【879号】AIとBIはいかに人間を変えるのか 人類史上初、我々はついに「労働」から解放される――。

2018-10-07

 

 

このたび、『営業の鬼100則』の発売を記念いたしまして、

早川勝の「オフィシャルサイト」をリニューアルオープンしました!

http://tsuitel.in

色鮮やかに蘇りましたので、ぜひ、ご覧ください。

過去のメルマガ投稿なども10年前まで遡って楽しめますよ。

 

そして同時に、

Bookサイト(トップページ)もリニューアルしています。

http://tsuitel.in/books/index.html

トップ画面は『営業の鬼100則』をメインにしました。

 

人気シリーズの紹介ページもございます

http://tsuitel.in/books/index3.html

 

書籍一覧ページもバージョンアップしました!

http://tsuitel.in/books/book_list/index.html

 

 

まずは、お知らせまで。

これからもよろしくお願いします(^.^)/~~📚

 

 

 

以上、前置きはここまでといたしまして、

メインコンテンツに入ります。

 

本号も、お薦め書籍(681冊目)として、

ためになる一節を抜粋し、ご紹介いたします。

 

本日のテーマは、【人工知能とベーシック・インカム】です。

 

お役に立ちましたら幸いです。

それでは、どうぞ!

↓↓↓↓↓↓↓

私の本よりためになる「お薦め書籍」シリーズ No.681

『AIとBIはいかに人間を変えるのか』

人類史上初、我々はついに

「労働」から解放される――。

この歴史的大転換をどう生きるか!

AI(人工知能)・BI(ベーシック・インカム)論の決定版!

すべての生産活動はAIが行い、

生きていくためのお金はBIで賄われる

働く必要がない世界は ユートピアか、深い苦悩の始まりか――。

波頭亮 著

幻冬舎

 

 

超富裕層の下の富裕層(資産1億円以上)は、

日本全体での経済成長が事実上止まってしまっているこの20年の間にも

年々増加してきている。

先にも述べたように、超富裕層と富裕層を合わせた世帯は、

2005年87万世帯であったのに対して、2015年では122万世帯と、

10年間で4割以上も増加しているのだ。

そして国民の人口における資産1億円以上を保有する富裕層の割合は1.9%と、

ドイツ、アメリカの1.4%を抜いて主要国の中では世界1位である。

この指標で見るならば、

「日本は世界で一番お金持ちの割合が多い国」ということになる。

 

その一方で、日々の生活に所得を全て費やしてしまい、

資産を全く持てない貯蓄ゼロ世帯も増加傾向にある。

貯蓄ゼロ世帯は2005年に1505万世帯であったのに対して

2015年には2366万世帯と、

こちらも10年間で5割以上増えており、これは過去最高である。

 

(中略)

 

つまり、所得の面でも資産の面でも、富める者はさらに富み、

貧しい者はさらに貧しくなるという二極化現象が進行しているのである。

 

(中略)

 

再分配の話をすると「貧困者を救う」ためだけのように受け取られがちであるが、

実は貧富の格差が拡大すればするほど、

貧しい人だけではなく富める人までもが幸福感を失うことが明らかとなっている。

 

経済学者のリチャード・ウィルキンソンと疫学者のケイト・ピケットによって

著された『平等社会』によれば、社会の経済的不平等性が高まるほど、

富める人も気分が塞いだり、疑い深くなったり、

その他の無数の社会的問題を背負いやすくなったりするという。

 

この経済的不平等と社会問題の相関については、

その後も数々の検証がなされ、立証されてきた。

また逆に、広範な福祉体制が整っている国においては、

富める人も貧しい人もより幸せであり、

社会的問題もあまり抱えていないことも示されている。

 

キューバでは教育、医療などの公的サービスは全て無償であり、

一人当たりGDPが約7000ドルという決して豊かとは言えない生活を営んでいても

皆が明るい表情でライフを楽しんでいることからも、このことは理解できるであろう。

 

もちろんこうした幸福感や社会の活力の問題の要因は所得格差だけではないし、

ある程度の不平等が生じてしまうというのは自然なことである。

努力によって人より秀でたいという意欲の発生は人間の必然であり、

その対価として報酬がもたらされることは健全なモチベーションに寄与する。

しかしシャファーの欠乏の心理学で示されたように

健全な格差には健全とみなされる範囲があるのだ。

 

日本をはじめとする先進国では、

格差が〝適切〟な範囲をはるかに上回ってしまっている。

これを適正水準まで戻すための再分配制度は、貧困層だけでなく、

裕福な人まで含めた社会全体の活力を向上させるためにも必要不可欠なのである。

 

(中略)

 

例えば、先にゴールドマン・サックス証券のトレーダー1600人が

AIを導入することによって2人で済むようになったという例を紹介したが、

この場合では300倍の生産性向上が実現したことになる。

 

しかしそうした作業労働型のタスクの代替は、

AIが担うであろう仕事のごく一部に過ぎないと考えられる。

AIが担ってくれるであろう知的タスクは、

そうした定着化が可能な作業労働にとどまらない。

アルファ碁が見せつけたように、人間以上の頭の良さは、

敗れた囲碁の世界チャンピオンであるイ・セドル氏の何倍の生産性に匹敵するのかは

定量的には算定・計画できないのである。

 

