早川勝メール【453号】人生の成功とは何か

2009-02-03

 

旧暦では節分が大晦日で立春が元旦…、
だとすると、中国では…
今日あたりはまだお正月気分って感じなのでしょうね。
(日本にもまだ正月気分の抜けない人がいますけど…笑)

ということで、本日の前置きは…強引な展開にて…、
中国特集。

中国人の偉い方から教えていただいた有名な
「中国の諺(ことわざ)」をご紹介しますね。

“お金で買えるものと買えないもの”

お金で「家」は買えるけれど、
「家庭」は買えない。

お金で「時計」は買えるけれど、
「時間」は買えない。

お金で「ベッド」は買えるけれど、
「快適な睡眠」は買えない。

お金で「本」は買えるけれど、
「知識」は買えない。

お金で「名医」は買えるけれど、
「健康」は買えない。

お金で「地位」は買えるけれど、
「尊敬」は買えない。

お金で「血」は買えるけれど、
「命」は買えない。

 

謝謝

・・・と、前置きはこれくらいにして…。

今回もまた…
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好評だったバックナンバーをお届けいたします。

本日のテーマは
【一日を生き切る】
・・・です。
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「人生の成功とは何か」
田坂広志 著
PHP研究所

一日の成長

一日を生きたとき、
一日分、成長する。

今日という一日を生きたとき、
今日という一日の経験だけ、
たしかな成長を遂げる。

その生き方こそが、
「成長の思想」が目指すものです。

そして、この「成長の思想」においては、
何十年かの歳月をかけて「素晴らしい人物」へと成長するということは、
「一日の成長」という生き方の「結果」として与えられるものに過ぎません。

それは、本来、「目標」とすることのできるものではないのです。

それは、なぜか。

我々の人生には、
冷厳な一つの真実があるからです。

人生はいつ終わるか分からない。

その真実があるかぎり、
何十年か先の達成は、約束されていないのです。

だから、「成長」とは、究極、
「一日の成長」に他ならない。

しかし、この「一日の成長」とは、
言葉で語るほどに、容易ではありません。

それは我々が、いま、
昨日という一日を振り返ってみれば、分かることです。

我々は、人生において、かけがえのない日々を生きている。
それにもかかわらず、このかけがえのない一日を生きたとき、
その一日、何も成長していないことに気がつくことがあります。
いや、ときに、何十年の歳月を歩んでも、成長していないことがあるのです。

では、どうすればよいか。

かけがえのない一日を生き、
その一日、一日を、たしかに成長していくためには、
どうすればよいか。

一つの心構えを身につけることです。

「一日を生き切る」

その心構えを身につけることです。

ここで大切なのは、
「生きる」ではなく、「生き切る」

この「切る」という言葉に込められた思いがある。
それは、「悔いが無い」という思い。
一日を生きたとき、「思い残すことが無い」という思い。

その思いが、この「生き切る」という言葉の意味です。

ただ漠然と生きるのではなく、
与えられた一日を、生き切る。

もし、その生き方ができるならば、そのとき、我々は、
その一日、「最高の成長」を遂げることができるのでしょう。

では、どうすれば、
「一日を生き切る」ことができるのか。

これまで語られてきた言葉の
本当の意味に気がつくことです。

例えば、「勝者の思想」において語られた言葉。

「競争」

例えば、「達成の思想」において語られた言葉。

「目標」

我々が、「一日を生き切る」ことを願うならば、
この二つの言葉の、本当の意味に気がつくことです。

我々は、なぜ、自ら望んで、厳しい「競争」の場に身を置くのか。

我々は、なぜ、自ら望んで、厳しい「目標」を掲げ挑戦するのか。

それは、実は、
「競争」で「勝者」となり、
「勝者の喜び」を味わうためではありません。

それは、実は、
「目標」を「達成」して、
「達成の喜び」を味わうためではありません。

それは、「勝者」になるためでも、「達成」するためでもない。

では、何のためか。

一日一日を、生き切るためです。

厳しい「競争」の場に身を置き、
難しい「目標」を掲げて挑戦し、
そのために力を尽くして歩むとき、我々は、
一日一日を、生き切ることができる。

一日一日を、成長していくことができる。

それが、「競争」や「目標」という言葉の
本当の意味です。

そして、そのことは、「成長の思想」において語られる
二つの言葉も、同じです。

「夢」

「志」

我々は、なぜ、それが叶わぬものと分かっていても
「夢」を抱いて歩むのか。

我々は、なぜ、それが己の時代には成し遂げ得ぬと思っても、
「志」を抱いて歩むのか。

それは、「夢」や「志」を抱き、その実現に向けて力を尽くすとき、
一日一日を、生き切ることができるからです。

一日一日を、成長していくことができるのです。

そのことに気がつくとき、

我々の中に、
一つの思いが生まれてきます。

必ず終わりがやってくる、この命。

ただ一度かぎり与えられた、この命。

いつ終わりがやってくるか分からない、この命。

このかけがえのない生命を、

精一杯生き切ろう。

そして、

このかけがえにない一日一日を、

精一杯に成長していこう。

その思いが、生まれてくるのです。

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