早川勝メール【673号】どうしても許せない人がいるときに読む本 イ ライラから自由になる方法教えます!

2013-09-22

 

巨人軍の44度目の優勝が決定的となりました。

マジック1となりセ・リーグ制覇に王手をかけているジャイアンツ。
もう原監督が宙に舞うのも、時間の問題です。

これで、原監督として6度目の優勝となり、
長嶋監督の「優勝5回」を抜くこととなりました。

もはや、原監督は名将の域に達したといってもいいでしょう。

名実ともに「平成の名将」ですね。

今年もきっとポストシーズンを勝ち抜き、
連続日本一を成し遂げてくれるはず。

シリーズ連覇は、 昭和の名将「川上監督」時代の9連覇以来とのこと。
すごい偉業です。

長嶋・王の「ON」を率いて ジャイアンツが9年連続日本一に輝いたのは、
私が小学校5年生の秋でした。

甲子園で行われた阪神戦。
巨人か阪神か、どちらか勝ったチームがリーグ優勝、
という史上初の最終決戦でした。

忘れもしないその試合は、 平日のデーゲーム。

なぜ、そんな40年も前のことを 私が鮮明に覚えているかというと、

授業中にクラスみんなで図書室へ移動し、
テレビ観戦が許されたからなんです。

それはもうクラスの友達はみんな大喜び。

なんて話のわかる「粋な先生」だったのでしょうか。

担任だった和田先生には、 今でも心から感謝しています。

その後、父兄たちの噂によると、
いつも子どもたちの味方だった担任の和田先生は、
校長先生とたびたび衝突し、
その年限りで地方の別の学校へ追い出されてしまったそうです。

自分のクビをかけてでも、
教え子たちに見せたかった巨人対阪神の優勝決定戦。

結果は、9対0でジャイアンツの圧勝!
サウスポーエースの高橋一三が完封し、
伏兵の黒江や土井がホームランという最高のゲーム。

なんといっても、あの時代は、 クラス全員が巨人ファンでしたからね、
それはもう大変な盛り上がりでしたよ。

ところが、 球場は敵地・甲子園です。

優勝が決まった瞬間、 甲子園のグランドには、
暴徒と化したタイガースファンが次々となだれ込み、
巨人の選手たちへ向かって殴る蹴るの大暴走。

大混乱となった結果、
「監督の胴上げなし」 という大事件となったのです。

偉大なる「V9」達成も、 すっかり水を差されてしまいました。

ホントにひどい話ですよね。

偉大なる三冠王の「王選手」に対しても容赦なく
ベンチ中まで追いかけてきた阪神ファンから
ブン殴られているシーンを見せられ、
子どもだった私の心には大きな傷となって残りました。

それ以来、今でもマナーの悪いプロ野球ファンを見るたび、
少年時代の「心の古キズ」が痛みます。

でも、最近の阪神ファンは素敵ですね。

敵チームのバレンティン選手に対しても
日本新記録のホームランに拍手喝采したり…と、
時代とともに変わってきたように思います。

今年の原監督の胴上げは、
敵チームもスタンディングオベーションで賞賛してくれるような、
そんな感動的なシーンがみたいですね。

 

そして、日本シリーズ。
ぜひ「楽天」と対決したいですね。

二十数連勝無敗のマー君を滅多打ちして
記録をストップさせたらドラマですよねぇ。

田中マー君の連勝を止められるのは、
ジャイアンツしかない、という展開。
本当に楽しみです。

リトルリーグ時代にバッテリーを組んでいた坂本選手の一発。
逆転サラナラ満塁ホームランというのはどうでしょうか。

いや〜、ホント、
野球は「筋書きのあるドラマ」です。

 

と、
前置きはこれくらいにして、

本日も、新たに「548冊目」のオススメ書籍から
抜粋した「なるほど!」という一節をご紹介します。

本日のテーマは
【許すこと】
です。

お役に立てれば幸いです。
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私の本よりためになる「お薦め書籍」シリーズ No.548
「どうしても許せない人がいるときに読む本」
心屋仁之助 著
中経出版

 

