早川勝メール【689号】なぜ生まれてきたのか 「千の風になって」の新井満がおくる幸せな人生の航海術

2014-01-12

 

明日は長女の成人式。
うーん、めでたい。

20年を振り返ると感慨深い。

最近、その長女に“叱られた”。

父に対してのダメ出し。

長文メールにて、「苦情」が届いた。

内容については、プライベートなことなので割愛する。

それにしても、 大事なことを「長文メール」で伝えるところなんて、
本当に父親そっくりだ。

でも、ショックだった。

娘から指摘されたことについては、
「誤解」もあるし、私なりに「反論」もある。

しかし、概ね“的をついている”ので、 深く反省もした。

すぐに長女と2人で話し合いをしようか迷ったが、
迅速な行動はとれなかった。

「ビジネス」のようにはいかない。

時間をおいてみた。

逃げたのではない、「先送り」だ。
(うーん、でも、逃げたのか…)

所詮、こんなときの父親なんてだらしないものだ。

しばらく「長文の文句」が頭を離れなかった。
いやはや、珍しく傷ついて落ち込んだ。

いろいろな思いが通り過ぎていく。

「父親って、いったい何だろう」、

「こんなに家族を大切に思っているのに…」、
と、悔しくなった。

私のキャラを知っている人は、
今、これを読みながら笑っていることだろう。
たしかに、“らしくない”。

しかし、そうこうしているうちに、
時間が救ってくれることもある。

翌日の夜、ダイニングの入口で長女とすれ違ったとき、
彼女は私にボソッとつぶやいた。

「あっ、ごめんなさい…」

言い過ぎたと思ってくれたのだろう。

その瞬間、私の中で、父としての「何か」が動き出した。

 

たまたま年末に、映画「そして父になる」を観た。

鑑賞後に是枝監督と生で交流できるという
特別なイベント付きの上映だった。

映画のストーリーにはグイグイ引き込まれ、
深く感動した。
さすが、カンヌ国際映画祭・審査員賞受賞作。

衝撃的な名作に出会うと、いつも考えさせられる。

6年間育てた息子は、 病院で取り違えられた他人の子だった。

親子の絆をつなぐものは、
「血のつながり」なのか、
それとも
「時間」なのか。

深いテーマだ。

もしも自分なら、いったいどういう選択をするだろうか。

映画の中では、子どもの「交換」が始まるのだが、
結末は…?

ここ最近、ある芸能人がDNA鑑定をしたら
16歳の息子が「実子」でなかった、というゴシップが話題になったり、

実際、数十年前の病院で、赤ちゃんが別々の親と取り違えられていた
という事件の裁判もニュースになっていた。

映画「そして父になる」を通して運命や人生について考えながら、

“いったい父親とは何か?” を問いかけられた。

でも…、その答えは難しい。

親子は相手を選べない。

是枝監督はインタビューでこう答えていた。

この映画は、「受け入れる」ということが一つのテーマだ、と。

なるほど、だから、あのようなラストシーンだったのか、と思った。

さらに深いのは、

「子どもによって“父親に”させてもらっている」

というテーマだ。
……そんなこと、普段、親をやっているときには、なかなか気づかない。

だいたい親はいつも子どもに対して上から目線である。

父として成長させてもらっているほどの謙虚さはない。

押しつけてばかりだ。

未熟なのは「親」のほうなのに…。

 

映画の中では、父親の苦悩や葛藤がよく描かれていた。

作品名の「そして父になる」の中の…
「そして」
に大きな意味があるんだなぁ、

と、映画を観てから2週間経った今になり、改めて気づかされた。

最近の長女との“出来事”が
「そして」になって重なった。

ちなみに、私と長女は顔が「そっくり」で、
誰から見ても“親子”に見えるらしい。

振り返れば…、
神さまに「血縁」を授かってから
20年という長い「時間」が過ぎた。

私も父になってから
やっと「二十歳」なのか。

と、しみじみ。

“同い年の娘”と共に、

ついに明日、

「成人式」を迎える。

 

 

と、前置きはこれくらいにして。
メインコンテンツに入ります。

本日も、新たに「564冊目」のオススメ書籍から
抜粋した「なるほど!」という一節をご紹介します。

本日のテーマは、
【生き方】
です。

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『なぜ生まれてきたのか』
「千の風になって」の新井満がおくる幸せな人生の航海術
新井満著
海竜社

