早川勝メール【464号】絶対幸福主義

2009-03-26

 

本日は嬉しい報告です。
ちょっと自慢話に付き合ってください。

3月25日で2008年度も終わり、
新年度がスタートしました。
あっという間に一年が過ぎ去っていきましたが、
昨年度、私が預かる組織の営業成績は、
年間目標に対して183%というダントツナンバーワンの達成率でした。
いろいろと応援いただいた方々ありがとうございます。
おかげさまで、年間施策のハワイコンベンション拠点長部門にも入賞(ゴールドプライズ)することができました。
5月31日から大勢の優秀社員たちと一緒にハワイの表彰旅行へ行ってきまーす。
恵比寿GLADの昨年実績は、
生産性も全国トップで、会社から与えられた3つの指標もすべて第1位でした。
堂々の3冠王です。
思い返せば一年前…、
19年勤めた外資系生保を退職し、
日本生命GLADでゼロ出発の新しい拠点を立ち上げたわけですが、、
ヘッドハンティングだけで組織を創っていくのは並大抵の苦労ではありません。
ただ私の場合…、
運よく優秀な社員たちに恵まれて…、
やっぱりツイてます。
ホント、社員の頑張りには感謝の気持ちでいっぱいです(涙)

2009年度も、
WBCの侍ジャパンのように2連覇目指して頑張ります!!!

実はその対策として、
もうちょっと頑張ってほしい営業社員のために、
本日より、
「V字回復スクール」を開校しました。

毎週土曜日(または日曜日)の13時~17時の4時間、
トレーニングを実施していきます。
講師はもちろん私です。

「一年間やり続ける宣言」をしてしまい、
ただでさえ激務続きの中、
ああ、またまたストイックに仕事を増やしてしまったなぁ…、
と我ながら呆れています。

…と、
前置きはこれくらいにして、
それでは
今回もまた…
「私の本よりためになるお薦め書籍シリーズ・全400冊」の中から
好評だったバックナンバーをお届けいたします。

本日のテーマは
【幸福の定義】
・・・です。
お役立てれば幸いです。
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私の本よりためになる「お薦め書籍」シリーズ   No.171
「絶対幸福主義」
浅田次郎著
徳間文庫

私の幸福主義

私は幸福な人間である。

今にしてそう思うのではなく、いつでもそう信じて生きてきた。こういう生き方はさ
ほど難しくない。
苦労は誰にだってあるのだから、それを不幸だと思えば人類すべて不幸なのである。
つまり不幸という概念そのものをてんで視野に入れず、
幸福はどんなにささやかなものでも有り難く噛みしめればいい。
どう考えてもいかんともしがたい不幸は、この世に二つしかない。
ひとつは食えない苦労、もえひとつは生命の危機である。
とりあえずその二つの心配さえなければ、気の持ちようで誰でも
「私は幸福な人間です」と言うことができる。

これが私の幸福主義である。

自分の力量と、そのときの環境が許すかぎりの小さな幸福に酔い、
それらを毎日、ひとつずつ積み上げてきた。
そしていつも、誰のものでもない自分の人生に誇りを持っていた。
どんな幸福な人間と出会っても、羨みはせず、
自分の人生と彼の人生を取り替えたいとは思わなかった。
苦労とは、すればいいというものではない。
苦労がすっかり板につき、顔にまで出てしまう人生は不幸である。
苦労を積み重ねるのではなく、日々の幸福を積み重ねることこそが、真の人生経験な
のである。
このあたりをはきちがえると、たとえ立志伝中の人物といえども内実はひどく孤独で
あったり、
人格が破綻してしまっていたり、ただの守銭奴や、イヤな奴であったりする。
これはすでに悲劇でしかない。
幸福を味わうために好きな道楽をするのならすればいい。
ただし聡明な道楽をしなければ、小さな幸福は大きな不幸となってくつがえる。
自分の人生に誇りを持っていれば、
聡明な道楽を積み重ねてやがて大きな幸福を手に入れることが可能である。
こうした幸福主義を日々実践していると、世の中の景気もどこ吹く風で、
しかも、友人を失ったり、人と別れたりする懸念もない。

幸福の定義

「足りるを知り、小さな幸せを蓄積する」知恵

あなたは幸せですか?