じつは、「許せない相手」というのは、
そういう「ダメな自分」の分身だったりする場合が多いのです。

「だらしないあの人が、許せない」
「せこいあの人が許せない」
「横柄なあの人が許せない」……。

それはじつは、 あなた自身の一部であるかもしれません。

しかも、自分が大嫌いな一部。
だからなおさら許せないわけです。

(中略)

「自分が許せない」 というとき、
「自分は許されていない」 という思い込みが背景にあることがあります。

自分がしてしまった過ちに対して、
まわりの人たちから「しっかり責めてもらえなかった」とき、
こうした思い込みにとらわれてしまうのです。

たとえば…… 小さいとき、遊びの最中に、
弟の顔に傷を負わせてしまったのに、
親から強く叱られなかった。

おつかいの途中で500円を落としてしまったのに、
親は「まあ、いいよ」で終わってしまった。

人間は、自分の失敗や過ちに対して、
しっかり責めてもらってから許してもらうことで、
自分は「許された」と思えます。

「責められる」と「許される」は、セットなのです。

逆に、「私は、しっかりと責めてもらっていない」
ままで許されると、
過ちを犯したという「罪悪感」を
なかなか解消することができません。

そして、その思いは、どんどん尾ひれがついていきます。

「あれ以来、お母さんはずっと私を避けている」
「お母さんは、目で私を責めている」
「私は、お母さんに嫌われている」
「私は、この家にはいてほしくない存在なんだ」

……そんな具合に、 どんどんと思い込みの世界に入っていきます。

深みにはまればはまるほど、 現実とはかけ離れていきますから、
こうなると妄想の世界です。

さらにもっと厄介なことに、
「私は許されてない」 という思い込みにとらわれている人は、
人から責められるような行動を繰り返してしまいがちです。

「責める」と「許す」はセットですから、
許してもらうために、 誰かに責めてもらおうとして、
そういう行動に出てしまうのです。

しかし、いまってみんなやさしいですからね。
そう簡単には、誰も責めてくれません。

「いいよ〜」「大丈夫だよ〜」「気にしないで〜」と、
温かい言葉をかけてくれます。

しかしこれは、悪魔の言葉です。

なぜなら、責めてもらえないため、
その人はいつまでも
「自分を許せない」 から抜け出せなくなるからです。

ますます気持ちは苦しくなって、
「許せない自分」を抱えて 生きていかなければならなくなります。

くり返しますが、「責める」と「許す」はセットです。

過ちを犯した人は、 責めてもらえることで、

「許された」と思えます。

過ちを犯された人は、 責めることで、

相手を許せます。

だから、許されたいのなら、 ちゃんと責められたほうがいいし、

許したいのなら、 ちゃんと責めたほうがいいのです。

逆に、責められるのも、責めるのも、中途半端だと、
両方とも、いつまでも引きずってしまうことになります。

責められないままだと、
「自分は許されていない」という思いにとらわれるし、
しっかり責めないと、
相手への「許せない」思いがつづいてしまうのです。

そう、いつも許してしまう人、
きちんと責めてあげることも大切なのです。

では、「自分は許されていない」
という思いにとらわれてしまった人は、
どうすればいいのでしょうか。

他人に責めてもらうのが理想です。

でも、それが難しかったら、自分で責めるしかない。

自分の部屋でも、お風呂でも、トイレでもどこでもかまいません。
一人きりになれるところで、声に出して自分をののしりましょう。

「あんたが悪いんだ!!」と、
本気で自分をののしってあげましょう。

そのとき、ものすごく悲しくなるでしょう。
苦しくなるでしょう。
つらくなるでしょう。
悔しくなるでしょう。

そうした感情を、 その場でちゃんと味わい尽くしてください。

そして、「これでもか!」というくらい自分を責めたら、
次は「癒やす」プロセスです。

責められてシュンとなっている自分を慰めてあげるのです。

「仕方なかったよな〜」
「つらかったよね〜」
「もう、いいよ、いいよ」
って、やさしくいたわってあげる。

小さな子どもをギュッとやさしく抱きしめるように、です。

すると、ちょっとだけ気持ちが軽くなります。

このプロセスの中で、
「もう、自分のことを許してもいいかな」
と思えるようになります。

そうやって、少しずつ少しずつ、
自分を許していってあげてください。

ダメな自分を受け入れてあげてください。

 

 

2013年9月22日(日)

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早川勝

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