早川勝メール【733号】逆転スイッチ 絶体絶命の“ピンチ”を一瞬で “チャンス”に変える33の方法

2015-01-04

 

謹んで新春のお喜びを申し上げます。

「2015年」といえば、
1985年に公開されたSF映画、
「バック・トゥ・ザ・フューチャー」
で描かれていた30年後の未来、
なんと、それが2015年なんですね。

私が1985年に大学を卒業・就職して、
あれからちょうど30年。
ついに“あの未来”にやって来たのかと思うと、
不思議な気持ちになります。
(CMで淀川長治さんも語っていました)

「人生のタイムトラベル」
をしみじみ実感している、
そんな2015年の年明けとなりました。

旧年中は一方ならぬ
お引き立てを賜りまして、
誠にありがとうございました。

本年も、相変わらぬメルマガのご愛読、
宜しくお願い申し上げます。

毎号、長文にて大変恐縮ではございますが、
皆さまの人生がより豊かになるような名著の紹介と
勝手な私事(前置き文)を配信してまいる所存です。

2015年も、
皆様、ご家族様のご健勝とご多幸を
心よりお祈り申し上げます。

今年はより一層、
読者ファンの皆さまとのご縁を
深めていけるような年にしたいですね。

次なる出版オファーは、現在執筆中の原稿も含めて、
さらに新作を3冊(紙書籍累計10冊)、
そして、韓国語翻訳版に続き、
今年は中国語翻訳版の出版も予定しています。

一方、昨年は「FA宣言中」のまま越年となりましたが、
今年は新組織の営業本部長として明確なミッションを背負い、
一企業人としてもパッションみなぎる新年を迎えています。

保険業界にイノベーションを起こす一年となることでしょう。
乞うご期待、です。

今年も「死ぬ気」で邁進いたします。
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さて、お正月といえば、
やっぱり、
「箱根駅伝」ですよね。

現地へ出身校の応援に駆けつけた方、
また、テレビの前で声援を送った方も、
数多くいらっしゃったと思います。

今年は、見事に「青山学院大学」が悲願の初優勝。
優勝候補だった駒大・東洋大に大差をつけて、
ぶっちぎりの完全優勝でした。

それにしても、
一時は廃部の危機に直面するほど弱かった青学大の駅伝チームが、
なぜ、ここまで強くなったのでしょうか。

この10年、様々な強化策に取り組んだようですが、
一番の功績は、誰が何と言おうと、
「原監督」であったと、私は思います。

原晋(はらすすむ)さんは以前、
10年のサラリーマン生活において
「営業部」に配属され、
伝説の営業マンと呼ばれたほどの
活躍をされていたことがあるそうです。

駅伝チームの監督としても、
その「営業力」を大いに発揮されました。

営業同様に、
「高い目標を掲げ、それを実行・達成することが大切だ」と、
「目標達成」のためのマインドや
スキルを磨き上げる指導を強化徹底。

さらには、
「商品を売るためには、まずその魅力を伝えることが必要だ」と、
多くの選手にエース級選手並みのタイム、
「5000m、14分10秒以内」などの目標設定をさせ、
徹底して自覚を促しモチベーションを高めたそうです。

そして何よりも、
有望な高校生を「スカウト」するために、
今まで相手にされなかった高校へも頻繁に通いました。

営業で鍛え抜かれた巧みな話術と熱いハートで、
全国から優秀な選手を集めたのです。

スカウトする選手の地元にまで直接足を運び、
ご両親までをも口説き落として勧誘したといいいます。
その情熱と信念に惚れ込んだ多くの親子たちが
「その指」にとまったのでしょう。

記録的な走りを見せた神野大地選手ら主力組は、
ほぼスカウトの成果だったというのですから、
まさに原監督が創り上げたチームといえますよね。

そして、個々の能力を結集させ、
チームワークをつくるのも監督の役目。

監督の奥様も一緒に、
選手たちと寮で同居するなど、
家族のような駅伝チームを創ったわけです。

原晋監督の人間力(営業力)に、
心から感服いたしました。

青学大優勝、本当におめでとうございます。

やはり、「営業は人生の縮図」ですね。

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と、前置きはこれくらいにして。

メインコンテンツに入ります。

今週も新たに606冊目の「お薦め書籍」から
ためになる一節を抜粋し、ご紹介いたします。

著者の西沢泰生さんは、私と同い年の52歳。
アメリカ横断ウルトラクイズで準優勝、
「アタック25」や「クイズタイムショック」などで優勝、
という経歴をお持ちのクイズ王。

