロモン王の教訓を学ぶべきだろう。

 

今とは反対の方向に進み、

もっと少ないもので暮らす実験をする。

 

生きるために本当に必要なものがわかったら、

それ以上はもう持たない。

 

ものを減らしてできた空間は、

ソロモン王でも見つけることのできなかった喜びや

満足感で満たされるはずだ。

 

 

私はよく、「必要なもの」と「欲しいもの」は

どうやって区別するのかという質問を受ける。

 

私の答えはいつも同じだ。

 

「それを持たずにしばらく暮らしてみればわかる」

 

 

 

2017年2月5日(日)

 

【編集後記】

  

たしかに、いっときは衝動的に

「ぜったい欲しい!」と思ったものでも、

 

しばらく時が経つと、まったく興味がなくなる、

ということって、よくありますよね。

 

ふんふん、なるほど。

 

「物質主義を手放して、より豊かに生きる」


そんな生活を目指していきたいものですね。

 

ではまた来週!

今週も素敵な一週間をお過ごしください。

 

本日も最後までお読みいただきまして、

ありがとうございました。

***************************

 早川勝

 【ホームページ】http://tsuitel.in

 

『ツイてない僕を成功に導いた強運の神様

「最高の自分」に生まれ変われる8つの教え』

https://goo.gl/ZAooUn

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【人気シリーズ】↓

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【819号】やりたいことだけ​して生きていく 「叶える力」を引き寄せる50の法則

2017-01-29

 

この週末、不覚にも風邪を引き、

思いっきり寝込みました。

 

38度9分の発熱。

 

健康管理を怠り、

お恥ずかしい限りです。

 

年明けから公私共に絶好調宣言をしてきたにもかかわらず、

免疫力が低下していた精神状態にあったとは…、

組織のリーダーとして本当に情けない思いでございます。

 

「風邪は100%メンタルが原因」

と常々言い切ってきた私にとっては、猛省しきりです。

 

仕事に穴を空け、

仲間にも迷惑をかけてしまいました。

すいません。

 

木曜日の午後から熱っぽくなって早退し、

病院でインフルエンザの検査を受け、

「陰性」の診断にホッとしましたが、

2日間、38度以上の高熱に苦しみました。

 

思い起こしてみれば、

出張先のホテルの「加湿器」が故障していたこと、

部屋の床全面にファブリーズを撒く「除菌」を忘れたこと、

「うがい薬」を出張へ持参しなかったこと、

などの『予防ルーティン』を怠ったこと


それらもウイルスに負けた要因ではなかったかと、

今となって深く反省している次第です。

 

この季節は、どんなことがあっても油断大敵ですね。

教訓にしたいと思います。

 

昨日の土曜日は、まだ微熱がありましたが、


今朝はすっきりと回復。

食欲も元に戻りました。

こうして日曜日のメルマガも書くことができています。

 

明日月曜日は、元気に出社できそうです。

 

食欲不振だったおかげでかなり痩せました。

不健康なダイエットですけど…。

最近、右肩上がりに肥満トレンドだったもので、

これは不幸中の幸いでした

 

それと、もう一つ幸いだったことは、

ずっとうつらうつら眠りながら、


いろいろな構想を練ることができたことです。

 

苦しみの中でも、


意外とポジティブな発想が浮かんでくるものだな、

と自分でも感心しましたよ。

 

生きている喜び、


家族への感謝の気持ち、

仲間に恵まれた環境、

新しい作品へのアイデア、

組織発展のための「神のお告げ」。

 

いいろいろと降りてきました(笑)

 

まあ、とにもかくにも、

やっぱり「健康第一」ですね。

 

皆さん、くれぐれもお体ご自愛下さいませ。

 

 

 

以上、前置きはここまでといたしまして、

メインコンテンツに入ります。

 

本号も、お薦め書籍(678冊目)の中から、

ためになる一節を抜粋し、ご紹介いたします。

 

本日のテーマは、

【「for you」と「自己犠牲」の違い】

です。

お役に立ちましたら幸いです。

それでは、どうぞ!

↓↓↓↓↓↓↓

私の本よりためになる「お薦め書籍」シリーズ  No.678

『やりたいことだけして生きていく』 

「叶える力」を引き寄せる50の法則 

大理想の自分はあっさり超えられる!

資金ゼロ、人脈ゼロ、経験ゼロでも、最短最速で夢を叶える「黄金法則」

小平つかさ著

かんき出版 

 

 

いつも、「for you」を根底にして生きる。

それは、人間関係、人脈構築、ビジネスも、

本当にすべてがうまくいく最高の法則です。

 

とはいえ、もともとすごく優しくて、

相手のことばかり考えしまう人は、

for you」と「自己犠牲」が一緒くたになってしまって、

我慢ばかりすることになってしまう――。

 

それでは、せっかく幸せになるための「for you」の法則が、台なし。

かえって、辛い「修行」になってしまいます。

 

ですから、優しすぎて、どんな一方的な頼まれ事にも、

「ノー」と言えなくて、辛いストレスを溜めてしまっている人は、

まずは自分自身の「快感」をいちばんに考えるようにしてください。

 

for you」と「自己犠牲」の違いは、

相手のためにやっていることが、

自分自身の快感にもなっているかどうか? 

そこは、ものすごく重要です。

 

それに、客観的な目で見れば、

自分だけが我慢することは、

本当は相手のためになりません。

 

自分ばかり我慢して、相手が一瞬満足したとしても、

そこには発展的なプラスのエネルギーは生まれません。

 

なぜなら、もしも相手も「for you」の法則がわかっている人であれば、

こちらが我慢をして、無理してやってると知った瞬間に、

「なんだ、義務的にやってもらってたんだな、悪かったな」

と、そのつき合いはすごく後味の悪いものになってしまいます。

 

また、「for you」がわかっていなくて、「for me」ばかりの人であれば、

やってもらって当たり前と、どんどん甘えや依存心が増長して、

その人は、結局、成長できない人になってしまうからです。

 

本当の「for you」とは、相手も笑顔、自分も笑顔。

 

自分がやって、よかった、楽しい!


これをしたら、相手が笑顔になってくれるから、

ますます嬉しい!

 

それさえ忘れずに、それをいちばんの基本=軸として動いていれば、

そこには、すごく発展的で素敵なエネルギーが引き寄せられてきて、

本当に、すべてがどんどんうまくいくようになります。

 

だから、「快感」でないことは、

断っても、全然、OK!

 

相手に悪いかなとは思わずに、

ぜひ、勇気を出して断ってくださいね。

  

 

2017年1月29日(日)

 

【編集後記】

 本日の抜粋文章は、いつもの号より短めですが、

たまには、これくらいのボリュームのほうが読みやすいかと…。

 

決して、病み上がりによる「手抜き」ではございません(笑)

  

 

ではまた来週!

今週も素敵な一週間をお過ごしください。

 

本日も最後までお読みいただきまして、

ありがとうございました。

***************************

 早川勝

 【ホームページ】http://tsuitel.in

 

『ツイてない僕を成功に導いた強運の神様

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【818号】〔完全版〕 鏡の法則 Rule of Mirror なぜ、読んだ人の9割が涙したのか?

2017-01-22

年が明けて2号目のメルマガ配信でございます。

 

突然ですが、皆さんは、

自宅でお茶を飲むときに、
どのような湯呑み茶碗をお使いでしょうか?

 

ちなみに、私早川の場合、

「開運七福神」

と彫られた湯呑み茶碗で毎朝お茶を飲んでいます。

 

そのせいでしょうか…、
日々「ツイてる!ツイてる!」という出来事が続きます。

 

不思議ですね。

(おそらく、単なる思い込みですが…笑)

 

その茶碗には、宝船に乗った七福神の絵が描かれ、
それぞれの神様に「解説」が記されているのです。

 

ではここで、それをご紹介しますと…。

(皆さんにも幸運が舞い込むことを祈って!)

 

えびす

恵比寿(清廉)

庶民救済の神で、

知恵を働かせ体に汗していれば

福財を授けてくれます。

商売の神。

 

びしゃもんてん

毘沙門天 (威光)

仏教の守護神ですが、

右手の宝棒を振って悪霊を退散させ

財宝を授けます。

 

だいこくてん

大黒天 (有福)

福寿開運の神で、

打ち出の小槌を持つ姿から

財福の神といわれています。

 

べんざいてん

弁財天 (愛嬌)

七福神の紅一点。

インドの水の神で、

音曲、知恵、福財をつかさどります。

 

ふくろくじゅ

福禄寿 (人望)

中国の福徳神ですが、

日本では仙人信仰とも結びついて

長寿を授ける神といわれています。

 

じゅろうにん

寿老人 (寿命)

福禄寿と同じく中国の福徳神で、

団扇で人々の難を払い、

長寿を授けるといいます。

 

ほてい

布袋 (大量)

円満で福々しい風貌から、
度量の大きい人になれ、
子宝にも恵まれるといいます。

 

 

七福神のご紹介は以上になります。

ご存知でしたか?

 

皆様に今年も、

「七福神」から幸運が届きますように…、
お祈り申し上げます。

 

八福神についての蘊蓄 は、
こちらをご覧ください。

https://goo.gl/rHnquU

「ツイてない僕を成功に導いた強運の神様」

 

または、こちらのラインナップを↓

http://tsuitel.in/books/book_list/index.html

 

 

以上、前置きはここまでといたしまして、

メインコンテンツに入ります。

 

本号も、お薦め書籍(677冊目)の中から、

ためになる一節を抜粋し、ご紹介いたします。

 

本日のテーマは、

【必然の法則】

です。

お役に立ちましたら幸いです。

それでは、どうぞ!

↓↓↓↓↓↓↓

私の本よりためになる「お薦め書籍」シリーズ  No.677

『〔完全版〕 鏡の法則 Rule of Mirror 』 

なぜ、読んだ人の9割が涙したのか?! 

大ブームから10年、100万部突破の感動のストーリーがいまよみがえる

野口嘉則著

サンマーク出版 

 

 

「実は私、父に電話したんです。

電話して本当によかったです。ありがとうございました」

 

栄子は、父とどんな話をしたのかを簡単に説明した。

 

「そうでしたか。勇気を持って行動されて、よかったですね」

 

「私にとって、優太がいじめられていることが、

最大の問題だと思っていました。

長年父をゆるしていなかったほうが、

よほど大きな問題だったという気がします。

優太の問題のおかげで父をゆるすことができたんだと思うと、

優太の問題があってよかったのかという気すらします」

 

「優太君についてのお悩みを、

そこまで前向きに捉えることができるようになったのですね。

 

『必然の法則』というのがありましてね。

それを学ぶと次のようなことがわかるんです。

じつは、人生で起きるどんな問題も、

何か大切なことを気づかせてくれるために起きるんです。

つまり偶然起きるのではなく、怒るべくして必然的に起こるんです。

ということは、自分に解決できない問題はけっして起きないのです

起きる問題は、すべて自分が解決できるから起きるのであり、

前向きに取り組みさえすれば、後で必ず

『あの問題が起きてよかった。そのおかけで……』

と言えるような恩恵をもたらすのです」

 

 

(中略)

 

 

ではこれより、この物語の解説をします。

最初に、本書のタイトルにもなっている

「鏡の法則」という法則についてお話ししましょう。

 

物語の中で主人公の栄子に矢口氏が

「私たちの人生の現実は、私たちの心を映し出す鏡である」

という法則を教えますね。

これが「鏡の法則」です。

 

この法則が示すとおり、私たちの人生における現実は、

まるで鏡のように、私たちの心を映し出しているのです。

 

たとえば、心の中で不満ばかり抱いていると、

その心を映し出すように、

ますます不満を言いたくなるような人生になってきます。

 

逆に、心の中で感謝することが多いと、

その心の中を映し出すように、

さらに感謝したくなるような出来事が起きてきて、

感謝にあふれた人生になってくるのです。

 

また、心の中で誰かを強く責めつづけて生きていると、

自分もまた責められる経験を繰り返すことになりますし、

他の人の幸せを喜ぶような気持ちで生きていると、

自分もまた幸せな出来事に恵まれます。

 

このように人生においては、

自分の心の波長に合った出来事が起きてくるわけです。

 

そういう意味で、人生は自分の心を映し出す鏡なのです。

 

この法則は、仏教の因果応報という考え方をはじめ、

世界の伝統的な宗教や東洋哲学の教えの中にも見られます。

 

そして、人生において困難な問題に直面したときに、

この法則の観点から考えることで、

その問題に対処するためのヒントを得られることがしばしばあるのです。

 

つまり私たちは、自らの人生に起きていることを見ることによって

自分の心の中のありようを推察することができ、

それによって、自らを変えるためのヒントを探っていけるわけです

 

この法則を知っていた矢口氏は、

栄子に起きていた出来事、つまり、

「大切な息子が友達から責められ、親として悩んでいる」

という出来事を見て、

「栄子が心の中で誰かを責めているのではないか」

と推察しました。

そしてその推察が、

栄子にとって大きなヒントになったわけです。

 

私はコーチングやカウンセリングの仕事を通して、

これまでたくさんのクライアントの問題解決、

自己実現をサポートしてきましたが、その経験の中で、

この法則の観点の有効性を確かめてきました。

 

クライアントが、この法則の観点から自らの人生を眺め、

自分自身を見つめ直してみることで、深い気づきを得たり、

自らのあり方を変えるきっかけを見出したりされたケースを、

たくさん見てきたのです。

 

(中略)

 

この法則の観点で考えるなら、

私たちは、人生において困難な問題に直面したとき、

その問題をメッセンジャーとして捉えることができます。

 

「自分の心の中を見つめ直す必要がある」

ということを教えてくれるメッセンジャーです。

 

ここで一つ、誤解のないように確認しておきたいと思いますが、

「心の中を見つめ直す必要がある」という言葉は、

けっして「外に働きかける必要はない」とか

「具体的・現実的な行動を起こす必要はない」

といった極論を意味しているわけではありません。

 

