【820号】より少ない生き方 ものを手放して豊かになる THE MORE OF LESS

2017-02-05

 

かつて私とビジネスで苦楽を共にした盟友であり、

今や悠々自適な独身生活を謳歌している1人のマダムが、

虎ノ門のオフィスを訪ねてきてくれました。

 

その夜は、久しぶりの再会ということもあったので、

近所の虎ノ門ヒルズで食事をしました。

東京タワーの夜景を横目に、

香港スイーツを味わいながら昔話に興じることとなったのですが…

 

実は、その席において彼女は、

ごく親しい人にしか話していないという「秘密」を

そっと私に打ち明けてくれたのです。

 

それは半年前のこと。

「乳がん」の手術をして患部を切除したのだと…。

 

直前の人間ドックでは発見できなかったものの、

自分でしこりに気づいて精密検査を受けたことが

早期発見につながったのだと教えてくれました。

 

すぐ命に関わるような深刻な状況でなかったとはいえ、

「死」を意識したことは想像に難くありません。

 

それほど生への執着などないと思っていた彼女は、

意外にも「生きたい」という思いを強くした自分に

改めて驚いたと言います。

 

手術を決意したときの心境たるや、

女性としての様々な葛藤があったことでしょう。

 

告知があった季節は、夏真っ盛り。

数か月前から予約していた海外旅行を控えていた時期でした。

手術前というタイミングではありましたが、

まだ体は元気だし、せっかくの夏休みなので、

彼女はバカンスを楽しむことにしました。

 

海外旅行での一番のお楽しみ…、

それは毎年恒例の「ショッピング」。

 

しかし、いつもならばワクワク気分が高揚するお買い物を

まったく楽しむことができませんでした。

 

単に、がんのことが彼女を憂鬱にしていただけではありません。

 

明らかに人生の価値観が変化したのだと言うのです。

 

モノを所有することは

大した意味を持たないということに

気づかされたらしいのです。

 

人生と正面から真剣に向き合うと、

本当に大切なものが見えてくるのでしょうか。

 

 

彼女の話を聞いていて

私もつくづく考えさせられました。

 

たしかに、モノを手に入れるよりも

人生、もっと大切なことがあります。

 

モノへの執着を手放せば手放すほど、

「幸せ度」は増してくる気がします。

 

私の周囲にいる元外資系生保の仲間たちは、

ベンツを乗り回し、ロレックスを腕にはめ、

高級ブランドに身を包んで、

贅沢な暮らしをしている人たちも少なくありませんが、

(そのような優雅な生活を否定するつもりは毛頭ありません)

決して幸せとは限りません。

 

浪費することと、幸せになることは、

まったく別ものです。

 

 

ちなみに私自身は、

昔から「物欲がないよね」とよく言われてきました。

(それが良いか悪いかは別にして…)

 

たとえば、車は、庶民的な国産車にもう13 年も乗り続けています。

(走行距離はわずか6万キロですが…)

 

腕時計は、着けない主義です。

スマホや腹時計でことが足りてしまいます。

 

ゴルフクラブは、かれこれ10年以上も握っていません。

 

私服なども、ほとんど買いません。

というか、そもそも休日に外出しないもので、

スーツと部屋着(パジャマ)以外の私服は必要ないのです。

 

夜のネオン街を豪遊した時代は

遥か遠い昔のことのようです。

 

書斎に籠る、ここ数年来のライフスタイルに変わってからというもの、

幸福度が著しく向上したことは間違いありません。

 

 

そんなことを考えながら、

虎ノ門ヒルズを後にしました。

 

そうして自宅へ帰ると、

「恵方巻」が待っていました。

 

〆で五目チャーハンとマンゴープリンを食べたことを

若干後悔しつつ、

北北西に向かって恵方巻を頬張りました。

 

世界平和と無病息災を祈りながら…。

 

 

 

以上、前置きはここまでといたしまして、

メインコンテンツに入ります。

 

本号も、お薦め書籍(679冊目)の中から、

ためになる一節を抜粋し、ご紹介いたします。

 

本日のテーマは、

【手放す】

です。

お役に立ちましたら幸いです。

それでは、どうぞ!

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私の本よりためになる「お薦め書籍」シリーズ  No.679

『より少ない生き方』 

ものを手放して豊かになる THE MORE OF LESS 

「新ミニマリズム」旋風を巻き起こした全米ベストセラー、日本上陸!

誰でも簡単に始められて一生続く!