本田宗一郎、松下幸之助、ケネディ、
カーネギー、黒澤明、赤塚不二夫、
イチロー、三谷幸喜、etc。
一流の著名人が体験してきた最悪のピンチを
一瞬にして最高のチャンスに変える法則、
それをクイズ形式で学べる「ケース・スタディ・ブック」です。

本日のテーマは、
【ピンチのときの「よすが」】
です。

実は、私早川は1985年に伊藤園へ入社し、
サラリーマンをやっていた時代がありまして、
ちょうどその頃の「伊藤園」の事例が
本の中で紹介されていましたので、
つい嬉しくなって抜粋してみました。

その組織の中で実際に経験をした私自身が、
正真正銘の「実話」であることを証明いたします。

お役に立ちましたら幸いです。
それでは、どうぞ!
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私の本よりためになる「お薦め書籍」シリーズ No.606
「逆転スイッチ」
絶体絶命の“ピンチ”を一瞬で“チャンス”に変える33の方法
西沢泰生著
角川フォレスタ

 

初級編 Chapter1

ピンチ04

ピンチを消し去る魔法の言葉

私が好きな、
「NASAのボールペン」
というジョークです。

旧ソ連とアメリカが、
宇宙への進出で激しい競争をしていた時の事。

NASAで1つの重要な課題が浮上した。

それは、宇宙飛行士たちが宇宙空間で使用するボールペン。
無重力状態だと、インクがうまくでないのだ。

NASAの科学者たちは、その頭脳を結集し、
莫大な予算をかけて
「宇宙でも円滑に使用できるボールペン」
の開発にのぞんだが、なかなか完成には至らなかった。

一方、その頃ソ連の宇宙飛行士たちは……。

エンピツを使っていた。

このジョーク、
お金と時間があると、
人間、ついにモノゴトを難しく考えてしまい、
結局、とん挫してしまう事を皮肉っています。

世の中、そんなに堅苦しく考える必要はありません。

これはあるカステラ工場の社長さんの話。

その社長さん、こだわりで、
一流のカステラ店にも負けない
立派なカステラを作っていましたが、
値段がはってなかなか売れず、
工場は倒産寸前になってしまいました。

Question
問題

倒産寸前の大ピンチに陥ったカステラ工場。

社長があるアイデアを出して危機を脱します。

さて、工場を救った社長のアイデアとは
どんなものだったでしょう?

ヒント
ノーヒント。

Answer
答え

【 くずれたカテスラを格安で販売した。 】

「名店に負けない立派なカステラ」なんて、
言ってしまえば、ただの社長のこだわりでしかありません。

倒産寸前にまで追い込まれた社長は、
「まあ、いっか!」と、
立派どころか「くずれたカステラ」を
ネットで販売してみました。

そうしたら、これが大当たり。

安くて美味しいカステラとして人気が出て、
たったの1か月で売上は10倍になり、
あっという間に倒産のピンチを脱することができたのです。

「まあ、いっか」

これ、ちょっとしたピンチを脱するための
「魔法の言葉」です。

(中略)

ピンチ08

激マズジュースを売った貼り紙

「遊べる本屋」をコンセプトに、
全国に店舗を持つチェーン店、
『ヴィレッジヴァンガード』。

そのコンセプトの通り、
本屋さんと言いながら、
お菓子や生活雑貨、
ちょっとユニークな小物なども売っていて、
それをワザと雑然と陳列するなど、
その店内は遊び心に満ちています。

これは、そんな『ヴィレッジヴァンガード』のある店舗での話。

ある時、仕入れた輸入品のジュース。

これがもう、笑ってしまうくらいに「激マズ」で、
店に出したもののぜんぜん売れない。

このままでは大量に在庫品になってしまうのは必至。

ピンチ到来です。

ところが、このピンチを、
ある店員のアイデアが救ったのです。

そのアイデアとは、
このジュースが陳列されている横に、
たったひと言の宣伝コピーを書いた貼り紙をしただけ。

それだけで、
この劇マズジュースが売れ始めたのです。

Question
問題

そのマズさのために、
誰にも買われなかったジュースを
売る事に成功した宣伝コピーとは、

どんなひと言だったでしょう?