日常生活におけるさまざまな問題は、

外に働きかけることによって解決することも多いですよね。

 

逆に、外に働きかけることをまったくせず、

自分の心の中を探ってばかりいたら、

事態は何も変わらないでしょう。

 

たとえば、誰かの言動のせいで

自分が嫌な思いをしているのであれば、

そのことを相手に伝えてやめてもらおうか、

もしくは相手と距離を取るなどして自分を守る必要があります。

 

何よりも、具体的・現実的な行動によって

問題の解決を図ることが大切です。

 

しかし、できることをすべてやっているにもかかわらず、

問題解決の糸口が見えないようなケースもあります。

 

このようなとき、「自分の心を見つめ直す必要がある」

ということを教えてくれるメッセンジャーとしてその問題を捉え、

自分自身の心のあり方を見つめ直すことによって、

その問題を解きほぐすヒントを見出せることがあるのです。

 

 

 

2017年1月22日(日)

 

【編集後記】

 

あれはもう、10年以上前になるでしょうか。

私がまだ、外資系生保の品川支社長を務めていた頃。

 

締切日の夕刻、営業社員が全員参加するミーティングにて、

「鏡の法則」の物語を全文にわたり朗読したことを思い出します。

 

号泣しながら…、

50分もの時間をかけて…。

 

そのとき、ほとんどの社員からも、

嗚咽と鼻水をすする音が聞こえてきました。

 

それはまだ「鏡の法則」が書籍として出版される前で、

泣けるストーリーとしてネット上で評判になっていた頃でした。

 

こうして久しぶりに、鏡の法則を読み返してみると、

やはり涙が止まりませんでしたね。

 

「人生で起きるどんな問題も、

大切な何かを気づかせてくれるために起きる」

ということを再確認することができました。

 

深いですよね。

自分の心と向き合うことって…。

 

あっ、そうそう、

あれはたしか、

中村文昭さんの著書の言葉だったでしょうか…、

端的にそのことを表現している一文が載っていました。

 

私は、この「名言」が好きです↓

 

“ 鏡をふくな 顔を洗え ”

 

 

ではまた来週!

今週も素敵な一週間をお過ごしください。

 

本日も最後までお読みいただきまして、

ありがとうございました。

***************************

 早川勝

 【ホームページ】http://tsuitel.in

 

『ツイてない僕を成功に導いた強運の神様

「最高の自分」に生まれ変われる8つの教え』

https://goo.gl/ZAooUn

【書籍案内】↓

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【人気シリーズ】↓

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 E-mail hayakawa@tsuitel.in

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【817号】鋼のメンタル 最後に勝つのは精神力だ。ベストセラー作家が最強のメンタルコントロール術を公開!

2017-01-22

新年号のご挨拶&配信が遅くなりまして申し訳ございません。

年末年始は1か月の充電期間をいただきました。

 

謹んで新春のお喜びを申し上げます。

旧年中は一方ならぬお引き立てを賜りまして、

誠にありがとうございました。

本年も、相変わらぬメルマガのご愛読を宜しくお願い申し上げます。

 

毎号、長文にて恐縮ではございますが、

皆さまの人生がより豊かになる「名著のご紹介」と

硬過ぎず緩過ぎないユニークな「前置き文」をお届けする所存です

 

そして今年は読者ファンの皆さまとのご縁をより深めていけるよう

なお一層、「執筆」に励む年にしたいと思っております。

 

次なる出版も新境地に挑戦中です。

ブラックコメディタッチのSFミステリー小説を書き始めましたが

哲学的な自己啓発のテーマも含んでおり、
このまま完成に至りましたら、かなり斬新な作品に仕上がりそうです。

 

一方で今年は、一ビジネスマンとしても明確なミッションを背負い

パッションみなぎるハイテンションな初春を迎えています。

 

生保業界に新たな歴史を刻む「革命元年」が幕を開けました。

業界初の一大プロジェクトとして、
2014年構想・計画~2015年脚本・準備~2016年キャスティング・演出、

そして2017年は、ハイブリット・チャネルが本格的に動き出します。

 

厳選採用による拡大路線も軌道に乗ってきました。

フレッシュな新組織メンバーが一丸となって

ミッション・パッション・ハイテンションに大きく躍動しています。

 

実は昨年後半より、

イノベーションの真っ只中にいる社員たち=「革命の同志」へ向け、

激励のメッセージを発信し始めました。

 

毎朝7時半、私から「偉人の名言」を一斉配信することにしていま

早川好みの名言を独断と偏見で選りすぐり、
すでに100以上の「心を打つ名言」を贈ってきました。

 

さらに、200ほどの名言を厳選しストックしてあるのですが、

何か他にもっと良い名言はないかと、

休日にネット探索していたところ、

「地球の名言」というサイトを発見しました。

 

ガンジー、松下幸之助、リンカーン、アインシュタイン、

ディズニー、ジョブズ、イチロー、ナポレオン、釈迦、ゲーテ、

ドラッガー、ソクラテス、孔子、ニュートン、ヘレンケラー、

などなど、偉大なる歴史上の人物の名言が紹介されています。

 

すると、その中に、
恐れ多くも…な、な、なんと、
「早川勝」の名があるではないですか!

 

いやー、驚きましたね。

 

私は名言を残したつもりなどありませんので、
おそらく「勝手に」書籍から引用されているようなのですが…。

 

「死ぬ気シリーズ」の言葉が多くの人たちへシェアされれば、
まあ、それは、本の宣伝にもなるので、有り難いことですし、

偉人の方々と並べて紹介されることは大変光栄なのですが、

おこがましくもあり、本当にビックリしました!

 

ちなみに、こんなサイトです。

【早川勝の名言】↓

http://earth-words.org/archives/17842

【早川勝の名言 第2集】↓

http://earth-words.org/archives/17847

 

新年早々、恐縮です(苦笑)。

 

ということで、

2017年も死ぬ気で「二刀流」を極めてまいります。

http://tsuitel.in/books/index.html

 

引き続き今年もご愛読のほど宜しくお願い申し上げます。

 

 

 

と、新年のご挨拶は、これくらいとさせていただきまして、

今年最初のメインコンテンツに入ります。

 

本号も、お薦め書籍(676冊目)の中から、

ためになる一節を抜粋し、ご紹介いたします。

 

本日のテーマは、

【はがねの精神力】

です。

お役に立ちましたら幸いです。

それでは、どうぞ!

↓↓↓↓↓↓↓

私の本よりためになる「お薦め書籍」シリーズ  No.676

『鋼のメンタル』 

最後に勝つのは精神力だ。

ベストセラー作家が最強のメンタルコントロール術を公開! 

百田尚樹著

新潮新書 

 

 

人類は誕生以来、凄まじく過酷な環境で生きてきました。

飢餓、疫病、戦争は常に身近にあり、

しかも生死に直結する恐ろしいものでした。

 

つい百五十年ほど前の江戸時代には、

飢饉になると一挙に何十万人もの人が飢えて死んだのです。

当時のほとんどの人が生命を維持できるぎりぎりの栄養で生きていて、

病気になればすぐに死にました。

今なら抗生物質や手術で治せる病も、

最近までその多くが治療法もありませんでした。

盲腸(虫垂炎)でさえ命とりの病気でした。

足を骨折すれば一生障碍者の可能性が高いし、

白内障になればほとんど失明に近い状態でした。

 

近代に入ってさえ、七十年前は大戦争がありました。

多くの日本人は毎日、空襲に遭っていたのです。

嘘のような話ですが、夜、寝ていると、

空から爆弾が降ってくる中で暮らしていたのです。

そうして命を失った人は八十万人にものぼります。

家を焼かれた人も何百人もいました。

地獄の戦場で命を失った人は二百三十万人もいたのです。

 

幸いにして現代の日本人は、

戦争や飢餓とは無縁の生活を送っています(今のところは)。

病気も医療の発達でかなり克服されました。

 

こんな幸福な国民があるでしょうか。

 

人類が何万年も苦しんできた三つの厄災から、

ほぼ完全に逃れることができたのです。

 

さらに言えば、奴隷制度もなく、人身売買もありません。

私には、現代の日本は人類が何万年も追い求めてきた

「地上の楽園」を実現させた世界のように思えます。

 

にもかかわらず、現代人を見ていると、

少しも幸福そうに見えないのです。

 

飢餓も病気も戦争も奴隷制度も人身売買もない世界において、

人間関係のようなものに怯えるのは無駄としか言いようがありません。

 

敢えてもう一度言います。

人間の精神力はあなたが思っているよりもずっと強いのです。

 

(中略)

 

私は成人してから多くの本を読むようになりました。

そして子供時代には知らなかった多くのことを学びました。

二十世紀にあった二つの世界大戦で

どれだけ多くの命が奪われかも知りました。

またスターリンの大粛清、毛沢東の文化大革命、ポル・ポトの大虐殺など、

戦争以上に恐ろしいことがたくさんあったことも学びました。

 

近代以前の歴史はさらに悲惨です。

戦争だけでなく、飢餓、疫病、絶対的な身分制度に奴隷制――

もちろん人権などはどこにもありません。

 

いや二十一世紀の現代においても、人権どころか

明日の命さえ保障されない世界で生きている人たちが大勢います。

 

そうしたことを思えば、

この日本に生きていることはどれだけ幸福なことでしょう――

それは百年前の人から見れば、

もはや極楽と思えるような世界ではないでしょうか。

 

はたして今、自分が悩んでいることは

本当に「悩み」に値するものなのだろうかと自問すると、

恥ずかしくなってくることさえあります。

 

ただ、そういう発想や考え方は、

もしかしたらいびつなものかもしれません。

自分の住む世界とは別の時代や別の世界に生きる人たちと

比較するのはルール違反かもしれないからです。

強引に言えば、映画や物語の中の人物と比較するようなものです。

 

だからといって、それはまったく無意味でしょうか。

私はそうは思いません。

自分以外の人間の生き方を想像することで

得るものは必ずあると思っています。

 

人は病気になった時に

健康の有り難さがわかります。

 

愛する家族を失えば、

家族とともに暮らした日々が

本当にかけがえのないものであったことがわかるでしょう。

 

事故や病気で体の一部を失えば、

五体満足であることが

どれほど素晴らしいものであったかを知るでしょう。

 

でもその素晴らしさは、

何もそれらを失わなければわからないというものではありません。

 

想像力と知識、そして思索する力がわずかにあれば、

今、自分がどれほど幸福であるかということがわかります。

 

世の中には、非常に恵まれたように見えるのに、

自分は不幸と思い込んでいる人がいます。

 

悩みを聞いても、それのどこが苦しみなのか、

周囲の者には理解できないこともあります。

 

もちろん苦しみや悩みは極めて個人的なもので、

数値化して誰にでも当てはめられるものではありません。

でもここで正直に言えば、現代人の苦しみのハードルは

随分下がっているような気がします。

 

おそらく現代人にとって、生きることが

当たり前になったからではないかと思います。

 

人は当たり前のことには感謝しません。

高度経済成長以降は、その上、快適に裕福に暮らすことさえ

「当たり前」になったような気がします。

 

ところがここに落とし穴があります。

人は当たり前のことには感謝しないけれども、

当たり前のものすら手に入れられなかった時には、

激しい怒りと悲しみを味わいます。

 

私は現代人の多くの悩み

あるいは大胆にルサンチマンと言い換えてもいいかもしれません)は、

そこにあるのではないかという気がします。

 

現代では、経済的な事情でクーラーもテレビも持てない生活は

誰もが耐えがたい不幸と感じることでしょう。

でも、私が幼い頃は多くの家にクーラーもテレビもありませんでした。

それでも誰も不幸とは感じませんでした。

さすがにクーラーやテレビの話は屁理屈が過ぎたかもしれませんね

 

ただ、もし今あなたが病気以外のことで悩んでいるのなら、

ほんの少し発想を変えてみるか、

あるいは想像力を働かせてみるだけで、

もしかしたらその悩みは解決できるものかもしれません。

 

(中略)

 

世の中には妻や夫に対する不平や不満を

口にする人が少なくありません。

 

今や三組に一組の夫婦が離婚すると言われている時代です。

その後ろには、経済的な事情が許せば

離婚したいと思っている夫婦もいれば、

今更離婚などする気はないものの

愛情が冷え切っている夫婦もたくさんいるでしょう。

 

そう考えると、既婚者の大半が

配偶者に満足していないのではないかという気がします。

 

でも自分にとって、理想的な相手、非の打ちどころのない相手など、

そもそも存在するものでしょうか。

 

私は夫婦とは、欠点だらけの男と女が一緒になり、

ともに暮らしていく中で、お互いの長所と短所を認め合い、

それを修正し合っていくものではないかと思っています。

 

石や瀬戸物で作られた二つのパーツは

少しでもずれがあれば、うまくはまりません。

無理矢理にはめても、いつかそれが

ぴったりになることは永久にありません。

 

でも人間は曲がらない石ではありません。

柔らかく可塑性があるのです。

最初はうまく合わなかったものが、

お互いに修正を繰り返していくことで、

やがてこれ以上はないというくらいにぴったりとはまるものです。

 

そこに至るには相手に対する「思いやり」や「理解」が不可欠ですが、

時には「我慢」と「妥協」も必要です。

そういう努力をすることもなく、

好きで一緒になったはずの相手と

「性格の不一致」みたいな理由で別れるのは、どうなのかなと思います。

 

普通に考えれば、

生まれ育った環境がまるで違う男女の性格が

合うなんてことの方が珍しいのです。

同じ環境で育った兄弟姉妹でも、

性格が合わないのは当たり前なのですから。

 

もっとも離婚における「性格の不一致」という理由は、

便宜的に使われているケースがほとんどではありますが、

それでも別れる夫婦の多くが基本的には

「相手が気に入らなくなった」ということは間違いないでしょう。

 

