早川勝メール【463号】生きがいのマネジメント

2009-03-20

 

3日前に元同僚のWさんが亡くなりました。
突然の訃報にただただ驚いています。
悪性リンパ腫。
まだ50代ですよ…若すぎます。
ショックです。
Wさんは私が尊敬する大変優秀なビジネスマンでした。

半年ほど前に新宿駅で偶然バッタリ出会ったときは、
凄く元気そうだったのに…。
いつものダンディーなスーツ姿に営業鞄を抱えて、
そしていつものように急ぎ足でした。
ですから、Wさんが死んだなんて今でも信じられません。
再会したそのときにお互い健闘を称えあったのが最後になってしまうとは…(涙)

たしかに今思えば、少し顔色が冴えなかったというか…、
いつも前向きで明るかったWさんの口から、
珍しく前職の役員や部長に対しての怨み節みたいな愚痴を聴かされて、
「あれっ、どうしちゃったんだろう」とは思っていました。
もしかすると、体が弱っていたのと同時に、
心も少し弱っていたのかもしれません。
立ち話で終わってしまったのが、
今では心残りです。

Wさんのそのときの心のモヤモヤは死ぬまでに晴れたのだろうか…、
と、少し気になります。
すっきり晴れていてくれたらいいなぁと思いますが…。

偶然の再会の最後に、
「ぜひ恵比寿のオフィスへ遊びに来てください」と約束して別れました。

その後、数回メールのやり取りをしたのが最期になってしまいました。
そのときのメールでの最期のメッセージがなぜだか凄く印象深くて…、
今でも心に残っています。

「こんな僕を気にかけてくれてありがとう」でした。

死を目前にしたWさんの孤独な思いがこもっていたのでは?
と感じるのは、私の思い過ごしでしょうか?

ここ最近、連絡が取れないなぁ、と思っていたのですが、
ほとんどの人には病気のことを知らせずにいたらしく、
葬儀も身内だけの密葬で…、
Wさんの人生の最期は静かに幕を閉じました。

Wさんは使命感に燃えた仕事人間でしたから
まだまだ人生これからエネルギッシュに
もっともっと働いて働いて…
という思いがあったはず…。
それがこんなかたちで幕を閉じようとは…。
さぞかし無念であったろうと…。

残念です。

私はこの3連休、昨日も今日も出勤し働いていますが、
働きたくても働けなかったWさんの分まで仕事をして頑張ること、
それもまた供養なのかなと、
ふと一人考えているところです。
やっぱりこれからの人生、
ボケーと日々過ごしていたらバチが当たるな、と。
今こうして元気に働けることを幸せに感じながら…、
元気に働けることに感謝して、
Wさんの分まで生きていきたいものです。

ご冥福をお祈りします。

合掌

…と、
前置きはこれくらいにして、
それでは今回も
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◆人生は自分に何を期待しているか

「自分は、べつにどこにも行こうとは思わないから、移動の目的地など決める必要は
ない」

という方もいらっしゃることでしょう。

むしろ、「目的地など定める(つまり欲望を持つ)からストレスが溜まり、

そこにたどり着けない不満感が生じて、永遠に幸せになれないのだ」と主張されるか
もしれません。

そのような思考方法によって、自分を正当化し、

自分をストレスから守るという方法もあるかもしれません。しかし、そのような正当
化は、

そもそも「目的地」というものに対する誤解から生じているように思います。

「部長に出世したい」「あの車を買いたい」「会社の売り上げを倍増させたい」「あ
の学校に合格したい」

といった、物理的であったり、数値化が可能であったり、二者択一で「すべてを得る
か、すべてを失うか」

というような目的地を決めてしまうと、それを達成したいという一時的なエネルギー
を生じやすい反面、

達成できないストレスも大きくなります。また、そのストレスや挫折感の大きさが想
像できるゆえに、

目的地を定めることが恐くなってしまうのです。このような目的地ではなく、

まず、「どのような仕事でも一生懸命やる人間になろう」「もっと車を大切にしなが
ら乗ろう」

「会社に売り上げを与えてくれるお客様を、もっと大切にしよう」

「いつでもどこでも、そこで学べる最大限のことを学ぼう」といった、

大きな人物像を描くことが大切です。このような目的地を思い描けば、

思い描いた時点ですでに一歩前進したことになり、

物理的・数量的な目標ではないので容易に「減る」こともなく、

「勝つか負けるか」という目標でもないため「負ける恐怖」「失う恐怖」も生じませ
ん。

このような、精神的な目的地、大きな人物像を思い描き、そのうえで

「そこに達するためには、目の前の問題をどうすれば乗り越えられるだろう」

と考えて、解決することが重要です。

そうすれば、たとえ目の前の物理的・数量的目標を達成できなかったとしても、

「もう一度挑戦しよう」「この方法はいったん横に置いて、他の方法を探そう」

などと、余裕を持って考えることができるでしょう。

言いかえれば、「部長になりたい」「あれが欲しい」などという物欲や名誉欲ではな
く、

心理学で「自己実現」と呼ばれる「自分のすべての能力や価値を発揮したい」

という欲求を持つことが大切なのです。

そのうえで、自己実現のための選択肢のひとつとして、

「このような職業・地位に就きたい」という「経由地」を定めるのならばかまいませ
ん。

このような欲求は、人間の「使命感」とでもいうべき高次の欲求であり、

優れた人は、かえって目の前の満たされた生活に自己嫌悪さえも抱くようになりま
す。

この現象について、津田塾大学の神谷美恵子教授は、次のように指摘しています。

「はっきりした使命感持つひとなどでは、現在の生活があまりにも幸福で、
その幸福感が自分の使命感を鈍らせると感じれば、
自我の本質的な部分ではかえって苦痛をおぼえるということもある」

たとえば、フローレンス・ナイチンゲールは、上流社会の娘として華やかな生活をし
ながら、

心の奥ではこのような葛藤があったことを、日記として残しています。

「私が今いだいている思いや感情は六歳の頃から記憶しているものだ。

何か一つの職業、仕事、必要なわざ、何か私の全能力を用い、みたすもの、

それが私に本質的に必要なものだと私はいつも感じて来た。いつもそれにあこがれて
来た。

私の思い出しうる最初にして最後の考えは看護の仕事だった」

私たちの心の真ん中で、点火されるのを待っている何か・・・・・その感情につい
て、

ヴィクター・フランクル博士も、別の表現で強調しています。

「私たちが『生きる意味があるか』と問うのは、はじめから間違っているのです。

つまり、私たちは生きる意味を問うてはならないのです。

人生こそが私たちに問いを提起しているからです。

私たちは問われている存在なのです。

私たちが生きていることは、人生から問われていることにほかなりません」

つまり、「自分が人生に対して何を期待することができるのか」と考えること自体が
誤りであり、

その逆に、「人生は、自分に対して何を(どのような人物になることを)期待している
のであろうか」と、

自問することこそが正しいというわけです。

このような発想が、私たちの心の真ん中で待っている何かに、火をつけてくれるので
しょう。

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