早川勝メール【735号】夢をかなえるゾウ 3 ブラックガネーシャの教え 今回の教えは、めっちゃスパイシーやで

2015-01-18

 

友人の柏木がガンで死んだ。
享年52歳。

柏木は、神奈川県立伊志田高校時代の同級生。

男女共学校であったにもかかわらず、
何の因果か、
1年生からずっと女子のいない「男子クラス」で、
3年間の高校生活を共に過ごした“戦友”だ。

大きなリーゼントヘアーがトレードマーク、
一本気で義理堅いナイスガイだった。

そのキャラは、年をとっても
ずっと変わらなかった。

 

高校時代の大イベント「陸上競技大会」でのこと。

悪友・柏木に誘われて一緒に「女子の高跳び」を
食い入るように“見学”していた私は、
せっかくクラス代表として勝ち進んだ100m競争の決勝戦を
棄権するという大失態を犯してしまった。

呼び出しの放送も聞こえないほど“熱中”していたため…、
あっ、と気づいたときには、
「バーン」というスタートの号砲がとどろいた後だったのだ。

クラス中の大ブーイングを浴びている私を、
柏木は、大きな声でかばってくれた。

「だって、しょうがねぇだろー!
女子の高跳びだぜっ!女子のっ!」

妙な説得力と迫力あるその言葉に対し、
男子クラスの仲間たちの間には、
「うーん、まあ、それじゃ、仕方がないか…」
という不思議な “ 納得感 ” が漂っていた。

遠い記憶の片隅に残っている、
柏木との思い出の一つである。

 

高校卒業後は、付き合いも疎遠になっていたのだが、
40歳になった時の同窓会で再会。

それから、毎週のように交流するようになった。
その交流というのは、
互いの趣味であった「競馬の予想」である。

マメな私は、柏木ら数名に、
数千文字にも及ぶ「魔法の競馬予想」を配信していたのだ。

このメルマガのように、ほぼ毎週。

彼からも、予想の返信が届き、
結果に「一喜一憂」した。

競馬で友情を育む “ 戦友 ” となった。

 

競馬のほかにも、彼との共通点は多かった。

私には、娘が3人いるのだが、
柏木には、娘が4人いる。

私の誕生日は10月20日なのだが、
柏木は1日違いの10月19日生まれ。

そして共に、
“熱い系”の営業管理職でもあった。

 

その柏木が「胃がん」で亡くなったという訃報が届いたときは、
「えっ、まさか…」
と、愕然となり、

絶句した。

 

闘病していたことさえ、
まったく知らなかった。

競馬をやめてからのここ数年間は
音信が途絶えていたからだ。

生きている柏木と最後に会ったのは、
もう7年前になる。

土曜日の夜、2人きりで酒を飲んだ。

大崎駅前の焼鳥屋だった。
後にも先にも、彼との「差し飲み」は、
あの晩だけ。

忘れもしない2007年12月22日だ。

なぜ、よく覚えているのかというと、
その晩、飲みながら「有馬記念」の馬券予想をし合い、
翌日のレースでは、
ものの見事に十万馬券の大穴を的中させたからである。

焼鳥屋のカウンターにスポーツ新聞を広げ、
柏木との激論は4時間にも及んだ。

その白熱した大予想のおかげで、
本番のレースでは、
“ 私たちの予想 ” がズバリ的中。

大穴の「3番・マツリダゴッホ」を本命◎にした私は、
1着2着3着をすべて着順通りに当てる “ 3連単 ” 馬券で、
「80万馬券」という超高配当をゲットしたのだ。

なんとなんと、100円玉1枚が、
「80万円」という大金に化けたのだから驚きである。

有馬記念史上、最高配当のレースとなった。

2着ダイワスカーレトと3着ダイワメジャーは、
特に柏木が推奨していた馬だった。

レース後、
すぐに柏木からメールが届いた。

「俺も当たったぞ!」
という報告かと思いきや、

どうやら馬券を買う寸前になって、
人気のメイショウサムソンやウオッカに心移りしたらしく、
当たり馬券を買っていなかったようなのだ。

「やっぱり、お前を信じて3番を買っておけばよかったよ!」
と、柏木は相当悔しがっていた。

一晩寝て心変わりしてしまうところもまた、
柏木らしい。

柏木は前夜の焼鳥屋で私に言っていた。
「百万馬券を的中させたことのある早川が
そこまで言うなら、俺もマツリダゴッホを買うよ!」と。

私も言った。
「そうそう、123万円の馬券を取ったチューリップ賞も“3番”の馬だった。
今回はあの時と同じ匂いがする」と。

「よし、決まった!」と、
2人で固い「握手」を交わし、
笑顔で前祝いの「乾杯」をした…
はずだったのに。

思い返してみれば、
高配当をゲットできたのは、
あの時に柏木が背中を押してくれたおかげだと、
心から感謝している。

そんな思い出に浸りながら、
久しぶりに「3番」の追悼馬券を買ってみようかと、
ふとそんな思いにもなった。

そのときは、彼の分の馬券も買ってあげよう。

 