 

私は「親子は一世、夫婦は二世」という言葉が好きです。

「親子の関係は現世の間だけだが、

夫婦の関係は来世までも続く」

という意味の言葉です。

 

血のつながった親子の関係よりも、

血がつながらない関係である夫婦の方が

結びつきが強いというのはすごく深い言葉のように思います。

 

ちなみに前述の言葉は「主従は三世」と続くわけですが、

これは無視しましょう。

そんなものは江戸時代の封建時代にくっつけた言葉です。

 

私の両親は見合い結婚です。

父は当時、大阪市の水道局の臨時職員で収入は低く、

母は当時としては行き遅れのオールドミスでした。

 

二人はケンカもよくしていましたし、大きなトラブルもあったりと、

理想的なおしどり夫婦にはとても見えませんでしたが、

長い年月を共に暮らし、

最後は子供から見てもいい関係の夫婦になっていました。

 

父は晩年に認知症を患い、

私や妹を見ても誰かわからなくなりました。

 

ところが、母のことだけはぼんやりとわかっていたようです。

私がぼけてしまった父を見たくなくて、

施設に入った父を見舞うことはほとんどしませんでした。

あれだけ好きだった父なのに、

自分でも薄情な息子だったと思います。

 

ところが、母はほとんど毎日のように父に会いに行きました。

会っても会話なんか成立せず、

コミュニケーションなんかまるで取れないのにです。

 

私はそれを見て、

ああ、これが夫婦の絆なんだなと思いました。

 

これをお読みになっている独身の皆さんに

申し上げたいことがあります。

 

理想の夫や理想の妻を求めるのは悪いことではありません。

でも、相手に理想を要求できるほど、

あなた自身は素晴らしい人間なのでしょうか。

 

もしあなたが誰よりも知的で、教養深く、

仕事の能力も抜群で、

優しくて包容力があり、

人格的にも申し分のない人なら、

それに見合うだけの配偶者を求めてもいいかもしれません。

 

でも、自分は欠点だらけなのに、

相手には理想的な人が欲しいというのは、

少々虫が良すぎる気がするのです。

 

 

2017年1月15日(日)

 

【編集後記】

 

マスコミや世間に叩かれてもめげない「精神力」、

次々と名作を世に送り出す「執筆力」、

今年の私は、双方ともに、
百田尚樹大先生を見習っていこうと思います。

 

 

ではまた来週!

今週も素敵な一週間をお過ごしください。

 

本日も最後までお読みいただきまして、

ありがとうございました。

***************************

 早川勝

 【ホームページ】http://tsuitel.in

 

『ツイてない僕を成功に導いた強運の神様

「最高の自分」に生まれ変われる8つの教え』

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【816号】「今、ここ」に意​識を集中する練習 仕事と人生の“パフォーマンス”が劇的に変​わる

2016-12-17

 

 

本号の配信を持ちまして、

2016年最後のメッセージとさせていただきます。

 

早いもので、あと半月余りで一年が終わろうとしています。

おかげさまで今年は、

かつてないほどの最高の一年となりました。

(毎年、年の瀬になると言っている気がしますが…笑)

 

しかし、世界中のあちこちでは、

凄惨な事件・事故も相次いだ一年でした。

 

今もなお、災害やテロの悲劇が繰り返されている世の中にあって、

私たちは今、平和と豊かさに恵まれた環境で暮らしています。

 

衣・食・住に苦労することなく、心身共に健康に「生きて」、

こうして年の瀬を迎えていることに、

改めて感謝の気持ちで胸がいっぱいになります。

 

なんと「幸福」なことなのでしょうか。

 

そんな感謝の気持ちを込めて、

少しでも世の中に「恩返し」しなければと、

今年も私なりに精一杯生きてまいりました。

 

特に今年は、さらに二刀流を極めようと、

「業界の変革」&「執筆の新境地開拓」を課題に掲げ、

それを私自身の大きな目標としてきました。

 

四半世紀以上に渡り関わってきた保険業界においては、

他社に類を見ないハイブリットな直販チャネル立ち上げという、

歴史的な変革の第一歩を踏み出すことができました

 

ミッションインポッシブルと言われた構想と準備に2年半を費やし

志を同じくする熱い盟友たちがそこに集結し、

ついに7月から第1期生を迎え入れることができたときには、

心の底から感動し、武者震いが止まりませんでした。

 

貢献活動の中心に位置づけてきた「出版」においても、

節目の10作品目(電子書籍と海外版も含めると累計17冊目)として

新境地の“小説” 「ツイてない僕を成功に導いた強運の神様」を、

https://goo.gl/rHnquU

全国の読者ファンの元へ届けることができました。

 

まさに「神ってる」一年でしたね。

 

流行語大賞を獲得した「神ってる」というフレーズを、

もし、最新刊のタイトルへ入れていたら、

ミリオンセラーになっていたのではないかと、

やや悔やんでいる年の瀬でございます(笑)

 

たとえば、こんな感じで↓

神ってる僕の人生大逆転ストーリー」

とか、

「なぜ、神ってない僕が神ってる僕に変身できたのか」

とか、

「8人の神様を味方につける神ってる成功法則」

とか、

「神ってる!神ってる!神ってる物語」

 

なんて。

今さら、ですが…。

 

いかがでしょうか。

 

ではここで、恒例の…、

この一年を各月ごとに振り返って

漢字一文字を「月別」に表してみることにします……。

 

1月は、かつて苦楽を共にした盟友たちが、

次々と新組織へ集結しはじめ、

まず1/1、第1号の支社長が入社する月となりましたので……

 

「盟」

 

2月は、苦労に苦労を重ねた感動映像の制作が佳境となり、

日々、忙殺される月となったので……

 

「映」

 

3月は、生まれて始めて「脚本」を書くことになり、

それが本物の監督さんによって「短編映像」となった月だったので……

 

「編」

 

4月は、三女の高校入学式と新マネージャーたちの入社式があり、

父として、エグゼクティブ・トレーナーとして、

私の役割が新たにスタートした月となったので……

 

「入」

 

5月は、新組織の第一期生たちの嵐のような面接ラッシュで、

面接官として来る日も来る日も「不合格」を出し続けた月となったので……

 

「面」

 

6月は、念願だった「小説」が発売となって書店に平積みされるという、

私の夢が叶う月となったので、

 

「叶」

 

7月は、記念すべき新規直販チャネルの第一期生が入社し、

初期研修が始まる月となったので、

 

 

8月は、メルマガ配信が「祝・800号」迎え、

感無量となった月だったので、

 

「祝」

 

9月は、大阪出張の機会が多く、

新幹線で何度も東西を往復した月となったので、

 

「西」

 

10月は、第2期生の入社と同時に、

初期研修を卒業した第1期生の売り出しが

好調にスタートした月となったので、

 

「売」

 

11月は、地方銀行協会に研修講師として2度目の招待を受け、

熱い講演を成功させることができた月となったので、

 

「銀」

 

12月は、83歳にして初めて「入れ歯」を入れる母が、

ついに完成した入れ歯の本格装着が可能となったので、

 

「歯」

 

今年はこのようにいろいろな体験を通じ、

充実した一年を過ごすことができました。

 

皆さんの応援のおかげであると心から感謝しております。

本当にありがとうございました。

 

2017年も皆様のお役に立てるようなメッセージを

引き続き配信してまいりますので、

より一層のご愛顧を賜りますよう、

心よりお願い申し上げます。

 

よい年をお過ごしくださいませ。

来年も皆様のご健勝とご多幸をお祈りしております。

 

 

 

と、前置きはこれくらいにしまして、

メインコンテンツに入ります。

 

今週も、お薦め書籍(675冊目)の中から、

ためになる一節を抜粋し、ご紹介いたします。

 

本日のテーマは、

【意識を「今、ここ」に向ける】

です。

お役に立ちましたら幸いです。

それでは、どうぞ!

↓↓↓↓↓↓↓

私の本よりためになる「お薦め書籍」シリーズ  No.675

『「今、ここ」に意識を集中する練習』 

心を強く、やわらかくする「マインドフルネス」入門 

仕事と人生の“パフォーマンス”が劇的に変わる

Googleをはじめ世界の先端企業、ジョコビッチなど

トップアスリートが取り入れ、NHKスペシャルでも話題!!

ジャン・チョーズン・ベイズ=著

高橋由紀子=訳 石川善樹=監修

日本実業出版社

 

 

待たされているといらだちなどが生じます。

レジの列に並んでいると、

自分より前の人たちや動作の遅い店員に対する怒りなどが湧いてきます。

 

しかし、そこで踏みとどまって、

それらのネガティブな感情に心を占領されないようにしていると、

習慣化してしまった不健全な心理のパターンがしだいに消えていきます。

 

心の車輪がいつも同じ深い轍にはまって、いつも坂を転がり下り、

いつもの泥沼にはまり込むパターンを避けることができると、

やがてその轍自体が浅くなり、最終的に消滅します。

 

そして、待たされることによって習慣的に感じていたイライラや腹立たしさも、

しだいに解消していきます。

時間はかかりますが、効果は必ず現れます。

 

あなたがイライラしなくなれば、周りの人たちにも恩恵が及ぶのですから、

やるだけの価値はあります。

 

私たちの多くは、自分の価値を「生産性」ではかろうとする傾向があります。

 

今日1日何も成し遂げなかったら

―――つまり執筆もせず、講演もせず、

パンも焼かず、お金も稼がず、何も売らず、買い物もせず、

テストでいい点を取れず、恋人も見つからなかったなら

―――その日を無駄にしたような気がして、

自分はダメな人間だと思ってしまうのです。

 

自分という人間が存在して、

今このときに生きているということに対して、

何の評価も与えません。

 

こういう考え方をしていると、

「待つこと」がフラストレーションのもとになります。

 

「こうしているあいだに、あれもできたのに、これもできたのに!

というわけです。

 

あなたにとって大切な人に、

「あなたに一番何を求めるか?」

と尋ねてみたら、

どんなに答えが返ってくると思いますか?

 

おそらく、その答えは

「あなたがいてくれること」

「私を優しく気にかけてくれること」

というものではないでしょうか。

 

「人が存在する価値」というものは、

それらによって生じるポジティブな感情、

支えられている実感、親近感、幸福感などでしかはかれません。

 

忙しく飛び回って生産的であることをいっとき止めて、

ただ静かにそこにいてみてください。

 

自分の周りに意識を向けてみましょう。

 

実際に周りに人がいなくても、自分が人から支えられている実感、

親近感、幸福感を感じることができるでしょう。

 

このようなポジティブな感情は、誰もが欲しているものですが、

お金では買えません。

 

これこそが、「存在していること」がもたらす自然の果実です。

 

誰もが生まれながらにもっていながら、

そのことを忘れている「生得権」なのです。

 

 

(中略)

 

 

自分の状況を、より完全なものにして幸福感を得るためには

「〇〇が必要だ」と考えると、そこに「欲望」が生じます。

 

欲望の対象は、特定の車、家、食べ物だったり、

学位や世間からの称賛だったり、

あるいは特定の誰かだったりします。

 

心引かれる対象が手に入らないと、不幸感が生じます。

 

こういうときは「何かを手に入れて、それを自分の所有とする行為」

によって、自己を定義しようとしているのです。

 

人はまた、精神が所有するものによって自分を定義することもあります。

だから知識を披瀝したり、自説を強く主張したりするのです。

 

「この問題に関する自分の意見は正しい。

だから相手が納得するまで徹底的に主張しなければ!」

などと考えます。

 

そのグループに24人いれば、

自分の意見以外に23通りの意見があって当然なのに、

なぜ自分の意見だけが正しいと思うのか、

これは驚くべきことでもあり、面白くも思えます。

 

怒りやいらだちは、人が自己を防衛していることの表れです。

 

何かあるいは誰かが、自分が幸せになるのを妨げていると感じると、

怒りが生じます

 

怒りを覚える相手は、

特定の政治家、苦痛や病気、意見の合わない上司や同僚、

鼻につく近所の人やうるさい犬などさまざまです。

 

それらを取り除くことができないと、自分が不幸に思えます。

なぜ世の中は自分の思う通りにならないのかと腹が立ちます。

 

これもまた驚くべきことで、面白くもあります。

 

世の中には70億の人間がいて、それぞれが違うことを望んでいるのに、

なぜ自分の思う通りにならないのかと不思議がっているのですから

 

私たちはまた、自分自身についてもあまりよくわかっていません。

 

「自分」というのは、何らかの安定した不変の存在ではなく、

常に変化しています

 

私たちが「自分」と呼ぶもののすべては絶え間なく移り変わるプロセスで、

それに応じて好みも変化するし、

体の細胞の1つひとつもいっときとして同じではありません。

 

各呼吸は、その絶え間ない変化の流れの一部です。

 

自分に対する意識を無理に固定しようとすれば、

単に苦悩が生じるだけです。

 

 

(中略)

 

 

「シャル・ウィ・ダンス?」という映画のなかで、

いつも私が感動するシーンがあります。

 

結婚がうまくいかなかった男がこう尋ねます。

 

「なんで人は結婚なんかするんだろう?」

 

ダンスの相手の女性はこう答えます。

 

「自分の人生を誰かに見てほしいからよ。

結婚するってことは、

『あなたの人生は誰にも気づかれずに終わるんじゃない、

私があなたの人生の証人になります』

っていうことなの」

 

仏教の経文のなかに、「共感」に関するものがあります。

 

そのなかで主に説かれているのは、

人に対する思いやりにおいて相手の話に耳を傾けることの大切さです。

 

「心を込めて聴くことを練習するべきだ。

そうすれば相手の言っていることだけではなく、

言葉にしなかったことも、よく理解できるようになる。

深く聴いてあげるだけで、

相手の苦痛やつらさをかなり癒すことができる」

 

吸収するように人の話を聴くことのできるセラピストは、

それだけで患者の癒しを促進できると言います。

 

セラピストがひと言も発しない、というセラピーの方法もあるほどです。

 

話を聴きながら、クライアントのなかに気づきが生じるのを待つのです。

 

私の知っているある学生は、

自分の言葉に誰ひとり耳を傾けてくれない家庭で育ちました。

 

「全身で自分の話を聴いてくれる人に出会えたとき、

生きるエネルギーを与えられたような気持ちがした」

と言っていました。

 

誰かがじっと自分の言うことに耳を傾けてくれるというのは、

それまでそういう経験がなかった人にとっては、

最初は居心地が悪いかもしれません。

まるで生物学のサンプルのように、

自分が調べられているような気がするのでしょう。

 

吸収するように話を聴く練習は、

自分の心のなかのうるさい声を静める効果もあります

 

鏡を見たときに、心のなかの批評家が

「ほら、その顔のしわ! ああイヤだ。年はとりたくないね」

などとイヤなことを言っても、

その声に気づくだけで、信じることも反応することもなくなります。

 

 

 

2016年12月11日(日)

 

 

【編集後記】

 

本号を持ちまして、今年最後のメール配信となります。

一年間のご愛読、誠にありがとうございました。

 

年末年始は休刊とさせていただき、

明けて2017年は、

1月15日(日)【817号】より配信を再開いたします。

 

例年通り、年末年始休暇中は、

次なる新作に向けて執筆に集中させていただきます。

11作品目(海外版&電子書籍を含めると18作目)は、

さらなる新境地に挑戦中でございます。

 

どうかご期待ください。

 

来年も、より一層のご支援を賜りますよう、

心よりお願い申し上げます。

 

時節柄、ご多忙のことと存じます。

くれぐれもご自愛くださいませ。

 

では、

ステキなクリスマスをお過ごしください!

