早川勝メール【751号】人は、誰もが「多重人格」 誰も語らなかった「才能開花の技法」

2015-06-14

 

読者ファンの皆さん、
待望の最新刊(7月末発売予定)のタイトルが決定しましたよ!

「媚びないリーダーは人を動かす」

本邦初公開となる斬新&驚愕&珠玉のメッセージが満載です。
乞うご期待!

詳しい情報は、また次号以降にて、お知らせしてまいります。

とまあ、そんなわけで、執筆パワーを出し切った私は、
最高傑作に仕上がった達成感に浸りつつ…、

ではひとまず、“充電”をしよう、と。
「一人映画鑑賞」へ。

ニール・ブロムカンプ監督のSF作品、
待望の新作「チャッピー」を観てきました。

えっ?
感想ですか?

それはもう、
期待を大きく上回る面白さ、でしたよ。

ある天才エンジニアの決死の研究努力が実り、
人工知能(「こころ」)を搭載したロボットが誕生。

子どもが成長するように、
“こころ”も成長していき、
観ている私たちはロボットの「生」に共感させられます。

人工知能を搭載したロボット・チャッピーに
私も思わず、「感情移入」してしまいました。

と同時に、人間の愚かさにも…。
環境に影響されてしまう「心の弱さ」にも…。

そして、チャッピーが選択する衝撃のラストを目撃し、
私はまたもや、「哲学」の世界へと迷い込んでしまうことに…。

人の「意識」は、永遠に生き続けるのか…。

人類の未来を考えると、今夜もまた眠れません。

でも、一般の方々は、SFアクション映画として、
存分に堪能できる娯楽作品でもあります。

人それぞれ、いろいろな楽しみ方ができる映画ですね。

ニール・ブロムカンプ監督は、弱冠30歳で
アカデミー賞作品賞にノミネートされた「第9地区」において
その舞台となったヨハネスブルグのアパルトヘイト問題を皮肉るように、
「人間」と「エイリアン移民」の“共存”というテーマを描きました。

エビの宇宙人をノンフィクションのような演出でみせてしまうとは…、
それはもう、衝撃的でした。

それだけに、新作「チャッピー」にも、期待に胸を膨らませながら、
劇場に足を運んだというわけです。

これから観る方のために、「チャッピー」のストーリーには、
もうこれ以上、触れないようにしておきたいのですが…、

やっぱり、ニール・ブロムカンプ監督は…「凄かった」。

「レ・ミレザブル」の名優ヒュー・ジャックマンが、
“落ち目の敵役”で登場し、コテンパンにやっつけられてしまうという展開もさすが。

「エイリアン」のシガニー・ウィーヴァーも、迫力ある経営者役で存在感を示してくれました。

ニール・ブロムカンプ監督の次回作は、エイリアン・シリーズの最新作となるらしいので、
ああ、なるほど、と配役にも納得した次第です。

もしかすると、この映画は次回作の予告編?
…だったのかもしれません。

次はいったいどんな「エイリアン」に仕上がるのでしょうか。
単なるSF作品には収まりそうにありませんね。

こうなればもう、
リドリー・スコット、
ジェームス・キャメロン、
デビット・フィンチャー
という現代の映画界を牽引する巨匠たちと、
名実共に肩を並べることになるでしょう。

次の作品もまた、見逃せません。

本当に楽しみです。

 

と、本日の前置きはこれくらいにして、

メインコンテンツに入ります。

今週も新たに624冊目の「お薦め書籍」から
ためになる一節を抜粋し、ご紹介いたします。

本日のテーマは、
【別人格の発見】
です。

お役に立ちましたら幸いです。
それでは、どうぞ!
↓↓↓↓↓↓↓
私の本よりためになる「お薦め書籍」シリーズ No.624
『人は、誰もが「多重人格」』
誰も語らなかった「才能開花の技法」
なぜ、「隠れた人格」を育てると、「隠れた才能」が現れるのか?
田坂広志著
光文社新書

 

―――しかし、最近では、人々の「活字離れ」が進み、
そうした「純文学」や「古典文学」を読む文化は
失われてしまっていますが・・・。

田坂  その傾向は、否めないですね。
しかし、幸いなことに、現代においては、
そうした「文学」に代わるものが出てきているのです。

―――「文学」に代わるもの・・・。
何でしょうか?

