早川勝メール【740号】河合隼雄の幸福論 養老孟司氏推薦!心の奥底にしみこむ話がたくさん載っています

2015-02-22

 

実は私、女優「井川遥さん」のファンでございまして。

特に、ここ最近になってからは、
年をとるごとに
ますます美しさが磨かれているようで、
ファン度も高まっております。

きっと皆さんの中にも、
そのように感じている方が
多いのではないでしょうか。

歴代の「ハイボール女優」の中でも
井川遥さんの魅力は、
群を抜いていますよね。

もし、あのCMのような「バー」が
近所にあったとしたなら、
毎晩のように通ってしまうかも。

ハイボールを何杯もおかわりし、
メンチカツを口にくわえたまま酔いつぶれ(笑)、
茫然自失な日々に堕ちてしまうことでしょう。

そんな輝いている井川遥さんも、
自宅へ帰れば、二児の母とのことですが、

とてもとても6歳の女の子と3歳の男の子がいるような
「38歳のお母さん」は見えません。

今、日本で最も美しい「お母さん女優」である、
と言っても過言ではないでしょう。

となると、井川遥さんのご主人の存在って…、
いったいどんな人物なのだろうか、
と、気になるところですよね。

そのご主人というのは、
「パイオニアの創業者の孫」にあたる、
ファッションデザイナーのM本氏。

やっぱり、エリート、イケメン、資産家、
なのでしょうか。

私早川と同い年の「52才」だというのですから、
本当に羨ましい限りです。

しかし、ここ数年、
アパレル業界市場全体としては業績が伸びている一方、
特定のデザイナーによる国内ブランドは、
買収されたり、売り場面積が縮小。

大量生産が主流の「しまむら」「ユニクロ」などが店舗数を増やし、
「H&M」「ZARA」などの海外ファストファッションブランドも
売り場面積を拡大しています。

デザイナーにとっては、やはり厳しい時代のようで…。

ゴシップ通の情報によれば、
ご主人のM本さんも例外ではないというのです。

そんなご主人のピンチを救うため、
井川遥さんは、
ドラマ、CM、バラエティに出ずっぱりの
“仕事しますモード”で、
「私が家族を支えるしかない!」
と頑張っているとかいないとか。

女優の商品力は「美しさ」。

井川遥さんの美貌が磨かれていった裏側には、
肝っ玉母さん的な「家族愛」が隠されていたのですね。

夫のピンチに、
妻が…、
一家を支えていく。
母が…、
一家を支えていく。

それもまた、
素晴らしいことではありませんか!

頑張れ!
井川遥さん!

頑張れ!
全国の働く女性たち!

 

と、本日の前置きはこれくらいにして、
メインコンテンツに入ります。

今週も新たに613冊目の「お薦め書籍」から
ためになる一節を抜粋し、ご紹介いたします。

本日のテーマは、
【満ち足りた人生】
です。

お役に立ちましたら幸いです。
それでは、どうぞ!
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私の本よりためになる「お薦め書籍」シリーズ No.613
「河合隼雄の幸福論」
養老孟司氏推薦!
心の奥底にしみこむ話がたくさん載っています。
河合隼雄著
PHP研究所

 

「満ち足りた人生」というのは、
人間にとっての一つの理想像であろう。

何も不自由はない、
いつも満ち足りた気持ちで一生を過ごせたら、
それは幸福そのものなのではないだろうか。

といっても、
実際にはそんな生活はあるのだろうか。
あるいは、
どうすればそれを手に入れられるだろう。

このようなことを考えるとき、
私は昔話のなかに適当なものがないか、
と探してみる。

昔話は長い間にわたって
人々が口伝えにして保持してきたものだけあって、
一見荒唐無稽に見えても、
なかなかの「民衆の知恵」のようなものを
内包していることが多い。

そんなわけで、
いろいろと昔話を読んでいると、
いいのが見つかった。

イタロ・カルビーノ『イタリア民話集』(岩波文庫)のなかに
「満ち足りた男のシャツ」というのがあった。

その話をまず紹介しよう。

ある王様の一粒種の王子は、
いつも満たされる心をかかえて、
一日中ぼんやりと遠くを見つめていた。

王様は息子のために
いろんなことをしてみたが駄目だった。

王様は学者たちに相談した。
学者たちは
「完全に満ち足りた心の男を探し出して、
その男のシャツと王子様のシャツを取りかえるとよろしい」
と忠告してくれた。

王様はお触れを出して、
「心の満ち足りた男」を探させた。

そこへ一人の神父が連れて来られ、
「心が満ち足りている」と言った。

王様は「そういうことなら大司教にしてやろう」
と言うと、
神父は「ああ、願ってもないことです」
と喜んだので、
王様は「今よりもよくなりたがるような人間は満ち足りていない」
と、追い払ってしまった。

王様もなかなかの知恵ものである。

つぎに近くの国の王様が
「まったく満ち足りた」生活をしている、
というので、使節を送った。

ところがその王様は
「わたしの身に欠けているものは何一つない。
それなのにすべてのものを残して死なねばならぬとは
残念で夜も眠れない」
と言うので、これも駄目ということになる。

王様はある日、狩りに出かけ、
野原で歌を歌っている男の声が
あまりにも満ち足りていたので、
話しかけてみる。

王様が都会へ来ると厚くもとなすぞ、
などと言うが、
若者は「今のままで結構です」と言う。

王様は大喜びだ。

ついに目指す男を見つけたので、
これで王子も助かると思い、

若者のシャツを脱がそうとしたが、
「王様の手が止まって、
力なく両腕を垂れた。

男はシャツを着ていなかった」。

これでお話は終わりである。
皆さんはこの話をどう思われますか?