 

年末年始、温泉や海外など、ご旅行に出かけられる方は、

どうかお気をつけて、心ゆくまでお楽しみください。

 

そして、

よい年をお迎えください。

 

*****************************

早川勝

【ホームページ】http://tsuitel.in

『ツイてない僕を成功に導いた強運の神様

「最高の自分」に生まれ変われる8つの教え』

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【815号】自閉症のぼくが「ありがとう」を言えるまで 会話のできない重度自閉症の15歳が文字盤でつづる全米で大絶賛されている手記

2016-12-03

 

先々週号でお伝えした「テレビ出演」の件ですが、

やっと番組ホームページにアップされたようです。

 

放送後すぐに見られなかったようで…。

お待たせしてしまい、すいませんでした。

 

ぜひ、ご覧ください。

「賢者の選択 Leaders」↓

http://kenja.jp/database/mov.php?tar=569

 

さて、

話は打って変わって…、

 

3日前、私宛てに一枚のハガキが届きました。

 

「スプリング、ハズ、カム」

という映画の試写会への招待状。

 

いや、待てよ…。

しかし、私にはまったく心当たりがありません。

 

「マスコミ試写のご案内」が、

なぜ、私宛てに届いたのか?

 

しばらく、首を捻っていたのですが…。

 

よくよく映画の内容を読んでみると、

むむむっ?

「吉野竜平」監督作品、

とあるではありませんか。

 

あれ?この名前はもしや?

 

あっ、そうか、と、思い当たりました!

 

そうなんです。

実は、吉野竜平監督というのは、
今年はじめ、私早川と一緒に、
「ショート・ムービー」を制作した監督さんだったのです。

 

いやー、驚きましたよ。

弊社の映像を制作してくれた監督さんが、
まさかメジャーデビューを果たすとは!

 

私早川の拙い脚本&脚色6本の「感動ストーリー」を

素晴らしい映像に仕上げてくれた監督さんでした。

 

どおりでそのショート・ムービーが「大好評」だったわけですよね。

 

そんな実力派の監督さんに対し、
撮影後の「編集」にまで口も挿んだ自分を振り返り、
「なんと失礼なことをしてしまったのか」、

と、穴があったら入りたい気持ちでいっぱいです(笑)

 

現在では、新チャネルの採用・教育・販売ツールとして、

その映像は様々な場面で活用されています。

 

メジャーデビュー前の監督と共に、
いくつかの作品を手掛けることができたことは、
心の底から誇らしく感じますし、

一人のミーハーな映画ファンとして、舞い上がっております。

いやはや、とにかく、感動・感激です。

 

えっ?
ところで、いったい、
どんな映画でメジャーデビューしたのかって?

 

はい、それでは、

コチラをご覧ください。予告編です↓

https://www.youtube.com/watch?v=MIAb6NJD85U

「スプリング、ハズ、カム」

第28回 東京国際映画祭 

日本映画スプラッシュ部門出品作品

 

私早川にとって興味深いのは、

宮部みゆきミステリー「ソロモンの偽証」の怪演が強烈だった、
石井杏奈(E-girls)主演ということ。

「四月は君の嘘」では広瀬すずの親友役や、
川村元気原作の「世界から猫が消えたなら」でも

確かな演技力を魅せる、今まさに旬な若手女優です。

ポカリスエットのCMでも存在感が光っていましたね。

 

その石井杏奈ちゃんの父親役として、
落語界の鬼才、柳家喬太郎がダブル主演。

娘を知る、父を知るための可笑しくせつないロードムービー。

男女問わず、どの世代の方も楽しめる作品のようです。

 

2月18日~新宿武蔵野館ほかで公開されます。

現在、リニューアル工事のため休館中の新宿武蔵野館ですが、

来春、新しく生まれ変わった新宿武蔵野館で

ぜひ皆さんにも「スプリング、ハズ、カム」を楽しんでほしいですね。

 

その後、全国順次公開予定とのこと。

 

映画の感想については、
試写を鑑賞後、公開前までに、
改めて皆さんへお伝えしたいと思います。

 

 

 

と、前置きはこれくらいにしまして、

メインコンテンツに入ります。

 

今週も、お薦め書籍(674冊目)の中から、

ためになる一節を抜粋し、ご紹介いたします。

 

本日のテーマは、

【「できること」を磨く】

です。

お役に立ちましたら幸いです。

それでは、どうぞ!

↓↓↓↓↓↓↓

私の本よりためになる「お薦め書籍」シリーズ  No.674

『自閉症のぼくが「ありがとう」を言えるまで』 

会話のできない重度自閉症の15歳が文字盤でつづる、

全米で大絶賛されている手記

この本で、世界は自閉症の「真実」を知った

いつも手をぱたぱたさせ、へんな声をあげている。

考えていることが口に届かない。

それでも、ぼくには伝えたいことがある。

 

イド・ケダー=著 入江真佐子=訳

飛鳥新社

 

 

一日か二日黙ってすごすことは、だれでも想像できる。

じゃあ、一生ずっと沈黙を通す人生を想像できるだろうか?

 

この沈黙とは書くこと、身ぶり、

言葉以外のコミュニケーションも含む、「完全な沈黙」だ。

 

これこそ会話のできない自閉症者が一生すごす世界なのだ。

希望がうすらぐのもむりはない。

 

それでもがまんしてABA(行動療法)や

フロアタイム(自閉症治療に焦点をあてた遊び)に取り組むけれど、

どれもなんの効果もない。

セラピストさんには助けてもらえない。

 

自分の頭がまともだということを知っているのは自分だけなのだ。

 

断言できるけれど、これは一種の地獄だ。

 

専門家の先生たちはスティムの管理や、決まりきったドリルや、

粘土のおもちゃを探すようなくだらない遊びばかりさせる。

何度も何度も、いつまでも。

 

でも先生たちはコミュニケーションのしかたを

一度も教えてくれなかった。

 

ぼくは心の中で先生たちに叫んでいた。

「ぼくに必要なのはコミュニケーションなんだ!」

 

先生たちは一度もこの叫びに耳を傾けてくれなかった。

それが沈黙の世界だ。

 

ぼくは幼いころから字が読めた。

書くこともできた。

ただ指が不器用すぎてそのことを示せなかった。

 

学校ではABCのテープを何度も何度も聞かされ、

1+2=3の足し算を何度も何度もやらされてすわっていた。

 

悪夢だった。

心底うんざりしていた。

 

そのせいでぼくの内側は死んでしまった。

なんの希望もなかったから、

ぼくの内側はゾンビみたいだった。

 

七歳のときに変化があった。

お母さんと一緒にすわって、誕生日パーティーの招待状を作っていた。

字を書けるように、お母さんはぼくの手を支えていた。

 

ぼくはお母さんの手の下で字をつづっていった。

ふと、お母さんはぼくの手が勝手に動いているのを感じとり、

ということはこの手は字を書けるんだと気づいた。

 

ぼくたちは一緒に書いた。

お母さんはぼろぼろ泣いて、

もっと早くに気づいてあげられなかったことを謝った。

ぼくは怒って、ののしってしまった。

 

ぼくたちはそれからよく一緒に書いた。

気晴らしにはなったけれど、でも、生活は変わらなかった。

だれしも全然信じてくれなかったのだ。

 

ABAの先生たちは、あなたはまちがっている、

とお母さんをつっぱねた。

これには深く傷ついた。

喜んでくれて、もっとうまくコミュニケーションをとる方法を

教えてくれるとばかり思っていたからだ。

 

ぼくはこの人たちと一緒にやっていくのをやめた。

 

学校はなにも変わらなかった。

先生はぼくのことを疑っていた。

最悪の気分だった。

お母さんは科学者であるお父さんさえ説得できなかったので、

ぼくはすごくさびしかった。

 

ぼくはお母さんとしかコミュニケーションができなかったので、

腹が立ってしかたなかった。

お母さんはぼくの不満の矛先になったけれど、耐えてくれた。

 

そんなときソマ先生と出会った。

ソマがぼくの人生を救ってくれた。

 

彼女はかしこい人間を相手にするように話しかけてくれた。

段階を追ってコミュニケーションのしかたを教えてくれた。

彼女が助けてくれたことに一生感謝する。

 

ABAの先生は、頑としてぼくを信じようとはしなかった。

ぼくがソマと一緒のところを観察して、

これは「プロンプト」

(自閉症者が作業に集中できるように指導者が与える手助け)で、

「この子はほんとうにコミュニケーションしているわけじゃない」と考えた。

 

ぼくもあの人たちのことが大嫌いだった。

あの憂鬱なころのことは思い出したくもない。

 

でも、徐々にひとりでできることが増えてきて、

お父さん、そして学校などで支えてくれていた人の中でも

疑いがうすらいできた。

 

いまではぼくが知的でユニークな人間だとみんなが知っている。

 

ぼくの中に真実を見つけてくれたお母さんに、

そして目を開いてくれたお父さんにも感謝を。

 

もう、ものいわぬ少年ではないぼくを、

この不思議な世界に導いてくれた両親がいてくれて

ほんとうに幸運だ。

 

(中略)

 

アグラクシア(失行)とは

電話回線がうまくつながらないような症状のことで、

これのせいでぼくにはしゃべるのがむずかしい。

 

考えていることが口に行くまでの途中で

迷子になってしまうのだ。

 

たとえばレストランで、ほんとうはチキンを食べたいと思っているとする。

だけど、「ビーフを食べたい?」と聞かれたら、

口が勝手に「うん」といってしまう。

 

自分で答えたとはいえ、ほしかったのとはちがう料理を

がまんして食べなきぉならないので、いらいらする。

自分の口に驚かされ、それに従わされるという感じだ。

 

イエスかノーかの質問でない場合、もっとむずかしい。

思っていることがまったく外に出てこないのだ。

 

(中略)

 

ぼくは本のページをぜんぶ頭の中で「見る」ことができる。

十年前のことも決して忘れない。

 

なのに、着替えを最後まですることを覚えていられない。

 

ぼくは本や会話を、細かいところまで覚えすぎている。

これには参る。

いらないことで頭がいっぱいで、

ひと言いわなきゃならないときに出てこないからだ。

 

ぼくの知識は口に向かう途中でブロックされているみたいだ。

 

ぼくたちだって考え、理解している。

でも、ぼくたちはただずっとすわって、手をぱたぱたしたり、

わけのわからないことを口走ったりしてしまう。

 

だから知的障害だと思われるのだ。

知的障害のある自閉症者もいるかもしれないけれど、

みなさんが考えているほど多くはない。

 

ぼくたちが知能テストで失敗してしまうのは

「出力障害」のせいだ。

内側で考えていることを正しく外に出せない。

出口を見つけた自閉症者はごく少数だ。

 

ぼくの考えは口にたどり着くまでに迷子になる。

 

でも、ありがたいことに文字盤を指すときには迷子にならない。

頭の中、つまり脳はぼくたちがまだ理解できていない世界だ。

 

まだだれも自閉症を神経学的には解明していない。

だから確実な治療法はまだない。

 

(中略)

 

問題は、他の人がぼくの恥ずかしがり屋の部分を

どう解釈するかだ。

ぼくの場合、専門家たちはこう決めつけた。

 

「この子は自閉症なので社会性がない。

人よりもモノのほうが好きなのだ」

 

大きな誤解だ。

 

想像してみてほしい。

思いどおりに身体を動かせず、

不安のせいでまひしたようになって

沈黙の世界に閉じ込められている状態を。

 

こんな状態でいるときに

「引きこもり」なんて意味をなすだろうか?

 

なぜ先生たちは

「この子は他人に興味がない」と判断したのか。

 

「行動の理由」ではなく、

「外に現れた行動」しか見ていないからだ。

 

でも人が引きこもるのには、恥ずかしさ、きまり悪さ、

悲しみ、コミュニケーションの問題、不安など

さまざまな理由がある。

 

そしてこれはふつうの人たちにもいえることだ。

 

「シャイな人は人間よりもコンピューターや本を好む」

なんていえないはずだ。

コンピューターや本は気持ちを傷つけないので安心できるというだけだ。

 

自閉症の人がスティムにふけって自分の殻に閉じこもったり、

隠れたりするのもこういう理由からだ。

 

解決策は忍耐、愛情あるサポート、

そして自閉症者を受け入れて尊重することだ。

 

(中略)

 

二〇〇八年の北京パラリンピックの再放送を見た。

心をゆさぶられた。

 

アスリートたちは身体が引きしまり、速くてタフだ。

足や腕がない人もいるし、身体が変形している人もいる。

人生を完全に変えてしまった事故にあった人も多い。

 

でも自分を憐れんでいる人なんてひとりもいない。

 

「わかった。ぼくは片脚を失った。

じゃあ、脚一本でなにができるだろう?

