早川勝メール【478号】「心のDNA」の育て方

2009-07-17

 

先日、三女りえが通うY小学校の授業参観に行ってきたのですが…、
そこで目の当たりにした「教育現場の驚くべき実態」を、
本日は皆さんにご報告したいと思います。

私が見学したのは体育と算数の授業(最近は授業参観と言うのではなくて
「学校公開」と言って一日自由に見学できるんです)。

グランドで見学した体育の授業まではとてもよかったのですが、
次に3年生の教室に移動し、
算数の授業を見学して驚きました。

何に驚いたのかって???

先生に、ですよ、先生…。

算数の担当は二十代の若い女の先生だったですが、
これがもうまったくダメ!
ひどすぎる。

まず、子どもたちを全然ホメない。
45分の授業の中で、たくさんの子どもたちが手を挙げて一生懸命答えを発表しても、
「では、次…」と、あたりまえのように次の問題に進んでしまう。
手を挙げて正解を出しても、正解か不正解かも言わずに(全員正解なのですが)、
淡々と授業が進行していくわけです。
ほとんど無視ですね。

さらに、模造紙で準備してきた割り算の問題が、かなり適当。
明らかに準備不足なんですよ、この先生。
授業をなめてる、っていうか、
きっと子どもたちことをなめてるんですね、普段から。
「24÷6=4」の問題を作ってください、
というオトナにとっては簡単な問題です。

大学を優秀な成績で卒業したはずのそのオネエチャン教師、
まず日本語がわかってない。
問題(解答)の文章が誤字脱字だらけ…。
途中で気がついて訂正したのはいいのですが、
あちらを直せば、またこちらも直さなければと、
もう問題用紙はめちゃくちゃで、
はじめから書き直したほうがいいくらいでした(笑)

さらに、そもそもその24÷6=4の式を作る例題が根本的に間違ってるんです。
「24個の玉があります。けんじゅうは4ちょうです。さて、いくつずつ玉が入るでしょう」
…って、違うだろー、
答えと問題が逆だろー、と心の中でずっと私は叫んでいました。

そもそも、子ども相手にする例え話なんだから、
もっと美しい例題を考えられないのかねぇ…、と思いませんか?!
「お花」とか、「食べ物」とか。
「拳銃」と「弾」ってなんだよー(笑)
ですよね???

父兄が参観しているよそ行きの授業参観でこの有り様ってことは、
油断している普段の授業はもっともっと適当ってことになりますよねぇ。
あれじゃあ、けなげに先生を信じて一生懸命勉強している子供たちが可哀相ですよ。
「いったいなんなんだ、この先生は!」と私はだんだん腹が立ってきました。

そうして、教室内を眺め回してみると、掲示してある貼り紙には、
「ケンカをしない」
「イジメをしない」
という否定的な表現のネガティブ・ワードがいっぱい。

たしかに、ケンカやイジメはいけないことですけど、
そもそもそんなにケンカやイジメが横行しているほど、このクラスは不良だらけなのか、
というとそんなことはなさそうですし、
ケンカやイジメに無縁な子どもたちまでも逆に意識してしまうのではないか、
むしろ逆にケンカやイジメを助長してしまうことになるのではないか、と心配になってしまいました。
たとえば、「ろうかを走るな」と言われたら、走りたくなるのが子供ですよね。
だったら普通に、「思いやりの気持ちで…」とか、「お友だちには優しく…」とか、
同じ意味でも別の前向きな表現ができないのかな、この先生は…、
と思ってしまいました。

まあ、せめてもの救いなのは、
このダメダメ女教師は…、
3年1組の担任らしく、うちの娘の担任ではない(娘は2組)、
ということくらいでしょうか。
うちの娘はチャレンジコースというのを選択していて、
親としては
「よしよし!! 算数のデキはともかくとして、ちゃんとチャレンジ精神を発揮しているな」
と喜んでいたのも束の間…、
このダメダメ女教師に出くわしてしまいました。

それにしても、最近の小学校のシステムは凄いですね。
まだ低学年なのに授業も選択性になっているなんて。
算数は…、
「じっくりコース」
「しっかりコース」
「チャレンジコース」
という三つのコースに分かれているんです。

だったら、この先生…、
先生本人が「じっくりコース」から勉強し直したほうがいいのではないか、
と思ったのは私だけでしょうか?

 

…と、
前置きはこれくらいにして、
それでは
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本日のテーマは
【一緒に感動してくれる人】
です。
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コラム 「S君と彼の毛ガニ」

小学校一年生の頃。
S君の席は私のすぐ後ろでした。
勉強はからっきしだめでしたけれども、野球をやらせたら誰にも負けない、
身体が大きくて、面白くて、わんぱくを絵に描いたような子でした。

ある日、S君は前の晩に食べた毛ガニの殻を学校に持っていきました。
甲羅の部分に、まだ黒くてテカテカした小さな目がついていて、大きくて立派な毛ガ
ニの殻でした。
S君はそれを大事そうに触りながら、組みあがったプラモデルを眺めるように、
「すごいなあ、すごいなあ」と言っていた。
彼にとって、甲羅の形や質感が、この上なくカッコよく思えたらしいのです。

朝一番の授業で、クラス担任のH先生が入ってきました。
H先生は、しゃべるたびに口角から泡が出る、おばあちゃん先生でした。
あるいは、当時の私たちにとっておばあさんに見えただけで、
実際にはそれほどおばあさんじゃなかったのかもしれません。

S君は彼の毛ガニを先生に見せたくて仕方なかったようで、
そしてそのためにわざわざ丁寧に洗って学校まで持ってきたようで、
いの一番に教壇に駆け寄り、H先生に自慢の毛ガニを差し出しました。
ところが、H先生は、まるでゴキブリでも見せられたかのように、目をまん丸くし
て、
そして、「何を学校に持ってきてんの!汚いわね。そんなもの早く捨てなさい!」
とS君を怒鳴りつけたのです。
先生の口角からは、いつもよりたくさん泡が飛んでいました。
S君は、もちろん毛ガニを捨てることなんかできっこなくて、
そのまま小さくなって席に戻ってきました。
私は、気の毒になって、席に戻ってくる彼から目をそらしました。

S君がH先生に怒鳴られるのは、何も特別のことではありません。
授業中にふざけて叱られるのは日常茶飯事でした。
それでも、いつも元気なS君がこのときほどしょんぼりしてしまったのを
私は見たことがありませんでした。

何もなかったように授業は進みました。
しばらくして後ろを見てみると、
S君は机の下でやっぱり毛ガニを大切そうに触っていました。

教室の前の方には、先生専用の本棚があって、
立派な本が並んでいました。
本のタイトルは難しい漢字で読めなかったけれども、
子供の心を勉強する本なのだなという程度のことは私にもわかりました。

そしてそれを見るたびにいつも不思議に思いました。
なぜわざわざ大人が書いた子供に関する本を読むんだろう。
子供の心が知りたいのなら、僕らに聞いてくれればいいのに、と。

H先生は、子供の心を教育書に求めた。

そして、目の前で日々息づく子供たちの心を感じようとはしなかった。

日焼けした野球少年を見かけると
必ず私はS君と毛ガニを思い出します。

あれから三十五年――。

S君は、毛ガニの殻に一緒に感動してくれる人と出会えただろうか。

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