100万人を幸せにした時間とお金から自由になる方法

ジョシュア・ベッカー=著 桜田直美=訳

かんき出版 

 

 

イエスがまだ教えを始めたばかりのころ、

若い役人がやってきてある究極の質問をした。

「良き師よ」と、彼はイエスに尋ねた。

 

「永遠の命を授かるには何をすればいいのですか?」

 

イエスの答えは、そこにいるすべての人を驚かせた。

 

「持っているものをすべて売り、

そのお金をすべて貧しい人に与えなさい。

そうすれば天に宝を積むことになるでしょう。

そのうえで、私についてきなさい」

 

この場面を記録した人は、こんな言葉を残している。

 

「この役人は、まさかこんな答えが返ってくるとは思ってもいなかった。

彼はとてもお金持ちだったので、心から悲しくなった。

多くのものを持ち、ものに執着していたので、

手放すつもりなどまったくなかったのだ」

 

前の章でも述べたように、私のミニマリズム哲学は、

イエスの教えから大きな影響を受けている。

とはいえ、ミニマリズムに興味を持つようになったおかげで、

前から知っていたイエスの教えを、

新しい角度から眺められるようになったのも事実だ。

 

このイエスと役人の物語は、その典型的な例だろう。

昔の私は、イエスと役人の物語を読むたびにこう考えた。

 

「自分の持ち物とお金をすべてあげてしまったら、

惨めな人生になるに決まっている。

イエスは本当にそういう意味で言ったのだろうか?」

 

持っているものの数で幸せを測るような世界で暮らしていると、

イエスの言葉はまるでピンとこない。

 

機嫌のいい日だったら、こんなふうに考えて

自分を納得させていたものだ。

 

「たぶん現世で物質欲を手放せば、

天国へ行ったときに報われるのだろう。

きっとイエスは、そういう取引のことを言っていたのだ」

 

ところがこの理屈では、他のイエスの言葉とかみ合わなくなる。

 

たとえばイエスは、別のところで、

「私が来たのは、あなたが本物の人生を手に入れるためだ。

それは、あなたが夢に見たよりも豊かですばらしい人生だ」

ということも言っている。

 

イエスの教えはいつだってそうだった。

天国に行ってからだけでなく、

この地球上での日常生活を最大限に生きる方法を説いている。

 

ミニマリスト生活を実際に始めて、

これまで紹介したような利点をすべて経験すると、

イエスがお金持ちの若い役人にかけた言葉が、

新しい意味を持つようになった。

 

イエスが本当に言いたかったのは、

「持ち物をすべて売り、そのお金を貧しい人に与えれば、

自分も不要な重荷から解放されるだろう」

ということだったのだ。

 

ものに執着していると、

本当に豊かな人生からはむしろ遠ざかる。

 

ものを減らしなさい。

物質欲の重荷から解放されれば、

目指しているものには何でもなれるだろう。

 

これが、イエスの答えの本当の意味だ。

 

イエスの答えは、若い役人の信仰心を試しているのではない。

信仰が真実であることを証明するために、

究極の犠牲を払うことを求めているのでもない。

 

むしろ、より豊かな人生への招待状だったのだ。

 

あの若い役人は、自分の所有物のせいで、

真の意味では生きていなかったのだ。

 

このイエスの教えは、

どんな宗教を信じる人も共感できるだろう。

 

 

(中略)

 

 

世間は成功者を賞賛する。

もちろんそうあるべきだ。

自分の才能を磨き、努力を重ね、困難を乗り越えた人は、

世間から認められて当然だろう。

 

しかし残念ながら、私たちの社会は、

過剰なライフスタイルをもてはやす傾向もある。

 

もちろん派手な消費を崇拝することは以前からあったが、

ここまで極端になったのは現代になってからだろう。

 

雑誌を開けば、裕福な有名人の日常が

ことこまかに紹介されている。

長者番付も毎年発表される。

テレビのリアリティ番組も、

派手な浪費をくり返すライフスタイルを賞賛する。

インターネットも、贅沢な生活をしている人たちの物語で

あふれている状態だ。

 

私たち自身も同じことをしている。

 

近所に大きな家ができれば、

その大きさを賞賛する。

運転中に近くを高級車が通れば、

必ず気づいて何らかのコメントをする。

高級ブランドの服やバッグを持っている人をうらやましく思う。

お金持ちと結婚したいと冗談交じりに言ったりする。

お金を湯水のように使う生活を夢想する。

 

私たちは、すべてを持っているように見える人たちの生活にあこがれる。

そうやって、過剰なライフスタイルを賞賛しているのだ。

 

しかし、それは大きな間違いだ。

 

成功と、過剰なライフスタイルは、同じものではない。

 

金持ちになれるかどうかは、運によるところも大きい。

自分の努力と献身で富を手に入れる人もたしかにいるが、

それがすべてではない。

親から財産を相続する人もいるだろうし、

不正な手段で富を築く人もいるだろうし、

ただ単に運がよかっただけの人もいるだろう。

 

努力以外の手段でお金持ちになった人は、

実際のところ、世間から賞賛されるようなことは何もしていない。

 

どうやって裕福になったかは関係なく、

派手な浪費はそもそも賢いお金の使い方とはいえないだろう。

お金があるからといって、何に使ってもいいというわけではない。

 

それなのになぜ私たちは、

自分のためだけに浪費するお金持ちを

もてはやしてしまうのだろう?