ぼくは一本脚のアスリートだ」

と彼らはいう。

 

片方の脚を失ったスプリンターを見た。

ジム・ビゼルという選手だ。

彼はすごく速く、誇らしげに走った。

そして二着だったけれど意気揚々としていた。

 

それを見ていて思った。

ぼくはいったい何年、自分を憐れんですごしてきたことか―――。

 

頭の命令に従わない自分の身体が大嫌いだった。

身体にいうことを聞かせるのは至難のわざなので、

何度もあきらめたし、今後もむりだと思っていた。

 

「試練に負けない」というのは、どんなに厳しいことだろう。

自己憐憫にひたりながら

ソファでテレビを見ているのはなんとかんたんなことだろう。

 

ぼくも自分の身体に取り組むことはできる。

ふつうの人以上に練習しなきゃならないけれど、

がんばれば走れるし、泳げるし、スケートボードもできる。

 

ひとつ大事なことをつけ加えたい。

 

これまでの自閉症教育は、ぼくたちの障害や

「できないこと」にばかり焦点をあててきたということだ。

 

どんなに努力しても、ぼくの身体ではできないことがある。

 

たとえば、今後も歌を歌えるようになるとはとても思えない。

口で自由に会話をすることにさえ手は届かないと思う。

 

だけど、かわりにぼくには他のことができる。

考えられるし、文字盤を指したりタイプしたりすることはできる。

こういう能力をもっと磨いて、もっと自立することはできる。

 

もししゃべることだけに焦点をあてられたら、

ぼくは身動きがとれなくなってしまう。

 

だってそれは「能力」じゃなくて、「できないこと」だから。

 

それはできないけれど、

腕を鍛えることで「できること」を強化している。

 

身体障害の場合は傍目にもわかりやすいけれど、

自閉症の場合は神経系統の問題なのでわかりにくい。

 

ぼくは戦う決意をした。

 

ぼくの「できないこと」はそっとしておいて、

いまは「できること」に磨きをかけ、

増やしていく、と。

 

(中略)

 

人生、なにが起こるかを予見するのはむずかしい。

人生に期待するのはさらにむずかしい。

 

なんの前ぶれもなくひどいことが起こることもある。

だから毎日を贈りものをもらったように暮らすのがよい。

 

ぼくは障害者で、しゃべれない。

けれど、幸運なところもある。

 

すてきな家族がいる。

多くの人に気にかけてもらっている。

コミュニケーションしたい、学びたいという自由意志がある。

ぼくは自然の中へ、音楽の中へ入っていける。

神様は毎日ぼくに呼吸させてくれている。

 

小さな奇跡が積み重なって大きな贈りものになる。

 

与えられた贈りものを自覚しながら暮らすことが、

悲しみに抗う武器となるのだ。

 

しょっちゅう悲しんでばかりいる人は、

与えられた幸運にフォーカスしてみてほしい。

 

ぼくはおいしいものが大好きだから、

料理を楽しめる味覚があってラッキーだ。

水が大好きだから、泳げてラッキーだ。

音楽も大好きで、毎日音楽を楽しんでいる。

 

自分の病気にばかりフォーカスして、

みじめな気持ちでいるべきだろうか?

いや、決してそんなことはない。

 

ぼくたちは人生をよりよくできると信じて、

人生を選ばなければならない。

 

人生をだめにするのはかんたんで、

よくするのはむずかしい。

 

でももし、ぼくたちの人生が神様にとって大切なものだとしたら

―――そうだと信じている―――ぼくたちには他人だけでなく

自分自身にもやさしくする義務がある。

 

人生に一度だけチャンスがあるのだとしたら、

困難なことがあってもベストをつくして生きたほうがいい。

 

 

 

2016年12月4日(日)

 

【編集後記】

この本を読んで励まされない人はいないでしょう。
また、自分の生き方や見識のなさを恥じる人も少なくないでしょう。

私早川もその一人でした。

イド・ケダー君は、自閉症クラスを出て普通学級で学び、
高校を卒業するときは、クラスで4番目の成績だったといいます。

今は大学で勉強をしています。

自閉症が精神障害でも学習障害でもなく、

運動能力の障害であることを証明したわけですね。

 

このことが、どれだけ世界中の自閉症者とその家族に

希望と勇気を与えたのか。

 

心から敬意を表するばかりです。

 

 

 

ではまた来週!

今週も素敵な一週間をお過ごしください。

 

本日も最後までお読みいただきまして、

ありがとうございました。

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早川勝

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【814号】その島のひとたち​は、ひとの話をきかない 精神科医、「自殺希少地域」を行く

2016-11-27

 

 

多忙な一週間でした。

 

祝日で休むはずだった23日(水)は、

急遽、日帰りで福岡へ出張

 

豚骨ラーメンを食べる間もなく、

夜の便出発15分前ギリギリに、

タッチ&ゴーで検査場へ飛び込みました。

 

初雪が降り積もる翌木曜日は有給休暇を取り、

第二地方銀行協会主催の研修会にて、

講師としてマイクを握りました。

 

全国各地から招集された役職の方々は、

素晴らしい人格者ばかりでしたよ。

おかげさまで、私自身のモチベーションもアップしました。

 

金融業界へ少しでも恩返しができたなら嬉しいのですが…。

ついでに本の読者の増えたなら、尚のことラッキー。

 

金曜日は、4時半起床。

早朝の新幹線で大阪へ日帰り出張して、

東京へトンボ帰り。

 

そしてその夜は、

初期研修期間中の新人たちの懇親会に参加。

20代・30代の若い社員たちから

もの凄くポジティブなエネルギーをもらいました。

 

とにかく、男女の隔たりもなくチームワークよくまとまっていて、

ホント、みんな素晴らしい!!

 

仲間同士が心からリスペクトし合っているし、

の場にいない仲間たちのことも褒めることしかしません

 

この月末にて2か月間に渡る集合研修が終わるのですが、

「仲間たちと別れるのが寂しい」と、

涙ながらに語るような、美しい結束力でまとまっています。

 

きっと、高いレベルで価値観を共有しているのでしょう。

 

いやー、私は感動しました。

 

彼らすべての面接に関わった立場としては、

「やはり私たちの見る目に間違いはなかった」と、

そう確信できた、熱い週末の夜となりました。

 

こうしてハードスケジュールな一週間を過ごしましたが、

なぜか、まったく疲れがありません。

 

充実した日々のおかげで、

寒ささえ感じることなく、風邪知らずです。

 

あっ、そうそう、

体調面と言えば、

AGAクリニックの処方箋を服用して半年が経ちますが、

まったく副作用もなく、ふっさふさに髪が増えてきました。

 

誰もが驚くほどの効果です。

 

「いったいどれだけ増えたのか」…画像を見たい方は、

Facebookにビフォーアフターの頭上写真を投稿しましたので、

ぜひ、こちらをご覧くださいませ。

↓(ホントにビックリしますよ)

http://www.facebook.com/masaru.hayakawa2

(友達リクエストもお待ちしています)

 

はい、ということで、

ただ今、組織は増員中、頭髪も増毛中、でございます(笑)

 

 

 

と、前置きはこれくらいにしまして、

メインコンテンツに入ります。

 

今週も、お薦め書籍(673冊目)の中から、

ためになる一節を抜粋し、ご紹介いたします。

 

本日のテーマは、

【助ける】

です。

お役に立ちましたら幸いです。

 

それでは、どうぞ!

↓↓↓↓↓↓↓

私の本よりためになる「お薦め書籍」シリーズ  No.673

 

『その島のひとたちは、ひとの話をきかない 』 

精神科医、「自殺希少地域」を行く

「今、即、助ける」「できることは助ける。できないことは相談する」

数々の支援活動で注目を浴びる精神科医が、

生きやすさのヒントを探す旅に出る。 「助けっぱなし、助けられっぱなし」……

森川すいめい著

青土社

 

 

痛みはピークとなり、

私は旅館のおやじさんに事情を伝えることにした。

おやじさんは最初、痛み止めの話などをした。

その場で解決できそうな提案をいくつかしてくれたが、

私はだいたいのことを既に実行していたから、

おやじさんの提案は何も役に立たなかった。

 

おやじさんは少し困った顔をしたので、

私は大丈夫だと伝えて部屋に戻った。

 

予定より早く帰るしかないかと思いながら

一時間くらい耐えた後で、電車の予定を見ようと部屋から出た。

 

そこにおやじさんがいた。

「いつもは隣町に歯医者がいるんやけど、今日はやってないみたいや。

この町の歯医者は今日休みやけど、

さっきいるの見たから起こしてきちゃろう」

 

私はこのときはまだ

休日の歯医者を起こして仕事をさせる勇気はなかったから、

「いや、そこまでは大丈夫です」

と断った。

 

実際はかなり痛みが強くなっていたから、

旅をやめて海部町から県庁所在地まで出よう、

自分で何とかしようとすでに決めていた。

 

私はまだひとに頼ることに慣れていなかったように思う。

 

ところがおやじさんは、

そんな私のことばは無視して話をさらに進めた。

 

「ここから八二キロ先にある歯医者が

今日はやっているのがわかったから、送るわ」

と言ったのである。

 

近所のひとを起こすのも悪いと思っているところを

今度は八二キロ先へというのは申し訳なさを通り越している。

 

ただの一宿泊客である。

私は、自分で何とかしようと、それも断った。

 

今振り返ると、おやじさんは私と対話をしてくれていた。

この対話力は自殺希少地域の特徴だとあとでわかることになる。

 

私の困りごとを聞き、私のニーズを私の存在を見ながら感じてくれて、

その感じたことを私にまた話してくれて、

決して私を説得しようとはしなかった。

 

それはとても心地のよい時間だった。

 

また、おやじさんは私の歯の痛みを解決するために

あらゆる情報を短時間で得ていたとわかる。

 

この情報量の多さと情報の速さは自殺希少地域の特徴だと

これも後で思うことになる。

 

(中略)

 

岡さんの研究では、自殺の多い地域のひとは、

自殺で亡くなることを仕方のないことだと思うひとの割合が高くなる。

 

一方で少ない地域では少ない。

 

同じ日本で同じ日本人で、

そして風土や経済力はそう違わない地域での比較調査である。

 

自殺で亡くなるひとが少ない地域になるための

何らかの方法があることが示唆される。

 

自殺希少地域でも自殺はある。

 

そしてその話を聞いたときはいつも、

「もっと相談してくれたらよかった」

「すごく頑張っていた、自分で抱え込んでしまったんだと思う」

そういう言葉を聞いた。

 

「どうして自殺することになったのか、残った家族に聞いて来ようと思う」

と言うひともいた。

 

仕方がないこととは思わない。

自分たちで何とかできたのではないかと思っている。

 

助けられることは助けたい。

 

人間関係が緊密ではないこの地域は、

緊密な地域よりもひととよくつながり、

そこに偏見はとても少なく、

そして、自殺は仕方がないことだとは思わないひとが多い。

 

(中略)

 

その若いひとは、都会に出て仕事である程度成功した。

しかし都会に出て、そこには何もないとわかったのだという。

 

「きらびやかな町でした。でも、ね」

美容院に行ったとき、その若いひとはいつも固まってしまっていた。

「かっこつけていたんですよね。かっこつけなきゃいけないんだって。

美容院に行っても、そこでまたかっこつけて。

なんかみんな、かっこつけていなきゃ生きられない町だなって」

 

都会に住んでいるひとがみんなそうだというわけではない。

自然なスタイルで生きているひともいると思う。

 

しかし、この地域から都会に出て、

そして仕事の成果も得たこの若いひとにとっては、

都会はかっこつけなきゃいけない場所だと感じられた。

 

「私、わかったんです。

じいちゃん、ばあちゃんが、ずっと私に言ってくれたことを」

 

都会生活をしながら思い出したことばが、

「ちいちゃいころから、

「そのまんまでいいんだよ」

「かっこつけなくていいんだよ」

って、言っていたのを聞いていた」

 

それを思い出して、この地域に戻ってきた。

そして今、とても生きやすいという。

都会へのあこがれはかっこつけだったと結論付けた。

 

その若いひとはほかにもいろいろなことを教えてくれた。

 

みんなが自然体で助け合っていること。

悪口はあってもめったにないこと。

お互いを大事に思っていること。

お互いをよく知っていること、

 

煩わしいと思うことも多いけどそれでいいのだということ。

 

「派閥がないんですよね」

とも教えてくれた。

 

よく話し合いをする。

誤解があったとして、誤解をそのままにしていたら地域で住めなくなる。

だからよく対話をする。

 

それで派閥がなくなる。

 

「派閥があると生きづらいんですよね」

 

(中略)

 

ヒッチハイクをして車で送ってくれたひとのうちのひとりとの会話が、

私の印象に強く残った。

 

「この地域のひとは、

困っているひとを放っておけないかもしれないね」

 

私たちはヒッチハイクに応じてくれた男性の次のことばを待った。

「困っているひとがいたら、できることはするかな」

と言った。

 

私はそこで、できないことだったら?

