早川勝メール【769号】幸運の女神は、成り行き任せの傍観者には何もしてくれない。死ぬ気で行動する人にだけ、にっこりと微笑む。

2015-11-22

 

元横綱、北の湖理事長が永眠されました。
享年62歳。
ご冥福をお祈りいたします。

北の湖関といえば、
あれは忘れもしない私が小学6年生とき、
なんと史上最年少の21歳で横綱になりました。

その年は、ミスター長嶋茂雄が選手を引退し、
巨人軍の10連覇が夢と破れた節目の年でした。

勝ち続けて人気を不動のものとした巨人軍とは裏腹に、
勝てば勝つほどヒール横綱となっていった北の湖。

その時代、角界一の人気力士といえば、
小兵の大関・貴ノ花(若花田・貴花田の父)でした。
勝ったり負けたりで、ついつい応援したくなるカド番大関と比べ、

たしかに北の湖は「憎たらしいほど強かった」。

自称「帰宅部・キャプテン」だった中学生時代の私は、
夕方に放送されるTBSの「ぎんざNOW」と
NHKの「大相撲」だけは、欠かさずチェックしていたので、
最強横綱・北の湖は、今も鮮明な記憶として残っています。

それにしても、北の湖理事長の急死には驚きました。
前日まで、横綱白鵬の「猫だまし」に苦言を呈していたばかり。

「横綱としてやるべきことじゃない。前代未聞だ。
負けたら横綱として笑いもの。品格にかかわる」

と、バッサリ断罪するほど元気にしていたので、
まさかまさかの訃報でした。

さて、その理事長に批判された大横綱・白鵬の一番とは。

立ち合いで、白鵬が関脇・栃煌山の顔の前で両手をたたき、
そのまま左に動くと、振り向いた相手の前で、またも手をたたく。
史上最多35度の優勝を誇る大横綱が、
大一番で2度の「猫だまし」とは、誰もが目を疑いました。

そして場内からは痛烈なヤジが飛びました。
「横綱が、そんなでいいのか!」
「正々堂々としろ、堂々と!」

それでも白鵬は、奇襲が成功した満足感からなのか、
報道陣の前でも笑みを浮かべて手をたたき、
「勝ちにつながったんでね。うまくいったと思います」

と本人はまったく悪びれていません。

ツイッター上でも、
「一度はやってみたかった」
とつぶやきました。

横綱としてふさわしくないのではないか、
という報道陣の質問には、
「帰ってビデオを見たら分かるんじゃないか。こういうこともあるんだと」

と珍しい技を試せたことに納得の様子です。

批判を承知で試みた理由については、こう力説しています。
「そういう技があるなら、本当に効くのか試したかった」と。

猫だまし、をもう一度やるのか、という質問に対しては、
「楽しみにしている人が一人二人はいるはず。

その楽しみを裏切らないよう、またいつかやってみたい」
と答えました。

北の湖理事長から批判的な意見があったことを詰問されると、
「変な質問だね」
と首をかしげてかわす白鵬。

理事長だけでなく他の親方たちの意見も厳しく、
「普通は小兵力士がやる手だ。相手が強いから効くんだ。
相撲道の中ではぶざまな技です」

といった見解を示しているにもかかわらず、
帰り際に知人に会うと、
両手を“パチン”と叩く寝だましのポーズで、
「楽しんでいます」とまったく悪びれない。

その前日にも別の取り組みにて、
ひらりとかわす相撲で勝ったことについても、
「マタドール(闘牛士)は下がりながら逃げたりするけど

一番格好いいのはその場でサッとやる。人間と牛とは違うけど」
と、反省するどころか、もう言いたい放題。

さらに「猫だまし」の余韻が残る翌日の取り組みでは、
土俵上の白鵬へ、「猫だまし横綱!」「恥を知れ!」とヤジが飛んでも、
それに動揺することなく、稀勢の里を「のど輪」で攻め、
大関の頬を右手でビンタしてから、はたいて勝負を決めました。

