早川勝メール【766号】北野武 新しい道徳 「いいことをすると気持ちがいい」のはなぜか

2015-11-01

 

「早川さん、外車、買ったんですか!?」
「ついにフェラーリ買ったんですか!?」
「読みましたよ!ジャガーか何か買ったんですか!?」

…という問いかけを、
今週、数名の方々からもらいました。

どうやら、先週号のメルマガの抜粋文章を読んで
私の話であると「勘違い」している方がいるようなので、
念のため、ここで誤解を解いておきますが、

あれは私のことではありません。
「カシータ」オーナーである著者・高橋滋さんの話です。

http://tsuitel.in/archives/1529

だいたい、私が買うわけがない!

クルマにはまったく興味がありませんから。

ちなみに、ロレックスなどにも関心がなく、
車や時計のブランドについて、
私はよくわかっていません。

物欲がないのか…。
というか、そもそも基本的にメカに弱い。

特に最近は、ひたすら文系の世界へどっぷりと浸かり、

仙人のように「執筆オタク」と化していまして。

振り返ってみると、11年半前に第1作目の
「どん底営業チームを全国トップに変えた魔法のひと言」

を初めて出版してから数えて、今月発刊される新作で、
ついに10作目の紙書籍(韓国語翻訳版含む)になります。

夏休みと秋の休日すべての時間を執筆に費やし
やっと完成に至りました。

待望の死ぬ気シリーズ第4弾(11/16発売)、
「死ぬ気で行動する人にだけ運は必ず味方する」↓

http://www.amazon.co.jp/exec/o……direct-22/

編集担当者から、
「この原稿はどこの誰にも絶対書けない、

世界でただ一人、早川さんしか書けない本ですね」

と絶賛していただきました。

なるほど、僭越ながら私もそう思います。
この作品の中の「40のメッセージ」は、まさに私の集大成。

「早川勝」にしか書けない、
“幸運を呼ぶエッセンス”が濃密に凝縮された一冊です。

乞うご期待。

 

 

と、前置きはこれくらいにして、
メインコンテンツに入ります。
今週も、630冊目のお薦め書籍の中から、
ためになる一節を抜粋し、ご紹介いたします。

ビートたけしさんが最新刊のベストセラー本で

「死ぬ気」について書いてくれていて

とても嬉しくなりました。

本日のテーマは、
【たけし流の“死ぬ気”】です。

お役に立ちましたら幸いです。
それでは、どうぞ!
↓↓↓↓↓↓↓

私の本よりためになる「お薦め書籍」シリーズ  No.630

『新しい道徳』  http://xtw.me/XlCPqZP

「いいことをすると気持ちがいい」のはなぜか

北野武著  幻冬舎

 

「メメント・モリ」という警句がある。
ラテン語で、「死を忘れるな」という意味だそうだ。
忘れちゃいけないのは、他人の死じゃない。自分の死だ。
人は必ず死ぬ。こんなたしかなことはない。
それをわざわざ忘れるなっていうのは、
簡単に忘れてしまうからだろう。

ローマ時代の言葉だっていうけれど、
今よりはるかに簡単に人が死んだ時代でも、
こんな言葉があったくらいだから、

人間はいかに自分が死ぬってことを忘れるかって話でもある。

現代人はさらに酷い。
まるっきり忘れ果ててしまっているといってもいい。

医学が進歩し、平均寿命が延びて、
死を目の当たりにする機会が激減したからだろう。
それは幸せなことではあるけれど、

現代人が自分の生き方について、
あまり真剣に考えなくなったのはそのせいじゃないかと思う。

概念の死と、現実の死はまったくの別物だ。

昔は死が、そこいら中に転がっていた。

道端に死体が放置されている時代もあったし、
兄弟の何人かは幼いうちに死んでいた。
行き倒れもよくあったし、病気や怪我で簡単に人は死んだ。

飢饉や災害で、膨大な死者が出た。

死を目の当たりにすれば、誰もが自分の死について考える。
死を考えることは、生について考えることだ。

昔の人の性根が座っていたのは、
少なくとも今の俺たちよりは、
自分の死についてよく考えていたからだろう。
武士道が死ぬことだったのは、

死を覚悟することが、しっかり生きることにつながると
知っていたからでもあるんじゃないか。
現代人は、その正反対の生き方をしている。

平均寿命がいくら延びたって、人が死ぬことに変わりがない。
人はいつか死ぬ。
それは今も昔も変わりがないはずなのに、そのことには目をつぶる。

死は自然の摂理なのに、まるで人生の不条理か何かのように扱う。

(中略)

それが今の風潮なのだろう。
人は死ぬのは当たり前で、
死体は、いってみれば自然の一部なのに、

日本ではテレビ画面に死体を映すのはNGだ。
さっきまで生きていた人も、死んだ瞬間にテレビには映せなくなる。
死は人の目から隠される。

お茶の間に、本物の死を持ち込んではいけないってことなんだろう。

そのくせドラマや映画では、殺したり殺されたりが日常茶飯事だ。
殺し合いも、死体も、山ほど出てくるけれど、
それはすべて偽物の、生きた役者が演じる死だ。

それならどれだけ殺そうが問題はない。
あれはフェイクで、あの死はすべて偽物で、
撮影が終われば、死体は笑って起き上がるとわかっているからだ。
おかげで俺たちは、死ぬことを忘れて生きている。

いつか必ず死ぬのに、そのいつかは明日かもしれないのに、
自分だけは永遠に生きられるようなつもりで脳天気に毎日を過ごしている。

だけど、死から目をそむけることは、生から目をそむけることだ。
それこそ「生きてる」実感なんて、どこからも生まれない。

現代人のモラルが低下したなんてよくいっているけれど、
もしそれがほんとうなら、理由はそれだと俺は思う。

道徳を作るなら、
まずは自分がいつか必ず死ぬってことについてよく考えてみることだ。

自分の死をしっかり腹におさめておけば、
人生でそう大きく道を誤ることはないはずだ。

それだけは、引き籠もりのニートだってIT長者だって、
この世に生きているあらゆる人間にとって意味がある。

誰もが結局は死ぬんだから。

メメント・モリは、道徳の土台なのだ。

 

2015年11月1日

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早川勝

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