早川勝メール【519号】死ぬときに後悔しない医療

2010-05-23

 

笑えるサラリーマン川柳を紹介します

「離さない」 10年経つと 話さない

 

「先を読め」 読めるわけない 先がない

 

以上
今回の前置きは短くこれくらいにして
本日は…
新たに「429冊目」のオススメ書籍から抜粋した「なるほど!」という文章をご紹介します
今回のテーマは
【尊厳ある死】です
お役に立てれば幸いです

私の本よりためになる「オススメ書籍」シリーズ【No.428】
「死ぬときに後悔しない医療」
緩和医療医 大津秀一著
小学館文庫

「緩和医療が行われていない病院」では人はどのように亡くなっていくのか、
その現状をご覧ください。

四十八歳男性のAさんはある朝、顔が黄色いことに気がついてB病院を受診。
内科の医師は「黄疸の原因を調べてみましょう」
そう言ってAさんに即日入院を指示しました。
「入院して血液検査とお腹のCTという検査を受けるように」と。
医師は肝臓や膵臓などいろいろな場所の異常が原因で黄疸が出るので、
その原因はCTの検査をしてみないと分からないと告げました。
入院後も黄疸は変わりませんでした。Aさんは四日目の昼のCT検査を受けました。
同日夕、Aさんのフィルムを見た放射線科の医師は内科の医師を呼びました。
二人の前にかかったCTのフィルムには、
膵臓にある大きな腫瘍と肝臓に存在する無数の転移がはっきり写っていました。
膵がんとその肝転移であり、末期的状態と考えられました。
内科医師はAさんに内緒で家族を呼びました。
Aさんの家族は四十六歳の妻と二十歳の娘、十七歳の息子です。内科医師は告げます。
「残念ながら、Aさんは膵臓がんです。肝臓にも転移していて末期がんです。
外科的に取り去ることはもう不可能ですので、治療は化学療法、すなわち抗がん剤の適応です。
しかし抗がん剤で根治させるのは不可能ですし、
副作用ばかりで効果を認めない可能性も十分あります。
また、化学療法を行って万が一効いても、余命の延長は二、三ヶ月程度でしょうか。
ただし、化学療法で症状が軽くなる可能性は残されています。
いずれにせよ余命は数ヶ月程度と考えられます。本人にこのことを告知しますか?」
突然の事態に家族は驚きを禁じえません。
特に夫が数ヶ月で死んでしまうという事実を突然つきつけられた妻の動揺は激しいようでした。
妻はただ泣くばかり。代わって娘が答えます。
「私たちは伝えるべきかどうかとても判断できません……。先生にお任せします」
医師は困りました。
「それを判断するのは私ではありません。ご本人の希望やご家族の希望で判断したいのですが……」
息子が口を開きます。
「先生、もうちょっと時間をください。突然の話なんでどうしたらいいのか全く分かりません。
家族みんなで話し合って決めたいと思います」
「そうですか……。ではご本人に何と説明しますか?」
妻は涙ながらに答えました。
「先生、何かいい病名はないのですか?
あの人は心配症で、きっとがんだなんて言われたら落ち込んでやり場のない苦しみを感じると思います。
どうしたらいいのでしょうか?」
最後は消え入るようでした。医師は答えました。
「では……慢性膵炎ということにしましょう」

翌日、Aさんに医師から説明がありました。何でも「慢性膵炎」という病気で黄疸が出ているとのこと。
慢性膵炎は食事が大事なので、基本的には食事療法のみで無治療で経過を見るといいます。
「私は病気のことは何も分からないので……。全部先生にお任せしますよ」とAさん。

はたして「治療」が始まったAさん。点滴も始まりました。
食欲も今一つないのでそれを補うためとのことでした。
内科医師はやむをえず点滴のみで経過観察をしていました。
告知をしていないのに、副作用の出る可能性がある抗がん剤を投与するわけにもいかないからです。
……こうしてあっという間に一ヶ月が過ぎました。
最初の症状は腹部の膨らみでした。
それは瞬く間に大きくなり、Aさんのお腹はパンパンになってしまいました。
黄疸も引かず、全身のだるさは日に日に進み、食欲も全くなく、
そしてそのころから腹部が張っていることによる痛みの他に、
胃のあたりや背中に鈍痛が現れるようになりました。痛みは時折激痛になります。
そんなときAさんは額に脂汗を流して、うずくまりながら痛みが引くのをずっと待つのでした。

