早川勝メール【776号】あきらめる勇気 「心がすっと軽くなる」人生の処方箋

2016-01-24

 

最近、バスの事故など、悲しいニュースが続きますね。

交通事故を少しでも減らしてほしい、

という思いを込めて、

本日は、5年前に配信したメルマガの前置きを再送することにしました。

 

では、ハンカチのご用意を。

↓↓↓

小学校で保護者に配布された『風見しんごさんの講話』

「飲酒運転根絶会議」ダイジェスト版

 

3年前、突然襲われた交通事故についてお話します。

毎日のニュースで、交通事故という言葉を耳にしない日はありません。

これだけ交通事故が続いていると、その言葉に慣れてきてしまいがちですよね。

私もそうでした。

自分の家族に死亡事故が起こるまでは…。

やはりテレビのニュースを見れば、悲惨だなぁ、と思いますが、

一件一件の死亡事故の現場で実際にどれだけのことが起きているのか、

ということまでは目を向けてきませんでした。

そんな私の家族に起こった交通事故のことを聞いてください。

 

恐ろしい交通事故、それは突然やってきます

被害者の中に「私は今日、交通事故に遭うな」

と思っている人は一人もいないでしょう。

 

そして、交通事故というのは人を選んでくれません。

その人がどんなにまじめな人であろうが、どんなに幼い命であろうが、

人を選んではくれません。

 

僕にも子供が二人いました。

一人は7歳に成長しましたが、

長女の方は、3年前のあの日以来ずっと10歳で止まったままです

 

その日、娘はいつもと変わらない朝を迎えました。

いつものように眠い目をこすりながら起きてきて、

いつものようにお母さんの作った大好きなツナサンドをほお張って

いつものように「おじいちゃん、寒いよ〜」

と言いながら白いジャンパーを着せてもらい、

そして、いつもと変わらない笑顔で

「いってきまーす」と言って家を出ました。

 

「いってきまーす」と言って家を出た娘が、

その5分後にはトラックの下にいたのです

 

娘を送り出したあと、私と家族は自宅にいたのですが、

そこに近所の人が飛び込んできました。

「えみるちゃんが事故!えみるちゃんが事故!」、

ただそれだけでしたから、

まさか自分の子供が死亡事故に遭っているとは

考えもしませんでした。

「きっと車に接触して、すりむいて血を流して、

たぶん道路脇にへたり込んで大きな声で泣いているんだろうな」

とにかく早く行って「大丈夫だから」と言葉をかけて

慰めてやらなきゃと思いながら

妻と一緒に自宅を飛び出しました。

自宅から100m先の角を右へ50m行ったところに横断歩道があります。

 

「早く抱きしめてやらなきゃいけない、

大丈夫だからと落ち着かせてあげなきゃいけない」

とそんなことを考えていました。

 

そして、家の先の角を右に曲がり

さらにその先にある横断歩道を見ましたが、

娘の姿はどこにもありません。

道路脇に泣きながらへたり込んでいる娘の姿を想像していた僕の胸

嫌な予感が走りました。

トラックに近づくと周りの人たちからは

「見ないほうがいい、見ないほうがいい!」と言ってくれましたが、

トラックの下から最初に見えたのは、

ありえない形にひしゃげた娘の足でした。

 

周りでは多くの人たちが助け出そうと動いてくださいました。

ある人は「何で早く救急車を呼ばないんだ!」、

またある人は「そんなジャッキしか積んでいないのか!」、

さらに別の人は「なんでエンジンを切らないんだ!」と、そんな騒ぎの中、

 

今でも忘れられないのは、

エンジンのかかったままのトラックの下にもぐり込んでいる娘を

救い出そうとしている妻の姿です

僕はその3トントラックを持ち上げようとしたのですが、ビクともしません。

しかし、近所の人やたくさんの人たちの力でトラックが浮いたんです。

そしてトラックの下から、大事な大事な娘がやっと出てきたのですが、

全身血だらけでした。

 

そのとき残念だと思うことは、

事故を起こしたときの運転手の人が一番先に連絡を取ったのは、

救急車を呼ぶことではなく、会社への報告であったということです。

辛いです。

 

今となっては親としていろいろと後悔することがあります。

あの朝、あと5分早く学校へ行かせていたら助かったんじゃないか。

「いってきまーす」のあと、

孫の「ランドセルを背負った姿」を最後まで見ていたおじいちゃんも、

何であと50mついて行ってやらなかったのか、と悔やし涙を流しました。

家族は皆それぞれがいろんな後悔をしました。

 