その決まり手に対しても、「はたき込み」ではなく、
「すくい投げ」だと主張するのですから、
本当に「横綱らしからぬ」言動の連発です。

さて、そんな相撲をとっている間に、
北の湖理事長は亡くなりました。

不仲説があった故・北の湖理事長に対し、
白鵬は語りました。

「愛のムチだったと思っている」と。

これからの横綱の取り組みを、
天国の北の湖理事長はどういう思いで見守るのでしょうか。

理事長が亡くなった翌日。
白鵬は負けて、優勝争いから一歩後退しました。

この結果もまた、
天からの「愛のムチ」…だったのでしょうか。

本日は千秋楽。
横綱白鵬の取り組みに注目したいですね。

 

 

と、前置きはこれくらいにして、
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拙著の発売記念につき、3週連続にて失礼します。
「死ぬ気で行動する人にだけ運は必ず味方する」より、

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自分でお気に入りのフレーズを
いくつか抜粋してご紹介してみました。

本日のテーマも、
【運を呼び込むために】です。
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幸運の女神は、成り行き任せの傍観者には何もしてくれない。

死ぬ気で行動する人にだけ、にっこりと微笑む。
早川勝著  かんき出版

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私たち人類はまだ成長途上の愚か者なのである。
だから、うまくいかないのは当たり前なのだ。失敗して当然なのである。
(第1章05より)

 

あなたに蓄えられた「幸運の貯金」は、
踏み込めば踏み込むほど倍々返しで運用されていく。
〝勇気の法則〞 を信じてほしい。やられてもやられても立ち上がるのだ。
天は、あなたの覚悟を見ている。
(第2章 06より)

 

笑わせる効果とは、他人を健康で幸せにすることそのものだ。
それを意識して「行動」に移しているどうかを、
「エンタメの神様」があなたを審査しているのである。
(第2章 07より)

 

すべての失敗には、大なり小なり運不運がつきまとう。
その失敗には「天の意図」が働いている。
いわゆる〝教訓〞 である。
これは部下だけでなく、上司であるあなたにとっても、大きな意味があるのだ。
(第2章08より)

 

どうやら、ネギップの神様というのは、
いつも少しだけ〝遅刻〞してやって来るら しいのだ。
しかもほんの少しだけ、待ちきれずに帰ってしまった直後にやってくるのである。
(第2章09より)

 

問題はあなたのスタンスだ。
人脈とは自分自身の運気を映し出す鏡である。
ぜひとも鏡の中の自分をよくマネジメントしてほしいものだ。
(第2章 10より)

 

深い眠りから目覚めたその瞬間、

私たちは〝生き返る〞のである。

(第3章11より)

 

どう少なく見積もっても、「3億円」以上は得をしていると思われる。
そう、「早起きは3文の徳」ならぬ「早起きは3億円の得」なのである。
反対に、「夜更かしは3億円の損」でもある。

(第3章13より)

 

あなたの運は〝あなたの良心〞によって操られている。
あなたがあなた自身からの
「幸運のシグナル」に気づくか気づかないか、
それが運命の分かれ道なのである。
(第3章14より)

 

運を操るには、いかにして〝流れ〞をつかむか、

「風を読むか」にかかっている。

(第4章16より)

 

あなたの〝有頂天〞は天まで昇ったとしても、
運気のエレベーターは天まで昇らない。

成功と同時に捨てなければいけないのは、あなたの〝傲慢さ〞だ。

(第4章17より)

 

〝鏡の中にいるあなた〞を怨んでいるあなたには、

おとぎの国の「魔女」のように不幸せな結末が待っている。
しかし、鏡の中のあなたを応援してあげると
そのまま幸運のメッセージが反射されてくるのである。

運の流れは確実に自分へ向いてくる。

(第4章18より)

 

誰かがやってくれるという他力本願では、運は味方してくれないのだ。
〝他力本願寺〞には「神も仏もない」のである。

(第4章19より)

 

幸せになるための「直観」が冴えないのは、運が悪いからではない。
「あなたが偽者である」からだ。
(第4章20より)

 

溜まった体の脂肪や心の澱の分だけ、「不運」は溜まっていく。
なぜなら、怠惰とストレスフルな生活によって溜まった「脂肪や澱」は、
まさに〝欲望や抑圧〞 に屈したあなたの
不幸体質が引き寄せた「不運」そのものだからである。
(第5章21より)

 

「自分を大切にしている人」には、
その行動に相応しい幸運な人生が訪れるが、
「自分を大切にしていない人」にもまた同じように、

その行動に相応しい不運な人生が訪れる。

(第5章22より)