田坂  「映画」ですね。

―――「映画」ですか・・・。
私も、映画は好きですので、
それは興味のあるテーマですね。

田坂  「活字離れ」が進んだ現代においては、
「優れた映画」を観ることが「人間像」を広げ、
「人間観」を深めるための良い方法であり、
真の「教養」を身につけるための優れた方法になっていきますね。
しかも、「映画」は、「文学」に比べて優れた点があります。
「文学」というものが、
基本的に「文学」だけを使った「物語」の伝達であるのに対して、
「映画」は、「映像」や「画像」、「音声」や「音響」などの
「マルチメディア」を使った伝達であるため、
その「物語」を高度なレベルで「疑似体験」できるのです。

―――そうですね。最近の「映画」は、
「ハイビジョン」は当たり前、
「三次元映像」も珍しくなくなっていますから、
迫真力のある映像で、観客に「物語」を伝えることができますね。
では、「人間像」を広げ、「人間観」を深めるために、
「映画」というものを、どのように観れば良いのでしょうか?

田坂  そのためには、「映画」なら、
何でも良いわけではありません。
やはり、最も大切なものは、
「人間像」や「人間心理」をリアルに描いた「優れた原作や脚本」、
そして「優れた役者の演技」と
「優れた監督の演出」の三つでしょう。

―――「人間像」や「人間心理」をリアルに描いたという点で、
例えば、どのような映画があるでしょうか?

田坂  例えば、『ディア・ハンター』という映画で描かれた、
「ロシアン・ルーレット」を強要される人間心理は、
「自分が、この状況だったら・・・」と考えると、
「人間像」と「人間心理」の深い学びになりますね。
この「ロシアン・ルーレット」とは、
拳銃の銃弾入れに、実弾を一発だけ入れ、
銃弾入れをルーレットのように回し、止まったところで、
拳銃をこめかみに当て、引き金を引くという
「死のゲーム」です。

―――そのシーンは、
名優、ロバート・デ・ニーロ扮するマイケルが、
ベトナムの兵士達に銃を突き付けられ、
このゲームを強要されるシーンですね。
あのデ・ニーロの鬼気迫る演技には、私も、思わず、
「自分が、この状況だったら・・・」と考えました。
しかし、私が、あの状況だったら、マイケルのように
凄まじい気迫で引き金を引くことはできないでしょう。
クリストファー・ウォーケン扮する戦友ニックのように、
引き金を引く瞬間に、手が震え、
錯乱状態になってしまうのではと思いますが・・・。

田坂  たしかに、「自分が、この状況だったら」
と考えるならば、私も含め、多くの人が、
ニックと同様の人格が出てくると思うでしょうね。
ただ、こうした極限の状況においては、
実際に、その場になってみないと、
我々の中からどのような人格が出てくるか、分からないのです。
実は、予想とは全く違う人格が出てくる可能性もあるのです・・・。

―――なぜ、そう言われるのでしょうか?

田坂  私自身、何十年か前に、生死の境の極限の瞬間に、
不思議な人格が現れてくることを体験したからです。

―――それは、どのような体験でしょうか?