 

人間には三種類ある

 

プラトンの言葉を引用しましょう。
人間には三種類ある。
死んでいる人。
死んではいないが、ただ生きているだけの人。

そして三番目は、海に向かって旅立つ人。
この海というのは、夢や希望、理想。

それに向かって
旅立とうとしているかいないかが重要なわかれめで、
それは自分の胸に手を当てて
自問していただいた方が良いと思います。

 

 

最後に残るそぎおとせない何か

 

「それじゃあもう少し頭をはたらかせなさいよ。
何が重要で何がそれほどでもないのか、
他人の目じゃなくて、
自分の目で判断して考えなさいよ。いいこと?
いくら立派そうに見えても、
いくら偉そうに見えたとしても、
どうでもいいものは、
やっぱりどうでもいいものなのよ。
そんなものはね、
迷うことなくばっさばっさと切り捨てていけばいいのよ。
そぎおとしていけばいいのよ。
足し算じゃなくて、引き算するのよ。
そぎおとしてそぎおとして、
もうこれでもかってくらいそぎおとしてゆくのよ。
そうして最後の最後に、
どうしてもそぎおとせない何かにつきあたるんだわ」

 

 

愛は相手がいないと成立しない

 

夢というものは、きわめて個人的なもので、
その人の頭のなかだけに存在する。

ところが愛というものは、相手がいないと成立しない。

夢は単独でも成立可能だけれど、
愛は二人が最小限の成立単位なんですね。

私は人生の喜びは、
大きく分けて二つに分類できると思います。

一つは創造の喜びです。

もう一つは共感。

ロビンソン・クルーソーは無人島で創造の喜びを享受できたけれど、
不幸なことにその喜びを分かち合う相手がいなかった。
共感の喜びはなかったということです。

 

 

家庭ではスペアがきかない

 

会社でどんなに窓際であろうと、
風采が上がらなくても、
家でいい父親なら、男として三重丸である。

会社ではスペアがきくが、
家庭ではスペアがきかないからである。

自分がどんなに重要な仕事をしていると信じていても、
いざ病気で休んだら、すぐに代理が出てくる。
それが会社というものである。

しかし、家庭で父親のスペアがすぐに出てくるだろうか。
妻にしてみれば、
夫のスペアはいくらでもいるということかもしれないが、
子供にとってみれば、
父親はたった一人しかいないのだ。

 

 

いのち、ばいざい!

 

死ぬって、別れることでした。
では、生きてるって、どういうことなのか?

もし会いたければ、
また会えるってことなんだ。
お父さんやお母さんに、
また会えるってことなんだ。

大切な人々や大切なものたちに
再会できるってことなんだよ。

生きてるって、素敵だね。
生きてるって、すごいね。
いのちって、すばらしいね。

いのち、ありがとう。
いのち、ばいざい!

 

 

逃げるのをやめる

 

憂鬱な月曜日を愉快な月曜日に変える方法はないものだろうか。
どうやったら退屈な自分から逃げきれるのだろうか。

解決策はただ一つ。

逃げきれるものではないのだから、
逃げるのをやめること。

逃げるのをやめて、
退屈な自分と真正面から対峙すること。

そうして自分を退屈でない自分に変えること。
生まれ変わらせること。

 

 

生命をていねいにつかう

 

永遠に生きつづけている人のうわさなんか
聞いたことがないでしょう。
クジラも象もキツネもタヌキもカラスもゴキブリも
もちろん人間も、
およそ生命あるものに対して
平等におそいかかるきまりが
死ぬってことなんだ。
その日は百年後かもしれない。
でも明日かもしれない。

だからどうでもよいことをして暮らしているヒマなんかないのだよ。
生きているうちに
どうしてもやっておかなければいけないことだけをしなくっちゃ。

それは、君が君に成ること。

一生かかってもいいから
一番自分らしい自分、
自分が大好きな自分に成ること。

もらった生命なんだから、
ていねいにつかいなさい。

そうすれば気持ち良く死ねるぞ。

 

 

2014年1月12日(日)

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早川勝

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