実は、有馬記念で大穴を当てた一年後、
私は思うところあって、
競馬をすっぱりとやめてしまった。
(「捨てる成功法則」にのっとり)

それからは、柏木との音信も途絶えがちになり、
ここ最近に至っては、
まさか柏木が「死と背中合わせ」の闘病生活を
送っていたことなど知る由もなかった。

だから見舞いにも行っていない。

でも、このメルマガは “ 柏木宛て ” にも配信し続けていたので、
きっと毎週読んでくれていたと思う。

柏木は、熱心な読者ファンの一人だった。
私が10年前に出版したデビュー作、
「どん底営業チームを全国トップに変えた魔法のひと言」も、
多くの人たちへ広めてくれていた。

彼は自動車ディーラーの店長をしていたので、
拙著やメルマガを営業マンたちの指導にも役立ててくれたらしい。

 

今日のこのメルマガも、
天国で読んでくれているだろうか。

これからもアドレスを削除せずに、
天国の柏木宛てに送り続けてあげよう。

 

そういえば、
柏木と最後に会った7年前…。

別れ際に彼が手を振りながら
私に叫んだ言葉を思い出した。

「じゃあな、早川!
また、同窓会やろうぜっ!」

きっと明日は、同級生がたくさん集まるだろう。

あれほど柏木の望んでいた “ 同窓会 ” が、
まさか、彼の葬式になってしまうとは…。
思いも寄らなかった。

運命とは、なんと残酷なのか。

彼の笑顔を思い出すと、
涙が止まらない。

 

彼が集めてくれた「同窓会」で、
私たちはいったい何を語り合うのだろうか。

柏木が生きたくても生きることでできなかった52歳からの人生を、
私たちは悔いなく生きていくことができるのか。

「いつ死んでも悔いはない」
という生き方ができる人は稀だろう。

柏木はどうだったのか。
52年という短い生涯を
悔いなく生き切ってくれたのだろうか。

亡くなってしまった今となっては、
それを柏木本人に聞くことはできないが、

もし仮に、死ぬ間際の彼に私がそれを問うとしたなら、
きっと彼は “ 強がり ” と冗談を交えてこう言うだろう。

「後悔ばかりの人生だったけど、
その中でも一番の後悔は、
あの有馬記念の80万馬券だよ」と。

 

戦友・柏木の冥福を心から祈る。

 

合掌。

 

 

※訃報
柏木の親しい友人たちへ

通夜  19日(月)19時〜
告別式 20日(火)10時〜11時30分
葬儀場 カルチャーBONS平塚(旧平塚平安閣)
神奈川県平塚市平塚5丁目23−12

 

 

と、
個人的な前置きはこれくらいにして、
メインコンテンツに入ります。

今週も新たに608冊目の「お薦め書籍」から
ためになる一節を抜粋し、ご紹介いたします。

本日のテーマは、
【感動を売る】
です。

お役に立ちましたら幸いです。
それでは、どうぞ!
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私の本よりためになる「お薦め書籍」シリーズ No.608
「夢をかなえるゾウ 3」
ブラックガネーシャの教え
今回の教えは、めっちゃスパイシーやで
水野敬也編
飛鳥新社
ガネーシャは言った。
「モノを売る上で一番基本的なこと――
いや、これはモノを売るだけやのうて、
商売の一番の基本かもしれへんな。
それは何かわかるか?」

(商売の一番の基本……)