では、AIがもたらしてくれる価値や豊かさはどのように推量すればよいのか。

かつてケインズは、将来技術が発達していくことによって

1日3時間労働で済むようになるという託宣を出したが、

AIの導入によって同様の生産性改善が実現するとしても、

現在6時間~9時間の労働時間が2分の1から3分の1になるだけである。

これでは生産性の向上はたった2倍~3倍ということになる。

しかし、ほとんどの知的労働を代替する可能性を持ったAIによって得られる豊かさが、

たったそれだけの範囲に収まらないことは明らかであろう。

 

(中略)

 

AIが経済における生産活動の効率性を高め

社会に多くの富を産出するようになっても、

人々に自由と豊かな生活をもたらすためには

BIが不可欠であると説明した。

つまり、「働かなくても、食って良し」

というBIの基本理念に基づいた再分配策が採用されてこそ、

AIという歴史的技術革新の成果を社会の果実とすることができるのである。

 

しかしよく考えてみれば、「働かなくても、食って良し」という考え方は、

権利と責任をセットで考える民主主義の理念には合っていない感じがする。

むしろ民主主義の最も基本的な規範の一つが「働かざる者、食うべからず」であり、

日本の憲法においても「勤労の義務」が掲げられているほどである。

 

こうした考え方と対比してみれば、

「働かなくても、食って良し」は真逆の考え方だと言えよう。

また貢献と報酬のバーターを図る市場機能を最重視する

資本主義のメカニズムにも合わない。「働かなくても、食って良し」は

貢献と報酬のバーターを文字通り真っ向否定するものである。

 

にもかかわらず、AI化時代は「働かなくても、食って良し」

の理念に基づいたBIに支えられてこそ、人々の豊かな生活が実現する。

 

先ほどは生産と消費、資本と労働という経済の観点からBIの必要性を説明したが、

次に規範や価値観の観点からBIの合理性・必然性を説明してみよう。

まず「働かなくても、食って良し」に対置する規範である

「働かざる者、食うべからず」について、この規範の有効性と成立要件を検討し、

その検討を踏まえてBIの基本理念である「働かなくても、食って良し」が

AI化時代に適合していることを検証する。

 

(中略)

 

それでは前項で示したような変化が進展して、

その先に到達するであろう〝新しいステージ〟において、

人間はどのように働くのか、

そしてどのような生活と人生を営むのかについて考えてみよう。

 

先にも少し触れておいたが、〝新しいステージ〟においては経済自体の重要性は低下し、

生きるための労働や生活の必需を賄うための仕事に就くことは

無くなっているかもしれない。

AIによる圧倒的な生産力の実現と給付水準を拡大した

スーパーBIが導入されることで、

働かなくても良くなる可能性は十分にあると考えられる。

 

ではそうなった時に、人間は働かなくなるのだろうか。

 

私は、そうは考えない。

「働く必要がない」というのは「働くべきではない」という意味とは全く異なる。

 

ただし、〝新しいステージ〟においては「働く」という言葉の意味合いや、

人生における「仕事」の位置づけが、

これまでとは大きく転換することになると考えられる。

仕事の種類について、労働条件やタスクのタイプ、

及び就労の動機や取り組み姿勢によって3つに分ける考え方がある。

労働(labor)、仕事(work)、活動(action)である。

 

労働(labor)は、生きるための糧を得るためにやるもので、

非自発的、受動的な姿勢での取り組みになる。

タスクのタイプも単純作業や肉体労働負荷が大きいものであることが多い。

 

仕事(work)は、自分の特性を活かしたり、

自己成長に繋げたいとする動機を以て、積極的に選択して就くものである。

就業の動機に自己実現や興味・関心の追求といった

金銭的報酬以外の要素も入っていることがポイントである。

また、取り組み姿勢も自発的・能動的である。

タスクのタイプは高度な知識や技術・技能を要するものが多く、

報酬水準も高い場合が多い。

 

活動(action)は、労働を提供している対価(主に金銭的報酬)を得ようとするのではなく、

人や社会との交流を通じて自己実現や社会貢献をしようとするものである。

自発的、能動的に行うものであるが、

対価の獲得を意識していない点が仕事(work)との大きな相違である。

 

この労働、仕事、活動の分類に則して考えると、

〝新しいステージ〟では生きるための対価を得るために

仕方なくやらされる労働(labor)は無くなるだろう。

 

この「仕方なくやらされる労働が無くなる」という点が

AIとBIが導いてくれる〝新しいステージ〟の歴史的、文明論的な意義であり、

最大の特徴である。

 

(中略)

 

生きるための労働が不要になれば、多くの人々は働かなくなるのかというと、

実は人間はそのようにはできていない。

人間は生きるために労働する必要が無くとも、

何らかの仕事や活動を行うものである。

 

 

 

2018年10月7日(日)

 

【編集後記】

 

ちなみに、BIというのは、

国民全員に生活できるだけの現金を無条件で給付する「ベーシック・インカム」

という制度のことです。

2年前にスイスが導入の国民投票を行ったり、

去年からフィンランドが実験を始めたりして、

各メディアで話題になり、広く関心を集めましたよね。

 

私も、この本を読んでいろいろと考えさせられました。

まさに今、我が組織が目指している仕組みと似ているような…。

 

近い将来には、すべての生産活動はAIが行い、

生きていくためのお金はBIで賄われる、

そんな労働する必要がない「理想郷」ができあがっていくのでしょうか。

 

 

では、また来週号をお楽しみに!

 

 

本日も最後までお読みいただきまして、

ありがとうございました。

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