 

それは、世の中の価値基準がおかしくなっているからだ。

 

実際のところ、派手な暮らしをしている人たちは、

必ずしも充実した人生を送っているわけではない。

 

むしろ質素で控えめな暮らしをしている人のほうが、

幸せで充実した人生を送っている。

 

私たちがお手本にすべきなのは、

この質素で幸せな人たちのほうだ。

 

しかしこういう考え方は、

まだまだ世の中の価値観と相容れないのが現状だ。

 

あなた自身も、過剰なライフスタイルを、

何か別のものと勘違いしていないだろうか?

その勘違いから、自分が消費文化に

どこまでとらわれているかがわかるだろうか?

 

成功を賞賛するのは正しい。

しかし、過剰なライフスタイルを賞賛するのは間違っている。

 

この2つの違いを知れば、

人生を変えることができるだろう。

 

正しい価値観を身につければ、

もう「もっと買え」という消費文化の戦略にだまされなくなる。

 

 

(中略)

 

 

聖書によると、イスラエルのソロモン王は、

同時代のどの王よりも莫大な富を築いたという。

 

支配下にある国王からの貢ぎ物で、

ソロモン王は年に666タレント(およそ25トン)

の金塊を手に入れていた。

 

金の価格が1オンス(約28グラム)あたり1000ドルとするなら、

毎年8億ドルの収入があったということだ。

 

しかも貢ぎ物の金塊以外にも、

税金と交易の収入まであった。

 

ソロモン王は派手に稼ぎ、

そして派手に使っていた。

 

ある意味で、ソロモン王も実験をしていたといえるだろう。

どこまで減らせるかという実験ではなく、

どこまで増やせるかという実験だ。

 

旧約聖書の「伝道の書」によると、

ソロモン王は自分に向かって

「さあ、来なさい。何がよきものであるか知るために、

快楽を使ってお前を試そう」

と言ったという。

 

ソロモン王は、この「マキシマリストの実験」の結果を

次のようにまとめている。

 

私は大きなプロジェクトを実施した。

自分のために何軒もの家を建て、ブドウ畑を開いた。

庭を造り、公園を造り、そこにあるあらゆる種類の果樹を植えた。

水路を開き、豊かに茂る木々を潤した。

男女の奴隷を買い、我が家で生まれた奴隷も所有している。

これまでエルサレムで暮らした誰よりも、

たくさんの家畜も所有している。

金銀を集め、配下の国王や領土から捧げられた宝も集めた。

男女の歌手を手に入れ、自分のためのハーレムもつくった。

男にとっての喜びだ。

私はエルサレムの歴史でもっとも偉大な男になったのだ。

 

ソロモン王は、この実験を極限まで推し進めた。

 

「目が欲しがるものは、すべて自分に与えた」

と彼は言っている。

 

この実験の結果はどうなったのか。

 

ソロモン王は人生の終わりに、

日記に心情を吐露している。

王の失望が痛いほど伝わってくる言葉だ。

 

私の手が為したすべてのこと、

達成するために努力したすべてのことをふり返ると、

すべてが無意味で、

風を追いかけるようなものだった。

 

ソロモンはこの実験で、「虚しさ」を発見したのだ。

 

私がおもしろいと思うのは、

ソロモンがやったような実験は、

実は現代人のほとんどにとって日常だということだ

(もちろんスケールはかなり小さいけれど)。

 

私たちもまた、自分のために最大限にお金を使っている。

 

そしてイスラエルでもっとも豊かな王様と同じように、

行き着く先は幻滅と虚しさだ。

 

ソロモン王の教訓を学ぶべきだろう。

 

今とは反対の方向に進み、

もっと少ないもので暮らす実験をする。

 

生きるために本当に必要なものがわかったら、

それ以上はもう持たない。

 

ものを減らしてできた空間は、

ソロモン王でも見つけることのできなかった喜びや

満足感で満たされるはずだ。

 

 

私はよく、「必要なもの」と「欲しいもの」は

どうやって区別するのかという質問を受ける。

 

私の答えはいつも同じだ。

 

「それを持たずにしばらく暮らしてみればわかる」

 

 

 

2017年2月5日(日)

 

【編集後記】

  

たしかに、いっときは衝動的に

「ぜったい欲しい!」と思ったものでも、

 

しばらく時が経つと、まったく興味がなくなる、

ということって、よくありますよね。

 

ふんふん、なるほど。

 

「物質主義を手放して、より豊かに生きる」


そんな生活を目指していきたいものですね。

 

ではまた来週!

今週も素敵な一週間をお過ごしください。

 

本日も最後までお読みいただきまして、

ありがとうございました。

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 早川勝

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『ツイてない僕を成功に導いた強運の神様

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