と聞いた。

男性は少し間を置いて、

「ほかのひとに相談するかな」

と言った。

 

「できることは助ける。できないことは相談する」

 

こうありさえできれば、

困ったことがあったひとは孤立しないと感じた。

 

精神的に病むことがあったときに、

最初は助けても、助けられないくらい重たいことになると

本人を置いてその場から立ち去ってしまうひとが

少なからずいると言われている。

 

このとき助けられないことの言い訳をしたり、

それを本人の自己責任だとしたりもする。

 

「甘やかしてはいけない」

「うつ病は甘えだ」

「人生をなめているのでは?」

などと病気になったのは自己責任だと言ってしまうひとまでいる。

 

それでは何の助けにもならない。

 

結果的に、病を抱える孤立したひとは、

病によってではなく

孤立によって自ら命を絶つかもしれない。

 

(中略)

 

幸福度が高い地域というのは、

男女が平等であることと相関がある

という研究結果がいくつかある。

 

世界経済フォーラムの二〇一五年度版の

男女平等に関しての調査報告では

一四五か国中、日本は一〇一位だった。

 

日本は男女平等ではない。

 

同様な各国の幸福度を比較したいくつかの調査でも

日本のランキングは低い。

 

さまざまな解釈や議論が成り立つところではあるが、

この圧倒的な低さは解釈をどう変えたとしてもよい面は見えない。

 

とはいえ、日本をひとくくりにするとそういう結果になるわけだが、

男女の平等さは地域によってもちろん違う。

そして自殺希少地域では、

おおむね男女平等だと思っているひとが多い印象である。

 

私たちはそのことも直接地元のひとたちに聞いた。

 

質問方法は単純だ。

この地域は「男女は平等ですか?」

と男性にも女性にも聞く。

 

そして、「平等だね」とこうした地域のひとは答える。

 

たくさんの人数に聞いたわけではないからはっきりとは言えないが

今のところ聞けたひとは「平等だね」と答えている。

 

少し背景を考えてみると、

こうした地域では男性と女性の共同の仕事がある。

旧平館村では夫婦で漁に出る。

大きな漁は男性ばかりが行くことになるが、

小さな漁が主流な地域では男女で行く。

 

男性も女性も仕事に出ている。

 

幸福度も平等指数も両方とも上位にあるノルウェーで、

「幸福度ランキングが高いみたいなんだけどどうして?」

と、船乗り場の受付をしている女性に聞いたことがあった。

 

女性はとても笑顔で、その事実を知っていると言った後で、

「機会が平等だからよ」

と答えた。

 

(中略)

 

いつも感じるのは、ひとを助けるのにおいて

相手の気持ちをあまり気にせずに助けようとする態度である。

 

その地域のひとたちの中に人助け慣れしているひとたちがいる。

櫛をいただいたり、貴重品であったカイロをいただいたときも同様で、

相手が何かに困っていて

自分が助けられることがあったならば

いっきに助けてくれる。

 

しかも見返りなしだ。

 

人助け慣れしているから助け方も上手だ。

とても心地がよい。

 

こんなことが各地で起こっていたとしたら、

悩み事が大きくなる前に

たくさんのことが解決してしまうだろうと思う。

 

小さなうちに解決したほうがよいことは多い。

抱え込まなくていい。

 

そのうえ、この連続人助け攻勢に対して

自分の考えを打ち出すのには相当の対話力が必要になる。

 

NOと言える対話力である。

 

この対話を、この地域のひとたちは

子どものころからやっているのである。

 

私の友人の中で、このようなひとが少数いる。

ひとを助けることばかりしていて見返りをいっさい求めない。

 

お礼をしようとしても断る。

 

なんでもしてくれていて人一倍働いている。

 

困っているひとがいると黙っていられないのだという。

 

実際にひとは助かっていて、

私も本当にたくさん助けてもらっている。

 

そのひとは、

「自分がどうしたいか」

それだけなのだという。

 

そのひとのお子さんたちは、

その方針で育っていてとてもすばらしい人生を生きている。

 

自分がどうしたいかを貫いている。

 

苦労がないわけでもなければ悲しみがないわけでもない。

ただ、そうやって生き抜いている。

 

みんながそうあれたならば本当にすばらしいのだろうなと

彼女たちを見ていると思う。

 

自殺希少地域で、私はそう感じるのである。

 

自分がどうしたいのかと。

 

自分が助けたいと思うから助けるのだ。

 

相手にとってはよけいなお世話になることもあるのかもしれないが

それでも貫くのである。

 

「習うより慣れる」

人助け慣れしていく。

 

そして助けられ慣れていく。

 

このことは、自殺希少地域での核心のひとつと感じている。

 

 

 

2016年11月27日(日)

 

 

【編集後記】

 

私早川も、大概「おせっかい」をやってしまいます。

 

本社に引っ込んでればいいのに…、

と煙たがられているかもしれないけど、

それでも放っておけないから、

すぐ営業現場に出ていって、何でも首を突っ込みがちです。

 

判断基準はいつも、自分が「助けたいかどうか」。

 

人が決めたルールや役割分担も大事ですが、

緊急時にはそれよりもっと大事なことがある気がします。

インティグリティに基づき、これが正しいと思ったら、

煩わしいと思われても進んで助けたい

 

すいません。

今度こそ、営業社員の辞めない組織を創りたくて。

 

ここんとこ、かなり死ぬ気で働いてます。

 

ではまた来週!

今週も素敵な一週間をお過ごしください。

****************************

早川勝

【ホームページ】http://tsuitel.in

『ツイてない僕を成功に導いた強運の神様

「最高の自分」に生まれ変われる8つの教え』

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【813号】その話では軽すぎです!大事な人に会う15分前の「話し方レッスン」

2016-11-20

 

グッドニュースがございます。

(もちろん、私にとってですが…)

 

本日11月20日(日)18時~ (18:29まで)、

私のボスである社長のKがテレビに出演します

「賢者の選択~ THE Leaders~」

BS12 トゥエルビ

 

私たちが2年がかりで準備してきた新規直販チャネル

立ち上げの背景などを、

全国放送の30分番組で大いに語ってくれます。

 

激動の保険業界の中で

私たちが「次に打つ一手」とは?

いったい何なのでしょうか!

 

新人のトレーニングや新設支社オフィスの風景、

社員のインタビューなども「撮影」に来ていましたので、

ひょっとすると、私早川も、

画面の隅にさりげなく映っているかもしれませんよ。

どうかお見逃しなく!(笑)

 

私のボスは、このたび天皇陛下より「藍綬褒章」を授与され、 +

社員一同、心から誇らしい気持ちでいます。

 

テレビを通してどんなメッセージを発信してくれるのか、

楽しみで仕方ありません。

 

あっ、もしかすると、

このメルマガを読んでいる時点で、

もうすでに月曜日という方もいるかもしれませんね。

 

でも、大丈夫です。

ご安心ください。

 

再放送もありますから。

 

11月27日(日) 12時~、

NIKKEI CNBCでも、全国放送されますし、

また、関西地区の方であれば、

11月28日(月)22時~

SUN-TVでも放送されます。

 

BS放送の視聴環境にない方は、

「賢者の選択」番組ホームページからも

視聴することができます。

是非↓コチラからもご覧ください。

http://kenja.jp/database/

 

おっと、

生保関係者といえば、

(もちろん、一般の方にとっても…)

もう一つ大切なお知らせがあります。

 

新たな使命感に気づかせてくれる物語。

 

映画「バースデーカード」を観ました 。

 

銀座の映画館で一人、

ビールを飲みながら。

家族愛を描く世界に入り込みました。

 

アルコールの酔いが回ったのか、

かなり泣きました。

 

恥ずかしながら、

はじめから終わりまで、ほとんど泣きっぱなし。

 

「泣きのツボ」を大いに刺激されたらしく、

7回も号泣しました(涙)

 

大きな劇場に観客はたったの5人だけ、

という夜の回だったのが幸いでしたね。

 

周囲の人目を気にすることなく、

止めどなくなく溢れる涙を拭いながら、

ティッシュがなくなるまで鼻水をかみ続けました。

 

大きな愛で家族を包みこむ母の偉大さを、

正攻法で丁寧に描く「王道の映画」でした。

 

真っ直ぐに生きる「普通の人たち」へ

心からのエールを送ってくれる作品です。

 

余命が迫る母(宮崎あおい)は

天国へ旅立ったあとも、10歳の娘が20歳になるまで、

毎年、誕生日にバースデーカードを贈ることを約束します。

 

描かれる母子は性格が正反対。

娘・紀子はネガティブで内気。

母・芳恵は明るくて行動的。

 

「あなたになら大丈夫。

きっとできる。うまくいくよ」

 

「紀子、あなたには未来がある。

何にだってなれるの。

いっぱいいっぱい希望があるの」

 

と、落ち込む紀子を励まし続ける母。

 

19歳になった時の手紙が一番グッときましたね。

涙腺のダムが決壊しましたから(泣)。

 

バースデーカードを通して成長していく娘役は、

橋本愛ちゃん。

揺れ動く心の機微を繊細に演じていました。

 

父親役のユースケ・サンタマリアも、適役でした。

温かく家族の成長を見守っていきます。

 

私の場合、

どうしても父親の立場で感情移入してしまうため、

きっと涙が止まらなかったのでしょうね。

 

この映画、女性向けの作品なのかと思いきや、

意外と「男性が泣ける映画」なのかもしれません。

 

あなたも、こっそりとオッサン一人で、

映画館へ足を運んでみてはいかがでしょうか。

 

ちなみに、エンドロールは最後の最後まで見てくださいね。

おしまいにおまけのシーンがありますので…。

 

くれぐれも、 ハンカチを忘れずに

 

 

 

と、前置きはこれくらいにしまして、

メインコンテンツに入ります。

 

今週も、お薦め書籍(671冊目)の中から、

ためになる一節を抜粋し、ご紹介いたします。

 

本日のテーマは、

【信頼される人】

です。

お役に立ちましたら幸いです。

それでは、どうぞ!

↓↓↓↓↓↓↓

私の本よりためになる「お薦め書籍」シリーズ  No.671

『その話では軽すぎです!』 

大事な人に会う15分前の「話し方レッスン」

元NHKキャスターが明かす「信頼される人」の法則!

シンプルな伝え方で、説得力が驚くほど高まる!

矢野香著

知的生き方文庫 三笠書房

630円

 

 

日々、文字で書かれた原稿を読むアナウンサー。

原稿の読み間違いに気をつけるよう

指導された言葉ベスト3は、

「他人事」「一段落」「施策」です

 

他人事は「たにんごと」ではありません。

一段落は「ひとだんらく」ではありません。

施策は「せさく」ではありません。

 

「ひとごと」「いちだんらく」「しさく」

が正しい言葉です。

 

「他人事」 ×  たにんごと

              〇 ひとごと

「一段落」 × ひとだんらく

                〇 いちだんらく

 

「施策」 × せさく

             〇 しさく

 

この他、「三階」「裏面」

もよくやってしまう読み間違いです。

 

「さんかい」ではなく「さんがい」

「うらめん」ではなく「りめん」

が正しい言葉です。

 

「三階」 ×  さんかい

            〇 さんがい

 

「裏面」 ×  うらめん

               〇 りめん

 

もしも、これらを読み間違うと、

視聴者の方々から厳しいご指摘をいただきます。

 

お叱りは当然のことですし、それだけではありません。

こうしたアナウンサーの読み間違いによって、

テレビ局やニュースに対する信頼そのものが

揺らぐ可能性もあります。

 

そのため、教養常識を疑われるような

読み間違いをしないように注意しています。

 

そのためには、日々の勉強はもちろんですが、

自分の常識を疑う姿勢が大事だと教えられました。

 

とにかく、すぐに辞書を引く。

自分はものを知らないということを自覚せよ、

ということです。

 

(中略)

 

NHK放送文化研究所によると、

NHKでは、国名として読むときは「にっぽん」、

その他の場合は言葉によって読み分けています。

 

「日本」 △ にほん

           〇 にっぽん

 

二〇〇四年の調査によると、

若い人ほど「ニホン」と読む人が増える傾向にありました。

 

あなたが今日会う相手の社名には

「日本」が入っていないでしょうか?

 

相手の社名の正式名称を知っていますか?