「Aさん。具合はいかがですか?」
医師が回診に来ます。よく見ると医師の表情はすぐれません。
「時折……ですね、お腹の……そう、このあたりと背中が痛むんです」
声にも力が入りません。医師を見る目にも力がこもりません。
医師の表情が一瞬歪んだようにAさんには見えました。
「そうですか……。膵炎は痛いですからね。痛みを取るようにします。
ちょっとずつは良くなっていると思うんですけどね……。だから頑張っていきましょうね」
そう早口で告げると、医師はさっと踵を返しました。

Aさんが医師の姿をはっきり見ることができたのはその日が最後でした。
Aさんはその夜から昏睡状態に陥ったからです。
家族ら全員が呼ばれました。
医師が家族全員と会うのは、家族への告知以来初めてでした。
「がんが進行し、全身衰弱も顕著です。
がんのせいで腹水といってお腹に水がたまっていてパンパンです。
悪液質というがん末期の症状の一つなのですが、栄養状態も極めて不良で、
食事もできなくなってしまったので、股にある太い静脈からカテーテルという管を入れて、
そこから水分と栄養を補っています。余命はもはや幾ばくもないとい考えられます」
病室に案内された家族は驚きます。
Aさんは半眼で目の焦点は合わず、顔も……というより全身が黄土色で、
お腹はやせ衰えた体に不釣合いなほど大きく盛り上がっています。
全身もむくみがひどく、もう一度顔に目をやると、いつもの一・五倍はあるかというくらいに膨らんでいます。
股から入っている点滴の管にはいくつもの点滴のボトルがつながっています。
何がどういう目的の点滴か分かりませんが、
一つの点滴の管に何種類ものボトルからの管がつながっている光景は、
娘の目にはくもの糸のように映りました。
他にも尿の管、よくよく見ると鼻からも管が出ています。
黒いものを吐いたから、という理由で付いているとのことです。
息子は吐き気を催してきました。
やや暗い病室はモニターやポンプの光がせわしなく点滅し、時折がなりたてるようにブザーが鳴ります。
ピピピピとかポーンとか、その音を聞くたびに何がAさんに起こっているのか、
家族はただただ不安で音が鳴った方とAさんの顔を交互に見るのでした。

しばらくして、Aさんの呼吸が荒くなってきました。苦しそうです。
家族は再度医師から説明がありました。
もう尿も出ておらず、要体は時間の問題であること、
心臓や呼吸が止まっても積極的な蘇生は行わないことなどが決まりました。
午前二時、娘と息子はいったん帰宅します。
午前四時、うとうとしていた妻はあわただしい足音で目が覚めました。
気がつくと医師がAさんの脇に仁王立ちになっています。
Aさんに目をやると先ほどまであんなに苦しそうだった呼吸がゆっくりになっています……
いやむしろ今にも止まりそうな……。
我に返った妻は呼びかけます。
「あなた?あなたっ!先生、死ぬんですか?夫は死ぬんですか!?」
医師は黙ってうなずくのみでした。
傍らにあるモニターの心拍数と考えられる数が少しずつ減っていきます。
六十……四十……十五……。
「先生、待ってください!娘と息子がまだ!」
医師は黙って心臓マッサージを始めます。
看護師が手押しの酸素マスクを運び込み、Aさんの口にあてました。
心臓マッサージで医師が胸をドスン、ドスンと圧迫するたびに、
Aさんの体はベッドの上で大きく揺れ動きます。
医師は汗だくで、何かに取りつかれたように一心不乱に心臓マッサージを続けています。
ゴリッ、突然鈍い音が病室に響き、医師は一瞬その手を止めました。
「しまった、肋骨をやっちまったか……」
小さな声で医師がつぶやくのを妻は聞き逃しませんでした。
それでも医師は手を休めずまたドスン、ドスンと心臓マッサージを続けます。

そしてそれは三十分後、娘と息子が到着するまで続けられたのでした。
娘と息子が到着した後、医師はAさんの死を家族に告げました。
ベッド上のAさんには多くの管が絡み合い、
Aさんの姿はつい何ヶ月前とは似ても似つかぬ異形の姿と鳴っていました。
息子は吐き気の原因が、まさに父の姿によるものだったと後に気がつきます。
焦点が合わない目を半眼にした父の目、口をだらしなく開いた父の姿、
そしてゴムまりのように膨らんだ父の全身……。
こうして家族へのがん告知から二ヶ月後、Aさんは亡くなりました。

さて、皆さんはどんな感想を持たれたでしょうか?

残念ながらこのようにしてお亡くなりになる方も少なくないのが一面の真実です。
これが死の現実なのです。

善良なAさんに、別の死に方はなかったのでしょうか?

 

 

2010年5月23日(日)

 

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生きてるだけで「ツイてる!」
感謝感謝の「早川 勝」でした。

E-mail:hayakawa@tsuitel.in

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