田坂  あれは一九八一年の夏だったと思うのですが、
夜、大雨の中を自動車で田舎の国道を走っていたときのことです。
大雨のため、国道のカーブの所に、水が溜まっていたのですね。
そのため、自動車がカーブに差し掛かったとき、
突然、車輪が水に浮き、スピンを始めたのです。
ところが、運悪く、その瞬間、
カーブの向こうの対向車線に大型トラックが現れ、
私の車はスピンをしながら、
その大型トラックに向かって滑っていったのです。
誰が見ても、対向車線にスピンしながら飛び込んだ自家用車が、
大型トラックと正面衝突するという場面であり、
私自身も、瞬間的に、その正面衝突を覚悟しました。

しかし、その瞬間、不思議なことに、
前方から大型トラックが向かってくるにもかかわらず、
私の中から「静かに状況を見つめる自分」が現れ、
冷静に、こう考えているのです。
「シートベルトは、している。
正面衝突しても、左からぶつかられるので、
車は大破するが、命は助かるだろう・・・」
なぜか、この絶体絶命の瞬間、落ち着いて、
そう冷静に考えている「自分」が現れたのです。

幸い、この大型トラックとは、
間一髪で、衝突を免れたのですが、
逆に、衝突を免れた瞬間に、
「元の自分」に戻り、「ああ、危なかった・・・」
と、冷や汗をかきながら状況を振り返っているのです。

―――それは、不思議な体験ですね・・・。

田坂  実は、それから一〇年余り後、一九九二年に、
私はやはり生死の境の体験をするのですが、
このときも、「静かに状況を見つめる自分」が現れ、
冷静に事態を見つめているということを体験しました。
実は、この「静かに状況を見つめる自分」の体験が、
今回の対話において「静かな観察者」という
人格を述べる背景にあるのですが・・・」

―――なるほど、「静かな観察者」は、
そうした体験から述べられているのですね・・・。

田坂  そうですね・・・。しかし、これは、
決して私が特殊な人間だからではないと思います。
私自身は、極めて普通の人間ですが、
誰の中にも、「予想できない人格」が
隠れていることを申し上げたいのです。
そして、この「静かな観察者」の存在は、
こうした危機的な状況への対処だけでなく、
我々の可能性を開花するという意味で、
とても大切な意味を持っているのです。
その話は、最後に、もう一度論じましょう。

さて、少し本題から外れましたが、
いずれにしても、映画を観るとき、
ただ、その映画の物語を楽しんだり、
味わったりするのではなく、
登場人物の置かれた状況を見て、
「自分が、この状況だったら」と考えることは、
「人間心理」を学ぶ一つの優れた技法であり、
「人間像」を広げ、「人間観」を深め、
日常では気がついていない
「別の人格」を発見する技法になると思います。

―――どうすれば、そうした「映画」の登場人物から
「人間心理」や「人間像」「人間観」を学べるのでしょうか?
そこを、もう少し具体的に・・・。

田坂  そのための大切な心得は、
やはり、その「映画」の登場人物に、
「感情移入」して観ることですね。
例えば、映画「ソフィーの選択」では、
名女優、メリル・ストリープ扮するソフィーが、
ナチス・ドイツの強制収容所において、
ドイツ軍の将校から、
抱えている小さな女の子と男の子のどちらかを手放せ、
選ばなければ、両方とも連れて行くと迫られ、
その極限の状況において、
女の子を手放すという究極の選択をします。
この場面を観るとき、
その主人公のソフィーに深く「感情移入」することができれば、
我々は、「人間心理」や「人間像」「人間観」を学ぶだけでなく、
日常では気がついていない、
自分の中にある「別の人格」を発見することもあるでしょう。

―――メリル・ストリープは、アカデミー賞で、
三度もオスカーを手にしており、
ノミネートだけなら一九回というベテラン女優ですね。
「Acting Machine」と形容されるほど
迫真の演技ができる名女優ですので、
彼女が演じるソフィーには、
つい「感情移入」してしまいますが、
この「感情移入」とは、「共感」のことでしょうか?