 

相手の社名をきちんと確認せずに

自分の思い込みで呼ぶことがないようにしましょう。

 

(中略)

 

アナウンスが行っている滑舌のための運動は、

「パ」「マ」「ラ」で練習します。

 

「パ」と「マ」の発音は

唇の動きが重要な「両唇音」と呼ばれるタイプで、

最初に上と下の両唇を閉じておいて、

開くと同時に音が出ます。

 

一方「ラ」は、舌の動きが重要な「弾音」タイプです。

舌が上の歯ぐきをはじくことで音が出ます。

 

先ほどの「ルルル」と「レロレロ」は

「弾音」で舌を鍛えていたのです。

 

「パ」「マ」「ラ」を一緒に言うと、

舌も唇も同時に鍛えられるので一石二鳥なのです。

 

「パラ、ピリ、プル、ペレ、ポロ」

「マラ、ミリ、ムル、メレ、モロ」

 

舌を鍛えると、日本語の一拍一拍がはっきりと、

明瞭に聞こえるようになります

 

その明瞭な発音は、

発音に対する自信感を表現します。

 

大事な人に会う前に、

お手洗いなどの鏡の前で身だしなみチェックすると同時に、

 

「ルルル」という巻き舌

「レロレロレロ」という舌の出し入れ

「パラ、ピリ、プル、ペレ、ポロ」

「マラ、ミリ、ムル、メレ、モロ」

と唱えましょう。

 

やや怪しい人ですが、

その後の面会はうまくいくでしょう。

 

(中略)

 

事実を聞き出す質問をするのは、難しいものです。

 

二〇一一年三月の東日本大震災。

津波、余震、そして、東京電力福島第一原子力発電所事故と、

目の前で起きる出来事について、

事実を即座に把握できないなかでの災害報道でした。

 

福島第一原子力発電所事故のメルトダウン発生時、

NHKではアナウンサーと解説者が

生放送で報道を行っていましたが、決して、

「いまのは何ですか?」

「何が起こったのですか?」

「どうなっていますか?」

という質問は投げかけていませんでした。

 

アナウンサーは、解説者に

「何が起きていると考えられますか?」

と質問していました。

 

「考えられるか」

という問いがポイントです。

 

アナウンサーは「考えられる」という言葉を使った質問を

何度も繰り返していました。

 

「何が起きているんですか?」

「どうなっているんでしょうか?」

ではないのです。

 

たったいま、目の前で起きたことを尋ねられても、

解説者は「わかりません」としか答えられません。

 

事実は誰にもわからない。

 

だからこそ、

「何が考えられるか」

「現状でわかることは何か」

について、専門家を連れてきて、個人の意見として、

事実と思われる推測を伝えるのです。

 

二〇一六年の熊本地震も同様です。

 

これらの震災報道ではその他、

「ここまでの状況で言えることは何ですか?」

「映像から読み取れることはありますか?」

というNHKアナウンサーの質問も

放送上で頻繁に耳にしました。

 

問題解決の際に現状を把握したいときは、

「どうなっている」かを問わず、

事実に基づいた質問を心がけましょう。

 

(中略)

 

自分の印象を表す言葉を探していきましょう。

 

なかなか決められないという方のために、

ヒントになりそうな心理学の考え方を紹介します。

 

心理学の分野で人物の印象について研究が始まったのは、

一九四〇年代のアメリカです。

 

アッシュという心理学者が人の印象を

「温かい「冷たい」

など形容詞を使って表現した実験をはじめました。

 

その後、現代に至るまで、

数々の印象形成の実験が行われています。

 

これらの実験から、

人が相手に好印象を与える要因は、

「親しみやすさ」

「活動性」

「社会的望ましさ」

という三つに分けられることが、報告されています。

 

それぞれの印象を表す言葉は次の通りです。

 

・「親しみやすさ」……話しかけやすい、優しい、親切な、

明るい、元気な、外交的、面白い、など

 

・「活動性」……堂々とした、意欲的な、積極的な、

鋭い、リーダーシップのある、強い、など

 

・「社会的望ましさ」……信頼できる、分別のある、きちんとした、

誠実な、安心できる、知的な、大人っぽい、など

 

それぞれの好印象の要因、

「親しみやすさ」「活動性」「社会的望ましさ」は、

誰もが少しずつ持ち合わせているものです。

 

人の印象は、これら三つのカテゴリーの

多少の組み合わせで成り立っています。

 

このカテゴリーの中で、

自分の印象として一番強く表現したいのは何か。

そこを考えればよいのです。

 

つまり、「話しかけやすい」印象の人物として

「親しみやすさ」を表現するのか、

 

「積極的な」印象の人物として

「活動性」を表現するのか。

 

あるいは、「信頼できる」印象の人物として

「社会的望ましさ」を表現するのか。

 

自分なりに作戦を立ててみるのです。

 

 

2016年11月20日(日)

 

【編集後記】

元NHKアナウンサーである著者の矢野香さんは、

11月25日(金)26日(土)のDODA転職フェアにて

スペシャルトーク「面接で信頼を勝ち取るコミュニケーション」

と題して講演をされるそうです。

https://hakadoru-time.com/event/665629.html

 

お近くの方は、ぜひ、天神駅「アクロス福岡」まで、

足を運んでみてはいかがでしょうか。

 

生の矢野香さんに会えますよ

 

もしかすると、私早川にも(笑)。

 

福岡支社オープンに伴い、

弊社のブースも出展しています。

 

ではまた来週!

今週も素敵な一週間をお過ごしください。

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早川勝

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『ツイてない僕を成功に導いた強運の神様

「最高の自分」に生まれ変われる8つの教え』

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【812号】殺人犯はそこにいる 隠蔽された北関東連続幼女誘拐殺人事件 怒りの告発“真犯人”は野放しだ!

2016-11-13

 

弊社にマネージャー職として入社が内定した「I君」と、

先日、祝杯を上げる機会があり、

10月に入社したばかりの支社長・Sも一緒に乾杯しました。

(Sは私早川の元同僚です)

 

その席におきまして、

普段は人にいえないI君の苦労話

いろいろと聞かせてもらうことができました。

 

実は彼、8年前に「舌がん」と診断され、

手術を受けた経験があるそうで…。

 

その時、主治医から告げられた生死の確率は、50%

当時、まだ31歳だった彼は、

生きるか死ぬか、半々だと告知されたのです。

 

舌の腫瘍を切除して手首の一部を移植する、

という難しい手術です。

 

たとえ命が助かったとしても、

今まで通りの言葉を話せるかどうか、 その保証もありません。

 

I君は様々な葛藤に苦しんだと言いますが、

やがて現実を受け入れ、 「死」をも覚悟しました。

 

そして、大手術を前にしたそんなある日のこと。

 

これが最期に見る景色になるかもしれないと、

プラプラと街を散歩していたI君は、

ふらっとパチンコ屋に立ち寄ってみました。

 

彼にとっては、

生まれて初めてのパチンコだったと言います。

 

自分の人生はもう終わりかもしれない、

と、その境地に至ったとき、

ふと気まぐれに「パチンコでもやってみよう」

そう思い立ったのだそうです。

 

ところが、人生初体験のパチンコですから、

I君は勝手がよくわかりません。

 

まごまごしながらパチンコ台の前に座り、

適当にお金を入れて始めてみました。

 

するとどうでしょう。

 

あれよあれよという間に、

「大当たり」を連発し、

次から次へと出るわ出るわ、

どんどん玉が溢れ出すではありませんか。

 

それは、死を目の前にした人間に対する「神のおぼし召し」だったのか、

それとも、「無欲の勝利」だったのか。

 

いやはや、人生とは面白いものですね。

 

もしかすると、

死ぬ気でパチンコをする人にだけ運は味方する」

という法則があるのかもしれません。

 

「儲けよう、儲けよう」と、

必死の形相でパチンコに打ち込んでいる人たちは、

消えていく玉を追い求め、

日々、落胆している人がほとんどだというのに…。

 

一方で、死を目の前にして悟りを開いたI君は、

まったくの「無欲」でした。

 

そもそもI君にとっては、

大当たりどころか、パチンコ自体が初体験ですから、

溢れ出す玉の山を前にして

いったいどうしたらいいのかわかりません。

 

そのあげく、困った彼は、

周囲にいた常連のオジサンオバサンたちへ

どんどん玉を分けてあげたそうなんです。

 

凄まじい連チャンは30回を超えたらしく、

パチンコに詳しい同僚に概算してもらうと、

軽く20万円分は下らないのではないか、とのこと。

(私早川もパチンコはやらないので詳しくないのですが…)

 

その仕組みがよくわかっていないI君は、

周りの人たちへすべての玉を分け与えてしまったのです。

 

オジサンオバサンたちは拍手喝采、

大喜びだったそうですが、

それにしてもI君、豪快ですね。

 

笑顔で颯爽と立ち去るヒーロー・I君に対する拍手は、

彼が店を出るまで鳴り止まなかったそうです。

 

そうして後日、

がんの手術は無事に成功し、

一命をとりとめたI君

 

しばらく、呂律の回らない舌と悪戦苦闘しましたが、

自己啓発書を何百冊も大きな声で「朗読」し、

滑舌のトレーニングを繰り返したそうです。

 

その苦労が実り、

今では何の問題もなく普通に喋れるようになっています。

むしろ、普通の人よりも「饒舌」なくらいです。

 

神は、彼を見捨てませんでした。

 

元気になったI君は、

しばらくして、例のパチンコ店を訪れます。

 

するとそこで、

常連のオジサンオバサンたちと再会することができました。

あの時、玉を分け与えた人たちです。

彼のことを覚えてくれていたのですね。

 

あの世から生還したI君は、

またもや拍手喝采で迎え入れられたのです。

 

それを機会に常連さんたちと仲良くなった彼は、

後々、I君の仕事の良き協力者となって、

営業成績に大きく貢献してくれたと言うのですから、

まるで、マンガのような話です。

 

こんなことって、本当にあるんですねぇ。

 

私もこれから「強運の神様を味方にしたI君」と、

一緒に働けると思うと、なんだかワクワクします。

 

我らが立ち上げた新規チャネル事業、

こちらもパチンコ同様に起死回生の「大当たり」となりそうな、

そんな予感に胸を躍らせている今日この頃です。

 

 

 

と、前置きはこれくらいにしまして、

メインコンテンツに入ります。

 

今週も、お薦め書籍(670冊目)の中から、

ためになる一節を抜粋し、ご紹介いたします。

 

本日のテーマは、

【司法の闇】

です。

お役に立ちましたら幸いです。

 

それでは、どうぞ!

↓↓↓↓↓↓↓

私の本よりためになる「お薦め書籍」シリーズ  No.670

『殺人犯はそこにいる』 

隠蔽された北関東連続幼女誘拐殺人事件

怒りの告発“真犯人”は野放しだ!

冤罪「足利事件」と司法の闇

「調査報道のバイブル」と絶賛された事件ノンフィクション

清水潔著

新潮文庫

 

https://goo.gl/M3oFBo

(↑Amazonから購入)

新潮ドキュメント賞/日本推理作家協会賞 ダブル受賞

(税込み)810円

 

まえがき

 

関東地方の地図を広げ、

北部のある地点を中心に

半径一〇キロほどの円を描いてみる。

 

そこは家々が立ち並び、

陽光の中で子供達が笑い声をあげる、

普通の人々が普通に暮らす場所だ。

 

その小さなサークルの中で、

一七年の間に五人もの幼女が姿を消している

という事実を知ったら

あなたはいったいどう思うだろうか。

 

彼女たちはいずれも無残な遺体となって発見されたり、

誘拐されたまま行方不明となっている。

 

しかも犯人は捕まっていない。

 

これは小説ではない。

 

事実だ。

 

「この小さな街に、

幼女に手を出して殺人まで犯す人間が、

何人もいるはずはないんです」

 

娘を失った家族の一人は

同一犯による事件であろうと訴えた。

 

私もそう思う。

 

だが、捜査当局がこれを

「連続事件」と見なさなかったらどうなるだろう。

 

あるいは、一件の事件で犯人を逮捕し、

他は「解決済み」としていたら。

 

しかも、逮捕された「犯人」が

冤罪だったとしたら?

 

日本のどこにでもあるようなその街で、

あなたか住んでいるかもしれない普通の街で、

あなたは刑に服することもない「殺人犯」と、

日々すれ違うことになる。

 

道で。公園で。パチンコ屋で。スーパーマーケットで。

 

あなたには幼い娘がいるかもしれない。

妹がいるかもしれない。

孫娘がいるかもしれない。

 

六人目の被害者が出ないと、

誰が言えるのか。

 

明日、事件に巻き込まれるのが、

自分にとって大事な誰かでないという保証は、

どこにもない。

 

現実に、そんな状況が生まれた。

 

いわゆる「足利事件」をめぐって。

 

警察は菅谷利和さんという男性を

「誘拐殺人犯」として逮捕し、

検察は起訴し、

最高裁は無期懲役の判決を下して

マスコミは大きく報じた。

 

凶悪事件に怯えていた市民は胸を撫で下ろし、

それぞれの日常生活へと戻っていった。

 

だが実際、菅谷さんは冤罪だったのだ。

 

不当な捜査と杜撰な証拠、

虚偽の自白を根拠として、

菅谷さんは一七年半もの間、

刑務所に閉じ込められた。

 

恐ろしいことだ。

 

国家は、そうと決めれば

ひとりの罪もない人間の自由を奪い、

時間を奪うことができる。

 

もっと怖ろしいことに、

国家は同時に「真犯人」に特典を与えた。

 

「時効」という名の砂時計だ。

 

後に司法は誤りを認め、

菅谷さんの冤罪が判明したにもかかわらず、

 

「真犯人」は不起訴のライセンスを得た。

 

だが―――それでよいのか?

 

冤罪が確定したのならば、

警察は事件を再捜査すればよいのではないか?

 

検察も動けばよい。

 

メディアはこの危険性を報じる必要がないのか。

 

(中略)

本書に記す事件と、「桶川事件」の構造が

驚くほど似ているのだ。

 

あのとき私は、警察が自己防衛のために

どれほどの嘘をつくのかということを知った。

 

警察から流される危うげな情報に

マスコミがいかに操作されるか、

その現実を思い知った。

 

そうやって司法とマスコミが作り上げた壁は、

ものすごく厚く、堅い。

 

一介の記者など本当に無力だ。

その片鱗を伝えるためだけに、

私はあの時、本を一冊書く羽目になったのだ。

 

だが、残念なことに、

状況はなんら変わっていない。

 

いや、悪くさえなっている。

 

もちろん、三〇年間もマスコミの端っこにしがみついている私にも

その責任の一端はある。

 

それでも私が本書で描こうとしたのは、

冤罪が証明された「足利事件」は終着駅などではなく、

本来はスタートラインだったということだ。

 

司法が葬ろうとする「北関東連続幼女誘拐殺人事件」

という知られざる事件と、

その陰で封じ込められようとしている「真犯人」、

そしてある「爆弾」について暴くことだ。

 

何より、伝えたいことがある。

 

この国で、最も小さな声しか持たぬ五人の幼い幼女達が、

理不尽にもこの世から消えた。

 

私はそれをよしとしない。

 

絶対に。

 

 

二〇一三年一一月

清水 潔

 

2016年11月13日(日)

【編集後記】

 

ものすごく「重い一冊」です。

 

私はこの本を一気に読破して、

込み上げる憤りを抑えることができませんでした。

 

私自身も3人の娘を育ててきた親として、

社会の不条理さに胸が潰されそうです

 

微力ながら、私にも何かできないか、

司法の闇を暴き「日本を動かす」お手伝いが

何かできないかという気持ちになり、

ここに紹介させていただいた次第です。

 

一人でも多くの人たちに

この本を読んでほしい…、

この真実を知ってほしい…、と思います。

 

『殺人犯はそこにいる』

https://goo.gl/M3oFBo

(↑Amazonから購入)

 

ではまた来週!