その後、救急車が来て、娘が乗せられ私たちも一緒に病院へ向かいました。

頭蓋骨骨折、顔の骨が砕け、肋骨が折れ、腰の骨が砕け、足の骨折、など、

即死状態といわれましたが、実は違うんです。

 

午前8時8分に事故が発生してから1時間半、

10歳の幼い命は生きていたんです。

若い命、夢を持った命は生きようとしていたんです

病院の控え室で待機している僕たち家族の所に

お医者さんは来て言いました。

娘さん生きようとされていますよ。

一生懸命生きようとされてますよ」と。

天国へ旅立った9時33分までの1時間半の間、

10歳の命は生きようとしていたのです。

即死状態と言われた交通事故で

体がどんなにボロボロでグチャグチャになっていても

生きようとしていたのです。

 

娘が頑張った1時間半、どれだけ痛かったか、

どれだけ辛かったか、どれだけ怖かったか、

事故から3年が経ちますが、

親としてそれを考えない日は一日たりともありません

 

9時33分に天国へ旅立ってから娘が病院を出ることができたのは

検視が終わった6時を回る頃でした。

その長い時間、妻は娘の手をずっと握り続けていました

握っている間に手がどんどん硬くなっていくのが分かったそうです

病院を出るときに抱き上げた娘の体は丸太のように硬くなっていました。

 

それから葬儀社の人が来られて死に化粧をするのですが、

娘の姿は化粧をするにもあまりにも変わり果てていましたから、

5時間かけてどうにか、

ぎりぎりお友達に見てもらえる状態に化粧していただきました。

 

「いってきまーす」と言って家を出た娘が、

我が家に無言で帰ってきたのは深夜1時をまわっていました。

玄関には、娘がその日に行くはずであった新体操教室の

体操着などが入ったブルーのバッグが置かれていました。

 

娘はきっと学校から「ただいまー」と帰ってきたらすぐに

新体操のバックを持って出かけようと思い、玄関に置いていたんでしょう。

そのバッグを娘が手に取れなかったのかと思うと、

胸が張り裂けんばかりの気持ちになりました。

 

妻はそのバッグを1年間そのままその場所に置き続けていました。

娘がいつか取りに帰ってくるかもしれない。

そんな思いで…。

 

その後、通夜があり、お葬式がありましたが、

私は現実を受入れられませんでした。

突然すぎて、何をやってるんだろう、

何をこんなに長い夢を見ているんだろう、と、そう思いました。

 

葬儀が終わって娘は小さな壷の中に入り、

変わり果てた姿になってしまいましたが、

それでもまだ、交通事故は終わらないんです。

 

一ヶ月後が経ち、遺品を返還してもらうため、

妻と二人で警察署へ向かいました。

警察官の方がダンボール箱を抱え、

丁寧にたたまれた娘の服やハンカチ、そして鞄や傘などを持ってきてくれました。

傘はグチヤグチャに折れ曲がっていました。

皮で頑丈にできているはずの赤いランドセルも

ズタズタに引き裂かれた状態になっていました。

どうやったら一瞬でこんな悲惨な形に

ランドセルを変えることができるんだろうと思うくらい、引きちぎれていました。

それを見たとき、改めて交通事故の怖さを感じずにはいられませんでした

 

何より私が驚いたのは、ランドセルの中に入っていた筆箱と鉛筆です。

もちろん筆箱もつぶれていましたが、

中の鉛筆は折れているのでなく、まっ平らなんです。

鉛筆が平らになってしまうなんて、

いったいどれだけの圧力を受けたのだろうか、と、

それを見たときは、警察署の中で泣き崩れてしまいました。

 

やがて、どうにか気持ちが落ち着きだし、

なんとか普通に息が吸えるようになった頃、

今度は裁判が始まります。

その裁判でまた事故の現実、悲惨な状況を

一からすべてを思い出さなければなりません。

しかも裁判は、一日や数時間で終わるものではなく、

本当に重たい時間が何ヶ月も続きます。

加害者の家族にとっても、重たい時間がずっと続くのだと思います。

 

辛くなるからそう考えるのはよそうと思っても

「娘は死んだんじゃない、殺されたんだ」、

と、やはり親としてはそう思ってしまいます。

 