田坂  そうですね。「感情移入」とは、
「共感」と呼ぶこともできます。
ただし、「共感」とは、
「同情」や「憐憫」という感情とは違います。
「同情」や「憐憫」という感情には、
「高みからの視点」や「相手との距離」が
忍び寄る傾向があるのですが、
「共感」とは、
「相手の姿が、自分の姿のように感じられる」という感覚です。
それが、「共感」という言葉の本当の意味です。
これは、心理学用語で言えば、
相手の中に「可能的自我」を見ることです。
すなわち、「共感」とは、
「相手が示す、そのような人格は、自分の中にあるのではないか」
という感覚とも言えます。

―――なるほど・・・「共感」と「同情」「憐憫」は違う感情ですか・・・。
「共感」とは、その登場人物が「悪人」であった場合にも、
感情移入や共感が必要なのでしょうか?

田坂  そうですね。登場人物が「悪人」であっても、
その「悪人」が「人間」としてのリアリティをもって描かれ、
演じられているならば、
その人物に感情移入や共感をしながら映画を観ることは、
「人間」について深く学ぶ優れた技法となります。
なぜなら、演技の世界に、次のような言葉があるからです。

「悪人」を演じるときは、
その人間の「善き部分」を見つめて、演じよ。
「善人」を演じるときは、
その人間の「悪の部分」を見つめて、演じよ。

この言葉に象徴されるように、
「悪人」と思える登場人物にも、
必ず、「善き部分」があり、
また、人間としての「弱さ」があります。
そのことを理解するならば、
「悪人」と思える登場人物にも、
感情移入と共感はできます。
特に、それを演じているのが、名優や名女優であるならば、
必ず、その登場人物を「人間的な深み」を
失うことなく演じていますので、
「人間心理」や「人間像」「人間観」について、
多くを学ぶことができます。
逆に、単なる「アクション映画」や「スリラー映画」などでは、
「悪人」が単純な「悪人」として描かれているため、
リアリティがなく、あまり学ぶことがありません。

―――たしかに、そうした映画では、
善人も悪人もステレオタイプですね・・・。

田坂  これも、敢えて誤解を恐れずに言えば、
我々の人間としての成長と成熟のためには、
優れた映画と演技を通じて、
「悪人」の姿や心を見つめることも極めて大切なのですね。
なぜなら、経営の世界で語られてきた格言に、
「経営者として大成する人間は、
悪いことができて、悪いことをしない人間だ」
という言葉がありますが、
人間としての成長と成熟のためには、
「自分は善人だ」という素朴な自己幻想を抱いて歩むのではなく、
自分の中の「悪の部分」を見つめることも、
大切な意味があるのですね。
そして、その「悪の部分」を知っているからこそ、
それに流されない「強さ」も生まれてくるのですね。

―――なるほど、「経営者として大成する人間は、
悪いことができて、悪いことをしない人間だ」ですか・・・。
その言葉は、そういう深い意味を教えているのですね・・・。

田坂  そうですね。いずれにしても、映画を観るとき、
優れた「原作や脚本」「役者の演技」「監督の演出」
の三つが揃った映画、
登場人物の「人間」をリアルに描いた映画を選んで観るならば、
そして、名優が演じるその登場人物に深く
「感情移入」し、「共感」し、
「自分が、この状況だったら」
「自分が、この登場人物だったら」
と考えながら観るならば、
それは「人間心理」を学び、
「人間像」を広げ、
「人間観」を深め、
日常では気がついていない「別の人格」を発見する、
一つの優れた技法になるでしょう。

―――「映画」というものは。
そのように観るのですね・・・。

 

 

2015年6月14日(日)

******************************
早川勝
【ホームページ】
http://tsuitel.in

最新刊
「死ぬ気で働く営業マンだけがお客様に選ばれる」
http://amzn.to/1CQ99NX

「死ぬ気で働くリーダーにだけ 人はついてくる」
http://amzn.to/1kWAkkK

【早川勝の書籍案内】↓
http://tsuitel.in/books/book_l……index.html

E-mail:hayakawa@tsuitel.in
ご感想、配信停止はコチラ↑
******************************

comments
Copyright(c) 2010 HAYAKAWA, Masaru All Rights Reserved.