それはたとえば、黒ガネーシャの言っていたような、
お客さんに「価値が高い」
と思わせることだったりするのだろうか。

思いついたことを色々ガネーシャにぶつけてみたが、
ガネーシャは首を横に振った。

そしてガネーシャは言った。
「商売の一番の基本はな――
まず自分が『一番良いお客さん』になることやねん」

「一番良いお客さん?」

「そうや。もし自分がお客さんとして
欲しない商品をお客さんに勧めたとしたら、
それはウソついてるちゅうことやん。

そういうウソはお客さんに伝わってしまうし、
何より自分がその商品を本気で売ることはできへんやろ」

「それはそうかもしれないけど……」

私はガネーシャに言った。
「でも、仕事だったらその商品が好きじゃなくても
売らなきゃいけないときだってあるでしょ」

私は今の職場で少しだけ営業の経験をしたことがあった。
自分で(この商品が売れるとは思えないな……)
そんなことを考えながら売っていたのを思い出した。

ガネーシャは言った。
「もちろん自分が好きやない商品を扱うこともあるやろ。
せやけど、そういう商品も詳しく見てったら、
好きになれる部分が見えてくるもんやで」

私は、ガネーシャの言葉をそのまま受け入れることはできなかった。
「どんな商品にも魅力がある」
――これは仕事の世界ではよく言われることだ。

私はガネーシャにたずねた。
「じゃあ……商品の良いところを頑張って探してみて、
それでも見つからなかったら?」

すると、ガネーシャは言った。
「そんなもん、売ったらあかんに決まってるやろ」

そしてガネーシャは言った。
「『仕事』は『お客さんを喜ばせる』ためのもんや。
自分がええと思てへん物売っても
お客さんは喜ばせられへんで」

「でも、世の中には、良い商品だと思ってないのに
売ってる人ばかりだと思うけど」

するとガネーシャはため息をついて言った。
「まあそのとおりやな。
ほんなら何でその人らがそういう商売してるかっちゅうと――
お金がほしいからや。

『お金がほしい』ちゅう目的があって、
そのためには『何かを売らなあかん』
ちゅう順番で仕事をしてんねん」

そしてガネーシャは続けた。
「せやけど、その仕事の選び方は間違ってんねん。
会社の名前とか、初任給とか、この業界が伸びるとかな、
そういう条件で仕事を選ぶんは結局
『お金が欲しい』からやろ?

つまり『自分のため』やねん。
そういう人らは仕事でもお客さんより自分を優先してしまうから、
お客さんを喜ばせられへん。
せやから結局、自分のお金を増やすこともできへんねんな」

「じゃあ、仕事はどうやって選べばいいの?」

するとガネーシャは、しばらく考えて言った。

「『感動』や」

「感動……」

「そうや。仕事を選ぶとき一番にせなあかんのは、
これまでの人生で自分が何に感動したかちゅうことや。

そんで自分が受けた感動を、
今度は人に伝えたい、
伝える側に回りたい、
そう思たとき人は自然な形で仕事ができるんやで。

せやから最初は『お客さん』なんや。

お客さんとして感動したことを仕事にして、
自分と同じようなお客さん一杯作んねん」

そしてガネーシャは続けた。
「あとな、感動言うても
それは別に映画やスポーツの世界だけちゃうで。

たとえばお店の店員からうれしい一言もろて感動したら、
自分が店員になったときお客さんを感動させられるやろ。

それに、お客さんを直接感動させるんやなくても、
自分が感動したことを支える仕事やったら、
他の仕事より喜びを感じられるはずや」

ガネーシャは言った。
「でっかい仕事をする人間はな、
みんなこのやり方で自分の仕事見つけてるで。

スターバックスのCEOのハワード・シュルツくんは、
もともと家庭雑貨会社の副社長やったんや。

せやけど、豆からドリップされたコーヒーを
試飲したとき感動してもうて、
副社長辞めてスターバックスに入社したんやで。

キンコーズ創業者のポール・オーファラくんかてな、
大学時代に勉強が苦手やって、
いつもレポートをコピーする役を買って出とってん。
そんときコピー機の生み出すサービスに感動して
起業の着想得たんやで」

「そうなんだ……」

確かにガネーシャの言うやり方で仕事を選んだら、
自然にお客さんを喜ばせられる気がした。

そして、そういう視点で今の仕事を選んだかと聞かれたら、
私は自信を持って首を縦に振ることはできなかった。

ガネーシャは言った。
「ただな、人生で感動するには、
いつも心を開いとかなあかんねん。

心が閉じてると何に対しても
『どうせつまらない』
『くだらない』
てなってしまうからな。

せやから自分は、まず、
目の前の仕事に心開いてみい。

もし自分が今の会社のお客さんやったら
感動できるとこ見つけるんや」

 

 

2015年1月18日(日)

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