 

邪念とは「油断」や「気のゆるみ」を生み出す。
怪我は、あなたの不注意によって、起きたのだ。
病気は、あなたの不摂生の積み重ねによって、発症したのである。
(第5章 23より)

 

過去のあなたは死んだのだ。もう過去を手放すことである。

「歳を取る」という現実を受け入れることは
「どう生きるか」「どう行動するか」ということと
真剣に向き合うことに通じるのだ。

(第5章24より)

 

死んだら終わりだ。
運不運が気になるのも、生きているからこその話である。
最大の不幸が「死」であるなら、
最大の幸運は「生きている」ということになる。

(第5章25より)

 

消費期限を正しく守れる人々を中心にして、
お金がどんどん流れ込む「金運スパイラルの法則」が存在するのである。
目指すべきは、強欲じいさんではなく、未来の「花咲じいさん」なのである。

(第6章26より)

 

天は健気にも、あなたにとって必要な額だけのお金を貢いでくれる。
あなたが真っ当に生きるために必要な額だけが天から舞い降りてくるのだ。
「神様ファイナンス」は、あなたの人生にとってよかれと判断し、

甘やかして道を踏み外したりしないよう「金運の分割払い」にしてくれている。

(第6章27より)

 

徹頭徹尾、断ることである。
あなたを困らせる人を容認し、受け入れてはいけない。
(第6章30より)

 

私が高収入であるから親孝行ができているわけではない。
親孝行してきたから高収入なのである。
(第7章31より)

 

遺書を書くことで、今こうして、〝生かされていること〞が

何よりも「天からの贈り物」であることに気づかされる。
幸運とは探し求めるものではなく、
目の前にある幸運に気づくことだと思い知らされるのだ。

(第7章32より)

 

いつも運のいい人が「運がいい」と言っているわけではない。
いつも「運がいい」と言っている人に運が向いてくるのである。
そして、何事も「うまくいく」と信じて、行動し続ける人に好結果がもたらされるのである。
(第7章35より)

 

「トイレの神様」というヒット曲があったが、
まさにトイレには神様が住んでいるのではないだろうか。
トイレには運を動かす何かがあるのだ。
(第8章 36より)

 

「幸運が隠された不運」がやってきたとき、
「よしよし、またきたか。有り難い」
と余裕綽々にそれと気づけるかどうかが幸福への分水嶺なのである。

不運と幸運はセットメニューだ。
「幸運サーロインステーキ」には、必ず「不運スープ」がセットされている。
しかも、先にスープを食べないとサーロインステーキを味わうことはできない。

(第8章 37より)

 

人の長所の中に「幸運」が隠されているのならば、
それはまるで「幸せの宝探しゲーム」のようでもある。
見逃してしまったらもったいない。
(第8章 38より)

 

すべては〝多くの仲間とたくさんの幸運〞が
味方してくれたた「おかげさま」なのだ。

(第8章40より)

 

人間には必ず「お墓に入る日」が訪れる。
それなのに、あなたはまるで自分だけは
永遠に生き続けるかのような錯覚の中で生きている。
人生の〝お札 〞に書かれている期限が「死ぬときまで」であるとするならば、
あなたにはそのときまでに成し遂げておきたい願望があるはずだ。

しかし、いつ「その期限」がやってくるかわからない。
そう、それは明日かもしれないのだ。
「期限の札」に書かれているのは〝明日 〞であることを「覚悟」して、
今日という日 を精一杯、後悔のないように生き切ること、
それが「ターゲット」を引き寄せる生き方なのである。
自分の人生に期限が迫っているということを意識しながら

明日の死と真摯に向き合い始める、〝自分らしい生き方〞が見えてくる。
「そのうち、いつか」と後回しにしていたあなたが

「こうしてはいられない」とパワーを発揮し始めるのだ。
すると、そのパワーには見えない何かが「宿る」 。
〝期限のお札〞 に書かれている日付までに実現できるよう、
不思議なほどにパワーアップしていく。
あなたを後押してくれる「運気」が押し寄せるのだ。

どうしても叶えたいあなたの願望を明確にして、
死ぬ気で行動すれば運は味方してくれるのである。

(第3章 15より)

 

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2015年11月22日

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早川勝

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