ヒント
このお店は若い人たちに人気です。

Answer
答え

【 罰ゲームにどうぞ。 】

「とんでもなくマズイ」
という欠点を逆手に取ったコピーですね。

この貼り紙をしてから、
冗談好きなお客様が面白がって
このジュースを買ってくださり、
大量在庫の危機は回避されたのです。

「モノが売れない」
「このままでは大量在庫になってしまう」
というピンチの時。

モノそのものに改良を加えなくても、
その「宣伝コピー」や「名前」を変えるだけで
ピンチを脱出できることがあります。

例えば、株式会社伊藤園のロングセラー商品
『お〜いお茶』。

あの商品、構想から商品化までに約10年をかけた、
伊藤園にとっては正に「社運をかけた」自信作でした。

しかし、1985年に発売した当時は、
まだ「お茶はタダで飲めるもの」という考えが一般的で、
いくら熱心に営業をかけても、
なかなか取扱いをしてくれる店が増えなかったそうです。

しかも、発売当初の商品名は『缶入り煎茶』。

思わず「もっとひねりなさい!」
とツッコミを入れたくなるほど地味な名前でした。

いや、地味……どころか、
発売後に伊藤園が調査してみると、
「煎茶」をちゃんと「せんちゃ」と読める人が少ないという
衝撃の事実まで明らかに……。

名前の正しい読み方もわからない商品が、
売れるはずはありません。

伊藤園では会議を重ね、
1989年、商品名を、
親しみが持てて覚えやすい
『お〜いお茶』
という名前に変更したのです。

この名前の変更によって、
知名度は飛躍的に上昇。

また、「コンビニでお弁当と共に売ってもらう」
という戦略も当たって、
『お〜いお茶』
は伊藤園を代表する商品へと成長したのです。

商品は同じでも、「名前」と「売り方」を変える事で
ピンチを脱出したわけですね。

(中略)

中級編 Chapter2

ピンチ07

生き残るために
男たちが選んだもの

あなたは「エンデュアランス号」
という船をご存知ですか?

これ、1914年に、
イギリスが人類初の「南極大陸横断」挑んだ時に
使用された船の名前です。

何しろイギリスは、
「人類初の南極点到達競争」で、
自国のスコットが、
ノルウェーのアムンゼンに敗れ去っています。

天下のイギリスが、
田舎の国ノルウェー(ノルウェーの人、失礼!)
に負けてしまったわけで、
きっと悔しかったのでしょうね、

「じゃあ、先に横断してやる!」と、
満を持して「南極横断」に挑んだのが、
この「エンデュアランス号」だったのです。

でも、この船、ぜんぜん有名じゃありませんよね。

それもそのはず。
だって、この船、
イギリスの意気込みもむなしく、
氷に閉じ込められて、
最後は沈没してしまったのですから。

英国人探検家のシャクルトン以下27人の乗組員たちは、
船から脱出し、
生き残るために、最小限の荷物を持って
氷の上を歩いて生還を目指すことになります……。

Question
問題

氷の上を命がけで移動する事になった時、
男たち全員が、金貨を捨ててまでも
船から持ち出す事を選んだ
「個人の所有物」
とはいったい何だったでしょう?

ヒント
食料は「共同財産」という事で除外してください。

Answer
答え

【 家族の写真 】

「エンデュアランス号」の乗組員たちが体験したサバイバル期間は、
合計でなんと17か月間だったそうです。

17か月といえば1年半近く。

そんなにも長い間、
「氷の世界」で生き抜き、
ただ1人の犠牲者も、
そして、発狂者も出なかったのは本当に奇跡。

苦しくて、生きる気力がなえてきた時、
「こんなところで死んでたまるか!」
と思わせてくれたのが
「家族の写真」だったのです。

これ、ピンチの時の
「よすが」
(=心の拠りどころ)です。

「ピンチの時」というわけではありませんが、
日本のある輸送サービス会社では、
ドライバーに携帯させる「安全手帳」に、
必ず「家族の写真」を貼り付けさせているそうです。

安全運転のための標語は
「安全を今日も家族が祈っている」。

こっちは、「安全運転をしよう」という、
ドライバーたちの注意を促すための
「よすが」ですね。

たとえ、ピンチになっても、
この「よすが」を持っていると、
最後の「踏ん張り」がききます。

(中略)

ピンチの時、
あなたの「よすが」になるものは、
いったい何ですか?

 

 

2015年1月4日(日)

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