今の日本で、この問いに迷わず「はい」と答える人は、一体どのくらいいるでしょう
か。
とりたてて幸せでもないし、不幸でもない・・・・・という人が大多数のような気がします。
同時に、多くの人が、自分が幸福な時代に生まれたとは思わず、
常に何か、満ち足りないものを感じているのではないでしょうか。
私ですか?
それにお答えする前に、私が考える「幸福な定義」を紹介させていただきます。
私は、幸福とは、「さしあたっての苦労がないこと」だと思っております。
これは、ある程度イヤな生活をしてきた人間ならではの定義づけかもしれませんね。
うんと貧乏したり、いつも身の危険を感じながら生活してきた人間というのは、
「さしあたってメシを食う金がある」とか「さしあたって命を取られる心配はない」
というだけで、
とても大きな幸福感を感じるものなのです。
そう考えている私は、もちろん、幸福であります。
私は、さしあたっての苦労だらけだった時も競馬をやっていたわけですが、
今は、さしあたっての苦労もなく、なおかつ大好きなギャンブルができる。
これにまさる幸福はない、というところでしょうか。
世の中が贅沢になった今の日本では、実は、ほとんどの人がとりあえず幸せなので
す。
にもかかわらず「俺は不幸だ」と思ってしまうのは、
今ある以上のものを求め、それが実現されないからだと思います。
幸福に関するキーワードは「知足」、すなわち「足るを知る」ということでありま
す。
まず、今の自分の能力、今の自分が持っているものを知る。
そして、その自分にできることを考え、ひとつひとつ実現させていく。
それによって「まあ、ありがてえ。満足」という気持ちになれたら、幸せなのではな
いでしょうか。
そうじゃなく、「あれが足りない、これが足りない」
とばかり言ってる人は、いつまでたっても幸せにはなれません。
人間はみんな欲深ですから、足りないものを追い求めるとキリがない。
何百億、何千億と稼いだ強欲な実業家が、
まだ足りない、もっと金がほしいと言って税金を払わなかったり、
事故を起こした時に補償をケチったりしたことがありましたが、
ああいう人は、いくら金があっても不幸なんでしょうね。
競馬をやると、それが非常によくわかります。
100万円持って競馬場に行こうが、1万円持って行こうが、実は競馬の面白さは変
わらないのです。
手持ちの金がいくらであれ、その中でギリギリの勝負をするという意味では、同じな
んですよね。
博打のレートも「これじゃあ足りない」と言い出したらキリがありません。
でも、足るを知れば、1万円でも「なんでこんなに面白いんだろう」と思えるもので
す。
私は、一度決めた博打のレートを守るなど、自分で自分にキリをつけられるタイプです。
足るを知ってますし、年がら年中金勘定しているセコい人間だからです。
悪い時代にずっと博打を打ち続けることができたのも、
優れた経済感覚に裏打ちされた人並みはずれたセコさがあったからです。
「この金で何ができるか」を常に考えながら、真剣に賭けていました。
「1万円負けちゃったよ」と簡単に言う人がいますが、
1万円というのは、女房子供をファミリーレストランに連れて行って「しこたま好き
なもの食え」と言える金です。
十分に、小さな幸せを買える金ですよね。
それでも、競馬場やカジノに行くと「金が金でなくなる」という人が多い。
自分から幸せを放棄しているようなものです。
金が金でなくなった時点で、その人は負けているのです。

(中略)

足るを知ることは、成長を諦めることではありません。

むしろその逆で、足るを知り、つまり自分を知り、
その自分にできることを着実にこなして小さな幸せを蓄積していくことによってこ
そ、人間は成長できるのです。
そして、少しずつ前より幸福になっていけるのではないでしょうか。

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