被害者と加害者だけでなく、

たくさんの人たちも多くの悲しみを抱えています。

娘の親友だった子は拒食症になってしまいました。

 

たった一つの死亡事故で、

そこに起きる悲しみはあまりにも多すぎます。

一件の死亡事故が減ると当然の一つの命が助かります。

それだけでなく、一件減るだけで

多くの人たちの悲しみもなくなっていき、

一件増えれば、

また何十、何百という悲しみが増えています。

 

ぜひ、これからも飲酒運転がなくなりますように。

そして死亡事故がゼロになりますように。

祈っています。

 

以上。

 

それでは、

そろそろメインコンテンツに入ります。

 

今週も、お薦め書籍(638冊目)の中から、

ためになる一節を抜粋し、ご紹介いたします。

 

Facebook友達の中村さんより

献本いただいた彼のデビュー作です。

お祝いと感謝の気持ちを込めて。

 

本日のテーマは、

【自分らしく生きる】です。

お役に立ちましたら幸いです。

それでは、どうぞ!

↓↓↓↓↓↓↓

私の本よりためになる「お薦め書籍」シリーズ  No.638

『あきらめる勇気』

「心がすっと軽くなる」人生の処方箋

中村幸也著

 

人の感情に影響を及ぼしているのは出来事そのものではなく、

その出来事に対しての“解釈”であるとお伝えしました。

このように言うと、よくある精神論のように

「無理してでもポジティブに解釈しろ」

と言っているように聞こえるかもしれせん。

しかしここで僕が言いたいのは、無理にポジティブに思い込むのではなく、

事実に基づき論理的な物事の味方をしようということです。

 

そのように悩みを解決していく心理療法が

アルバート・エリス博士の提唱した論理療法でもあるのです。

まず起きた出来事に対してビリーフ(解釈)があって感情を生むわけですが、

その際とくに不合理な考えによる解釈をイラショナル・ビリーフと呼びます。

 

不合理な考えによる解釈というのは非論理的な思い込みのことで、

もともと持っている偏見や先入観からの固定概念でもあります。

つまり事実に基づいていない思い込みのことです。

 

反対に事実に基づいた論理的な解釈をラショナル・ビリーフと言います。

これについては後ほど説明します。

イラショナル・ビリーフは、自分の中で勝手に作った「~でなければならない」

という思い込みから成り立っています。

そしてその「~でなければならない」というのが自分の中で常識となり、

それに囚われることになります。

 

たとえば、不登校の子どもがいたとします。

 

学校に行かないことでその子と家族が苦しくなるのは

「子どもは学校に行かねばならない」という思い込みがあるからです。

「いやいや、学校へ行くのは常識じゃないですか」と言うかもしれませんが、

その常識そのものが非論理的な思い込みでもあるのです。

 

もし「不登校は問題児」とか

「子どもが学校へ行かないのは、家庭に問題があるからでしょ」

という思い込みの常識だけじゃなく、

「学校には行きたい子供だけが行けばいいんだよ」とか

「エジソンみたいな天才と言われている人たちは、たいてい学校時代は問題児だった」

という新しい常識があったとしたらどうでしょう?

 

その子どもや家族が悩むこともなくなると思いませんか?

 

「囚われる」という字は人が枠に閉じ込められている状態を書きます。

理想の“かくあるべき姿”や

常識という枠に囚われるから生きにくくなるのです。

 

だからそんな思い込みに基づいたビリーフを

事実に基づくビリーフに変えてあげることです。

 

たとえば「一度も失敗してはならない」という思い込みがあるなら、

それを「失敗しないに越したことはないけど、失敗から学べることだってある」

に変えてあげるといいですね。

 

「どんな時もあきらめてはならない」という思い込みがあるなら、

それを「やれる限りはあきらめずに挑戦したほうがいいけど、

あきらめることで見つけられる夢もある」

というふうに変えればいいのです。

 

これがラショナル・ビリーフです。

 

そうするに越したことはないが、別の方法もあるならそれで良しとする。

そうやって解釈を変えることで囚われていた心が楽になります。

 

だからあきらめたってそこで終わりとは限らないし、

不登校の児童も問題児なんかじゃない。

 

見方を変えれば、問題児だと思っている不登校児が

「学校に行きたくない」と自己主張できるのは

“自分らしさがあるから”とも言えるのだから。

 

 

2016年1月24日(日)

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早川勝

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