今週も素敵な一週間をお過ごしください。

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早川勝

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【811号】「水」のように生きる 穏やかな心を取り戻すための92のコツ あせりや不満やイライラが流れるように消えていく

2016-11-06

 

先日、ある書店チェーンの三代目経営者の方と、

縁あって2人でビールを飲む機会がございました。

 

その時に、「誕生日プレゼントに…」と、

一冊の本をいただきました。

 

思いもよらぬサプライズに心から感激し、

大変有り難く頂戴したものの…、

「むむむっ?」、

その本は、風変わりなカバーに包まれていました。

 

「あれっ、なんですか、この本?」

と、不思議顔の私。

 

「ふふっ、さて、なんでしょう?」

と、三代目は笑みを浮かべています。

 

本の背表紙には、

“さわや書店 入魂の一冊!” とあります。

 

そして、カバーの裏表には、

文庫担当者からの手書きメッセージが

びっしりと印刷されているではありませんか。

 

タイトルを隠したカバーに書かれているメッセージは

以下の通りです↓

 

申し訳ありません。

僕はこの本をどう勧めたらいいかわかりませんでした。

どうやったら「面白い」「魅力的だ」と思ってもらえるのか、

思いつきませんでした。

だからこうして、タイトルを隠して売ることに決めました。

この本を読んで心が動かされない人はいない、

と固く信じています。

500Pを超える本です。

怯む気持ちは分かります。

小説ではありません。

小説以外の本を買う習慣がない方には、

ただそれだけでも ハードルが高いかもしれません。

それでも僕は、

この本をあなたに読んで欲しいのです。

これまで僕は3000冊以上の本を読んできました。

その中でもこの本は、

少しでも多くの人に読んで欲しいと

心の底から思える一冊です。

この著者の生き様に、あなたは度肝を抜かれ

そして感動させられることでしょう。

こんなことができる人間がいるのかと、

心が熱くなることでしょう。

僕らが生きるこの社会の不条理さに、

あなたは憤るでしょう。

知らないでは済まされない現実が、

この作品では描かれます。

あなたの常識は激しく揺さぶられることでしょう。

あなたもこの作品と出会って欲しい。

そう切に願っています。

ここまで読んでくれた方。それだけで感謝に値します。

本当にありがとうございます。

 

※もし既にお持ちの本であった場合、

返金いたしますのでお申し出ください。

文責:長江(文庫担当)

 

以上。

カバーのメッセージから全文をシェアしました。

 

三代目が教えてくれた情報によりますと、

今、『文庫X』と呼ばれるこの本が、

爆発的に売れているらしいのです。

 

発祥のお店は、岩手県盛岡市にある、

「さわや書店」という本屋さんです。

(三代目は関西の書店さんです)

 

実は、長江さんという書店員の方が仕掛け人で、

売りづらい良書をいかにして

「先入観なく手にとってもらえるのか」

と、考え抜いた挙句の戦略なのだそうです。

 

その長江さんの熱い思いが伝わり、

売上に伸び悩んでいた本が、

一気に数千冊も売れたというのですから、

驚きですよね。

 

現在では全国数百店舗の書店さんで、

『さわや書店入魂の一冊!』

として売り場展開されているとのこと。

 

紙カバーとビニールで完全包装しているこの文庫本は、

今や、メディアやネットでも話題沸騰なんだとか。

そういえば、めざましテレビでも紹介されていました。

 

書店員さんの良書への熱い思いが

日本中に広がっていくだなんて…、

本当に素晴らしいですね。

 

購入後にカバーを外し

タイトルを見て驚く人も多いと思いますが、

ほとんどの人は「読んで良かった」

という感想を持つでしょうね。

 

私早川もその一人でした。

 

いつかこのメルマガでも

「お薦め書籍シリーズ」の一冊として

皆さんに中身を紹介したいですね。

 

今日はやめておきますが…。

ネタバレになるといけないので

 

ぜひ、書店で見かけることがありましたら、

手に取ってみてくださいませ。

 

 

と、前置きはこれくらいにしまして、

メインコンテンツに入ります。

 

今週も、お薦め書籍(669冊目)の中から、

ためになる一節を抜粋し、ご紹介いたします。

 

前置きの書籍とは、一切関係がございません。

くれぐれも誤解なきように宜しくお願いします。

 

本日のテーマは、

【水のような生き方】

です。

お役に立ちましたら幸いです。

それでは、どうぞ!

↓↓↓↓↓↓↓

私の本よりためになる「お薦め書籍」シリーズ  No.669

『「水」のように生きる』 

穏やかな心を取り戻すための92のコツ

あせりや不満やイライラが流れるように消えていく!

植西總著

ダイヤモンド社

 

 

古代中国の思想書である『老子』に、

上善、水の如し」という言葉があります。

 

「上善」とは、「最善の生き方」ということです。

つまり、「人間にとって最善の生き方とは、

水のように生きること」なのです。

 

言い換えれば、「水のように生きていくことが、

人にとってもっと幸せな生き方になる」ということです。

 

では、「水のような生き方」とは、どんなものなのでしょうか。

『老子』の中では、様々な角度から

「水のような生き方」について述べられていますが、

最初にいくつか列挙しておきます。

 

あらゆる人に恵みを与える。

・人と争うことなく、融和的である。

・自分を低いところに置く、謙虚である。

・自然に逆らわない。自然の成り行きに従う。

・心が穏やかで、考えが深い。

・しかし、時によっては、強い力を発揮する。

 

(中略)

 

古代中国の思想書である『老子』には、

水はあらゆるものに恵みを与えながら、

争いごとがない」とあります。

 

この言葉は、人間関係に置き換えてもいいと思います。

すなわち、

「あらゆる人に恵みを与えながら、人と争うことはしない」

ということです。

 

それが「水のように生きる」ということであり、

また、人間の理想的な生き方になります。

 

「人に恵みを与える」とは、

「人のためになることをする」

「人に喜びを与えることをする」

「人にやさしい気持ちを持つ」

ということでしょう。

 

とは言っても、それほど大げさに考える必要はありません。

考えてみれば、「水」は、高価な飲み物ではありません。

ものすごく栄養豊かな飲み物というわけでもありません。

必ずしも、とても美味しい飲み物でもありません。

 

しかし、水がなければ、人は生きていけません。

水がなければ、人は困ってしまいます。

そのような存在になればいいのです。

 

つまり、大げさなことをしなくても、周りの人たちから、

「あの人がいないと困る。あの人が必要だ」と、

自然に思われるような存在になればいいのです。

 

そういう水のように生きる人が、

もっとも貴重な存在だと思います。

 

(中略)

 

戦国時代に、黒田如水(1546~1604年)という武将がいました。

軍師(参謀として戦の戦略を立てる役割)として

豊臣秀吉の家臣となり、

現在の九州北部地方の大名を務めました。

 

この黒田如水は、もとは黒田孝高という名前でした。

黒田官兵衛とも呼ばれていましたが、

隠居してから「如水」と名前を変えました。

「水の如く」で「如水」です。

この名前には、「水のような生き方をする」

という意味が表れています。

 

また、「水五訓(水五則とも言う)」

と呼ばれる人生訓を作って、

子孫や家臣たちに与えました。

 

この黒田如水の「水五訓」も、

「水のように生きる」

ということを考える上で大切なので、

ここに意訳して挙げておきます。

 

一 水はみずから動いて、他のものを動かす。

二 水はいつも進路を求めて、止まることなく動いていく。

三 水は、障害に出合うと、その勢いを百倍に増す。

四 水は、みずから清らかな存在である。

   そして、あらゆる汚れたものを受け入れながら、

   その汚れを洗い流して清らかなものにする。

五 水は、広い海となり、蒸発しては雲となり、

   雨や雪にも姿を変え、霧ともなり、

   水面はものを映す鏡にもなる。

   しかし、どのように姿を変えても、水としての本質は失わない。

「水五訓」は、水のように生きる手引書なのです。

 

(中略)

 

黒田如水の「水五訓」に、

水はいつも進路を求めて、止まることなく動いていく

というものがあります。

 

この言葉にある「水」も、「川」のことを指しています。

 

「進路を求める」とは、

「目標を定める」

「『こういうことを成し遂げたい』という願望を持つ」

ということです。

 

この言葉は、

「人は、目標を持ち、その目標に辿り着くまでの進路を考え、

その目標へ向かって止まることなく動いていくことが大切だ」

という意味のことを述べています。

 

言い換えれば、「無目的に生きてはいけない」ということです。

 

「願望なんてない。これといって、やりたいこともない。

しかし、働かなければ生きていけないので、

ぼんやりとした気持ちで毎日、会社に行っているだけだ」

と言う人がいます。

 

こういう人はおそらく、活気のある人生を築くことはできないでしょう。

充実した人生を実現することはできません。

 

そのうちに、仕事にも人生にもどんどんやる気を失っていき、

生きているのが嫌になってくる可能性もあります。

 

活気のある充実した人生を実現するためには、

何か「こういうことを成し遂げたい」

という目標を持つことが大切です

 

そのような目標があってこそ、

張り合いのある日々を送れるようになります。

 

毎日、元気にイキイキと生活できるようになります。

 

(中略)

 

がんばっても、なかなか結果が出ない、という時があります。

もちろん本人とすれば、思い悩むことになります。

 

「もうやってられない」と、

投げやりな気持ちになってしまう人もいるかもしれません。

 

ただ、こういう場合、大切なことは、

結果を出すことにあまり執着しない、ということです。

 

気持ちを楽にして、投げやりな気持ちを起こすことなく、

少しずつでもいいから努力を続けていくことです。

 

「流れる水は腐らず」

ということわざがあります。

 

「流れる水」とは、

「少しずつでも努力して、前進していくこと」

を意味しています。

 

とにかく結果が出なくても、思い通りにならなくても、

少しずつでもいいから前進していくことが大切です。

 

あせらずに努力を続けていくことです。

そうしていれば、「気持ちが腐ることはない」のです。

 

気持ちを腐らせることなく、

少しずつであっても前へ向かって進んでいけば、

どこかで希望が見えてきます

 

いい結果に辿り着く一歩手前まで来ていることに

気づく場合もあります。

 

大切なことは、止まることなく、

前へ向かって歩き続ける、ということです。

 

そして、歩き続けていれば、

どこかで目的地に到達できます。

 

それを教えてくれるのが、

この「流れる水は腐らず」ということわざです。

 

歩みを止めれば、

気持がどんどん腐っていくばかりです。

 

(中略)

 

黒田如水の「水五訓」に、

水は、障害に出合うと、その勢いを百倍に増す

というものがあります。

 

この言葉にある「水」も、「川」のことを指しています。

 

川は、平地を流れている時は、ゆったりと静かに流れます。

しかし、大きな岩がたくさん並ぶ急流へ入っていくと、

川の流れはものすごく勢いを増します。

 

「水は、障害に出合うと……」という言葉は、

大きな岩がたくさん並ぶ急流をイメージして語られています。

 

人生でも、そんな「大きな岩」に突き当たることがあります。

つまり、様々な障害に行く手をはばまれることがあります。

 

大きな問題がたくさん発生し、

人生が計画通りに進まなくなる場合もあると思います。

 

仕事や人間関係の問題で、

事実が思うように進まないこともあるでしょう。

 

そのような時は、急流をものすごい勢いで流れていく水のように、

人間も勢いを百倍にも増して、

困難な状況を乗り越えていくことが必要になります。

 

何も問題はなく、すべてがうまくいっている時は、

ゆったりとした気持ちでいていいのです。

 

しかし、何か大きな問題が山積する状況になった時は、

勢いをつけてその状況に臨んでいかなければ、

乗り越えていくことができません

 

人間には、水のように乗り越える潜在能力があるのです。

 

(中略)

 

黒田如水の「水五訓」に、

水は、みずから清らかな存在である。

そして、あらゆる汚れたものを受け入れながら、

その汚れを洗い流して清らかなものにする

というものがあります。

 

この言葉にある「水」は、

一般的な意味での「水」と理解していいと思います。

 

人は、ものを洗う時、水を使います。

衣服を洗う時も、食器を洗う時も、

あるいは車などを洗う時も水を使います。

その他、様々なものを洗う時に、水が用いられます。

 

水は清らかな存在です。

そして、あらゆるものの汚れを洗い落とすことができます。

 

この如水の言葉は、

人間も、そんな水のように、

自分自身の中にある汚れた心を洗い流していくことが大切だ

と述べているのです。

 

人間の心には、嫉妬、怒り、憎しみなど、

「汚れた心」が存在します。

 

「ずるいことをしたい」「怠けたい」

と思う、汚れた心です。

 

しかし、そのような汚れた感情をそのままにしておくと、

自分自身が苦しい状況に陥っていくばかりなのです。

 

一方で、人間は「清らかな心」を持っています。

 

人を愛したり、人にやさしいことをしてあげたいと思う、

清らかな心です。

 

その、まさに水のような「清らかな心」で

「汚れた心」を洗い流すのです。

 

そう心がけて生きていくことで、

毎日、清々しい気持ちで暮らしていけるようになります。

 

2016年11月6日(日)

 

【編集後記】

人間の体の70%は、分らしいですね。

そして、

地球上の70%は、面らしいですね。

 

うーん、とても偶然とは思えない、

不思議なシンクロですねぇ。

 

私は毎日、水分を2リットル以上摂ります。

おかげで、みずみずしいほどの超健康体です。

 

あっ、それから、

「過去」は水に流して、生きてます(笑)

 

おかげで、メンタルも絶好調です。

 

ではまた来週!

今週も素敵な一週間をお過ごしください。

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早川勝

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『ツイてない僕を成功に導いた強運の神様

「最高の自分」に生まれ変われる8つの教え』

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