昔話は読んだ人がそれぞれ好きなことを考えればいいので、
別にそこに「正しい答え」があったりするわけではない。

つまらないと思う人は、ほうっておけばいい。

この話は、私には結構面白かった。

満ち足りた男というので、まず聖職者が現れ、
それも結構世俗的な出世欲をもっていることがばれてしまう。

つぎに、何でもかでも持っている王様が候補者になるが、
「死」を恐れているために「満ち足りた」気持ちになれない。

最後のところで、
何も持たない、シャツさえ着ていない男が
「満ち足りた男」として登場する。

「満ち足りる」というときに、
すぐわれわれが考えるのは、
何か手に入れることの方だが、
むしろ、何も持たない者こそ
満ち足りていることを示す点が心憎い。

人生には面白いパラドックスがあって、
昔話はそのようなことを語るのに向いているようだ。

男のシャツを譲り受けようとしても駄目だったことは、
ほんとうに「満ち足りた生き方」などというのは
他人からの借りもので、できるはずがないことを
示していると思われる。

これさえあれば、息子は幸福になると喜んだ王様が、
相手が裸と知って落胆するところが印象的である。

考えてみると、
息子に満ち足りた生活をさせようと
父親がやたらに熱心になる、
という出発点から違っていたのかもしれない。

満ち足りた生き方をするためには、
ものを持たない方がいいとばかり、
持っているものをどんどん捨てていくのも
一つの生き方だが、

最初から「満ち足りた人生」など狙わず、
少しずつ手に入ったものを楽しむ、
という生き方もあるだろう。

(中略)

おかあさん

NHKテレビに「クイズ日本人の質問」という番組がある。
視聴者の応募した質問に答えるのだが、
何といっても質問も答えも奇想天外なのがあって面白い。

先日は
「コウモリは高周波で交信し合っており、
それは人間には聞こえない、
しかし、それを人間が聞こえる程度の周波に変えてくると、
日本語に非常に近いのがある。それはどんなのか」
などという、驚くべき質問があった。

確かに、コウモリは高周波の音波
(と言っても人間の可聴範囲をこえる)
を出して交信し合っていることは知っていたが、
それを人間の聞ける範囲に波長を変えると、
「日本語」になるというのだから、
うそのような話である。

そしてテレビをみていると、
赤ちゃんのコウモリが母親を呼んでいる「声」が
「おかあさん」とはっきり聞こえてくるのだ。

これにはまったく驚いた。

母親はその呼びかけに応じて飛んでくる。

「おかあさん」という音の響きのもつ
底知れない力をあらためて感じさせられた。

「ママ」というのも発音しやすいし、甘い感じもするので、
外国語では「ママ」「マミ」などが多く、
日本人も取り入れている家が多いが、
「おかあさん」は、
コウモリも使っているのだから凄いものである。

次にあげるのは、小学三年生の、
すがいゆり子さんの作った詩である。

「かあちゃん」「かあちゃん」
なんべんいうても
ええ なまえや
わたしも
かあちゃんになるんやで
ねー
わたし
かあちゃんみたいにふとらんね

コウモリの赤ちゃんも詩をつくったら、
こんなのをつくるかもしれない。

「なんべんいうても ええ なまえや」
というところは、まったく同感だろう。

当世は「マザコン」「教育ママ」などの多くの造語が示すように、
母親の評判はあまりよくない。

確かに母性の押しつけは、
母親にとっても、子どもにとっても嫌なことである。

昔の日本は、絶対肯定の母親像があまりにも強すぎたので、
今ではそれに対する反発が強いのも当然である。

しかし、コウモリの赤ちゃんの
「おかあさん」という声を聞くと、
ジンと応えてくるのも事実である。

実は先に引用した詩は、
日本童詩研究会議『おかあさん』(理論社)からの引用である。

最近出版されたものだが、
昭和三十四年(一九五九年)から三十七年まで
児童詩誌「きりん」に掲載された作品から
「おかあさん」にまつわるものを
まとめて出版されたものである。

子どもたちの目は温かく鋭く、
今読んでも実に素晴らしい。

おしろい
内田ひろ子(五年)

お母さんの顔にあざがある。
やけどだ。
でも、おしろいを
つけると
すこしはきえる。
私は、やっぱり
おしろいをつけない
お母さんのほうがいい。

「おしろいをつけない お母さんの方がいい」
というところに、
内田さんのお母さんに対するおもいがよく出ている。

「やけど」のところを、
親の欠点として読みかえてもいいではないか、と思う。

欠点がどれほどあっても、
「そのまま」のお母さんが好きなのである。

子どもに会うのに厚化粧をすることはない。

最後にもうひとつだけ引用しよう。

しりたいねん
谷口のり子(三年)

あたし
おとうちゃんと
おかあちゃんが
どうしてすきになったか
しりたいねん

それから
みあいか れんあいか
しりたいねん

それから
どうして すきになったのに
けんかばっかりしてんのか
しりたいねん

 

 

2015年2月22日(日)

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